67話 若草の真実
音楽室を後にした俺は学校の外へと出た。
これからどうするか。そんなことを考えながら校門へと歩く。1つ1つに優先順位をつけるとすれば、俺の向かう場所は……
そんなことを考えていると、校門に佇む1人の少女の姿が目に入った。
彼女は俺の存在に気づくと、にこやかに俺に微笑みかける。
「───久しぶりだね、優真お兄ちゃん」
「あぁ。久しぶりだな、花陽」
俺の声に、花陽は嬉しそうに笑った。
「待っててくれたのか?」
「うん。優真お兄ちゃんと話して帰りたかったから」
「……俺が“帰ってくる”ってよくわかったな」
「なんとなくだよ。ただ…にこちゃんを信じてたから」
「なるほど、な……帰ろうか、送ってくよ」
「うん、ありがと」
歩き出した俺について来るように、花陽も歩き出す。こうやって花陽と2人きりになる時間は滅多にない。それが気まずいというわけではないのだが、なんとも言えない微妙な空気が俺たちの間に流れる。
「……どのくらい待った?」
「んー、15分くらいかな?でもあっという間だったよ」
「そっか……なんか、こんな風に話すの久しぶりだな」
「そうだね。いっつも凛ちゃんと3人一緒だったし、それに……」
花陽はそこで、俯いてしまった。
「花陽?」
「……ねぇ」
「ん?」
「あなたは、お兄ちゃん?それとも……」
……お前のそんな目は初めて見たな。
疑うような、不信感を募らせるような…とにかく、懐疑に満ちた目で花陽に見つめられる俺。
俺はそんな花陽の問いに笑顔で答える。
「……俺はお前が知ってる朝日優真だよ。お前が小さい頃から一緒に過ごしてきた俺でもあるし、μ'sと共に日々を過ごしてきた俺でもある。
わかりやすい例えをするなら、“3人目”の記憶と人格を保持した“1人目”ってところかな」
「……そっか」
「どうして?」
「……不思議、だったから」
「不思議?」
花陽の歩くペースが少しだけ遅くなる。
それに合わせるように歩幅を調節しながら、俺は花陽の次の言葉を待った。
「真姫ちゃんのお母さんからお兄ちゃんが“3人目”だって…もう会えないって聞いてすごく悲しかったのに、今目の前にいる優真お兄ちゃんは、どう見ても今まで一緒にいたお兄ちゃんにしか見えなくて」
「……俺は
「混ざった?」
「ほら、コーヒーにミルクとガムシロ入れるとマイルドになるだろ?あれと同じ感じだよ。カレーにハチミツ入れるのとも一緒」
「カレーにハチミツ入れるのは隠し味だし、別にそれで甘くならないよね?」
「甘くはならないけどコクが出るらしいぞ」
「やっぱりマイルドにはなってないよね!?」
小ボケをかまして突っ込ませることで、やっと空気にゆとりが出来た。俺と花陽の2人からも、自然と笑みがこぼれる。
「……やっぱり、優真お兄ちゃんは優真お兄ちゃんだね。全然昔と変わってないや」
「おいおい、高校入ってからの俺はこんなんじゃなかったってか?」
「そういえば頭おかしかったかも、お兄ちゃん」
「いつからそんなに口悪くなったお前!?」
「えへへっ♪」
悪戯っぽく笑う花陽を見て、俺も思わず苦笑する。俺は凛には厳しく当たるが、花陽には他人から指摘されるレベルで甘い。それは俺の弱点が花陽のこの笑顔だからというのが1番大きい。
だから俺はこの笑顔を……大切な“妹”を、しっかりと守っていきたい。そう誓いを立てた。
そんな思いとは裏腹に
今考えていたことは、偽りのない事実。
しかし先ほどから、とある“考え”が脳裏を掠める。
この少女に抱いた、ある疑惑が消えない。
思い過ごしであって欲しかった。
しかし彼女と会話を重ねれば重ねるほど、俺が彼女に抱いていた小さな疑惑は、確信へと変わっていく。
「───なぁ、花陽」
俺は突如立ち止まり、笑顔で彼女の名を呼ぶ。
「ん?どうしたの?優真お兄ちゃんっ」
彼女もまた、俺の目を見て笑う。
───全てを、確かめさせてくれ
先程海未に受けた不意打ち。それと全く同じことを、今から俺は君にする。
そこで見せた反応が、答えだ。
願わくば俺の、考えすぎであってくれ───
「────お前、
「………?」
笑顔を失った俺の問いかけに、花陽は俺に見せていた笑顔をキープしたまま首を傾げる。
……うまく誤魔化したつもりかもしれないけど、注視していた俺にはわかった。俺の言葉を聞いた瞬間、君の唇は小さく歪んだぞ?
「
「……どうしてそう思うの?」
「…根拠はねぇよ。ただ、気になるところがあってな」
俺の記憶が確かなら───
「
呼ぶとしたら“優真お兄ちゃん”だ。それがいつからか、呼び方が変わってた…だから思ったんだ。
お前は気づいていたんじゃないのか?
「………」
花陽は俺の目を真っ直ぐ見たまま何も答えない。
そんな彼女に、俺はさらなる疑惑を提示する。
「……それにもし気づいてなかったのなら…あんなこと言わねぇだろ」
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話はあの日に……“μ'sの崩壊の日”に遡る。
あの日俺…“3人目”は意識を失い、保健室へと運ばれた。
保健室で目覚めた俺が真っ先にしたことは──“逃亡”。
自らの手でμ'sの崩壊を導いたという現実から。
それに伴う激しい自己嫌悪から。
───他人と接することから。
幸いにも目覚めた時には誰にもいないようだったので、俺は眠っていたベッドを整え、ひっそりと保健室を抜け出そうとドアに手をかけた……その時。
「────お兄ちゃん」
「っ!?」
後方から呼ばれて振り返る。
そこには水の入った洗面器を抱えた花陽の姿があった。
「……花、陽…」
「どこ行くの?まだ寝てなきゃ危ないよ……!」
「……放っといてくれ」
花陽の言葉を無視して、俺はドアを開けようとする。
「待って、お兄ちゃんっ……!!」
「……放っとけっつってんだろ」
「ひとつ……聞かせて」
「…?」
「あなたは…
一瞬疑問に思いかけて、悟った
彼女のこの問いかけの、真意に
その瞬間
俺は目の前の少女に与えられた恐怖から逃げるように保健室を飛び出した。
「お兄ちゃんっ!!」
耳に届いた呼びかけも、気にも留めない。
こいつは恐らく───気づいている
そう悟らせるには十分すぎる出来事だった。
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「……お前、あん時俺に聞いてきたよな?
『あなたは…
その問いかけの意味は──こうだろ。
『お前は、自分の知ってる“優真お兄ちゃん”なのか?それとも、
ってな」
「…………」
「それだけじゃねぇ。お前、さっきも言ったよな?
『あなたは、お兄ちゃん?それとも……』ってな。
これの意味は、さっきの反対だろ?
『お前は、“3人目”なのか?それとも、“優真お兄ちゃん”なのか?」って」
「…………」
俺の話を聞いてなお、花陽は笑顔を崩さない。その偽りの笑顔を。
「どうなんだ、花陽」
俺の執拗な追及に耐え切れなかったのか、花陽は『はぁ』、とため息をひとつ吐き……
「────うん、知ってたよ?」
「……やっぱりか」
「知ってた、って言えば嘘になるのかな…“薄々気づいてた”って言った方が正しいかも」
「いつから?」
「いろいろと疑いを持つ場面はあったけど……1番最初はやっぱりあそこかな。
───
───『先……生………?』
『やっぱりそうだったのね。久しぶり、朝日くん』
『……え、じゃあ、西木野さんって…?』
『真姫は私の娘よ。気づかなかったの?』
『えぇ!…いや、普通に似てる…あ、そういえば苗字…でも、え、全然っ…!』
『お、お兄ちゃん…?』
『あ、あぁごめん花陽。─────俺、西木野さんのお母さん…西木野先生に、昔お世話になったんだ』
『そうだったの?』
『………中学の頃にね』────
「実はね、私もある程度は知ってたんだ。中学校の頃、優真お兄ちゃんに何が起きたのか」
「……そうだった、のか…」
「だからこそ疑問に思ったの……
……確かにそう思うだろう。
あの場で抱いて当然の疑問を、花陽は抱いたというわけだ。恐らく、西木野先生も。
「優真お兄ちゃんは、真姫ちゃんの家に上がって初めて、真姫ちゃんの母親が昔の自分の担当医だってことに気付いたみたいだった……
「………………」
「そんな疑惑をさらに深めたのは、その後の真姫ちゃんとの会話」
──『……夢が…あるんです
『……聞いてもいい?』
『……私の家が病院を経営しているのは知ってますよね?』
『…ああ』
『両親はそこの医師で、私は将来そこを継いで、両親を楽にしてあげたいんです。だから、私は高校を卒業したら、医学部に行きます。そのために勉強しないと、いけないんです。
─────私の音楽は、もう終わり。
アイドルをやってる暇なんて、ないんです』──
「……どこかおかしかったか?」
「優真お兄ちゃんは、
だったらますますおかしいよ。
“病院を経営していて”、かつ“名字が西木野”。
ここまでヒントがあって真姫ちゃんのお母さんが自分の担当医だって気付かないことなんてあり得るのかな?気づかなかったとしても、普通『もしかして』ぐらいは思うはずだよね?」
「…………」
「だから、
優真お兄ちゃんは、
花陽らしいようで、花陽らしくない。
問いかけ方や柔らかい物言いはいつもの花陽だが、鋭く確信めいた推理や俺を見る目は。普段の花陽とは違ったものに思えた。
「…………隠す理由もないか。正解だ。“3人目”は、西木野先生のことを
ユウガの抵抗で記憶に制限を受けていたんだ。
その記憶の矛盾に気づいた誰かが、“3人目”の存在に気づけるように。ちゃんと思惑通りだったみたいだな……こうしてお前が気づいたんだから」
俺の言葉に花陽は偽りの笑顔を捨て去り、安堵したような笑顔を見せた。
「よかったぁ、合ってた……」
「で?それだけか?俺を疑いだした理由は」
「うーん…あるのはあるけど…これはなんというか……」
「……花陽?」
「──
「─────は?」
「そう言われると思ったから言わなかったのにぃ〜……」
「…いや、どういうことだ?」
生まれ落ちた当初ならまだしも、“3人目”が生まれて2年経ったそこから疑問を持ち始めたその理由が、“勘”?
そんなのでバレたとなっちゃあ泣くぞ?
「うまく言えないけど……真姫ちゃんを説得しようとした時、優真お兄ちゃんは敢えて厳しい言葉を使ったでしょ?それがなんだか……“優真お兄ちゃんっぽくない”ような気がしたんだ…」
「俺っぽく、ない……」
「うん……。私が知ってる優真お兄ちゃんはいつも私たちを気遣ってくれる優しい姿だったから……。
自信なさげに花陽は呟く。先ほどの推理を述べる姿は嘘のようにか弱い。
「……そんなのが理由なのかよ」
「そう、そんな程度なんだよ。理由としてはあまりにも心細いけど……私にとっては違和感しかなかったから」
「もしかして……だからお前あの時あんなこと聞いたのか?」
「えっ?」
「ほら───」
──『ごめん、待たせたね。それじゃ、帰ろうか』
『うん…』
…どうした?』
『──何で西木野さんにあんなこと言ったの?」
『……何でって…』
『──────本心じゃ、ないよね?』──
この問いかけの時点で、花陽は俺を疑っていたんだ。“3人目”という発想には至らなくても、“自分の知っている兄とは違う”という疑念を抱いていたからこそ、あの時花陽は俺にこう問うたのだろう。
こんな事を問いかけると、花陽は頷いた。
「そうだね、うん」
「この頃からお前、俺のことを『お兄ちゃん』って呼ぶようになったよな。わざとか?」
「ううん……正直自覚なんてなかったから言われてビックリしてる。そっかぁ……言われてみたらそうだね、うん。私は確かにお兄ちゃんって呼んでた……」
「意識してなかったのか?」
「してないよ。無意識のうちに……“3人目”の方を優真お兄ちゃんじゃないって思っちゃってたのかも…」
「……なるほど」
結果オーライ、か。
それで花陽が気づいていることに気付けたわけだから。
すると花陽は何か覚悟を決めたように俺の方を向いた。
「……私ね」
「ん?」
「優真お兄ちゃんを、卒業する……っ」
「…………ん??」
唐突すぎて同じ相槌を2度も打ってしまった。
しかも内容が…『俺を、卒業する』?どういうことだそりゃあ……
「……今までμ'sは…私はずっと、『お兄ちゃん』に頼ってた。μ'sに入る時も助けてもらったし…私はきっと、依存してる。『優真お兄ちゃん』っていう存在に」
「依存……」
「うん。だから私は何もできなかった……お兄ちゃんが壊れて、μ'sが壊れた時に」
そこで花陽は俯く。その表情は本当に心の底から自分を責め、後悔しているように見えて。
「だから私は……“変わりたい”。
何もできない自分なんて嫌だから……!
私だって、みんなの力になりたい!
助けてもらうだけなんて、見てるだけなんてもう絶対に嫌っ……!」
「花陽…」
瞳に涙を浮かべ己の覚悟を語る少女は、今まで俺が見てきたどの瞬間よりも力強い。
「だからね───“
「……!」
「今までありがとう。私のお兄ちゃんで居てくれて。でもそれも今日で終わり。
私は、優真お兄ちゃんから卒業します。
今度は私が力になってみせる……
“優真くん”が、今まで私にしてくれたみたいに」
花陽は俺の右手をそっと両手で包み込み、祈るように瞳を閉じる。
その手は俺の心までも包んでくれるような不思議な暖かさに満ちていた。
そんな花陽は、閉じた瞳のままで言葉を紡ぐ。
「……辛い時は、私にも頼ってね。頼りないかもしれないけど…優真くんの力になりたいから。全部を1人で抱え込んじゃうのはもうやめて…」
俺を労わるように、祈るように告げられたその言葉に、俺は無性に花陽を抱きしめたくなった。決して不純な意味ではなく、『妹として』。
ただ花陽はきっと…それを望んでいない。
俺を“兄”ではなく、“1人の仲間”として見ようとする彼女に、兄貴面で抱きしめるなんて失礼極まりない。彼女の覚悟を無駄にすることなんて許されるわけがない。
……でも。
これくらいは、許してくれるよな?
俺は空いている左手を花陽の頭に優しく乗せて、撫でる。
「……強くなったな、本当に」
「まだまだだよ…今の私なんかじゃ全然」
「そんなことねーよ」
「えっ…?」
「今の花陽で十分だよ。変に強くなろうとする必要なんてないさ。それに花陽は、自分で思っている以上に強い。
自分の夢を貫いて、辛い練習にも耐え抜いて、必死にステージで輝こうとする君の心が弱いことなんてあるもんか。
その心と、何もできなかった自分を責めることのできる優しさがある花陽なら、絶対に誰かの力になれるさ」
「おにっ……優真くん…」
「癖抜けてねぇな、やっぱ」
「ば、馬鹿にしないでよーっ…!」
「ははは。んやんや。俺と希が互いの呼び方変えた時もそんな感じだっ……」
そこまで言って、思わず口をつぐむ。
馬鹿にも程がある。
今あいつの名前を出すなんて。
「……ねぇ、優真お……優真くんは」
「無理すんなよ。全然ダメじゃん」
「い、言わないでよっ!すぐ慣れるからっ!
……優真くんは、凛ちゃんから…言われたの?」
何を、なんて聞かない。
「……あぁ」
「答えて、あげたの?」
「……まだだよ」
「……そっか」
「花陽は知ってたのか…?」
「うん。直接聞いたわけじゃないけどね」
「すげーな。俺は全然……言われるまで気付いてやれなかった…」
「わかるに決まってるよ。だって、ずっと一緒にいる幼馴染なんだから」
だからね、と前おいて花陽は笑う
「優真くんの心が誰に向いてるかも、わかってるつもり」
「っ……」
「自分じゃ気づいてないのかもしれないけど、私からしたら丸分かりだよ?」
「……誰だと思うんだよ」
「教えないっ」
「は?」
「自分の好きな人を私に聞くのは、おかしいでしょ?」
「……言われてみれば」
俺の心が誰に向いているか、か。
俺自身もうまく理解していないそれを、目の前の少女は理解していると言う。
すると花陽は笑顔を崩し、真面目な目で俺に言葉を向ける。
「……優真くん、1つだけ約束して」
「…ん」
「凛ちゃんを泣かせたら、許さないから」
「…………」
「でもね」
「?」
「───優真くんが幸せにならないのは、もっと許さない」
「っ!!」
真面目な表情を一転、今日1番の笑みを俺に向ける花陽。
「自分の心に、素直になってね?」
短い一言だったけど、それだけで全部伝わった。
「…ありがとな」
「ううん、全然……あ、もうここで大丈夫だよ」
気がつけば、花陽の家の近くまで着いていた。
「ん、そっか……」
「それに優真くん……
「っ……!なんで」
「わかるよ。優真くんの考えてることくらい」
ふふっ、と笑った花陽の顔を見て、俺は思わず顔をしかめた。どうやら本当に俺の考えがお見通しらしいその表情は俺にとって面白くない。
「……信じてるよ、優真くん」
「……おう、任せとけよ」
そう言いながら俺は花陽の頭をポンっと叩く。
「……そういえば、明日ライブやるんだろ?にこと凛と」
「あ、うん。一応3人で講堂借りてやるつもりだよ?」
「そっか……頑張れよ。また明日な。応援行くから」
「うん、待ってる!また明日ね!」
その言葉に笑顔で返した後俺は振り返り、来た道を戻り出した。
目指す場所はただ1つ──“彼女の家”。
▼▽▼
歩き出した優真くんの背中を見送りながら私……小泉花陽は立ち竦んでいました。
途中優真くんが指摘した通り、私は
真姫ちゃんの家に初めて行ったあの日。
あの日に芽生えた違和感は、優真くんと過ごしていくうちに大きくなり…今日真姫ちゃんのお母さんの話を聞いて初めて確信に変わりました。
予め優真くんのことを疑っていたからこそ、私は誰よりも早く気付けたんだと思います……“3人目”の存在に。
その存在に気づいた時、私の中に芽生えた感情は驚きでも悲しみでもありません。
────
『なるほど』という感情が真っ先に生まれて。
今まで絡まっていた糸がスルッと解けたような感覚。
やっぱり、今までのは『優真お兄ちゃん』じゃなかったんだ。
私の中を占める考えはそんなことでした。
さっき優真くんが指摘してくれた“呼び方の違い”。あれは私にとって、全くの無自覚……というのは建前。
実は私は、意図的に呼び名を変えていました。
私の中で、『この人は優真お兄ちゃんじゃない』という意識から、“ある目的”を持って明確に呼び方を変えたんです。
優真くんが倒れてしまったあの日、病室で運良く2人きりになれた時に問いかけました。
『あなたは…
この言葉には、さっき優真くんが言った通りの意味が込められています。
『あなたは私の知っている優真お兄ちゃんなの?それとも、他の誰か?』
校門を出てきた優真くんに、かけた言葉
『あなたは、
この言葉も同じ。
『あなたは“3人目”なの?それとも、私の知っている優真お兄ちゃん?』
その問いかけの意味を、優真くんは正しく理解してくれた。そしてやっぱり私に問いかけてきました。『お前は知っていただろう』と。
────ねぇ、優真くん。
呼び名を変えた理由───それは、
もちろんこの時は『お兄ちゃん』…“3人目”の存在なんて知らなかったけど、
そう思ったからこそ、私は呼び方を少しずつ変えていきました。
残念ながら、聞いてきたのは全てが明らかになった後だったけれど。
『お兄ちゃん』と、『優真お兄ちゃん』。
私は今までずっとこの“2人”に助けられてきました。
だからこそ、何も出来ませんでした。
部室で穂乃果ちゃんとにこちゃんがぶつかった時に、私がしていたことは“ただ泣くこと”だけ。
優真くんが普段通りならきっと止められていたはず。でもその優真くんも───。
嫌だ
無力な自分が、他人任せな自分が
───私だって……私だって。
唇を少しだけ強く結び、私は携帯を取り出しました。そしてとある番号をコール、携帯を耳に当て応答を待つ……繋がった。
───私じゃ穂乃果ちゃんやことりちゃんは救えない。
でも。
私にだって出来ることはある。
「もしもし?──────」
▼▽▼
“彼女”の家を目指して歩いていた俺に、一件の電話が入った。
表示された名前を見て一瞬慄き……覚悟を決めて電話を取る。
「……もしもし」
『……もしもし』
「……………………」
『……………………』
「……なんか話せよ」
『……………………』
「はぁ……どうした────凛」
電話の主は、凛。
彼女は俺の呼びかけを聞いてなお沈黙を貫いている。
「……何もねーなら切るぞバカ」
『……ねぇ』
「ん」
『……優兄ィ…なんだよね…?」
「……あぁ、“俺”だ。
『……久し、ぶり』
「……今まで黙っててごめんな」
『ううん…凛の方こそ──
電話越しに聞こえる凛の声は震えている。
その涙声の真意を推し量ることは、俺にすら出来そうになかった。……いや、“俺だからこそ”、か。
「なんでお前が謝るんだよ。隠してた俺が悪いんだからお前が気にすることなんて何もねぇぞ?」
『ううん…凛が気づいてあげなきゃいけなかった…凛にしか気づけなかった。なのに……ごめん…ね……』
「あーほら、泣くな泣くな。お前に泣かれるのは苦手なんだよ」
『だって……だってぇ…………』
本格的に泣き出してしまった凛の声を耳にしながら、俺は困惑していた。どう声をかけたらいいものか……しかし凛は涙ながらに言葉を紡ぐ。
『……ん…ぐすっ……でも、ね、優兄ィ』
「……どうした?」
『───戻って、来てくれて……ありがと、ね』
「っ──────!!」
『……もう、泣くのは、やめる。今度こそ優兄ィのそばに、いたいから。優兄ィが凛が泣くのが嫌なら、もう泣かない』
鼻水をすすりながら、凛は細切れに言葉を繋いでいく。俺のために涙を流す凛の姿を想像するだけで胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
しばらくしてすすり泣く声は止んだ。
「……落ち着いたか?」
『うん……もう大丈夫だにゃ』
「そっか……なぁ、凛」
『ん…?』
「────返事のことだけど」
『……』
「……明日ライブだろ?」
『……うん』
「その後でいいか?」
『…………わかった、待ってる』
「ありがと。ごめんな、待たせちまって」
『ううん。明日、見に来てくれる?』
「もちろん行くよ。応援してる」
『そっか……うん、ありがとう!』
初めて凛の声色が明るくなった。
それを聞いて少し安堵する。
「……じゃあ、“また明日”な」
『うん、“また明日”…ありがとね、優兄ィ』
そう言い残して凛は電話を切った。
……“明日答えを出す”。
そう宣言してしまった。
だからもう、後には引けない。
1人に、決める。彼女達の中から、ただ1人を。
「──────ふぅ」
一度だけ、深呼吸。
それで気持ちを新たに、俺は再び“彼女”の家へと歩き出した。
新たに評価をくださった、
phigroさん、拓磨さん、ありがとうございます!
さて、この物語にもいよいよ終わりが見えてきました。
優真は、誰を選ぶのか。
μ'sはどうなるのか。
“朝日優真”という少年がいるラブライブの世界を、最後まで楽しんでいただければ幸いです。
今回もありがとうございました!
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