炎天直下の夏盛り。照り付ける燦々とした太陽が、地面や建物、挙げ句に室内までもを加熱させる。それは人も例外じゃなく、今や私の着ているTシャツは汗でぐっしょりと濡れて張り付き、下のシンプルなスポーツブラまでもがうっすらと透けてしまっていた。ここにユー君が居なかっただけ、かなりマシか。
よりによってこんな日に限って、何故こうも気温を上げてくるのだろうと、私は窓の先に見える太陽を
こうも汗ばんでくると、流石にシャワーを浴びたい気分になる。お湯でも良いけど、出来れば水の方が最高かも。他の皆も似たような考えに至っていたのか、遂に堪えきれなくなったアイカちゃんが叫びを上げた。
「だぁぁぁーーっ! 暑い! どうしようもないくらいに暑い! 水風呂入りたーい!」
今の今まで敢えて誰も口にしなかったことを、アイカちゃんは啖呵を切るようにして言ってしまった。それが切っ掛けとなって、小刻みに震えても我慢していたツクモ先輩まで叫び出してしまった。
「このままじゃ熱中症でそれどころじゃなくなる! 海行きたい! 海ぃぃーー!」
腕を真上に突き上げてぐらぐらと椅子を揺らしていると、ギシギシと軋みを上げて後ろへ倒れかかっていた。それを絶妙なバランスで保っていたツクモ先輩は、ガシャンッという音と共にそのまま前へ倒れ、上体を机へ突っ伏す。
机にはそれぞれの課題や問題集が大きく広げられ、机を囲むように座る私達はほぼ落胆していた。こんな状況で何かに集中しろという方が酷な話なのではなかろうか。
「うーみー」
「課題が終われば、幾らでも行けるんだから頑張りましょう?」
こんな暑さの中、暑さすら感じていないんじゃないかと錯覚するほど涼やかな笑顔を崩さないミナツ先輩が、ツクモ先輩の肩を叩きながらそう言う。そのミナツ先輩の目の前には課題も問題集もなく、その代わりにツクモ先輩のもので埋められていた。
「そう言えば、ミナツ先輩は終わってるんですか?」
「ええ、昨日の内に終わっちゃったわ」
まさかの返しに、私は目を丸くする。その隣で呆れ顔のアイカちゃんが、濁った瞳で見つめながら深く溜め息を吐いていた。
「ミナツ、あんな天然マイペースなのに頭は優秀なのよ、頭は」
「ほえー、意外」
かく言う私は数学を残して終わっているため、然程問題ではないにしろ、アイカちゃんとツクモ先輩がダメだった。二人共揃って何故か物理だけ終わっているのに、それ以外がからっきしという謎。
反対にヤヤちゃんとカグヤちゃんとシャロ先輩は、互いに不足した部分を補い、教え合いながらもこの室温の中勉強していた。カグヤちゃんは日本史をシャロ先輩に教えつつ逆に英語を教えてもらい、ヤヤちゃんは国語をシャロ先輩に、物理をカグヤちゃんに教えつつシャロ先輩から数学を教えてもらい、シャロ先輩は日本史をカグヤちゃんから、国語をヤヤちゃんから教わりつつもカグヤちゃんに英語を、ヤヤちゃんに数学を教えているという構図だった。実際に効率は良かったのか、意外とスムーズに進んでいるみたい。
そうして、この模型部部室での「夏期課題勉強会」は、開始から実に四時間が経過している。早朝七時から始まったため、今の時間は十一時。もうじきでお昼という時間にも関わらず、気温は既に三十五度オーバーという猛暑日。七月後半だからまだ納得できるにしろ、やはり勉強が進まない。夏期休暇期間(要するに夏休み)の間は学校には私服での登校を許されているからそこら辺は助かっているにしろ、クーラーが壊れているのは予想外にも程がある。
(あぁ、ユー君が憎い。家でゴロゴロとしているであろうユー君が憎い……!)
偏見であって事実ではないんだろうけど、冷房の効いた部屋で例の如くガンプラ製作に勤しんでいそうなことに何故か腹が立った。……ダメだ、暑さで頭が蝕まれつつある。これじゃあ、家に帰った途端にお姉ちゃんに隙を与えてしまう……。
「ツクモ先輩の言う通り、海行きたいなぁ……」
「マサキ、お主までそれを言ってしまってはいかぬじゃろう」
ふと顔を上げてツッコミを入れたヤヤちゃんに、私は至極普通に返す。
「でも海なんてそうそう行けないよ?」
「確かにそうじゃが……」
言い淀むヤヤちゃんはしばらく考え込む素振りを見せた後、ふとそうした方が良いかと言いたげな顔をした。
「なれば実際に海へ行こうではないか。
「ヤヤちゃんのことだから別荘とか言い出しかねないような……」
「かっかっか! 不埒な輩に言い寄られるよりかは幾分も良かろう。……無論、この勉強会を終えてからの話ではあるが、それならば少しはやる気が出るじゃろう?」
私は見事ヤヤちゃんに乗せられちゃった気がしてならず、渋る顔を見せながらもシャーペンを手に取る。数式とにらめっこしつつ続けようとすると、その隣でツクモ先輩が復活した。
「おっしゃー! 宿題終わらすわよぉー!」
「うふふ、ツクモちゃんその調子よ」
「切り替え早ッ!?」
早速課題へと取り掛かったツクモ先輩の素早さに、思わずアイカちゃんがツッコミを入れていた。相も変わらずミナツ先輩だけ涼しそうだった。
■
それから数時間を掛けて、苦労してツクモとアイカが課題と問題集を終えた頃、ユウキは傾く陽射しの下を歩いていた。
理由は、近くのエ○ツーで目当てのプレバンガンプラ「HGUC Ζガンダム(ウェイブシューター)」を買うためだ。別に鑑○団でも良かったのだが、○ーツーの方が何故か安心感があったのだ。本社が静岡だからだろうか。
しかし自転車で行けない……と言うより、事故を起こしそうになるというのが、どうもユウキの中でも悔やまれる事案だ。道が狭く入り込んでいて、車自体の交通量が多いからだろう。この暑い最中を徒歩で歩くことは、ユウキにとって拷問にも等しかった。
「あー……自転車で風感じてぇ……」
最近は自動車や歩行者との事故も考慮して、自転車用の車道も所々作られているようだが、あんなものはユウキにとってあってもないようなものだった。道が狭いと、必然的に真正面からやって来る自転車が邪魔になるからだ。
道中そんな風にぐだぐだと愚痴を溢している間にも、いつの間にやら目的地の一歩手前まで着いてしまっていた。一旦嘆息し、気持ちを前向きに切り替えつつユウキは少し小走りになって駆け出す。
「ま、ウェイブシューター買えるってだけマシだな。おーっし」
店内へ駆け込むと、クーラーの効いた涼しい風が、真夏の陽射しに照らされ火照った体を適度に冷ましてくれる。
「あった!」
しっかりとΖガンダム(ウェイブシューター)の箱が置かれてあった。知り合いが多いと色々便利なものだと、改めて実感したユウキはそれを片手にレジへ向かう。精算を終え、店員に挨拶してから再び模型コーナーへ戻ると、ふと電話の着信音が鳴る。唐突に「MEN ○F DESTINY」のイントロが流れるのは心臓に悪いなと思いつつ、渋々画面の通話ボタンをタップして耳元に当てる。すると陽気な従姉の声が耳に届いた。「今日は勉強会と嘆いていた割りには元気だな」と、失礼なことを考えつつ何の用事かと尋ねる。
「今日は勉強会だったんじゃねーの?」
『ついさっき終わったのよ、ついさっき』
「んで用事は?」
『あ、そうそう!
「明明後日ねぇ。……ゼータ作り終えてたらな」
『そ。なら明日か明後日にカグヤちゃんが準備しに行くから覚悟しなさいよー』
「は? え? 何で?」
……プツン。ツー、ツー、ツー。
疑問符しか浮かばないユウキの耳に届いた答えは、既に通話が切れた音だった。
訳が分からないまま、謎の悪寒が背筋を這いずり回り、思わず息を飲む。信頼している従姉からの唐突な襲撃予告とは、流石のユウキでも「新手の嫌がらせか?」と不安になるも、直ぐに頭からそれを振り払う。今は目の前のガンプラ達を眺めよう、と。
■
それから二日後、何の前触れもなくカグヤがやって来た。見慣れた巫女服でもなく、制服姿でもなく、清楚な見た目に似合った白いサマードレスである。日焼けしたことがないとしか言い様のない、真っ白な素肌と相俟って、男を魅了させるには十分だった。……まぁ、魅了はされても襲おうとも思わないが。
結局何しに来たのかと問い質すと、カグヤはキョトンとした様子で小首を傾げる。
「ツクモ先輩から何も聞いてないのですか?」
「何も知らん」
「……はぁ。良いでしょう、準備しながら説明します」
「何かスマン」
「いえいえ。夫に頼られるというのは、嫁にとってこれ以上にないくらい嬉しいことですから」
そう言って嬉しげに俺の部屋へ向かったカグヤを見て、背筋に冷水を浴びせられたような気分になった。いつから俺の嫁になったんだよ。
取り敢えず、ベッドの下とか本棚を荒らされる前にカグヤに追い付き、押し入れの中からキャリーケースを出して床に置く。
「さっき言った通り何も知らんが、もしかして旅行とか言わないよな?」
「確か、ヤヤさんが所有している別荘だそうですよ? 六泊七日です」
予感は当たらずとも掠めてはいたようだ。でもよ、六泊七日はちと長過ぎやしませんかねぇ?
ふと俺が考え込むその間にも、何やら楽しそうに鼻唄を歌うカグヤは、俺の着替えなどを早速詰め込んでいた。元々片付けに手慣れているだけあって、かなりコンパクトに入れていく。それを見て、カグヤの口からヤヤの別荘へ行くと分かった俺は、ふと嫌な予感がした。
「まさか、男って俺だけ?」
「そうなりますよね。あっ、でもどうなのでしょう。シャーロット先輩が生徒会役員の方々にも声掛けしていたようなので、ジンナイ会長も来るのではないでしょうか」
「あの人が海ねぇ……」
……ちっとも想像付かん。
だが生徒会となると、ジンナイ会長は兎も角、シオリとメイがセットで付いてくるのは目に見えてるな。カグヤと喧嘩しなきゃ良いけど。
キャリーケースへ粗方詰め込んだ様子のカグヤは、ふと何か思い出したように顔を上げた。
「そう言えば、レイナさんも来ると仰ってました」
「どうせマサキの水着目当てだろう。……ホノカも連れていくかねぇ」
「リリカちゃんは行かないのですか?」
「リリカはプールなら大丈夫だが、海は苦手なんだ。ちっちゃい頃に海で足を滑らせて溺れ掛けて以降、海じゃ泳げなくなったからな。水が嫌いにならなくてよかったが」
「そ、そうでしたか……お気の毒に」
まるで自分のことのように悲しむカグヤを気に病まないよう宥め、俺はついでのように集合場所を尋ねてみる。
「そういや明日はどうするんだ? ヤヤん家行きゃ良いのか?」
「明日は空港で待ち合わせとのことですよ」
「空港だぁ!?」
「は、はい」
俺のその反応に驚いたようで、カグヤも目を丸くしながら小さくそう答える。
しかし空港とは予想外だった。てっきりヤヤの家から車で行くかと思っていたのだが。一体どこまで遠くへ行くつもりなのやら。
この時、ただでは終わらなさそうなこの夏のイベントに、俺は内心で戦慄を覚えずにはいられなかった。メンバーがメンバーなだけに、と言うのもあるが、それ以上に一波乱待ち受けていそうなのだ。……「夜天嬢雅家の別荘」というだけに。
つい先週辺り、図書館の帰りに何故か過呼吸起こしてしばらく近場の木陰で休んでいたら、次に脱水症状が起こって「会心の一発!」を食らったカミツです。ですがサブタイに他意はありません。ええ、ありませんとも(目泳ぎ
皆さんもお気を付けくださいね(今更感
次回は水着回ですとも。やはり十一人もの少女の水着を考えるのは苦労しますね。ヒロイン増やしすぎたと今更反省。でもキャッキャウフフが書けるなら後悔はない。
ではまた次回。