IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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11 諦めが肝心

 季節は秋。

 読書、食欲、そしてスポーツや芸術の季節と、大抵の人間は連想する季節。

 織斑三姉弟も、そんな世間の例に漏れなかった。

 今年の秋は例年と少しだけ違う。

 なぜなら、今年の夏に起きた小さな“変化”が、一つの形として身を結んだからだ。

 

「――よっし、出来た! 秋斗! 晩飯出来たって千冬姉に伝えてくれ!」

「自分で呼べよ。面倒くせぇ」

「ベランダに居るんだから、声かけるぐらい直ぐ出来るだろ?」

 

 台所で夕餉の支度を終えた一夏が、(秋斗)を呼ぶ。

 が、それに返す(秋斗)の声は、いささか鬱陶しそうである。 

 

「――別に好きでベランダに居るんじゃねぇっての」

 

 秋斗は一夏の声に一つ舌打ちをする。

 台所に隣接するリビングの、戸を開けた先にあるベランダの一角。

 そこには、風除けのダンボールをくみ上げて作った秋斗専用の模型用作業ブースがあった。

 そこで秋斗は連日、己の考案した資金策(改造模型製作)を進行していた。

 千冬と一夏が臭い臭いと喚くが故に、仕方なく吹きさらしの屋外に作った模型用の作業スペース。※(洗濯の際に邪魔だと小言を言われる事も多い)

 その場所で作業する事を自分で選んだ秋斗だが、実際の所その場所に一番不快な思いをしているのは、言うまでも無く秋斗本人である。

 秋斗は作業の手を止め、少し棘のある声で千冬を呼んだ。

 

「おい、姉貴! 飯だとさ!」

 

 秋斗は途切れてしまった集中力を惜しみながら、ベランダの手すりから顔を覗かせて一階の駐車場で竹刀を振る(千冬)を呼んだ。

 

「――あぁ、判った。直ぐ戻る」

 

 千冬は秋斗の声を受け、正眼に構えていた竹刀を降ろした。

 文武両道を体現する勤勉さ。

 学校も仕事も休日というにも拘らず、千冬は己を鍛える事に余念がない。

 その性格には実に頭が下がると秋斗は思う。

 

「――鍛錬ならいつも道場でやってるのに、何で今日は駐車場でやってんの?」

「道場に行けば後輩の指導だの何だのと、いろいろ付いて回るからな。それが煩わしかった。後、今年は少々本気(・・)を出したいからな。その為に自分の時間が欲しかっただけだ」

「ふ~ん。まぁ、よしなに……」

 

 千冬は今日、珍しく朝から夜までずっと自宅にいた。

 秋斗の齎した資金策が功を奏して時間が出来たと言うより、寧ろその逆――最近の千冬は“何らかの目的”があって、あえて自分の時間を作っているように見える。

 秋斗はそれを少し不思議に思ったが、特に気にはしなかった。

 

「――――ふふふ、今日は遂にコイツ(・・・)のお披露目だ。良く味わってくれよな!」

 

 食卓に向うと、そこでは一夏が不敵な笑みを浮かべていた。

 秋斗は夕餉のメニューをチラリと見る。

 これ見よがしに食卓のセンターに置かれているソレ(・・)を見て、思わず溜息を吐きたくなる。

 

 

「……なんだ、漬物かよ」

「おい、なんだよその言い方! もっと驚けよ!」

「すげー“糠漬け”がセンターポジションにある。こんな食卓なんて初めて見たぜー」

「……お前(秋斗)、やっぱり馬鹿にしてるだろ?」

 

 

 食卓のセンターに置かれているのは小鉢に盛り付けられた糠漬けだった。

 それは今年の夏に一夏が自ら企画を立ち上げた“農業体験”の結晶で、農家の夫妻から分けてもらった糠床と夏野菜を使って作られたものだ。

 漬けた野菜は織斑家のこだわりシェフ一夏が、自分で畑から選んで採取したキュウリと茄子。

 誤解がない様に言うが、秋斗も一応、一夏がこの糠漬けにかける思いの程を良く知っている。

 その為、口では茶化したが、結果として一つの作品として器に盛られている様を見て、その努力の結晶を決して馬鹿にするつもりはない。

 ただ単純に、今は虫の居所が悪かっただけである。

 ――――後は、ドヤ顔で出された夕食のメインが漬物という食卓に、心から心が踊らなかっただけだ。

 そしてそこへ、タオルを肩に引っ掛けた千冬がやって来た。

 

「さて、今日の夕食は――――なんだ漬物か」

「千冬姉までそう言うことを言う! 2人とも漬物馬鹿にすんなよな!」

 

 食卓を見るなり溜息を吐いた千冬に、一夏は声を荒げた。

 

「文句があるなら2人とも食うなよな!」

「いや、そうは言ってないだろ? 悪かった。ごめんよ一夏」

「そうだな。嫌とは言っていない。だがまぁ、気を悪くしたなら謝るよ。すまんすまん」

 

 食に対して一夏は一家で一番煩かった。

 小言が始まる前に秋斗と千冬は手を合わせ、箸を取る。

 

「――――食べる前に2人とも手を洗ったか?」

「…………この漬物美味いな、姉貴」

「だな。流石一夏だ」

「無視すんなよ! ってか、2人とも手を洗えよ! まず!」

「多少小汚い方が身体に免疫力がつくっぽいってアルファ部隊のコール二等兵が言ってた。だから問題ないさ」

「そう言うことを言ってんじゃねーよ! ったく、お前は本当に――――」

「一夏、食卓で騒ぐな」

「千冬姉まで!?」

 

 そうして、織斑家の秋の夜は更けていった――――。

 

 

 

 

 ――それは一夏の作り上げる傑作(料理)とは、また別の意味で非常に緻密で繊細な、実に手間の掛かる作業だった。

 なにせ一体作れば最低でも“5万”の値が付き、売れてしまう。

 あらゆるものには“市場価値”と言える価格の目安が存在するが、コレ(・・)に関してはまだ、適正な価格が備わっていない。

 故に言い換えれば、現状は『出来が良ければ物好きが潤沢な金を払ってくれる』のだ。

 改造模型――。

 それは現世において、未だ誰にも開拓されていない前人未到地(フロンティア)である。

 だからこそ秋斗はそこに一筋の希望を見出した。

 故に――

 

「ほんの数ヶ月でこの稼ぎ――まともに働くのがアホらしくなるぜ、まったく――」

 

 と、例え臭いと家族に怒鳴られても、例え雨に濡れながらの作業になっても、秋斗は改造フィギュアを作り続けた。

 そして法を犯す事も辞さない覚悟で始まった資金策は、その甲斐あって、秋斗が想定した以上の莫大な金を生み出した。

 経費を差し引いた純粋な利益だけでも130万円――。

 月で換算すると、秋斗の稼ぎは世間で言うところの平均的な社会人の所得を大きく超えていた。

 ネットバンクの残高を見て、秋斗は思わずほくそ笑む。

 が、そうした幸運も、決して長くは続かなかった――――。

 

『――しかしまぁ、派手に稼いだもんだね。かなり危ない(・・・)所だったんじゃないかい?』

「まさかこんな短期間で対策が採られるとは、予想してなかったな……」

 

 ラップトップにインストールした音声通話ソフトを使い、今日も秋斗は束と通話する。

 よほど仕事が退屈なのか、毎日のように連絡を取ってくるからだ。

 秋斗は今日も、“天災”とマンツーマンと言う世間の科学者や政治関係者が知れば、大いに嫉妬するであろう貴重な時間を過ごしていた。

 

『2ヶ月だっけ? 例のアレを売り始めてから最初の見せしめ(・・・・)が出るまでに?』

「そう。たった2ヵ月――俺は半年は持つだろうと思ってたんですけどね。腹が立つほど世間の対応が早い――――」

 

 永遠にバブル景気は続かない――。

 しかしもう少し夢を見させてくれてもいいだろうと、秋斗は思った。

 今生の社会に“改造フィギュア販売”というジャンルを開拓した秋斗の流れに続く形で、世の中の模型ディーラーが動き出したのが先月の事――。

 そして今月になり、遂に世間に改造フィギュアを作っていたディーラーの中で“逮捕者”が出たのだ。

 

『逮捕されなくて良かったね。あ、未成年なら逮捕はされないんだっけ?』

「さぁ。知らん」

 

 秋斗はニュースサイトの記事を読む。

 先日逮捕された模型ディーラーは、己の行動を罪だとは思っていなかったようだ。

 言うなれば、皆が動いて甘い蜜を吸っていたから、自分もそれに便乗した――。

 それだけである。

 しかし法律的にはグレーゾーンなので、権利会社が黒といえば、問答無用で黒になる。

 それは仕方のない事だった。

 

「まぁ、今回の逮捕は見せしめだろうし、まぁ――今後もオークションに出展自体は出来るだろう。ただ、半年に一回とかになるかな? 今度は塗装済みオリジナル改造プラモで売ろうか……」

『あっくんも懲りないねェ。いーけないんだー♪ 逮捕されても知らないよ?』

「博士にゃ言われたくねーな」

 

 幸いな事に今回の逮捕されたのは秋斗とまるで面識の無いディーラーだった。件のディーラーが逮捕された理由は、独自にwebサイトを立ち上げて版権フィギュアの改造製作を代行するという明らかな営利目的があったからだろう。

 改造フィギュアの分野ではパイオニアとも言えるポジションに居て、それでも逮捕を見逃されたのは、それが理由だろうと秋斗は考える。

 秋斗はフィギュアを、あくまでも“処分”と言う名目で吐き出した事が命運を分けた。

 だが秋斗は、速やかに改造フィギュアの市場から手を引く事を決断した。

 なので今度は、また別の分野で資金を得る準備を始めなくてはならない――――。

 

 

『今度は何をやるのかな? かな? 夏に送った“白騎士”のデータでガレキでも作る?』

「白騎士のガレキねぇ。少し前から貰った3DとCADの図面を見ながらボチボチ作ってるけど、もう少し時間がかかるかも。ワンフェスには出せないだろうから、ネットでの限定受注販売になるかな。まぁ、それより――――」

『ん? どうしたの?』

 

 秋斗は目下の悩みを束に打ち明けた。

 

「いきなり100万も稼いだ事を、姉貴(千冬)にどうやって伝えようかと思って――。仮にも逮捕者が出た手段で稼いだ金だから、詳しく説明するのは正直避けたい。と、いうか稼ぐ事に傾倒し過ぎて、どうやって姉貴に稼いだ事を説明するか、まるで考えてなかった。もしも今、姉貴が俺のネットバンクの口座を確認してきたら、俺は死ぬかも知れん」

『あ~。うん、そうだね』

「――博士」

『何かな?』

「――なんか、誤魔化す良い方法ないっすか?」

 

 仮にも天災と謳われる存在に、秋斗は縋った。

 真面目な狼とも称される織斑千冬を相手に、逮捕者が出る方法で金を稼いだ事を説明するのは、絶対に避けたかった。

 知られれば間違いなく怒られるだろう――。

 しかも、どのくらいの怒りとなるのか、まるで予想が出来ないのだ。

 秋斗は今になって己の迂闊さを呪った。

 最初に気づけ、と――。

 どうやって自分の稼ぎを織斑家に反映させるかを考えていなかった己の阿呆さ加減に舌打ちしながら、秋斗は束に助けを求めた。

 束は少し悩み、そして口を開いた――――。

 

『人間ってのはね。諦めが肝心な時もあるんだよ。だから――――』

「いやいやいや、なんかあるだろ! それでも天災かよ! まるで役にたたねーじゃねェか!」

『失礼な事を言う子だねェ!? 第一、ちーちゃんを出し抜ける方法があるなら寧ろ、私がソレを知りたいくらいだよ!』

「いやいや、博士は“織斑千冬”に怒られた人間部門のギネスホルダーだろ!? なんかあるだろ! なんか良い方法が――――」

『だからその膨大な思案回数の結果が、速やかに諦めろなの!』

「…………マジか? マジで諦めるしかないんですか?」

『マジだよ。――ごめんね』

「…………終った」

 

 秋斗は憂鬱な気持ちで吐息を吐いた。

 

「折角稼いだのに使えないとか――俺は馬鹿だ……」

 

 怒られるのを避けるなら、改造フィギュアの稼ぎの秘密も、その金も墓の下に持って行くしかない。

 しかし口座の記録に数万、数十万単位の入金記録があり、そして残高は100万を超えているのだ。

 小遣いの無駄使いをしていないかと、千冬が残高の抜き打ちチェックでもしようものなら、絶対に追及される――。

 秋斗はそれを如何にかして、誤魔化す方法を思案した。

 

「――――なぁ、博士?」

『ん? なんだい?』

「博士ってさ、どのくらいチートなん?」

『ん~、自分で言うのも何だけど超絶チートかな?』

「――具体的に言うとどのくらい? ペンタゴンとかハッキングできるか?」

『その程度、超余裕だね。と、いうか回線が通って電子制御されてる場所なら、大抵潜り込めるね。最近だと――あぁ、いや。これは内緒♪』

「なに? 人工衛星でも乗っ取ったん?」

『もっと凄い事をかな? でも、秘密。残念だけど教えてあげないよん♪』

「だったら――――」

 

 秋斗は通話の向こうで、ドヤ顔を浮かべている束の顔が見えた様な気がした。

 

「だったらネット上に架空の名義の口座って作れるか? ネットバンクの履歴を消去したりとか――――」

『その程度ならものの数分もあれば余裕だよ』

「――――マジで?」

 

 秋斗の脳裏に、状況を一変させる案が浮かぶ。

 

『なに? もしかしてあっくん、私にそれをして欲しいのかい?』

「いや――まぁ、でもお願いっちゃお願いかな」

『――――?』

 

 連日、個通をするようになってから秋斗は束の性格を何となくだが把握していた。

 なぜ短期間で把握できたかに、理由があるとすれば、ただ何となく……秋斗と束は似ていたからだろう。

 束は自分の能力を、つまらない事で無闇に利用されるのを酷く嫌う。

 そして秋斗自身も物を作る人間であり、だから無粋で無闇な要求は自分でするのもされるのも余り好きではない。

 だからこそ、だろう。

 先ずは自分でやってみる――という気概を見せるという提案の仕方を、秋斗は無意識に行なっていた。

 

 

「俺に電子分野と言うか、ハッキングとかのやり方を教えて欲しい。簡単だって言うなら口座云々の問題は自分で解決してみたいんだけどどうだろう?」

『なるほど。そういう頼り方は嫌いじゃないね。ただ“やって”って言うだけなら、あっくんの事、少し嫌いになってたかも』

「要求するだけってのは俺も好きじゃないから言わないよ。作ってくれって報酬も出さないで頼んでくる連中とか嫌いだし――――」

『居るねェ、確かに。あっくんの場合は学校とかでかい?』

「ん~まぁ、そうだね。(ぶっちゃけ前世の事だけど……)――まぁ、覚えられるのなら、自分でやり方を覚えた方が良いかなと――。まぁでも、その類の教科書なんて何処にも無いから、結局は博士頼みになるんだけど――――」

 

 おべっかに聞えるかもしれないと秋斗は思った。

 が、本心であった。

 そしてその気持ちが伝わったらしく――――

 

『うんうん、御礼をする気持ちは大事だね。それと、そう言う事なら束さんが手を貸すのも吝かではないよ♪ そっか、そっか! あっくんも電子分野に興味あるんだね♪』

「まぁ、身近にISなんてスゲー代物を作った人が居るから、興味は出るよ。ぶっちゃけ白騎士カッコいいし」

『ほほぅ。じゃあ、今日からあっくんは束さんの“弟子一号”とするよ。これからあっくんには、広大な宇宙を目指して粉骨砕身の覚悟で勉学に励んでもらうよ♪』

「――――え?」

 

 束は秋斗の提案に対して、斜め上の好意的な答えを返した。

 なので秋斗は戸惑いを隠せなかった。

 ハッキングについて勉強しようと言う気概を抱いたのは本物である。

 が、正直言うと片手間くらいの手伝いでもあれば御の字。というぐらいで考えていた。

 

 なので秋斗は、いつの間にか“天災の弟子”にジョブチェンジした己に気づき、そして焦る。

 また、押してはいけないスイッチを押してしまった様な、そんな冷や汗が背中に流れるのを感じた。

 

『束さんの作ったPCなら初心者用のデバイスとして丁度いいから、一先ずはそれで勉強する事にしよう。とりあえず教材をFFFTPに放り込んどくから、ダウンロードしてね。今、送ったよ』

「え? あ、はい―――」

『よし! じゃあ、レッスン1開始するよ~♪』

「ちょ――――

 

 そして秋斗は天才の弟子としての一歩を踏み出す事になった。

 




遅れました。さーせんした!
そしてこんなペースでボチボチやってます!
本当に気が向いたときに、更新があったらうれしいなぐらいの軽いノリで待っててくれると嬉しいです。

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