ラブライブ! ─ 背中合わせの2人。─   作:またたね

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【朝日優真の傷 II 】 血涙

 

 

 

 

 

 

61話 【朝日優真の傷 II 】 血涙

 

 

 

 

希との別れから時は少しだけ過ぎて、中2の6月。

春の名残も過ぎて夏を感じるようになった蒸し暑い陽気。

新しいクラス、新しい友達、新しい先生……

様々な“新しい”の中で、最も新しいことが1つ。

 

 

「───優真ァ」

 

 

放課後、“いつものように”声を掛けられて振り返る。

……これから起こるだろうことを考えるとうんざりだけど。

 

 

「……何、翔太」

「ちょーっと来てくれるか?」

「……いいよ」

「話が早くて助かるぜ。……来いよ」

 

 

クラスメイトで、俺の友人でもある荒川翔太に呼ばれ、俺はいつもの場所……人気のない“体育倉庫”へと連れて行かれて……そこで行われていることは、大方想像がつくと思う。

 

 

「ほーら……よッ!!!」

「んぐっ!!」

「オラオラどしたどしたァ!!」

「か……は…っ……!」

 

 

手足を後ろで縛られ、2人から体を抑えられて身動きが取れない。

そんな状態で俺は4人からボコボコに暴行を喰らい続けていた。

痣が出来ぬように顔は決して殴らずに腹部を中心に力をコントロールし、ローテーションのように止めどなく。

 

そう、俺は。

 

───中2の4月から、荒川翔太を中心とした数名にイジメを受けていた。

 

 

事の始まりは、小さなものだった。

 

朝学校に着くと、引き出しの中の教科書類が床に散乱していて。

最初は何かしらの原因で勝手に机から溢れ出たものかと思った。けれどもそれが数回目ともなると、どうにも不自然に思えてしまう。

 

それから小さな嫌がらせのようなものが積み重なり続けた。筆箱を隠されたり、カバンの中にゴミを入れられたり。

日に日にエスカレートしていくそれを、俺は特に気に留めることもなく過ごしていた。

何故なら俺は「あぁ、ついに俺か」という思考に満ちていたからだ。

 

荒川翔太という男は、両親ともにIT会社を経営する大金持ちで教師や大人たちには完璧な一面を見せる反面、完璧を演じるために気に入らない奴を“粛清”という名のイジメで自らの言いなりにしていたのだ。

俺がその事実を知ったのは中1の2月。

友情を金で買った、“友人”と呼ぶのも憚られるような“付き人”を引き連れてケラケラと笑う翔太を見た俺は───心底嫌気がさした。

 

それ以来翔太とはケンカ別れをして、関わるのをやめた。だからアイツからイジメが始まっても何も感じなかったし、屈してなるものかと反骨精神まで湧いてくる始末。

 

 

 

絶対に認めない

 

金と暴力で全てを思いのままにするなんて

 

許されるはずがない

 

 

 

「うっ……あ…………」

「よぉ、どんな気分だ?優真」

「……最っ高に最悪だね」

「お前もホントにバカだよな。俺に逆らわなきゃこんなことにはならなかったのによ」

 

俺をせせら嗤うように顔を歪ませる翔太。

周りにいた奴らも愉快そうに笑い声をあげる。

 

───その中に1人、困ったように笑う奴が1人だけいた。

そいつは俺が翔太と決別してからも俺と仲良くしてくれていた奴で、本当はこんなことをしたくないのかもしれない。現にそいつだけは控えめに見積もっても暴力を手加減してくれていたから。

 

しかし彼は俺に手をあげるしかない。

逆らえば、自分も“粛清”されるのだから。

だから俺は彼に対して何の怒りも湧かなかったし…寧ろ同情の念さえ湧いた。

 

そして彼にそんなことをさせた翔太に───改めて黒い感情が湧き上がる。

 

 

 

───許さない

 

俺の友達を傷つけるお前を

 

“力”で弱者を虐げるお前を─────

 

 

「……ぇよ」

「あ?何つった」

 

 

「───うるせぇよ」

 

 

「っ!?」

 

 

────“俺”を傷つけたお前を

 

 

「───オメェなんかに、“オレ”を潰せると思うな

 

“俺”に手ェ出したこと、後悔させてやる」

 

 

────“オレ”は絶対に許さない

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ……あ……なん、だよ……お前…誰だよ!!」

 

 

雰囲気の変わった“彼”を見て、荒川翔太及びその付き人達はガタガタと震えだす。

客観的に見て、有利なのはどう見ても荒川達。

“彼”は両手足を縛られ、身動きが取れないのだから。

しかし彼らはそうする事は出来ない。

“彼”から放たれる威圧感…そして彼らを睨むその目がそれを良しとしないのだ。

 

 

今触れれば────殺される

 

 

そんな確信が彼らにはあった。

 

 

そして“彼”は口を開く

 

 

「───いいかオメェら。次“俺”に手を出してみろ

 

──────殺すぞ」

 

 

「……ひっ…………!」

 

普段の彼からは想像もつかない、物騒な言葉。

日常生活で誰しもが冗談で使うようなその言葉は…

 

今の彼なら、本当に“殺り”かねない。

 

「し、知らねぇよバカ野郎ッ!!」

 

彼らに残された選択肢は、この場から逃げ出すことしかなかった。

 

誰もいなくなった体育倉庫で、彼は目を閉じる──

 

 

 

 

 

 

 

「─────あ、れ?」

 

意識を失っていたような感覚。

ふと気づくと体育倉庫の中には俺しかいなかった。

 

「一体何が……ってこれ!縄結んだままじゃん!!」

 

ヤバい、非常にヤバい。

人が来ないと俺、このままずっとここに───

 

 

「───朝日クン!」

 

突如体育倉庫に入り込んできたのは……

 

「中西……」

「大丈夫!?」

「う、うん。でも、どうしてここに…」

「さっき荒川くん達がここから出て行くのが見えて……それで気になってきてみたら朝日クンが…」

 

中西光梨。

俺のクラスメイトで、1年の頃の希の友人。

容姿は学年1…否、学校1といっても過言ではないほど端麗で、同学年の男子からは屈指の人気を誇る。

彼女は俺の質問に返事をしながら、俺を拘束していた縄を解いてくれた。

 

「ありがと、助かったよ」

「……ねぇ、先生に言わないの…?今回が初めてじゃないんだよね?」

「……言わない、かな」

「どうして…!?このままじゃ朝日クン……」

「……変だと思うかもしれないけど」

 

そう前おいて、俺は話す。

 

 

 

「───アイツとまた、友達になりたいんだ」

 

 

 

「……!」

 

 

「こんな事されてもアイツの事嫌いになれなくて。たとえこんな一面があったとしても、翔太と一緒にいて楽しかった事もまた事実だからさ。俺が耐え抜いて、こんな事しても無駄だって気づいてくれたら……またアイツと楽しく過ごせるじゃないかって」

 

 

「朝日……クン……」

「確かにアイツは許せないけど、きっとわかってくれるはずなんだ。アイツもそこまで腐っちゃいないはずさ。だから中西、心配してくれてありがとう。俺は大丈夫だから」

「…………………………」

「……中西?」

「……あの…」

「え?」

 

 

「良かったら……今日私の家に来ない?」

 

 

「はい?」

「ほら、怪我してるかもしれないし…私の家なら治療する道具あるし、ここから近いし!学校にバレないようにするなら保健室も使えないでしょ?」

 

唐突過ぎるその提案に、俺は少々慄いた……というより、中西は今の俺の話を聞いていたのだろうか?いきなり話が飛躍しすぎなような……

 

「……悪い、俺今から行くとこがあるから」

「行くところ?」

「うん、だからそれはまた今度。それじゃね、中西!」

「あっ……」

 

少々様子が不審な中西を放置して、俺は体育倉庫を抜け出した。

目指すのは“あの場所”。

半年以上、1日も欠かした事のない日課。

 

 

 

 

 

 

俺が“そこ”に姿を現すと、真っ先に駆けてきた1つの影。

 

「─────ワンッ!」

「待たせたな、紬…っとと」

 

屈んだ俺の胸に飛び込んできた紬を受け止め、その柔らかな毛を撫でる。

俺達に拾われてから早8ヶ月、まだまだ子犬と呼べるような体格だが、拾った当初よりも遥かに成長した。

 

彼女が俺の前から消えて半年が経った。

その間俺は一度もここへ訪れなかったことはない。

 

 

 

ここに来れば、逢える気がして

 

逢えるとすれば、ここな気がして

 

何食わぬ顔で、紬と遊んでるんじゃないかって

 

これまでみたいに、2人で笑えるんじゃないかって

 

 

 

「──────希」

 

 

数ヶ月ぶりに、その名を口にした。

未だに癒えない傷を俺の心に残して消えた、その少女の名を。

 

 

「くぅん…………」

 

俺の悲しげな呟きから心象を察したのか、紬が俺の胸へと頭を擦り寄せてきた。

“犬は人の心がわかる”と言われている。

以前の俺ならそんなこと信じる価値もないと思っていたが、今はそんな風には思わないし、その通りだとすら思う。

 

だって紬はこんなにも───俺の気持ちを察してくれるのだから。

 

「……また明日も来るからな」

 

俺から離れようとしない紬にそう告げて、俺は廃工場を後にした。

 

 

 

その後しばらく、翔太から俺への明確な暴力は起こらなくなった。イジメの質が、暴力から陰湿なものへと逆戻りしたと言えば良いのだろうか。

 

少しはわかってくれたのかな。

 

そんな思いを抱きながら、また日々は過ぎてゆく。

 

 

 

 

 

中2の7月初旬の朝。

いつものように廃工場に向かった俺が見たのは……

いつもとまるでもので。

 

「紬ー、来たぞー…ってあれ?」

 

いつもなら俺が来た瞬間こちらへと駆けてくる紬の姿が、今日は見当たらない。

 

「紬、寝てるのか?」

 

紬がいつも寝ている箇所へ向けて歩き出す。

心の中に生まれた不安を振り払うように。

 

 

 

そしてたどり着いたその場所で

 

俺は言葉を失った

 

 

 

「お、いたいた紬───────」

 

 

俺の目に留まったのは

 

 

「………………………………………」

 

 

 

 

 

下腹部から赤い液体を流し、ピクリとも動かない、紬“だった”何か

 

その横には、赤黒く染まった大きな鋏

 

 

 

 

 

 

「……………………つむ……………ぎ………?」

 

 

 

 

俺の呼びかけに返事もなく、ピクリとも動かない。

詳しい事はわからないが、鋏と地面の血は固まっている事から、事切れてすぐといったわけではないようだ。

 

 

「…………………………あぁ……」

 

 

ユラユラと子犬に駆け寄り、その体に触れる。

既に絶望的に冷えてしまっているその亡骸には、僅かな温もりすら感じられなくて。

 

 

誰が─────こんなことを

どうして───こんなことに

 

 

「はぁ……はぁ…………」

 

働かない思考回路を懸命に稼働させ、状況の理解を試みる

 

そんな中頭を掠めたのは────

 

 

──『キミと私の絆を…紬いでくれるように』──

 

 

「あぁ……ぁぁあぁあああああぁああ!!!」

 

 

齢13歳の俺に出来たことは、全てを投げ出してその場から逃げ出すことだけだった。

 

 

 

 

 

 

その日の授業は全く集中できず、全てにおいて上の空だった。時間とともに冷静な思考力を取り戻した今思うのは…あの場に残してしまった紬のこと。

酷いことをしてしまった。気が動転して正しい判断ができなかった。

ちゃんと謝って……供養しなきゃ。

 

 

──『キミと私の絆を…紬いでくれるように』──

 

「っ…………」

 

希にも、申し訳ないから。

その時。

 

 

『2年○組、朝日優真くん。進路指導室へ来てください』

 

 

突如響いた校内アナウンス。

俺の名が呼ばれた瞬間、クラス内の視線が一瞬俺に集中して……すぐに霧散した。

……呼び出し、か。しかも職員室ではなく、進路指導室。

途轍もなく嫌な予感がする。

もしかしたら……いや、もしかしなくても今朝の件だろう。タイミングが良すぎる。

 

「……ふぅ」

 

小さく息を吐いて気持ちを落ち着け、俺は進路指導室へと向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

指導室に入るなり、俺の目に映ったのは机越しに椅子に座っている若手の新任生徒指導教員。

目の前の椅子に座れと促され、俺はその指示に従う。

 

「ここに呼ばれた心当たりは?」

「……まぁ、少し」

「そうか。なら話は早いな。

 

 

──君がやったんだろう?」

 

 

 

──────は?

 

 

 

「……何の話、ですか…………?」

「今朝方保護者から連絡があった。廃工場の裏で、犬の死骸が発見されたこと……その付近でウチの制服を着た男子生徒が目撃されたこと。

 

───朝、走り去る君の姿を見たという連絡も」

 

 

ちょっと─────待てよ

 

 

「待ってください……!!俺はッ」

「君を朝目撃したのは二人。その二人をここに呼んだ。……入って来なさい」

 

指導教員の呼びかけで、別室に繋がるドアからその姿は現れた。

 

 

 

 

「─────翔、太……中西…」

 

 

 

「……私と荒川君の2人は今朝、工場前を焦ったように走り去っていく朝日クンの姿を見ました」

「そして彼が走って来た方へ向かっていくと……そこには無残な姿になった子犬の姿がありました。凶器と思われるハサミも」

 

そう言いながら翔太は俺が今朝方見た、血塗られた鋏を俺と先生に挟まれた机の上に置いた。

 

 

────こいつら、まさか

 

 

「優真は最近ストレスを抱えてるようで、学校でも浮かない表情で日々を過ごしていました。溜まりに溜まったストレスを子犬で……といったところでしょうか」

 

 

どの口が言う……!

主にお前からのイジメが俺のストレスの原因だろうが。

 

 

「でも先生、朝日クンは本当はこんなことをする人じゃありません。きっと私たちには知りえない、大きな事情があったのかもしれません」

 

中西はそこで言葉を切ると、俺へと歩み寄り……俺を後ろから抱きしめ、優しく、甘く囁く

 

 

「────キミが悪いんだよ?キミが───」

 

 

「なに、を…………?」

 

俺の問いに答えることもなく、中西は元いた翔太の隣へと戻っていった。

 

 

 

「……さて先生。“彼の複雑な事情を鑑みて”、救済の術を示そうではありませんか!」

 

 

 

仰々しく、まるで演劇でも始まるかのように翔太は高らかに宣言する。

 

 

 

「彼が今この場で僕に向かって、“今まで申し訳ありませんでした、今後一生貴方の元で奉仕します”と言えば、子犬の件は水に流すというのは如何でしょうか?」

「何言ってんだよお前……!!そんなこと許されるわけが」

「構わんよ、荒川君。そうしよう、その方が朝日君のためだ」

「先生……!?あなた一体な────」

 

俺が先生を振り返り見ると、先生は“笑っていた”

 

そこで確信した。

 

 

───コイツ、()()()()()()()

 

 

新任のこの教師は恐らく、何らかの手段で荒川の言いなりだ。普通の教師…いや、普通の人間ならこんな言い分を通すわけがない。

かといってそれを糾弾しようとも、それを認めてくれるマトモな人間もここには居ない。

 

そもそも最初コイツは“保護者から連絡があった”と言った。でもこの話を聞く限りそんなの御構い無しにこの2人の言い分を十割『正』として疑うことなく俺を裁く材料として使っている。そんな横暴が許されるわけがない。

 

味方かと思っていた中西も、この反応を見る限りどうやらそうでもないらしい。

手の施しようがない。俺がやっていないという証拠が出せない以上、この状況を覆すことなど不可能に近い。

 

さぁ、どうする。

 

 

 

 

───今、俺が冷静に見えるかい?

 

だとしたら、それは大きな勘違いだ

 

俺が今こんなに思考を働かせているのは

 

 

 

()()()()()()()()()()()、“()()()()()()()()()

 

 

 

先程のやりとりで確信した

 

紬を手にかけたのは、この2人だと

 

 

 

初めてだよ

 

 

『───大切にしような。“俺達の紬”を』

 

 

こんなに人を

 

 

『キミと私の絆を…“紬”いでくれるように』

 

 

 

──────殺したくなったのは

 

 

紬と同じ苦しみを、否、それ以上の苦痛を

 

こいつらに与えてやらないと、気が済まない

 

 

 

己の奥底からマグマのように湧き上がる黒い黒い感情を、必死に理性で押さえつける。

ダメだ、そんなこと絶対に。

暴力に頼って他者を黙らせるなんて、それこそ翔太と同じ。

 

 

そんな俺に、中西は笑う

 

端から見れば輝かしく、100点の光り輝く笑顔で

 

俺から見れば、ドス黒く、歪な笑顔で

 

 

 

 

「───残念だったねぇ〜朝日クン♪」

 

 

 

 

さも他人事のように 面白いものを見るように

 

 

 

あぁ、ダメだ

 

やっぱりこいつは

 

許せねぇ

 

 

 

 

『────大丈夫だ』

 

声が響く

 

『────お前は何も気にしなくていい』

 

頭の中で

 

『────“お前を傷つける何か”からお前を、“お前が大切にしているものを傷つける何か”からお前を』

 

 

だんだん意識が

 

 

『────“オレ”が、守ってやるよ』

 

 

遠くなっていって何も考

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あは」

 

 

 

 

 

 

「ははははは」

 

 

 

 

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 

 

 

「……何笑ってるのよ」

 

突如笑い出した彼に、不審げな視線を向けてつぶやくのは中西。

しかし、荒川の方はそうではなかった。

だって知っているのだから。今目の前で狂ったように笑う、“彼”のその姿を。

 

 

そして“彼”は、ただ一言

 

 

 

 

「……殺して…やる…」

 

 

 

刹那、机の上に置かれた鋏を手に、“彼”は二人組の元へと駆け出す

 

突然のことに、周りは全く反応できず

 

彼らが『ヤバい』と思った時にはもう“彼”は目の前にいて

 

 

 

 

そして“彼”は

 

 

その顔目掛けて、鋏を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!

 

 

耳を(つんざ)く悲鳴。それで俺の意識は現実へと戻る。

 

うるせぇなぁ……一体何だってんだ。

 

 

 

 

そして俺は気付く

 

 

右手の生暖かい感触と、真っ赤に血塗られた右手

 

友人の右頬から激しく流れるその鮮血

 

それら全てから導き出される真実へたどり着いた時

 

 

 

 

「あぁ…あああああ、うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

悲鳴と共に、気を失った

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「うっ……紬……ちゃん……優真くん……」

 

瑞姫さんの話を聞いた希は、堪えきれなかったように、膝から崩れ落ちた。

そんな希に私…絢瀬絵里は後ろから駆け寄ってその背中をさすってあげることしか出来なくて。

 

皆も今の衝撃的な話を受けて、言葉も出ない様子。

瑞姫さんが告げた話は、私たちの想像を遥かに超えるレベルで辛く、悲しいものだった。

 

 

今の話で分かったことは大きく分けて2つ。

 

彼、優真はあの日、待ち合わせ場所に()()()()

ただそれを中西光梨さんによって待ち合わせ場所を誤って伝えられ、2人は会えなかっただけ。

 

彼らの5年間のすれ違いの元凶は、中西光梨という1人の少女が企てた策略だった。

 

 

そしてもう1つは─────

 

 

「今の話で分かったと思うけれど」

 

私の思考に被せるように、瑞姫さんは“その事実”を告げる。

 

 

 

 

 

 

「彼、朝日優真君は“解離性同一性障害”───

 

 

────()()()()()よ」

 

 

 

 

 

『…………』

 

最早誰もが想像の付いていた内容が故に、そこまで大きな反応は起こらなかった。

……凛だけは苦しげな表情で俯いているけれど。

 

「……さて、真姫」

 

突如母親に名指しされた真姫の姿勢が強張る。

 

「───解離性同一性障害について説明して頂戴」

 

「…昔まで“多重人格障害”と呼ばれていた事実が示す通り心の中に本人とは別の人格が現れる障害…。

主な要因としては『大きな精神的苦痛』を回避するために作られた他人格が、『別の形で主人格に苦痛を与えた場合』、解離性同一性障害と認められる。俗に言う二重人格と呼ばれるもの」

 

「その通り。砕いて説明すると?」

 

「ストレスから逃れるために他人格を形成するだけなら、急性ストレス障害の可能性もある。

でも解離性同一性障害はその別人格が()()()()()()()()()()()()()()()()()()に診断が下される。

 

つまり、優真さんの中には何らかのストレスが原因で“黒い目の彼”がいて、その黒い目の彼が、心理的に『優真さん自身を傷つけた』。

だから優真さんは、解離性同一性障害というわけ……です」

 

「素晴らしいわ。ちゃんと医学の勉強もしてるみたいでママは嬉しいわ」

「……どうも…」

「さて、今真姫が話してくれたわけだけど、そこまで深く理解する必要はないわ。朝日優真君が多重人格者であることを理解してくれればいいから」

「………私の説明の意味は?」

「まぁまぁ、別にいいじゃない」

 

真姫に露骨に不機嫌そうな視線を向けられた瑞姫さんは、それを意にも介さずに説明を続ける。

 

「……解離性同一性障害の原因はストレス。彼を襲ったストレスは幾つかあるわね。

 

東條さんとの別れ、そして彼の複雑な家庭環境も影響してたんじゃないかしら。彼の両親は離婚していたし、家にいる男は自分だけだから心配をかけまいと母親に相談もできなかった……。

そしてトドメを刺したのは、クラス内での過激なイジメ。

 

これから逃れるために、中2の夏、“彼”は生まれた」

 

 

「……私の……せいで…………」

「瑞姫さんっ……!」

「私はあくまでも事実を述べただけ。

言ったはずよ?『貴女達には権利がある』って。

何を聞いても耐えられる覚悟がないなら、今からでもここから立ち去ってもらって結構よ」

 

 

反論は、上がらない。

希も溢れかけた涙を拭い、凛とした目つきで前を向いた。

 

 

 

……今まで瑞姫さんと希の話から生まれる結論は。

 

朝日優真の中にいる第二の人格……“黒い目の彼”が、第一の人格である朝日優真の精神を破壊し、その身体を乗っ取った。

そしてその彼が私達に己の過去を話すことで、自分自身から私達を遠ざけようとしている……

 

 

────────本当に?

 

 

十中八九、間違いはないはず。

それでも何かが……何かが腑に落ちない。

形のない、ふんわりとした違和感のようなものがどうしても気になって、その事実を鵜呑みにできない。

 

 

───この話には、まだ何かある。

 

 

そんな予感──ほぼ確信に近い──が私の中にあった。

 

 

「そして今から話すのは……“彼”について」

 

 

次に瑞姫さんの口から語られるのは……“黒い目の彼”について。

それを聞けば、この違和感の正体も掴めるのだろうか?

 

 

そんなことを考えながら、私は話の続きへと耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回 【朝日優真の傷 III 】 優牙
今回もありがとうございました。

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