ラブライブ! ─ 背中合わせの2人。─   作:またたね

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過去編も今回で終了です。


【朝日優真の傷 IV 】仮面

 

 

63話 【朝日優真の傷 IV 】仮面

 

 

 

「優真が……3人?何言ってんのよ絵里」

 

 

にこが私に怪訝な顔をしてそんなことを言うのも当たり前。だって“()()()()()3()()()()”なんて、普通に考えておかしいもの。

 

……でもね、にこ。

 

「そうとしか考えられない……というより、()()()()()()()()()()()()()()()のよ」

 

私が辿り着いた真実、それは───

 

 

「───優真の中に、3人の人格がいる。

優真、ユウガ、“あと1人”。オレらって言うのは、優真とユウガの事だったのよ。そう考えれば、あの言葉の矛盾は解消される」

 

 

──『──オレが壊した。あいつはオレらにとって邪魔でしかねぇ』──

 

 

──『──アイツは俺が守る。アイツを傷つける奴は俺が許さねェ』──

 

 

「だから真実はこう。

 

第2の人格(ユウガ)”が、“第3の人格”を壊し、“第1の人格(優真)”を守った」

 

 

「…ちょっと待ってください、それでは……!!」

「……私の仮説、当たっていますか?」

 

声を荒げた海未を無視して、私は震える声で瑞姫さんに問いかけた。

先ほどまで神妙な面持ちで私達の話し合いを聞いていた瑞姫さんは、突如ニコリと表情を変え───

 

 

 

「───素晴らしい、congratulations.(よくできました)

 

 

拍手を、私達に送る……しかし。

 

 

「───嘘だよッ!!!」

 

拍手を掻き消すかのように響いた怒号。

その声の主は怒りか恐怖か……体を震わせ、目に涙を浮かべて瑞姫さんを睨み付けている。

 

「そんなことあるわけないッ!!だって凛はずっと見てきた!一番近くで、誰よりもずっと!!

優兄ィは優兄ィだったにゃ……!凛が困った時に背中を押してくれる───凛を守ってくれる、優しい優兄ィだった!!」

 

「凛…………」

「そもそも、そんなの絶対にありえない……絶対におかしいよ。だって、もし今のが本当なら……」

 

……そうよ、凛。

もし私の仮説が、本当に真実なら。

 

心のどこかでは、まだ祈っている。

 

───この“真実”が、“嘘”であってほしいと。

 

 

しかし無情にも告げられた瑞姫さんの言葉は

 

私達を、絶望へと叩き堕とす

 

 

 

「───貴女達が高校以降接してきた彼は

 

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

本当の朝日優真君は──────

 

 

()()()()()()1()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……………………………………」

 

言葉1つ、上がらない。

今私達が抱えている感情は…落胆、愕然、絶望。

……否、どんな言葉でも言い表せない“何か”。

 

 

 

私達が今まで過ごしてきた朝日優真()は、朝日優真じゃなかった

 

私達が信じた彼は、私達が頼りにする彼は

 

───私達が“愛した”彼は、朝日優真じゃなかった

 

 

じゃあ彼は?

私達の思い出の中にある彼は……誰?

 

 

 

「───長い話も次で終わり。今から話すのは……“3人目の彼”にまつわるオハナシ」

 

 

生気を吸われた様な表情になりかけていた皆を、瑞姫さんのその言葉が無理矢理釣り上げる。

その表情が告げている──『最後まで向き合え』と。

 

……その通りね。だって私は今、『知るため』にここにいる。みんなだってそう。

 

下を向いて首を小刻みに横振りし、意識を切り替える。

私が顔を上げると、皆も何かを決めたような顔つきで瑞姫さんを見ていた……凛以外は、ね。

凛のショックは、私たちの比じゃないはずだから。

 

 

 

「今から話すこと……その鍵は、()()()()よ」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

朝日美優(あさひみゆ)

 

誰よりも優しく、誰よりも強い俺の母親。

凛と花陽も、俺の母をママと呼んでおり、母さんも凛と花陽を実の娘のように可愛がっていた。

 

その優しさは俺の憧れで。

 

その強さは俺の支えで。

 

 

父と離婚した後、女手一つで俺を育て続けた間、一度も弱音を吐かずに俺に笑顔を見せ続けた。

 

 

そんな母親は

 

 

────もう、いない。

 

 

 

こんな話がある。

 

 

 

「優真!凛ちゃんを泣かせたって本当!?」

 

小学校6年生の頃、凛と喧嘩して帰ってきた俺に真っ先に飛んできたのは、母親の怒声だった。

 

「だって母さん!あれは凛が」

「だってじゃない!男の子が女の子を泣かせるなんて言語道断よ!……まさかあなた、“凛ちゃんに手をあげた”なんてことはないでしょうね?」

「……………………」

「あなたっ……!」

 

眉間のシワが、一段と深くなる。

こうなった時が、母さんの怒りが頂点に達したサインだ。

こうなった時の母さんは俺を叩くことも、怒り避けることもせず───

 

 

「────優真」

 

 

「っ……」

 

 

ただ静かに、俺を目を見る

 

 

「あなたが悪いとか、凛ちゃんが悪いとかは一先ず置いておいて。

凛ちゃんに手をあげたのは、絶対に許されないわ。

男の子が女の子に手を挙げるのは最悪のことよ。

 

本当に、凛ちゃんが叩かれるようなことなの?

 

本当に、手をあげる必要があったの?

 

────本当に、あなたは悪くないの?」

 

 

 

俺ではなく、俺の心に直接語りかけてくるようなその言葉。

俺を見据える瞳は俺に沈黙を許さず、答えを求めてくる。

その時は感情のままに凛を叩いてしまったけど、思い返せば俺に非があったような気もしてきて。

 

 

「………………………………」

「…………どう?」

「……俺が、悪かった、よ。多分……。ケンカの内容はともかく、凛を叩いたのは……俺が悪いと思う」

「それが分かってるなら、いいのよ。次どうすればいいかも分かるわね?」

「謝らなきゃ……でも、気まずいよ。なんて言ったらいいか」

「……ふふっ」

 

 

先程までとは打って変わって、優しい笑みを俺に見せた母さん。

そしてその手を俺の頭の上に乗せ、撫でる。

 

 

「───“ごめんなさい”、でいいじゃない。

 

それで許し合えるのが、“友達”なんだから」

 

 

「ごめん…なさい……」

「そうよ。いい?優真。間違えたら、しっかりと謝りなさい。

ごめんなさいって言う言葉は、“魔法の言葉”なの。

自分が間違えてるって思ったなら、何度でも、何度でも謝ればいいのよ」

「……それでも許してもらえなかったら?」

「ちゃーんと謝るの。相手に許してもらえるまで。“ごめんなさい”って気持ちが伝われば、相手はきっと許してくれるから」

「……本当に?」

「ええ、本当よ。……優真、優しくなってね。

相手にはもちろん、自分にも。

自分に優しくなれる人だけが、誰かに優しくなれるんだから。

そしてその優しさで……誰かを守れますように」

 

そう言って母さんは俺を優しく抱きしめた。

 

“ごめんなさい”という言葉の意味。

正直難しかったけど、不思議と俺の心の中にその言葉は深く根付いた。

 

 

間違えた時は、しっかりと謝ること。

 

人に優しくすること。

 

誰かを守れるようになること。

 

 

朝日優真という人格の大部分を形成しているのは、母親のこの教えによるものが大きい。

 

 

 

そんな俺の母さんは───死んだ。

 

 

 

 

 

 

季節は巡り、あの事件から1年が経った。

中2の9月から俺は元居た学校を休学し、西木野先生が経営する学校へと通うことになった。

そこには西木野先生以外にも2人の先生兼医師がおり、1人が国語英語、1人が社会、1人が理科数学を教えていた。ちなみに全員教員免許を持っている。

そこで俺は、俺と同じように心に傷を抱えた数名のルームメイトと共に勉学に励んでいた。

 

学校の時間割の中にはカウンセリングの時間があり、週三回の50分ずつで俺の心と向き合う訓練をしていた。

その甲斐もあって、中2の冬にはユウガと心を通わせることが出来るようになった。本来ならばその過程でだんだんと人格が統合されていくらしいが、俺のように人格同士が共存を図るという例は決してよくあるものではないらしい。

俺とユウガが出来るようになったのは、“意思疎通”と“記憶の共有”。だから問題を起こすこともなくなり、至って平和な日々を過ごしていた。

 

傷もある程度は癒えたものの、新たに友人を作ることはしなかった。自分が人を傷つけるというよりも、他人を信じるのが怖い。裏切りという行為が俺に残した傷は、いつまで経っても癒える兆しを見せることはなくて。

 

そんな俺が心を許していた、1人の少女。

 

 

「優兄ィ!あーそぼっ!」

 

 

星空凛。当時12歳の彼女は、俺に起こった事件を知ってか知らずしてか…とにかく俺の閉じられた心を無理矢理こじ開けようとした。

最初は他人…凛との必要以上の接触を拒み、遠ざけようとしていた俺。

しかし無邪気に笑う彼女の笑顔は、気づけば俺の心に強く残り、かけがえの無い支えになっていて。

 

そして俺は凛と──時折花陽も混ぜて──再び遊ぶようになった。放課後一緒に外に出たり、この時にダンスゲームで遊んだりするようになった。

 

この何気ない時間は、ボロボロになっていた俺の心を癒す大切なものだった。

心を許せる人がいるという安心感を改めて実感する日々を過ごす中3の夏。

俺が凛や花陽と過ごす時以外に落ち着けるのは、母さんと話す何気ない時間。

 

「優真、『音ノ木坂学院』って知ってる?」

「ん。昔からある女子校でしょ?そこがどうかしたの?」

「来年からそこが共学になるらしいのよ。母さんそこの卒業生だから感慨深いなぁ〜」

「ふーん」

「関心薄いわね……母さん優真が音ノ木を受けてくれたら嬉しいなぁ〜」

「行けたら行くわ」

「受ける気ないヤツでしょそれ。ってか大体こないから、それ言われた時」

 

ごめんな、母さん。

俺もう、進学先は決めてるんだ。

都内屈指の公立進学校。そこに行って、母さんを楽させてあげたいから。

今までたくさん迷惑かけて、本当にごめん。

だから後少しだけ、待っててくれ。

 

 

必ず母さんを───喜ばせてみせるから

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに季節は流れて中3の冬。

年が開けて間もない頃、高校受験勉強もラストスパートをかける時期になってきた。

 

「優真ー。ご飯できたわよー?食べない?」

「んー。そこ置いといてー」

「はーい。たまには降りてきて食べなさいよねーっ?」

 

 

俺の志望校は夏から変わらず県内屈指の公立進学校。沢山の迷惑を掛けてしまった母親へのせめてもの恩返し。

その勉強のために、俺は部屋にこもりがちになっていた。以前のような負の意味ではなく、正の方の意味で。

朝から昼までは学校で勉強、昼過ぎから夜遅くまでは自学。西木野先生の教え方のスタイルは、『本人本位』。俺が1番やりやすいやり方で、1番効率よく学べるように、的確な指摘をしてくれる。故に、自学の充実さが成績に直結するのだ。

 

 

だからそんな俺は───気づけなかった

 

 

己の母を蝕んでいた、その病に

 

 

 

────ガタンッ!!

 

 

部屋の外で大きな音が響き、俺はドアの方を振り返る。音の遠さから考えて、一階で響いた音だろう。

 

コケたのかな?母さん、おっちょこちょいだなぁ。

 

そんな程度にしか考えてなかった俺は、再び問題の続きへとペンを走らせる。

 

 

1時間半ほど経過しただろうか、俺は部屋の外に置かれていた夕食を食べ、食器を返す為に一階へと降りようとしていた。

その時、机上のケータイが着信を告げる。

 

 

「んー。もしもし」

『もしもし、優兄ィ?』

「おう、どうした?凛」

『今からそっち行ってもいいかにゃ?ちょっと見てほしい宿題があるんだけど……』

「今からか?別にいいけど……気をつけろよ?もう時間も遅いし」

『大丈夫にゃ!じゃあ3分後に!』

 

 

早すぎだろ。もっとゆっくり来いよ。

そんなツッコミを入れる間もなく電話は切れてしまった。

相変わらずのマイペースさに苦笑いを浮かべつつ、恐らく宣言通り3分後に来るだろう凛を迎え入れる為に、改めて一階へと降りる階段を下り始めた。

 

……さっきの数学の問題、解けたは解けたけど時間がかかり過ぎだ。あそこの計算は正直無駄だったし、もっと過程を最適化しないと時間が───

 

 

そんな思考は、一瞬で吹き飛ばされた

 

 

「……………………………………え…………」

 

 

 

リビングに繋がるドアの前、そこには横たわってピクリとも動かない母親の姿が。

 

「………………母……さん……?」

 

俺の呼びかけにも、返事はない。

 

その姿は───かつて見た“あの姿(ツムギ)”と重なって

 

 

「ぁあぁ……ぅ……ぁ……」

 

 

金縛りにあったように動かない身体

 

それと同時に急に働きを失った思考能力

 

『頭が真っ白になる』というのは、こういう状況のことを言うのだろう

 

そんな俺の耳に響いたのは。

 

 

『優兄ィー!来たよー!』

 

 

「……………………り…ん……」

 

ドアの向こうから聞こえたその声で、俺の身体は再び働きを取り戻した。

異常事態を把握した瞬間、俺の身体は玄関へと駆け出した。

 

「あ!いきなりごめんね優」

「それはいい。話は後だ!!」

「えっ……?って…………ママ……!?」

 

倒れている俺の母親を見たことで、凛も異常事態を察知したらしい。

そんな凛を横目に、俺はケータイのキーを必死で走らせ、とある番号へと電話をかける。

 

 

 

「───西木野先生、母さんが……母さんが!!」

 

 

 

 

 

 

 

「…………生きているのも、奇跡の状態です。そしてそれももう直ぐ……」

「………………」

「……そん…な……」

 

悲痛な声を漏らした凛と、最早何も言うことができないほど絶望に満ちた俺。

救急車によって運ばれた俺の母さんと共に、俺と凛も病院へ向かった。

ここは西木野総合病院のとある病室、そこで母さんはたくさんの機械によって繋がれ、なんとか一命を取り留めている。

突如電話をかけてきた俺のたどたどしい動揺に満ちた言葉を西木野先生は上手いこと把握して、迅速な手配をしてくれた。

そこで俺と凛は、西木野先生と共に担当医の説明を受けている。

 

「もう少し搬送が早ければ、手の施しようが」

「やめなさいッ!!」

「あっ……」

 

西木野先生の怒声で、担当医はしまったと言うように言葉を止めた。

……別にいいのに、最後まで言っても。

 

───そんなの俺が、1番分かっているんだから。

 

俺がもっと早く気付いていれば、こんなことには。

 

 

「……西木野先生」

「……何かしら」

 

「───()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………………」

「俺に隠してたんですよね?──いつからですか」

「………………」

「……先生ッ!!」

 

 

 

「───1年半ほど前よ」

 

 

「…………え…」

「あなたが初めて私の元に来た日の…少し後から。

彼女の身体は悪性腫瘍(ガン)に侵されていたわ」

「そんなに……前から……?」

 

じゃあ何か?

母さんは1年半もの間、己を蝕む病と闘いながら、ずっと俺に笑顔を見せ続けてきたっていうのか?

 

「早期治療すれば、完治しないわけじゃなかった。でも彼女はそれを頑なに拒んだわ。何故だか…わかるかしら」

「…………俺、が……いたから……?」

「そう。治療をするとなれば入院しなければならない。そうなれば、誰も貴方の面倒を見ることができない。ただでさえ、己の心の傷と向き合おうとしている貴方に、ストレスを与えないようにと」

「…………母さん……っ」

 

 

その時。

 

 

「…………っ………は……」

「っ!!母さん!!」

 

意識を取り戻した母さんに俺は夢中で駆け寄った。

ゆっくりと母さんは、自分の手で呼吸器を外す。

担当医もそれを止めようとはしなかった。

 

「優……真……ごめん、なさいね……」

「何も言わないでいい!しっかりしてくれ!!」

「多分……母さんは、もう……」

「そんなこと言うなよ!!…大丈夫だって!!」

 

『大丈夫』。その言葉の無責任さを今初めて痛感する。

何の根拠もなく、何からも裏打ちされることなく告げられるこの言葉は何と無責任だろうか。

この言葉は唯の祈りと願いに過ぎない。『そうであってほしい』と言う、当事者ではなく第三者の。

 

「優真……聞いてくれる、かしら……母さんの、最後のワガママ」

「最後なんて、そんなっ……」

「お願い優真。お願いだから……」

「母さん…………」

 

血色を失ったその顔で、そんな目で見られたら。

嫌だなんて、もう言えない。

母さんは震える手を伸ばし、俺の頬を優しく撫でる。その冷たさに、俺の表情はおもわずこわばってしまう。

 

 

「あなたを遺していくこと、本当に……ごめんなさい……。

最後に母さんと……3つ約束を、してくれる……かしら……」

「3つ……」

 

 

 

「1つ……“人に優しく、自分に優しく”」

 

いつも母さんが、俺に言うことだ

 

「2つ……“その優しさで、誰かを守れるように”」

 

これもいつも母さんが、言ってることだ

 

 

 

「そして3つ目。

 

 

────“あなたが笑って、過ごせますように”」

 

 

「っ!!」

 

「あなたがたくさんの友達に囲まれて、たくさんの笑顔を見せてくれれば……母さん、安心できる……から……

 

たくさん笑ってね、優真

 

母さん、“あっち”で……ちゃん……と……見てる………………か…………ら……」

 

 

 

そして母さんの手は

 

 

力なく崩れ落ちた

 

 

部屋に響く単一の電子音

 

 

その音を頭の中で聞きながら、顔に布を被せられる母親の様子をただ眺めていた俺は

 

 

 

「…………………………なさ…い…………」

 

 

『──いい?優真。自分が間違えたと思った時は』

 

 

「………………ごめん…………なさい……」

 

 

『自分が間違えたと思った時は、しっかりと謝りなさい』

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 

『自分が間違ってると思うなら、何度でも、何度でも謝ればいいのよ』

 

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい……」

 

 

『……それでも許してもらえなかったら?』

『ちゃーんと謝るの。相手に許してもらえるまで。“ごめんなさい”って気持ちが伝われば、相手はきっと許してくれるから』

 

 

「ごめんなさいっ……母さん、ごめんなさい……本当に、ごめんなさい…………」

 

 

たくさん迷惑かけて。

気づいてあげられなくて。

こんなダメな俺で。

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 

 

「朝日君…………」

「優兄ィ……っ」

 

 

「聞こえないよ、母さん……何か言ってくれよ、母さんっ……!!許して、ごめんなさい……許してよ、母さん…………母さん、母さああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 

 

 

 

 

─────もう、いい

 

 

─────何も考えるな

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………センセー」

 

「……ユウガ」

「っ!?優兄ィ……?」

 

幼馴染の普段とは違う黒い黒い眼差しを見た凛は、その顔を恐怖で歪めた。

優真の母親経由で、凛は自分の母親から優真になにがあったのかを聞かされている。故に理解も早かった……これが、“もう1人の優兄ィ”なのだと。

 

「……これから多分、色々迷惑かけると思うけど…アイツのこと、よろしく頼む」

「……当たり前よ」

「それから、凛」

「っ!は、はいっ」

 

「───コイツの支えになってやってくれ」

 

「え……?」

「じゃあ後は─────頼んだ」

 

 

そう呟くと……再び彼は、意識を失った。

 

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

 

母さんが死んでから2週間。

俺は1年前のあの時と同じような生活を送っていた。

心も涙も枯れ、俺の体を動かすのは人間としての本能だけ。

学校にもいかず、あれだけ盲目的に熱中していた勉強にも全く手をつけない。

眠くなったら寝て、腹が減ったら食べ、それ以外は母さんの仏壇に座り込み、無心でそこを眺めている。

 

 

────とある時間以外は

 

 

誰の顔も見たくないのに 一人でいたいのに

 

 

「ゆーう兄ィ!」

 

 

性懲りも無く、今日もコイツはやって来る

 

 

「…………」

「……そんな目しないの。ほら、ご飯持ってきたよ!一緒に食べるにゃ!」

「…………」

「…あ、もしかしてもう食べちゃったかにゃ?」

「…………」

「それならいいもーん、凛1人で食べちゃうもんね!……あ、ママに挨拶しないと」

 

 

無言で凛を睨み続ける俺を他所に、凛は今日もマイペースに俺の元を訪れる。隠している合鍵を自分のものにした凛は、自由に俺の家を行き来できる。幼馴染じゃなかったら犯罪モノなその行為を、俺は特に咎める気にもならず放置している。

それでも一日一回、食事を持って必ず家にやってくる凛のことが疎ましくて仕方なかった。

食事だって、わざわざ持ってきてくれなくてもインスタントで済ませられるし、何よりも……誰の顔も見たくないから。

 

俺の横にちょこんと座り、凛は持ってきたおにぎりを本当にぱくぱくと食べ出した。

鼻歌を歌いながら、楽しそうに。

 

そんな態度が───気に触る

 

「…………チッ」

「ん……優兄ィどこいくの?」

「…………関係ねぇだろ」

 

これもいつものこと。苛立った俺が凛を放置して部屋に戻る。それを見送った凛は勝手に家の掃除をこなして帰っていく。

こんな生活を2週間も続けていた。

 

 

 

しかし

 

 

 

「……優兄ィ」

「………………んだよ」

 

 

今日は何故か、引き止められた。

 

 

「───()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「………………」

「ずっとこのままでいるつもりなの?家に閉じこもって、誰にも接することなく、ずっと1人でいるつも…」

 

 

「───じゃあどうしろって言うんだよ」

 

 

触れられたくないところにピンポイントで触れてきた凛に、俺の怒りは一瞬で沸点に達した。

 

 

「何をすれば許してくれるんだよ。母さんはもう居ないのに……1番恩返ししたかった人は、もういねぇのに!!何回謝っても、何も聞こえないんだよ!!許してくれないんだよ!!」

 

 

俺の1番やりたかったことは、『たくさん勉強して、いい高校に入って、母さんを安心させてあげること』。

 

俺の今1番やりたいことは、『母さんに謝って、許してもらうこと』。

 

 

どちらももう────叶わない。

叶わないから。

 

 

「最低だろ……何が『母さんを安心させたい』だ。母さんのことも何も気づかないで、のうのうと笑って日々を過ごして!母さんは病気で苦しんでたのに!!

俺のせいで!!母さんは死んだんだ!!

どうすればいいのかわからないんだよ……どうすればいいんだ!!なぁ!!教えてくれよ、凛……答えろよ!!」

 

 

叫ぶしかない。

心の中に溜まった闇を。

齢13歳の少女に、ぶつけるしかない。

 

涙が両目から溢れる。

心の底から込み上げる哀しみと、凛に八つ当たるしかない己の愚かさを嘲笑う涙。

“最低な事をした”自分と、“今尚最低な事をしている”自分への自己嫌悪が止まらない。

 

 

それでも、聞いて欲しかった

 

助けて、欲しかった

 

教えて、欲しかった

 

 

誰か俺を───赦してくれよ

 

 

 

俺の話を瞳に涙を浮かべていた凛は、しばらくして口を開く。

 

「……凛、お願いされたんだにゃ」

「お願い……?」

「ママと、“もう1人の優兄ィ”に」

「っ……!!お前、知ってた…のか……?」

 

俺の質問を無視して、凛は言葉を続ける。

 

「『優兄ィを、頼んだ』って。だから、言うよ優兄ィ。

 

 

 

───いつまでそうやって下向いてるの!!」

 

 

 

「なん……」

「ずっとそーやってうじうじして……!優兄ィのそんな姿、ママは絶対に見たくないはずにゃ!

ママがいなくなっちゃって苦しいのも、悲しいのもわかるよ?でもね、だからってこんなのダメだよ……!絶対にダメだよ!」

「……お前に何がわかッ」

「わからないよ!優兄ィが悲しんでることしか、苦しんでることしか凛にはわからない!でもそのままじゃ……誰も何もいい思いしないよ!」

 

 

聞けば聞くほど、ガキの理論。

『イヤなものはイヤ』。筋もクソもない凛の言い分に、俺の怒りは加速する。

 

 

「わかんないんなら、口出すんじゃねぇよ!!」

「わからないからこそ口を出すんだよ!!優兄ィの気持ちがわかってたなら、きっと凛はこんなこと言えない!優兄ィと同じくらい、辛くなっちゃうから……!」

「意味わかんねぇんだよ馬鹿野郎がッ!!」

「バカでも何でも!凛はイヤなの……このままじゃイヤなのッ!!」

「このっ…………!!」

 

 

相手がガキなら、俺も餓鬼。

冷静さを失った相手に対し、俺も論理だった反論はできない。

それが出来るようになるには、俺はまだ若すぎた。

 

 

故に今、昂った感情のまま凛を殴ろうとして手を振り上げる

 

 

握った拳が震え、腕に血管が浮かび上がる

 

 

それを見て驚愕に染まった凛の顔に、思い切りその拳を振り抜こうとして────

 

 

 

『──────優真』

 

 

 

寸前で、思いとどまる

 

ふと思い出したのは、母の言葉

 

 

 

『───あなたが悪いとか、凛ちゃんが悪いとかは一先ず置いておいて。

凛ちゃんに手をあげたのは、絶対に許されないわ。

男の子が女の子に手を挙げるのは最悪のことよ』

 

 

俺は同じ過ちを

 

繰り返そうとしてる

 

 

「───思い出して、優兄ィ。

ママは最期に……何て言ってた?」

「っ……」

 

 

『───あなたが笑って、過ごせますように』

 

 

「優兄ィが今できることは────何?」

「俺が今、できること……」

「凛は───()()()()()()()

「変わ……る……」

 

 

 

「優兄ィに、変わってほしいの!

 

明るくて優しい、昔みたいな笑顔の似合う優兄ィに!!」

 

 

 

“変わる”。

 

 

その言葉は不思議と俺の胸に突き刺さった。

 

 

頭の中で、母さんの言葉が甦る

 

 

『───誰かを守れるくらい、優しくなってね』

 

 

変わる。

 

 

誰かを守れる、優しい自分に

 

 

変わる。

 

 

凛が……大切な人達が、悲しい涙を流さないように

 

 

変わる。

 

 

母さんが安心できるように、凛が望むように、笑顔が似合う自分に

 

 

『───母さん優真が音ノ木を受けてくれたら嬉しいなぁ〜』

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

────────でも

 

 

今更俺自身が変わるには、俺の業は深すぎる

 

 

────────だから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと目を開くと、暗い海の中にいた。

ここは俺の心の中。普通の人間なら1人しかいないその中に、俺の場合は2人いる。

俺とユウガ。そして────

 

 

目の前に現れた、()()

 

何にも染まってない、純白のその仮面を手に取る

 

 

俺にはもう、誰かと関わる資格はない

 

 

だから────

 

 

 

「────何考えてやがる、テメェ」

 

 

後ろから呼び掛けられた声。それに俺は笑顔で振り返る。

 

 

「……ユウガ」

「ふざけんなよ。自分は関わる資格がねぇって決めつけて、お前は──」

 

そう。そうだよ。お前の考えてる通りだよ。

 

 

 

「───“3()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

“3人目”を創り、託す。()()()()()()()()()()

 

 

「そんなことッ……!!」

「“3人目”には、俺の記憶を授ける。今からコイツが、朝日優真になるんだ。

 

 

母さんが、凛が望んだ朝日優真に」

 

 

「だから!ふざけてんじゃねぇっつってんだろ!!

大体それでお前が“変わった”って言えんのかよ

 

お前は責任をなすりつけただけじゃねぇかよ

 

オレは認めねぇぞ。“3人目”なんて絶対に!!」

 

 

「……それでもならなくちゃいけない。もう、こうするしかないから。

────今までありがとう、ユウガ。

これからのことは、“3人目(コイツ)”に託そう。

今更“変わる”なんていうには、俺たちは誰かを傷つけすぎた」

 

「っ!!まさかお前オレまで…!?」

 

 

 

 

「後は頼んだよ────“3人目(『朝日優真』)”」

 

 

 

「お前ッ、優真ァァァァァァァァ!!!」

 

 

 

そして俺は仮面を───装着(つけ)た。

 

 

 

途端、俺とユウガは突如現れたそれぞれ2つの大きな門に吸い込まれ───閉じ込められた。

 

 

 

これでいい、これで。

 

俺はここで見続けるよ。“3人目”の歩む道を

 

願わくばその歩む道が────

 

 

 

皆の幸せに繋がることを願って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「優、兄ィ…………?」

 

 

口論の途中に突如黙り込んでしまった優真に、凛は恐る恐る声をかける。

優真は首を曲げたままうなだれ、揺すっても反応がない……がしかし、ふと顔を上げ、その目を開く。

 

そして一言。

 

 

 

 

「ん……あぁ、大丈夫だ。安心してくれ、凛」

 

 

 

「……へ…………?」

「心配かけて悪かったな。何をするべきか……わかったからもう大丈夫だ」

 

先ほどまでと打って変わって、不自然なほど冷静さを取り戻している。

……否、どちらかというと、冷静というよりは、“無感情”。

 

「……凛」

「……ん?」

 

 

「見ててくれ。()()()()()()()()()()

 

 

「……う、うん…」

 

最後、笑顔でそういった優真に、凛はますます不信感を募らせる。

 

 

でも、今は。

 

 

前を向こうと決意した優真を、支えよう。

それが優真の母とユウガとの……約束だから。

 

凛はそう決意した。

 

 

───目の前の少年が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

そして少年は、3人になった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、『64話 解答』
今回もありがとうございました。
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