夜空の武偵   作:トナカイさん

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思ったより遅くなった。こんなはずでは……。


Ammo14。友情は過ごした時間とは関係ナッスィィィング?

ちぃ、まいったな……。

 

内心溜息を吐きながら目の前にいる熊達を見据える。

その数三十五体。俺達の野営場を囲むように取り囲んでいる。

巻に啖呵を切ったが、正直倒すのは骨が折れそうなくらい大変だ。

なんせ、今の俺にはマトモな武器がないからな。

熊相手に支給されたサバイバルナイフだけでは心許ない。

一体、二体ならまだしも三十体以上をナイフだけで倒すことは……できなくはないが、この先のことを考えるとナイフは残して置きたい。まだ半分しか登れてないからな。あの爺ちゃんのことだ、熊以上の罠や猛獣を用意しててもおかしくない。

その時、武器は必要になる。

だからナイフは使いたくない。

……素手で、片手でやるか。

ナイフを左手に握ったまま、俺は右拳を握り締め気合を入れる。

 

「おっし……かかって来いや!」

 

武器を持つ左手を使わなくても、俺の右手は爺ちゃん直伝の愛ある拳が使えるからな!

だから、大丈夫!

自分自身に喝を入れて、熊に突っ込む。

俺が駈け出すと熊達も駈け出した。

大きな掌にある肉球の先。その先から伸びた鋭く尖った爪を光らせ、獲物を引き裂こうと腕を振り下ろしてくる。

俺は左手に持ったままのナイフを強く握り締める。左手甲にあるルーンが光り輝く。

と、その瞬間。まるで背中に羽が生えたかのように身体が軽くなる。

風になる。

風と一体になったかのような感覚で駈け出し、襲ってくる熊達に愛ある拳を叩き込んでいく。

躊躇わずに、自身が抱える体質を活かして普通の子供より硬い拳を叩き込んでいく。筋肉全開で!

四体、五体目を倒し、六体目に駈け出していこうと思ったが、熊達の行動がその時から変わった。

学習したのか、俺一人を囲むように同時に攻めてきたのだ。

これはマズイ。そう思った時には遅く、俺は前後左右を囲まれて、強烈な熊パンチをその身に喰らってしまう。ガンダールヴの能力で一時的に身体能力が上がっているとはいえ、熊のパンチに耐えられるような防御能力はない。ガンダールヴの能力はあくまでも『どんな武器も使えるようになる』という知識と、身体の動きが素早くなる、それだけだからな。そして、俺はまだ自身の体質である先天性筋形質多重症を使えこなせていない。もちろん、雷神は使えない。

高圧電流などの『刺激』を受けなければ俺は自身の身体を強化できないのだから。

腹部に強い衝撃が走る。

 

「かっは……」

 

胃の中のものが逆流しそうになった。かなり鋭い一撃だった。

まるで爺ちゃんの愛ある拳並みの一撃だ。俺は勢いよく後方に吹き飛ばされたがそれで終わりではなかった。

吹き飛ばされた先には別の熊がいて、さらに鋭い熊パンチが炸裂する。

 

「がっ……!」

 

まるでランバージャックみたいだな。逃げ場がない檻の中に放り込まれた気分だ。

背後から鋭い一撃を受けた俺はよろめきながらも、踏ん張り倒れずに立ち向かう。

ナイフを使うべきか? ……いや、今の状況ではナイフがあろうとなかろうと大して変わらないな。

ナイフを振るうにも熊に近づかなければいけないのだが、この熊達、連携して襲いかかってくるせいで近づく隙がない。間合いに入ろうと無理して近づけば熊爪(ベアーズクロー)の餌食になりそうだ。

かといって、逃げようにも周りは熊だらけで逃げ場がない。

まさに絶対絶命な感じだ。

普通なら詰みな状況だ。

そう。『普通』なら。

 

「しゃらくせえ」

 

俺は握っていたナイフを空中に浮かべるように置き、ナイフから手を放す。

そして、握り締めていた右手を開き、合掌するように両掌を合わせた。

 

「星空流無手0式……睦月(むつき)

 

合わせる時、素早く両掌を叩く。

ただ、それだけの動作で周りに集まっていた熊達は気絶していく。

これは振動によって相手を気絶させる技。

腕橈(わんとう)骨筋と長掌(ちょうしょう)筋を鍛えれば誰でも出来るただの猫騙しじゃ!」……と爺ちゃんは言ってたけどな。それもどうかな。長掌筋自体、日本人の5パーセントは持ってないと言われ、日常生活を送る上で、そもそもあまり意味ない筋肉のはずだし。爺ちゃんは指パッチで同じことが出来る。まあ、指パッチでやるのと比べたら確かに出来るかもしれないが……いや、出来てたまるかー!

一人突っ込みを入れながら残った熊達に近いていく。

今ので十五体は倒した。

残りは二十体ほどだ。まだ多いが、それでもさっきよりかはマシな状況だ。

今ので怖じ気付いたのか、熊達は後ずさっているからな。

殲滅も時間の問題……と思ったのだが、そうはいかなかった。

木々の中から「グォォォオオオオオオオオ!!!」と唸り声が聞こえ、ずしんずしんとそいつは姿を現した。

中から現れたのはヒグマ。おおくま オオクマ 大熊 グリズリー……何で本州にヒグマがいんだよ⁉︎

全力で突っ込んだ。

いや、だって……あり得ないだろう。

ツキノワグマならまだ分かる。

もともと、この雲取山近辺に棲息してるみたいだし、本州の山間部ならいてもおかしくないからな。

だが、ヒグマは基本的に本州には棲息していない個体だ。

可能性があるのは動物園から脱走した個体か、人為的によるものだ。

後者の場合、誰が? となるがこんなことしようと思うのは一人しかいない。

 

「やりやがったな、爺ちゃん……」

 

あの爺ちゃんがおとなしくしてるはずなかった。

筋肉を鍛える為なら孫を真夜中のサファリパークに放り込むような人だ。

ほぼ丸腰な状態でヒグマと闘えとか、十分あり得る話だ。

くどいようだが、人間が素手で勝てるのは犬が限界だと言われている。

だが、爺ちゃんは昔、素手で象をひっくり返したとか言っていた。

つまり、人間辞めた人間なら不可能ではないということだ。

ということは。

 

「……俺、勝てないな。つうか、勝ってはいけないラインだと思う。ヒグマ倒したら確実に越えてはいけないライン越えたことになる」

 

つまり。

 

「逃げるが勝ち!」

 

俺は全速力で撤退しようとした。しかし、それを察したのかツキノワグマ達は俺の前に立ち塞がる。

今はお前らの相手してる場合じゃねえんだよ!

内心叫びながら気絶させようと両掌を鳴らそうした。

しかし、俺が両掌を合わせるより熊が俺に向かってくる方が早かった。

鋭い爪で引き裂かんとする熊達。筋肉探知(マッスルレーダー)を使い、熊が動くたびに発せられる筋肉の動く音を聞き回避する俺。

その攻防は続いた。

体感時間的には二、三時間だが現実的には数分だったのだろう。

ずしんと、俺の背後にヒグマが立ったのが解った。

ああ、もう逃げられないなこれ。

 

「仕方ねえ、やるしかないか……」

 

覚悟を決めた俺はまずはツキノワグマ達を戦闘不能にすることにした。

近いてきた個体は爺ちゃん直伝の愛ある拳で吹き飛ばし、離れた個体は『睦月』を使って気絶させる。今ので12体は倒せた。

ヒグマの攻撃は筋肉探知(マッスルレーダー)で回避した。

どんな巨大な力があろうと当たらなければ意味がない!

生物である以上、筋肉は動く。筋肉が動く時僅かな音が聞こえる。その音を聞き回避すれば攻撃は当たらん。当たらなければ如何ってことない。つまり……筋肉最強! 筋肉イェーイ!

……って、あっ、ヤバイ。俺も筋肉神に毒されてる⁉︎

正気に戻った俺は頭をブンブン振ってヒグマに向き合う。

 

「あんまり調子に乗んなよ! 青っ鼻のトナカイ船医さんも言ってたけどな、どんだけ図体がデカくても生物なら避けらない致命的な弱点があるんだからな」

 

ヒグマを確実に倒す為にも、先ずは周りのツキノワグマ達をどうにかしないと。

一斉に襲われたらどうしようもない。数に暴力の前には人間は無力なんだから。

そんな事を思っていた時だった。ゾクッとした。

お前みたいな人間がいてたまるかー⁉︎ ……なんて、いう突っ込みをされた気がする。

今、一瞬……光ったような?

気のせい、だよな? 誰もいないし。

周りにを見回しても熊達と、何故か足元に転がる焼かれたヤモリの死骸しかない……気のせい、だよな?

何度見回しても人っ子一人いない。黄色くない熊さん達はいるけど。

首を傾げつつ、熊達に向き合う。

ツキノワグマを見ると、何故だか怯えていた。

じり、じりっと後ずさる。

動物に怯えられるとか、なんだろうこの気持ち。

動物好きな俺にとって、敵対してる熊だろうが、怯えられるのは気持ちいいものではない。

ツキノワグマ、できれば持ち帰りたい。

モッフモッフにして、抱き枕にしたい。

毛皮、メチャ気持ちよさそう!

 

「モッフモッフ、毛皮、非常食……ほら、怖くない、怖くないよ〜?」

 

「って、何やってんのよー!」

 

ツキノワグマに突撃しようとしたら、誰かに頭を叩かれた。

いや、誰かってのは声で解る。

 

「俺のモフモフタイムを邪魔するなんて……酷い奴だな、巻は」

 

「アンタの行いの方が酷いわよー! モフモフタイムに毛皮と非常食は入らないわー」

 

巻に突っこまれた。

オカマに常識な事を言われるなんて……。

 

「何故、ここに?」

 

逃げたはずじゃあ。

 

「逃げれるはずないわ。馬鹿共は逃げようとしたけど、全員しょっ引いてきたわ。アンタを助ける為に!」

 

「なんで、どうして……」

 

俺を助ける理由なんてないはずだ。たまたま声をかけて仲良くなっただけの奴を。チームメイトだから? 俺が爺ちゃんの……『一騎当千』の孫だから? コネ目当てか? そう思った。

自分でも捻くれ者だと思う。だけど、この時の俺は巻を完全に信用してはいなかった。

名声や人脈の為に近いてくる馬鹿な奴らを小さな頃からたくさん見てきたから。

だから簡単に信用なんて出来なかったんだ。

 

「そんなの決まってるじゃない?」

 

巻は言葉を切ると、右手人差し指を天に向け宣言した。

 

仲間(ダチ)だからよ」

 

仲間。それは一種の絆。

武偵憲章にも確かにこうある。

『仲間を信じ、仲間を助けよ。』……誰かを助けるのは意外と簡単だ。だが、誰かを信じるのは難しい。

信じる、信用する、信頼する。

言うのは簡単だが、実際に実行できる奴はどれだけいるのだろうか? 行動を起こすのは難しいこと。

なのに、巻はさも当然のように言ってくる。

 

「アタシは男でも、女でもないオカマだけど……人の道は外れないわ。

アタシ達を危険な動物から遠ざけようと身を徹して守ろうとしてくれた’’仲間(ダチ),,を置いて逃げたらアタシはもう人でなくなる。

なにより、アタシ嫌いなのよね〜〜〜恩を忘れる奴って。だから、助けに来たわ。アタシとアンタが過ごした時間は短いかもしれない。けどね……。

友情を育むのに、『強さ』も『弱さ』も、『性別』も……過ごした『時間』さえも関係ナッスィィィング!!!」

 

まるでどこぞのオカマ拳法家みたいなことを言う巻。

 

「……好きにしろ」

 

ぶっきらぼうに言った俺に巻は苦笑いを浮かべる。ぶっきらぼうに言いつつ、内心かなり嬉しかった。巻とは出会ってまだ時間は経ってない。友情を結んだが、顔見知り程度の間柄だと思っていた。

だから、この合宿が終わればもう会うこともないと思ってた……のに。バッキャロー!

そんなこと言われたら嬉しくないはずないじゃないか!

巻は俺の前に出ると、木の棒を片手に持ち、構え、そして、ツキノワグマに向かって駆け出していった。

 

「オラオラ、オカマ舐めんじゃないわようー!」

 

木の棒で熊の頭を殴る巻。殴られた熊は「クゥゥゥン」と弱々しく鳴いて後ずさる。

 

「アタシは将来、世界最強の陸将になるオカマよ! こんなところで熊如きに負けてたまるもんですかー!!!」

 

木の棒振り回し、逃げる熊を追い回す巻。その光景に触発されたのか、他の奴らも。

 

「巻さん、凄え……」「巻さんみたいなオカマでも出来るんだ。なら俺も……」「よし、俺もやってやる! やってやるぞー!」「続け、巻さんに続けー!」叫びながら、木の棒片手に飛び出した。

彼らの剣幕に恐れをなしたのか、ツキノワグマは後退していく。

俺の前に残ったのはヒグマだけとなった。

ヒグマは逃げ回るツキノワグマに向け、咆哮を上げる。

咆哮を向けられたツキノワグマはビクッと震え、動きを止める。

そこにチャンス! とばかりに巻達が遅いかかる。

周りを囲みながら一頭ずつ、確実に仕留める巻達。

まるでハイエナのように、ツキノワグマに群がっていく。

 

「うわぁ、熊達に同情するなー」

 

オカマの底力見させていただきました。にしても巻のカリスマ性半端ねえな。

巻の隠れた才能に驚愕してると、空気を読まないヒグマが咆哮を上げる。

ああ、もう。うっせえーな。

 

「せっかくの巻の見せ場を台無しにしてんじゃねえよ!」

 

ナイフを握り、ヒグマの前に出る。

ナイフを握り締めた左手から力が溢れ出る感覚を感じながら、ナイフをヒグマに向けた。

 

「今の俺はもう、負ける気がしねえ!!!」

 

力が溢れてくる。身体が軽くなり、今なら何でも出来るような、出来ないことは何もないんじゃないかと思えるような、そんな高揚感に包まれる。

これは何だろうと考え……ああ、そっかと、この感覚に心当たりがあることを思い出す。

ガンダールヴの強さは『心の震え』で決まる。

怒り、悲しみ、憎しみ、喜び……感情によって心を震わせることで強さが変わるのだ。

巻の友情を育くのに時間は関係ないという発言を聞いて、俺の心は感謝と喜びでいっぱいになったんだ。

 

「グオオオォォォーーー!!!!!」

 

ヒグマはそんなこと知るかボケ〜と言いたげに駆け出してきた。

俺はナイフを握ったまま、一直線にヒグマに向かって駆け出した。

ヒグマと俺の体が交錯する。

ヒグマの長い爪が俺の身体を八つ裂きにせんとばかりに、遅いかかる。

 

「遅い」

 

俺はヒグマの動きを見るまでもなく、身体を動かし飛び跳ねて避ける。

高く跳躍したまま、ナイフを素早く振るう。

ザシュッとナイフが毛深い毛に覆われたヒグマの皮膚を切断する音が鳴り響く。

地面にストンと着地を決め、ヒグマに背を向けたまま、立ち止まる。

直後、ヒグマは「グウウウォォォォォォオオオン」と断末魔を上げ、ズシンと地面に倒れる。

残っていたツキノワグマを蹂躙していたチームメイトはその声を聞いて振り返る。

直後。「うわわわぁぁぁああああ!!!」と歓声が上がる。

「凄え、ヒグマ倒したぞ! 熊鍋できるな」「バカ、毛皮獲る方が先だろ!」「熊鍋……熊鍋……じゅるり」「熊の素材……売れば……ヒャハハ!」チームメイトの目に円マークが浮かぶ。

しばらく狩りをしなくても食料には困らなくなったが、倒した数多くないか?

 

「やったわね! さすが『一騎当千』のお孫さんってところね。まさかヒグマを倒せるなんて思わなかったわ」

 

返り血を浴びたのか血塗れのまま、巻が身体を引きづりながら側に近寄ってきた。

手にしていた木の棒は先端が折れ、歪みまるで鎌のような形になっていた。

その姿を見たチームメイトから巻は畏怖と尊敬の念を込められ、『血塗れ(ブラッディ)(カマ)』と密かに呼ばれることになった。

そんな巻とお互いの無事を喜びあったあと、ふと気になっていたヒグマのことを聞いてみた。

 

「なあ、この辺りってヒグマ出るのか?」

 

この辺りの事に詳しい巻に聞いてみたが。

 

「はぁ? そんなことあるわけないでしょ〜〜〜ヒグマなんて、本来本州にいない動物よォ?

ワタシにも何がなんだかさっぱりなんだからー!!!!!」

 

怒鳴られた。いや、そんな八つ当たり気味に言われても知らんがな。

まあ、巻が知らないってことは……。

と、その時。

 

「がっははは! 随分と手こずったようじゃのぅ、昴よ」

 

声をかけられた俺が振り返ると、そこには自衛隊の制服に身を包んだ爺ちゃんの姿があった。

後ろに三体のヒグマを引き連れて。

 

「さあ、身体が温まったことじゃし、準備運動は終わりじゃ!

ここからが筋肉合宿の始まりなのじゃ!

まずは、このヒグマを担いで頂上まで登るのじゃ!!!」

 

お手本だとばかりにヒグマを片手で持ち上げてダンベル代わりにしながら告げる。

 

「ホッシーズ・ブートキャンプの始まりじゃ!」

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