ラブライブ! ─ 背中合わせの2人。─   作:またたね

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解答

 

 

 

 

 

64話 解答

 

 

 

「…………………………」

 

 

沈黙。

“3人目”の話を聞いた私たちを包むのは、沈黙。

余りにも重苦しい空気を誰もがどうにかしたいと思っているにもかかわらず、誰も口を開こうとしない。私…絢瀬絵里も同じように、ね。

 

 

「…………さて、今のが朝日君の過去。最後に()()()()()()()()()()()()をしましょうか」

 

 

……確かに気になる。高校入学から今に至るまで、彼は何を思い行動していたのか。

萎えかけた気力を振り絞り、私は顔を上げる。

 

 

「高校入学時点で彼は既に“3人目”……彼の言葉を借りるなら《仮面》だった。《仮面》は朝日君の“変わりたい”という思いが具現化した者。行動指針は、“変わるため”。彼の母親と星空さんが望んだ“誰かを守れる優しい自分”になるため。

《仮面》には朝日君とユウガの記憶が宿っていて、自分が何をすべきかを明確に理解していたの。

でも、()()()()

 

彼は知らなかった。他人との接し方を。

 

彼は知らなかった。感情の表し方を。

 

だから1年生……2年生後半になるまでの彼はとても暗く、何かに怯えるようなぶっきらぼうな話し方をしていたはず。以前の彼とはまるで違ってね

 

私から言わせれば、“3人目”の彼は《仮面》じゃなくて、《人形》よ。主人格の“変わりたい”という命をこなす、忠実な、ね」

 

 

「……なるほど」

 

私は思わずそう呟いた。

凛が合宿の時に言っていた言葉を思い出す。

 

 

──『……優兄ィが絵里ちゃんにどこまで話してるのかわからないけど、優兄ィと出会った頃、あんな性格じゃなかったでしょ?』

『……確かに』

 

出会った頃の彼は人と関わることを恐れ、周囲と壁を作り、全てに達観しているような冷めた目をしていた。

 

『……優兄ィは昔色々あって、人と関わりが持てなくなっちゃったの。あんなに明るかった優兄ィは、まるでどっかに行っちゃったみたいで。

それが今……あんなに笑うようになってくれた。少しずつ、優兄ィは昔の優兄ィに戻ってる。……それはみんなのおかげなんだにゃ』──

 

 

周囲に壁を作っていたのは、人との関わり方を知らなかったから。

冷めた目をしていたのも、人との関わり方を知らなかったから。

 

凛はあの時“昔の事で人との関わり方が持てなくなった”と言った。でも、違ったのね。

生まれ落ちて間もない“3人目”は、何も知らなかった。

普通ならば育っていく過程で学んでいく、人との接し方を。

だから出会った頃の優真は、あんなに……。

 

……最も、この根幹に“優真の傷”が関わってるのは間違ってはいないのだけれど。

 

 

「……話を戻すわね。“友達を作る”。いちばん最初に彼が目指したのはそれよ。何故かわかる?」

「……優真先輩の母親の最期の言葉、ですよね」

 

 

───『あなたがたくさんの友達に囲まれて、たくさんの笑顔を見せてくれれば……母さん、安心できる……から……』───

 

 

「そうね。変わろうと努力を始めようとしたその矢先。全くもって予想できなかったことが起きた。

 

 

────()()()()()()()()よ」

 

 

「っ……」

 

 

名指しされた希の肩が強張る。

 

 

「主人格の彼は、大層驚いたはずよ。もう会えないと思っていた、その少女が目の前にいるんだから。

でも、それをどうこうすることは彼には出来ない。

彼は傍観を決め込んだから。“3人目”が決める選択を、只々心の中で眺めているしかない。

そして“3人目”の選択は──────」

 

 

「──希との過去を、“なかったこと”にすること」

 

にこの呟きに、瑞姫さんはコクリと頷く。

 

「そして2人は、もう一度歩みだした。新たな友人としての道を。その中に絢瀬さんも加わって、高1時代の彼はその3人で過ごすことが多くなった。

さて、この時“1人目”は自らの意思で心の中に閉じ籠っていたのだけれど、“2人目”の方はそうじゃなかった。

ユウガは“3人目”を創ることに反対してた。故に朝日君によって……“意識ごと封印されていた”」

「意識ごと………封印」

「ええ。でもある日、その封印は解かれた。

 

───“3()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「強い……怒り………っ!もしかして……!」

 

答えに気づいた私をさておき、瑞姫さんは希の方を向いて、笑い───

 

 

 

「心当たりがあるんじゃないかしら。

 

───()()()()()()

 

 

『っ!?』

 

全員の視線が希に集中する。

瑞姫さんは気づいていた。希のケータイ越しに、ことりが今の話を全て聞いていたことに。

 

『…………ゃ……』

「……ことりちゃん…うん、わかった」

 

自分だけに聞こえるように音量を調節していたのだろう、ことりの指示を受けた希がケータイを操作して、スピーカーへと変える。

 

『…………みんな、こんな形でごめんね』

「ことり……」

『…………そして多分、今西木野先生が言ってることの答えは…私が関係してる』

「……!ことり、もしかして…!」

 

 

『そうだよ、海未ちゃん。

 

 

────()()()()()()()()

 

 

 

 

────『失せろゴミ』────

 

 

 

そう、あの時。

希との電話越しで聞いた彼の声は、今まで聞いたことがないほど怒りに満ちていた。

思い返せば、あれは───

 

「痴漢行為を受けていたことりさんの姿を見た“3人目”は、激怒した。その怒りは、心の中で眠っていたユウガを呼び醒ますことになってしまった。かつて朝日君が荒川君に、怒りを抱いた時のように。

でも、この時はまだ完全じゃなかったの。ユウガの意思とは関係なしに、“3人目”の怒りに際して現れる程度だった。

────この状態の彼、身に覚えのある人は何人かいるんじゃない?

 

()()()()()()宿()()()()()までで考えてみて」

 

 

『…………』

 

私含め2人が、顔をしかめた。

 

 

私が心当たるのは

 

“μ'sのファーストライブを、何も言わずに中止させようとしたとき”

 

 

 

────『……どういうことだ』

『言葉通りの意味よ。ライブをする意味が無くなったわ』

『説明になってないぞ』

『だから言葉通りよ。意味がないって言ってるの』

 

その態度に、俺の中の何かが───切れた。

 

『────おい』

『っ…!?』

 

先ほどまでとは違う、俺から発せられる威圧感に、絢瀬が怯む。

 

『説明になってないっていってんだろ。

そんな一方的に中止告げられて納得なんて行くわけないだろうが』

『……』─────

 

 

 

そしてもう1つ

 

 

“荒川君と中西さんが現れて、希に発作が起きた時”

 

 

 

 

 

『オメェあと一歩でも“希”に近づいてみろ

 

 

────────殺すぞ』

 

 

 

この時の優真の状態は、『ユウガの人格を借りた“3人目”』と言ったところだったはず。

ユウガ自身は無意識のうちに、“3人目”の憤怒に反応して現れていた状態というわけね。

 

海未も同様の顔をしているあたり、思い出していることはおそらく一緒。電話越しで顔は見えないけどきっとことりもそう。

 

 

「……さて、結局のところユウガは再び自我を取り戻すことになったわけだけど、そのきっかけとなった事件があるの。

 

────()()宿()()()()、ね」

 

合宿のとき……?

そんな事件があったかしら……?

 

しかし。

 

1人の少女は、身体を震わせ始めた。

 

 

「……あの時…だ………」

「……凛…?」

 

 

「───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あの時……!」

 

 

 

 

──『……ふふふふっ』

 

『……優兄ィ?』

『ははははは……』

『どう、したの……?』

『はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは』

『優兄ィ!?』

 

こんなおかしな話があるだろうか

 

“どちらを好きになったかがわからない”なんて

 

そんなの、“好きになった理由がわからない”と同義

 

俺はそんなものを“恋心”と呼ぼうとしていたと?

 

笑い話も大概にしろ

 

─────馬鹿だ“オレ”は

 

何をそんな甘いものに縋ろうとしていたんだ

 

オレは自分の“満たされない心”を愛という耽美なコトバで満たそうとしただけ

 

誰かの“愛”を求める資格なんざ

 

オレには無いだろう?──

 

 

 

 

「あぁ……あれだ……あれがきっかけで……っ!」

「凛、落ち着い」

「凛のせいだ。凛の、凛の……!!」

 

その時何が起きたのかは私達にはわからないけど、凛のこの動揺しっぷりは尋常じゃない。

その動揺を裏付けるように、瑞姫さんは言葉を続ける。

 

「……答えだけ言ってしまうと、その通り。

合宿の時の星空さんがとの一件で、ユウガは目醒めた。それ以降、ユウガは貴女達の前に現れることが増えたんじゃない?」

 

先程よりも、心当たりがある人は多いようだ。

先ず口を開いたのは、にこ。

 

「……ツバサに潰されそうになった時、私を助けてくれた優真…あれはきっと、ユウガだったのね」

 

 

──『お前の勝手な物差しで───

 

俺たちの“覚悟”を測るんじゃねぇ』

 

 

『首を洗って待ってろ、A-RISE

 

─────喉元喰い千切ってやる』──

 

 

 

そして真姫が。

 

「────路地裏に連れ去られた希と絵里を助けた時の優真さん。あれも……」

 

 

 

 

──『見逃してくれるよなぁ?それとも何?

 

──────()()()()?』──

 

 

 

「……あの時の優真は、手に握った石を相手の顔に振り下ろそうとした。これはユウガの暴力的な衝動が原因の考えると、納得…とまではいかなくてもなんとなく理由としては頷ける」

「……ですが絵里、ユウガさんも中学時代の事件の事で衝動的な暴力が優真さんを傷つけることをわかったはず……いや、なるほど、そういうことですか……」

「そうよ、海未。

 

───“()()()()()()()()”。

 

“3人目”の存在が気に入らないユウガは、自分の暴力で“3人目”が私達にどう思われようと、どうだっていいのよ。だからあんな風に………そういえば…」

「? ……どうしたのよ、絵里」

「真姫は聞こえなかった?あの時悟志くんを制止した優真、何か言ってなかった?」

「……言ってたわね、確かに。でも私には聞こえなかったわ。でも最後呟いた言葉なら」

 

 

 

──『────やりすぎ……だ……バカ……』──

 

 

 

「…………もしかして」

「何かわかったの?」

「いや、これだけじゃ……最初になんて言ったかがわかれば」

 

 

 

「『────少しだけ、力を貸してくれ』」

 

 

突如響いた野太い声。

その声の主は今まで見たこともないような表情で私たちを見ている。

 

 

「ユーマは俺の側で、確かにそう言ったぜ」

「……悟志くん」

「……多分絵里さんの考えてる通りだと思う。

 

あの二言は……《仮面》がユウガに言ったんだ」

 

……やっぱり。

“3人目”はいつの間にか自我を持ち出したユウガに、“頼ってしまった”。ユウガが久々に、自らの意思で行動を取ったのはこの時だったはず。

……というか。

 

 

「悟志くんは……知ってたの?」

「……優真に起きた事件のことは。でも“3人目”にまつわる話は俺も聞かされてなかったぜ」

「……ごめんなさい、聞くまでもなかったわね」

 

知っていたなら、そんな顔してるわけないわよね。

悟志くんのそんな顔は、見たことないもの。

己を責めるような、悲しい目をして笑う貴方のことなんて。

 

そしてさらに瑞姫さんの質問は続く。

 

「……自我を持ったユウガは、朝日君にとって邪魔だと考えていた“3人目”を、壊そうとした。そして……“3人目”の意思とは関係無しに、少しずつ表に現れるようになった。

……心当たりのある人は?」

 

 

「凛とかよちんは……あるよ」

「……文化祭の時、だよね」

「その時に凛は優兄ィに叩かれたんだけど……優兄ィ、すごく驚いた顔してた。多分、自覚がなかったんだと思う」

 

「…ことりのバイト先で私が見たあれも、“3人目”が自覚していなかったユウガの表れ…」

 

「そんな風に、段々とユウガは影響力を取り戻していった。そしてある日……《仮面》は“砕けた”」

「…………このあいだの……」

「自らの掛け替えの無い居場所だったμ'sを壊してしまったこと。トドメを刺したのは、守るべきはずだった星空さんを自らの手で傷つけてしまっていたこと。

 

そして彼は……“自らの手で、己を終わらせた”」

 

「…………つまり…」

 

 

 

 

「…………貴女達と過ごしてきた朝日優真君は

 

 

()()()()()()()()()”」

 

 

 

 

「そん…な……」

 

 

“3人目”は自らを責め、苦しみ……最後は自分自身でその存在を消した。

私達を守り続けた彼には、もう会えない。

それを自覚した途端、悲しみが込み上がる。

 

 

例え彼が“偽り”でも、私たちにとっては“真実”だった

 

彼がくれた優しさと思い出が

 

私達を、救ってくれたから

 

 

そして瑞姫さんは、独り言のように呟く。

 

 

「最初何にも染まらず、無垢だった《仮面》は、年を経るごとに染まっていった。

 

鮮やかで眩しい、“9つの色”に」

 

『……!』

 

「《仮面》が女神達を救ったように、女神達もまた《仮面》を救っていたの。

己が抱える傷の影響で、喜怒哀楽の“喜と楽”を無くしていた彼は、女神と出会って“喜び”を知った。“楽しさ”を感じた。

 

───“本当の笑顔”を、取り戻した。

 

そして《仮面》は、朝日君(1人目)が望んだように、『朝日優真』になった。大切な人を守ることができる、『朝日君がなりたかった朝日優真』に、“3人目”はなれた」

 

「…………」

 

そこまで言い終わると、ここまで沈黙を貫いていた理事長が突如口を開く。

 

「ねぇ。

 

貴女達は、“3人目”の存在は正しかったと思う?」

 

「それは……」

「朝日君は己の存在を罪とし、その贖罪を成すために“3人目”は生まれた。“3人目”は本人の願い通り『朝日優真』となり、皆を守れる存在へと“変わった”。

でもこれは本当に、“変わった”と言えるのかしら?

変わったのは朝日君じゃなくて“3人目”。そうでしょ?」

「……確かに」

 

すると今度は瑞姫さんが、言葉を割り込んできた。

 

 

「じゃあ貴女達は、“3人目”の存在が間違っていたと思うの?」

 

 

「…………」

「形はどうあれ、貴女達は“3人目”に救われた。その存在を否定することは、“貴女達が作り上げてきた今まで”を否定するということ。実績も、思い出も何もかも。違う?」

「……さっきから何が言いたいんですか…!」

 

私達に疑問ばかりを投げつけ、不安を煽ろうとする瑞姫さんと理事長に、思わず苛立ちのこもった言葉をぶつけてしまった。

しかし瑞姫さんは、私の言葉など想定通りだと言うかのように笑った。

 

 

「───決めて欲しいのよ。“これからのことを”」

 

 

「……決める?」

「私の話を聞いた貴女達は、“これからどうするか”を決めなくちゃいけない。

“ユウガ”が望んだように彼とはもう関わらないか。

それとも彼と和解し、新たな道を歩みだすのか。

すべては貴女達次第よ」

 

───これから、どうするか。

私達は決めなくちゃいけない。

 

でももう私には、わからない。

 

朝日優真という少年の存在が、黒く霞んだモヤのように見えてしまって。

 

今までの何が本当で、何が嘘だったのか。

 

正しい判断なんてもう出来ない。

 

そのくらい私の心はこれまでの衝撃的な話で疲弊しきっていた。周りを見回した限り、ほとんどの皆もそうみたい。

 

そんな私に、瑞姫さんは言う。

 

 

「1つだけ訂正させてもらうわね、絢瀬さん」

「訂正…?」

「先程の貴女が言っていた“オレら”に関する話よ」

 

今更……その話を?

一体何のために───

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「えっ……」

「でも、もしそうならユウガさんが私達を遠ざける意味が」

「今までの彼の言葉を、しっかりと思い出してみて。ユウガは何のために行動してた?」

「……第1の人格である、“本当の優真先輩”を守るためでは…?」

 

「───()()()()()()()()()()()()()?」

 

「っ!!」

 

そこで私は思い出した。

“第1の人格”と同じくらい、ユウガが大切にしていたものを。

 

 

 

──『“お前を傷つける何か”からお前を、“お前が大切にしているものを傷つける何か”からお前を───“オレ”が、守ってやるよ』──

 

 

 

「わかった?」

「では、ユウガさんが私達を遠ざけたのは……」

 

 

「貴女達を、守るためよ。自分と関わって、これ以上貴女達が傷つくことのないように」

 

 

『!!』

 

「つまりこれが意味することは、“朝日君(1人目)”にとって、貴女達はとても大切な存在だということ。

そのために彼は、自分を傷つける道を選んだ。

もう誰も、傷つかないように」

 

 

この時私達は、身をもって体感した

 

 

この少年(ユウガ)の───狂った程の、優しさを

 

 

そして

 

 

 

「……ふふふ、あははははは!」

 

 

1人の少女が、声高に笑う

 

 

「……にこ?」

「はははっ、あはははははっ!あー面白い。

なんだ、簡単なことじゃない」

 

次の瞬間、笑うことで浮ついていたにこの声に、芯が宿る。

 

 

「───結局あのバカが、自分の優しさ拗らせてるだけでしょ?」

 

 

「……貴女、そんな単純に…」

 

「纏めればそういうことなんだからいいじゃない。

私は“ユウガ”だとか“3人目”だとかどーでもいい。

私にとってアイツは“朝日優真”……私を救ってくれた大切な恩人で、大切なトモダチ」

 

「……にこ」

 

この部屋の中で、にこ1人だけ。

にこ1人だけは、他の情報に惑わされることなく己の思いを貫いていた。

そして私たちは気付く。自らの心に芽生えだした、その思いに。

 

 

 

“朝日優真を、救いたい。彼が私達に、そうしてくれたように”

 

 

 

「みんな、優真のことは私に任せてくれないかしら」

「でも、にこちゃん1人じゃ……」

「……約束、したのよ。アイツと」

 

 

 

──『わかってるよ。それでも嬉しかった。

……心配かけてごめんな。俺は大丈夫だから。

 

でももし俺に何かあったとしたら

 

君が俺を助けてくれ。……頼まれてくれる?』

 

『……当たり前じゃない。

 

助けてあげるわよ、何回だって

 

……それが“私達”でしょ?』──

 

 

 

 

「だから……お願い」

 

にこが私達に頭を下げた。

その小さな体に、並ならぬ決意と覚悟を感じた私は……

 

「……わかったわ、にこ。優真のこと、よろしく頼むわね」

「絵里……よろしいのですか?」

「皆で押しかけても優真は受け入れてくれないと思うの。ここはにこに任せて、私達はできることをやりましょう」

 

そこまで言ったとき。

 

 

 

ギィ──────

 

 

 

唐突に響いた音。

それは理事長室のドアが開いた音で。

 

そしてこの部屋から出ようとしていたのは…

 

 

「どこいくつもりよ、穂乃果」

「…………」

 

にこの威圧的呼びかけに穂乃果は振り向くこともせず、ただ立ち止まるだけ。

そしてそのまま理事長室を出て行ってしまった。

 

「穂乃果ちゃん……」

「あんなヤツ放っときなさい、花陽。…ったく、何考えてんのよ全く…!」

 

放っときなさいといいながら、露骨に苛ついた様子を見せたにこ。他の皆も不安げな表情を浮かべる中…

 

 

「……みんな」

「希……?」

 

 

「少し、手伝ってくれない?」

 

 

 

 

 

 

「それじゃあね」

 

 

希の“ある手伝い”を終えた後、私以外の皆は理事長室を後にした。

私が残ったのは、幾つかの気になった点を質問するため。

 

 

「……理事長」

「……なにかしら?」

「理事長は、この件を知ってたんですか?」

「昔なにがあったかは、ね。“3人目”だなんて話は想像すらしてなかったけど」

「優真の過去については……どうやって?」

「私は一学園の長よ?たった1人の生徒の情報を把握するくらい、造作もないわ」

 

 

……はぐらかされた気にしかならない。

理事長はどこまで知っていたのか。

この部屋にいるにもかかわらず、最後まで沈黙を貫いていたこの人の様子がどうにも不自然に思えて、私は問いかけたのだけど……

 

 

この人、やっぱり私達に何か隠しているんじゃ。

 

 

「……それから瑞姫さん。貴女はこの2年間、優真と全くコンタクトを取ってなかったんですか?」

「……そうね」

「どうしてです?」

 

 

「彼は、私を()()()()()()()()の」

 

 

「覚えて……いなかった?」

 

「朝日君は、“3人目”を創るときに、己の記憶とユウガの記憶を譲渡した……けれど。

ユウガはそれを拒んだの。最後の足掻きといったところかしらね。

彼は自分と朝日君の一部の記憶を、3人目に渡すのを阻止した。

その(ほころ)びに気付いた誰かが、“3人目”の存在に気づけるように」

 

「……瑞姫さんはそこで気づいたんですか?」

「残念ながら彼の期待には答えられず、気づくまでには至らなかった……ただ、違和感を持つことは出来た」

「違和感……」

「ただ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「えっ?」

「いえ、何でもないわ。こちらの話よ」

 

一体どういうことなの?

瑞姫さんの発言の意図が掴めない私は、頭の中に浮かんだ疑問符にますます頭をかかえるだけだった。

 

でも、いい。

 

私のやることは決まってる。

にこが優真を助けてくれるなら私は。

 

私のやることは───1つ。

 

「……最後にひとつだけ」

「何?」

 

「最後2人は……どうして優真のプラスになる発言をしたんですか?あれは私達に“自分達で決めろ”と言いながら、優真と和解する道を選ぶような助言に聞こえたのですが」

 

私の質問に、2人は目を合わせて笑う。

 

 

「……別に大した理由じゃないわよ?」

 

 

 

「───()()()()()()()()()()()たちの、ちょっとしたお節介よ」

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「海未」

「? どうしましたか?」

 

理事長室から出た後少しして、海未は真姫に呼び止められた。

 

「……これからすること、ある?」

「……何か用があるなら、別に構いませんよ」

「ありがと。……行きましょ」

「何処へですか?」

 

 

「───音楽室よ」

 

 

 

 

 

矢澤にこは、コツコツとローファーを鳴らしながら、校内を歩いていた。

理由なんてただ1つ。彼と話をするため。

 

会えば変わる、というわけではないかもしれない。

自分如きが行ったところで、彼を救うだなんておこがましいかもしれない。

 

 

でも。

 

それでも。

 

 

にこの足は、ひたすらに彼を探し続ける。

それが彼との、約束だから。

 

 

 

 

 

 

「かよちん」

 

大好きな親友の言葉に、花陽は振り返らずに足を止めた。

 

「……話があるにゃ。聞いてくれる?」

「……いいよ、凛ちゃん」

 

彼女は笑う。親友を落ち着かせるように。

彼女も笑う。親友が見せた笑顔に安堵するように。

 

───互いに違う思いを抱えながら。

 

 

 

 

 

そして最後の少女も、ゆっくりと校内を歩いていた。

 

彼女は他の誰にも言っていない、とある爆弾を抱えていたのだが、それを誰にも打ち明けるつもりもなく。

 

彼女……東條希はある覚悟を抱えていた。

にこが優真を救ってくれるのなら、自分のやることは決まっている。

()()()()()()()、そうするだけ。

 

「……ふふっ」

 

誰もいない廊下で、希は小さく微笑みを零した。

 

 

 

その微笑みが彼女の今の心境とは程遠いことを知る者は、誰もいない。

 

 

 

 

 

 




次回、6章最終話 『65話 夜明』(予定)
文が長くなれば2話で区切ります。
今回もありがとうございました。

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