ラブライブ! ─ 背中合わせの2人。─   作:またたね

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“えれなちゃん”

10話 “えれなちゃん”

 

 地区予選から2日が経った。

 俺たちμ'sは今日もいつも通りに屋上で練習をしている。予選を無事突破したとはいえ、俺たちの心に慢心はない。あくまでも2位通過であり、目標であるA-RISE超えは叶わなかった。故に俺たちに安堵はあれど、満足はなかったのである。

 

「……で、結局私たちとA-RISEの得票差はどのくらいだったの?」

 

 にこが俺にそんな問いを投げかけたのは、練習の合間の休憩中だった。

 

「一位A-RISEが1293票、二位μ'sは984票。約300票差だな」

「……終わってみれば、結構差があったわねぇ」

「総投票数は約6000票、42グループ立候補があったらしいぞ。激戦区で、約1000票稼げただけでも御の字さ」

「……でも、勝てなかったね」

 

 ことりの呟きに、皆の表情が暗くなる。

 

 勝ちたかった。この思いが消えることはきっと無い。彼女たちはそれだけの覚悟を持ってステージに上がったのだから。

 

「……うぅっ」

「ん……?どうした?穂乃果」

「……いや、もしあの時の約束が生きたままだったら私たち今頃エントリー辞退してたと思うと、震えが……」

 

 穂乃果か言っているのはあの時──()()()()()()()()()()()()()()()のことだ。

 

 

 

──『──地区予選で、あなた達(A-RISE)よりも順位が低かったら。

例え予選を突破できたとしても、μ'sはエントリーを辞退します』───

 

 

「ふん、そーねぇ、穂乃果のせいで、『ラブライブ!』を諦めてたかもしれないわねぇ?」

「もうにこちゃんやめてよ!!反省してるんだから!!」

 

 にこのからかいで、どんよりとしていた雰囲気が僅かに和らいだ。にこはこの辺の気の配り方が希と並んで本当に上手い。

 

「冗談よ。首の皮一枚繋がった……ってのは言い過ぎかもしれないけど。とにかく、まだチャンスはあるわ。地区決勝、そこでA-RISEを超えていけばいいのよ……いや、()()()()()()()()()()

 

 最後だけ、にこは語調を強めた。

 そう、彼女の言う通り、()()()()

 予選を勝ち抜き、本大会へ出場できるのは1グループのみ。今度こそはA-RISEを超えて、1位を獲らなければならないのだ。4グループなどと言う慈悲(チャンス)はもう、ない。

 

「……そうやね、次こそはA-RISEを超えんと」

「しっかり練習、していかないとね」

 

 希がにこの言葉を肯定し。絵里が優しく皆への道を示した。

 兎にも角にも、俺たちは我武者羅にやり続けるしかないのだ。

 

「……それはそうと」

 

 ふと、俺は疑問に思ったことを呟く。

 

「……穂乃果たちはもうすぐ修学旅行じゃないか?」

「うん!沖縄だよ、海だよ!」

「海未は私ですが?」

「そのくだりはもういい」

 

 夏合宿の時にもやったじゃんかよ、それ。

 

「だよなぁ……しばらく練習に間が空いちまうな」

「仕方ないわよこればかりは。学校行事だし、大会と丸被りしているわけでもないし」

「今年から沖縄になったんやね。ウチらの時は京都やったけど」

「修学旅行かー、いいなぁー凛たちも早く行きたい!ね、かよちん!」

「う、うん!でも、穂乃果ちゃんたちが抜けちゃうのは…少し不安だね。ほら、そのすぐ後に……」

「……あぁ、アレか」

 

 花陽が言っているのは、μ'sに出演依頼が来た、とあるイベントのことだ。

 

「ファッションショーで、ドレスの宣伝も兼ねて歌ってほしい、とはな」

「私達のこの前のライブを見て話を持ちかけて来てくれたなら、やっぱり予選の効果はあったんじゃない?」

「とにかく。予選2位って結果は確実に俺たちに話題性を生んでる。これからどんどん渉外の話も来るだろう。穂乃果たちがいなくても、俺たちにできることをやっていこう」

 

 俺の真面目な言葉に、皆が頷く。

 すると海未はニッコリと笑って俺に言う。

 

「……沖縄でも、しっかり穂乃果にトレーニングをさせますので任せてください」

「えぇっ!?修学旅行でもやるの〜!?」

 

 穂乃果の悲鳴にも似た叫びに、皆は声を出して笑う。そうして時間は流れて行き、この日の練習は解散となった。

 

 

 

 

「ごめんね、優真くん。こんな時間に」

「いや、大丈夫だけど……どうしたんだよ」

 

 その日の夜。希から話したいことがあると連絡が来たのは午後9時を回ってからのことだった。最初は今から俺の家に向かうと言っていた希だったが、流石に1人で出歩かせるわけにもいかないので、俺が希の家に向かうことになったわけで。付き合う前は普通に来ることができたこの家も、関係性が変わった今では緊張したままでしか訪れることが出来なくなってしまった。

 

「んー……ま、なんていういうんやろうね」

「……なんだ、勿体ぶって」

「いやいや、大したことじゃないんよ。あ、お茶入れるから、そこ座って?」

「ん、うん」

 

 緑茶でええよね?という問いに肯定を返し、俺はテーブルに備え付けられた椅子へと腰掛けた。

 ……えらい間を置くな。音楽室のあの日同様、言いにくいことなのだろうか。

 

「お待たせ。はい、どうぞ」

 

 待つこと数分、俺の目の前に温かいお茶が差し出される。申し訳程度に口をつけて喉を潤すと、俺は改めて希に問いかけた。

 

「……で、どうしたんだ?」

「うーん……いざ言うってなると、少し緊張してしまうんよね」

「焦れったいなぁ〜、俺とお前の仲だろ?」

「あはは……」

 

 俺が何を言おうと、希は困ったように笑うだけ。だとすればもう、あの日のように彼女が言い出しやすいように黙る他ない。

 俺の配慮を感じたのだろう、申し訳なさそうに目を伏せていた希は、やがて意を決したように口を開いた。

 

「ねぇ」

「ん」

 

 

 

「──統堂英玲奈さんとは、どんな関係なん?」

 

 

「…………」

「ほら、やっぱり困った顔した」

「……気遣われてたのは、俺の方か」

「ごめんね……でも、どうしても気になって」

 

 それはそうだろう。

 希だけでなく、あの場にいた誰もが気になっているはず。

 

 

───『私だよ』───

 

 

「……言いたくなかったら、言わなくてもええんよ?」

「……そういうわけじゃない。ただ」

「ただ?」

 

 

「──わからないんだ、俺にも」

 

 

「わから……ない?」

「……あぁ、誤解させる言い方だったな。ごめん。()()()()()()()、わからないんだ」

 

 先ほどの言い方では、“関係がわからない”という受け取られ方をされてしまうと思い訂正した言葉。

 しかし俺は気づかない。その訂正は、希のさらなる誤解を招いてしまっていることに。

 

「……そう、なんや、ね」

「あぁ。彼女に会って、嬉しかったのか、悲しかったのか。自分でもよくわかってないんだよ」

「え……?あ、そういう……」

「ん?」

「な、なんでもないよ!!」

「希?」

 

 顔を赤らめて、ブンブンと手と首を振る希。

 恥ずかしい……と小さく呟くと、彼女は手で顔を覆った。

 

 そこまで見て、やっと気付く。

 

 自分の気持ちがわからない、とは。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()という文意に、受け取られてしまいかねないと。

 

 事実希は、そう受け取ってしまったのだろう。

 “希よりも、統堂英玲奈を好いているかもしれない”、と。

 

「あぁ……ごめん、結局勘違いさせたね」

「掘り返さんといて!恥ずかしいからっ!」

「ふふふ」

「何笑っとるん!?優真くんのせいやろ!?」

「だからごめんって言ってるじゃん」

「もう〜〜!!」

 

 顔を真っ赤にして噛み付いてくる希があまりにも可愛くて、思わず弄ってしまった。やばい、ニヤニヤが止まらぬ。

 

「……で、質問の答えは?」

 

 希が明らかにムスッとして、俺に問いかける。頬が赤いままだから結局かわいい。

 

「質問?」

「もう!どういう関係なの、統堂英玲奈さんと!……言いたくないなら、言わんでも、ええけど……」

 

 段々と尻すぼみになっていく希の言葉。

 俺と統堂英玲奈の関係を知りたい反面、俺の心情を慮ってくれる希の優しさに、また温かい気持ちがこみ上げる。

 

「んや、希には聞いてほしい」

「優真くん……」

「君に隠し事はしたくないし、やましい何かがあるわけでもないからね」

 

 でも、と俺は前置く。

 

「……今から聞かせる話は、君にとって心地いいものじゃないかもしれない。それでも……聞いてくれるか?」

「……最初に教えて、って言ったのはウチやん。それくらい覚悟はできとるよ?」

 

 そう言って希は笑う。その笑顔に背中を押されて、俺は鍵を開けた。

 

 心の中に閉じ込めた、彼女との思い出の鍵を。

 

 

「ありがとう。聞いてくれ。

 

 

──俺と、“えれなちゃん”の話」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 いつか前にも言ったと思うが、俺の親は転勤族だった。

 

 細かな引っ越しと転勤を繰り返し、同じとこに留まるのも長くて二ヶ月程。

 

 目まぐるしく変わっていく、俺を取り巻く環境。

 

 友達ができては別れ、できては別れを繰り返す日々の中で、いつしか俺の心は擦り切れてしまうのだ。

 

 ──『友達なんて、作るだけ無駄だ』と。

 

 この考えは、俺が小学校6年生の頃に凛と花陽に出会うまで俺の心に根付いていた。

 

 これは、そんな俺の心がまだ荒んでしまう前の話。

 

 

 

 

 親の転勤にも慣れ始めた、小学校四年生の頃。

 最初は嫌だ嫌だと泣き喚いていた転勤も、最早生活習慣の一部として受け入られてしまっていた。

 今思えば……この頃から既にどこか達観していたのかもしれない。

 

 しかしこの頃の俺は、友達を作ることを諦めていなかった。

 たとえ僅かな時間だとしても、確かな思い出を作りたかった。

 

 そんな俺がある日であった、1人の少女。

 

 ある日の帰り道のこと。友人と別れ、家への帰路を歩く途中。

 

 彼女は歌っていた。

 

 誰もいない、公園の遊具を、ステージに変えて。

 

 その声はか細く、決して上手ではなかったけれど。

 

 俺は自然と、拍手を送っていた。

 

「……ふぇっ」

 

 人に見られているとは思わなかったのだろうか、彼女は俺の姿を視認するやいなや、顔を真っ赤にして、先程までステージにしていたドーム型滑り台の中へと潜り込んでしまった。

 

「あっ……まって!」

 

 俺は少女に声をかけ、滑り台へと駆け出した。

 その空間の中で、彼女は頭を抑えてしゃがみこみ、プルプルと震えていた。

 

「待ってよ……なんで隠れちゃうの?」

「あっ……あの、その」

 

 特に強い口調を使ったわけでもないのに、しどろもどろな反応を見せる目の前の少女に、俺は首を傾げる。

 

「さっきの歌……上手だったよ」

「え……ほ、ほんとう?」

「うん!だから……もっと聞かせてほしいな」

 

 彼女が興味を示してくれそうな話題を振ったところ、成功だったようだ。

 俺を警戒するような目線は変わらないが、少しだけ嬉しそうな表情を見せている。

 

 そこから少しだけ話は弾み……俺はこの少女の名前が統堂英玲奈(とうどうえれな)で、俺と同い年だと言うことを知った。何気ない質問で、互いのことを知るうちに、心の距離が縮まっていくのを感じる、

 

「えれなちゃんは、俺と同じ学校?俺最近来たばかりだから見たことないかも」

「あ…………うん、そうかも、ね」

 

 その時、俺たちの頭上──正確には、街のスピーカーだが──から、午後5時を告げるサイレンが鳴り響いた。

 

「あっ……私、もう帰らなきゃ」

「あ、そうなんだ……家は?ここから近いの?」

 

 幼い俺は、想像だにしない。

 この質問が、彼女の地雷を思い切り踏み抜いていることなど。

 

 彼女は一瞬、全ての感情を失ったかのような無表情を見せた。

 しかしその無表情は、数秒の後に、困ったような微笑へと変わる。

 

 

「──わたし、()()()()()

 

 

「……家が…………ない?」

「うん。帰る場所はある。でもそれは、私の家じゃない」

「……どういう、こと?」

 

 察しが悪い、と言うよりも、俺は“それ”を思いつきもしなかった。“それ”を思いつくには……まだ俺は幼すぎた。

 だから彼女の口から言わせてしまう……彼女の“傷”を、心の闇を。

 

 

「──わたし、()()()()()()()()()。お父さんと、お母さんに」

 

 

 ──場が凍る。

 この場には2人しかいないから、正確には俺の思考が止まると言うのが正しい。

 

 それから彼女の口から独り言のように語られるそれ(過去)を、未だ不鮮明な思考で聞いていた。

 

 曰く。彼女は母親から虐待を受けていたと。

 曰く。彼女の父親は母親に暴力を振るっていたと。母親はそのストレスを彼女にぶつけるしかなかったのだと。

 曰く。彼女の体の痣に気付いた教師が児童相談所に報告、事実調査の前に両親は彼女を喜んで施設に預け──そのまま行方不明だと。

 

 

 曰く──そんな自分を棄てた両親だとしても。

 

 自分は両親を──愛していると。

 

 

「……ぜったいにわすれない、わたしが6才のときのお父さんのたんじょうび。わたしが歌ったアイドルの歌……おとうさんもおかあさんも、笑ってくれた。『上手だね』って、言ってくれたの……だから、だから……」

 

 そこから先は、言われずとも流石に察せた。

 ──縋っているのだ。

 両親が笑ってくれた自分の歌が、何かのきっかけで届けば。

 また家族で、笑える日が来るのではないかと。

 

 どれだけ傷つけられても、苦しい記憶が多くとも。

 自分を愛してくれた日々の優しさと暖かさは、消えなどしないのだと。

 

「わたしには、もうこれしかないから……歌で、しか、おとうさんもおかあさんも、探せないの……だから、わたしは、アイドルになりたい。アイドルになって、わたしを見つけてもらいたい。それしか、それしか………」

 

 瞬く間に彼女を埋め尽くす感情は悲哀。

 それは形となり、両の瞳から溢れ出した。

 閉鎖された暗がりの中で、彼女の嗚咽だけが木霊する。

 

 その中で、俺にできることはもう、1つしかなかった。

 

 

「じゃあえれなちゃんがアイドルになったら、絶対見に行くよ!」

 

 彼女は驚いたように目を見開く。

 

「ほ、ほんとうに……?」

「うん、約束するよ!俺とえれなちゃんの、大切な約束だ!」

 

 俺の言葉が、彼女に届いたのだろうか。

 えれなちゃんの表情が、みるみるうちに明るくなっていく。

 

「……うん、わたし、がんばる!はなればなれになっても、わたしのこと忘れないでね?」

「忘れるもんか!えれなちゃんは俺の、大切な友達だ!」

 

 応援。ただ彼女の夢を、願いを応援する。

 それしか──思いつかなかった。

 あまりにも重すぎて。彼女の傷口を癒すことは出来ず、ただ隣に立ってあげることしか出来ないと、そう悟って。

 

 

 それは、彼女を茨の道へと進ませる手助けになるとも、気づかぬままに。

 

 

「……ねぇ、また聞かせてよ、えれなちゃんの歌。またここで、歌ってよ。聞きに来るからさ!」

「……うん。ありがとう、優真くん」

 

 えれなちゃんは笑顔でそう言うと、滑り台の外へと出た。それを追いかけると、えれなちゃんはもう入口近くまで進んでいて──

 

 

 目の前に止まった、大きな黒い車の前で、涙を流しながら──笑っていた。

 

 

 

 

「───また()()()()

 

 

 

「えっ──」

 

 その言葉の真意を問いただす間も無く、彼女はその車に乗って去って行ってしまった。

 

 

 そして俺はもう、彼女に会うことはなかった。

 

 再会を為さぬまま、俺はこの地を去り。

 

 引っ越しを続ける日々の中で、廃れて行った俺の心は。

 

 

 ──えれなちゃんのことなど、忘れていたのだ

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…………」

「な?気持ちいい話じゃなかっただろ?」

 

 全てを話し終えた俺は、希の無反応に苦笑を浮かべる。

 希は今、何を思うのだろう。

 その悲しげな顔の意味は、俺への失望か、それとも怒りか。

 

 ややあって、希はゆっくりと口を開いた。

 

「……忘れてたのは、優真くんが悪いわけじゃないよ。一度しか会ってなかったわけだし」

 

 予想外に、俺へのフォローが来た。優しい希は、先ずは俺の心情を慮って、俺の自己肯定感を高めようとしたのだろう。

 

 でもそれは──

 

「……いや、違うんだよ」

「違う……?」

「……絶対に、忘れちゃいけなかったんだ。他の何を忘れても……これだけは、これだけはっ……!」

 

 希の優しさは嬉しい………が。

 きっとこれも、希が動揺して取り繕った俺へのフォローなんだろう。関西弁が抜けて標準語になっていると言う点が、希の動揺を如実に表している。

 

「統堂英玲奈が」

「無理しなくていいよ、優真くん」

「……えれなちゃんが俺に言ったこと、覚えてるか?」

「……うん、覚えてるよ」

 

 

 

──『私はまた、あなたに会うためにっ……!』──

 

 

「『あなたに会うために』……この言葉の先はもうわかるだろ?」

「……『あなたに会うために、アイドルを』、かな」

「ああ、きっとそうだ」

 

 彼女は覚えていた。俺との約束を。

 故に、アイドルの道へと進み、絶対女王A-RISEのメンバーにまで登り詰め、スクールアイドル界の頂点へと辿りつこうとしている。

 

 何らかの理由で俺に会えなくなった彼女は、両親と同じように俺を探したはずだ。

 自分の歌を上手だと言ってくれた俺が、彼女に気付くはずだと信じて。

 

 それなのに。それなのに……!!

 

「……()()()()()なんてことが……許されるわけないだろ…………!!」

 

 辛いこともあっただろう、身寄りもなく、支えもなく、ただ1人で上り詰める頂への道。それは険しく、容赦なく彼女を傷つけただろう。

 

 ──そのことを、これまで忘れていた?

 

 ──その道へと、背中を押したのは、応援したのは、あの日の俺なのに?

 

 そんなことが、許されるはずもない。

 

 もし、もしも。

 彼女を支えていたのがあの日の俺の応援なら。

 厳しい茨の道を進む上での支えが、俺の応援だったなら。

 

 それはもう応援なんかじゃない──()()だ。

 

 俺の言葉通りにアイドルを目指し、俺に再会するためにアイドルを目指した彼女へと、俺はあの日なんて言った?

 

 

──『……悪いが、何のことやらわからない』──

 

 

 傷つけたはずだ、苦しませたはずだ。

 悲しませたはずだ、哀しませたはずだ……!

 

 俺は、えれなちゃんになんてことを──

 

 

 その時。

 

 

「……落ち着いて」

「っ……希」

 

 

 スッと。俺の頬に、彼女の細い指が触れた。

 冷たく、少しだけ震えたその指先が、溢れ出る自省で高熱を帯びた俺の思考回路を、ゆっくりと冷やしていく。

 そして希はいつものように優しく俺に笑いかけながら、口を開いた。

 

「……凄い顔してたよ、優真くん」

「悪い、でも……」

「自分を責めたって何にもならない。優真くんの悪い癖だよ。何も出来なかった自分を責めて、苦しんで、自分をすぐに絶対悪にしようとする。そんなことしたって、何も変わりなんてしないのに」

 

 少し怒ったように顔をむくつかせたが、それもすぐに笑顔に戻る。

 

「……ごめんね、さっき嘘ついちゃった。きっと優真くんは、英玲奈さんを傷つけたと思う。私が同じ立場なら、必ずショックを受ける」

 

 でもね、と続ける希。

 

「……覚え続けるのも、難しかったと思う。私は知ってる。優真くんにも、英玲奈さんと同じくらい大変なことがあったってこと。自分の心を守りながらその約束を覚えていくなんて……いくら優真くんでも無理だと思うの。忘れちゃったことは、取り消せない。英玲奈さんを傷つけてしまったことも取り消せない。だから優真くん──英玲奈さんと、もう一回しっかりと話をしてあげて」

「っ……!」

「優真くん、あの時断ったでしょ?英玲奈さんの提案」

 

 

──『……今日は、これで、失礼する。だが君とは…改めてゆっくりと話したい』

『……俺と君は敵同士だ。馴れ合うような真似はしない方がいいと思う』──

 

 

「あれは私達のためだってことはわかってるし、凄く嬉しい。でもそれで優真くんが傷ついたままなのは……私は嫌だな」

「でも……俺はもう、えれなちゃんの夢は応援できなくなった。だって俺はμ'sの……」

「そうだね。μ'sのメンバーだからA-RISEの応援はできない……そう考えちゃうのも無理ないと思う。でも優真くん。

 

──()()()()()()()()()()()()と、()()()()()()()()()()の両立は、きっと出来ると思う」

 

「えっ」

 

 予想だにしない言葉に、思わず声が出た。

 

「考えてみて。もし、英玲奈さんがA-RISEじゃなかったら、優真くんは英玲奈さんを応援できなかったかな?」

「……いや、μ'sの味方をしながら応援もできたはずだ」

「ね。問題を複雑にしちゃってるのは、μ'sとA-RISEの関係性の方なんだよ。キミはきっとその関係性に囚われすぎてる。A()-()R()I()S()E()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 違うよね?英玲奈さんの夢は、()()()()()()()()()()()()()()()じゃないんだから」

 

 ──あぁ、そうか。

 

 心の靄が晴れていく。

 そうさ、出来るはずだ。えれなちゃんの夢を応援しながら、μ'sの勝利のために尽くすことは。出来るはずなんだ。

 あとは心持ち次第。俺が情に流されず、必要以上にえれなちゃんに肩入れしなければ、きっと両立は出来る。

 

「希……ありがとう。俺、話してみるよ、えれなちゃんと」

「礼なんて要らないよ。いつもキミが私の重荷を背負ってくれてるんだもん……たまには私にも背負わせて?」

 

 気恥ずかしかったのか、少し頬を赤らめてふふっと笑う希。

 

 そんな希に俺は──

 

「……え」

「お礼。嫌だったか?」

「や、えと、その、やじゃない、です……」

 

 俺の唇が触れた額を抑え、真っ赤に赤面した希。その様子を見て俺は笑い、そっと彼女の頭に手を乗せる。

 

「……ありがとう、大好きだよ希」

「こ、こちらこそ……」

 

 最近わかってきたが、希は俺に不意を突かれると相当動揺する。

 そんな希の様子がおかしくて、俺はいまだに赤面する希を尻目に、声を出して笑うのだった。

 

 




優真と英玲奈の過去でした。
序盤からこの話までが、2期1章の扱いです。次回から新章に突入します!
主役はもちろん……あの2人……!

今回もありがとうございました!
感想評価お気に入りアドバイス等お待ちしてます!

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