ラブライブ! ─ 背中合わせの2人。─   作:またたね

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【UA100000突破記念】ユラユラ、乙女心

ex3話 ユラユラ、乙女心

 

 

「……はぁ」

 

 旅館のエントランスのソファーに座り込み、俺は1人ため息を吐く。

 時刻は午後11半、俺たちの部屋で早くもものすごい大きさのいびきをかくサトシに嫌気がさして抜け出して来た。

 

 真姫の処k……罰を受けたあと俺とサトシは彼女の監視のもと風呂を済ませ、皆と合流して夕飯を食べた。純粋に温泉を楽しみにしてた俺からしたら飛んだとばっちりだ。

 それでもやっぱりあまりにも美味しすぎた夕飯のことを思い出すだけで、そんな思いも霞む。使われている食材の質の高さが口に入れるだけでわかる、そんな料理を思い出すだけで口元が緩みそうになる。

 その後は皆で卓球なりゲームセンターで遊ぶなり様々なことをして各々部屋に解散、そして今に至る。

 

「……楽しかったなぁ」

 

 周りに誰もいないのをいいことに、俺は呟く。

 

 

 頭によぎるのは、一ヶ月前の“あの事件”。

 

 μ'sが解散直前にまで追い込まれたあの出来事から、まだ一ヶ月しか経ってないなんて。改めてみんなで過ごす日々が楽しすぎて、まるでもう何年も前の出来事みたいだ。

 あの事件がきっかけで、寧ろ以前よりも絆が深まった気がする。

 以前と何も変わらない関係に見えて、結束力というか、団結力というか……そんな感じの何かが強まったのを感じるのは、俺だけだろうか?

 

 ───いや、一個だけ明確に変わったものがある。

 

 俺と希の関係。

 

 俺たちが結ばれたというのは、μ's内最大の変化と言える。想定外だったのは、想像以上に祝福されたこと。穂乃果や海未はともかく、凛や絵里、ことりのような……俺が“終わらせた”人たちも、心からの祝福を俺たちに向けてくれて。

 『俺に幸せになってほしい』、というあの言葉は、心からのものだったんだなと身に染みた。

 

 事実俺は今──最高に幸せだ。

 皆ともう一度笑って過ごせることも、希と結ばれたことも。

 

 俺は本当に、幸せだ。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「で?アンタらもうキスくらいしたの?」

「んぐふっ……!」

 

 にこっちからのいきなりの質問に私……東條希は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。

 

「なっ、何!?いきなり!」

「……アンタでもそんなに動揺することあるのね、軽い冗談のつもりだったんだけど」

「し、してない!してないよ!!」

「関西弁抜けてるわよ、希」

 

 真っ赤になった顔を誤魔化すために反論しようとしたけど、帰ってえりちとにこっちに不審がられるだけ。そのくらい今の私は冷静さを欠いていて。

 時刻は夜11時半過ぎ。部屋に戻った後に『怖い話しようよ!!』と言っていた張本人、穂乃果ちゃんは速攻爆睡。それにつられるように疲れからかみんな順々に寝てしまった。今の所残っているのは私を含めた3年生3人だけ。そんな中持ち出された話題が今の話。

 

「で?……“した”の?希」

「し、してないってば!!信じてよ!!」

「そんな本気で言うとますます嘘くさいわね」

「も、もう2人とも!」

 

 わかってる、“した”か“してない”かなんて2人はどうでもいいんだ。私が珍しい反応をするからそれをいじりたいだけ。

 事実2人は面白いものを見てるかのようにニヤニヤ笑っている。そんなのわかってる、わかってるのに……!

 

 私にできたことは、顔を真っ赤にして俯くことだけだった。

 

「はー面白かった。アンタってこの手の話に耐性ないのね」

「にこっち……絶対許さへんからな……!」

「ごめんなさいってば。してないんでしょ?」

「しとらんよ……だってデートすらしとらんし」

『えぇっ!?』

 

 私の言葉に、2人が声を大にして叫んだ。

 

「ちょ、2人とも!みんな起きてまう……」

「アンタらがぁ!?他の普通の高校生カップルならまだしもどう見てもラブラブなアンタらがまだデートすらしてないの!?」

「に、にこっち……やめ、やめて……」

「どこに反応したか知らないけどさっきから顔赤くし過ぎよ!!普段大人ぶってるくせにこんな時だけ純情アピールしてくるんじゃないわよ!!」

「ま、まぁにこ落ち着いて……」

 

 どんどんボルテージの上がって行くにこっちをえりちが宥める。幸いにも眠ったみんなは起きなかったみたい。

 

「……でも、私も意外だわ。貴女達ならてっきりデートくらいなら済ませてるものかと思ってた」

「う、うん……」

「アンタ達付き合ってもうそろそろ一ヶ月でしょ?早くしないと、夏休み終わっちゃうわよ?」

「そ、そうやね……」

『……?』

 

 歯切れの悪い返事を重ねる私を見て、2人は怪訝な表情を浮かべている。

 ……正直、この手の話題は避けたい。

 私がそう言う話が苦手なのもあるし、なによりも──

 

 

「……何?まさかアンタ私達に遠慮してるの?」

 

 

「っ!?」

「図星ね。そんなことだと思ったわ全く……」

 

 はぁ……とため息をついたにこっち。

 あのね、と前置いて言葉を続けた。

 

 

 

「───私はアイツ(優真)が好きだったわ」

 

 

「っ──!」

「ちょ、にこ……!」

 

 

「だからこそ、私は諦めた」

 

 

 

「え……?」

「……あんないいやつ、他にいるわけないじゃない。あんなに優しくて、他人思いで、誰かのために涙を流せて……誰かのために涙を()()()()()()()人、見たことないわ。

……そんな人だからこそ、結ばれて欲しかった」

「にこっち……」

「私はアンタ達を、心から祝福してる。困ってることがあるなら力になりたい。

……アンタ達が、私にそうだったみたいにね」

 

 にこっちはそう言ってふふっ、と笑った。

 

「……私もそうよ」

「えりち……」

「貴女は周りを気にし過ぎ。私達の中に貴女達を応援してない人も、恨んでる人も居やしないわよ。……私達は知ってるもの。貴女達がどんな想いを抱いて、5年間を過ごして来たのか。貴女は何も気にすることはないわ」

 

 そこで言葉を切ると、えりちは私の頭の上に優しく手を乗せた。

 まるで“彼”のように。

 

「……今ならしっかり言えそう。

 

──幸せになってね。

 

私達は“恋敵(コイガタキ)”以前に、“友達(トモダチ)”なんだから」

 

「そーゆーことっ!

 

幸せにならなかったら承知しないわよー?」

 

 

「2人とも……」

 

 笑顔で私を見つめる2人を見て、私も笑みがこぼれた。

 ──引け目はあった。

 μ'sの中で彼に想いを寄せていたのは私だけじゃない。そんなこと、最初からずっとわかりきってた。……そんな彼女達のために、私は一度身を引こうとしたのだから。

 

 だから私は、皆にどう思われても仕方ない。

 

 そんな思いがなかったと言えば嘘になる。

 

 でも2人の温かい言葉を受けて……少しだけ心が晴れた。

 

「ありがとね……なんか気持ちが楽になった」

「いいのよ別に。……さて、話は戻るわけだけど」

 

 優しい笑みを一点、少しだけ表情を厳しくしたにこっちが改めて私に問いかける。

 

「本当にデートもしてないわけ?」

「うん……μ'sの練習の帰りに一緒に帰ったりするだけ、やね」

「……まぁ確かにそれをデートと呼ぶかは微妙ね」

「あ、でも一回だけ家に行ったことある」

「おぉ!デートっぽいじゃない!」

「凛ちゃんと花陽ちゃんも一緒にご飯食べた」

「なんか違う〜〜!!」

 

 事実を告げる私の言葉に、にこっちは頭を抱えてえりちは難しい顔をしている。

 

「……じゃあ優真からデートに誘われたりはしてないの?」

「……うん」

「付き合いたてとはいえ、もう何年もの仲でしょーが。デートくらい誘いなさいよねあのバカ」

「……多分、なんやけど」

「ん?」

 

 

「優真くん、多分わかってないんやないかな」

 

 

「何を?」

「その……付き合った男女がどうする、とか。ウチが知ってる限り今まで恋人は居ないし、音ノ木坂は女子校やからそんな話をする友達もいないし」

「5年間希一筋だもんねぇ〜」

「からかわんといて!……とにかく、現状維持で満足っていうか、そっから先をどうすればいいかわからないっていうか……」

「なるほどね……」

 

 2人も納得してくれたようで、難しい顔をしながらも頷いてくれた。

 

「……じゃあもう、アンタが誘うしかないんじゃない?」

「えぇ!?ウチが……?」

「向こうから来ないならアンタが行くしかないでしょーが。……女子から言わせるなんてまったくあの男は……」

「……そう、やなぁ」

 

 2人には言ってないけど、やっぱりデートをしたいかしたくないかと問われたら、『したい』と答える。

 けど優真くんからは絶対に来ないだろうし、かと言って自分から言うのも……

 

「……優真は多分希が言わないとわからないでしょうね」

「えりち……」

「あの人、普段は滅茶苦茶察しがいいくせに、恋愛沙汰となると途端に鈍感だからね」

「……確かに」

「希がいいなら、私から言ってもいいけど」

「それはダメ!」

 

 こんなしょうもない事でこれ以上の迷惑をかけたくない。こんな話になってるのは私が意地を張ってるせいだし。

 

 ……それでも。

 

 

「……優真くんのアホ!!」

 

 

 こう思わずにはいられない。

 そして心の中の思いは2人にも届いていたらしく。

 

「……今の可愛すぎ」

「……何よ、やっぱりラブラブじゃない」

「ひぇっ…!?」

「さっきから何に反応してるのよ、ラブラブ?」

「ち、ちちちが」

「希は、優真のことが、だーいすきだもんね」

「あ、あぁぁ……」

「にこ、その辺にしときなさい。希が爆発しかけてるわ」

 

 知らなかった、自分がこんなに耐性がないなんて。人からからかわれるだけでこんなにも顔が熱くなるなんて。

 

「わ……う、ウチ、トイレ行ってくる……」

「へ?」

「ちょ、希?」

 

 余りの居心地の悪さに、私は2人の不審げな声を背に部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……トイレ、部屋の中にあるじゃない」

「言わないの、にこ」

 

 残された2人の様子は対照的だった。

 にこは呆れたというようにはぁ、っとため息。

 絵里はそんなにこの様子を苦笑いで見ている。

 

「……ねぇ、実際アンタはどうなの?」

「ん?」

「優真と希よ……“この結果”で満足なわけ?」

 

 にこの言葉に、絵里の表情が一瞬だけ陰る。

 

 絵里の抱えていた淡い思いは、一月前に終わりを告げた……“本人に伝える前”に、“本人に止められる”というある種最悪な形で。

 しかもこの時、彼と彼女は“両想い”だったことを彼女は知る由もない。

 

「……満足か満足じゃないか、っていう問いに限定するなら、満足はしてないわね」

「……やっぱりアンタ」

「でもねにこ」

 

 言葉を続けようとしたにこを、絵里は笑顔で遮った。

 

「私はこの結果に“後悔”はしてる。

 

でも、“未練”なんてサラサラないのよ」

 

「本気?」

「ええ。後悔は……してもしきれない。『あの時ああしていれば』、『もっと早く伝えてたら』。

この思いは、一ヶ月そこらで消えたりなんてしないわよ。でもそれ以上に……2人が幸せになってくれて良かった。

あの2人が笑ってると、不思議と私も笑顔になるの。にこもそうでしょう?

 

──私達は自分達以前に、“優真の幸せ”を望んでたんだから」

 

「……アンタは知ってたわけ?私のことは」

「……どうかしら。貴女達の間には特別な思いよりも、強い信頼を感じてた。希に向けるそれとは違う……“アイドル”として、“メンバー”としての信頼、っていうのかしらね」

「違いないわ」

 

 にこが左手で頬杖をつき、どこか儚げな瞳で希が先程出て行ったドアを見る。

 

「……だからこそ私は、それ以上にはなれなかった」

「え……?」

「優真が私を信じてくれてるのは、痛いほどわかってた。それは私も同じ。違ったのは、私がその信頼に……“特別”を感じたこと。

 

その信頼が、優しさが、私だけに向けばいいと、本気で思った。

 

アイツにそんなつもりないことは、わかってたのに」

 

 馬鹿よねー私も、とにこは呟く。

 そんなにこに、絵里はさらなる問いを投げかけた。

 

「……後悔、してる?」

「してないわよバカ。元々手に入らないものを求めてる自覚もあったし、それでもいいと思って私は自分の中に“閉じ込めた”。

……だからこそ、アンタ含め、あの子達を凄いと思う」

 

 そういったにこの視線の先には、疲れから熟睡する2人の少女の姿があった。

 

「……ちゃんと伝える、って凄いことだと思ったわ。私には出来なかった。その時点で私はもう恋のフィールドにも立ててなかったのよ」

「……私も最後まで言えなかったわ」

「最後にでも想いを伝えたことが凄い、って言ってんの。

私はアイツを好きになったことを微塵も後悔なんてしてない。

ただ“伝えなかった”ことだけは……少しだけ後悔してる」

「にこ……」

「でも、いい。この想いはもう二度と伝えることもないし、伝わることもない。

アイツよりもっとカッコよくてアイドルが好きで、優しくて信頼できる人が出てくるまで待つわ」

「……早く見つかればいいわね、そんな優良物件」

 

 2人が笑みをこぼす。

 吹っ切れた、とは言えないまでも、確実に話す前よりは明るい表情を浮かべている。

 

「とりあえず!目下の課題はあのヘタレの改善ね。あれじゃ希が本当に可哀想だし、私も腹立つ!」

「そうね……表立ってサポート出来なくても、裏で少しずつ改善していかなきゃね」

「ほんっと……希と幸せにならなきゃタダじゃおかないんだからあのアホ」

 

 不機嫌さを全面的に押し出した表情でにこが手元のお茶を一気に飲み干す。

 そんなにこを見て絵里は笑いながら、机の左端にある急須へと手を伸ばした。

 




お待たせいたしました……

今回もありがとうございました!
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