ラブライブ! ─ 背中合わせの2人。─   作:またたね

92 / 101


4話 隣

 

 

「……それじゃあ、今のが前回大会からの変更点なのね?」

「うん、そうだよ」

 

 私…絢瀬絵里の問いかけに、花陽は力強く頷く。

 

 A-RISEの記者会見から少し経ってから、私達は花陽から前回大会との変更点を聞いていた。

 

 花陽が纏めた変更点は大きく2つ。

 まず1つは、“大会への応募は、未発表の新曲に限る”ということ。

 これは大会応募グループが予想以上に多かったのが原因で、その中には実際のアイドルの曲をアレンジして踊る“カバーアイドル”の姿も多数あったみたい。だから私達はここで、第一の振るいにかけられる。未発表の新曲を出すことができるグループだけが、挑戦の切符を掴むことができるというわけね。私達μ'sはこの点は問題なくクリアすることができる。

 問題は2つ目。

 今回は前回大会とは違い、地区予選、地区決勝、全国大会の三段階で、この中のいずれも、大会サイトから動画配信(ライブビューイング)が行われるのだけれども、その配信場所に制限がかかった。

 

 “今までPV撮影をしていない場所に限る”。

 

 1つ目の変更点が、新規アイドルのスタンスを制限するためのものなら、2つ目のこれは、前大会出場アイドルへの制限だ。初参加で曲が用意でき、PVを投稿していないグループには、2つ目の制限は何ら意味を成さない。しかし私達のようなグループには、寧ろ2つ目の制限の方が重くのしかかる。

 講堂、校内、屋上。これらの場所を既にPVとして投稿してしまった私達は、必然的に学外での撮影を余儀なくされる。『ラブライブ!』運営は、ビギナーにもベテランにも平等なチャンスを与える、というスタンスでいるのではないかというのが、花陽の見解だった。

 

「……嫌なトコで躓かされたわね。まさか歌う場所を制限されるなんて」

「まさか学校が使えないなんて……」

「決まったものはしょうがないわ。探すしかないんじゃない?」

「でも真姫ちゃん、心当たりはあるのかにゃ?」

「う……それは……」

 

 皆もやはり動揺している。そんな暗い雰囲気の私たちに、花陽は笑顔で声をかけた。

 

「でもみんな!これは悪いことばっかじゃないんだよ?」

「え?」

「この2つの制限は確かに痛いかもしれないけど、この意図をしっかりと掴めれば……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「何を……欲しているか」

「うん。1つ目の制限で、既存の曲ではなく、新曲を要求した。そして2つ目の制限で、一度使った場所ではなく、今まで撮影したことのない場所を要求した。つまり」

 

 花陽はそこで言葉を切ると、確信めいた表情で告げる。

 

「運営が私たちに求めているのは──()()()()じゃないかな?」

 

 

「目新しさ…?」

「うん、新しい曲、新しい場所。そこで作り上げられる目新しさを、新人、玄人関係なく運営は評価したいんだと思う。A-RISEの様な王道を超える目新しさを」

「なるほど……一理あるわね」

 

 花陽の言葉に、にこは納得した様に頷いた。その様子に花陽がほっと息をつく。

 そこで凛が、皆を伺いながら恐る恐る手を挙げた。

 

「ところで……凛達はどうするの?」

「どうするって……何がよ」

「『ラブライブ!』だよ。このまま……出場する?」

「はぁ?アンタ何言って」

「だってにこちゃんも見たでしょ!?優兄ィと希ちゃんが、あんな……」

「っ……」

 

 凛はその続きを言い淀んでしまったが、言わんとしていることは私達にもわかる。凛が言わなければ、誰かが口にしていた。私達自身、あまり触れたくなくてその話題を自然と遠ざける様にしていたのは否めない。

 

 そう、それは先程の……A-RISEの記者会見を皆で見たときのこと。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「…………ひかり……ちゃん……?」

 

 絞り出す様に零れ出た希の呟き。

 それを聞いたメンバーの表情は驚愕に変わる。

 私、ことり、海未の3人は以前に直接顔を見たことがあったので、すぐにわかったけれど残りの皆はそうじゃない。この時初めて顔と名前が一致した筈……“全ての元凶”たる、彼女の顔と名前が。

 

「この人が……そうだっていうの!?」

「でも、どうしてA-RISEに……!」

 

 にこと真姫の言葉にも、動揺が隠しきれていない。でもそれも仕方ないこと。この中の誰にも、この状況を理解することなんてできはしない。

 

「……ぁ、ぁ……あぁ……」

「希、希ッ!」

 

 余程衝撃的だったのだろう、焦点の定まらない目で画面を見ていた希の膝は震え、あの時のように動機を荒くして座り込んでしまった。そんな希に、優真が駆け寄って肩を支える。

 

「しっかりしろ、希!!」

「優真さん落ち着いて!取り敢えず保健室に!」

「あ、あぁ…そうだな、真姫」

 

 ……今の様子を見るに、優真も動揺しているみたいね。最も、2人がそうなってしまうのも無理はないと私たちは思える。

 だって私たちは、知っているから。

 かつて中西光梨さんが、優真と希に何をしたのか。

 それは決して許されざる行為で、今尚優真と希の心に陰を落とす、かつての思い出を蝕む、不治の腫瘍。

 そんな彼女は、何を思い私達の目の前に……ましてやA-RISEとして姿を見せたのか。

 

「絵里、俺はとりあえず希を保健室に連れていく。後のことを頼んだ」

「1人で大丈夫……いや、寧ろね。わかったわ」

「ありがとう」

 

 意識も朧な希を背負い、優真は部室を後にした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 こうして先程の話し合いに移ったわけだけど。

 

 折角『ラブライブ!』出場の意思を固めて行動に移そうとしといた矢先の今回の出来事。

 

 私達に、新たな暗雲が立ち込めているのは明確だった。

 

 

 

▼▽▼

 

 

「……ん……ぁ」

「希っ!気がついたか…」

 

 私…東條希は、どうやら眠っていたらしい。

 

 覚醒間も無く意識がぼやけた私の耳に、彼の声はえらく鮮明に聞こえた。まだ怠い体をゆっくりと、少しずつ起こし、声の主へと向ける。

 

 

「優真…くん?ここは…保健室。私、どうして…」

「倒れたんだ、お前。A-RISEの記者会見を見て」

「A-RISEの……記者会見……っ!!」

 

 思い出した。私は記者会見に出てきた、光梨ちゃんを見て──!

 

「────────っぁ」

 

 画面越しでも私を恐怖させるに足る、あの笑顔。あの顔で、私の脳裏にはかつてのトラウマが鮮明にフラッシュバックする。

 

 

 

 

 

 

『───嫌ッ!!やめて!!』

 

 

『ごめんな、希ちゃん。でもこうするしか』

 

 

『離して、離してっ、離して!!』

 

 

『ふふふふふふふ、あっははははは!!!』

 

 

 

 

 

「あっ、あぁ、ぁぁあぁ」

 

 

 血が凍ったように寒くて、私の中の酸素が消えたように息ができない

 

 

「やめて、やめて、やめてやめて、やめて」

 

 

 まるでそこに“ある”かのように、トラウマで意識が塗り潰されてゆく

 

 

「嫌、嫌嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ぁ!!!」

 

 

 

「──────希ッ!!!!」

 

 

 その声が鼓膜を震わすのが先か、温もりが私を包んだのが先か。

 

 

「……ゆう、ま、くん」

「心配すんな。ここに俺がいるから。ずっとお前の側にいるから」

 

 

 私を強く抱きしめ、耳元で彼は優しく囁く。

 じんわりと、ゆっくりと、彼の温もりが凍えた私の身体に染み渡っていくのを感じた。

 

 

「……落ち着いたか?」

「うん……ありがと、もう大丈夫」

「そっか、よかった」

 

 そう言いながら私に笑いかけて、ぽんっ、と頭を叩くと、彼はゆっくりとその体を私から離して言った。

 ぼんやりとしていた意識も今のではっきりと覚め、先の動揺を少し恥ながら、私は優真くんに笑いかけた。彼を少しでも安心させられるように。

 

「……ダメやなぁウチも。全然成長せぇへん」

「……無理に“関西弁(そっち)”じゃなくてもいいんだぞ?」

「ううん。大丈夫や。ウチは優真くんが認めてくれた、大切な“(ウチ)”やから」

 

 彼を支える自分になるため、μ'sのみんなを繋ぐために私が(つく)った《仮面(ウチ)》。そんなツクリモノな私を、彼は認めてくれたから、好きだと言ってくれたから。

 

「……あの時も、優真くんに助けられたね、ウチ」

「あの時も?」

「ほら……荒川くんと光梨ちゃんにばったり遭遇しちゃった時のこと。あの時もこんな風に意識を失って、昔を思い出して動揺したウチを助けてくれたなぁ、って」

「あぁ……なんか懐かしく感じるな。そんなに昔のことじゃないのに」

「ね。なんか不思議やん」

 

 そう、あの時も。

 私は、何度彼に助けられるのだろう。

 

 私は何も変わってない。中学校の時に優真くんに助けられて、今また優真くんに助けられて、過去に囚われた私は、優真くんが居ないと1人で立ち上がることすらできなくて。

 

 同じように、過去に囚われた優真くんは、過去を乗り越えて新たな道を歩みだした。

 でも私はどうだろう。

 過去を引き摺り、心に巣食う影に怯えて。

 そんな私が、彼の隣で笑う資格なんて、あるのかな。

 

「……『ラブライブ!』」

「え?」

 

 

「───やめとくか、『ラブライブ!』」

 

 

「な……!」

 

 思わず叫んでしまいそうになった。

 荒げかけた声を深呼吸で宥め、冷静を装って彼に問いかける。

 

「どうして……そんな」

「……一昨日絵里が言ったけど、『ラブライブ!』を目指すなら、俺たちは絶対にA-RISEに挑まなければいけない。()西()()()()A()-()R()I()S()E()()、だ」

「っ……」

「そんな精神状態で、お前は()れるのか?少なくとも俺には……そうは、思えない」

 

 最後の言葉で彼が浮かべた表情は、どこか苦しげに映った。

 

 一理、ある。

 映像越しでも発作を起こしてしまうような私に、光梨ちゃんと面と向き合って争うようなことが、出来るのだろうか。

 

「……俺たちと中西の因縁は、μ'sのみんなもわかってる。話せばきっと理解してくれるさ」

 

 優真くんが私に笑いかけた。

 その笑顔には、私への労りと信頼が十二分過ぎるほどに含まれていて、その優しさがかえって私の胸を締め付ける。

 

 

 私は──何をしているのだろう

 

 

 優真くんに助けられて安心して。

 1人じゃ何もできなくて。

 剰え気を遣われて、みんなの夢を汚そうとしているこの現状を、黙って見ていることを選択させられようとして。

 

 嫌だ。

 

 そんな自分が、本当に、どうしようもなく。

 こんな自分を、“変えたい”。

 

 私に、優真くんに、みんなに誇れる自分に。

 

 

 だから───

 

 

「……優真くん」

「ん……?」

 

 

「──出よう、『ラブライブ!』」

 

 

「な……の、希、お前」

「わかってる。キミが心配してくれる意味も、ウチの今の心の状態も」

 

 でもね。

 

「ウチは負けたくない。光梨ちゃんにも、自分自身にも。いつまでも過去に縛られてちゃ、キミのそばにはいられない。ウチは戦うよ。自分を“変える”ために」

 

 私の決意を、優真くんは呆気にとられたような顔をして聞いていた。

 やがてその顔は笑顔に変わり、彼は私の頭にそっと手を乗せた。

 

「……お前がそこまで考えてるなら、俺は何も言えないよ。わかった、出ようぜ、『ラブライブ!』」

「優真くん……!」

「ただ、忘れんな」

「え……?」

 

 

「お前の側には、俺がいる。何かあったら、絶対に俺に頼ってほしい。それだけは忘れないでくれ」

 

「うん……うん!」

 

 あぁ、やっぱり優真くんはすごい。

 いつだって、彼はくれるんだ。

 私が欲しい、私が望んだ言葉を。

 孤独の中の拠り所になるような、暗い闇の中の光になるような、そんな言葉を。

 

 そんなキミが、私は大好きなんだ。

 

「……もう動けそうか?」

「うん。体に力も入るし、みんなのとこに早く行こ?」

「そうだな……ほら」

 

 

 彼は立ち上がり、私へと手を伸ばす。

 結局、1人じゃ何もできなかったな。

 

 でも、大丈夫。

 

 キミが差し伸べてくれるその手が、私の新たな始まり。

 過去に負けないように、未来を掴めるように、私は歩き出すよ。

 

 だから見ててね──優真くん。

 

 

 思わず溢れた笑みを隠すこともなく、私は彼の手を取った。

 

 

 

 




感想や評価というものは、やはり励みになります。
低評価は流石に堪えますが、それも含めて私の力となるのは、やはり皆様の生の声です。いつも本当にありがとうございます。

完結から今まで評価をくださった、

鏡黒さん、映日果さん、最弱戦士さん、shiyaさん、泡§さん、黒っぽい猫さん、このよさん、悪魔の国の語り部さん、うにゃりんさん、ゼノバース01さん、オセロガチ勢さん、jishakuさん、月社さん、クリくりんさん、ろまんさん

本当にありがとうございます。
少しでも良い作品にしていくためにこれからも精進していきたいと思います。

年内最後の投稿になると思います。それでは皆さん良いお年を!

今回もありがとうございました!
感想評価お気に入りアドバイス等お待ちしております!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。