アラスカ条約で取り決められたISの軍事利用の禁止。
その条文があれど、これより数年先の世界中の軍隊では、ISを使った特殊部隊の設立が急がれた。
なぜか?
それは条文の文面が"軍事利用を目的としたISの開発は原則禁止”という形であり、モンドグロッソに出場する為の新型IS――その“試作実験機体”を軍に
しかし幾ら条文の抜け道を突いたとはいえ、そのようなISの軍事利用に難色を示すモノは確かに存在する。
故に、政治家は考えた。
“モンドグロッソ”における出場ISの機体レギュレーションが、そのまま軍事利用されるISの保持出来る性能限界のボーダーラインとなれば良い。
つまり、例えパーツの限界性能を測る為の高性能な“試作機”を作りそれを軍に払い下げるとしても、モンドグロッソのレギュレーションを大幅に超える性能を持ったISの使用については、ある種のリミッターを掛ける事で、その性能限界の余剰部分を“封印”すれば良いと考えたのだ。
――――後に世界中のISの“統一規格”となるモンドグロッソの出場レギュレーションであるが、現時点ではまだそれ程に細かく決まっていたわけではなかった。故に、後の世の人間が
☆
遂に開催されたモンドグロッソ。
その模様を一夏と秋斗は、他の出場者の親族と一緒に東京万博跡地のアリーナの貴賓席で見ていた。
この日の為に海を渡って各国のISが日本に到来した。
アメリカの“スターエンジェル”。
イギリスの“クインズガウン”。
フランスの“ジャンヌメイル”。
ドイツの“デアメテオール”。
イタリアの“ベルジネ”。
ロシアの“スヴィトラーナ”。
等、他にも様々――――。
「――――機体もそうだが、こういうのって結構お国柄が出るよな?」
「おい、千冬姉が出てきたぜ!」
一夏は秋斗の肩を叩きながら、デジカメを取り出した。
日本製IS――“秋桜”を纏った千冬を先頭にする日本代表選手団の入場。
その模様を一夏は懸命に撮影した。
そして秋斗もその隣でスマホで写真をとりつつ、殆どリアルタイムでブログ『オリムラ日記』に開会式の模様を持ち込んだ
出場する国家は計12カ国。
ISの登場からたった数年で、世界は栄えある試作一号機の開発に成功し、遂にこの日を迎えた。
高速飛翔部門、近接格闘部門、狙撃部門、そして総合戦闘部門――――。
それら四つの技能を駆使する世界初のIS競技大会『モンドグロッソ』。
その模様は“全世界同時中継”という類を見ない態勢で開かれた。
選手宣誓が始まる――――。
代表としてそれを行なうのはISを世界に送り出した日本の選手団のリーダーを務める千冬であった。
千冬は緊張した面持ちを浮かべつつも、堂々とした佇まいで力強く宣誓の言葉を述べた。
その姿は、もはやひとつの地方都市に収まる非力な少女ではなかった。日本の、そして世界の最先端を走るコレからの“強い女性像”そのものである。
まだ開会式だというのにも関わらず、至る所で千冬の堂々たる姿に憧憬と羨望を抱く少女達が大勢いた。
(――――長かったよなぁ)
秋斗は万感の思いで、この日の到来を素直に喜んだ。
あの日――前世の記憶に覚醒した日に秋斗は、
それ故に秋斗は今日までの間ずっと、破綻寸前の家を何とか存続させようと奮闘を続けた。
秋斗に求められたのは“未来を変える”事ではなく、“未来を繋げる”事。それは変える以上に困難に見舞われる日々であった。
なぜなら未来は容易く変わり、移ろい行くものであるからだ。
故に今日の“結果”が、確実に
だが秋斗は、この日――遂に千冬が“ブリュンヒルデ”と成る事を確信していた。
晴天の空を、友禅にも似た白と紫を纏ったISが舞う――――。
日本の文化を象徴する“着物”のような外観のIS秋桜は、他の国が作ったISに比べると聊か貧弱な印象だった。が、しかし目に見える以上の性能を道具の内に秘めるのが、古くからの日本のお家芸である。無論、秋桜にもまさしくそんな日本を体現する比類なき性能が備わっていた。
千冬は一振りの日本刀を右手に下げた。
着物の様な外観のISと、たった一振りの日本刀を構える千冬の出で立ちに、多くの外国人観戦者が『サムラーイ!』と、沸き立った。
千冬は観客の声を無視して一足飛びで刀を振るう――――。
その剣は一夏も秋斗もよく知る『篠ノ之流』の上段剣技だ。
ISの高い速力と旋回性能。それらを駆使して、縦横に連続して振るわれる秋桜の刀は、何処までも流麗であった。そして対するISのエネルギーシールドをたった一撃掠めただけで、大きく切り裂いた。
続く二回戦、三回戦と、千冬はISの持つ『瞬時加速』という特殊な推進技法に剣技を組み合わせた“IS用抜刀術”を披露し、観客を多いに湧かせた。
『瞬時加速』とは惑星の重力圏から緊急離脱する為に束が付与させた推進技術である。
それは地上の――しかもアリーナという閉鎖空間の中で使うには、非常に制御の難しい技だ。故に理論上では可能でも、実際にその技法を戦術として意図的に駆使して戦う選手は、他にいなかった。
『瞬時加速抜刀術』――それは原初と呼ばれる近接戦闘術の奔りとなる。そしてIS
――――他にも数多くの次世代に続く新しい発見が、大会中の至る所で見受けられた。
各国のISはその基礎的な部分は共通しても、付与し、重視したそれぞれの性能によって、その外観が大きく異なっている。
例えばアメリカ製の“スターエンジェル”は強力な推進性能と大口径拳銃を携行し、まさに“アメリカン”な印象の強い機体に仕上がりだ。例えるなら豪快なボディにハイパワーエンジンを乗せて転がすキャデラックに近いだろう。また量子格納技術を駆使した“クイックリロード”という技術と、それを併用して行なわれる銃撃の嵐は圧巻で、その圧倒的な火力と弾幕の前には、多くの観客が顔を青ざめさせた。
またイギリスの“クインズガウン”は、その出で立ちに鋭さと曲線的な流麗さを兼ね備えている。世界で唯一の“女王”を有する先進国という自負故か、女性のみに纏うことを許されたISに付与させる性能も、何処と無く“象徴的”な形でたった一つを突き詰めている。ソレを証明するかのように、レーザー兵装を用いた機体は本大会ではイギリスが唯一であった。
ドイツの機体は極めて知的に堅実な造りで、冒険はせずにISの基礎理論を下に一つ一つの性能を模範的な形で高く纏めてある。しかしデザインセンスは圧巻で、他の国々が頭部を覆うバイザー状のヘルメットを採用する中、ドイツの“デアメテオール”だけは、同乗者の顔が大きく剥き出しに見える機体デザインだ。美女がISを纏って戦う姿に多くの男性客の目が釘付けになり、大会中の瞬間的な視聴率はドイツの“デアメテオール”が掻っ攫ったとも言えるだろう。――――また、この衝撃が後に第二、第三世代機の開発に強い影響を与えたと、一体この時誰が思っただろうか?
そんなこんなで結果的にISの技術交流会とも言い換えられる第一回目のモンドグロッソは、大盛況の下に終了した。
狙撃部門ではイギリス。
高速飛翔部門ではアメリカ。
そして近接格闘部門と総合戦闘部門では、日本が優勝を掻っ攫った。
それぞれの部門の優勝者には“
そして総合部門の優勝者には“ブリュンヒルデ”の称号とメダルが贈られた。
表彰台の上に立ち、この日“
「――――優勝おめでと、世界一位さん」
「おめでとう! 千冬姉! スゲーよ! 本当にすげーぜ! 世界一だぜ? 世界一!」
「あぁ、2人ともありがとう」
大会が終った後、各国のインタビューワーの声に応える記者会見が開かれ、そして織斑千冬の名前は全世界へと広がった。
千冬がまともに帰宅出来る様になったのは、大会が終了してから4日後の事であった。
☆
「いや~めでたい!」
「めでたいネ、めでたいネ!」
「千冬さん! おめでとう!」
鈴の実家の中華飯店はその日、貸切となった。近所に住む多くの千冬のファンや嘗て篠ノ之道場で凌ぎを削りあった仲間達が一同に介し、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎと相成った。
特に古くから織斑家の過酷な環境を知る近所の知り合い達は、これ程の大躍進を遂げた千冬に惜しみない賛美のお言葉を送っている。
千冬はそうした面々に囲まれ、苦笑と困惑した様子で一つ一つ言葉を受け取った。
元より、あまり褒められ慣れていないのだろう――――。
秋斗はこっそりグラスに注いだ紹興酒を嗜みつつ、遠巻きにそんな千冬と周囲の様子をそっと眺めていた。
一夏は
鈴は独楽鼠の様にチョロチョロと参加者の間を走り回り、グラスを変えたり料理を運んだりと店の看板として動いている。
土建屋の榊は身振り手振りで試合の様子を思い出すように仲間と語り合い、劉老人は試合に出たIS操縦者の誰が一番美人であるかに周囲と議論を重ねている。
「……あ~、酔ってきたな」
子供の身体である所為か、想像していた以上に酔いが回る感覚が早かった。
秋斗はふわふわと足元が軽くなる様な、気持ちの良い酔いの感覚に身を任せてまどろみ、そして不意に視界の端に映った灰皿に置かれたまだ長い
その矢先――――。
秋斗のスマホに電話が掛かってきた。
「――――ぁん?」
秋斗はスマホを取り出した。
ディスプレイに表示された名前は篠ノ之束であった。
『やぁやぁ、あっくん。久しぶりだね♪』
「おぅ、どうしたん?」
『いや~ちょっと相談があってね。それより今何処にいるの? なんか騒がしいけど――――』
「ん? あぁ、モンドグロッソで姉貴が優勝したからな。そのお祝いさ」
『あぁ、そうなの。それでなんだ』
「喧しいならちょっと場所を移すから、少し待ってくれ」
『了解、了解♪』
秋斗は席を立った。
「あれ、何処行くの?」
「ちょっと、クソ堕ろしてくる」
「あっそう」
呼び止める鈴にそう言い残して、秋斗は店のトイレに篭る。
そして再びスマホを耳に当てた。
「――――で、なんだっけ?」
『いや、ね。実はあっくんに託したコア501の事なんだけど、ちょっと困った事聞かれちゃってさ~』
「困った事?」
『“ロマン”とは何かって質問なんだよねぇ、コレが』
「はぁ」
束は言った。
秋斗に託したコア501が生まれて初めて疑問を持ち、それに対する上手い答えが見付からない。
“ロマン”というのはヒトの数だけ千差万別であり、どれ一つをとっても『共通』する答えがあると思えないからだ。
ましてコア501の自我はまだ生まれたばかり。
冗談交じりの適当な返事を返して、“アホの子になっては困る”と束は言った。
「――――別に良いんじゃね。適当で? “それは宇宙だ”とか言っとけばいいだろうに?」
秋斗はほろ酔い気分でそう言葉を返した。
『何言ってるのさ。此処が正念場なんじゃないか! 真面目に考えてよ、あっくん!』
「……何、怒ってんだよ」
『怒るよ! 凄く真面目に考えてるんだよこっちは? そもそもあっくんがロマンとか吹き込むから、ややこしい事になってるんじゃないか!』
「でも“男”を理解させるんだろ? ロマンへの理解は要るだろ?」
『っ! そうだけど……そうだけどさ――――』
束は歯がゆそうな声を出した。
一見すると“らしくない”束の様子に、秋斗は思わず首をかしげる。
「一体どうしたよ? 普段ならお茶らけてる博士が、今日は何時に無く真面目じゃねぇか?」
『そりゃ、ここの所しばらくずっと真面目なトーンで"男の子のロマン”についてどう概念的に説明しようか悩んでたんだもん……。こうもなるよ』
束の声の中には明らかな疲れが混じっていた。
『せめてもう少し自我が発達してくれる頃に尋ねてくれたら、まだ答え様もあったんだけどね。今の段階で適当に答えを返したら、その言葉が自我の根幹になっちゃうんだよ。だから流石にこればっかりは真面目にならざるを得ないよ』
「……まるで“オカン”みたいな事を言うのな?」
『へ?』
秋斗は思わず苦笑混じりに言った。
世間では“天災”と言われ、自由奔放、天衣無縫を地で行く束が、この時は子供の将来を真面目に考える世間の母親に思えたからだ。
母になると女は変わるという。ISコアが本当の意味で束の“娘”に等しいのならば、この変化もありえるか、と秋斗は内心で思った。
「そう心配しなくても大丈夫だと思うけどな? 親が居なくても子供は育つって言うだろ? 俺の家を見てみろ。姉貴が世界一位に成れる程度には立派だろうが?」
『…………なんか、間違ってる気がするけど凄い説得力だね』
「実際、そんなもんだ。ISコアってのは生き物みたいに作ったんだろ? だったら生き物と同様に接してやれば良いのさ。ロマンが分からねぇって言うなら、どんな答えでも返してやれば良い。大体、ロマンなんて人それぞれなんだ。自分で見つけるモンにしか“正解”はねぇよ」
『……じゃあ、あっくんの考えるロマンってどんなものなの?』
「俺の?」
秋斗は束の神妙な様子の問い掛けに、ふと、宙に視線を移して考えた。
「――――昔、裸でサボテンの上に飛び降りた男が居て、ソレを見てた奴が『何でこんな事をしたんだ?』って、尋ねた。そいつは『その時はそれで良い』と思ったそうだ」
『……それはどういう意味なのかな?』
「分かんないか? 傍から見れば馬鹿な行いでも、自分が大切だと思ったなら素直に実行すれば良いって事。例え道楽でも損な事、馬鹿な事を態々やってのける奴はそうは居ない……だからそんな生き方を実際にやって楽しんでる奴には憧れる。そういう生き方にロマンを感じる、かな? ま、女には分からねぇか」
『……むぅ』
束は飲み込み辛そうな声を出した。
「俺からすると、博士の作ったISこそ、ロマンの塊だけどな? 宇宙に行ってどうしたいか以前に、宇宙に行きたいってだけでその“翼”を作っちまったその行いこそがロマンに殉じてるよ」
『……あぁ! 確かに!?』
「今、気づいたのかよ」
灯台下暗しとも言うべきか、難解な思考に囚われてすぐ脇に転がっていた答えに気づかなかったらしい。
そんな束の感嘆とした声に、秋斗は思わず苦笑を漏らした。
「ま、あれだ。コア501に“お前がロマンだ!”って眼を見て言ってやれ。それでもわからねェならさっきの俺の台詞を伝えれば良いと思うぜ? 大丈夫、博士の作ったISはアホにはならねぇよ。俺を信じろ。博士を信じる俺を信じろ」
『な――っ!?』
秋斗は酔いの所為か何時に無く饒舌になっていた。
だからこそ、そんな何時もに比べてそんな荒っぽい台詞が出た。
電話の奥で何かモノをひっくり返すような音が響いた。
『な、何言ってるのさ、あっくん!』
「ちなみに今の台詞も、一種の“男のロマン”を表す台詞だな。まさか人生で使う日が来るとは思わなかったけど。ま、そういうわけだから。コア501にはそう伝えといてくれ」
『あ、うん……分かったよ』
束はしおらしい様子で、小声でそう返した。
そして呼吸を整えるように一拍置いて続けた。
『――――ちなみに今のやり取りとかは全部501ちゃんも観測してるから。あえて伝えなくても伝わってると思う』
「あ、そうなん?」
『そう。今後はソレを意識して行動して欲しいかな?』
「ふ~ん」
束の言葉を聞いて、秋斗は首から提げた懐中時計の文字盤を撫でた。
「そう言うことなら話は早い。マジで育てるような“意識”で過ごせばいいのな。デジモンみたいな感じで?」
『あ、うん。近いと思う。でも501ちゃんは一応女の子なんだからそこは考えてあげてよ? へんな事を吹き込み過ぎないでよね? 理解不能で後でへんなエラーが出たら、実験も意味が無いから』
「女の子ね。了解了解。つまり俺はリュック・ベッソンの『レオン』に出て来るジャン・レノみたいな、カッコいいおっさんになればいいわけね。任せろ」
『……あっくん、本気で分かってる? なんか、今日ちょっと変だよ?』
「あ~少し酔ってるかもしれない」
『酔ってるって……お酒飲んだの!?』
「目の前に紹興酒があったからな」
秋斗はあっけらかんと言った。
それからしばらくコア501に対するアプローチの具体的な注意、改良点を話して、電話を切った。
「――――まだ心臓がドキドキする」
不整脈や動悸による息切れに悩むほど老けていないつもりだが、突然自身の身に起こった強い衝動に束は焦りを感じていた。
――――この感覚はなんだろう?
顔が火照った。鼓動が止まらない。そして秋斗の先の台詞が耳から放れない。
束にとってそれは初めての感覚だった。否、感情とも言い換えられる。
通話が終った後、ソレは何時もの事なのに、不思議と今日は“名残惜しい”と感じてしまった。そして同時に、また“話したいな”と思った。
「……どうしよう」
何に対しての“どうしよう”なのか、束は自身でもよく分かっていなかった。
ひたすらに身体を駆け巡る強い焦燥の感覚に、どうしようもない歯がゆさを感じていた。