IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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03 プレゼントDAY

 時の流れは意外に早い。

 特に年を重ねた者ほどそう思う。

 そして精神的には十分に年を重ねている秋斗も、その例に漏れなかった。

 秋斗が織斑家の財政を立て直す為に最初の策として毎月の小遣いを使って懸賞はがきを送り始めてから約半年。

 季節は夏を過ぎて秋となり、そして冬になった。

 世間ではクリスマスシーズンと呼ばれる時期で、イルミネーションの輝く街の雑踏を、親子連れや恋人達が楽しそうに歩き始める頃だ。

 友達や家族と楽しく過ごしたクリスマスの経験はあれど、未だ秋斗には、恋人と甘いクリスマスを過ごした経験がなかった。

 そんな男一人の寂しいシングルベルを幾度も過ごした前世の記憶が不意に蘇る。

 秋斗はふと、「流石に今生では、一回ぐらいリア充やってみたいぜ……」と密かに思った。

 

「――――なぁ、俺の人生のメインヒロインって何処に居ると思う?」

「は? メンヘラ? いきなりどうしたんだよ、秋斗?」

「…………俺が言うのも何だけど、お前(一夏)はその難聴を意識して治した方が良いぜ? 割と本気で忠告しとく」

「…………はぁ?」

 

 終業式を終えた後、一夏と秋斗は一緒に帰路に着いた。

 秋斗が何気なく口走った“メインヒロイン”と言う単語を、一夏は何故か“メンヘラ”と聞き取った。

 そんな一夏の難聴ぶりに秋斗は、既に将来『朴念仁』と化す十分な素養が備わっていると思った。

 恐らく今後、一夏には恐らく原作通りの男達が血涙を流して羨ましがるような青春が約束されている。それを身内として間近で見せられ、もしも己が灰色の青春を送る事になった場合、もしかすれば秋斗は己が修羅に堕ちるかもと少し不安になった。

 ちなみに原作で言う一夏のヒロインにあたる篠ノ之箒だが、実はこの時点で既にその姿を何度か目撃していた。

 織斑家の後見人である篠ノ之柳韻の娘――篠ノ之箒は、秋斗や一夏と同様に、柳韻の開いている道場で剣の修行に励んでいるからだ。

 

 柳韻の門下生に限らず、所謂『習い事の場』と言うのは、基本的に同好の志や同郷の者が集まる事が多い。

 故に必然的に年齢に関係ない交流が生まれ易い。

 しかし篠ノ之箒は誰に声を掛けられても素っ気無い態度で返事を返す事で有名だった。

 何時も独りで黙々と剣を振っているのが印象的で、一夏はそんな箒とは学校で同じクラスに在籍している為、幾度か「一緒に鍛錬しないか?」と度々声を掛けていた。

 しかしその時の箒の返事は後のヒロインにあるまじき非常に冷淡な態度であったと言うのが一夏の談。

 そして今日もまた、学校が終って道場に向うと、篠ノ之箒が道場の片隅で独り黙々と剣を振っている姿が見受けられた。

 

「……なぁ、声掛けねェの?」

 

 秋斗は稽古着に着替えた後、箒の姿を見かけて一夏に尋ねた。

 

「どうせまた無視されるから、ほっとく。それより行こうぜ」

「ふ~ん。(…………まだフラグが立ってないのかねェ)」

 

 箒に対する一夏の様子は、誰に対してもフレンドリーな一夏にしては珍しく、毛嫌いする様な態度だった。

 原作知識はあれど秋斗の中にあるソレは結構曖昧で、作品中のどの時系列でどの人物同士が関わりを持ったのかについては殆ど判らない。

 故に此処から篠ノ之箒が後の一夏のヒロインに相当する人物と化すのがいつなのかと、秋斗は密かにその瞬間を見るのを楽しみにしていた。

 秋斗はそれとなく2人の様子を気にかけつつ、今日の鍛錬を開始した。

 

(……俺が居るせいだろうか?)

 

 秋斗はふと、己と言うイレギュラー要素が、またしても作中の展開(運命)に妙なズレを生じたさせたのかと不安に思った。

 自分がイレギュラーだと言う引け目がある為、自分から無闇に原作をかき回すつもりはない。

 が、それでも何かしらのイレギュラーを発生させてしまった可能性を考えると少し不安になった。

 現時点ですら原作の流れにたどり着けるかの不安がある。

 その為、秋斗は原作に沿うように多少の梃子入れは必要だろうかとも少し考えた。

 しかし己の存在が確実に影響を及ぼした織斑家以外の部分で、積極的に環境を変化させるのは何かが違うと感じ、最終的には一夏と箒の関係には静観を選ぶ事にした。

 

 ――――ふとその際に何か重要な見落しをしている様な気もしたが、その時の秋斗は気のせいだと感じた。

 

 

 

 

 冬休みに突入した初日の午後。

 千冬は秋斗と一夏に本日渡された“通知表”の提出を要求した。

 

「『――――授業中に上の空になる事が多く、注意力散漫な点も多くあります。しかし成績自体は非常に良く、もっと積極的に授業に取り組めば、更に上の結果も出せると思います。』……秋斗。お前確か夏休みの前にも先生から同じ点を叱責されなかったか?」

「………………まぁ、そうっすね」

「内申評価に関しては一夏を見習え」

 

 秋斗はあらゆるテストの平均点を全体的に高く揃えているので成績の上では非常に優秀の括りにされていたが、代わりに内申評価は少し悪かった。

 授業中にどうやって金を稼ぐかを考え続けている所為だ。

 流石にソレを千冬に説明すると今度は色々ややこしくなるので、秋斗は素直に叱責に対して頭を下げる。

 千冬は丸めた通知表で秋斗の頭をパコリと叩いた。

 そんな秋斗の横では、同じ様に正座する一夏が苦笑を浮かべていた。

 ちなみに一夏の評価だが、こちらは正に文武両道を体現しており、内申評価に関しても『協調を重んじ、率先して日直や清掃などの活動に取り組んでいる』という高い評価を受けている。

 秋斗と一夏は二卵性の双子で、現時点では外見の差は少ない。しかし成績を見れば、兄弟の違いは明白だ。

 理数と美術に秀でるのが秋斗、文系と体育と内申評価に秀でるのが一夏と言った具合である。

 

「とりあえず学年末の評価には期待しておこう。さて、と……。話は変わるが時期的にクリスマスだ。お前達何か欲しいものはあるか?」

 

 通知表の確認が終った後、千冬は弟達に珍しい事を尋ねた。

 家が貧乏である事を知る秋斗と一夏は、千冬の言葉に同時に目を丸くした程。そんな弟達の内心を察して、千冬は微笑を浮かべながら言った。

 

「今年はお前達のやった懸賞はがきのお陰で、中々美味い飯が食えたからな。そのお礼だ。年に一度の事だから、なるべくは要求に応えるぞ?」

「本当にいいのかよ、千冬姉?」

「…………おい、姉貴。熱でもあるのか?」

「……お前達は私を何だと思ってるんだ、特に秋斗?」

 

 思わず呟いた秋斗の一言に対して、千冬は少しだけムッとした表情を見せる。

 秋斗主導で懸賞の当選品の転売を始めたが、実際それで生活が楽になったとは言い難い。

 そしてその稼ぎは秋斗が求め、期待した水準に比べると実に微々な結果だ。

 なのでプレゼントを買う金があるなら少しはバイトを休めと言うのが、秋斗と一夏の率直な感想であった。

 しかし表情を見るに、千冬は頑として引きそうにない。

 秋斗は一先ず参考までに一夏に問うた。

 

「一夏はなんかあるかい?」

「ん~どうだろう。……しいて言うなら新しい包丁とまな板、かなぁ。この前の懸賞で当たった黒鯛(チヌ)を捌いた時に、両方ともボロボロになってさ。出来ればソレを買い換えたいかな?」

「…………なんというか、もう少し子供らしい要求は出来ないのか? いや、私も世話になっている手前そう強くは言えんが――――」

 

 何とも一夏らしい答えを聞いて千冬は苦笑いを浮かべる。

 文武両道、質実剛健を地で行く千冬だが、家事だけは天敵だからだ。

 旧世代の様に男が仕事、女が家事と言う風聞は薄まってはいるものの、やはり女として思うところはあるのだろう。

 そんな表情を浮かべる千冬をフォローするように、秋斗は同情的な笑みを浮かべた。

 

「まぁ、一夏だから仕方ねェさ。幸い舌は壊れてないんだから、姉貴もやろうと思えば直ぐに料理ぐらい作れるさ」

「…………私だって料理ぐらい作れるぞ?」

「はいはい」

 

 千冬はムッとした表情をうかべた。

 

「まぁいい。ならば一夏には良い包丁を買ってやろう。――――で、問題の秋斗はどうだ?」

「……問題ってなんだよ?」

「お前今年の誕生日に自分が何をやろうとしたのか忘れたとは言わさんぞ?」

「…………流石に反省してるよ。もう二度とやらねぇから安心してくれ」

 

 千冬が釘を刺すように眼光を鋭くしたので、秋斗は小さく溜息を吐いた。

 遡る事、約3ヶ月程前。一夏と秋斗の誕生日である9月の時も、今日と同じく千冬は奮発して2人にプレゼントを贈ろうとした。その際に秋斗は千冬に1万円ほどのフィギュアを頼み、「一年くらい寝かせてオークションに出せば、買った時の3倍くらいの値で売れる」と口走った。

 結果として秋斗は千冬に拳骨で殴られたので、流石に今回は同じ轍を踏む気になれない。

 

「――――欲しいモノ、ねぇ」

 

 秋斗はふと、天井に視線を移した。

 誕生日の時は織斑家の財政を立て直す事に傾倒しすぎて、他人の気持ちを蔑ろにしすぎたと流石に反省している。なので今回しっかりと“好意”として千冬からプレゼントを受け取るつもりだった。しかし漠然と『欲しいモノ』と言われても、直ぐには思いつかなかった。

 加えて前世の記憶に目覚めた弊害として、秋斗には年相応の子供という意識が非常に希薄になっている。前世で一度成人している所為か、秋斗の中には“欲しいモノは自分で買う”という意識が強く存在し、同時に誰かに買って貰うという事そのものが妙に恥ずかしく思えてしまう照れがあった。

 

「……ちょっと思いつかないから、しばらく考えさせてもらっても良いか?」

「そんなに悩む事か? それ程難しく考える事でも無いと思うが――――」

「出来れば一夏の頼んだ包丁みたいに観賞用で終りたくないからな。使い続けて価値があるみたいなモノの方が良いだろ?」

「いや、別に俺の真似なんてしなくていいんだぞ? 秋斗は秋斗の好きなもん買ってもらえよ」

 

 一夏が口を挟んだ。

 

「それがあるんだったらこんなに悩んでないんだな、コレが」

 

 一夏の言葉に、秋斗は思わず溜め息を吐いた。

 

 実際の所、一夏の『包丁が欲しい』という願いは、秋斗的には実に盲点を突かれる提案だ。家計を助ける上に長持ちして、値段もピンキリで、しかも一夏の趣味に合っている。

 そんな打ってつけのプレゼントが存在すると知ってしまえば、秋斗も織斑家の生活に直接的な形で役に立ち、尚且つ無駄でない代物をと思ってしまう。

 秋斗はしばらく思案に耽った。

 

(――――プロダクト方面の材料を揃えるにしても、基本的に消耗品。今後の事も考えるとネット環境の整備の方が先だが――――)

 

 家事に関しては殆どが一夏の領分なので、秋斗はそれ以外の部分で家に役立つ道具を模索した。

 そして行き着く答えが、結果的に一つしかないと思った。

 しばしの黙考の末、秋斗は思い切って口を開いた。

 

「……しいて言うなら“パソコン”が欲しい。しいて言うなら、だけど――――」

 

 今後の生活の為にPCは何れ手に入れる必要があった。

 そもそも支度金を工面して真っ先に用意しようと思った道具がPCなのだ。

 小学一年生が欲しがる“玩具”にしては、余りに高価過ぎる品物。

 家計の苦しさを良く判っている為、秋斗は言うだけ言ってからその言葉を冗談だと流そうとした。

 ――――が、そこで誤算が起きた。

 千冬は秋斗の言葉を聞いて、ふっと小さく笑みを浮かべた。

 

「お前も大概だな? 一夏と同じでもっと子供らしいモノを欲しがればいいものを。まぁいい。パソコンが欲しいなら、私の“知り合い”に丁度そういう(・・・・)のが得意な奴が居る。確約は出来んが、もしかしたら手に入るかも知れんぞ?」

 

 千冬はやれやれと小さく吐息を吐きながら言う。

 

「…………え、マジで手に入っちゃうの?」

 

 対する秋斗は千冬のそんな言葉に思わず耳を疑った。流石に言うだけ言ってみようと思った冗談交じりの提案が、余りにすんなりと実現しそうな予感に、酷く困惑した。

 千冬は秋斗の問いに小さく頷いて肯定の返事を返す。

 

「嘘は言わんよ。ただし、本当に確約は出来んからな? ちなみにそいつは柳韻先生の娘で、ついでに私とは“腐れ縁”の馬鹿だ。秋斗がパソコンを本当に欲しいのなら、私から直接奴に頼んでみよう」

「腐れ縁の馬鹿? なぁ、秋斗。柳韻先生に箒以外の娘なんて居たっけ?」

「………………」

 

 一夏は首を傾げて秋斗の方を見る。

 そして同じ頃。秋斗は今の今まですっかり忘れていたある原作の“登場人物”の事を思い出した。

 

(……そうだ。そう言えば、姉貴の幼馴染にハイパーチートなハイテク人間が、居たじゃねェか!)

 

 千冬は溜息を吐きながら“篠ノ之束”の名を口にした。

 

「私の小学校からの腐れ縁でな。少々どころか、かなり人格に難ある“天災”と呼ばれる女がいるんだ」

 

 

 

 

 原作のタイトルにもなった“インフィニット・ストラトス”。その名を冠するマルチフォームスーツを開発した天才博士こそ、件の千冬の幼馴染である“篠ノ之束”その人だ。

 秋斗はその存在を千冬が仄めかすその瞬間まですっかり忘れていた。

 篠ノ之束は原作でもかなり重要な位置にいる人物で、彼女の人物像を思い出すと、まるでパズルが次々嵌るように欠けていた原作知識のいくつかが蘇った。

 なぜ忘れていたのかはこの際どうでもいい。

 それより重要なのは、意外に原作と言う形で覚えている物事が、秋斗の思っている以上に少ないと言う現実にあった。

 篠ノ之神社や柳韻先生の自宅に何度か赴いたが、そんな“天災”が潜んでいる気配など微塵も無かった。しかし篠ノ之家の玄関を見れば、間違いなく天災のモノであろう“靴”が置いてある。

 

(――――不味いかもな)

 

 秋斗は密かに内心で強い危機感を覚えた。

 具体的な事は殆ど覚えていないが、原作の大まかな流れとして幾つかヤバめの出来事が存在する。

 そして現実となった今、それらは将来的に起こるのだ。

 ソレを乗り越えてた結果の物語が原作では描かれているが、己と言うイレギュラー要素を内包した状態では流石に全ての結果が原作と同じになるとは考え辛い。

 良くなるならば問題ないが、悪化したら最悪だ。

 目下のところ原作にたどり着く為に乗り越えなければならない大きな事案は二つあり、秋斗は千冬から篠ノ之束の名前を聞いた瞬間、それまで忘れていた一つ目の、作中最大の“事件”の事を思い出した。

 

(――――白騎士事件ってもう起こったっけか?)

 

 秋斗は何となくで覚えている原作知識と“現実”のズレを確かめる為、宿題の読書感想文を書くついでに独り、県の図書館に赴いた。

 この世界の科学技術は秋斗の生きた前世よりもいくらか進んでいる為、情報を手作業で探すという手間が殆ど無い。

 秋斗は図書館に置かれた情報端末で3年前から今日までの間の期間に絞り、『白騎士』をキーワードに検索を開始した。

 しかし半ば予想した通り、今日までの間に『白騎士』が登場した大掛かり事件は一件たりともヒットしなかった。

 秋斗は結果を見て、思わず眉間に皺を寄せた。

 

(……『白騎士事件』は確か劇中で“10年前”って書かれて無かったか?)

 

 秋斗は思わず鉛筆を齧り、顎の下に手を乗せた。

 千冬と一夏の年齢差から逆算すると、一夏が高校一年になった段階で千冬の年齢は23~25歳前後。つまり千冬と同い年の束は中3~高2の間には既にISの基礎理論を発表しているという計算になるのだ。

 そして千冬は現在16歳の高校一年生。つまり『白騎士事件』も、現時点では既に“起こった”か、またはこれから“起こりうる”と予想される。

 ――――しかしそうなると篠ノ之家が引っ越してないのはなぜだろう?

 ISを作った結果で篠ノ之一家が離散となったと考えている秋斗は、思わず現時点での原作とのズレのような状態に思わず首を傾げた。

 

「セカンドが来る小4ぐらいまでは、一夏と同じ学校だったんだよな? これから離散すんのか? …………わけが判らねぇ。どういうこった?」

 

 『白騎士事件』でISの性能が世界中に示され、それが結果的に世界中の男女のあり方と、軍事のパワーバランスを変えた。そしてISの存在を中心に、原作の舞台であるIS学園は作り上げられる――――。

 しかし“あるはずのモノ”が無い、起こるべき事が起こっていない、と言う現実を前に秋斗は強く困惑した。

 続けて秋斗は同様の方法で、今度は『篠ノ之束』についての検索を掛けた。

 ――――すると今度は幾つかヒットがあった。

 篠ノ之束に関する記事には医療や科学、数学、物理学の方面に多く、詳しい事は理解できないものの共通して非常に年若い天才だという記述があった。

 秋斗はその中でひっそりと『――夢のマルチフォームスーツ――』というまとめを見つけた。

 

・新世代の航空宇宙理論として篠ノ之束が学会に持ち込んだのは、無限の成層圏を意味するインフィニット・ストラトスと名付けられたマルチフォームスーツの構想だった。あらゆる分野で賞を総なめする若き大天才が、非常に強い意気込みを持って発表したその設計理論は非常に難解で、且つその開発、運用に要求される技術は余りにも荒唐無稽であった。

・結果として篠ノ之束女史の意気込みも空しく、結果的にISによる宇宙開発構想は受け入れられなかった。しかしその中にある技術の一部は非常に革新的であったのは確かで、後に多くの学者によって研究が進められたその成果のいくつかは、今日の社会に反映されている。

 

 秋斗は記事の読後に、なんとも言えない歯がゆさを感じた。

 

「――――要するに一番重要な部分を否定されたけど、中身の一部は本人の与り知らぬ所で勝手に研究されて、いつの間にか発表されてて、評価されてたって事か?」

 

 秋斗は不意に前世の友人の零した愚痴を思い出す。

 彼は『論文を発表するのが教授の仕事だ』と酒の席で話し、同時に「研究室の助手達が発見した成果でも、大学教授の名前で発表される」と言った。

 

「……なんだろうな。俺がもし篠ノ之束だったら、無茶苦茶腹立つ様に思える記述に見えるんだけど」

 

 まとめによると篠ノ之束が心血を注いだISは多くの学者の失笑を受けて評価をされず、その技術の一部だけは他が後追いで、しかも篠ノ之束を除いた形で検証、研究されて評価を受けている。

 秋斗は独力でISを開発し、『白騎士事件』と言う無茶苦茶な形で世界にISの性能を見せようとした篠ノ之束の心中に少しばかり同情できるような気がした。

 原作の篠ノ之束は他人に対して“凡人”と平然と言ってのける性格で、故にプライドも相応に高いと見えた。

 つまり不満があれば、素直に怒る事をいとわない性格であると予測が出来るのだ。

 人であるなら誰にでも“感情”は存在し、その感情を律して生きるのが、ある意味で社会人たる所以だと言われている。

 しかし秋斗が思うに学者とは、半ば『世捨て人』。社会人としての完成度は二の次である事が多く、加えて『白騎士事件』当時の篠ノ之束は高校生。

 そんな周囲と隔絶した天才が、ある意味で“ぶち切れた”結果が『白騎士事件』であると考えるなら、秋斗は人死にが出ないように配慮しただけ、原作の結果はマシなんじゃないかと密かに思った。

 

「しかしどうするかな。この調子だと、まさかこれから(・・・・)白騎士事件が起こるのか?」

 

 秋斗は鉛筆を咥えて視線を宙に移した。

 学会でISの発表は既に行われた後。しかし肝心の『白騎士事件』に関してまだ起きていない。

 『白騎士事件』は後の『女尊男卑社会』に繋がる為、個人的には起きて欲しくない事件だ。――――が、しかし織斑家の状況を考えると、ISが社会に登場してくれる事自体は寧ろ大歓迎なのだ。

 千冬が世界的に有名な日本の国家代表としてIS乗りになるし、一夏が原作のルートを辿る為の重要な鍵となる。そして秋斗にとっては件のIS時代における姉兄の活躍が、莫大な稼ぎの源泉となる可能性があった。

 今後、千冬がIS乗りとして日本の国家代表になった際、モンド・グロッソ(世界大会)に出場する機会は2回ある。逆算して恐らくだが、秋斗と一夏が小学5年生になる頃の1回目と、原作で一夏が誘拐されたという中学の頃の2回目。つまり原作の通りに時間が進めば、秋斗が小学5年生になるまでの“約3年”と言う期間が、秋斗が乗り越えるべき鬼門となる。

 件の期間を一家3人で無事に乗り切る事が出来れば、その後は世界的に有名人と化した千冬の稼ぎで、織斑家の生活が安泰となる筈。しかし逆に『白騎士事件』が起こらず、ISが世界に登場せず、千冬が一般人のままで今後も一家の貧乏生活が続けば、その時点で織斑家の滅亡エンドは確定。千冬は確実に過労で倒れ、年齢しだいでは一夏と秋斗は最悪施設送りとなり、原作崩壊というバッドエンドを迎える事になる。

 

「何とか原作に沿ってほしいが、どうなることやら……」 

 

 様々な思案を重ねた結果、秋斗はさっさと原作通り、篠ノ之束に『白騎士事件』を起して欲しいと思った。

 

「――――少年よ、一体何をそんなに難しい顔をしてるんだい?」

「……ぁん?」

 

 ある意味で“世界が崩壊する日”を待ち望んだ矢先の事。

 秋斗は真後ろから見知らぬ人物に掛けられた。

 その声に振り返ると、そこにはメカメカしいウサギ耳と空色のエプロンドレスを纏った一人の美少女が立っていた。

 ――――篠ノ之束であった。

 

「やっほ~♪ キミがちーちゃんの言ってた“変わってる方”の弟くんだよね?」

「…………篠ノ之束?」

「ピンポンピンポン♪ 流石に調べてるだけあって、よく知ってるねぇ。花丸を上げよう! だけどなんで顔を知ってるのかな? キミと会うのは初めてだよね?」

「………………」

 

 秋斗は脈絡無く登場した“天災”を前に、表情と感情を押し殺しながら内心で酷く驚愕した。

 

 

 

 

「――――いやぁ、半ば冗談だったけど、怪しい人に付いて来るのはちょっと感心しないぞ? ショッカーみたく拉致されて改造されちゃっても知らないよん♪」

「その時は超変身したウチの姉貴が、地の底まで博士を追い詰めるよ。んで、姉貴必殺の“モツ抜きパンチ”が炸裂する。……たぶん死ぬほど痛いと思うぜ? ご愁傷様。ウチは貧乏だからちょっと香典出せねェと思うけど」

「……ちーちゃんのモツ抜きパンチかぁ。リアルに想像出来ちゃったよ、うん。……あんまり冗談には聞えないから想像したくないね。普通にお話しようか?」

「……了解」

 

 

 当たり障り無く冗談を交えた会話が成り立っている手ごたえを感じて、秋斗は内心で密かに安堵した。

 同時に“一定以上の興味は確実に持たれている”と推測した。

 正直に言うと秋斗は、篠ノ之束と会うのを光栄に思う反面、強い不安を内心に感じていた。

 

 突如現れた篠ノ之束に話があると言われて、秋斗は束と一緒に図書館のオープンテラスに場所を移した。

 興味の無い人間に対しては徹底して歯牙にかけない不遜な性格。そんな風に描かれた原作と、それ故の所業のいくつかを知る身としては、篠ノ之束は怖い相手だった。

 秋斗は自分でも強く自覚するほど、この世界ではイレギュラーな要素。故に束に妙な興味を抱かれ、千冬同様に振り回されるのは勘弁願いたいと強く思った。

 それを如何にかして誤魔化すべく、秋斗は違和感の出る年相応の対応等するだけ無駄と考え、あえて内心の動揺を押し殺しながら、なるべく対等に話が出来るように、あえて束と同様の胡散臭い“道化”を演じる事にした。

 ――――奇しくもその対応は世間で異端とされる束が、世間に対して理解される事を放棄し、結果作り上げた現在のキャラクターに何処と無く似ていた。ソレは秋斗が知る良しも無かった事であった。

 

「ちーちゃんからキミがパソコンを欲しがっていると聞いてね。早速、持ってきてあげたのさ」

「……持ってきた? 現物がもう此処に?」

「もちろんさ。ほいっ、あげる」

「っ!?」

 

 青空の下に出て早々。束は空中に手を翳すと、何も無い空間から魔法のように一台のラップトップを取り出して見せた。

 ボディーは黒く、ワンポイントにウサギを模した手製のロゴ。その作りは市販品のように洗練されている。間違いなくそれは、篠ノ之束本人によるワンオフの一品だった。

 秋斗は魔法のような所作であっさりと取り出されたノートPCを見て、そう直感した。

 そして目を丸くする秋斗に対し束は、悪戯が成功した様なドヤ顔を浮かべて言った。

 

「何も持ってないように見えた? 残念だけど、量子格納していろいろしまってあるのさ! 驚いた? た?」

「……まるで魔法だな?」

「理解出来ないモノを魔法の一言で片付けるから凡人は凡人のままなのだよ。理解出来てしまえば実に簡単なトリックだよ、ワトソン君?」

「多分、その理屈を理解出来るのはこの世界でアンタだけだと思うぜ、ホームズ」

「咄嗟にそういう台詞を返せるなら、キミも大概じゃないよね♪」

 

 束は秋斗に手製のノートPCを渡しながらそんな風に評した。

 

「……動作確認しても良いか?」

「もちろんさ。あ、ちなみにありあわせの(ジャンク)パーツで作った代物だからね? その点だけは先に謝っておくよ」

「………………ジャンク、ねェ」

 

 秋斗は束の謝罪に苦笑いを返しながら、早速モニターを起こして電源を入れた。

 束はそれをジャンクの寄せ集めと言うが、立ち上げて一秒にも満たない時間で完全に起動しているほどに処理が早い。

 ――――その時点で秋斗は、どこか嫌な予感を感じていた。

 先ずデスクトップを確認する。インターフェースは秋斗の知る限りの複数のOSを混ぜ合わせたような形で、恐らくソフトウェアの面からしても自作された手製のプログラムによるものと推測出来る。

 流石にソフト面では秋斗もその凄さの全てを図れないが、逆を言えば多少なりとも知識のあるハード面では既製品との比較が出来るという事だ。

 秋斗はタッチパネルを操作しながら、恐る恐るそのマシンスペックを確認した。

 

「――――“デュアルオクトコア”ってなんだよ。聞いた事ねぇよそんなモン。それに内蔵容量が6Tってさ……」

「ん、足りないかな? あぁ、心配しなくてもちゃんと水冷だよ♪」

「そういう事を言ってんじゃねぇよ。……何に使うんだよ、こんな廃スペック」

 

 文句の様な言葉を放った秋斗だが、その顔に喜色が浮かぶのまでは隠せなかった。

 グラフィックボードもメモリーも秋斗の知らない名前のモノばかり。しかしその性能は恐らくだが、最新のMMOを4つ同時に立ち上げた上で、それらを並列して遊んでもヌルヌルと動きかねないと思わせるほど狂っている。それ程に気持ちが悪い。

 そしてそれが理解出来てしまう秋斗の前世の積み重ねが、篠ノ之束の天才たる所以を違わず理解出来てしまった。

 

「博士スゲーな! ジャンクで作ったって絶対嘘だろ?」

 

 秋斗の驚愕を見て束は少しだけ嬉しそうに言った。

 

「そんなに凄いかなぁ。消費電力は兎も角、屋外での稼働時間は3日も持たない失敗作だよ? それに市販品より1キロも重たいし。どうせ4,5年も経てば似たような性能の奴が出回るよ」

「市場で5年も早い技術を適当に作ってみせるのが、そもそも馬鹿だぜ。いや、この場合は天才か? まぁ、どっちにせよ、だ。博士スゲーよ!」

「……ちーちゃんの弟君にしては、意外なほどギーグな趣味をしてるんだねぇ」

 

 束は感情の見えづらい空笑いを浮かべながら、小声で言った。

 

「…………なぁ、本当に貰って良いのか博士?」

 

 秋斗はひとしきり動作を確認した後、改めて束に問うた。

 秋斗がPCを手に入れたかった最大の理由はネットに今後の稼ぎの礎を築く為であり、それは束の作った怪物PCの様な性能など必要とせず、精々中古で買えるような型落ちのタブレットでも十分だったからだ。

 使用目的を怒るんじゃないかと言う不安を感じつつ、秋斗は尋ねた。

 

「なぁに? 不満なのかな?」

「いや、不満どころか凄い嬉しいよ。だけどこんな凄いモンを無料で貰うとなると流石に不安だ。使いこなせる自信がねェし、なにより後で買い取れって言われても、ウチにそんな金払う余裕なんかない。……本当にいいのか?」

「あぁ。その事? だったら気にしなくていいよ。キミの好きなように使えば良いさ」

 

 秋斗の不安を余所に、束はあっけらかんとした様子で言った。

 

「お礼ならちーちゃんにたくさん払って貰ったから必要ないよ。寧ろ私としてはこの程度で良いのって思うくらいだし。まぁ、多少なりともモノの価値が判るみたいだから、後になってお金を請求するつもりも無いから安心して持って帰りなよ」

「…………そう、か。ありがとう」

「うん、どういたしましてだね。それじゃ、大事に使うんだよ?」

「あぁ。間違いなく10年は大事にすると思う」

「よろしい!」

 

 秋斗はぎこちない礼を返した。

 ソレを受け取ると束は徐に席を立った。

 

「さて、もう少しお喋りしたい所だけど、そろそろ時間だ。この辺でお暇するじぇい! もし修理や相談なんかで束さんの助けが欲しい時は、篠ノ之神社の境内で空に向って指を鳴らすんだぞ♪」

「『来い、タバネガンダム!』って感じで?」

「にゃははは、そうそうそんな感じそんな感じ。あ、そうだ。ついでにキミの名前教えてよ(・・・・・・・・・)?」

 

 踵を返す途中でふと、束は思い出したように秋斗に尋ねた。

 秋斗は原作知識で知る篠ノ之束の性格から、的確にその意図を察した。

 秋斗は一瞬だけ眼を見開き、そして小さく息を吐きながら名乗った。

 

「…………織斑秋斗。まぁ、好きに呼んでくれ」

「アキト。アキト君ね……うん、覚えた。じゃあ次から“あっくん”って呼ぶね。じゃあ、サラバダー♪」

 

 かみ締める様に秋斗の名前を呟く束は、去り際に右手を振り上げた。

 そして直後、目にも留まらぬ速さで何処かに走り去った。

 天災の異名に相応しく現れる時も去る時も唐突だ。

 そんな風にして束が去った後、秋斗は「まるで台風だな……」と内心で密かに思った。

 そして安堵を確かめるように、盛大な溜息を零した。

 

「……とりあえず嫌われるよりはマシな結果に終ったよな?」

 

 誰に対しての台詞なのか自分でも定かでなかったが、秋斗はそんな独り言を吐息交じりに呟いた。

 ――――篠ノ之束に認識される。

 その結果は、ある意味で極上。ある意味では、己というイレギュラーが、物語に正式に認められた様に思えた。

 篠ノ之束の劇中イメージからして、露骨に邪険にされて排斥される様な関係であるよりは、間違いなく好意を持たれている方がマシ。しかし劇中の千冬や一夏、箒の様に、今後束から滅茶苦茶な形で事件に巻き込まれる可能性も十分に含んでいる。

 秋斗はソレを避ける為にあえて“道化キャラ”で対応した。

 なるべく素に近い口調で冗談を多分に含み、その上で素直に友好さを顕にしてみた。

 が、その意を何処まで束が汲んでくれるかは分からない。

 

「…………まぁ、成るようにしかならねぇか」

 

 秋斗は再度小さく溜息を吐き、天災から渡されたクリスマスプレゼントを手にゆったりとした足取りで帰路についた。

 

 ――――その日の夜。

 世界中から日本の首都に向けて複数の弾道ミサイルが飛来し、突如訪れた一機の白いISがその脅威を打ち払った。


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