IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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21 織斑家の『引越し』 後篇

「――――と、言うわけで俺ん家、引っ越す事になったから」

「え……?」

 

 ある日の放課後。家路を共にする鈴に向けて、一夏は笑顔を浮かべながら言った。

 気軽な口調で言い放つ一夏のそんな(・・・)台詞を受けた鈴は、表情をピキリと凍らせた。鈴の表情はまるでこの世の終わりが来たかの様に悲痛なモノに変っていた。

 それもそうだ――――。

 と、そんな2人の様子を半歩後ろから眺めていた秋斗は思った。

 

「……言葉が足りねぇよ、阿呆」

「え?」

 

 秋斗は小さく溜息を吐き、仕方なく(一夏)のフォローに入る。

 原作ではという一種のメタ的な視点でだが、この時点の鈴は既に一夏に対して好意を抱いている様に見えた。そして同時に鈴自身の実体験から、“引越し”という単語と一緒に“転校”の言葉を連想(イメージ)するのは無理からぬ話。

 もっとも、そんな心の些細な機微を理解しろというのも一夏(朴念仁)には難題だろうと、秋斗は半ば諦めを混ぜた吐息交じりに言った。

 

「別に引越しって言っても転校(・・)するとかじゃねェ。今住んでるボロアパートから歩いて10分ぐらい? の、別の家に移るってだけだ」

「あっ、あぁ! そうなの!? そうならそうと先に言いなさいよ、馬鹿!」

「痛って! 痛ぇな、おい。叩くなよ、鈴!」

 

 秋斗のフォローを受けた鈴は安堵の吐息を漏らして、同時に言葉を欠いた一夏の肩をグーで殴る。

 

「驚いた私が馬鹿みたいじゃない!」

「はぁ? なんだよそれ」

 

 一夏は鈴の憤怒を“解せない”といった様子で口をへの字に曲げる。

 そして説明してくれと言わんばかりに、秋斗に視線を向けた。 

 

 事の発端は数日前だ。

 秋斗が一夏の加速するシスコンを懸念し、それに対し“歯止め”をかける為の生活環境改善――つまり一家の引越しの必要性を説いた頃にまで遡る。

 秋斗が珍しくその日の夕食を用意して、なるべく当たり障り無く正攻法な手段で千冬に引越しを提案した時の事。

 秋斗は3人で住むには今のアパートが手狭という意見に加えて、コレまでに行なった様々な資金策が家を買うに十分な結果を出した事を千冬、一夏に伝えた。

 ブログの広告収入、株式と、千冬の給料の一部を積みたてた貯金――――。

 現在の織斑家には、それら一時期の貧乏生活が嘘の様な資産が備わっている。

 故にそれら(・・・)を使えば新居購入の頭金ならば十分に払えると、秋斗は千冬に提案した。

 しかしそんな引越しの提案に一夏は前向きだったが、千冬の方は余り乗り気ではなかった。

 理由は買い物慣れしていない事と、余りに大掛かりな出費への懸念。そして気持ち的に(秋斗)が用意した資金を当てにする事への忌諱である。

 確かに常識的に考えれば素直に頷く方が不自然な提案で、いくらこの時点で様々な“前科”を明らかにしたとはいえ、やはり千冬の中ではまだ秋斗は“幼い弟”なのだ。

 故にそんな千冬の葛藤を察した秋斗は、この案件に関しては時間を掛けてゆっくり説得していく方向で対応しようとその日は諦める事にした。

 ――――が、昨日の段階で家に戻った千冬は少しばかり顔を赤らめた様子で、『そろそろお前達も一人部屋が欲しいだろうし、……引っ越すか』と、引越しへの強い決意を顕にした事で事情が変わった。 

 ちなみにこの千冬の決意を後押ししたのは、千冬の同僚である篝火ヒカルノ女史である。ヒカルノ女史の『年頃の男子の性欲について』というある種のレクチャーを受けた事が、千冬の考えを改めさせる発端となったそうだが、それについて秋斗が知る事は無かった。

 そんなこんなで昨日、織斑家で開かれた家族会議の末、今年10月を目処に一同は新居へ移転する事が決まった。

 秋斗は突然掌を返した千冬の意見転換に首を傾げたが、それはそれで良いかと意思と結果だけを受け取る事にして、思考を放棄した。

 織斑家にとって引越しはこれ以上に無い程のビッグなイベントである為、一夏はまだ数ヵ月もあるというのに今から引っ越しの日を心待ちにしている。そして鈴を初めとする学校の友人達に、繰り返し引越しの話をしていた。

 

「――――どうせならシステムキッチンがある家が良いよな。あと風呂もでっかい奴!」

 

 引越しの日程は10月の頃。千冬の今年最大の大仕事『モンドグロッソ』を終えてからだ。

 加えて10月は織斑兄弟の誕生日でもある為、ある意味で今回の引越しで移り住む“新居”が、今年の誕生日プレゼント。故に、一夏は終始新居に求める希望を口にした。

 一夏の新居に求める第一要望は、“使いやすいキッチン”と“広い風呂”。

 耳にタコが出来る程に聞かされたそんな一夏の希望の言葉に、秋斗は半ばウンザリとした様子で一夏、鈴と一緒に家路へと歩く。

 

「ねぇ、転校するんじゃないとしても、具体的にどの辺に引っ越すの? 何時?」

「まだ場所も日取りも決まってねぇよ。これから探すところだ」

 

 鈴の質問に秋斗は思わず苦笑を漏らす。そして言った。

 

「千冬姉の仕事的に10月終わりぐらいが良いんだっけ?」

「あぁ」

「ふ~ん。じゃあ日取りが決まったら教えてよ。手伝ったげる」

「そいつはどうも。んじゃ当日は鈴の店の軽トラ出してくれ」

「へ?」

 

 秋斗は鈴の申し出にそう言葉を返した。

 

 

 

 

 ネットで搔き集めた物件資料と、近所の不動産屋から貰った物件の冊子。

 それらを手にした秋斗と一夏は夕食後、新居の物件探しを開始した。

 そして程なくして帰宅した千冬も交えた織斑3姉弟は、議論を重ねながら新たな家の姿を模索した。

 一夏の希望であるデカイ風呂とシステムキッチン。それらを兼ね備えるとなると、やはり一軒家が候補に上がる。

 賃貸ではなく一軒家の購入を考えると色々手間と金が掛かるのだが、今回の引越しで頭金を初めとする予算に関しては千冬の給料と秋斗の資産。保証人は千冬の勤め先である倉持技研と日本IS委員会。故に銀行の借り入れ審査で落ちる事もほぼありえない為、“よほどの物件でもない限り”どんな家でも買える。

 なので秋斗も一夏程ではないが密かに己の“希望”を入れるつもりであった。

 

「――――なぁ、千冬姉はどんな家が良いと思う?」

「そうだな。なるべく住みやすい家が良いな。とりあえず、それぞれに専用の部屋があるのは大前提だが――――」

 

 不意に一夏から話を振られた千冬は、風呂上りのラフな格好で缶ビールのプルタブを開けながら応える。

 

「やはり風呂がデカイというのは魅力的だな。その点に関しては一夏に同意するよ」

「だよな! ほらみろ、秋斗! やっぱり風呂は重要なんだよ。日本人はそうで無くちゃ!」

 

 千冬の意見と同じだった所為か、一夏は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 そんな一夏の様子に秋斗は吐息を吐いた。

 なぜなら秋斗は元々カラスの行水でシャワー派。そして湯船は肩こりと腰痛が辛い時に使う程度なので、そんな一夏の過剰なまでの“風呂至上主義”な意見に余り同意は出来なかったからだ。

 

「デカイってのはそれだけ掃除が面倒くさいんだぜ? 選ぶのは良いけど掃除はお前(一夏)がやれよ?」

「分かってるさ。そんな事、初めから秋斗には期待してねーよ」

 

 一夏は秋斗の否定的な意見に唇を尖らせた。

 

「ったく、考えられねーよ。風呂は何よりも重要だろうが……」

「んな、わけねぇだろ、アホ。家の内装より“立地”の方が重要だ。スーパーとか薬局とかコンビ二とか郵便局とか銀行とか駅とか……そういうのがなるべく近い物件にしないと後で不便になるんだぜ? ……家にゃ、車が無いんだからよ」

 

 秋斗はそんな持論を一夏に返した。

 と、そこに千冬が口を挟む。

 

「――――確かに言われてみれば、秋斗の言う立地も重要な要素だな。コンビ二が遠いのは私も困る」

「千冬姉!?」

 

 秋斗の意見に納得した様子を見せた千冬は、そこで同時に買い漁ってきた各種酒の肴の入ったコンビ二袋に視線を向けた。

 アルコールを嗜むようになった千冬は宅飲みを好む様になった。

 なので“コンビニ”の近さというのは非常に重要な懸案事項であるらしい。

 まさかの千冬の同意に一夏は裏切られたような顔をした。

 そんな一夏を捨て置き、秋斗はコホンッと一つ、咳払いを打つ。

 

「とりあえず、だ。“マンション”か“一軒家”。この二つでまずはどっちが良いか決めようぜ?」

 

 秋斗は候補としてファミリー向けのタワーマンションの一室と新築の一軒家の二択で、大まかな新居選びの方向性を決める事にした。

 

「――――マンションか一軒家かにするなら、俺は一軒家の方が良いなぁ」

「なぜ?」

「え? だって二階建てとか憧れるじゃん」

 

 秋斗の問いに、一夏は間髪いれずに応えた。

 物心ついた時から狭いアパートに暮している身としては、見た目からして“家”というテンプレ染みた概観のモノが良いらしい。

 そんな一夏の意見に、秋斗は思わず苦笑を漏らす。

 

姉貴(千冬)は?」

「……そうだな。どちらでもかまわんが、まぁ“一軒家”だな。長く住むなら尚更だ」

「じゃあ、一軒家で決まりだな」

 

 家族3人でそれぞれの個室を求めつつ、システムキッチンとデカイ風呂を求めるならば“一軒家”がもっとも条件に合致しやすい。が、逆に立地という利便性を少し妥協する必要が出て来る。

 また一軒家を買う際に一番面倒な事といえば、町内会への参加義務がある。それらに眼を瞑れば、一軒家も十分あり。

 秋斗は余り近所付き合いに積極的な方ではないし、千冬は仕事で家を空ける事が多い。しかし一夏は性格的にソレら町内の義務を果たす事を余り苦に思わない律儀な性格である。

 故に近所付き合いも一夏が上手くやってくれるだろうと秋斗は思い、姉兄の意見を聞いた上で、秋斗はディスプレイに表示させた物件サイトから検索候補を『一軒家』に絞った。

 

「さて――――」

 

 ふと、そこで秋斗は視線を上げた。

 そもそも引越しをしようと思った発端は、一夏の過ぎたシスコンを懸念してである。

 引越しそのものも生活環境を大きく変える事で、姉弟間の近すぎる距離を少し壊そうと思ったからだ。

 もしも今の織斑家が一軒家に移り住んだとしたら――――。

 と、秋斗は不意にそんな思考に囚われた。

 

「ん? なんだ、お前(秋斗)飲みたい(・・・・)のか?」

 

 見上げた視線の先に千冬が座っていた。

 千冬は秋斗の視線に対し、ビール缶を揺らしながらそう問うた。

 千冬は風呂上りのラフ過ぎる格好でビール缶を傾けている。更に言うと、肩にバスタオルを引っ掛け、ホットパンツ姿で台所の椅子の上に胡坐を搔いている。

 その姿は欠片も『淑やかさ』が感じられないほどに”漢らしい”。

 そんな千冬の様子に秋斗は思わず苦笑を漏らした。

 

「要らねぇよ。って、いうか姉貴よ。仮にも“女”ならもうちっとマシな格好したらどうよ?」

「む?」

 

 秋斗は思わず言った。

 最近は『モンドグロッソ』という大掛かりな仕事を控えている所為か、相当に疲れが溜まっているらしい。ソレを証明するかのように既に結構な量の空き缶が、千冬の座る台所テーブルの周辺に積み上がっていた。

 

「秋斗は私に家の中でも緊張していろというのか? 酷い弟だな……」

 

 千冬は素っ気無くぼやいて、グビリと缶の中身を煽った。

 実は既にこの時点で千冬は結構酔っていた。

 一見冷静に見えるが、心なしか平時よりも饒舌だったからだ。

 それを察した秋斗はもう一度、溜息を吐く。

 

「気取らない生き方は結構。だが誰かに貰われるつもりがあるなら、もう少し考えなよ。見た目との“ギャップ”が激しすぎるのも考えもんだぜ? 特に女は、な」

 

 贔屓目なしに千冬は『美人』の部類に入る。そして『美人』というのは実際の育ちがどうあれ、見た目の良し悪しで育ちが良いと勘違いされる場合が非常に多い。

 それは実に勝手極まりない世間からの偏見だが、残念な事にその偏見というある種の“期待”を悪い意味で裏切るギャップ――つまり性格や行いを見せてしまう事は、世間にとって非常にマイナスな評価を産んでしまう。

 綺麗だからこそ傷が目立つとでも言うべきか、それが『美人』という生き物の背負う宿命なのだ。

 故に秋斗は家族として、なるべく早くに嘘でも“女らしさ”を持てと、千冬に忠告した。

 ――――しかしそこで同時に思った。

 

(あれ……待てよ。ひょっとして――――)

 

 秋斗は思った。

 引っ越した先の家で千冬に個室を与え、余りに低いその自活能力が想像を超える“惨状”を生み出したら――。

 もしもその余りの“残念さ加減”を見た一夏の心が、耐えられなかったら――。

 秋斗は不意に、『どうしようもない千冬の“暗黒面”を一夏に見せ付けつける事が出来れば、ある意味で過ぎた一夏の初恋(シスコン)も終るのではないか?』という思考に至った。

 発想の発端は『恋心を抱いてしまった美女のウ○コの臭さを思い知って、その恋を終らせようと考えた男』を描いた文学小説である。なぜこのタイミングでそんな前世で読んだ物語のあらすじを思いついたのかはさておき、秋斗は“ギャップ”という凶悪な力に賭けるのも“あり”ではないかと思いついた。

 秋斗はふと、一夏の方を見た。

 一夏は真剣な様子で、不動産カタログの中から好みの“一軒家”を探す作業に勤しんでいた。やはり風呂とキッチンの要素はどうしても譲れないらしく、備え付けの湯船や換気扇の大きさ等を見て、一夏は物件の取捨選択を行なっていた。

 

「――――相変わらず生意気な奴だ。なに、もしもの時は“お前達”に頼るから、孤独死するつもりは微塵も無い。それとも何か? 束の面倒は見るくせに、私の事は放っておくつもりか?」

「っ!?」

 

 と、そこへ千冬から声が掛かった。

 気づけば千冬は秋斗の背後に立っていた。そして猫を抱き上げるようにして、千冬は後ろから秋斗の身体を持ち上げた。

 女の細腕とは思えぬその力強さに、秋斗は思わず「マジか……」と、吐息を漏らす。そして背中に当たる想像より大きな胸の感触以上に、想像以上の千冬の“膂力”に驚きを感じた。

 

「そんな未来(・・)は絶対に許さんからな? よく覚えておけ、秋斗。……と、いうかお前、痩せたか?」

「ぁん? 何が――――」

 

 千冬は不意に首をかしげた。そして一人納得した様子で吐息を吐く。

 

「なるほど。アレほど束の真似をするなと言っておいての結果がコレか。日の当たらない部屋で毎日毎日パソコン弄ってるから“もやし”になるんだ。分かったら外に出ろ馬鹿モンが。なんなら私が鍛えてやろうか?」

「一体、何の話をしてるんだ? とりあえず分かったから、放せよ。酔っ払い」

「……何やってんだよ。千冬姉も秋斗も。狭いからこんな所で暴れるなよ。下の階に響くだろ?」

 

 一夏が千冬()秋斗()やり取り(スキンシップ)を見て、心なしか羨ましそうに苦言を呈した。

 秋斗は思わず「なら、お前(一夏)が代われ」と言いそうになったが、それはソレで問題があると思い直して、咄嗟に口をつぐんだ。

 一夏も秋斗と同じで小学校の高学年になったので、流石に姉に抱き付かれたいとは素直に言い出さない。その程度の自尊心(プライド)は既に形成されている。――――しかし一夏は内心で、確実に“代わって欲しい”と思っている。

 そんな一夏の内心を察した上で、同時に過ぎる兄のシスコンに楔を打ち込みたいと考える秋斗としては、素直にそんな一夏の思惑に乗せられるわけにはいかなかった。

 故に何も言わずに溜息を一つ吐いて、秋斗は視線を一夏から逸らした。

 

(めんどくさ……)

 

 未来の為に一夏のシスコンに楔を打ち、未来の為に千冬に女らしさを身につけさせてやりたい。

 織斑家の最善を思う秋斗の目の前には、常に高い壁が立ちはだかる。

 せめてそれらを同時に叶え得る可能性を秘めた新天地への転居に、秋斗は“希望あれ”と願った。

 


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