9話 青春のプロローグ
A-RISEとの対峙から日々は流れ。
遂にその日がやってきた。
「うわぁ、凄い……!」
「本当に、私たちの要望通りのステージ……」
時刻は午後6時過ぎ。学校が終わったあと部室で最終ミーティングを行い、俺たちはUTX学院屋上に設けられたμ's専用の特設ステージの前に立っていた。
あの日取り付けた約束通りに、A-RISEは俺たちの要望レイアウト通りのステージを準備してくれたのだ。皆がステージに感動する中、俺は対面に用意されたA-RISE専用のステージを見る。
白い花畑を彷彿とさせる俺たちのステージとは対照的な、紫を基調とした何処か妖艶な雰囲気を漂わせるA-RISEのステージ。随所に施された装飾や、細かい位置に取り付けられた膨大な数の照明に、彼女たちのこの予選への力の入れ方を感じさせられる。
──たかが予選、なんて事は微塵も考えていない。
油断なく、圧倒的な力を持って俺たちをひれ伏せる。
そんな思いを感じた俺は、思わず顔をしかめてしまう。
しかし俺たちのステージにも、細やかな配慮がかけられているのが感じられる。自分たちだけでステージを用意しても、ここまでの完成度には至らなかっただろう。
だが俺たちのステージの完成度も、A-RISEの挑発の裏返し。
俺たちがどれだけ最高のパフォーマンスをしようと、それを超えて行くという自信。
舌打ちしそうになる心情を理性で宥め、俺は平静を装った。その時。
「──こんばんは、μ'sの皆さん」
俺たちに声が掛けられる。
その声の主は言うまでも無い。
「ツバサ……」
「どう?私達の用意したステージは。気に入ってくれたかしら?」
「はい!こんな素敵なステージを用意してくださってありがとうございます!」
裏のない笑顔でツバサの問いに答える穂乃果。
それを見たツバサは対照的にどこか裏のある笑みを浮かべた。
「……わかってると思うけど、私たちは情けも容赦もしない。本気で私たちを倒すつもりなら、殺す気でこないと勝負にもならないわよ?私はあなた達を──“アナタ”を本気で叩きのめしたいんだから」
威圧的に告げられた言葉に、皆の体が強張るのが目に見えてわかる。しかし穂乃果はそれを気にもとめず、不敵に笑った。
「──大丈夫です。私にはみんながいますから」
自信に満ちた声で告げられたその言葉に、ツバサは意味深に笑い、穂乃果はと手を差し出した。
「……やっぱりあなたって面白い。今日はお互いを高め合える様なライブになることを期待しているわ」
「はい!今日はよろしくお願いします!」
穂乃果は笑顔でその手を取る。数秒後にその手は解け、ツバサは振り返りその場を後にした。残りの面子もそれに続こうとした……が。
中西は、俺を見るとただ笑みを浮かべ。
統堂英玲奈は、悲しげな瞳で俺を見た。
だがそれも一瞬で、2人はツバサについて行き、屋上から姿を消した。
残された俺たちの中で一番最初に口を開いたのは。
「何ボサッとしてんのよ」
「にこ……」
「時間は限られてるんだから、早くステージリハするわよ。
──勝つんでしょ?立ち止まってる時間なんて、1秒たりとも無いんだから」
そう言うと、にこはステージへと歩き出した。
「……にこの言う通りね。さ、みんな行きましょ」
絵里の促しに、皆が神妙な面持ちで頷く。緊張しているのだろうが、それも無理はないと言える。正念場で大勝負、誰もがそれを理解しているから。
大丈夫。やれるだけのことはやった。
心の中でそう呟いた俺は、ステージに向かう皆の背を追うべく歩き出した。
その言葉は、自分自身に言い聞かせているものだと気づかぬまま。
▼
そしてついに開演直前。
μ'sのステージは、A-RISEの後に行われる。
俺たちはステージ横で対面のA-RISEのステージを眺めていた。
「始まるね……」
「一体どれ程のものを……」
A-RISEのステージが近づくにつれ、俺たちの緊張も高まる。
そして不意にそれは始まった。
突如暗転した照明。始まりを察した観客の歓声が上がる。そこから暗闇の上空に浮かび上がる、紫電のエフェクト。
バチ、バチと、秒を追うごとに紫電の間隔は短くなり、数は増えていく。
そして一際大きい雷鳴が鳴り響いたのち、急激に明るくなる照明。それに目を細めるも一瞬、
『皆さん、ようこそ!A-RISEスペシャルステージへ!!』
中西が口を開いた途端、再び歓声が爆発した。
それに手を振り返し、彼女は再び言葉を紡ぐ。
『どうぞご賞味あれ──痺れるような、甘い媚薬を』
──ゾワり、と。
全身の毛が泡立つ。中西の言葉に、身体中を優しく撫でるような快感を、錯覚させられる──そう、俺ですら。彼女の本性を知る俺ですら、不覚にも快感を覚えてしまった。
即ち、彼女の本性を知らない人達が得る興奮と快感は──俺の比ではない。
ステージに集まった観客は、歓喜の声と熱気で溢れ、ボルテージをさらに高めていく。
これが中西の“力”。中西が、
しかし、これだけでは終わらない。
A-RISEには、居る。中西以上の、心に直接言葉を響かせる天才が。
俺の睨んだ通り、
「みんな、付いてきて。あなた達を
会場が、熱狂の渦に包まれた。
場作りは万全、抜かりはない。
今始まる。A-RISEの、俺たちを潰す為の歌が。
──狂乱と衝撃の、パーティが。
「踊れ────“shocking party”」
ポップなビートを刻む、エレクトロサウンド。
そのリズムに乗る彼女達の動きに観客は夢中になり、あれだけ騒がしかった会場は一気に静まりを見せる。
しかしその静寂も一瞬、イントロが終わり、彼女達が歌い出した途端、再びその熱気は爆発する。そこからはもう、彼女達の独壇場だった。
統堂英玲奈が、優木あんじゅが、中西が、ツバサが。リードパートが回っていく度に、名指しの歓声が上がる。サビに入った後のユニゾンで巻き起こった興奮の嵐は、最早甲高すぎて何を言っているか聞き取れないほど。
後方スクリーンに表示された投票グラフ。それが急激に跳ね上がっていく。天翔ける龍神のように、天空へ、頂へ。他のスクールアイドルを見下ろすように、嘲笑うように。
これが、絶対女王のパフォーマンス。
圧倒的天賦の才が呼び起こす、才能の暴力。
凡人の努力を歯牙にも掛けない、そのパフォーマンスに。
──悲しいほど、感動してしまった。
凄い、と、思わされてしまった。
曲が終わり拍手喝采に包まれながら、彼女達は壇上を降りて俺たちのもとへと戻ってくる。呆然とした俺たちに声をかけることもなく、一瞥して笑顔を向けると彼女達は屋上を後にした。
本番前とは思えない、メンバーの絶望の表情。本来ならば発破を掛けるべきなのだろうが、それを仕方ないと思ってしまっている自分がいる。何せ、俺自身がA-RISEに魅せられてしまっていたのだから。どのツラ下げて彼女たちを責めることができようか。
「……悔しいね、私達にはあんなステージはできないよ」
穂乃果が重々しく口を開く。それはそうだ、あんなの目の前で見せられたらいくら穂乃果だって──
「でも!」
突然の大声。先程までの表情が嘘のように彼女はニカっとに笑って見せた。
「私達には私達のステージがある!私達は、私達のやり方でA-RISEに勝つ!それで大丈夫!」
──お前は。
どうしてお前はそんなに──強くなった?
敗北の絶望に涙を流しかけた穂乃果とは、最早微塵の面影すら感じぬ心の強さ。
絶望に直面して尚、皆を励まそうとするその姿は、正にリーダー。目を見張る、なんて言葉じゃもうぬるい、一皮向けたなんて言葉じゃ足りない。
──
“器”に選ばれ、精神面に大いなる飛躍を遂げた穂乃果の覚醒。この事実が、俺は本当に嬉しい。
「……言っとくけど」
そんな穂乃果に声をかけたのは真姫。
彼女は一見険しい表情で穂乃果を見ているように見えるものの、その目に先程まであった絶望はもうない。
「私は……いや、私達は微塵も諦めてなんかいないわよ」
「そうよ。この程度でやめるくらいなら最初からこの場所になんか立ってないわ!」
「確かにちょっとショックでしたけど……A-RISEに勝ちたい、という思いだけは、少しも揺らいでません。みんなあなたと同じ気持ちですよ、穂乃果」
「海未ちゃん、みんな……!」
真姫の言葉ににこと海未が賛同した。
皆も意思は同じだ、とばかりに笑みを浮かべていて、彼女達の目は、やってやるとばかりに輝いている。
あぁそうか。
穂乃果だけじゃない、みんなそうだ。
君達はさっき与えられた絶望すらも、今この瞬間に己の糧に変えて、前に進もうとしている。
俺達のような凡人に翼はないから。頂までひとっ飛びなんて出来っこないから。俺達は登る、手で、足で、全身で、一歩一歩踏みしめて。前へ、前へ。喜びも、悲しみも、絶望も、全ての経験を力に変えて。どれだけ遅くても、遠回りでも、それでも前へ。仲間を信じて、ただひたすらに前へ。
だからもう──俺達は迷わない。
どんな絶望にも、屈しない。
先程までの自分を、俺は大いに恥じた。
俺の物差しで彼女達の心情を推し量って、勝手に諦めようとした。そんなの、彼女達への冒涜だ。前へ進むその足を、止めようとしてしまった。そんなことが、許されるはずもない。
前に進む君達に、恥じない俺で居るために。
俺だけこんな所で足踏みなんてしてられるか。
「……悪い、この期に及んでまだ俺は舐めてた」
「優真先輩……?」
「お前達の覚悟を、俺は勝手に自分の目算で決め付けようとして、1人だけ諦めかけちまった。ここで止めるのもお前達のためだって、それらしい言い分までつけて、さ。保護者気取りも大概にしろよってな」
自嘲気味に己を笑った言葉に、反応はない。
俺の意図を掴みかねているのだろう。
そんな彼女達には御構い無しに、俺は言葉を続ける。
「……俺も戦う、お前達と一緒に。同じ場所には立てないけど、それでも。俺はここで、お前たちを信じてる」
俺の言葉は、彼女たちを支えられるだろうか。
以前定めた俺のμ'sでの在り方へと、進めるだろうか。
そんな悩みは、今の彼女たちを見れば、瞬く間に杞憂に変わる。
だって今、こんなにも彼女たちは──笑っているのだから。
「うん!見ててね、優真先輩!私たちのステージを」
「ああ。あいつらに一発ガツンと食らわせてやれ」
「よーし!みんな、行こう!!」
穂乃果の掛け声で、皆はステージへと駆け出していく。その背中を見送り終えてから、先程まで心に巣食っていた絶望が、さっぱりと消えていることに気づいた。
「……やっぱ
俺はまだまだ見ていたい。
穂乃果の突き進む先に待つ景色を、俺たちが辿り着く未来を。
だから神様。
願わくば俺達に、
絶対女王の喉元にまで届きうる、勝利の剣を。
俺たちの歌が、そんな剣にならんことを。
『皆さんこんばんは!音ノ木坂学院から参りました、スクールアイドルμ'sです!』
穂乃果のMCに場内が湧く。しかしA-RISEの熱気には遠く及ばない。
『本日はこんなステージで歌わせて頂けること、本当に感謝しています!お集まりの皆様も最後まで私たちのステージを楽しんで行ってください!』
しかし穂乃果はそんなこと、全く気にも留めない。彼女の頭の中には、『最高のステージで、最高のライブを』。このことしか頭にないのだから。
『聞いてください────』
そして始まる。俺たちの未来を決める、運命の歌が──
『───“ユメノトビラ”』
夢の扉。
それはきっと、誰もが探し求めている。
しかし己が夢を志し、追う者に必ずいずれ姿を現わす。
夢の扉。
その先の景色を見ることができるのは選ばれた者のみ。
半端な気持ちでは、形だけの言葉では、無情にも閉ざされたまま。
夢の扉。
その先にある何かを、俺たちは探す。
この出会いが生んだ奇跡のその意味を、見つけたいと願って。
俺たちの夢は、始まったばかり。
目の前に現れた扉は、きっと1人では開かない。
でも、俺たちなら。
たとえ扉の先に希望が無くても、茨と泥濘みの道でも、きっと進んでいける。
そんな思いが、扉を開く。
俺たちの思いが、覚悟がパフォーマンスに宿り、未来を照らしている。μ'sを見る観客たちが、歓喜に沸く。今だけは、今この時だけはA-RISEのことを忘れて、μ'sのステージに夢中になっている。
そっとグラフを見る。
そこに現れた結果に、俺は思わず笑みを浮かべた。
A-RISEのような爆発的な伸びはなくとも、一歩一歩確実に、上へと登り詰めていくμ'sのグラフ。それでいい。ゆっくりと少しずつ前へと進んでいくこれこそが、俺たちのあり方なのだから。
俺たちの青春のプロローグは終わり。
新たな道が、示される。
扉は開いた、さあ行くぞ。
──“ユメノトビラ”の、その先へ。
第2回『ラブライブ!』東京地区予選
音ノ木坂学院所属スクールアイドルμ's
───予選2位通過。
更新遅れまして申し訳ありません。
ボランティアとテストにただただ時間を奪われておりました。
少しずつ速度を戻していこうと思います!
今回もありがとうございました!
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