IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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14 『吉』と出るか『凶』と出るか

 『IS適性検査』という調査が、民間の女性を対象にして広く行なわれるようになった。

 世界の不況に歯止めを掛け、次世代の抑止力となりうるISの可能性に向けられる期待は大きく、故に女性権利団体をはじめとする多くの女性政治家達はメディアを通し、世の女性陣に対して声高にその検査への参加を促していた。

 世界が徐々に原作の世相に移り始めている正にその頃。世間では丁度、年が明けた頃にあった。

 

「――――あけましておめでとうございます。先生、今年もよろしくお願いします」

「あ、あぁ。うむ。いや、こちらこそ――」

 

 織斑3姉弟は新年の挨拶の為に篠ノ之神社へと向った。

 参拝の前に柳韻の元を訪れた一同は、篠ノ之一家(※束を除く)に礼をする。人ごみに浚われぬように一夏と秋斗の手は千冬によってしっかりと握られ、2人は千冬が挨拶するのに合わせて同じ様に頭を下げた。

 ISの名前が世間に浸透するにつれ、篠ノ之束の名前とその実家である篠ノ之神社の名前も全国区へと広がり、ここ数年の参拝客数は増加の一途を辿っている。

 視線を脇に逸らせば、直ぐ近くに公安の警備隊が街頭や境内に数多く立っているのが見えた。

 秋斗は千冬と一夏が柳韻の妻や箒と談笑するのを一歩下がった位置で眺めつつ、そんな神社の様子を静かに観察して時間を潰した。

 

「あぁ、そういえば先生、博士にメール出しました?」

「ん? あぁ、弟子や妻に教えてもらいながら続けているよ。返事は素っ気無いがね――――」

 

 不意に秋斗は柳韻に尋ねた。

 去年の暮から続けている〝お節介”についてである。

 

「まぁ、照れてるんでしょうね」

「――――ふっ、かもしれないな」

 

 柳韻の苦笑交じりの返事に、秋斗は少しだけ安堵した。

 束は当初、柳韻の送ったメールの類に一切眼を通していなかった。なので秋斗は直ぐに『メール無視が続くと、“一撃”女の派遣もやむなし』という旨を束に口頭で伝えた。その所為か現在は一応、父娘間に言葉のやり取りがあるらしい。

 ぎこちなかった親子関係は少しずつだが前に進み始めている。

 そんな気配を感じて、秋斗も小さく笑みを浮かべた。

 

「――――なぁ、千冬姉! おみくじ引こうぜ!」

「おみくじか。そうだな。折角だから引いてみよう、秋斗もやるか?」

「あぁ、折角だからな」

 

 柳韻への挨拶を終えた一同は、境内の一角にあったおみくじのコーナーに向う。

 こういう祭りで出費がどうのと考えるのは無粋であると、千冬は一夏が自分の財布から金を出そうとしたのをやんわりと止めて、代表して三人分のクジを買った。

 

「……末吉かよ」

 

 引いたおみくじを開いた一夏は『末吉』の文字を見て溜息を吐いた。

 

「逆に考えろ。新年早々に運を使わなくて良かったと思えばいいんだ」

「だけどさぁ『心辛くも己を律して――』って書いてあるぜ? 嫌でも不安になるだろ。で、そういう秋斗はどうなんだよ?」

「俺は吉だったぜ? ちなみに『企みは上手くいく――』って書いてある」

 

 秋斗の引いたクジには『吉』の文字が書いてあった。

 その結果を見せると、一夏は口を尖らせた。

 おみくじの占いによると秋斗の今年は〝物事が上手く運ぶ”らしく、これから先を思うとその結果は幸先の良いものである。

 秋斗は小さく笑みを浮かべた。

 

「ま、クジの結果なんてただの目安だよ。後は勇気で補えばいいだ。頑張れ一夏」

お前(秋斗)は結果が良かったからそう言えるんだろ? ったく。で、千冬姉はどうだった?」

 

 一夏は千冬の袖を引いて尋ねた。

 千冬は引いたおみくじを開き、やや固い表情を浮かべていた。

 

「姉貴、どうしたん?」

「……………凶だ」

「は?」

「だから……『凶』だよ」

「……マジで言ってんのかよ」

「あぁ」

「……凶なんて初めて見たぜ」

 

 千冬のおみくじの結果を聞いて秋斗と一夏は思わず眼を丸くした。

 

「なぁ、千冬姉。凶って具体的になんて書いてあるんだ?」

「どうやら『周囲がいろいろと騒々しくなる――』らしい……。後はいろいろ不穏な事が多く書いてあるな」

「まぁ、元気出せよ、姉貴。……なんだったら〝りんご飴”でも食うか?」

「いや、いらん」

 

 千冬の引いたまさかのおみくじ結果に驚きつつ、一同はクジを結んで帰路に着いた。

 冬の寒空の下を3人で歩く途中で、秋斗はふと、先ほど引いた千冬の〝凶”の由来についての心当たりを見つけた。

 

(――――まさか去年の〝あれ”か?)

 

 昨年の剣道大会における千冬の活躍は新聞で大きく取り上げられ、またそれと平行して千冬は〝一撃女”の異名を得た。そして大会の模様を仔細に書いたブログ『オリムラ日記』のアクセスカウンターは、凄まじい数の閲覧入場者数を刻んだ。

 結果的にオリムラ日記は人気ブログへと変貌し、その勢いは秋斗の仕込んだ広告収入が織斑家の財源確保に足りうる程。

 が、しかし千冬にとっては非常に〝不愉快”な話でもあった。なぜなら人気の火付け役となった千冬の新たな異名である“一撃女”の謗りを、千冬は非常に嫌っていたからだ。

 具体的に千冬がどれほどその名を嫌っているかと言うと、迂闊に口走れば『私をその名で呼ぶな』と胸倉を掴まれ、殺気を叩きつけられる程。

 試しに一度秋斗が冗談交じりに『一撃女』と口走った時はその身にアイアンクローを受ける結果となり、ふらりと訪れた束が冗談めかして囃し立てた時はその頭を水洗便所に叩きつけられる結果となった。

 ――――故に、千冬の前で『一撃女』という単語だけは口にしてはならない。それは普段からお茶らけた態度の束をして、真顔で忠告する禁句と化した。

 しかしそんな恐々とする一部を余所に、千冬の『一撃女』という異名は、既にネット社会に拡散――更に近隣住民の間でいくらか広まってしまっていた。そして今後さらに増えるであろう織斑千冬のファンの間で、件の『一撃女』の逸話は、後々まで語り継がれる事になる。

 将来、織斑千冬がブリュンヒルデと言う伝説を打ち立てた時、これらの逸話が間違いなく序章を飾る事になるのは言うまでも無いと、秋斗はそんな風に千冬の引いた凶の意味を推測した。

 

 

 

 

 “破滅”とは往々にして、欲をかき過ぎる事と相場が決まっている。また『自分だけは大丈夫』というある種の楽観が、数多くの物語での碌な結果を生み出さない原因とされていた。

 そして今回、秋斗にとって想定とは聊か違った形であるももの、想定よりかなり早い時期にブログ『オリムラ日記』が一定以上の結果を出した。それは非常に喜ばしい事であったが、欲を言えば秋斗はもっと積極的な形で『一撃女』というキャラクターを利用すれば、もっと稼ぎは伸びると思った。

 ブログのファンが増えるのは、将来的な資産が増えるに等しい。

 故に秋斗は非常に歯がゆい思いをしていた。

 

「くっそぉ。一撃女ネタ使いてぇ……」

 

 それ(・・)を実行した後の事を考えると実に恐ろしい。恐ろしいが、確実に益は手に入る。誰も自ら死にたくは無いが、しかし益は欲しい。

 ソレはまるでギロチンの先にある財宝にも似た誘惑であった。

 ――――結果として、秋斗は口惜しさに眉をしかめつつ、その誘惑を振りほどいた。

 増えたアクセス数を上手く利用する算段は既にあった事。そして剣を捨てる事で生まれたある種の〝余暇”が在った事。その二つを意識する事で、秋斗はあえて目先の利益に飛びつく必要はないと、自分に言い聞かせる事に成功した。

 そして秋斗は余暇を使い、今回の悔しさをバネに、これまで遅々として進めていた『白騎士』のフィギュア製作を本格的に急ぐ事にした。

 

 白騎士のフルスクラッチ。

 

 それが今回、秋斗の行なおうとする新たな資金策である。

 もっともそれは以前の改造フィギュア製作と違い、直接的な金銭を得る為の計画ではなく、どちらかと言えば〝売名行為”に近い。即ち、今回の〝一撃女”騒動でそれなりの数のファンが付いたので、そのファンを捕らえたまま新しいファンを釣って来る為のエサだ。

 秋斗は早速作業を進め、その途中で経過を動画に纏めて動画サイトに投稿した。――そしてリンクをブログの方にも張った。

 瞬く間に秋斗の上げた動画のアクセス数は伸び、比例してブログのカウンターの数は増える。そして動画投稿サイトのトップページには秋斗の動画の紹介文が乗せられ、ブログのランキングでも上位を取るほどになった。

 そこまでは秋斗が予想した通りの結果であった。

 白騎士への興味は世界中に強く根付いているが、実際物好きが白騎士の資料を探そうにも、偶然撮影出来た解像度の低いスクリーンショットしか存在しない。故に〝白騎士”という存在には例えどんな形であれ、多くの人間が眼を引かれる事になると秋斗は思っていた。

 加えて秋斗には製作者本人(篠ノ之束)から惜しみなく提供された資料がある。それのお陰で秋斗は世界で唯一、非常に完成度の高い白騎士のフィギュアを作るチャンスに恵まれていたのだ。

 そのアドバンテージを確実に物にする為の努力を秋斗は惜しまなかった。故に前世と今生の改造フィギュア製作で培った技術を惜しみなく投じた。

 そしてそれが今回、意外な形で功を奏した。

 しばらくしてから秋斗の下に、玩具会社からのメールが届いたのだ。

 

『――――結構、話が大きくなったねぇ』

「博士が許可をくれたら会社を介してキットを売る方向でいきたいんだけどダメかな?」

『別にいいよ。そろそろ他の国でもISが作られるだろうし、ISが広まっていくのは私としても嬉しいしね』

「……マジでか? いや、許可をくれるのは全然嬉しいんだけどさ。博士ってこういうのをもっと嫌がると思ってたぜ……」

『失礼な事を言うね、キミは? 私だって凡人を評価する事はあるよ。それに私も玩具出すんだもん♪』

「……は?」

 

 1月も半ばに差しかかったある日。

 去年から引き続き弟子として束からの個人授業を受けていた秋斗は、その合間に白騎士のガレージキット販売の許可を束に求めた。

 玩具会社から届いたメールを簡潔に纏めると、秋斗を原型師として、件の白騎士のフルスクラッチの量産販売を任せてはもらえないかという内容である。

 秋斗は是非その話を受け取りたかったが、その為には前提として束が販売許可を出す必要がある。

 故に秋斗は、玩具会社との交渉が滞り無く進むよう、事前に束にフォローを入れておこうと動いた。

 が、しかし束から返された前向きな返事に思わず眼を丸くした。

 

『あっくんが動画を投稿して直ぐ後ぐらいだったかなぁ。玩具会社から連絡が来てね。それで是非白騎士の玩具を作りたいって言うから、良いよって返事をしてあげたのさ♪ あ、ちなみにあっくんの作るのはガレキだけど、私の作るのはプラモだから、購買層が被るって事は無いと思うよ?』

「……マジかよ。博士も〝作る”のかよ」

 

 束の方でも『白騎士』をモデルにした玩具を売り始めるという話が進んでいるらしい。

 秋斗はそんなサプライズを受け、なんとも言えない困惑とした溜息を思わず吐いた。

 

「博士も作るんなら、俺の作ったキットの方はあんまり売れないかもな」

『いやいや外装データから3Dプリンターで出力しただけの玩具なんて束さんは興味ないからね? 仮にも“ものづくり”をやってるなら、一から原型を作ってみせろっていう条件を出したよ。だから、モノさえ良ければあっくんにも十分勝機はあるさ♪ あ、ちなみに監修は厳しく行くから覚悟しておくんだね』

「……玩具会社の原型師と出来で勝負するってか。中々の難題だな?」

 

 そしてその後。秋斗は玩具会社からの依頼を正式なものとして受け取った。

 そして契約書類のいくつかが、後日秋斗の下に郵送された。

 玩具会社を介して秋斗が売る事になる白騎士のガレージキットは、最終的に篠ノ之束監修という名前が付く。

 また原型製作の代金とそのロイヤリティーは常に秋斗の側に支払われるらしい。

 そして一番重要な現時点での秋斗と束の関係だが、実は玩具会社側でそれを知る者は居なかった。その証拠に別途、メールで以前秋斗が束から貰った資料の一部と同じモノが、後から玩具会社側から提供されたからだ。

 秋斗は来年の12月の販売を目処に、玩具会社との事業契約を結ぶ事を決める。

 ――――しかしそれに差し当たり、問題が一つだけ浮かび上がった。

 外注として働く秋斗が未成年である事。そしてその事業契約書に保護者の判子が必要だったのだ。

 

「――――姉貴(千冬)も、あれで一応未成年だからなぁ。保護者の判子となると、柳韻先生に判子押してもらうしかないか。……そうなると、博士と繋がってるって事がバレるな」

 

 両親のいない未成年と言う煩わしさに、秋斗は幾度とない大きなため息を吐く。

 秋斗は正直、博士との友好がある事を隠すつもりはないが、逆に大きく世間にアピールするつもりも無かった。絶対に煩わしい事になるからだ。

 しかし保護者としての判子がなければ、企業との事業契約が結べないという新たに発生した問題に、秋斗は思わず頭を悩ませた。

 

『――――そう言えば話は変るけどさ。ちーちゃんってちゃんとISの適性検査受けた?』

「んぁ、検査? なんの?」

『ISの検査だよ。搭乗者のデータが欲しいから民間からも最近有志を募ってるの知らないかい? 束さんの見立てではちーちゃんはかなり素質があるからね。何ヶ月か前に薦めてあげたんだけど、今どうしてるかなぁと思って』

 

 秋斗はとある〝ネット銀行”にハッキングを仕掛けていた。

 電子世界で幾つかの複雑な作業を続けながら、秋斗は作業の片手間にあっけらかんとした様子で束に返した。

 

「自分で聞けばいいじゃん。んでもって、俺は特には聞いてないかな? あんまり自分の事をペラペラ喋る人じゃないし」

『え~、あっくんは気にならないの? ちーちゃんなら間違いなく最高のIS乗りになれるんだよ?』

「俺はそれより、どうやって保護者の判子を誤魔化すかで頭が一杯だよ。それに姉貴の人生なんだから、そんなもん姉貴が好きなように選べばいいさ。どうするにせよ、俺がやる事は変わらんよ」

『……あっくんのやることって?』

「とりあえず一家揃ってこのクソみたいな貧乏生活を脱出する。今はそれ以上に求めるモンはないよ」

『…………そっか』

 

 束は少しだけ悲痛そうな声を漏らした。

 そんな束の様子に今度は秋斗の方が話題を変えた。

 

「あぁ、それはそうと博士はちゃんと柳韻先生に返事を返してるか? なんか弟子とか奥さんに頼んで、必死に携帯の使い方を覚えたみたいだけど?」

『あぁ、それはちゃんとやってるよ。すっごい面倒だけどね。どうせ説明したって9割9分わかんない事だろうけどさ。わざわざ説明して返事してあげてる。まぁ時々だけど箒ちゃんの事や箒ちゃんからの連絡も混じってるからね。面倒だけど無視はしてないよ♪』

「そいつは重畳――よし、出来た!」

『お、完成かい?』

「あぁ。とりあえずこれでようやく自由に金を動かせる筈だ。チェックしてくれ」

『おーけーおーけー♪ お、結構いい出来だね! これなら普通に使って(・・・)も問題ないよ。花丸を上げよう♪』

「よっしゃ!」

 

 秋斗は作業を終えて背筋を伸ばし、勝鬨を上げた。

 束の最終チェックもクリアし、遂にようやく願いが〝実った”と実感できた秋斗は、盛大に息を吐いた。

 秋斗はこの瞬間、遂にネットバンクに架空の口座(・・・・・)を作る事に成功した。口座の名義は『オリムラモモハル』。それは秋斗の作った〝存在しない人間”が有し、秋斗が自由に使える口座だ。

 秋斗は早速『モモハル』の口座に保有する資金の殆どを移し、元の『アキト』の口座から不自然な金額移動履歴を削除した。

 

「……これで表と裏の口座が揃った。やっと『自由』だ」

 

 小学生として動かすのに不自然な額の金は『モモハル』の口座から、それ以外は表の秋斗の口座からという使い分けが出来る。それは千冬の目や世間の眼を欺き、自由に資金を動かして活動できるに等しい。秋斗はそれを得た喜びと、その荒唐無稽さを自分の力で成し遂げた感動に笑みを浮かべた。

 

『おめでとう、あっくん、物凄い悪い顔だね? とりあえず今日から君もこちら側の人間だ。歓迎しよう、盛大にな♪』

こちら側(・・・・)って何さ? まぁ、兎も角、ここまで漕ぎ付けられたのは間違い無く博士のお陰なのは確かだけど。その点は本当に感謝してるよ。ありがとう!」

『いやいや教えがいのある生徒で束さんこそ嬉しいよ』

 

 秋斗の心の底からの礼に対して、束も普段の空笑いの中に若干の照れを混ぜながら謙遜の言葉を零した。

 

『――――で、ちなみに聞くけどこんな口座作ってどうするのさ?』

「そりゃもちろん、〝派手”に金を動かす為に決まってんだろ?」

『……派手に?』

「そう、派手に」

 

 モニターの奥で不思議がる束に対し、秋斗はとても小学生とは思えない笑みを浮かべた。その笑みはライブチャット越しに見た束が少しだけ戦慄を感じる程であった。

 千冬譲りの鋭い眼が光る整った面立ちは連日の不摂生によって荒れ、正統派に成長しつつある兄の一夏に比べると実に対極的な〝悪辣”という言葉の似合う。

 そんな笑みを浮かべた秋斗は、「まずは〝下準備”だな」と、小さく呟いた。

 ハッキングと言う技術で“世間を欺く”事に成功した結果、秋斗は今まで封じられていた手段を解禁する事に、もはや躊躇いの吐息等微塵も無かった。今まで打ち立てた資金策はどれも『本気』ではあったが、決して『全力』ではない。しかし、遂に、秋斗は〝全力”を発揮する事が出来る。なぜなら幾度も足を引っ張ってくれた〝未成年”と言う名の枷が、ようやくその効力を失ってくれたからだ。

 ――――それから3ヶ月の時が流れた。 

 

 

 

 

 ISの登場お陰で景気が回復し少なくとも10年は安泰に見えるという意見が芽吹く昨今。世界中の投資家達はISの分野で最先端を進む日本に期待し、同時に技術を引っさげて各国に散っていく研修者の動きを見ていた。

 株を買うならば今しかない――――。

 そんな風に思うのが、現段階での多くの投資家達の意見であった。

 無論、秋斗もその内の1人である。 

 そして今生の世界において唯一秋斗だけがこの先に確実に上がる(・・・)であろう企業の名を知っていた。

 

 一つはフランスのデュノア社。

 原作では傑作機と言われる第二世代機ラファールを開発しており、原作に登場した頃には既に落ち目な印象があるももの、ラファールが発表したタイミングで確実に一度はその価値が跳ね上がると予想できる会社だ。加えて原作に在る数少ない名前付きのISを作った企業なので、原作の流れに沿いつつある現在の世界情勢から見ると、7割ぐらいの感覚で当たると予想できる手堅い投資先である。

 そして日本の倉持技研を支援する日本の手堅い重工系企業。

 こちらは主だった会社の名前こそ分からないものの、国産株なのでその動向は海外株よりも把握しやすい上に、技研は原作で“暮桜”、“打鉄”、“白式”の実績がある為に、デュノアの様に一点賭けと言う豪快な博打を仕掛ける必要が無い。故にこちらも十分これらも勝負に出る価値の在る賭けであった。

 現実に置いてこの様な投資方法等実現できない。仮に実現できたとして、秋斗がやろうと目論む投資は所謂『インサイダー取引』に値する犯罪だ。

 しかし秋斗に躊躇は無かった。 そしてそれら取引を成功させる為に、秋斗は〝封じられていた手段”を解いた――――。

 

 株式のトレードと言っても、秋斗は絶対に“資金の借り入れ”をする気はなかった。秋斗の持論として基本的に博打というのは“あぶく銭”の中で遊ぶくらいが丁度良いからだ。しかしこれから行なう賭けはその持論を大きく崩していた。

 秋斗がかき集めた投資の資金は、改造フィギュアの利益とブログの広告収入。そして懸賞はがきの商品転売で作った貯金の幾らかをあわせた、およそ200万円。

 しかし流石にソレを全て使うことは出来ないし、それだけでは心もとない。

 故に秋斗は、今まで『年齢制限』と言う壁の所為で参入できなかった“エロ同人産業”で資金をかき集める事を選んだ。

 

 秋斗はまず、家に一夏と千冬の居ないタイミングを見計らった。

 次に同人系のダウンロード販売サイトの管理会社にハッキングを仕掛け、サイト内で使用するアカウントを取得した。

 その後、テキストファイルに一万字ほどの台本シナリオを書き、その台本を個人で活動している声優達を雇って読ませ、音声ファイルを作成。同時にイラスト投稿サイトの絵師達に絵の依頼を出して表紙絵を発注した。

 最後は受け取ったそれらを一纏めにしたZIPファイルを商品として、ダウンロードサイトでの販売を開始した。

 ――――それは所謂、エロ音声作品である。

 完成した商品の原価はおよそ17万程で、秋斗はそのファイルの一つを500円で売った。

 そして運の良い事に秋斗は、1ケ月でその原価の回収に成功した。その翌月も売り上げが伸び、遂にはサイトのランキングに秋斗のサークルとその商品が乗る。そして結果的に更なる利益を伸ばした秋斗は、続くように第二、第三弾のエロ音声商品の開発を急いだ。

 一度人気が出れば後は、ソレを維持し続けるだけである。特にエロという産業で特異でニッチな需要を求める様な人間は、己の求めるような代物があれば金を惜しまず落としてくれる。故に秋斗は、意図的に商品を特化(・・)させる事で得たファンを裏切る事無く、それをより良く仕上げる事に傾倒した。そして今生のエロ産業も、秋斗の前世で培った経験の例に漏れず、予想通りの結果を示してくれた。

 最終的に秋斗は“大きなお友達”の為に商品を5つほど作り、その段階で現場作業から完全に身を引いた。そして台本のシナリオ製作すらもライターに委託し、完全にサークルの『運営管理』の立場に移行した。

 秋斗が最終的に行なう作業は『金を右から左に移すだけ――』というに等しく、そんな手間だけで金を産み出すシステムの開発に秋斗が成功した頃に世間は、既に4月に差し掛かっていた。

 その頃の秋斗の月収は40万を超えていた。

 そして遂に、秋斗はそんなエロで生み出した資金力を元手に、株式トレードを開始した。

 

『――――あっくん、最低だね。どん引きだよ』

 

 本気を出した秋斗の動向を最も近くで見ていた束は、最終的に声に不満を滲ませながら秋斗の行動をそう評した。

 

「俺じゃなくて、オリムラモモハルのやった事だから俺に言われてもな。……ていうか博士。俺がどうやって投資の資金を作ったのか知ってんの?」

『……し、知らない知らないっ!』

「ふ~ん。まぁいいけど。あぁ、ちなみに誤解があるかもだから一応言っておくけど、俺は殆ど金を動かしただけで、元凶はシナリオライターとか絵師だ。どん引きするような"えぐい性癖”を持ってるのは俺じゃなくて雇った連中だから、その辺は誤解しないでくれ」

『………………っ!?』

 

 モニターの奥で顔を赤らめる束が見える気がしたが、秋斗はそれを気にせず、エロで稼いだ元手で株を買い漁り始めた。

 このトレードの結果が出るのは、もう少し先になる。国産株は兎も角、デュノア社の株だけはラファールを開発する瞬間まで塩漬けにして寝かしておく必要があるからだ。

 

『……ふんっ! 全部融かせばいいんだ』

「いい加減、機嫌直してくれない? 別に俺も好きでやったわけじゃないんだけど?」

『嘘だね。物凄い悪い顔してたもん!』

「っていうか勝手に調べて、踏まなくてもいい地雷を踏んで自爆したのは博士の自業自得じゃん?」

『………………いつか、ちーちゃんに言ってやる』

「その時は姉貴の携帯に『一撃女のちーちゃん大好き♪』ってメール爆弾を送るけど、本当に言うの?」

『くっ、流石に束さんの弟子なだけあって、憎たらしいほど効果的な反撃を思いつく。……なんて可愛げのない!』

「別に博士がなんもしなきゃ、俺もわざわざそんな事しませんっての。…………そろそろ機嫌を直してはくれませんかねぇ?」

『……ふんっ』

 

 それから束の機嫌が直るまでに聊かの時間が掛かった。それだけが今回における秋斗の誤算だった。

 

「――――さて」

 

 今回の件で秋斗に実現可能な資金策は殆どが終了したと言える。そして少なくとも『織斑家の厄年』である3年を、何とか無事に乗り切る程度の預金の確保には成功した。

 これにより秋斗の前には"最後の難関”である最も厄介な戦いが立ちはだかる事になる。

 即ち、大手を振ってこれまでの秋斗の稼ぎを堂々と使って貰う為の説得である。

 

「……流石に話せない事も多いけど、やるしかねェよな」

 

 白騎士のキットを玩具会社と売る為の許可も含めて、説得には幾つかの“真実”を話す必要も出てくるだろう。

 相手は千冬と柳韻の2人。

 柳韻の方は束と言う前例のお陰で落ち着いて対応してくれる可能性があるので、問題は千冬である。

 

「姉貴がもう少し不真面目で、過保護じゃないなら楽なんだけどな」

 

 吉と出るか凶と出るか――――。

 企みが上手く進むというおみくじの占いを信じて、秋斗は仕上げに取り掛かった。


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