ラブライブ! ─ 背中合わせの2人。─   作:またたね

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【朝日優真の答 II 】未来へのツバサ

 

71話 【朝日優真の答 II 】未来へのツバサ

 

 

 

「───優真くん」

 

 

 私は未だ膝に手を付き、肩で息をしている彼の名前を呼びました。

 優真くんはわたしの呼びかけにも顔を上げず、息を切らしたままです。

 

 ───そんなに急いで、私のことを。

 

 

「……来て、くれたんだね」

「…あたり……まえだろ……」

「どうして……来たの?」

「………言ってないから」

「えっ?」

 

 

「君に答えを、言ってないから」

 

 

「……!」

 

 “答え”。

 あの夜に告げた私の想いに、答えるために。

 

 ここまで必死に、来てくれたの?

 

「もう、嫌なんだよ……“云えないまま、誰かが遠くに行くなんて”。絶対に、繰り返したくないんだ」

「っ!」

 

 その言葉は、彼の過去を知った私には悲痛なものに聞こえてしまう。

 

 

「……()()()()()()、君は俺にとって大切で、守りたい存在だ」

「……優真くん…!」

 

 その言葉に嬉しくなった私は、笑顔で彼の顔を見る───けれど。

 

 優真くんが浮かべている表情は、笑顔とは程遠くて。

 

 

 

 

 ───その表情が、答えだった

 

 

 

 

「でも、この気持ちは……恋愛感情じゃない」

 

 

 

「…………」

「……ことりちゃん、俺は今から君を傷つける。思い切り、俺の心で、俺の言葉で。それでも……逃げないで欲しい。優しい言葉を掛けることだけが……優しさじゃないから」

 

 苦しそうな顔で、それでもしっかりと私を見つめ続ける優真くん。

 私はただ、頷きを返すことしか出来ませんでした。

 

 正直、怖い。

 でも優真くんは言いました。『逃げるな』と。

 その言葉は、全てから逃げてきたことに薄々気付きつつあった私の心に刺さって、響いている。

 

 この想いだけは───逃げちゃいけない

 

 覚悟を決めた私は、改めて優真くんに向き直ります。

 

 

「……君は、俺の過去を知った。そうだよね?」

「うん……電話越しだけど、全部聞いてた」

「なら話は早いね……俺と初めて会った日のこと覚えてる?」

「当たり前だよ。1日も、忘れたことなんてない」

 

 

 私が中学3年生の頃。

 図書館で痴漢を受けていた私を救ってくれたのが、優真くん。

 

 それがキッカケで、私は彼に恋をした。

 

「俺はあの日痴漢されている君を見て、“激怒した”。その理由は……わかる?」

「……何かあるの?」

「俺は、“抵抗できない弱者”に手を出す奴が、大嫌いなんだ。それで昔……“大切な命”を、失ったから」

「……!」

 

 

 優真くんのそのフレーズには、聞き覚えがありました。最初は平坦な声で語りかけていた優真くんの雰囲気が変わってから──今ならあれが“ユウガさん”だったんだとわかる──同じようなことを言っていた。

 

 

──『今俺がしゃべってんだよ。口を開くな変態。てめぇみたいな奴が1番ムカつくんだよ───

 

“抵抗できない弱者に手を出す奴”が。

 

満足だったか?何もできないその子に手を出して

 

愉しかったか?自分の思うままに出来て』──

 

 

 この時は何を言ってるかわかりませんでした。けれど今なら……優真くんの過去を知った今なら、何のことを言っているのか思い当たることがある。

 

 

 つまり優真くんは────

 

 

「俺はね」

 

 

 優真くんは、その言葉を告げた

 

 今にも泣き出しそうなほど苦しそうに顔を歪めて、震える声で、その言葉を

 

 ───私にとって、絶望的なその言葉を

 

 

 

「───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

 

 

「……」

 

 声が、出ない。

 言葉を失うというのは、こんな時に使うのかもしれない。

 冷たい何かが私の肺を縛っているような感覚。息が苦しくて、目元が霞んでいく。

 

 そんな私に、優真くんは話を続けます。

 

「初めて見たときから、(3人目)は君を守りたいと思ってた。なんでなのかはわからなかったけど……全てを見てきた、“(1人目)”ならわかる。

 

俺はあの瞬間、痴漢されている君に紬の姿を見ていたんだ。

 

君を助けたかったのは事実だ。でも俺は……救えなかった紬を、君を救うことで、赦されようと……していたのかもしれない…っ」

 

 

 言葉の1つ1つが、私の心に傷を付けていく。

 逃げないと覚悟はしていたけれど、これは。

 

 

「だから俺が君に抱いていた“特別な感情”は、恋愛感情じゃない。俺は君の気持ちには……応えられない」

 

「…………」

 

 

 ───わかっていたんです

 

 “勝ち目が薄い”ことなんて

 

 でも、こんなのって

 

 “私を見てなかった”なんて言われて、普通でいられるわけなんてないよ

 

 

 

「……嘘に聞こえるかもしれないけど、これだけは信じてくれ。

 

俺は君のことを大切に思ってるし、仲間だと思ってる。

 

この思いに紬は全く関係ない。俺が2年半の間君と過ごして、確かに芽生えた気持ちなんだ」

 

 

 優真くんは、きっと嘘をついていない。

 だからこの言葉も慰めなんかじゃなくて本心なんだと思います。

 

 

 でも、違くて

 

 私が……私が本当に欲しかった言葉は。

 

 

「これが……君の告白に対する、俺の答えだよ」

「……ありがとう優真くん。じゃあ私、行くね。わざわざ見送りに来てくれてありが」

 

「───違う」

 

「え……?」

「俺は君を、見送りに来たんじゃない。

 

君を、引き留めに来た」

 

「……なんで?」

「なんでって……」

「“大切だから”なんて言葉はもう要らない。もう何回も言ってくれたから」

「っ……」

 

 私が本当に欲しかったのは、そんな言葉じゃなくて

 

 “ただ1人だ”と、“君がいい”と

 

 その一言だけで、良かったのに───

 

 

「優真くんの気持ちが聞けたから、私にもう、心残りはないよ」

「……へぇ」

「これで心置きなく、向こうで頑張れる」

「そっか」

「……後悔なんてしてないよ」

「良かったな」

「………………私は……大丈夫だから……」

 

 なんで?

 

 なんで“そんな目で”私を見るの?

 

 君は私を──“応援してくれる”んじゃなかったの?

 

 どうして私の声は──こんなに震えてるの?

 

 

「────嘘つくな」

 

 

私の曖昧な心の全てを見透かしたように、優真くんは私に言いました。

 

「『心残りはない』、『後悔なんてしてない』。君はそう“自分に言い聞かせてるだけ”じゃないか。俺はまだ一回も聞いてないぞ。『行きたい』、ってな」

「っ───!!」

「……ことりちゃん、本当に君は、行きたいのか?」

「…………」

「聞き方を変えようか。“海外に留学すること”は、“君の1番やりたいこと”なのか?

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか?」

 

 

 ───他の全てを、諦めてでも

 

 その言葉は、他のどれよりも鮮明に私の心に突き刺さりました。

 

 

「やり残したことが、あるんじゃないのか?」

「……私は…」

「──聞け、()()()()

「!!」

 

 優真くんの雰囲気が───変わった

 

 それは優真くんが時折見せていた厳しい雰囲気とも、“ユウガさん”が見せていた黒い殺気とも違う……私を見据え、私を思い、私と向き合おうとする……そんな声色。

 

 

「───いつまでも逃げてんじゃねぇ!!!」

 

 

「っ!!」

「言ったはずだ!!君は視野が広い、だからもっと自分を見てくれと!!

もう答えは広がってる!そこらじゅうに落ちてるだろ……!?君はそれから目を背けてるだけだ!!

───目を開け、ちゃんと見ろ!!()()()!!」

 

 呼び方が、変わった。

 それはきっと、“特別”をやめた証。

 私を、()()()()()()()見てくれるようになった、明確な証。

 

 これからの私たちの在り方を示した、優真くん(“1人目”)の答え。

 

「いつまで嘘吐いてんだ……!

言えよ!!俺はまだ、お前の口から何も聞いてない!!

 

“向き合え”!!!

 

悩んでも、苦しんでも、抱え込んでも!!

 

そこにお前の望む未来なんてないんだよ!!」

 

「私の……望む、未来……」

 

「君の言葉で!!ぶつけてこい!!

まだ一回も聞いてないんだ!!君の口から!!

 

───君は一体……どうしたいんだ!!!」

 

「もう遅いよ……何もかも、今更なんだよ……!」

「遅いなんてあるもんか……君はまだ、()()()()()()()()()()…っ!!」

「っ!!」

「あとは君が、向き合うだけだ……!!

 

───逃げるな、向き合え」

 

 

 私は

 

 

逃げてる

                   何から?

 

恐れてる

                    何を?

 

自分の気持ちと向き合うことを

                  どうして?

 

認めれば、辛くなるだけだから

                  どうして?

 

 

 

 私の、私の

 

 ───本当にやりたいこと。

 

 どうしたらいいかわからなくなるほど、それをどうすることもできなくなっていって。

 自覚した時にはもう時すでに遅し───だと、思ってたけど。

 

 

──『君はまだ、ここにいるじゃないか…!』──

 

 

 その言葉は、優真くんが言うからこその説得力がありました。優真くんは、“伝えられなかった”から。

 

 そう、私はまだ、“ここにいる”。

 伝えたい相手もまだ、いるから。

 

 後は私が勇気を出すだけ────!!

 

 

「……やりたい……!」

 

 

 顔を直視できるほどの余裕はない。

 涙で震える瞳を優真くんに見られたくはなかったから、俯いたままだけど。

 

 私は今、初めて口に出す───

 

 

「やりたいよ……!μ'sのみんなでアイドル、やりたいに決まってるよ!!

穂乃果ちゃんに謝りたい……μ'sのみんなに会いたい!でももう─────」

 

 

 ────そして顔を上げた瞬間

 

 私の叫びは止まってしまいました

 

 だって、今私の目に映っているのは───

 

 

 

 

「────それが聞ければ、俺“達”は充分だ」

 

 

 

 愛しい、2人の幼馴染の姿。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 間にあったか。

 ことりに歩み寄っていく穂乃果と海未を見ながら俺は一安心していた。

 

 ことりを止められるのは、俺じゃない。

 

 仮に俺が彼女の気持ちに応えられていたとしても、その事実には変わりない。

 “俺と結ばれること”は、ことりの中で1番の願いじゃないはずだから。

 

 “ことりだけが見えていなかった”、“ことりが1番やりたいこと”。

 傍目から見れば一目瞭然のそれから、ことりは目をそらし続けてきたから。俺に出来るのは、それを自覚させることまで。

 

 ────あとは託すぜ、穂乃果。海未。

 

 ()()()()()()()()()

 

 

「………なんか久しぶりだね、ことりちゃん」

「うん……そんなに会ってないわけでもないのにね」

 

 穂乃果とことりの2人は、ぎこちない笑みを浮かべていて。普段の2人らしからぬその様子に違和感しか抱けなかった。

 ……まぁ仕方ないことではあるんだけども。

 

「あの日はごめんね。酷い事言っちゃって」

「ううん!穂乃果ちゃんは悪くないよ……」

「……ねぇ、ことりちゃん。もう一回聞かせて。どうして私には言ってくれなかったの?」

「…………」

「ごめんね……でも私、不器用だもん。鈍臭いし、1人じゃ何もできないし……みんなに支えられてばっかりで。

でも私、これしかないんだよ。ぶつかって、傷ついて……こうやってでしかことりちゃんのことがわからないんだよ」

 

 苦笑いを浮かべながらことりに語りかける穂乃果。昨日の俺の言葉通り、彼女はことりと向き合おうとしている。

 互いに思いをぶつけ合った先に何があるのか、それは俺にもわからない。

 ことりは俯いていたが、やがて顔を上げて穂乃果を見る──覚悟を決めたような、力強い目で。

 

「……穂乃果ちゃん、文化祭のライブと『ラブライブ!』のことで頭いっぱいだったよね…?その気持ちを邪魔したくなかったの」

「……気遣ってくれたんだね。ありがとう。

でも私は、“言って欲しかった”」

「っ……」

「もちろん、『ラブライブ!』だって大切だよ。けどことりちゃんより大事なわけないじゃん…!せめて一言……言って欲しかったよ……」

 

 穂乃果は苦しそうに俯く。そんな穂乃果にことりは───

 

 

「───私だって、“言いたかったよ”」

 

 

「っ…!」

「聞いて欲しかったよ……!だって穂乃果ちゃんは私の1番の友達だよ……!?そんなの……当たり前だよっ!!」

 

 涙を零しながら、ことりは叫ぶ。

 それを受けた穂乃果も、負けじと言い返す。

 

「だったら言ってよ!海未ちゃんには言ったのに、なんで私だけ……っ!!」

「だから私は!『ラブライブ!』に夢中な穂乃果ちゃんの邪魔をしたくなかったのっ!わかってよ!」

「わからないよ!!わかりたくないッ!!!」

 

 首を振りながら叫ぶ穂乃果。

 互いの思ったこと、感情をぶつけ合う2人。

 そんな2人の様子を、俺と海未はただ眺めていた。放置しているわけじゃない。2人を、信じているから。

 

 

 

「─────わかってるよ」

 

 

 顔を押さえ、涙を零しながらか細くつぶやく穂乃果。

 

 

「本当は全部わかってるよ……私が悪いんだよ……私が周りが見えてなかったから……気付けなかったからっ……!

ことりちゃんは、何も悪くないんだよ…!」

「……穂乃果、ちゃん…」

「ことりちゃんは私のことを思ってくれてるのに、私はことりちゃんに何もしてあげられなくて……っ!今だって、こんなっ…酷い事ばっかりっ」

 

 穂乃果の声は、段々と形を失っていく。

 今尚止まらない、自分への後悔の涙によって。

 

 

「違う、違うの穂乃果ちゃん……私も何もわかってなかった……穂乃果ちゃんの気持ち、何にもわかってなかった……ずっと一緒にいたのにっ、穂乃果ちゃんのこと、わかったつもりに……っ」

 

 ことりもまた、涙を流す幼馴染を見て同じように涙を零した。

 

 

 そして穂乃果は、決定的な一言を口にする

 

 

「────()()()()()、ことりちゃん」

 

 

「っ───!!」

「たとえ別々の道に進むときが来たとしても、やりたいの…!スクールアイドル、やりたいの!!

 

ことりちゃんと、やりたいの!!!」

 

 悲痛に響き渡る、穂乃果の叫び。

 それを受けたことりは唇を噛み締め、涙に震える瞳で穂乃果を見ている。

 

「───ことり」

 

 そして今まで沈黙を保っていたもう1人の幼馴染が、初めて口を開いた。

 

「あの時、私には話してくれたこと、感謝しています」

「……」

「私は……勇気を出して相談してくれたあなたの意志を、尊重したかった。だから私は、自分の思いをあなたに伝えませんでした……」

 

 ことりに優しく語りかけるように言葉を放っていく海未。そしてその声もまた───

 

 

「───私だって!!」

 

「っ…!」

 

「私だって、ことりと一緒に居たい…!!

あの時止めたかった…止めるべきでした。ことりの気持ちと、私の気持ちと、しっかり向かい合うべきだったんです……!!

 

ことり……行かないでください……!

 

もっと一緒にいたい!ことりと穂乃果と3人で!

もっと歌いたいんです!μ'sのみんなで!!

だから、ことり……行かないで……っ」

 

 海未もまた、泣きながら己の心中を吐露した。その姿は今まで見たどの姿よりも儚く、か弱い。こんな海未の姿は初めて見た。

 

 

「……ごめんね……私自分の気持ち…わかってた…わかってたのに……!穂乃果ちゃん、海未ちゃん……ごめん────」

 

 その言葉は、途中で遮られた。

 

 俺の目に映ったのは

 

 2人の幼馴染に抱きしめられる、ことりの姿。

 

 

「───ことりちゃんっ、ことりちゃぁぁん…!」

「 っぐっ…うぅっ……」

「……ぁぁっ……ぅあぁぁっ……」

 

 

 ことりもまた、自らの為に涙する2人を抱きしめ返した。

 

 

 ことりのことも、何も見えていなかった穂乃果

 

 穂乃果を見てきた故に、何も言えなかったことり

 

 その全てを見てきて、沈黙を選んだ海未

 

 

 距離が近すぎた故に、わかったつもりになっていた。知りすぎた故に、何も知らなかった。

 幼馴染ってのは、そういうものなのかもしれない。近くにいるからこそ、何もわからない。

 だから向き合うんだ。

 知りたいから、わかりたいから。

 それから逃げてちゃ、何も“変わらない”から。

 

 ───この3人は、それが出来た。

 

 ───()()3()()も、しっかりやらなきゃな。

 

 “2人の少女”の姿を思い浮かべながら俺は改めて覚悟を決めた。

 

 さぁ、あとは────

 

 涙を流している3人を背に、俺は来た道を駆け出した。

 俺に出来る、最後の仕事をこなすため。

 

 

 

 

 

 

 探している人物はすぐに見つかった。

 

「……えぇ。迷惑かけてごめんなさいね。それじゃ」

「……理事長」

「あら朝日君、どうかしたの?」

「俺は……俺たちは、ことりを引き留めに来ました。そして多分……ことりは、残ることを決めたと思います」

「ふふっ。そう……」

「……理事長。ことりの留学のこと───」

 

 

「────()()()()()()()?」

 

 

「えっ………?」

「無くなった。正確には、断ったわ」

「こと……わっ、た……?」

()()()()()()()()()()()()()。予め、ことりはいかないかもしれないっていう連絡はしておいたのよ。ことりが旅立つ寸前まで、手続きは待ってくれって」

 

 呆気にとられている俺を見て、理事長は優しく笑う。

 

「……迷ってるあの子を見て、私は親として、()()()()()()()()()()()()()をさせた。それが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、知っていながら」

「理事長……」

「……信じていたのよ?貴方なら…貴方達ならきっと、ことりを止めてくれるって」

 

 止めてくれる、か。

 

「……反対しないんですか…?ことりが残ること」

「私だって、ことりがやりたいことをして欲しいわよ。でもあの子は……どれだけ聞いても私に言わなかったの、一度も。自分が本当にやりたいことから、目を背け続けていたから。自分でもきっとわかっていなかったのね……ほら、あの子ってああ見えて頑固でしょ?」

「……そう、ですね」

 

 いつまでたっても自分が何をやりたいか認めようとせず、有耶無耶にしたまま海外へ飛び出そうとした彼女の姿は確かに、“頑固”と称するのに相応しいかもしれない。

 俺たちにはもちろん、“自分自身にも”。

 

「……これで3回目ね。貴方がことりを助けてくれたのは」

「助けたなんて、そんな」

「……本当に感謝してもしきれないわ」

「やめてくださいよ、恥ずかしい……」

「……ねぇ、朝日君」

「ん……」

 

 

「───貴方は、“変わったわ”」

 

 

「……最高の褒め言葉です、それ」

「んふふ……さ、学院に戻るんでしょう?外に車を手配してあるわ。3人を連れて急ぎなさい?」

「理事長……すいません、何から何まで……」

「お礼としては、安すぎるくらいだわ。ほら、行きましょう。3人を呼んできて」

「はいっ!」

 

 理事長に一礼して、俺は3人の元へ駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「───あの子は変わったわ。貴女みたいに、強くて優しい子供に。

ねぇ、見てるかしら────()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

「───遅いわね」

「本当に間に合うわけ!?」

「緊張してきたぁ……」

「かよちん落ち着いて!」

 

 講堂の舞台端、そこで私…東條希と残りのμ'sメンバーは3人…いや、4人を待っていた。

 元々はにこっち、凛ちゃん、花陽ちゃんで行われるはずだったライブは、花陽ちゃんの計らいで違うものへと変わった。

 

 

 ───“μ'sの復活ライブ”。

 

 

 昨日、こんなやりとりがあったらしい。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「もしもし、にこちゃん?」

『……どうしたのよ、花陽』

「うん……明日のライブなんだけど、提案があって」

『明日?何?』

 

 

「────9()()()()()()()?」

 

 

『っ!アンタ……』

「……優真お兄ちゃんと…優真くんと話したの。優真くんなら、絶対に連れ戻してくれる。穂乃果ちゃんもことりちゃんも」

『……私はまだ、穂乃果を許したわけじゃない』

「にこちゃん……」

『……でも』

「?」

 

 

『────演りたい。9人で。μ'sは私にとって、大切な居場所だから』

 

 

 

「にこちゃん……!」

『……さ、やることがたくさんあるわよ花陽!』

「はいっ!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 あの花陽ちゃんが、自分の意志で何かをやりたいと伝えた。花陽ちゃんにも、心境の変化があったみたい。それはきっと、“彼”のおかげ。

 

 

 ───“帰ってきた”んだね、優真くん。

 

 

 きっとにこっちが上手くやってくれたに違いない。今の優真くんは、かつての──“私を救ってくれた”優真くんだから。

 

 大丈夫。きっと上手くいく。

 

 だって2人には、優真くんが居るんだから。

 

 彼が居る。それだけで心の底から湧き上がってくるこの温かさ。

 それは“信頼”でもあり、“友情”でもあり──

 

 

 その時

 

 

「うわぁーーーっととっ!!」

 

 

 ガタンッ!!と大きな音をたて開かれたドア。

 それと共に飛び込んできた1つの人影。

 

 

「いったーーーーい!!!」

 

 

「穂乃果ちゃん…!?」

「えへへ、お待たせ〜…っ」

「じゃあ……!」

 

 皆が入り口の方を振り向くと───

 

「海未ちゃん、ことりちゃん!」

「……お待たせしました、凛」

「みんな……心配かけてごめんね」

 

 悩みが晴れたように、嬉しそうに笑う海未ちゃんとことりちゃん。わかってはいたけど、“成功したんだ”と改めて実感が湧いた。

 

「さて……こうして全員揃ったわけだけど、もう合わせる時間はないわね」

「……ぶっつけ本番、ってことね」

「だ、大丈夫かなぁ……?」

「やるしかないでしょ?気合い入れなさい」

「で、でも……」

 

 にこっちも、やるしかないと言いながらその不安は拭いきれていない様子。それは顔にも、声にも出ている。他のみんなもそう、不安を残した表情で周囲の様子をうかがっている。

 

 

「────なーにしけたツラしてんだお前ら」

 

 

『!?』

 

 そんな私達の耳に響いたのは。

 入り口から姿を現したのは。

 

 

「────優真」

「ライブ前になんて顔してんだよアホ。葬式にでも行くつもりか?お前ら」

 

 そう言って不敵に笑う優真くん。

 それは先日まで私達に姿を現していた“2人目”のそれとは全く違う。

 

「でも……私たちいきなりぶっつけなんて」「大丈夫だ」

「そんな、無責任な……!」

 

「────大丈夫」

 

『っ!』

 

 その声は、私達の心の奥底まで入り込んできた。そして次の瞬間、私たちの心は温かい何かに包まれる。

 

 

「───大丈夫。お前達の背中には、俺がいる」

 

 

 そう言って私たちに笑いかけた優真くん。

 その笑顔には、見覚えがあった。

 

 驚きで目を見開いていたのは、私だけではなく凛ちゃん、花陽ちゃんも。

 

 その笑顔は“3人目”でもなく、“2人目”でもなくて─────

 

 

 私が大好きだった、“朝日優真くん”のもので

 

 

「穂乃果もことりも帰ってきた。9人揃ったお前達なら、絶対に大丈夫だ。

“ぶっつけ本番でやらなきゃならない”?それがどうした。()()()()()()()、どうってことないじゃんか。

お前達は、()()()()()()()()()()んだぞ?そっちの方がよっぽど不可能だろ?」

 

 彼の言葉1つ1つが、私達に勇気を、力を与えてくれる。

 

 

 

「───進め。前だけ向いてろ。お前達に、出来ないことなんて何も無い」

 

 

 

 ───やれる。私達なら。

 

 不思議と力が湧いてくる。緊張や不安を抱えていたみんなの顔は、今は笑顔に変わっている。

 

 

「……穂乃果」

「はいっ!」

「最後、気合い入れとけ」

「うん!よーし!」

 

 穂乃果ちゃんの声に合わせて、みんなで円陣を組む。

 

「……なんでかな」

「えっ……?」

「正直言うと私ね……今までのどのライブよりも自信があるんだ、今日のライブ」

「穂乃果ちゃん……?」

「なんでかわからないけど……今日の私たちなら絶対いける、そんな気がするんだ!」

 

 そう言いながら穂乃果ちゃんは笑う。

 

「……私には、みんながいる。私達には、優真先輩が居る。うん、大丈夫!どんなことだって、乗り越えていける!」

「……簡単に言ってくれるわねぇ?」

「の割りにはにこちゃん笑ってるじゃない」「うるさいわね、真姫!」

「えへへ……さぁ行こう、みんな!」

 

 穂乃果ちゃんが指を前に突き出した。

 それに習って皆も同じように指を出す。

 

「優真先輩も!」

「いや……いい。そこは俺の場所じゃない」

「えっ……」

「μ'sは“9人と1人”。それが1番いい形だよ。俺は見てる。しっかりと“1歩後ろ(ここ)”から見てる。“君達の仲間として”、ね」

「……優兄ィ…」

 

 これが優真くんの、新たな立ち位置。

 距離を置いたようで、以前よりもしっかりと私たちを見ていてくれるような気がする、優真くんらしい考え方。

 

 ───本当に、昔みたいだね。

 

 私はだれにもわからないように小さく笑った。

 そして穂乃果ちゃんが、改めて皆に呼びかける。

 

「────行くよみんな! 1!」

「2!」

「3!」

 

 見ててね、優真くん

 

「4!」

「5!」

「6!」

 

 君が繋いでくれた

 

「7!」

「8!」

 

 ───私と君の、“奇跡”の復活を

 

「9!」

 

 

「よーしいっくよーーー!!!」

 

 穂乃果ちゃんが真っ先に壇上へと駆け出して行く。それを追いかけていく残りのメンバー。

 私もそれに続こうとして、一度だけ彼を振り返った。彼はそんな私の顔を見て──

 

 

「────────」

 

 

 口だけを動かした。

 それを見た私は微笑みを返して、みんなを追いかけた。

 

 

『がんばれよ』

 

 

 ───頑張るよ。

 キミが側で、見てくれるなら。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 9人を見送り、俺は客席の方へと歩き出した。

 

 大丈夫。あいつらならやれる。

 送り出した少女たちの心配を、ほんの少しだけしながら客席に向かっていると……

 

「おーいユーマ!」

「ん、サトシ。探してくれたのか?」

「あったりまえだろ!ほら、いこーぜ!」

「ちょ、待てよおいっ」

「早く早く!見てみろよ!」

「見てみろって、なに…を……って」

 

 ───これは。

 

「……な?やべーだろ」

「……これを早く見せたかったとか、ガキかよ」

「うるせぇ。お前こそ、嬉しそうな顔隠しきれてねぇぜ?」

「ふっ……嬉しくないわけないだろ?」

 

 だって、こんなの。

 

「……お前達の、努力の成果だぜ?それがこんなに、目に見える形になって現れた」

「……今心底思ってる。“やってきてよかった”って」

 

 そして幕が開く。

 瞳を閉じていたセンターの少女は、空色の目で“その光景”を見た。

 

 ───お前も思ってるだろ?なぁ、穂乃果。

 

 

 彼女たちの目の前に広がるのは

 

 

 座りきれない程、横の通路まで広がった観客。

 3ヶ月前に屈辱を味わった静寂はもうない。

 

 そして真ん中にいる観客が抱えた垂れ幕

 

 

 ───『μ'sありがとう!』───

 

 廃校を阻止した女神達に贈られた、最上級の祝福の言葉。

 音ノ木坂だけではなく、近所の中学生や大人たちまで彼女達のライブを見に来ている。

 音ノ木坂を受けたいと思っていた生徒、音ノ木坂の廃校に異を唱えていた地域の方々……みんなからの『ありがとう』が言葉で、会場の熱気でひしひしと伝わってくる。

 

 

 これが。あの日ここで“始まりの1歩”を踏み出した俺たちが歩んできた道の、答え。

 

 

──『ここを満員にしてみせます!』──

 

 

「本当に叶えやがって……」

 

 “完敗”を味わった少女は、あの日の宣言通りに講堂を満員にしてみせた。自分たちの歌で、自分たちの思いを届ける。それを貫き続けた故に、この結果が生まれた。

 

 あの日の予感は、間違ってなんかいなかった。

 

 

 あまりの光景に言葉を失っていた穂乃果が、我を取り戻したように話し始める。

 

 

『───皆さん、こんにちは!音ノ木坂学院スクールアイドル、μ'sです!』

 

 

 その一言だけで、一際大きくなる歓声。

 今までのどのライブよりもその声は大きい。

 

『今日は私達のライブに来ていただき、本当にありがとうございます!』

 

 それと比例して、穂乃果の声に高揚感が増していく。

 

『……初めて私たちがここでライブをしたとき、観客は0人でした。それが今、こんなにも……っ』

 

 一瞬泣きかけたことで、穂乃果の声は止まってしまう。しかし穂乃果は持ち直し、再び笑顔で話し出す。

 

『……私達は、“間違ってなかった”って、“やってきてよかったって”、“もっとやりたいって”、今心の底から思ってます!!……途中で止まってしまうこともあったけど、もう迷いません!私達は今日、再び走り出します!大切な仲間と、夢に向かって全力で!!』

 

 

 そう、ここから。

 

 始めの一歩を踏み出したここから、もう一回。

 

 俺達は走り出す。

 

 夢に向かって、全力で。

 

 

『聞いてください!!

 

 

───『START:DASH!!』!!』

 

 

 始まった。俺達の、“ハジマリノウタ”が。

 あの時3人だった女神は9人になり、今最高の輝きを以ってステージの上を舞い踊る。

 一曲を踊ることで必死だったあの頃から、確実にみんな成長している。現に穂乃果、ことり、海未の3人は3ヶ月前のあの時よりも格段にレベルアップしている。何より、“笑うようになった”。必死こいて踊るのに精一杯だったあの時とは違い、心から楽しんでいる……ライブを、そして“9人でステージに立つこと”を。

 

 ───本当に、楽しそうだ。

 

 見てるだけの俺が、楽しくなるくらい。

 

 “可能性を感じた”あの日から時は流れ、可能性は“確信”に変わった。

 

 

 ───いける。こいつらとなら、どこまでも。

 

 

 

 

 『START:DASH!!』が終わり、沸き起こる拍手。壇上のメンバーも笑顔で互いを見やる。

 そんな中、穂乃果だけは俺の方を見て、心からの笑顔を俺に向けた。

 

 

 ───あの“心底気持ち悪かった”瞳が、今はなんだか暖かく感じた。

 

 そんなところに、俺も変われたのかな、なんてことを思う。

 

 

「ありがとう」

 

 

 小さく呟いたけれど聞こえるはずもなく。

 穂乃果は案の定惚けた顔で俺を見るだけだった。

 それを見て小さく微笑み、ゆっくりと首を振ると穂乃果も笑顔で皆の元へと駆けて行った。

 

 さぁ、μ'sの復活ライブも無事に終わ

 

 

『───────次の曲です』

 

 

「えっ……?」

 

 次の曲……?予定じゃ『START:DASH!!』の1曲だけだったはず……

 

 サトシが俺の方を見る。『何か知ってるのか?』ということだろう、俺は黙って首を横に振った。

 

 

『1番だけですけど、聞いてください。

大切なメンバーに送る、私たちからのメッセージの歌』

 

 俺はそんな歌、知らない───

 

 すると真姫と海未が、俺の方を向いて笑いかけてきた。まさか、2人が……?

 

 

『聞いてください。

 

 

 

────“きっと青春が聞こえる”』

 

 

 

 

 ────風。

 

 そう錯覚するような爽やかなメロディーが、耳を吹き抜ける。俺が知らないその曲は、これからの俺たちの未来を見据えた、希望に満ちた歌詞だった。2年生、1年生、3年生の順番で歌われていた曲は、サビに入って全員の合唱へと変わる。

 

 

 今日もう一度駆け出した俺達は、“眩しい未来”に向かって飛ぶ。

 

 

 優しい曲調の中に、確かな決意を感じた。

 

 そして極め付けは。

 

 

「………馬鹿野郎が」

「ユーマ……お前、泣いてんのか?」

「うるせぇよ……こっちみんな」

 

 ───そういうことしてくるのかよ。

 曲が終わりに差し掛かる頃、何気なく聞き流そうとしたその歌詞は。

 

 もしかして、と思ってはっと皆の方を見る。

 

 俺の目に映ったのは、俺の方を見て笑いながら歌う9人の女神の姿。

 

 

 あぁやっぱり。この歌詞は、俺に向けて───

 

 

 自覚した瞬間、溢れそうになった涙を不覚にもサトシに見られてしまった。

 でもそんなことはどうだって良くて。

 今俺の心は、とてつもなく幸せな気持ちに満ち溢れていて。

 

 彼女達が俺に向けた言葉。それだけで──

 

 

 

 

 ──────隣は、キミなんだ。

 

 

 

 曲が終わり再び沸き起こる拍手。

 メンバー達も、やり遂げた喜びを噛み締めるように笑顔を浮かべている。

 

「……そうだ!大事なこと言い忘れてた!」

「穂乃果?」

「穂乃果ちゃん……?」

「えへへ……」

 

 穂乃果に疑問の目を向けていたメンバーだが、どうやら何をやりたいか察したらしい。

 

「今日私たちは再び駆け出します!新しい夢に向かって!!

 

 

───────μ's!!」

 

 

 楽しみで仕方ないよ

 

 君達と歩む未来が

 

 俺を隣に立たせてくれて

 

 本当にありがとう

 

 

 ───必ず俺が、君達を守るから

 

 

 

 

 

 

『ミュージック……!スタート!!』

 

 

 

 

 




応援ありがとうございました!!

ってなってもおかしくない終わり方でしたね笑
背中合わせの2人は、もう少しだけ続きます。
最後までお付き合いよろしくお願いします!

新たに評価していただいた、

孤独の龍さん、ガバガバクラスターさん、ことりちゃああんさん
ありがとうございます!今後もこの小説を宜しくお願いします!

そして宣伝です!
以前連絡した鍵のすけさんの「ラブライブ!サンシャイン!!企画小説第3弾」が本日21時から公開となります!
自分は9月12日分の投稿となりますのでそちらの方もどうぞよろしくお願いします!

それでは今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!

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