ラブライブ! ─ 背中合わせの2人。─   作:またたね

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Venus of Orange〜 陽は、また昇る

68話 Venus of Orange〜 陽は、また昇る

 

 

「あ、お姉ちゃんおかえりー」

 

 家のドアを開けた私の耳に真っ先に飛び込んできたのは店番をする妹の声。

 その言葉に『うん』とだけ返して、私は自分の部屋へと足早に歩き出した。

 部屋に入るなり鞄を床に放り投げ、ベッドに仰向けに飛び込む。

 

 そして私──高坂穂乃果は、泣いた。

 

 今日はみんなで集まって優真先輩の話を聞いた。

 衝撃的な話だった……優真先輩の中に、3人の人格がいるなんて。

 そして辛くて、苦しい過去。聞いているだけで心が痛くなった。

 

 μ'sのみんなも、優真先輩の“2人目”について、少し心当たりがあったみたい。そんなみんなの様子を見て、私はまた衝撃に襲われて。

 そして私は、逃げるようにこの家に帰ってきた。

 

 

 

 

 だって私は─────()()()()()()()()()

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 ファーストライブの時の話も

 

 希ちゃんが倒れた時の話も

 

 絵里ちゃんと希ちゃんが襲われた時の話も

 

 なにもかも、なにもかも

 

 μ'sの中で、私だけが、私だけが、私だけが

 

 

 

 

 ───私だけが、何も知らなかった

 

 

 

 

 

 皆が一度は必ず見たことがあった“ユウガさん”という人格を、私だけが見たことがなかった。

 真姫ちゃんのお母さんの話を聞いたみんなは、何かに少しずつ納得していっている様子だった。でも私は違う。

 

 

 知らないことの連続、その知らないことになるほどと頷くみんなが───気持ち悪かった。

 

 

 それと同じくらい───自分が嫌だった。

 

 

 あまりにも何も知らなさすぎて

 

 前しか向いてなかった自覚は十分あって

 

 どれだけ周りが見えてなかったのかを、嫌でも痛感させられて

 

 どれだけ私は───私は……!!

 

 

 ギリッと音が鳴るほど歯を噛み締める。

 

 

 どれだけみんなに迷惑をかければ気がすむのだろう……『ラブライブ!』を辞退に追い込み、ことりちゃんに酷い言葉を投げかけ、挙句μ'sと優真先輩は……!

 

 “優真先輩を助けたい”。その気持ちはもちろん私にもある。でも、その資格は私にはない。

 

 ……今度は、もう誰も悲しませないことをやりたいな。誰にも迷惑かけたくないし、傷つけたくない。

 

 うん、それがいい。

 誰も巻き込まないで、ただひとりで───

 

 

 でも

 

 

 もしこんな私に、ワガママが許されるなら

 

 

 

 もう一度だけ、もう一度だけ─────

 

 

 

 その時、不意に部屋のドアが開いた。

 

 そこに立っていたのは────

 

 

「絵里ちゃん……」

「…いきなりごめんなさいね、穂乃果」

「ううん、大丈夫。座って座って」

 

 テーブル近くにあった座布団を差し出すと、絵里ちゃんは会釈を浮かべてその上に座った。

 

「どうしたの?」

「ううん……ごめんなさいね、穂乃果」

「だから、大丈夫だってば。そんな何回も」

「違うの」

「えっ……?」

 

 絵里ちゃんは申し訳なさそうな瞳で、私を見ている。

 

「『ラブライブ!』勝手に辞退しちゃったこと、μ'sを勝手に活動休止にしちゃったこと……本当は私にそんな権利なんてなかったのに…」

「そ、そんなことないよ……私が辞めるなんて言ったから…」

「……私、ずっと思ってたことがあるの」

「思ってた…こと?」

 

 

「私ね──穂乃果が羨ましい」

 

 

「えっ…?」

「思ったことをすぐ言葉と行動に変えて行ける、まっすぐ前を向き続けていられる貴女の事が、羨ましい」

「そんなこと……」

「貴女は今きっと、自分を責めていると思う。そんな貴女に、私はなんて声をかけたらいいかわからない…でも、私は…私はやっぱり」

 

 絵里ちゃんの表情は、苦しみに満ちていて。

でもその表情の意味を悟ることも、今の私には出来なくて。

 

 

 

「私は───みんなでまたアイドルがやりたい。

 

μ'sの中に、貴女が居ないのは嫌」

 

 

 

「っ……」

「……あの時私の心は、“義務”に囚われてた。そんな私を救ってくれたのは、優真と……貴女よ、穂乃果」

「絵里ちゃん…」

「貴女が私を誘ってくれたから、今の私があるの。自分の殻に閉じこもっていた私を連れ出してくれたのは、貴女。

 

私はあの日──貴女の手に救われた」

 

 絵里ちゃんはそう言いながら微笑み、私に手を差し出す。

 私が絵里ちゃんをμ'sに誘ったのは事実……それが絵里ちゃんを助けることになったって言うけど……私にそんな自覚は全然ない。

 だって私は、みんなに迷惑をかけっぱなしで……

 

 そんな私に、絵里ちゃんの告げた言葉は

 

 

「穂乃果、μ'sに帰ってきてくれないかしら」

 

 

「!!」

 

 

 それは、()()()()()()()()()だとわかった

 

 あの日の絵里ちゃんの目には、私はこんな風に映っていたのかな

 

 差し伸べられた手はまるで───自分を救う救世主みたいで

 

 

 

 ──────でも

 

 もし私に容易くその手を握り返すことができたなら、どれだけ楽だっただろう

 

 

「……ごめんね、絵里ちゃん。やっぱり私は…μ'sには戻らない」

「穂乃果……」

「やっぱり今更だよ。あれだけみんなのこと傷つけて、迷惑かけて……ことりちゃんやにこちゃん…みんなに会わせる顔がないよ」

 

 

 そう、今更なんだよ。

 どんな顔で、みんなの前に行けばいいかわからない。

 

 私が居なくたって、μ'sは────

 

 

 

 ────ガラララ

 

 

 

 再び開いたドア。そしてそこには──

 

 

 

「───優真先輩…?」

 

 

「────よっ、2人とも」

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「────よっ、2人とも」

 

 

「優、真……?優真なの…?」

「あぁ。君たちの知ってる、朝日優真だ…って俺今日だけで何回言うんだろうなコレ」

 

 私…絢瀬絵里の質問に、目の前の彼は苦笑いを浮かべながら答えた。

 今、私と穂乃果の目の前に現れたこの人が、“1人目”。私達が知っている“3人目”とは別人…の筈なのに。

 

「……“3人目”にしか見えない、ってか?」

「っ!?」

「そんな顔するなって…みんな同じような反応するからなんとなくわかっただけさ。

……確かに俺は2年半の間、自分の心の中に閉じこもり続けてた“1人目”だ。でも俺の中には君たちと過ごしてきた“3人目”の記憶と人格がある」

「記憶と…人格」

「そ。だから今までみたいに接してくれよな、絵里、穂乃果」

 

 彼はそう言いながらニコリと笑う。

 その笑顔もそう、話し方もそう、本当に今目の前にいる彼は私たちの知っている優真のそれだった。

 

「……ただ1つ言うなら…」

「……?」

 

 

 

「後輩の女の子の家は初めてだから緊張してる」

 

 

 

 突然のカミングアウトに私は思い切り吹き出し、穂乃果も呆気にとられたような顔をしている。

 

「…優真先輩、何回か来たじゃん」

「や、来た記憶はしっかりあるけど俺自身がこうやって穂乃果の…女の子部屋に入るのは初めてっていうか、落ち着かないっていうか」

「貴方、凛の家とか行ったことないの?」

「あれは特別だろ?幼馴染と高校の後輩の女の子じゃ難易度が違いすぎる」

 

 本当に緊張しているのか、彼は部屋の外に立ったまま中に入ろうとしない。そんな彼を穂乃果と私で説得し、彼は恐る恐る私と穂乃果の間に腰を下ろした。今現在私たち3人でテーブルに向かい合っている状態ね。

 

「……で?なんの話してたんだ?」

「………………」

「あれか?絵里の体重が増えたって話か?」

「んなっ……!?なんでそれを…!!」

「お、テキトーに言ったら当たった。そーなの?」

「貴方ねえぇぇ!!」

 

 悪びれる様子も全く見せずに笑う優真に、私は勢いよく掴みかかった。必死な私とは対照的に、優真はケロっと笑って私を軽くあしらう。

 

「女の子にそんなこと聞くなんてありえないわ!サイテー!」

「いーじゃんいーじゃん。どうせ俺μ's全員のスリーサイズも体重も知ってるわけだし」

「えっ!?どうして!?」

「嘘だけど」

「いい加減にしなさああぁぁあい!!」

 

 彼は私をオモチャのようにして遊んで笑う。

 こんな人だった…!?この人、本当に私の知ってる優真なの!?

 

 

 するとその時───

 

 

「───ふふっ、ははははは……」

 

 

 唐突に聞こえた笑い声、その主は───穂乃果。

 すごく久々に、彼女の笑顔を見た。

 それは私の知ってる彼女の明るい太陽のような笑顔じゃなかったけど…それでも確かに、穂乃果は笑っていた。

 

 そんな穂乃果に───

 

 

「その方が君らしいよ」

 

 

「えっ……?」

「黙りこくって俯いてる君なんて誰も見たくない。笑えよ、穂乃果。そっちの方がよっぽど君らしい」

 

 そこまで言い終わると、彼は私の方を向いて、目だけで謝罪を伝えてきた。

 さっきの私とのやりとりは──穂乃果を笑わせるために……?

 

 その時思った。

 あぁ、やっぱり目の前の彼は──朝日優真だと。

 

 その嬉しさに少しだけ微笑むと、私は少し机から身を引いて2人が話しやすいような状況を作る。

 私の言いたいことはすべて言い終わった。

 だからあとは───彼に託す。

 

 そんな心持ちで私は、今から始まる2人の会話を眺めていた。

 

 

「……穂乃果、あの日はごめんな。君に酷いこと言ってしまって」

「……優真先輩は悪くないよ。実際その通りだったし」

「そんなことない」

「っ……」

 

 穂乃果の言葉にノータイムで否定の言葉を被せた優真。その目からは穂乃果と向き合おうという意思が強く伝わってくる。

 

「確かにことりちゃんを責める君の言動は間違えていたかもしれない。でもそれを言う必要はなかったし、何よりその後の俺の言葉は何もかも間違ってる」

「……どこが?」

「だから何もかもだよ。そもそも俺たちが『ラブライブ!』に出られなくなったのは君のせいじゃない。あれは俺たち全員の責任だ。

 

“お前がいなければμ'sはあんなことにはならなかった”

 

なんて、馬鹿げてるにも程がある。

そもそも“君がいなければ、μ'sは存在しなかった”のに。……俺のめちゃくちゃな発言で君を傷つけてしまったこと、本当にごめん」

 

 そこまで言い終わると、優真は深く頭を下げた。

 そんな優真を見て穂乃果は困惑したようにあたふたするばかり。

 

「そんな…!顔あげてよ優真先輩!あれは私が」

「……穂乃果、こんな俺が言うのもおかしな話かもしれないけど。

 

───μ'sに、戻ってきてくれないか。

 

μ'sには、君が必要だ」

 

「……私は、もうアイドルは…やらない。音ノ木坂の廃校が無くなって、『ラブライブ!』にも出場できなくなった私達…私にはもう、“歌う理由がない”よ」

 

 

「────本当にか?」

 

「えっ…」

「穂乃果、君は何のためにアイドルを始めた?」

「……廃校を、阻止するため…」

 

「違う」

 

「えっ……?」

「俺も忘れてたよ。君がそんな理由でアイドルを始めたのなら、俺はあの日君たちと一緒に頑張ろうなんて思わなかった。

 

もう一回聞くぞ。思い出せ、穂乃果。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「…………」

 

 優真の問いに答えられない穂乃果は、困り果てて口を閉ざしている。

 実際そうじゃないの…?だって私たちは今まで音ノ木坂の廃校を阻止するために……

 

「本当にわからないのか?」

「……だって…」

「廃校阻止は、“目的”だろう?君がアイドルを始めた理由は、そんな崇高なものじゃなかったはずだ」

「………………」

「なぁ穂乃果」

「……?」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

俺だけじゃない。

絵里に『どうして辛い練習に耐えられるか』聞かれた君は、()()()()()()()()()?」

 

 

「「っ!!」」

 

 

 そうだ。

 

 忘れてた。

 

 あの日穂乃果が言ったのは。

 

 穂乃果を突き動かす原動力は。

 

 

 

 

 

 

──『どうして……そこまでスクールアイドルを…?』──

 

 

──『……あれだけ私に酷いこと言われて、どうしてまだ前に進もうとすることが出来るの?』──

 

 

 

 

『へへっ』『そんなの決まってるじゃないですか』

 

 

 

 

 

 

 

   ───『『やりたいからです!』』───

 

 

 

 

 

「……あぁ……あぁぁ…」

「……思い出したか?」

「そうだ、そうだった……私…」

「そう。君がアイドルを始めたのは、“『ラブライブ!』で優勝するため”なんかじゃない。

“廃校を阻止するため”でもない。

 

──ただ、君がアイドルを“やりたかったから”。

 

そんな君の眩しさに心を動かされたから。だからあの日、俺は君達と一緒に戦うことを決めたんだ。

“歌う理由がない”?そんなもん、“やりたいから”でいいじゃないか、あの時みたいに。

 

“やりたいことを、やりたいようにやる”。

 

……こんな当たり前で大切なことを、俺は君から教わった」

 

「優真、先輩っ……」

「穂乃果、()()()()()()()()

君の───やりたいことは?」

 

 優真の問いかけに、目を見開いたまま固まる穂乃果。やがてその空色の瞳はユラユラと揺れ……同色の雫をポトリ、ポトリと落として行く。

 

 

「私は……私はっ……!」

 

 それまで小さく、“らしく”なかった彼女の声に、今“意志”が宿る。

 

 

「歌いたい…!ことりちゃんと、μ'sのみんなと、もう1度あのステージで!!

理由なんか要らない、廃校阻止なんて名目も要らないっ…!!

もう一回、みんなであの場所に立ちたい!!

 

もう一回、みんなでアイドルを────っ」

 

 

 彼女の決意は、自身の止めどなく流れる涙によって遮られてしまう。そんな悲痛な様子を見た優真は、今日見たどの時よりも真面目な顔で、穂乃果の目を見る。

 

「……大丈夫。君はそのやりたいことにひたすら突っ走っていけばいいんだ」

「……でも、私がそんな風だったからこの前も」

「大丈夫だ」

「えっ……」

 

 

 

「大丈夫。()()()()()()()、俺が居る」

 

 

 

 『大丈夫』。言い聞かせるように優真は穂乃果に語りかける。

 

「もう俺は、どこにもいかない。“変わるため”なんかじゃない。君たちとずっと歩むために、俺は君たちを支え続ける。

“穂乃果”っていう俺たちの“勇気”を、もう途切れさせたりしない。

君がくれる“勇気”が、俺たちにどれだけ力をくれていることか。

だから穂乃果。これからもその勇気で、俺たちを照らしてくれ。君が前を向いて突っ走ってくれるその後ろ姿が、俺たちの原動力(チカラ)になるから」

 

「優真………ゆ、うま、せん輩……っ」

 

 ボロボロと伝う涙を拭うこともせず、ぐしゃぐしゃになった顔で穂乃果は優真の名を呼ぶ。

 そんな穂乃果の頭に、優真は手を乗せて撫でながら優しく笑った。

 

「君は今回のことで、“後ろを振り返る”ことを覚えた。だからもう同じ間違いなんて起こさない。起こしそうになっても、俺が止めてみせる。

そのために俺がいる。

 

だから穂乃果────“もう1回”、始めよう」

 

「いいの……?私は……もう1回、アイドルを始めても、いいの……?」

 

 

 ここ──────!

 

 

「穂乃果……これを見てくれるかしら」

 

 私はケータイを取り出し、“とある動画”を穂乃果に見せた。

 

 それは彼女の───“希”のお願い。

 

『穂乃果ちゃん……』

「…花陽、ちゃん?」

 

 そう、これは。

 メンバー1人1人の思いを乗せた、穂乃果へのコトバ。

 

『私は…μ'sが好き。このままなくなっちゃうなんて絶対イヤ…!だから、帰ってきて、穂乃果ちゃん!穂乃果ちゃんの居ないμ'sなんて……っ!』

 

 花陽は堪えきれずに、そこで泣き出してしまう。そんな花陽と入れ替わって画面の前に現れたのは……

 

「凛ちゃん……」

『凛は……穂乃果ちゃんが居た方が楽しいな。だから穂乃果ちゃん……待ってるよ?』

 

 優真の話を聞いてショックを受けている凛に、普段の元気はほとんど感じられないものの、それでも彼女は健気に穂乃果へと告げる…自らのその思いを。

 そんな凛と変わって現れた彼女の表情は、決して笑顔ではなかった。

 

『穂乃果』

「っ……にこちゃん…」

『私はアンタを許したわけじゃない。あのとき私が言ったことに間違いはないと今でも思ってる。

────()()()()()、早く戻ってきなさいよ』

「…!!」

『まだまだ私はアンタに文句言い足りてないのよ。帰ってこないと文句の一つも言えやしないじゃない。

 

────アンタが始めたμ'sでしょ?さっさと戻ってきなさい』

 

 にこは終始トゲトゲしい口調で喋っていたけど、その言葉には確かな温かみが感じられた。穂乃果に怒りを感じながらも、内心穂乃果が心配で気が気じゃないことが見て取れる。

 次に画面に姿を現したのは、真剣な眼差しでこちらを見つめる赤髪の少女。

 

「……真姫ちゃん」

『……私はあなたに感謝してる。感謝なんて言葉じゃ、言い表せないほどに。あの日あなたが居なかったら、私はμ'sには居ない……きっと自分の2つの夢に板挟みになったまま、潰されてた。

 

私をμ'sに連れてきたそんなあなたが、μ'sに居ないのはおかしな話じゃないの?』

 

「……」

『あなた言ったじゃない。“もうひとりじゃないよ”って。そんなあなたが1人になろうとしてどうするのよ。

あなたの側には私が──私達がいる。あなたは“ひとり”なんかじゃない。

変な意地張ってないで、さっさと帰ってきなさいよ』

 

 不機嫌そうなまま言葉を言い終えた真姫は、最後僅かに…確かに微笑みを残して画面から消えた。

 そして次に現れたのは、穂乃果の大切な幼馴染。

 

 

『……穂乃果』

「っ…!海未、ちゃん……」

『あなたは今自分自身を責めていると思います。

ですがそんな必要はありません。

私達は待っています。あなたがμ'sに戻ってくるのを。

そしてもう一回始めましょう。もう一回、“9人”で』

 

 海未は笑っている。しかしその笑顔は弱々しく、誰がどう見ても作り物だとわかる。

 そして次の瞬間───

 

 

 

『──また3()()()、歌いましょうね』

 

 

 

「っ────────!!!」

 

 穂乃果はこの言葉をどう受け取ったのかしら。

 親友が、自分ともう一人の親友の事を思って放った言葉……“涙と共に”放たれたその言葉を。

 

 ───海未だって、本当は受け入れられていない。ことりが遠くに行ってしまうというその事実を。

 

 海未は、知っていた。

 ことりが留学してしまうことを、μ'sの中でただ1人だけ。

 

 海未は、気づいていた。

 自分の気持ちに。ことりに“行って欲しくない”というその気持ちに。

 

 それでも海未は───言えなかった。

 大切な幼馴染を思うが故に、彼女は自分の思いを、殺した。

 

「海未ちゃん…ことりちゃん…………っ!」

 

 動画はここで終わり、全てをみ終えた穂乃果は再び涙を流し始める。

 

「私、もっ……私、だって……!」

 

 涙で途切れ途切れになる言葉。

 

 

 

「ずっと、一緒に居たいよぉ……なんでっ、何で行っちゃうの……なんで何も言ってくれなかったの……ことりちゃんっ、ことりちゃぁん……」

 

 

 

 今日何度目かになる穂乃果の嗚咽。

 しかし今の言葉は、私たちの胸をきつく締め付ける。

 

 どうやら私達が思っていた以上に、ことりが“話してくれなかった”という事実は、穂乃果の心に大きな傷をつけていたみたいで。

 ことりは穂乃果を思うが故に留学の話を告げなかった。だからあの時『どうして言ってくれなかったの』と憤った穂乃果の言葉は、優真の『ことりの気持ちを考えろ』という言葉に収束される。

 

 ─────逆もまた然り

 

 穂乃果からしたら、盛大な裏切り行為に見えたはず。もう1人の幼馴染の海未は知っていて、自分だけが知らなかったのだから。ことりが留学するという、深刻すぎるその話を。

 

『あぁ、自分は信頼されてなかったんだな』と

 

 そんなふうに考えてしまっても無理はない。

 穂乃果の気持ちを考えると、言って欲しかったに決まってる。例え自分がどれだけ他のものに熱中していたとしても、一言言ってくれれば。一言言ってくれるだけで、穂乃果は冷静さを取り戻していたかもしれないのに。

 

 穂乃果はことりのことが見えていなかった。

 

 ことりは穂乃果のことを思っていたけれど、穂乃果の気持ちが見えていなかった。

 

 

 見えているようで、互いの事が何も見えていなかった2人。

 

 

「……で?どうするんだよ、穂乃果」

 

 未だに泣き止まない穂乃果に、優真がそっと声をかける。

 

「……どうしようもないよ…だってもう、ことりちゃんは……」

 

 

「──どうしようもなくなんてないッ!!」

 

 

「「っ!?」」

 

 突如声を荒げた優真を見て、私と穂乃果は思わず身じろぎしてしまった。

 

「優真…?」

 

「まだことりちゃんは“行ってない”。ここにいるんだろうが。何もしてないのに、はなっから諦めてんじゃねぇよ!!

 

───“往ってしまったら”、本当に何も伝えられなくなるんだぞ

 

それでいいのかよ……!!」

 

「……!」

 

 苦しそうに絞り出された言葉は、彼の過去を聞いた私たちにとって重すぎる言葉だった。

 “彼”と“彼女”は、互いに何も伝えられなかったのだから。

 

 

「手遅れなんかじゃない。まだ取り戻せる…!

だから穂乃果───()()()()()()()()

 

「……向き合、う」

 

 

「向き合え…!ことりちゃんと、海未と、自分自身と!ぶつかって、言い争って、ありったけの思いをぶつけて───運命なんて、捻じ曲げてみせろッ!高坂穂乃果!!」

 

 

 穂乃果の両肩に手を乗せながら、彼は懸命に穂乃果に語りかける。

 しかしその言葉は私には──優真が自分自身に言い聞かせているようにも思えて。

 穂乃果を“あの時の自分”と重ね合わせているのか、それとも……

 

 しばらく黙りこんだまま固まっていた穂乃果。しかし不意に、その目に“光”が宿った。

 

 

「───そうだよね」

 

 静かな声、しかし芯のある確かな声

 

「───まだ何も、終わってなんかない」

 

 俯いて沈んでいた彼女の面影と

 

「諦めるには───早過ぎる!!」

 

 私達に勇気をくれる彼女の面影が今

 

 

 

「私はもう、絶対に諦めない!!また9人全員でステージに立ちたいっ!!

“変わってみせる”……“変えてみせる”!!

 

だから絵里ちゃん、優真先輩!

 

───私を、μ'sのメンバーに入れてくださいッ!!」

 

 

 重なった

 

 

 彼女の宣言に私はニコリと笑い、ただ一言。

 

 

 

「────μ'sに、ようこそ」

 

 

 かつて穂乃果が私にそう言ってくれたように。

 穂乃果は私の笑顔を見て、再び瞳を潤ませ始めた。

 そして優真は───

 

 

「────おかえり、穂乃果」

 

 

 その言葉を受けた穂乃果は

 

 

「うぅっ…うわぁぁぁぁぁん、ぃえりち゛ゃぁん、ゆうばぜんばああああああい!!」

 

 再び泣き出しながら、優真の胸へと飛び込んだ。

 

「うわっ、汚ねっ!!鼻水、穂乃果鼻水!!つくつくつくつく!!」

「ぁぁぁぁぁ…ありがと、ありがとぉぉぅ……」

「あーもう泣くな泣くな!!おい絵里、笑ってねぇでどうにかしろよこれ!!」

「ふふふふっ…あははははは!」

 

 泣いている穂乃果、慌てふためく優真、それを見て笑う私。

 

 

 ふと何気ないこんなところに私は

 

 

 “私たちの日常”が、戻ってきたことを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こんな時間まで悪かったな、穂乃果」

「ううん!大丈夫。2人ともありがとね!」

 

 あれから私と優真は穂乃果が泣き止むまで、ずっと彼女の側にいた。気づけばもう時刻は20時を超え、真夏といえどももう外は暗色に染まっている。

 

「……じゃあ“また明日ね”、穂乃果」

「うん!“また明日”!」

 

 私が来た時からは想像もつかないほど輝いた笑顔で、穂乃果は笑う。

 その笑顔に嬉しみを覚えつつ、私と優真は部屋のドアへと振り返る────

 

 

「────優真先輩!絵里ちゃん!」

 

 

 呼び止められた私たちは、再び穂乃果の方を向く。するとそこには、私達に拳を突き出し、不敵な笑みを浮かべる穂乃果の姿が。

 

 

 そして彼女は謳う、高らかに

 

 

 

 

 

「──私、やっぱりやる!やるったらやる!!」

 

 

 

 

 

 その笑顔は、今まで見たどんな瞬間よりも、眩しく輝いて

 

 あぁ、()()()()()と、心の底から安堵した

 

 そして私の隣に立つ少年もまた、拳を突き出して

 

 

 

 

「始めよう!ここから、もう一回!」

 

 

 

 

 その笑顔は、私が過ごした2年間で一度も見たことないものだった。

 それでもその笑顔は、不思議と私に安らぎをくれて。

 

 

 

 ────大丈夫。

 

 

 μ'sは絶対、もう一度“始まる”。

 

 

 だって今、私達の“2つの太陽”は、こんなにも輝いているんだから。

 

 

 

 

 

 




太陽“達”、復活!
本編でも触れましたが、μ'sの中で穂乃果だけは“ユウガ”を見たことがありませんでした。このことに気づいていた方、いらっしゃいますか?
優真と穂乃果が復活し、少しずつ元へと戻り始めたμ's。
そして次は──

さて、今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!

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