7話 再戦
「ぅっ……うぅ……」
優真の胸で啜り泣き続ける1人の少女。
その様子に呆気にとられた私…絢瀬絵里は現状の理解が出来ずにいた。
他の皆も同じようで、特に凛、花陽、希の表情は皆よりも驚きや困惑の色が強い。
……当然ね。3人は優真の昔からの幼馴染で、自分たちの知らない優真の知り合いがいきなり現れたのだから。
「……なるほど、ね」
そんな中、優真達の様子を見ていたにこが、ボソッと呟きを漏らした。
「にこ……?」
「……前にツバサとメイド喫茶であったときに、優真は初めてA-RISEのPVをマトモに見たみたいだったんだけど、アイツ言ってたのよ──」
─── そんな彼女達の曲を聴いて、朝日は何を思うのか。
ふと横に視線を移すと、彼は口に手を当てて難しい表情で目の前の動画を眺めていた。
そして彼は呟く。
『─────この人、どこかで…………』
どういう意味かと問いただしたかったが、鬼気迫るような表情で動画を見ている朝日の様子を見て、邪魔するのも良くないと思い直し、私は目の前の曲へと意識を戻した ───
「それが……統堂英玲奈だってこと?」
「わかんないけど……そうだったら説明つくじゃない?」
なるほど……優真自身、統堂英玲奈の事が前から引っかかっていた、っていうわけね。
それと同時に、
あの2人の関係、それは一体何なのかしら……。
「あらあらぁ、英玲奈ったらあんなに嬉しそうにしちゃって」
そう呟きながら、私たちの方へ歩み寄って来たのは──
「……優木あんじゅ、さん…」
「あんじゅで大丈夫よ?同じスクールアイドル同士、遠慮は無しにしましょ」
ふふ、と笑う優木あんじゅ……あんじゅさんの笑顔はとても柔らかい。どうやら本当に敵意はないみたいね。
「あんじゅさんは……あの2人の事、何か知ってるのかしら?」
「英玲奈側から聞いた話なら知ってるわよ?」
「あの2人は……一体どういう?」
「それは彼から聞くべきじゃないかしら。私としても大事な仲間の思い出をペラペラ喋りたくはないの」
……前言撤回。確かに敵意はないのかもしれないけど……綺羅ツバサ同様その心中には断固とした揺るがぬ芯がある。
フワフワとした見た目に騙されれば──やられる。
私は優木あんじゅへの警戒を少しだけ強めた。
「……そうですね。優真に聞いて見ることにします」
「あらら、随分警戒されちゃったみたいね?嫌だわ、そんなつもりじゃなかったのに〜」
飄々としたその態度が、やけに気に触る。
相手がA-RISEだ、っていう事実がそれを加速させているのか。
「……英玲奈、感動の再会もその辺にしときましょう?」
「っ……あ、あぁ。私としたことが、取り乱してしまった」
優木あんじゅの言葉で漸く正気を取り戻したようで、統堂英玲奈は優真に小さく「済まない」と告げると、頬を紅潮させながら優真の元を離れてこちらの方へと歩いてきた。
「……さて、本題に入ろうかしら」
「本題?」
「ツバサから、君たちに伝えて欲しいと頼まれた伝言だ。心して聞いて欲しい」
統堂英玲奈に、先程の弱々しい姿の面影はもう無い。意識を切り替え終わったみたい。
そんな彼女から放たれた“本題”は、私たちを驚愕の海へと叩き落とした。
「──今度の地区予選、
『っ!!』
「無論、君達がまだステージを決めてなければの話だが……大方ステージ選びには難儀しているのだろう?」
「あなた達にとっても悪い話じゃないと思うんだけど……どうかしら?」
予想外の提案に、思わずたじろぐ。
確かに私達にとってこの提案は救済だ。
かといって安易に飛びついていいものなの……?
ふと優真に視線を移すと、先程の動揺かうまく思考が働いていない様子。私達の
「……確かに私達にとって魅力的な提案だと思います」
「でしょ?だったら」
「でも」
笑顔で続けようとした優木あんじゅの言葉を、無理やり遮る。
私には、どうしても無視できない点があった。
「──
そう、この話に私達にメリットはあれど、A-RISEにメリットなどありはしないのだ。
そんな一方的な利点だけを押し付けられた提案を素直に受け入れられるほど、私達の関係は単純じゃない。『何か裏があるのかも……』そんな不安が拭えない。
「……私たちのメリット、か」
統堂英玲奈がそう呟き、優木あんじゅが、んーっと考え込む様子を見せた。
ややあって優木あんじゅは考えることをやめ、優しくこちらへと笑いかける。
「──わからないわ、私達にも」
「……わから、ない?」
「えぇ、わからないわ?」
「……じゃあ、どうしてこんな提案を…」
「だって──
「……は?」
素っ頓狂な返事が出てしまった。
それじゃあ何──この2人は綺羅ツバサに命じられるままに、ただこの提案を私達に?
「ツバサの考えてることなんて、私達にもわからないわ。常人に、あの子の思考は理解できない」
「……随分自主性にかけるのね。まるでツバサさんの言うことが絶対みたい」
「あぁ、絶対だ」
「っ……!」
「もう一度言おう。
……なんて歪な思考なの。
それじゃリーダーじゃなくて……最早“カミサマ”じゃない。
「ツバサは意味のないことなど、しない。私達に理解できなくても、アイツには何か意図があってこの提案を君達に持ちかけたんだ。
……与太話が過ぎたな。さぁ、選んでくれ。私達と同じステージで演るのか、演らないのか」
これ以上情報を引き出すのは無理か……。
統堂英玲奈は鋭い目つきで、私たちの選び出す結論を待っている。
私は……私は今の話を聞いて、『受けるのも悪くない』と考えている。
確かに相手の考えてることはわからないけど、私自身、今までA-RISEのメリットを考え続けても、何も思いつかなかった。つまりこれは、私達にとって、余りにも破格の条件──
「──はん、何よそれ、バッカみたい」
私達の沈黙を切り裂いたその一声。
その声の主は呆れたような、怒ったような表情で、統堂英玲奈と優木あんじゅを睨みつける。
「……私が尊敬するA-RISEが、まさかこんなザマなんてね。アンタらスクールアイドル以前に宗教団体じゃない」
「ほう……?」
「にこっ……!」
にこの最大限の挑発に、統堂英玲奈は不敵に笑う。私の心配をよそに、にこは言葉を続ける。
「何が『ツバサの言うことは絶対』よ。操り人形如きの言葉で、私の意思が揺らぐと思った?
──借り物の言葉で、人の心を動かそうとしてんじゃないわよ
ふざけるのも大概にしなさいよッ!!アンタらスクールアイドルでしょうが!自分たちの心で、思いで、聞いてくれた人たちの心を掴むのが私達の仕事でしょうが!!そんなことすら理解してないアンタらの提案なんて、お断りよ!!」
──にこの言葉で、目が覚めた。
そうだ、私の思考は目先のメリットを優先して、いつの間にかあの2人が作ったレールの上を歩いていた……綺羅ツバサが、想像していた通りに。
それこそ、綺羅ツバサの思う壺じゃない。
私は──なんて馬鹿なことを。
覚悟が、決まった。
「……そういう事です。私達μ'sは、貴女達の提案を、却下させてもらいます」
「……いいの?ステージの確保に困っているのは事実じゃないの?」
「そうだよ、絵里ちゃん、にこちゃん……」
「せっかく使わせて貰えるんだから、折角なら……」
「駄目よ、花陽、凛」
ここは受け入れられない。
相手の考えがわからない以上、罠の可能性も……いや、そういうことか。
「……今まで、どうしてこんなことに気づかなかったのかしら」
「えっ……?」
「私達は、ただステージを借りることができるだけじゃない。A-RISEにステージを借りるということは、
「!!」
前大会優勝グループと、片やこちらは一度は本戦出場圏内に位置付けたことのあるものの、結局本戦には出場していない準無名グループ。
そんなグループが同じ場所でやれば、否が応でも比較されてしまう。
実力だけでなく、肩書きも含めた比較をされてしまえば、私達の勝ちへの糸口が、さらに狭まってしまう。
きっとこれが──A-RISEの、綺羅ツバサの狙い。
やっと見えた、極上の餌に仕掛けられた、小さな釣り針。私達にデメリットを押し付ける為のトラップ。
「……だから私達は、貴女達の提案を拒否します」
「……ふむ、そうか…」
統堂英玲奈はそういうと、口を抑えて何かを考え込む姿勢をとった。やがてため息をつくと、彼女は冷めたような視線を私達に向けた。
「……わかった。ツバサにもそう伝えておくよ」
「それじゃあね。お互いベストを尽くしましょう?」
そして2人は振り返り、来た道を戻ろうと踏み出す──寸前。
「──すいません、少しいいですか?」
彼女達の、足が止まる。
声の主は、私達にとっても意外だった。
「穂乃、果……?」
「まだ、何か?」
「いえ。さっきの提案なんですけど」
そこで言葉を切り、穂乃果は笑う。
その笑顔に、私は違和感を覚えた。
いつもの太陽のように私達を照らす笑みではなく、極めて冷静な、普段の彼女からは全く想像出来ないような笑み。
そこから繋がる言葉は────
「──先程の提案、受けさせてください」
私達の誰もが、予想だにしないものだった。
正真正銘、2017最後の投稿です。
2018年内の完結を目標に頑張っていきたいと思いますので応援よろしくお願いします!
改めまして、良いお年を!
今回もありがとうございました!