またたねは生きてます。
ex5話 その前日
『……で?何の用だ?』
『お前から呼び出すなんて珍しいじゃねぇか、ユーマ』
「悪いなサトシ……翔太」
8月最終週を迎えたとある日の夜のこと。
家のデスクに向かって座っている俺の目の前のディスプレイには、友人であるサトシと翔太が表示されている。
あの事件以降、俺と翔太は友情を取り戻し、俺達とサトシを含めた3人は定期的にこうやってテレビ通話をするようになっていた。普段はサトシが開くことの多いこの通話だが、今日は先ほどのサトシの言葉通り、俺がホストとなって通話を開始している。
その要件は──
「……重大な話だ」
『……どうした』
『何か……やべぇのか?』
俺の言葉に、2人の表情が引き締まる。
『……希ちゃん関係の話か?』
「……まぁ、な」
希と翔太の関係は、簡単なものじゃない。
翔太は昔、希の心に大きな傷をつけた。それこそ、希が翔太の姿を見ただけで発作を起こして倒れてしまう程に。
しかし俺と翔太が和解してから、翔太と希は俺を伴って再び対面し、希が『優真くんが許すなら私が許さない理由はないよ』と翔太を許した為、この2人もまた和解した。
以降翔太はまるで懺悔の様に、過剰に俺と希の様子を気にかける。
俺はもちろん、希の幸せを心から祈る様に。
「……落ち着いて聞いて欲しい」
『おぅ』
『あぁ』
念入りな俺の注意に余程の事態だと察したのか、2人の表情はより厳しいものへと変わった。
そう、今から話すのはとても重大な──
「──デートって何すればいいの?」
ブツン。ブツン。
「ちょっとぉぉぉぉォォォ!?」
無慈悲な機械音と共に、数瞬前まで2人の顔を写していた画面はブラックアウトする。
負けじと俺は
何分か経過した後、俺のストーカーばりの鬼電ならぬ鬼通に根負けした翔太が画面に映るなりため息をこぼした。
『はぁ……随分とシアワセな悩みだなぁ?心配して大損したぜ』
「こちとら真剣に悩んでんだ!笑ってんじゃねぇよ!」
『微塵も笑ってねぇよクソが』
そのタイミングで、サトシも通話へ復帰した。
「おう、遅かったなサトシ」
『あぁ、
「は!?なんで!」
『イライラしたもんでな』
「何かあったのか?」
『テメェの胸に聞いてみやがれクソが!!』
2人からの唐突なクソ呼ばわりに若干面食らいながらも、何故だか不機嫌な2人をなだめること約10分。ようやく本題まで漕ぎ着けた。
『はぁ……で?明日希さんとデートかよ』
「……あぁ」
『初めてか?』
「そうだな」
『デート童貞め』
「悪かったなァ!!」
嘲笑うような皮肉たっぷりの笑顔を俺に向けるサトシに全力で噛み付く。
通話じゃなくて面と向かって話してたら殴りかかっていたかもしれない。
「……翔太、何かアドバイスないか?ほら、お前ならサトシと違って女慣れしてそうだし」
『おい、しれっと俺をディスるんじゃねえよデート童貞』
「うるせぇ黙ってろエンドレス童貞」
『誰が
「はっ!後生大事にその立派な
『よし決めた!!お前俺のいつか殺すランキングNO.1にしてやる!!ありがたく思いやがれ!!』
『優真、悟志、俺喋っていいか……?』
俺とサトシの言い合いの汚さに苦笑いしながらも、翔太が切り出す。
『アドバイスっても……女慣れならお前の方がしてるだろ。元女子校に通ってて、スクールアイドルのメンバーといつも一緒。優真の方がよっぽど俺なんかより恵まれた環境にいると思うが』
「ま、まぁそれはそうだけど……
それよりも、と翔太が前置く。
『何で俺なんかより女子慣れしてそうなお前が、デートプランの一つも考えらんないんだよ』
『それは思った。なんでだよハイパー
「エンドレス童貞のこと相当根に持ってんだなお前」
サトシはともかく、翔太の言うこともわかる。
別に自慢でもなんでもないが、俺は確実に人より女子と接する機会は多い。翔太の言う通り元女子校の音ノ木坂に通い、スクールアイドルμ'sのマネージャーもどきをやっている俺は、言い方は悪いものの1日の半分以上を女子と過ごしているといっても過言ではない。
『まぁ、問題は女子慣れしてるかしてないかじゃないよな』
「翔太……?」
疑問を隠せない俺の表情を見て、翔太は笑う。
『──好きな人の為に何かするときに、慣れてるもクソもないぜ?』
「……かもな」
実際、今までも女子と2人で出かけたことはある。
凛、花陽はもちろん海未、ことり、にこ──全員μ'sメンバーなのは見逃して欲しい──とは、2人きりで何かをした。
この中では、ことりと買い物に行ったときが一番、俺の心持ちはデートのそれに近いものだった。事実、本人にもそれを告げたわけだし。
しかし今回は、これまでとは全然違う。
こんなに緊張したことはない。
こんなに不安になったことはない。
これが、好きな人と何かをするということか。
旅行の時に、希からのお願いがキッカケとなり、俺から誘って実現した今回のデート。その時聞いた彼女の思いは、俺の中に反省を生んだ。
俺自身、満足していたことは否めない。
“希と結ばれた”、“希が今までよりも側にいる”ということに。だって今まで俺たちのことを考えれば、それだけで幸せだったから。
でも希は──否、世間一般ではそうじゃない。
結ばれることは“ゴール”ではなく、“スタート”なのだから。
今までよりも、楽しい日々を2人で歩んでいくための。今までよりも、たくさんの思い出を2人で作っていくための。
『……まぁ、本気で悩んでるんだろうし、この俺が力になってやるぜ、
『今のままじゃ、希ちゃんが可哀想だからな』
「サトシ、翔太……!ってサトシお前、変な呼び方してんじゃねぇよ」
複雑な呼ばれ方はともかく、2人の優しさに思わず涙が溢れそうになる。
『っしゃ!!今こそ俺の長年の妄想デートプランを実現させるときだぜ!!』
『……そんなこと言ってるからお前は、
『翔太ァァ!!お前まで裏切るのかァァ!?』
サトシの全身全霊の叫びに、思わず吹き出した俺と翔太。サトシも本気で怒ってるわけじゃないのが伝わるからこそ、俺も翔太も思い切り笑うことができる。
そんな暖かさを感じながら、俺たちは明日の話し合いを始めた──
▼▽▼
『それじゃあ明日なのね、優真とのデート』
「うん、11時に駅前ってことになっとる」
『ふふ……念願ね、希』
「もう、やめてやえりち」
優真たちの電話とほぼ同時刻。
希もまた絵里に明日の話をしていた。
『それで、明日は具体的に何をするの?』
「んー、それが決めてないんよ。駅前集合で、街に出ようってことだけしか」
『そう……楽しみね』
「なんでえりちが楽しみなん?」
『だって、貴女の声がさっきから楽しそうなんだもの。聞いてる私まで楽しみになるくらい』
「えっ!?そ、そう!?」
不意打ちのような絵里の言葉に、希は頬を赤らめながら戸惑う。事実希は明日のことを非常に楽しみにしているのだが、まさかそれが声色にまで表れているとは微塵も思わず、ましてや自らの感情が絵里に筒抜けとあっては動揺せずにはいられない。
『楽しんできてね、希。帰ってきたら、話を聞かせてね』
「うん……ありがと、こんな時間まで」
『ふふっ、誰でもない貴女の為じゃない。ワクワクして眠れないから話し相手が欲しい、なんて』
「なっ……!?う、ウチはそんなこと言ってないやんっ!」
『バレバレなのよ、貴女。隠してるつもりかもしれないけど』
「っ〜〜〜!?」
希は一瞬で頬を真っ赤にし、勢いよく枕に突っ伏した。そんな電話の向こうの音を感じ取った絵里は、くすくすと笑う。
旅行から帰ってきてからというものの、滅多にない慌てっぷりを見せた希の反応が気に入ったらしく、事あるごとに希を恋愛関係のことで──諍いに繋がらない程度には空気を読みつつ──弄り、希の反応を見て楽しむのが絵里の最近の楽しみとなりつつある。
『さて、良いものも聞かせてもらったし、私はもう寝るわね。貴女も夜更かしなんてしたらダメよ?ワクワクするのはわかるけど、寝坊なんてしたら目も当てられないでしょ?』
子どもじゃないんだから、と最後に付け加えられた絵里の言葉が、希の胸に刺さる。
「そ、そうやね……改めておやすみ、えりち」
『おやすみなさい、希』
電話が切れて数分経ってからも、希は携帯を片手にベットに座り呆けていた。
「……えへへ」
───遂に、明日だ。
自分のお願いが発端で生まれた、念願の彼とのデート。
例え子どもだと言われても、楽しみにするなという方が無理な話だ。
笑い方が普段とは180度違うデレデレしたものになってしまうのも、見逃して欲しい。
優真と希。
それぞれの“前日”が終わり、そして──
▼▽▼
「……落ち着かねー」
俺の独り言を気に留める人なんて誰もいない。
時刻は午前10時55分。集合時間を5分前に控えた俺は、実に30分前からここにいる。
ぶっちゃけた話、1時間以上前から付近にはいたのだがあまりにも気合が入りすぎているのが自分でも恥ずかしく、そこらでテキトーに時間を潰してここへやってきたのが30分前の話。刻一刻と迫る集合時間に、俺の鼓動は徐々に高鳴る。
あれから1時間ほどサトシと翔太と話し合い、念入りな計画を立てて俺はここへと来た。抜かりはない、必ず希を喜ばせてみせる。
昨日の話し合い内容をぶつぶつと呟きながら希を待つこと──十数分。
集合時間を過ぎてもなお、希はまだ、姿を現さない。
時計を見る頻度が増え、心臓は高鳴りを強める。
精神衛生上、極めてよろしくない時間が続く。
そして午前11時08分。
「優真くん!」
永遠のように感じられた十数分は、終わりを告げた。
「……おう、のぞ─────」
「ごめんね、遅れちゃって……って優真くん?」
遅かったな。心配したぞ。
そんなセリフは、全部吹き飛んだ。
薄紫の7部丈セーターに、白のワンピースを重ねた、普段の二つ結びとは違う、丁寧に編み込まれた紫の長髪をカチューシャで整えた俺の恋人。
見た瞬間に、目を奪われた。
心はもう奪われてるから、大丈夫。
「……かわいい」
「ふぇっ!?そ、そうかな!?」
その言葉は、勝手に口からすべり出た。
かわいい。そんな単純な言葉しか出てこなかった。
どうやら語彙力も、さっきの言葉と一緒に吹っ飛んでしまったらしい。
褒められた当の本人は落ち着かないように頬を少し染めながらそわそわと自分の身なりを見直している。
その慌てた様子を見て、少しだけ心に落ち着きが戻った。
「ごめんね、待たせてしまって」
「んーん。大丈夫だよ」
「結構待った?」
「……10分くらい」
「嘘やね。それの3倍は待ったと見たよ」
「わかってるなら、聞いてこないでくれよ」
気まずい指摘に、俺は思わず顔をしかめた。
「ふふふ。まぁ、遅刻したウチがいうことやないかもしれんけど、立ちっぱなしもあれやし、歩きながらいこっ?」
「そうだな。行くか」
「ありがとね。今日はごめんなぁ、計画丸投げしてしまって」
「いーよいーよ。俺から言いだしたことだしね。ちゃんと考えて来たから。じゃあまずは………」
「うん」
「………………まずは」
「まずは?」
「…………………」
「……優真、くん?」
─────マズイ
背中に冷たいものが流れる。
こんな馬鹿な話があるのかと、自分を蹴り飛ばしたくなる。
自分の身に起こったあまりにもアホらしいその事実に、俺の心は再び落ち着きを失ってしまった。
「……大、丈夫…?」
心配そうに俺を覗き込む希に、俺は笑顔を返す……しっかり笑顔を作れたのかはわからないが。
先程の希を見た衝撃
俺の中の様々なものを吹き飛ばしたその衝撃で
───昨日必死で3人で作り上げた計画が、見事に脳内から吹き飛んでいる。
んなアホな!!
自分で突っ込んでみたものの、それで思い出せるなら苦労はしない。希が来るまで唱え続けた努力も、一瞬にして水の泡。
どうする!?
現状思い出せないものは仕方ない。無い物に縋っても意味はない。
「……とりあえずいくか!!」
「えっ……うん、優真くん、本当に大丈夫?」
「おう!ちょっと考え事してた!!」
「……嘘やr」
「ほら!!行くぞ希!!」
「あっ、ちょっと優真くんっ!」
これ以上話すと俺の核心に触れられかねない。
直感的に察した俺は希より先に駅構内に向かって歩きだした。
前途多難な俺たちの初デートが、今始まった。
後半は続きます!
更新が遅れた理由も次回へ。
今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしています!