オーバーロードと七回死んだ灰色の大狼   作:龍龍龍

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友を求めて

 目が覚めたシフは、自分が見たこともない森の中にいることに瞬時に気づいた。

 

 そこは自分がこれまでいた薄気味悪い森ではなく、清々しい陽光が梢から差し込む気持ちのいい森だった。どこに行っても淀んだ空気が漂っていた世界とは比べものにならないほど、空気が澄んでいる。

 森の中に点在しているはずの狩人たちが一人もいない。歩くキノコも、ツタ植物も見当たらない。

 森の匂いを嗅いだシフは、地面に倒れていた自分の体をゆっくりと起こす。理解不能な状況に戸惑いつつ、シフはその四つの足で立ち上がった。

 ところが、不意に眩暈がシフを襲い、ぐらりとその体が傾いで再び地面に倒れてしまう。あの不死者によって与えられたダメージがまだ残っているのかとシフは感じたが、傷が残っている様子はない。そもそも致命傷だったのだから、もし残っているとすれば遠からず死ぬだろう。

 ダメージはないはずなのに視界がグルグル回り、シフは混乱しつつも再び立ち上がろうとする。手足をばたつかせて、なんとか起きあがった。

 

 その時、シフの鼻孔にある匂いが飛び込んできた。

 

 シフは視界が揺らいでいることにも構わず、立ち上がってそちらの方に歩き出した。近くに落ちていた愛用の剣をくわえていくのも忘れ、ただその匂いがする方に歩き出す。

 それは、もう何百年も嗅いでいなかった匂い。

 

 シフの大好きな、相棒であり、親友である騎士アルトリウスの匂い。

 

 それが確かに感じられた。どれほど離れているかはわからない。あるいはシフの勘違いだったのかもしれない。それでもシフはその匂いに引っ張られるように、ふらつきながらも必死に足を進めていった。

 途中、意識が遠くなって倒れ込み、巻き込んだ木々をなぎ倒してしまっても、何度無様に転んでも、そんなことはシフにとってはどうでもよかった。

 

 またアルトリウスに会える。その想いがシフの体を動かしていた。

 

 どれほど歩いたか、シフ自身わからないほどの時間がすぎた頃、不意に目の前の茂みから一体のオーガが現れた。

 そのオーガはシフの立てる騒音に引き寄せられて、様子を見に来たようだった。

 シフの大きな姿を見ると思わず逃げ出しそうになったが、シフがふらふらしている様子であることに気づいたのか、ニヤリと笑みを浮かべる。

「きょう、うまいにく、くえる」

 たとえ大柄な肉食動物であろうと、弱っているところを攻撃すればあっさり殺せるはず。

 そう考えたオーガは、手に持った棍棒を握りしめ、シフに近づいた。シフが大きいとはいえ、オーガもそれなりの大きさだ。シフが弱っていることも含め、十分勝ち目がありそうに思えた。

 シフはオーガの放つ強烈な臭気によって、辿っていたアルトリウスの匂いがかき消されたことに、ぼんやりとした頭で気づいた。

 アルトリウスの匂いが辿れない。

 

 それを理解した瞬間、シフはオーガを殺気の籠もった眼で睨み付けた。

 

 シフの眼を真正面からのぞき込んでしまったオーガは、その睨みつける視線だけで全身が凍り、動かなくなるのを感じた。たまたまその周囲にいた小さな鳥が木の枝から落ちて、地面に激突して死ぬ。少し離れたところにいた小動物は、何の躊躇もなく巣や縄張りや餌などを捨てて、できる限り遠くに離れるべく一心不乱に逃げ出していく。

 それは上空から見ていればまるでシフを中心とした爆弾でも破裂したかのような騒ぎだった。

 シフは唸り声をあげかけ、急にそれをやめた。目の前にいるオーガは、すでに事切れていたからだ。立ったまま、棍棒を振り上げた体勢のまま、もはや動く気配すらない。あまりの殺気の強さに、体も心臓も魂すらも凍り付いて死んでいた。

 あまりにあっけなく、牙や爪を振るうまでもなく死んだオーガの姿に、シフはあきれつつ、その横をすり抜け、臭いがしない位置に移動して再びアルトリウスの匂いを探す。

 しかしどこにどう移動してもアルトリウスの匂いはしなかった。まるで最初からその匂いは幻であったかのように、忽然と消えてしまっていた。

 喜びに満ちていたシフの心は、アルトリウスの匂いが消えてしまっていることを自覚した瞬間、一気に反転して絶望に満ちた。

 アルトリウスに会えない。

 アルトリウスに会いたい。

 会えると思ったのに。

 

 シフはその両目から大粒の涙を流しながら、天に向かって遠吠えをあげた。

 

 まだ幼いただの子狼だった頃、散歩中にアルトリウスとはぐれて森の中に一匹取り残された時のことを思い出す。そのときはシフがあげた啼き声を聞いて、アルトリウスが探しに来てくれた。

 当時からすでに立派な騎士だったアルトリウスの隣に並び立てるような自分を目指していたシフは、彼に甘えることをよしとしていなかったが、その時ばかりは飛びついてアルトリウスの腕に抱かれたものだ。

 アルトリウスも鍛錬の時は厳しい男だったが、そのときばかりは優しくシフを抱き上げ、落ち着くまで頭を撫でてくれたものだ。

 そのときのようにアルトリウスが迎えに来てくれないだろうか。

 無骨ながらも優しい手付きで、自分の頭を撫でてくれないだろうか。

 

 だが、アルトリウスは現れない。

 

 シフは急に気が遠くなる感覚がして、その場に崩れ落ちた。頬に地面が触れている感触がする。力が抜けて立つことができない。

 この森には先ほどのオーガのように、敵対意思を持つ者がいるかもしれない。

 しかし、絶望に暮れるシフにはそんなことはどうでもよく、意識が遠のくままに任せて気を失った。

 

 

 

 

 シフが完全に意識を失ってしばらくして、その場に慎重な足取りで現れた者がいた。

 

 

 

 




 今作中におけるシフは、ダークソウルと言うゲームに存在するボスキャラのシフが転移したというわけではなく、実際に異世界としてダークソウルの世界が存在し、そこに実在するシフが転移したという扱いです。
 そのため、オーバーロードでいうところの「プレイヤー」の立ち位置に限りなく近い存在です。

 また、七週目のシフということでわかる人にはわかると思いますが、強さの基準はオーバーロードにおけるカンスト勢(100レベル)と同じ扱いです。

 ただし、特別なスキルとか魔法は持ちません。
 ただひたすら純粋な身体能力値と耐性値がユグドラシル勢と比べると桁外れに高い(一部は限界突破レベル)ことで、結果的にユグドラシルのプレイヤーとほぼ互角になっています。

 また、別の異世界から転移したゆえに純粋な存在であり、シフが纏う殺気や威圧感などのスキルではない要素に関してはユグドラシル勢がスキルで発揮するレベル(スキルに換算すれば〈絶望のオーラⅤ〉などと同様)ということになっています。

 ただし、強さ的には極端なチートではありません。ユグドラシルのプレイヤー基準でいえば、アインズと同じ上の下か、辛うじて上の中に引っかかる程度です。


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