「てめぇ、両手に花とか朝から見せ付けてんじゃねぇ!」
校門が見えたところでいきなり後ろから怒鳴り声が聞こえたので、振り返ってみると俺に向かって襲いかかってくる暴漢がいた。
俺はその暴漢のパンチを首だけ動かして簡単に避けると、みぞおちにカウンター気味の軽い右ジャブを食らわせる。
そして暴漢が腹を抱えてうずくまるのを確認すると踵を返して学校に向かう。
「お兄ちゃん、今の何?」
奈央が顔だけ後ろに向けて不思議そうに聞いてきたので、俺は適当に答える。
「ただの頭のおかしい変態だ。気にするな」
「誰が変態だ!?」
後ろから変な声が聞こえたような気がするが無視だ。
俺は朝が弱いから変態の相手をするような元気はない。まぁ、朝じゃなくても相手したくないけど。
「……え~と、放っておいていいの?」
綾音が変態の心配をしているので、俺は「いつものことだ」と言う。
すると綾音は完全に納得したわけではないが何も言わなくなった。
よくあることなんだから気にしなくていいのに。本当、綾音は優しいな。そんなんじゃ疲れるぞ。
まぁ、初めて見たはずなのにすでに興味を失っている奈央もどうかと思うが。昨日は目元が少し似ている程度だと思ったが、案外性格も似ているのかもしれない。
「まだ話は終わってないぞ!」
俺が自分の席で奈央と話しているとさっきの変態が現れて机をドンッと力強く叩いた。
しつこい奴だな。また殴って大人しくさせるか。
「この人ってさっきの変態だよね? 何でここにいるの?」
「もしかして俺のこと覚えてないのか!? 昨日、ちゃんと自己紹介したのに!」
「……そうだっけ?」
ショックを受けている変態の姿を見て、奈央は「う~ん……」と可愛らしく腕を組みながら首を傾げて思い出そうとする。
別にこんな変態のことは思い出さなくていいぞ。ていうか、邪魔だから変態は帰れ。
俺が呪い殺すかのような視線を向けるが変態が気にする様子はない。
「……あ、思い出した!」
「本当か!?」
「確かモブ君だったよね?」
変態は一瞬安心した表情をしたが、すぐに床に手をついて落ち込みながら「……久世です」と弱々しく答える。
……この位置に頭があると無性に蹴り飛ばしたくなるな。俺はキックボクシングも少しかじったことがあるが、俺にはそっちの方があっていた。
後、奈央。久世とモブって文字数しかあってないぞ。……いや、響きも少し似ているか?
まぁ、変態――もとい久世自体がモブみたいな奴だから仕方ないか。
ていうか、よく考えたら久世とモブが似ているというのも失礼な話だよな。ここにいる変態以外の全国の久世さん、誠にすみませんでした!
「……ん?」
……今気付いたけど、この野郎、バレないように視線を逸らしながらもチョクチョク奈央の足を見てやがる。
やっぱり変態じゃねぇか。奈央の芸術的なまでに美しい足を近くでマジマジと見ていいのは俺だけだ。
まぁ、その角度からじゃあスカートの中身までは見えないのが不幸中の幸いか。……だからといって許すつもりはないが。
俺は机の中から教科書を取り出すと丸めて、掬い上げるようにして久世の顎を強打する。
「いってぇ!」
久世が顎を押さえながら悶絶する。
でもクラスメイト達は「またか」といった視線を向けるだけですぐに友達との会話なり宿題なり自分のしていた作業に戻る。中には反応すらしていない奴もいる。
綾音もこの薄情なクラスメイト達を少しは見習え。久世に心配は必要ない。
かなり頑丈だし。
「ちっ、脳震盪を起こさせて気絶させるつもりだったのに。やっぱり教科書じゃあ強度が足りないか」
「何、さらっと物騒なことを言っているんだ!?」
俺が舌打ちすると、久世は焦ったようにツッコむ。
本当、朝からうるさい奴だな。少しは周りへの迷惑も考えろ。
「お前が変態的な行動をするからだ」
「何もしてないだろ?」
「奈央の――」
「あんたが変態なのはいつものことでしょ」
俺が返事をする前に第三者が会話に割り込んできた。
何か嫌な予感がするな、と思いながら声の出所を見てみると幸せそうな笑顔で奈央に抱き付いている神崎がいた。
奈央は困っているようだが本格的に嫌がってはいないようだ。だったら止めなくていいか。
それにしても何でお前まで現れるんだよ。俺にはのんびり朝を過ごす権利はないのか?
思わず「はぁ……」と溜め息が漏れる。
久世みたいに殴れれば楽なんだがな。神崎は中身は変態でも一応、女だからそんなに酷いことは出来ない。
「どうしたの、溜め息なんてついて? 幸せが逃げるわよ?」
「……そう思うなら俺が久世といる時、毎回現れるのをやめてくれ」
いや、マジで。切実にやめてほしい。
「私程度の変態の相手で疲れているようじゃ、今日の放課後は耐えられないわよ」
神崎が楽しげな表情を浮かべる。
自分が変態という自覚はあったのか。
ていうか今、変なことを言わなかったか? 今日の放課後? 何かあったけ?
俺が不思議そうにしているのを見て、神崎が首を傾げながら聞いてきた。
「……もしかして聞いてないの?」
「何を?」
「今日、部活があるのよ」
俺の質問に対する答えは想像すらしたくないようなものだった。
自分の顔が段々、青ざめていくのが分かる。
さっきまで嫉妬に狂っていた久世ですら俺に同情の視線を向けている。
え、マジで? 今日、部活あるの? そんな話は聞いていないぞ。
もし聞いていたら学校を仮病でサボっていたのに。いや、今からでも遅くない。……学校を早退するか。
「ちなみに風上が来なかった場合は家まで押し掛けるって」
逃げ場ないじゃねぇか。本当にどうすればいいんだ?
俺は頭を抱えて考え込む。
「その様子じゃ本当に聞いていなかったみたいだね。連絡ミスかな? 会長のことだからわざとの可能性もあるけど」
ほぼ間違いなくわざとだろうな。
俺の嫌がる顔を見て楽しむつもりなんだ。相変わらず性格の悪い女だ。
「お兄ちゃんって部活してたんだね」
奈央が意外そうな表情をする
奈央の言いたいことも分かる。俺が部活をしているように見えないのだろう。実際、俺も最初は部活なんてするつもりなかったしな。
「……ああ。正式な部活じゃないから正確には同好会だけどな」
ちなみに神崎があの女のことを会長と呼ぶのは同好会だからじゃなくて生徒会長も兼任しているからだ。
「何て同好会なの?」
「…………快楽部」
答えるかどうか迷ったが結局、答えることにした。
俺の答えを聞いた奈央はポカーンとしている。安心しろ。俺も意味が分からないから。
でも、これでもマシになったんだぞ。最初は調教部とかSM部とかいう案も浮かんでいたぐらいだからな。
後、名前が部なのはあの女が生徒会長の権限を使って正式な部活にするつもりだからだ。完全な生徒会の私物化である。
10話終了です。
では感想待ってます。