ラブライブ! ─ 背中合わせの2人。─   作:またたね

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二期序盤の山場です。


“王の器”

 

 

 

 

 

6話 “王の器”

 

 

 警備員に事情を説明して玄関を通り辺りを見回すと、すぐにその姿を見つけた。

 

「穂乃果ッ!!」

 

 俺の声に、中西と話していたらしい彼女はハッと振り向いた。

 

「優真先輩……」

「あ、朝日クンに希ちゃん!やっほー!久しぶり!元気だったー??」

 

 無邪気に俺たちに手を振ってみせる中西。

 俺たちはそれに手をふりかえすような関係じゃない。

 

 どのツラ下げて俺に──希にそんな真似を。

 

「穂乃果に何してやがる」

「え?何もしてないよ?強いて言うならお話ししてただけ。ね?穂乃果ちゃん!」

「えっ、あぁ」

 

 中西の言葉にも、どこか反応が悪い穂乃果。それを聞いた俺の中に、怒りが込み上げる。

 

「てめぇっ……!」

「や、やめて優真先輩!私は本当に何もされてないから!」

「っ、穂乃果」

「そーゆーことっ!本当にお話ししてただけなんだってば!」

「……大丈夫?穂乃果ちゃん」

 

 希が心配そうに声をかける。

 

「うん……ねぇ、希ちゃん」

「ん?」

 

 

「本当にこの人が、希ちゃんたちを苦しめた人なの?」

 

 

「優真!」

 

 奇しくも穂乃果の問いかけは、後から追いついてきた絵里の声に遮られることになった。絵里に続いて、残りの面々もあとからどんどん駆け寄ってくる。

 

「いきなり駆け出してどうしたの……って貴女は!」

「あはっ、初めまして、絢瀬絵里さん?」

「中西光梨さん、ですよね……?」

「やだなぁ、違いますよ。私はA-RISEのメンバーの、西城ヒカリです」

 

 絵里の問いかけを、中西は笑顔で否定する。その笑顔はアイドル顔負けの──実際にアイドルになったわけだが──天使のような笑みで、猜疑を以て声をかけた絵里も、虚をつかれたように驚き固まっている。

 他の皆もそうで、彼女らは俺たちの語る“中西光梨(全ての元凶)”とのギャップに面食らっていた。確かにこのような笑顔を見せられては、過去に俺と希に多大な影響を与えた女とは思えないだろう。

 

「ここで立ち話もなんです、どうぞ上でゆっくりしていきませんか?」

「断る。お前と話すことなんて俺たちは何もない」

「そんなこと言わないでよ朝日クン!久しぶりの再会だし、ゆっくりお話ししようよ!ほら!」

「触るんじゃ……ねぇッ!!」

「きゃっ……!」

 

 腕を掴んで引っ張ろうとした中西の手を、俺は力任せに振り払った。その衝撃で中西は後ろに尻餅をついてしまう。

 

「ちょっと優真!何もそこまでしなくても」

「話を聞くくらいいいじゃない」

「違う、真姫、にこ。コイツに関わるとロクなことになんて…!」

 

 先程の中西の様子を見て毒気を抜かれた2人…いや、みんなか。

 とにかく俺をみるみんなの目は、戸惑いに溢れている。

 

「……ウチも、話を聞くべきだと思う」

「っ!?希……?」

「話を聞いてみることで、わかることもあると思う。ウチはもう逃げない。光梨ちゃんと向き合って、自分の過去を乗り越えてみせる」

 

 希は俺に強く訴えかけてくる。

 

「……お前がそう言うのに俺だけ逃げるわけにはいかねぇよ」

「優真くん……」

「中西、そういうわけだ。手荒なことして悪かったな」

「いいよいいよ、全然気にしてないから」

 

 笑顔で手をパタパタと振り、怒ってないことをアピールする中西。

 内心舌打ちしたくてたまらないが、俺はなんとか気持ちを抑えて堪える。

 

「さ、どうぞどうぞ──改めまして。

 

ようこそ、UTX学院へ」

 

 先導する中西に続いて、俺たちは歩き出した。

 

 

 彼女が意味深な笑顔を浮かべているのにも、気づかないまま。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 連れられてきた部屋は自分たちだけで使用するにはあまりにも広く、思わず辺りを見回してしまった。

 

「ここはゲストルーム……客間だよ。一番小さい部屋しか用意できなかったけど、ごめんね?」

 

 

 これで一番小さい部屋なんて……やっぱりUTXは凄いなぁ。

 花陽は少し感動しながら、光梨によって促された椅子に座った。

 

 西城ヒカリ──中西光梨。

 

 優真と希を引き裂くキッカケとなった人物。

 優真が己の殻に閉じこもる事件を引き起こした人物。

 

 花陽……もといμ's全員の中西光梨への知識はそれ以外の何者でもなかった。

 故に彼女たちは驚く……己の知識と、今目の前にいる彼女の印象との認識の齟齬に。

 だって目の前にいる中西光梨は、そんな黒く汚れた過去とは無縁なところにいる、天使のような笑みで自分たちに笑いかけるのだから。

 

 本当にこの人が──優真くんと希ちゃんを傷つけた人なの?

 

 そんな光梨に、希が声をかけた。

 

「それで光梨ちゃん……どうしてA-RISEに?」

「んー、まぁ色々あるんだけど一番は」

 

 そこで光梨は言葉を止め、ニヤリと笑う。

 

 

「──どうしても倒したいスクールアイドルが、いるんだよ」

 

 

「ひっ──」

 

 花陽は思わず上がりそうになった声を、口を押さえて無理やり封じ込めた。

 先程とは打って変わった、黒く重厚な威圧感を纏った、攻撃的な笑み。それはまさしく、花陽の知る“あの人”と似たモノだった。

 

 その時花陽は僅かに感じた──中西光梨の、本性の片鱗を。

 

 しかし周りの皆──優真と希以外──は、自分が感じた違和感など、微塵も気づかないように光梨の話に耳を傾けている。花陽は不審に思ったものの、首を小さく横に振って目の前の光梨の話へと意識を戻した。

 

「でも、アイドルって楽しいね!練習は厳しいけど、自分の歌でお客さんが喜んでくれるなは嬉しい!もっともっと続けていきたいな!」

 

 一転彼女から純粋な喜楽の感情が溢れ出す。先程花陽が感じた黒い威圧感は何処へやら、微塵も感じられない。

 それに疑問を抱きながらも、花陽は考える。

 

 花陽の知る限り、A-RISEというグループは、スクールアイドル界で最も完成されたグループだった。

 

 寡黙でクール、大人の魅力で男だけでなく女性ファンまでも虜にする統堂英玲奈(とうどうえれな)

 

 対照的にふんわりとした女性の魅力で男性ファンを腰砕けにする、優木(ゆうき)あんじゅ。

 

 そして彼女たちを束ねる、A-RISE絶対的エースのリーダー、綺羅(きら)ツバサ。

 

 この3人の絶妙なバランスが、A-RISEというグループの魅力を成り立たせている……花陽はそう考えていた。

 

 

 だからこそ、花陽には西城ヒカリ(中西光梨)の加入がA-RISEに悪影響を及ぼすのではないかという懸念があった。

 

 しかし花陽の懸念も杞憂に終わり、A-RISEはその魅力を、更に高みへと押し上げることになったのだ。

 光梨の圧倒的な歌唱力、そして天性の笑顔が既存のA-RISEファンを納得させるのに時間はかからなかった。

 そしてA-RISEは、今まで以上の、魅力と人気を手に入れることになった。

 

 しかし花陽は、疑問を抱き始めている。

 本当に、中西光梨は、先程言ったようにアイドルを楽しんでいるのだろうか。

 彼女が先程放った威圧感が、花陽の疑問をより深まらせる。あれには、もっと黒く、薄汚れた動機を感じてしまう。

 

 

 ──壊シタイ

 

 壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ、壊シタイ。

 

 

 そんな狂気を、花陽は確かに感じたのだ。

 

 そこまで考えて。

 

「……あっ」

 

 光梨の笑顔が、自分に向いているのに初めて気付いた。

 

 

「初めまして、小泉花陽ちゃん!よろしくね?」

「あ、はい……!丁寧にどうも」

 

 花陽は焦りから、光梨に先ほどまで抱いていた疑念も忘れて……

 

 不用意にも差し出されたその手を、とってしまった。

 

 

 

 刹那

 

 

「─────え」

 

 

 花陽の中から、音が消えた。

 自分の心臓の鼓動だけが鳴り響くその世界で、花陽は見た。

 

 

 自らの手を這いずる、何頭もの蛇を

 

 

「っぅぅっっぅ!!!!!」

 

 

 全身に迸る悪寒、激しい嘔吐感

 様々な感情が脳を掴み、直接シェイクしているような感覚

 

 

 その中で花陽の眼に映るのは

 

 

 満面の笑みを浮かべた目の前の光梨の後ろに、獰猛な殺戮者の様に瞳を輝かせ、千切れんばかりに口角を釣り上げた、歪な光梨の顔。

 

 

 

「イヤぁぁぁあぁぁああああァァァァ!!!」

 

 

 

 そこまで理解して初めて、体は目の前の“恐怖”からの逃避を選べた。

 掴んでいた手を強引に振りほどき、その勢いのまま花陽は椅子ごと後ろへ倒れ込んだ。

 

「あああぁ、あぁ、ああああああああ!!!」

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「かよちん!!!」

「花陽ッ!!大丈夫か!?」

 

 凛と俺は、即座に花陽に駆け寄った。

 花陽の震えはなおも止まらず、虚ろな瞳に一杯の涙を零し、そこに一切の正気は感じられない。

 

「──へぇ、もしかしてと思ったけど、あなたは()()()()なんだ」

「中西……お前花陽に何しやがった……!!」

「やだな、見てたでしょ?私は、花陽ちゃんと手を繋いだだけだよ?」

 

 戯けたように笑ってみせる中西に、ブチ切れそうになる心をなんとか押さえつける。

 

 ──落ち着け。俺はもう“あの頃”とは違う……コイツの挑発に負け、自らの手を血で染めたあの頃とは。

 同じこと馬鹿みたいに繰り返してたら、()()()に笑われちまう。

 

「……“こっち側”ってどういうことだ」

「何言ってるのー?朝日クンもこっち側の人間じゃん!」

「どういうことだ、って聞いてんだよ!!」

「もうもう、そんな怒んないでよー。人間、笑顔が肝心だよ?ほら!笑って笑って!」

 

 頬を二本の指で引っ張り、『ニィ』と笑顔を作る中西。コイツのクズみたいな本性さえ知らなければ、間違いなく見惚れてしまうだろう魔性の笑み。なるほど確かにアイドルには向いているのかもしれない、

 しかし今の俺にそんな笑みを向けられても、俺の中で燃える怒りの炎に投じられる可燃材にしかならない。

 

 

 ──落ち着けよ、馬鹿野郎

 

 

 頭の中で、声が聞こえた気がした。

 冷静さを失っていた心が、スッと冷めていく。

 ……また助けられてしまった。もうアイツに頼るわけにもいかないのに。

 はぁ、っと深呼吸を1つ。改めて中西を睨み返す。中西は面白くなさそうな不貞た顔で俺を見返してきた。

 

「もう一回聞く、どういう意味だ」

「……残念、“出てこなかった”、か……いいよ、教えてあげる」

 

 何を言いたいのか、ある程度はわかる。

 だからといってコイツの話に乗ってやるほど俺はお人好しじゃない。

 

 

「──人は皆、平等なんかじゃない」

 

 

 唐突に、中西は言う。

 先程までのけろっとした雰囲気と打って変わり、どこか威圧感を孕んだその言葉に、俺は僅かにたじろいだ。

 

「“持つ者”と“持たざる者”。“知る者”と“知らざる者”。多くの人が“持たず、知らざる者”にカテゴライズされる中、ほんの一握りの人間だけが上り詰める頂の領域……そこにたどり着けるのは、“持ち、知る者”だけ」

「……何を、言ってるんだお前」

 

 俺の知っている中西とは違う。

 まるで何かの管理者のように淡々と。

 自分は全てを知っているかのように粛々とその言葉は綴られていく。

 

「花陽ちゃんは惜しかったわね。“持たざるが、知る者”……カテゴライズするならそんなところかしら」

 

 花陽を見ながら、中西は冷笑する。

 それはまるで切って捨てるような言い方で、中西の本性が現れているような……それでいてどこか別人のような。そんな不安定な印象を見て取れる。

 

「でも、あの人は……ツバサは違う。常人の全てを眼中にすら入れず、踏み潰して歩く手間すら惜しむ……“持ち、知る者”の最高峰。そう、呼ぶならば」

 

 

 

 ────“王の器”。

 

 

 

「──そこまでにしなさい、ヒカリ」

 

 中西の話を遮るように、その声は響いた。

 

「……ツバサ」

「勝手に人を連れ込んで何をしてるのかと思って黙って聞いていれば……お喋りが過ぎるんじゃない?昔の“オトモダチ”の前でテンションが上がってるのはわかるけど、やっていい事と悪いことの限度くらいは弁えて頂戴」

 

 ツバサはゆっくりと、俺たちの方へ歩み寄ってくる。話を聞く限り、今のやり取りは全て聞いていたようだ。

 

「別に大丈夫じゃないの、私が何を喋ったってツバサに影響は」

 

 

「───聞こえなかったのかしら」

 

 

『!?』

 

 重厚な威圧感が、空気を支配する。

 気を抜けば膝が笑い、腰が抜けてしまいそうになる。

 あの時……メイド喫茶であった時は、全開じゃなかった、ってか。

 その時よりも遥かに肌をピリつかせるこの威圧感は増している。

 

 そしてツバサはゆっくりと中西に視線を向ける。真っ直ぐ中西を見据え、開かれたその眼光は、最早人間のものとは思えなかった。

 

 

 

「───黙ってろ、って言ってるの

 

これ以上、私を怒らせないで」

 

 

 

「……はいはーい。邪魔者は退散させてもらうわね」

 

 流石の中西も、この言葉には苦笑いと冷や汗を浮かべて退散するしかなかったようだ。

去り際に俺の方を見てニヤリと笑った後、中西はゲストルームを去っていった。

 

「……チームメイトが失礼したわね。リーダーとして陳謝するわ」

 

 会釈と共に、ツバサが頭を下げた。

 それと同時に、重苦しい空気はどこかへ霧散していく。

 

「……久しぶりだな、ツバサ」

「ええ。直接会うのは2回目かしら」

「ああ、そうだな」

 

 最初こそ笑顔だったものの、俺と言葉を交わすと、その笑顔は疑うような視線に変わる。

 

「……あなた変わったわね」

「……そうか?」

「えぇ。()()()()()()()()

「……なんのことやら」

 

 まさか、コイツ。

 見抜いたと言うのか──あの時話した俺と、今の俺の違いを……。

 これ以上詮索されたくなかった俺は話題の転換を図る。

 

「第一回『ラブライブ!』優勝おめでとう」

「どうも。私達を超えると豪語したどっかのグループは、本戦前に姿を消したけどね」

「……」

「……冗談よ。何があったかは聞かないわ。そんなもの、聞いたって意味がないし。あなた達が負け、私達が勝った。それだけの話」

「返す言葉もねぇよ」

 

 勝ち誇ることもなく、ただただ淡々と事実を述べるツバサ。きっとその話が俺達の傷を思いっきり抉っていることにも気づいてない。先程の中西の言う通り、俺達のことなんて文字通り“眼中にもない”のだろう。

 

 そしてツバサは暗に告げている。

 

 それはあの日μ'sに“期待”していたツバサの失望の裏返しなのだと。

 

 “絶対女王”への叛逆を試みた愚者達への、女王なりの制裁なのだと。

 

「……にしても。しばらく見ない間に、随分つまらない男になったみたいね、ユウマ」

「っ……!」

 

 ツバサの想定外の言葉に、俺は動揺を隠せない。

 

「初めてあなたに会えた時は、“こちら側”の人間かと思ったのだけれど、私の目が腐ってたみたい。

あなたは“こちら側”の人間なんかじゃない。

 

逆立ちしたって、私には届かない」

 

 ……少しだけ、わかってきた。

 中西の言った、“持つ者”と“持たざる者”の意味。

 確かにそれはかつての俺が持っていたモノだったのかもしれない。しかし俺はそれを───自ら手放した。

 

 何故なら

 

「……いいんだよ、別に」

「……?」

 

「お前と()るのは、俺じゃない。

お前こそ、目が腐ってるんじゃねぇのか?

 

 ───お前の相手は、μ'sだろうが。

 

コイツら見ないで俺を見てるままなら。

今度こそ喉元喰い千切るぞ、A-RISE!!!」

 

 俺は“アイツ”じゃない。有無を言わせぬ程のチカラなんて……“王の器”なんて持ってない。(持たざる者)の言葉なんて、ツバサ(持つ者)にとっては戯言かも知れない。

 でも、それでいい。

 俺が欲しかったものは、そんなものじゃないから。

 

 彼女達にずっと寄り添える優しさ。

 共に笑い、泣き、戦える、そのための優しさだけで、俺は十分だから。

 

 

「傾聴に値しないわね」

 

 あくまで冷酷に、ツバサは吐き捨てる。

 

「随分と仲間を信頼してるようだけど、その仲間はどうなの?私の言葉を受容し、そこで震えることしかできない彼女達に、本気で私達の首が()れると思ってるわけ?」

 

 ツバサは、じっとμ'sの面々を見る。

 俺も振り返ると、ツバサの言葉に困惑、恐怖するメンバーの姿があった。

 口にするなら簡単だ。『A-RISEを倒す』と。しかしこの女相手に、上辺だけの言葉など通じない。

 

 そしてツバサは、畳み掛けるように続ける。

 

 

「頂きへ臨む為には、仲良しごっこの友情なんて必要ない。必要なのは、強者としての自負と、絶対不変のプライド、そして志を同じくする者への無償の信頼。それだけよ。

それでも尚私達に挑みたいなら、かかって来なさい。

 

 

 ───全力で、(たお)してあげるから」

 

 最早悲鳴すら上がらない。ツバサが支配する空気の中で、皆は完全に心を打ちのめされてしまっていた。

 『無様ね』とばかりに、ツバサは嘲笑うような顔で俺を見ている。その顔を、俺は真顔で見返した。

 

「勝者が全てで、敗者には価値がない。そうとでも言いたげだな」

「ええ。だってその通りだもの。全ての価値は、勝敗によってのみ定められる。だから私は負けない。どんな障害も、全て薙ぎ払うまで」

 

 大凡常人には抱けない、どこか達観した思想を揺るぎない信念に変えて、ツバサは俺に叩きつけてくる。その圧倒的信念に裏打ちされた彼女の言葉は、否定のしようがないほど俺の心に直接響き渡っている。

 

 でも。

 

「違うぞツバサ」

「……?」

「勝ち負けが全てで、勝者にしか価値がないのなら、この世界はこんなにも複雑じゃねぇよ。勝って負けたらそこで終わり、じゃないだろ。失敗して、挫折して、苦しくて、悔しくてたまらなくて……それでも必死に足掻いて、努力して、“変わって”……そうやって、少しでも前に進んでいくんだ」

 

 敗北に価値がないなど、言わせてなるものか。

 

 俺たちμ'sは、常に敗北と共にある。

 2年生3人でのファーストライブは観客0で始まった。

 学祭ライブはアクシデントで失敗に終わり、それでμ'sは解散寸前にまで陥った。

 目標だった『ラブライブ!』出場の夢も叶わず、黙ってお前たちの優勝を眺めることしかできなかった。

 

 だが、そんなことがあったからこそ、今の俺たちがある。そこから這い上がる日々に、なんの意味もなかったなど、勝手に決めつけるな。

 

「わからないなら、刻みつけてやる。敗者の覚悟を、“弱”者の、“強”さを!お前に初めての敗北を!!」

「……所詮は弱者の戯言よ。弱者がいくら吠えても、私には微塵にも響かない。あなた達は、闘う前から私達に負けている。今の状況を見ればそれは火を見るよりも明らか。そんな状態で、まだそんな夢物語を続けるつもり?」

 

 呆れたと言わんばかりに、ツバサは溜息をつく。俺が言えるのはここまで。あとは──

 

 

 

 

「──……けないでください」

 

 

 

 ツバサが支配する静寂に、突如その声は投じられた。

 驚くツバサと対照的に、俺はニヤリと口角を吊りあげる。

 

 

「───ふざけないでください!!」

 

 

 今度は確かに、その声は響き渡った。

 振り返らずともわかる、この状況でそんな勇気を振り絞れる奴は、俺たちの中に1人しかいない。

 

 

 なぁ、そうだろ──穂乃果。

 

 

「戦う前から強者とか弱者とか、勝手に決めつけないでください!私にはあなたの言ってることはよくわからない……でも、あなたの価値観で、全てを決め付けられたくなんかありません!!」

 

 ツバサの表情が変わる。驚愕から、面白いものを見つけたと言うような笑顔に。

 

「……今わかりました。私の中にあるこの気持ちは、あなたに潰されかけたこの気持ちは、価値のないものなんかじゃない、間違いなんかじゃない。私はあなたに……“勝ちたい”。絶対に負けません!!」

 

 苦し紛れなんかじゃない、穂乃果は、本気でそう思ってる。だからこそツバサは笑顔こそ浮かべれど、嘲笑うような真似はしない。

 

 

 

「私達は──A-RISEに勝つ!!」

 

 

 

 気合いに満ちた叫びが、室内に木霊する。

 その叫びは、残りのメンバーの心に僅かな、それでも確かな火をつけた。

 そして彼女達は今、先程とは違う覚悟に満ちた眼差しで、ツバサを見据えている。

 そんな中で、俺は確かに感じた。

 

 

 言葉で人を圧し付けるのではなく。

 

 言葉で人を、奮い立たせられるのなら。

 

 ──それもまた、紛うことなき“王の器”。

 

 

 

「……ふふふふ、あっははははははは!!!」

 

 穂乃果の決意を聞いて、ツバサは声高に笑う。嗤っているわけじゃない、あくまで純粋に、悪気なく。

 

 

「──あなた、名前は?」

 

 そしてツバサは、彼女に問いかける。

 

 

「……高坂穂乃果。()()()()()()()()、『()()()()()()()()()()()()()()()グループのリーダーです。絶対に忘れないでください」

 

 

 そして彼女は、これ以上ない挑発を返した。

 

「──本当に面白い!あなた、最高よ!!」

 

 声色に喜びが隠しきれていない。一見すれば穂乃果の覚悟を嘲笑っているように見えるそれは、ツバサからすれば純粋な興味なのだ。

 王たる自分に噛み付く、一振りの牙に対しての。

 

「絶対に忘れない。約束するわ、高坂穂乃果サン。ただ、それでも勝つのは私よ。思いや覚悟だけで何かが覆るなんて、私は絶対に認めない」

「そうかもしれません。でも、何かを覆すのは、思いや覚悟です。あなたに勝って、それを証明してみせます」

 

 その言葉にもツバサは、満足そうに笑った。

 

「……さて、宣戦布告も済んだところで、俺たちは帰らせてもらう。最後にツバサ。覚悟しとけよ」

 

 

 強い想いで結ばれた、9人の“敗者”の逆襲を。

 

 

「──しかとその目に焼き付けやがれ、A-RISE」

 

 

 

 俺の言葉に笑顔を返すものの、ツバサにはもう、穂乃果しか見えていないようだった。

 それでいい。ツバサが戦うのは、俺ではなく彼女達なのだから。

 

「……皆、帰ろう」

 

 俺の一言で、皆は振り返り出口へと歩き出していく。そんな中で、最後ギリギリまで互いを見つめ合う穂乃果とツバサの姿が、とても印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ツバサも居なくなったゲストルームで。

 

 

「───()()()()()、高坂穂乃果」

 

 

 誰もいないその部屋で、その呟きは鮮明に響く。

 

「楽しみだなぁ……んふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ、あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!」

 

 狂ったように笑うその声の主の笑顔は、どこまでも楽しそうで、それでいて醜く歪んだ、ドス黒い笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 波乱のUTX学院を出て、帰り道を歩く俺たち。

 ツバサの恐怖は消えたと言うのに、彼女達はどこか浮かない顔で帰路を行く。

 

「……みんな、ごめんね」

 

 その中で一番最初に口を開いたのは、穂乃果だった。

 

「勝手にあんなこと言っちゃって。A-RISEに勝つ、なんて……そんなの、難しいに決まってるのに」

「でも、無理じゃないんだな?」

「えっ」

 

 俺の問いかけに、穂乃果は驚いたように身体をビクッと反応させた。

 

「気づいてないのか?お前今、“難しい”って言ったんだ。“無理”じゃなくて。それ自体には深い意味はないのかもしれないけど、お前はさっきツバサに、“勝ちたい”って言ったな?

 

──それがお前の、()()()()()()なんだろ?」

 

『……!』

 

 皆の顔が驚いたように上がる。そしてその顔は、穂乃果に目線をじっと向けた。

 当の本人も最初こそ驚いた顔をしていたものの、ややあってそれは覚悟に満ちた笑みへと変わる。

 

「うん、勝ちたい。みんなでA-RISEを超えたい!どれだけ難しくても、やってみなくちゃわからないよ!私達なら、きっと大丈夫!!」

 

 その言葉に、俺は思わず笑顔になる。

 

 ──大丈夫だ。

 

 君が“やりたいこと”に向かって突き進んでいく限り、俺たちに不可能なんてありえない。

 “きっと大丈夫”。

 何の根拠も確証もないこんな言葉でさえ、君が言うなら魔法のように俺たちに力をくれるんだ。

 

 見れば皆の顔にも、笑顔が宿っている。

 

 

「……そうね。やらないまま後悔するなんて、勿体無いもの」

「廃校阻止に比べたら、A-RISEに勝つなんてまだ現実的やん?」

「誰もが想像しないような逆襲劇、やってやろうじゃない!」

「絵里ちゃん、希ちゃん、にこちゃん……!」

 

 3人の言葉に、穂乃果の顔がパッと輝く。

 

「よーし!やってやるにゃーー!!」

「やってみなくちゃわからない……うん、そうだよね!」

「絶対女王が何よ。私達の力、みせてあげましょう」

「凛ちゃん花陽ちゃん、真姫ちゃん!」

 

 俺たちの太陽は、仲間の加護を得て、どんどんその輝きを増していく。

 

「頑張ろうね、穂乃果ちゃん!」

「厳しい、なんて言葉だけじゃ足りないほど練習しますよ!」

 

「ことりちゃん、海未ちゃん……それはちょっと……」

 

 『何故ですか!!』という海未のツッコミで、皆が笑いに包まれる。先程まで彼女達を包んでいた静寂は、今は見る影もない。

 

「やろう、穂乃果。俺たちならやれる」

「うん!私達は、A-RISEに勝つ!やろう、みんな!」

 

 『おお!』と声が上がる。

 

 “優勝を目指す”。

 

 『ラブライブ!』出場を決めたあの日、穂乃果は皆にそういった。あの時点では実際問題、穂乃果以外の皆には…否、もしかしたら穂乃果自身にも、本気でA-RISEを倒す覚悟なんて、なかったのかもしれない。

 でも今日、決まった。

 俺達の新たな目標が、覚悟が。

 打倒A-RISE。

 新たな目標が定まった俺たちの、絶対女王への挑戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな時、彼女は現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのっ──」

 

 

 呼びかけられた声に、俺は振り返る。

 そこにはこちらを見る2人の少女。

 

 

「あんたらは──!」

 

 その姿に驚愕を浮かべたのは、俺だけではない。

 

「いきなり、済まない」

「ごめんなさいね〜。敵であるあなた達の前に、こんな形で顔を出すなんて」

 

 

統堂(とうどう)英玲奈(えれな)……!」

優木(ゆうき)あんじゅ……!」

 

 にこと花陽が、驚きに声を上げる。

 そう、この2人はA-RISEのメンバーだ。

 

「……俺たちに何の用?」

「そんな怖い顔しないで?用があるのは、あなただけよ、朝日くん。そして私じゃなくて、彼女が用があるの」

 

 優木あんじゅはそういうと、隣の統堂英玲奈を指差した。

 

「……俺に?」

「えぇ。あなたに」

 

 にこやかに笑う優木あんじゅ。悪気はないのかもしれないが、どうしても警戒してしまう。先程あんな事があった後では、尚更。

 

「……何の用だ」

「っ……」

 

 多少語気を強めて問いかけたのだが、統堂英玲奈は怯えたように萎縮してしまった。どう言う事だ。しかし、俺はその様子に、どこか心に引っかかる何かを感じた。

 

「す、済まない。いきなり無礼を働くことを許してほしい。だが──

 

 

私に、心当たりはないか?」

 

 

「は……?」

 

 心の底から、その呟きは漏れ出た。

 俺の考えを見抜いたようなその問いに、俺の警戒はマックスまで引き上がる。先程心に引っかかったなにかを無視して、俺は様子を伺うために嘘をつくことにした。

 

「……悪いが、何のことやらわからない。期待に添えられないでごめんな」

「……! そう、か……」

 

 俺の言葉に、統堂英玲奈は一層傷ついた表情を浮かべた。何だコイツ、一体何が目的なんだ。

 そして俺は。

 

 ──どうしてコイツの顔を見ると、こんなに心が痛むんだ?

 

 

「……そうだ、私はあの頃と“変わった”。わからないのも仕方ない、か……」

「おい、さっきからなんなんだ」

「……最後に、一言だけ」

 

 

 

 そして彼女の言葉は

 

 俺のこれからの道を、大きく揺るがすきっかけとなった

 

 

 

 

 

「───思い出して、優真くん。私だよ」

 

 

 

 

 

 

「───────ぇ」

 

 

 

 瞬間

 

 大きなノイズが脳内に走る

 

 俺は

 

 彼女を

 

 知っている───?

 

 絶対に、聞いた事がある

 

 俺は彼女を、忘れている?

 

 なんだ、なんだこの感覚は

 

 

「──私はキミがいたから、アイドルになれた」

 

 

 俺が──いたから?

 

 あ、あぁ

 

 何がが

 

 

『じゃあ───がアイドルになったら、絶対見に行くよ!』

 

 

 溢れ出してくる

 

 

『ほ、ほんとうに……?』

『うん、約束するよ!俺と──ちゃんの、大切な約束だ!』

 

 

 あぁ、そうだ

 

 

『……うん、わたし、がんばる!はなればなれになっても、わたしのこと忘れないでね?』

『忘れるもんか!──なちゃんは俺の、大切な友達だ!』

 

 

 俺は今までどうしてこんな大切なことを

 

 

 忘れていたんだろう

 

 

 

 

「──“えれな”、ちゃん……?」

「!!」

 

 

 耳に残る響きが、酷く懐かしい。

 かつて絶対に口にしたことのあるその呼び方は、俺の記憶のピースにガチリと一致した。

 

 

「──うん、私だよ、優真くん」

 

 

 先程俺たちの前に姿を現した時の口調とは全く違った、どこか優しさと気弱さを孕んだ口調で、彼女は涙をこぼしながら笑う。

 

 

「──良かった。私はまた、あなたに会うためにっ……!」

 

 

 そう言いながら胸に飛び込んできた彼女を制止することも忘れ、俺はそのまま受け止める。

 呆然とした俺の中で、彼女の啜り泣く声だけが、響いていた。

 

 

 




久々の万字越えです。気合い入れて書きました。
今作では原作よりも更にA-RISEとの因縁を深めてあります。

今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!

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