重要なことが多々書いてあるので。
59話 回顧
μ's。
音ノ木坂を照らす光となった彼女達。
その輝きは今、鈍く朽ち果て────
▼
“あの日”から3日後の朝。
私……絢瀬絵里は1人で窓の外を覗きながら頬杖をついていた。あれから変わったことは大きく分けて4つ。
1つはことりが学校に来なくなったこと。
留学準備やら何やらで忙しいらしく、日本を発つための準備を着々と進めている様子。
2つ目は穂乃果が練習に来なくなったこと。
“あの日”の事に責任を感じているらしく、にことも気まずいようで学校には来ているものの練習には顔を出していない。
……海未ともロクに会話もしていない様子。あの2人にあそこまで険悪な雰囲気が流れているのは初めて見た。……最も一方的に穂乃果が私たちとの関わりを避けているんだけど。
そして3つ目……優真が学校に来なくなったこと。
凛と明日会おうという約束を残して、彼は私達の前から姿を消した。もちろん電話には出ず、凛が家の中に入って確認したところ……もぬけの殻だったみたい。
つまり彼は端的に言うと───消息不明。
全ての連絡を絶ち、行方を眩ました彼は今どこで何をしているかもわからない。
最後に4つ目。μ'sが活動休止になったこと。
穂乃果、ことり、優真を除いた7人での練習を行っていたけれど、ムードメーカーである穂乃果がいないことによる練習のモチベーションの低下、ことりが行ってしまうことの喪失感……そして頼れる優真が居ないこと。全ての要素が悪循環を及ぼしていた。それを見た私は『μ'sの活動休止』を提案したがにこは猛反発、苦虫を噛み締めるような苦悶の表情で屋上を飛び出していった。他の皆も同じことで悩んでいたようで。“スクールアイドルを続けたい”という思いと、“このままでいいのか”という思い。そんな私たちの決断を後押しした共通概念。それは……
───“μ'sはこの9人じゃないと意味がない”
この考えの下、私達は“μ'sとしての”活動を一旦全て休止することになった。最もスクールアイドルの活動自体は制限しておらず、にこと花陽と凛は練習を続けていくようだ。
決して単純じゃない、様々な問題を抱えた私達は今、大きな分岐点に立たされている。
それをどうすることもできないまま、“その時”……ことりの旅立ちを迎えようとしていて。
彼なら────どうするだろう
ふと過ぎったそんな思考。それを自覚するや否や私ははぁ、っとため息をつく。
……ダメよ、今居ない彼を頼ろうとするなんて。この思考に陥ったのは今が初めてじゃない。この3日間、何度もそう考えそうになって…そのたびにため息をついて。
……彼を頼り過ぎたから、彼に任せすぎたから。
私達皆で抱えていく問題を、彼1人に預けたから。
穂乃果のケアとμ'sの行く末のことしか考えられなくて、見逃しちゃいけないものを見逃してた。
────こんな時、1番自分を責めるのは誰よりも優しい彼なのに。
この3日間、そんな後悔に苛まれている。
でもそんなことをしても何にもならないことは重々わかってる。だから私は考える、どうすればいいかを。
その時、教室のドアが開く
そこに立っていたのは────
「────ユーマ!!」
「優真……!」
思わず彼の名を呼んだ私と悟志くん。
まだ希とにこは学校には来ていないが、教室にいたなら私たちと同じ反応をしただろう。
そして悟志くんと私は優真に駆け寄る。
「優真、大丈夫なの?」
「心配したぜ!連絡の1つくらいしろよ!」
そこで彼は初めて私達を振り返る。
そして私は見た───“普段と何も変わらない”、しかし“普段と何かが違う”彼の姿を
「ん……あぁ、心配かけたな──
「………………え…?」
「もう大丈夫だから安心しろ。……それと
「…………優、真…?」
「責任取ってμ'sを脱退する。今まで世話になった。
────もう俺には関わるな、それじゃあな」
そう言い残して優真は自分の席へと歩き出した。
……嘘だ。あの彼がこんなことを言うはずがない。
「ユーマ!おい待」
「────聞こえなかったのか」
大声を出したわけでもない、あくまで日常会話レベルの声量であるにもかかわらず。
彼のその一言で教室が静まり返ってしまった。
そして彼は、己を覆っていた偽りの皮を取り払う
「───もう“オレ”に、関わるなって言ったんだ」
反論の余地もない、怒気とも殺気とも違う黒くて重厚な“何か”を纏った言葉が私たちに襲いかかる。
そして“あの目”────自らが敵と見なし、大切な何かを守るために見せる目を……今彼は私達に向けていて。
「…………お前……………
絞り出すように紡ぎ出された悟志くんの問いかけに彼はただ一言
「────“オレが”、朝日優真だ」
それ以上話すことはないと言うように彼は再び自分の席へと歩き出した。彼が自分の席に着いた途端、教室内の凍り付いていた時が動き出す。ヒソヒソと聞こえる話し声、それを他所に私と悟志くんは呆然と立ち尽くすだけだった。
…………一体どういうことなの…?
「───おはよ、絵里」
「えりちおはよう」
するとそこに、にこと希が現れた。
「ん?えりちどうしたん?」
返事もなく困惑した顔のままの私を不思議に思ったのだろう、希が怪訝そうな表情で私に問いかけた。なおも答えない私を不審がった2人は教室を見回し───気づく。
「ゆーまっち……!」
「アイツ……やっと来たわね…!」
彼を見つけた2人が彼の元へ歩き出そうとする。しかし……
「────待って!」
2人の袖を握り、無理やり止める。
「何するのよ絵……里…………」
最初は怒りを露わにしながら私を怒鳴ろうとしたにこだったけど、私の顔を見て声が尻すぼみになってしまった。
……今私は、どんな顔をしているのだろう?
ただ少なからず。
───2人の表情を疑問と恐怖入り混じる異質なものに変えてしまうほどには、顔色が悪かったということね。
「“今の彼”は…私達の知ってる“彼”じゃない」
▼
その日の彼はやはり目に見えておかしかった。
私達はおろか他の人が話しかけても返事すらせず、昼休みは自分の目の前に座って無理やり一緒に昼食を取ろうとしたにこに目もくれず、何処かへ行ってしまうかと思うとそのまま休み時間の終わりまで帰ってくることはなかった。
放課後になった途端、彼はカバンを手に颯爽と帰ってしまい結局話せずじまい。
頑なに他人との接触を拒み、孤独を選び続ける彼。
それはまるで中学時代の私のようで。
だからこそ感じる違和感…だってそんな私を“変えて”くれたのは彼なのに。今彼自身が私が辿ってきた道に後戻りしようとしている。
それに朝に聞いた言葉。
────『“オレが”、朝日優真だ』────
“
じゃあ何?今まで私達が過ごしてきた優真は偽物だとでもいうの?
そんなわけない。
私が優真と過ごしてきた2年間……μ'sのみんなで過ごしてきた時間──私が加入したのは最近だけど──は、確かに私の中にある。
この思い出が嘘なんて、誰にも言わせない。
認めない。“今の彼”は、優真なんかじゃない。
絶対に取り戻してみせる。元の優真を……
そう決意した私は、生徒会に行くために希の元へと向かった……
▼
しかしそれから二日間、優真は決して私たちはもちろん他の誰ともと関わろうとはしなかった。
そしてその日の課外終了後。私、にこ、希の3人に理事長室へと呼び出しがかかった。3人だけで来て欲しいと言われたけれど……何があるのかしら。
理事長室へ着き、数回ノックした後ドアを開く。
「失礼します」
するとそこには───理事長と赤髪の女性、そして悟志くんの姿が。
さらに────
「────穂乃果……ッ!」
右の方の本棚に以前の明るさなど微塵の面影もない暗い面持ちで俯いて立っている穂乃果の姿が。
「アンタどのツラ下げて私の前に……!!」
「やめてください、にこ!」
「っ……海未……そもそも何でアンタ達が」
「……私達も呼ばれたんです、理事長に」
「なんですって……?」
するとその時。
「失礼しまーす……あれ?みんな」
「凛……!それに真姫、花陽…」
「どうしてみんなまで……?」
「私達も呼ばれてきたのよ、花陽」
「絵里達も……?─────っ!!」
「……? どうしたの、真姫…」
私と会話していた真姫の表情が突如驚愕に変わる。その目の先に映るのは─────
「────ママ……!」
「!」
なるほど……そういうこと。
あの赤髪の女性、何処かで見た雰囲気だと思ったけど、真姫の母親だったのね。
「どうしてここに……!」
「───全員揃ったみたいね」
真姫の声を、理事長が遮る。
「貴女達は敢えて別々に呼んだのよ。……事前に全員来る、って言えば誰かが来ない可能性もあったから」
そう言って理事長はにこへと視線を向けた。
それを受けたにこは気まずそうに目を背ける。
大方図星だったのだろう。
「……理事長、ことりは…」
「今日は用事があって来られないわ」
────疑わしい。
でも真偽はさておき、この場にことりが居ないのは正解だったのかもしれない。もしことりが居たなら、穂乃果とにこに加え、穂乃果とことりが対峙する事になってしまう。
……ことりのことだから、それを考えて敢えて来なかったのかもね。
すると突然希がひっそりと部屋の隅に移動し、コソコソと携帯を操作し始めた。
……なるほどね。
彼女の意図を悟った私は見て見ぬ振りを貫く事に決めた。
そして希は誰にも聞こえないように一言。
「───これでええんやろ?ことりちゃん」
『うん、ありがとう……希ちゃん』
「さて、貴女達も気になってると思うけれど」
そこで理事長は赤髪の女性に視線を移した。
「初めまして。私の名前は西木野
─────そこにいる真姫の母です」
皆が薄々考えていた事実なだけに、別段大きな動揺は生まれなかった。
「私がここに来た理由は1つ。
皆さん
『……!!』
先程と違い、皆が皆それぞれ何かしらの大きな反応を取った。その多くは驚き、そしてある1人は……恐怖。
「───“彼の過去を知ること”は、“彼の全てを知ること”に繋がる。皆も気になっていたんじゃないかしら。彼の異変……
『…………』
誰も、答えない。
しかしその沈黙は即ち、肯定を意味している。
「だから───」
「───待って!!」
瑞姫さんの声を遮ったのは……
「……凛」
「ダメだよ……勝手に、そんな…それにほら!優兄ィの過去なんて大したことないし……!」
「……凛?」
「あ、そうだ!優兄ィの昔話なら凛たくさん知ってるにゃ!えっとねー、えっとねー……」
「───凛さん」
不自然なほど饒舌に捲したてる凛を制したのは、悟志くんの声だった。
「……今まで1人でよく頑張ったな」
「……何の話かにゃ…?」
「“
「何言ってるの………?全然、言ってる、こと……」
凛の声と、その瞳は震えている。
凛は良くも悪くも正直、故に嘘が上手じゃない。
“優真を守りたい”。その一心で彼女が嘘をつき続けているのが、目に見えてわかる。
「───星空さん。これは彼自身が望んだことよ」
「っ……!?優兄ィが…?」
「今までありがとう。“彼の過去”を守ってくれて」
「真姫ちゃんのお母さんは知ってるんですか…?」
「知ってるわ。私が知らなかった部分は本人から聞いたし、何より私は……彼の“あの時”の担当医だから」
「っ……!!嘘っ……!」
凛と瑞姫さんの2人で話が進んでいるけれど、私達には全くわからない。“あの時”?“担当医”?
いったいどういう─────
「─────ふざけないでよ」
突如怒りに満ちた声が部屋に響く。
「やっぱり知ってたんじゃない、ママも悟志も…!どうして今まで黙ってたの!!もし知っていれば、あんなことには────」
「───
「っぅ………………」
真姫の怒りを、一言で封じ込めた瑞姫さん。
それは今までの優しさとは違う、“娘”に向ける、“母の厳しさ”。
「興味深いわね、真姫。あなたは“知っていれば彼を止められた”って言うのね?
────あなた1人が、知っていた“程度”で」
「それは……」
「『どうして黙ってたの』?……安易に言えるようなことじゃなかったからよ。この事実は、下手をすれば“あなた達の今まで”を壊しかねないから」
「今までを……壊す…?」
そこまで言い切ると瑞姫さんは真姫への追求を止めて改めて私たち全員に向けて言葉を放つ。
「……さて。前置きが長くなってしまったけれど、始めましょうか……“答え合わせ”を。
さっきも言ったけれどあなた達はきっと、この事実に衝撃を受けるはず。聞きたくないというのなら、聞かなくても構わない。でもあなた達には、“権利”がある。それを行使するも手放すも、あなた達次第。
……聞きたくないという方は、外にどうぞ」
誰1人、その場を離れようとする人はいなかった。
「じゃあ始めます。……その前に。東條さん」
「……はい」
「あなたからも、話が聞きたいわね」
「わかってます。元々そのつもりでした」
「……そう、それならいいの」
今の会話で、全員の視線が希へと集中する。
「皆聞いてくれる?ウチとゆーまっち…ううん。
───“私”と“優真くん”の話を」
『!?』
突然雰囲気を変えた希に皆の表情が驚きに染まる。
にこ、穂乃果、海未、真姫は恐らく“本当の希”は初見……凛や花陽は最後に見たのは小学生の頃のはず。
「希……」
「いいの、えりち。西木野先生が優真くんの過去の話をした時から、こうしなくちゃいけないことはわかってたから」
私に笑顔で返すと希は皆の前へと立ち、ゆっくりと口を開いた。
「……今まで黙っててごめんね。全部話すよ…えりちもまだ知らないことを含めて」
いつに無く真面目なトーンの希の声に、皆の意識が引き締まる。
今から話されるのは、紛うことなき─────
─────“朝日優真の傷”
重ね重ねにはなりますが、是非活動報告の方を読んでいただくようお願いします。
次回、60話『【朝日優真の傷 I】喪失』
今回もありがとうございました。