オーバーロードと七回死んだ灰色の大狼   作:龍龍龍

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※くどいようですが、ダークソウル時代の過去は基本的に捏造です。


大狼と人狼①

 骨しかない手が優しく自分の頭を撫でるのを、シフは黙って受け入れた。

 

 本来、骨だけで動くアンデッドというモンスターは敵対的な存在であり、それを打ち倒すのはアルトリウスの仕事でもある。相棒の仕事である以上、それはシフの仕事でもあり、事実何度かアルトリウスと共に旅に出た際には無数に湧くアンデッドをすべて破壊し、それを操っていた死霊術師を討伐するということもやっていた。

 しかし、現在シフの目の前にいる骸骨は違う。

 シフはその強大なソウルの力を前にして、緊張を強いられていたが、アルトリウスの方は平気な顔をして喋っていた。

「いや、しかし本当にためになる話だった。役目を終え、休んでいるところに押しかけたにも関わらず、受けれいてくれて感謝する」

 アルトリウスが軽く頭を下げると、シフの頭を優しく撫でていた骸骨――最初の死者ニトはまるで気にするなとばかりに軽く手を横に振った。

 王の知己であり、かつて世界を支配していた古竜たちと戦った際は死の瘴気を生じさせて、強大な力を持つ古竜たちを滅ぼしたと言われている。

 いまでは巨人墓地という地の底に居を構え、のんびりと長い時を過ごしている。

 そんな彼の元にアルトリウスが会いに行こうとシフを誘ったのは一週間前ほどのこと。アルトリウスは時々こうして伝説級の存在と対話し、その経験を取り込んでいた。

 すでに『大剣を振るえば天下無双』とさえ呼ばれているアルトリウスだが、その強さへの探求心はどこまで行っても収まらない。ゆえにこそ、アルトリウスはここまで強くなったと言える。

 シフは自分も着実に強くなっているとは思うものの、どこまでも先に行くアルトリウスの隣に並び立てるようになる時がいつまで経っても来ないような気がして、焦っていた。

 いつか相棒と呼ばれなくなる日が来るのではないかと、不安がシフの胸中を焦がしている。

 そんなシフを、最初の死者ニトは安心させるように撫でた。言葉はない。

 だが、高い位置にあるニトの目は、すべてを許容する深い光を持って輝いていた。それは彼と似た姿を持つスケルトンとは全く異なる光。生者を憎む目ではなかった。慈しみ、受け入れる優しさを灯した光だ。

 ニトはアルトリウスと何事かを話す。アルトリウスが驚くのが伝わってきた。

「なんと! それはありがたい申し出だ。シフもきっと喜ぶ」

 何事かと思えば、アルトリウスが楽しそうな声でシフの背中を撫でながら言う。

 

「喜べシフ。ニト殿がお前のために武器を作ってくれるそうだ」

 

 アルトリウスの言葉を聞いて、驚きを持ってニトを見上げる。

 骸骨で表情はないはずのニトだったが、シフはそこに笑顔を見た。

 

 

 

 

 シフは目の前に現れた骸骨から、ニトと同じような雰囲気を感じ取っていた。生者への恨みや憎しみがなく、理知的なものを感じたのだ。

 だから、それが倒すべきモンスターの姿をしていても襲い掛からずに済んだ。もしニトと会った経験がなかったら、例え剣がなかろうと立ち向かっていたかもしれない。

 そういえばあの剣はどこに置いてきてしまったのだろうか。

 シフがそんな風に考えている間に、骸骨と共に現れた鎧姿の女性と、冷気を纏った蟲のような存在が武器を構えていた。先ほどは敵意がなかった少女も、臨戦態勢になっている。

 もし戦いを挑んでくるのであれば、迎え撃つつもりでシフは身構えたが、臨戦態勢の三人とは違い、骸骨はゆっくりと前へと進み出てきた。

 そして、どこから喋っているのかはわからないが、低い声で話しかけてくる。

「……私はアインズ・ウール・ゴウンと名乗っている者だ。君と敵対する意思はない。牙を納めてはもらえないだろうか」

 シフは言葉を放たない。しかし言葉がわからないわけではなかった。そうでなくとも、シフは目の前にいる骸骨が敵意を持っていないことを理解していた。

 その眼窩に宿している光は、かつて会ったニトのように理知的なもので理性が感じられた。いや、そこに宿っている光はニトよりも遙かに人間らしいもので、とてもではないが一般的なアンデッドと同等のものではありえない。

 そして、なぜかシフはその目に宿る光に寂しげなものを感じた。自然とシフは牙を収め、その骸骨に――アインズに鼻先を寄せて、その匂いを嗅ぐ。死の気配は感じるものの、それは淀んでいるものではなかった。あのニトも地の底に住んでいたが、似たような匂いを纏っていたことを思い出す。

 アインズはゆっくりと手をあげ、シフの鼻先に手を伸ばす。シフはそれを黙って受け入れた。

 武器を下ろすようにアインズが配下の三人に向かって言うと、それに従って三人は武器を下ろす。しかし、シフはそのうちの一人から妙に強い敵意を感じることに気づいた。それを放ってきているのは全身を鎧で覆った女性だ。顔を覆う兜にあるスリットは細く、どんな表情を浮かべているのか見えなかったが、明らかに友好的なものではない。

 他の二人も、決して安心しているわけではなく、シフがどのように動いても対応できるように気を張ってはいるようだが、それとは全く違う次元の何かを、その鎧の女性からは感じた。

「ルプスレギナ?」

 アインズがそう声をかけているのは、その背後に控えている三人ではなく、さらにその先にいる存在であることにシフが気づき、その目をその存在へと――若い少女に見える存在に視線を向けた。

 

 

 

 

 その時、灰色の大狼に視線を向けられた時のルプスレギナの心情は、何かに例えることが難しい。

 端的に言ってしまえば、彼女はナザリック地下大墳墓に属する者以外はどうでもよく、いかに巨大な力を持つ存在がいようと、それは至高の御方々に比べれば特に意識する必要もない存在だ。

 強いて言うなら、自身の加虐的趣味を満足させてくれるような相手であればよし、という程度だ。

 だが、その大狼を前にしたルプスレギナの思考を支配していたのは。

 

(なんなんすか! このイケメン狼はああああああぁっ!?)

 

 という感情だった。

(うわ、超格好いいっす! めっちゃつややかでいい毛並みっす! こんな狼がこんなところにじほいほいいるなんてこの世界どうなってるんすか!? やばいっす直前までカルネ村に行ってたからちゃんとお風呂入ってないっす! 臭いは大丈夫っすかね? っていうかあの狼からすごくいい匂いがするっす! なんでっすか!? うわああああああああああああ!)

 それはルプスレギナがこれまで生きてきた中で、経験したことがない衝動であり、感情だった。

 ナザリックの者達が至高の御方々と呼ぶ者達に対して抱いているのとは、まったく別ベクトルの感情の奔流。ルプスレギナはそれに翻弄され、上手く思考を切り替えることも出来なかった。

 そこに、激怒した声が飛ぶ。

「ルプスレギナ・ベータ! アインズ様の御言葉を無視するなど、なんたる無礼なの!」

 アルベドの声だった。殺意すら籠ったようなその怒声に、ルプスレギナは自分が完全に意識を灰色の大狼に奪われていたことを知る。

 見回せば、灰色の大狼とその傍にいるアインズ以外、三人の階層守護者から程度の差はあれ、激怒の視線を向けられていることに気づく。

「も、申し訳ありません!」

 慌てて膝をついて謝罪する。アルベドはさらに何かを言おうとしたようだが、それはアインズが止めた。

「よい、アルベド。この狼からの重圧に気を取られてしまったのであろう。100レベルに到達しているお前たちと同じように考えては可哀想だ」

「アインズ様……なんと慈悲深い……しかし、いくら相手が強大であろうと、我々の存在意義は至高の御方の盾となり、剣となること。それなのに圧倒され、挙句至高の方のお言葉を聞き逃すなど、配下としてあってはなりません。厳しい処罰を下すべきかと」

 アルベドはそうアインズに進言するが、アインズは煩わしそうに手を振った。

「構わんと言っているだろう。……まあ、それについては後回しだ。いまは先にやることがある。ルプスレギナ。この狼と意思の疎通を試みよ」

「は、はいっ!」

 ルプスレギナは前に進み出て、アインズと狼の目の前に立つ。両者から感じるプレッシャーは、戦闘メイドのルプスレギナをして、立っているのも辛くなるレベルだ。

 その吸い込まれそうな金色の瞳に、ルプスレギナは自分が映り込んでいるのを見て、心臓が妙に跳ね回るのを自覚した。

(お、落ち着くっす……! えっと……)

 ルプスレギナは自分の種族としての感覚を総動員して、その狼を観察する。だが。

 狼はその静かな目でルプスレギナを見ていた。それだけで冷静になろうとしたルプスレギナの心がかき乱される。

 それを努めて押し込めながら、何か聞いてみようと、ルプスレギナが恐る恐る狼に話しかけてみようとした時。

 大狼がルプスレギナに興味を持っている様子を見せた。アインズの匂いを嗅いでいた鼻先を、今度はルプスレギナに向ける。

(ひいいいいい! 臭いを嗅がないで欲しいっすー!!)

 狼の習性的に仕方なく、間違ってはいないと思いつつも、ルプスレギナは心の中で悲鳴をあげるのだった。

 

 

 

 




最初の死者ニトとアルトリウスの関係について

・ニトはアルトリウスが仕えていた王と共に、古竜を倒した存在のため、場合によってはアルトリウスと接点があったんじゃないか? アルトリウスが望めば会えたんじゃないか? という妄想で、過去に接点があるということにしました。

・シフがアインズを単なるアンデッドに捉えなかった理由は、過去にニトのような存在のことを知っていたから、というわけです。

・今作でのニト様は隠居した気のいいおじいちゃんのイメージで書いていますが、恐らく原作のニト様はそんな存在ではありません(笑)

・ニト様からシフがもらった武器については、今後の作中で。

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