69話 【朝日優真の答 I 】 トモダチ
すっかり暗くなってしまった帰り道。
私…絢瀬絵里は優真と2人で夜道を歩いていた。
夜遅いからと優真が私の家まで送ってくれてる。
しかし今の所…会話は全くナシ。なんとなく気まずさを感じてしまって口を開くのを躊躇ってしまう。
……隣にいる彼もそうなのかしら。
私の歩調に合わせて歩いてくれている彼をチラリと横目で見る。
朝日優真。
心に傷を負い、己の心の中に長い間身を潜めていた……“1人目”。
もし1人目が
彼が戻ってきてくれた。
それだけで私の心は、こんなにも温かくなる。
そしてその度に───自覚する。
────私は優真が、大好きだって
希と同様に…いや、それ以上に私を理解してくれて、私が辛いとき、いつも私に手を差し伸べてくれて。中学校まで“空っぽ”だった私の心に、数え切れないほどの出会いと思い出をくれた貴方が──私は、大好き。
そんな彼に感謝を伝えようと、私は意を決して口を開く。
「──ねぇ、優真」「──なぁ、絵里」
突如重なった声。それに驚いた私達は立ち止まり、互いの顔を見合わせ───笑った。
「……何言おうとしたの?」
「いや、君から言いなよ」
「優真から」
「や、絵」
「そ・っ・ち・か・ら」
「……わかったよ、ったく…」
私の強情な押しに負けた優真は、渋々といった様子でため息を吐いて歩き出した。
私もそれに合わせて歩き出す。
「……改めて今まで黙っててごめんな」
「もういいのよ。こうして貴方が帰ってきてくれたんだから。あと、“この前のこと”で謝るのもなしね。μ'sのことは皆の責任だし、貴方は今こうしてμ'sを取り戻そうとしてくれているんだから」
「……お前エスパーかよ」
図星だったみたい。謝罪を先読みされて釘を刺された優真が顔を引きつらせた。
「……貴方の考えてることくらいお見通しよ?だってすぐ表情に出るもの」
「そんなにか?」
「えぇ。私がわかるくらいだから凛や花陽……希なんかはすぐわかるんじゃない?」
「………………かもな」
不自然なほど空いた間。
『凛』、『花陽』、『希』。どの名前に反応したかはわからない。ただわかったのは、“何かがあった”ということだけ。
……推測の域を出ない話だけど。
希が、
凛とことりは、
希からの“お願い”の時に皆はそれを聞いた。
そして彼はこの気持ちに、答えを出すことになる。
もし彼が私達の中から誰かを選ぶとするなら、必然的に他の人の思いを、“自らの手で終わらせる”ことになる。
そして誰よりも優しい彼は、自分自身も傷ついてしまうはず。
そんな選択をさせるような行動を、あの希がとるかしら……?
そして私も───迷っている。
彼に自分を傷つけるような選択をさせることは、正しいのかしら。
何より、彼に傷ついて欲しくない……
「俺の話は終わり。ほら、次は絵里の番だぞ」
「えっ……あぁ、うん」
……改めて伝えるとなると急に緊張してきた…
「……絵里?」
「ちゃ、ちゃんと言うわよっ…あ、ありがとね」
「え?」
「だから、ありがとう」
「いや、何が?」
「何がって…それは……」
μ'sを取り戻そうとしてくれていること。
穂乃果を救ってくれたこと。
いつも私達を助けてくれること。
私に居場所をくれたこと。
私に思い出と、恋をくれたこと。
────それら全ての、始まりのありがとうは
「───
「……」
「あの日貴方に出会えて、私の運命は変わった。他にもたくさん貴方に感謝してることはあるんだけど……やっぱりそのすべてに繋がるのは、あの日優真が私と友達になってくれたことだから。あの日があったから、私は変われた」
先程の緊張など忘れ、私は今初めて心の中に秘めていた感謝を彼に告げた。
そんな私の思いを聞いた彼は───
「───お礼を言うのは俺の方だよ」
「え……?」
「……一回も言ったことなかったけど、俺は絵里に感謝してた。自分を変えたかった俺が、1番最初に出来た友達だったから」
「……優真」
「絵里は俺に、きっかけをくれたんだ。だから俺にとって絵里は───特別で、大切な人だよ」
「い、いきなりどうしたのよ、優真」
突然の誉め殺しに、自分の顔が赤くなっているのがわかる。
嬉しいけど、恥ずかしい。
「……だからさ、絵里」
「ん?」
「
その言葉に笑顔で頷きかけて───気付く
その言葉に秘められた、
その意味を悟った瞬間、私は思わず立ち止まって優真の方を見た。その様子に気付いた優真もまた私の方を振り向く。
彼は、笑っていた。
苦しそうに、悲しそうに、困ったように。
その笑顔が、答えだった。
「……どうして…“知ってる”の……?」
「……確信はなかったよ。でも今の言葉の意味が伝わったなら、そういうことなんだね。勘違いなら勘違いで良かったし、むしろ……」
優真はそこで言葉を切り、俯いてしまった。
『これからもずっと、友達のままでいてくれ』
『友達のままで』
この言葉はつまり──
「……絵里、君の気持ちは、すごく嬉しい」
「……待ってよ…!」
「でも俺は」
「待ってってば!!」
なおも言葉を続けようとした優真を、私は無理やり遮った。
「こんなの……おかしいわよ…だって私は、私はまだ何も……っ!」
私はまだ、何も伝えてない。
まだ何も、伝えてないのに。
こんな……こんな形で……っ!
“恋の終わり”を予感した私の心は今、見えない何かに締め付けられているかのように痛む。
この痛みの正体が──
本当の痛みにすら錯覚させられたその痛みに、私は思わず俯いて胸を押さえた。
先程まで私の心を温かく包んでくれていた思い出が今、冷たく私の心に襲いかかる。
不意に視界が揺らいでいくのを感じた。
悲しみ、苦しみ……私を襲う感情の全てが、その痛みを取り除こうと液体へと変わっていく。
───駄目、今泣いたら止まらなくなる……!
そんな思いに駆られて私は顔を上げ──見た。
私を見る彼の、その瞳を。
「……ふふっ」
思わず小さく吹き出してしまった。
溢れかけた涙も引っ込んでどこかへ行ってしまったみたい。
怪訝な顔を浮かべている優真に、私は言う。
「もう……
「えっ…………」
どうやら私の指摘を受けて初めて、優真は自分の瞳を伝っている涙に気づいたらしい。
“自分が泣いていること”を自覚した瞬間、彼はその表情を、少しずつ…泣き顔へと変えていった。
「………ごめんっ、絵里…ほんと、ごめん……」
申し訳なさそうに、辛そうに絞り出されたその言葉は、私の胸へと突き刺さる。
『泣いて謝るくらいなら──』。思わず出かけた言葉を寸前で止め、私は苦笑いを浮かべる。
──本当、どうしてこんなにも優しいのかしら
彼が泣いている場面といえば、あのときを思い出す。穂乃果たちが講堂で初めてライブをしたあの日。私と希も絶望に打ちひしがれる彼女たちを見て辛かったけど……彼だけは、“泣いていた”。
それは自分自身への悔しさもあると思う。
でもそれ以上に、彼が涙を流した理由は…
───彼女たちの痛みを、まるで自分のもののように感じたから。
人の心境を察し、読み取り、自らも同じように“感じる”……。
どれほどの優しさが、彼の心に根付いているのかしら。私には全く見当がつかない。
“人のために涙を流せる”ことは、とても素晴らしいこと。
今優真が涙を流しているのはきっと……“私の苦しみ”を、感じてしまったから。私が傷つくことをわかって、なおその選択を取ってしまった自分に、憤りを感じているから。
───ほんと、バカね
私は彼の身体を正面から優しく抱きしめた。
「……泣きたいのは私の方よ、全く」
「ごめん……ごめん……」
「答えは、決まってるんでしょ?じゃあ後は……“私が言うだけ”、ね」
「っ……!」
「いい?優真。これから貴方は、他の子達の思いとも向き合わなきゃならない。
たとえそれで貴方がどんな選択をしたとしても。
──
「……」
「私達は、貴方にそんな顔をして欲しくて想いを告げたわけじゃない。貴方にそんな顔されたら…余計に傷ついちゃうわよ。
本当に苦しいのは、貴方じゃなくて、振られる側なんだからね」
優真は私の言葉を、鼻を啜りながら無言で聞いている。そんな彼の背中をさすりながら、私は言葉を続けた。
「泣くのはもう……私で最後にしなさい?
私達が1番嫌なのは、貴方が悲しんだり、苦しんだりすること。
私達は、『貴方に幸せになってもらいたい。あわよくばその隣に立つのは、自分がいい』……そんな思いを貴方に押し付けてるだけ。
こんな私達のワガママで、貴方が苦しむことなんてないのに」
「……でも、それで、俺が…」
「それで貴方を責めたりする人なんて誰もいないわ。貴方が幸せになる決断をしてくれるなら、それより嬉しいことなんてないもの」
私の言葉は、優真に響いているかしら?
「……私はもう、充分よ。私は優真から、充分すぎるほどたくさんのものをもらったわ。これ以上欲しがっちゃったら、神様に怒られちゃうかもしれないっ」
「絵里……」
「だから優真……
「っ!!!」
「私の
「………………な…ん…」
──少し言い方が意地悪すぎたわね。
この後に及んで、私はまだ祈ってる。
───“覆れ”、と。
私の話を聞いた彼の思いが、変わるんじゃないかって。
そして私は優真から身体を離し、その目をしっかりと見つめて────
「───優真」
「絵里っ、待」
「───私は貴方の事が、好きよ」
「……………………」
「答えて」
私の瞳に映る彼の表情は、なんとも形容し難い。
困ったというよりも……迷っている…?
この間にも、彼の瞳からは涙が溢れ続けていて。
何分経ったのかしら。もしかしたら1分も経ってないかもしれない。それぐらいこの沈黙は私にとっても辛いものだった。
そして
彼は答えを、導きだす─────
「──ごめん絵里。君の気持ちには応えられない」
「……そっか。うん、わかった。でも1つだけ、約束してね」
「……?」
「──
「……!」
「貴方が言ったのよ?……だから優真」
言わなきゃ
精一杯の笑顔で
彼の背中を、押すように
それが私の──
「───これからもずっと、友達で居てね」
ちゃんと笑えてるかしら?
そんな心配をしていたけれど
「……あぁ、ずっと友達で居ような」
貴方が初めて笑ってくれたから
きっと大丈夫ね
そして私は、彼の頭に手を乗せる。
彼がいつもそうするみたいに。
「────幸せになっ……てね」
ダメよ堪えなきゃ
今泣いたら、すべてが台無しにっ……
そんな私の様子を見た彼は、私の頭をそっと抱き寄せ、呟く
「ありがとね、絵里。俺はきっと──」
「ん……?」
「……んーん。何でもない。ほら、帰ろっか」
優真は私から手を離すと、振り向いて歩き出してしまった。最後の呟きは、あまりにも小さすぎて私には聞こえなかった……いや、聞かせるつもりじゃなかったのかもしれない。
一足遅れて、私も優真を追いかけ歩き出した。
▼
「こんな遅くまでごめんな」
「ううん。送ってくれてありがとうね」
歩くこと5分ほどで私の家の前に着いた。
その間会話も普通に出来て、至って普段通りの私達のままでいれた。
……想いを伝えて断られたとは、到底思えないくらいに。
「……じゃあ、“また明日”ね。優真」
「おう、“また明日”な、絵里」
最後笑顔でそう告げて優真は帰り道を歩き出した。
しかし彼は突然立ち止まり───
「────絵里」
「ん?どうしたの?」
「───体重、減るといいな」
「余計なお世話よっ!!」
「はははっ。それじゃあね」
謎の言葉を残して、優真は今度こそ歩き去って行った。
その後ろ姿を見送り終えてから、私はフッと息を吐く。
全くもう……何を考えているのかしら。
そんなことを考えながらドアノブに手を伸ばし触れた瞬間────
『─────“またね”。朝日くん』
声が、聴こえた
「っ!?」
思わず後ろを振り返るも、そこにはやはり誰もいない。
『─────おう、“またな”絢瀬』
声は頭の中で響き続ける。
しかしその声は、酷く聞き覚えがあって。
あぁ、そうか
この声は────
───
「…………はは」
『大丈夫、お前は“変われる”。
“変わりたい”って意思があれば、絶対に』
『────言っただろ
俺はお前の味方だって。
なんだってしてやるって』
「…………ふふふ、あはは…」
頭を巡る思い出を感じながら、私は笑う。
それは私にとって大切な思い出。
私を形作ってくれた、心の支え。
「ははっ、はは…………ぁぁ…」
そんな思い出と共に
私は恋の終わりを噛み締めた
「……っ…ぅぅ……は……ぁぁぁぁ」
私がもっと早く伝えていれば
こんなことにはならなかったのかしら
あのとき、ああしていれば
このとき、こうしていれば
そんな後悔が、心の底から込み上がる
「ふふっ……っ……うぅ……うぁぁ……」
込み上がった後悔は
『君が辛い時俺は絶対君の力になる
そのために、俺にできることならなんだってしてやるよ────
─────友達、だからな』
知らなかった
恋がこんなに苦しくて、切ないものなんて
こんな気持ちになるなら、恋なんてしたくなかった
そう
「───っぐ、あぁ、ああぁぁぁぁ……」
やっぱりダメ
この気持ちに、嘘は吐けなくて
そんな簡単に捨てられるわけもなくて
私はただただ、涙を流すしかなかった
────でも。
私は、約束した。
“彼とずっと友達でいる”と。
だから、私は言おう、この言葉を。これで終わろう。泣くのも、後悔も、全部。
また明日”も、優真と笑顔でいるために。
「────
▼▽▼
絵里の家を去った俺は、ゆっくりと帰り道を歩いていた。
考えているのはもちろん、先程のこと。
────終わらせた。
俺の手で、彼女たちの想いを、1つ。
それは俺の想像を遥かに超えるレベルで辛く、苦しいものだった。
俺のせいで、彼女達は傷つくだろう。
そんなことを思ってしまうと、やはり俺は最低な奴なんだと自己嫌悪に陥ってしまう。
しかし彼女は……絵里はそんな俺に言った。
“俺に傷つく資格はない”と。
至極その通りだと思う。本当に苦しいのは彼女たち自身で、その苦しみは俺なんかの比じゃないはずだから。
絵里だって、苦しんでいたはずなのに涙さえ見せずに俺を叱咤してくれた。
だから俺はもう、泣かない。
彼女たちを傷つけることから、“逃げない”。
全員の思いと、“向き合う”。
俺は今日、改めてそう誓った。
絵里の想いに気づいていたかと言うと、そうじゃない。ただ“
だからこそ何となくそんな風に感じていた。
勘違いなら勘違いで別に良かった。
──寧ろ、勘違いであって欲しかった
だって───
ふと視界に、季節外れの落ち葉が目に入った。
俺はその黄色い落ち葉を拾い上げ、呟く
彼女に伝えられなかった、俺の想いを
「───ごめんな、絵里。
“
花陽との対話の後、俺は己で“答えを出した”。
その中で、気づいてしまったんだ。
俺には、
1人は、俺に想いを告げてくれた人の中に
そしてもう1人は、彼女
「───でもどちらか1人を選べと言うのなら
俺が選ぶのは、君じゃない」
云えなかったその言葉を、俺は落ち葉に呟き続ける。
卑怯だ、俺は。
此の期に及んで俺は絵里に全てを伝えることなく終わらせて。
そんな思いも確かにあるけど。
“コレ”を告げることが正しいことだったのか?
否、言ったところで、絵里を傷つけるだけだろ
“好きなのに応えられない”なんて酷すぎるから
この痛みを背負うのは──俺だけでいい
そして俺は手のひらの落ち葉を優しく握り、空へと放り投げた。
「─────
ありがとう、絵里
俺の──────大切な、
この日、“2つの”恋が終わりを告げた
今回は『やりきった』という気持ちが大きいです。
非常に悩み、考えて生み出したこの結末を採用するか迷うこともありましたが、これが彼と彼女の未来です。
次回投稿はリアルの関係で少々遅れてしまうと思います、申し訳ございません。
それでは今回もありがとうございました!
感想評価お気に入りアドバイス等お待ちしております!