72話 【朝日優真の答 Ⅲ 】アリガトウ
ライブの終わった後、観客を外へ誘導し終えた俺はある2人の姿を探して舞台裏へと足を運んだ。
しかし俺の目に映ったのは、7人だけ。
探していた2人の姿は、そこにはなかった。
「……優真くん」
「ん……花陽」
「───凛ちゃん、だよね」
「……おう」
「伝言が、あるの」
「伝言……?」
「───『気持ちに応えてくれるなら、部室に来て欲しい』って」
「……そっか」
「行くの……いや、なんでもない。ライブ、上手くいったよ」
「知ってるよ……全部見てたんだから。本当に綺麗だった」
「えへへ……ありがと」
照れたように笑う花陽。その笑顔を見ていると俺も自然と笑顔になる。
「……じゃ、俺行くわ」
「うん……優真くん」
「ん?」
「……ううん、なんでもないよ。これからもよろしくね」
「……おう、当たり前だ」
そう言って頭を撫でると、花陽は嬉しそうに笑った。そんな花陽を背に、俺は歩き出した───のだが。
「……優真」
「……絵里」
「……希はさっき出て行っちゃったわ」
「ん……そうか。わざわざありがとう」
「行くの……よね?」
「行くよ」
「そう……」
絵里は俺から顔を背け、寂しげな目を浮かべた。思い出すのは……昨日のやり取り。
「絵里……」
「もう。そんなこと考えなくていいのっ」
「だからなんで考えてることわかるんだよ」
「私を誰だと思ってるの?」
ふふん、と笑った後少しだけ悲しげな笑顔で絵里は言う。
「────“友達”、でしょ?」
「……そうだな」
「しっかりね、ヘタレ優真」
「ヘタレ言うな!」
絵里は悪戯っぽく笑うと、皆の元へと駆け出していった。
……行こうか。
『気持ちに応えられるなら、部室に来てくれ』と言った凛。
どこにいるかはわからない希。
俺が向かうべき場所は────
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4月、桜が満開のある日。
取り巻く陽気も学生の新しい始まりを祝っているみたい。
ずっと一緒にいる幼馴染と合流して、2人でとある場所へと向かう。
そして見つけた、その後ろ姿。
「優兄ィーーーーーーーーー!!」
私…星空凛は、大きくその名前を呼んだ。
優兄ィはビクッと肩を震わせ、不機嫌そうな顔をして振り向く。
「優兄ィ!入学おめでとうだにゃ!」
「よぉ、凛。朝から元気だなお前は」
「だってだって!今日は優兄ィの記念すべき入学式なんだよ!逆にどうしてテンション低いの!?」
笑顔でそう言ってみたけど、優兄ィは苦笑いを浮かべるばかり。そんな様子を見かねたかよちんが、凛に話しかけてきた。
「凛ちゃん、優真お兄ちゃんが疲れた顔してるよぉ…」
「花陽は優しいな。凛も元気があるのはいいことなんだけど、時と場合を考えような…」
凛には苦笑いなのに、かよちんには優しい笑顔を浮かべた優兄ィ。そんな優兄ィを見て、思わず不機嫌になってしまう。
「考えてるよ!だからこそだにゃ!今日は祝うべき日!だから凛のテンションも上がるにゃー!」
「何に向かって叫んでんだよ…。絶対朝っぱらから迷惑だって」
優兄ィ。朝日優真お兄ちゃん。
凛が小学校4年生の頃、近所に引っ越してきた男の子。引っ越してきてからはかよちんと優兄ィと一緒に過ごすことが多くなった。
いつも優しく見守ってくれて、ずっと凛たちを大切にしてくれた優兄ィ。本当に楽しい日々だった。
────でも
その日々は、凛が小学6年生になった年に
奪われた
初めて聞いたときは、信じられなかった。
優兄ィが、誰かに暴力を振るったなんて。
何かの間違いだと、思いたかった。
それから優兄ィは部屋に閉じこもるようになり、どれだけ会おうとしても会うことは叶わなくて。
会えるようになった8月の中旬に見たときは、もう以前のように笑う優兄ィの面影はどこにも無くなってしまっていた。
でも。それでも。
凛は頼まれていたから。
ママに、『優真の側にいてあげて』って。
だから凛は、ずっと優兄ィの側にいた。
どれだけ突き放されても、必要とされなくても
凛は優兄ィの───チカラに、なりたかった
それから優兄ィの中には、『もう1人の優兄ィ』がいることを知った。友達を傷つけたのは、もう1人の優兄ィだったということも。
だから正直、怖かった。
優しい優兄ィの中には、怖い優兄ィがいるんだと、12歳の頃の自分にはそんな風にしか思えなかった───あの日、直接会うまでは。
──『それから、凛』
『っ!は、はいっ』
『───コイツの支えになってやってくれ』
『え……?』
『じゃあ後は─────頼んだ』──
あのとき話してみて思った。
なんだ、全然怖くないやって。
優兄ィを……“もう1人の自分”を心配する気持ちを、優兄ィとは違う黒い瞳から強く感じたから、もう1人の優兄ィ──“ユウガ”も、優兄ィなんだって心が理解した。
そんな“ユウ兄ィ”は、凛に言ったから。
『支えになってくれ』、と。
だから凛は、側にいる。どれだけ拒まれても、突き放されたとしても。優兄ィを1人にはしない。
ママが居なくなって2週間たった。凛はこの日、優兄ィと衝突した。お互いの思いをぶつけ、言い合い、そしてそこで───優兄ィは、“変わった”。
「……ねぇ、優兄ィ」
「突然おとなしくなったな…。どした?」
笑顔が少し、冷たくなった。
言葉遣いも、硬くなった。
前よりも、やけに大人びた。
不審に思ったけれど、ママが言い遺した言葉の通りに共学になった音ノ木坂学院を受け、見事に合格して新たな旅立ちを迎えようとしている大切な“お兄ちゃん”を見て、安心した……ずっと自分の心の中に閉じ籠ろうとしていたあの頃に比べれば。
だから精一杯応援したかった、祝いたかった。
そして側にいたい──凛の願い通り、必死に変わろうとする大切な幼馴染の側に。
「本当に学校、行くんだねっ」
学校に行く。これは優兄ィが過去を乗り越えようとしている意志の、明確な現れ。そんな意志は嬉しくもあり、心配でもあった。
無理をさせているんじゃないか、って。
そんな心配から零れた言葉。
それを受けた優兄ィはしばらく不思議そうな顔をして……ふと笑う。先程までの苦笑いとは違う、優しい笑顔で。
「ああ。大丈夫。心配するな。お前が気にすることじゃないよ」
凛の考えを見透かしたように気にするなと言われてしまった。でも、その時に見た笑顔は……凛が知ってる優兄ィのものとは違って見えて。
「そっか……うん!わかった!今日は帰ってきたらパーティーだからね!かよちんと待ってるから早く帰ってくるにゃ!」
「やっぱり大袈裟なんだって……」
「いっ、いってらっしゃい優真お兄ちゃん!頑張ってくださいねっ!」
「いや、たかが入学式だぞお前たち…」
はぁ、とため息を1つ吐いて優兄ィは凛たちを振り返り、音ノ木坂へと歩き出した。
その背中を見送りながら、凛は思う。
凛は、何があっても優兄ィの側にいる。
ずっと一緒にいて、凛が優兄ィを守ってみせる。
優兄ィが、凛にしてくれたみたいに。
───この気持ちが、恋心と気づくこともなく
───この時の優兄ィが、
月日は流れ───
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私…星空凛は夕暮れに染まる部室で1人、窓の外を眺めながら昔を思い出していた。
……本当に、ダメだなぁ。
凛だけだったのに。
優兄ィの真実に、気付けたのは。
思い返せば、その
──だからこそ
優兄ィがもし、自分と同じ気持ちを持ってくれてるなら。今度こそは……今度こそは。
「っ……」
今度こそは、隣で支えたい。
“自分自身”で変わることを決めた、優兄ィの隣で。
無意識のうちに、制服のリボンを握りしめてしまっていた。『あの日の優兄ィのリボンも青だったなぁ』、何てことを思いながら。
かよちんに、優兄ィがもし気持ちに応えてくれるならここに来るように伝えてもらっている。
だから後は待つだけ。祈って、信じて。
その時
「───お待たせ」
「優……兄ィ…?」
ドアの開いた音に目を開くと、そこには優兄ィの姿が。
「……来て……くれたの?」
「当たり前だろ?」
「じゃあ……!……っ」
期待に目を見開いた凛が見た優兄ィの顔。
それを見た瞬間、全てを理解した。
「……言わないままは、良くないから」
「優兄ィ……」
「やっぱり、しっかり伝えないと」
「……そっか」
───ダメだよ、優兄ィ。
そんな顔したら、全部わかっちゃうよ。
「俺はお前が好きだ」
「………」
「でも俺の中で───お前は俺の、“妹”なんだ」
「………そっか」
「………ごめん」
「んーん、気にしなくていいよっ」
「……ほんと、ごめん」
「もう……大丈夫だってば」
そう言っても、優兄ィは俯いたまま。
そんな優兄ィを見て────
「あーもうっ!!」
「ってぇ!!なにすんだよ!」
優兄ィの頭に、チョップをかました。
──普段優兄ィが、凛にそうするみたいに。
「いるんでしょ?好きな人が」
「…………ああ」
「だったら、行かなきゃ。待ってるよきっと」
「………本当自己中だよな、俺」
「えっ……?」
優兄ィは顔を上げたと思うと、自嘲気味な笑顔を浮かべていた。
「お前を泣かせたくないとか言いながら、結局俺は何回お前を傷つけるんだろうな……本当、最低だ。いつもお前に支えられてばっかりで……」
「……そんなこと考えてたの?」
「え……」
「凛がどれだけ優兄ィに支えられたと思ってるの?こうしてみんなとスクールアイドルになれたのも優兄ィのおかげ。凛が小さい頃から優兄ィはずっと凛を助けてくれた。助けてもらってるのは、凛の方だよ。
それにね……じつは少し、嬉しいんだにゃ」
「嬉…しい?」
不思議そうな顔をした優兄ィに、凛は笑う。
「だって───
「っ……!」
「凛はそれが1番嬉しい……優兄ィが幸せになる時、横にいるのは自分がよかっただけだから。“妹”としてじゃなくて、1人の女性として、優兄ィを支えたかった……そんなわがままを優兄ィに押し付けただけ」
「凛……」
そう。だから。
「───幸せにならなきゃダメだよ、優兄ィ」
笑わなきゃ。優兄ィに心配をかけないように。
優兄ィに幸せになってもらうために。
「………ありがとな、凛」
「うん。ほら、早く行くにゃ!」
「……おう」
優兄ィは何か言いたそうだったけど、優しく笑って部室を出て行った。
残されて凛は1人呟く。
「───これで、いいんだよ」
優兄ィの幸せが、凛の幸せだから。
▼▽▼
私…小泉花陽は凛ちゃんの様子を見に行こうと部室に向かって歩いていました。そしてその途中───
「……優真くん?」
「……花陽」
部室の方向から歩いてきた優真くんと遭遇しました。
「どうしたの?」
「……部室に、行ってきた」
「部室に……っ!じゃあ……!」
「花陽」
思わず笑顔になりかけた私を優真くんは言葉で制しました。
「優真……くん?」
「凛のこと────頼んだ」
「え……あっ!」
優真くんはそれだけ言い残してすぐに去って行ってしまいました。
一体どういう───?
不審に思った私は部室へと駆け出す。
開いたままのドア、そこに立っていたのは……
「………かよちん…っ」
「凛、ちゃん……」
振り向いた凛ちゃんの表情は、笑顔でした。
───止めどなく流れる、大粒の涙を携えて
「───ダメっ……だっ、たぁ………!」
声は震え、か細い。
必死に笑おうとしているけど、唇は歪んでいて、噛み締めていないと、今にも泣き出してしまいそう。
そんな凛ちゃんの姿を見て────
「っ……!かよ…ちん……」
私は大切な幼馴染を、抱きしめた。
「……いいんだよ、我慢しなくたって…」
「……な、んっ……」
「泣いてよ、凛ちゃん……そうじゃないと、私も心配だよっ…」
「……っぁあ……ぁぁ…っ!」
そして嗚咽はだんだん大きくなり──
「ぁあぁあああぁぁぁああぁぁ……!!」
凛ちゃんの叫ぶような泣き声が部室に響き渡る。
「優兄ィ、優兄ィ……優兄ィぃ……っ!!ぅぁああぁぁあん………」
「凛ちゃんっ……凛ちゃん……」
優真くんの名を何度も呼びながら、凛ちゃんは涙を流し続ける。凛ちゃんの涙で、制服の肩がびしゃびしゃに濡れていくのを感じる。
私に出来ることは、凛ちゃんの悲しみを一緒に感じて、一緒に泣いてあげることだけ。
「あぁ、ああぁっ……優、兄ィ……」
「大丈夫っ、大丈夫だから……」
それでも私は
一緒に泣いてあげることしかできない自分を
強く呪った
▼▽▼
───振り向くな。
背後から聞こえる泣き声を聞きながらも、俺はそこに向かうことはしなかった。
俺にそこに向かう資格はない。
“それで傷つく資格”も、俺にはない。
自分が選んだ結末だ
こうなることはわかってただろ
この胸の痛みも錯覚だ
悩んだ末に覚悟を決めたじゃないか
忘れろ。忘れろ。
こんな苦しみ、嘘だ。
本当に苦しいのは俺じゃない、アイツだ。
自分自身に言い聞かせながら、俺は校舎を歩いている。
しかしその歩みはふと止まり────
「──────凛……っ」
呼んだ。大切な、大切な幼馴染の名を。
“自分が凛にしてきたこと”は、本当に彼女の力になっていたのだろうか。俺が一方的に支えられていたんじゃないんだろうか。
─────わかってんだよ
さっき凛が無理矢理俺を励ましてたこと。
俺の背中を押すために笑ったこと。
俺を応援したい気持ちと、俺の隣に立ちたい気持ちがせめぎ合って、どうしようもなくなってること。
全部全部、わかってんだよ───!!
幼馴染───なんだから。
拳を握りしめ、唇を噛み締める。
これで良かったんだと思う反面、これで良かったのかという思いに駆られてしまう。
でも。だからこそ。
俺は─────
再び顔を上げる。立ち止まる暇なんてない。
そして俺は再び校舎の中を歩き出した。
▼▽▼
終わった、全部。
私…東條希は屋上で1人、今日のことを思い出しながら夕日を眺めていた。
私が夢見た奇跡。
───本当に、感謝してもしきれないよ。
最後にもう一度、あんなに素敵な景色を見られた。
中学時代友達のいなかった私に、彼が居場所をくれたように。
高校時代になっても彼は、こんな素敵な居場所をくれた。
たくさんの思い出をくれた。
だからもう、十分だよ
私はもう───何も要らない
この思い出を大切にして、私は
「ここにいたのかよ」
ふと呼びかけられた声。その声の主は見なくてもわかる。
「……優真くん」
「どうしたんだ?こんな所で」
「んーん……1人になりたかっただけ」
こっちに歩み寄ってくる優真くんを、笑顔で出迎えた。
「……何考えたんだ?」
「今までのこと……今日のこと。優真くん、ありがとね」
「俺は何もしてねぇよ。あの成功はμ'sみんなで作り出したものだろ。お前たちの辿ってきた足跡が、あの成功を生んだんだ」
「それもだけど……μ'sをもう一回、取り戻してくれて」
「あれは……実際お前や絵里の力があればいけただろ」
私の言葉に、優真くんは照れたように顔を背けた。そんな彼の様子を見ていると思わず笑顔になってしまう。
「ううん。優真くんにしかできなかった。穂乃果ちゃんを取り戻すことも、ことりちゃんを引き留めることも」
「結局ことりを引き留めたの、穂乃果と海未だぞ?」
「実際君が止めたのと変わりないでしょ?
……これで私は、思い残すことなく行ける」
「……………」
「ありがとう。最後にあんな景色を見せてくれて。キミと出会えて、本当に良かった」
伝えた。心からの思いを。
優真くんは、ただ無言で私を見つめ続けている。
「……じゃあね。またいつか、会えたらいいね」
そう言い残し、私は屋上のドアへと歩き出した。
これ以上一緒にいると───離れたくなくなりそうで。
今度はちゃんと、言えてよかった
この気持ちに、嘘はないから。
みんなに言えないのは辛いけど、君だけにはどうしても伝えたかった。
そして私は屋上を後に────
「っ───!」
その歩みは、無理やり止められた
背中に感じた暖かさが伝えてくれた
優真くんが私を後ろから抱きしめている、と
「──────行くな」
「優真……くん……?」
「行くな。ここに居ろ」
耳元で小さく……それでも確かに優真くんは囁いた。
「“背中合わせ”は────もうやめる」
「えっ…」
「───────好きだ、希」
次回、最終話です。
投稿日は9月17日になります。
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ただいま投稿されている鍵のすけさんの「ラブライブ!サンシャイン!!合同小説企画」、またたねは9月12日投稿となります!そちらの方も是非よろしくお願いします!
それでは今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!