IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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最終章
30 流血に濡れて、孤独を抱えて


 織斑三姉弟が怒った場合。

 一夏は典型的な感情的に怒鳴るタイプである。そして千冬の場合は怒りに幾つかの段階があり、最初は理性的に怒り、次に軽く手が出て、更にソレを過ぎると無言で拳を握るタイプ。そんな二人に比べると秋斗は寧ろ“怒る”という事、それ自体が稀なタイプの人間だった。

 無論、秋斗も声を荒げて叫ぶ事はある。

 が、しかしそれは本当の意味での怒りとは程遠い苦言や愚痴のようなもの。

 故に、秋斗の怒りを見た事がある者は非常に少ないと言える。

 基本的に秋斗は物事をハッキリさせるよりも、曖昧である事を良しと出来る性格だ。故に基本的に他人には無関心である事が多く、故に秋斗の逆鱗に触れるとどうなるかを未だ誰も想像した事がない。

 ――――唯一、その一端を見たとされる人間こそ、御手洗数馬だった。

 そして数馬は唯一、織斑3姉弟それぞれの怒り方を見た事がある人間でもあった。

 幾度か織斑家とも交流を重ねた数馬曰く、一夏と千冬が怒りを見せる場合は“理由”が見える。しかし秋斗の場合は徹底して静かで、尚且つ淡々と報復を行なうタイプであるとの事。

 基本的に流す人間であるからと、侮る事なかれ。後の時代で秋斗を知る彼の友人らの共通の意見として、滅茶苦茶やらかす分、切れるとあの姉弟で一番おっかないというのが、織斑秋斗への評価であった。

 そんな御手洗数馬が織斑秋斗と初めて知り合ったのは中学に進級してから程なくしての頃だ。

 そしてその出会いから程なくして、数馬は繁華街のとあるゲームセンターのトイレで、2人のチンピラからカツアゲされた。

 その時の恐怖は、数馬の中に未だトラウマとして残っている。

 なぜなら今では、一人では決してゲームセンターには近づけなくなったほどだからだ。

 

「――財布出して♪」

 

 その時の数馬は、チンピラ2人の茶化すような声に震えて何も出来なかった。

 黙っていたら頬を一発殴られた。

 5年生の頃に関西から引っ越して以来、この街に数馬の友達は少ない。

 加えて進級した中学でも今後上手くやれるかも不安だった。

 だから数馬はゲームの世界にのめりこんだ。

 偶々知り合った秋斗と勝負するのが楽しくて、連日のように数馬はゲームセンターに通った。――――それが故に、チンピラに眼をつけられた。

 財布を取られたこと。そして殴られたこと。そして友達と長く遊べるようにと、財布の中に貯金の殆どを突っ込んでいた自分の迂闊さ。

 そんな恐怖と悔しさと自分への情けなさに、数馬は涙をこぼした。

 そしてそんな姿を誰にも見られたくなくて、何とか涙の痕を消そうと洗面台で顔を洗った。

 だがそこに幸か不幸か、偶然友人(秋斗)が現れた。

 

「……何があった?」

「っ……」

 

 なんでもないと答えようとしたら声が出なくて、数馬は思わず泣いた。

 秋斗はカズマの様子と、頬の傷を見て直ぐに事情を察したらしく、何時よりも更に低くて平坦な声で短く尋ねる。

 

「………さっきすれ違った2人組の連中か?」

 

 数馬は涙を拭いながら頷いた。

 

「幾らパクられた?」

 

 嗚咽と一緒に搾り出した「5,000円」という言葉を聞いて、秋斗は数馬の肩を置いた。

 

「わかった。お前はそこで待ってろ」

「秋斗君? 秋斗君、何する気や――――」

「いいから。……待ってろ。な?」

「っ!?」

 

 この時の事を振り返る度に御手洗数馬は織斑秋斗に対するある種の畏敬と尊崇の念を抱く。

 数馬が思うに、この時の“秋斗”は確かな形で静かな形でキレていた。

 肌で感じる秋斗の静かな怒気に、素直に頷く事しか出来なかったからだ。

 後に数馬はこの日の事を語る際に、秋斗も確かに“世界最強”の実弟だったと納得する。

 そして同時に、この時の秋斗の様子を注視して覚えて(・・・)おけば、後の“あの事件”も未然に防げたかもしれないと数馬は思った。

 

 

 

 劉老人から習ったジークンドーの鍛錬が少しずつ実を結びはじめ、模型部で一番のデブだった若原が痩せ始めた。そして細かった山口も食事量が増えたのか、少しずつ体格が良くなっている。

 また鈴が発端となったイメチェンにより、模型部の一同は根暗でジメジメとした印象を大きく変えた。

 特に秋斗の変化がもっとも大きかった。

 不健康そうな隈と、鋭いと印象的だった眼光はそのままに、一夏とは良い意味で対照的な、アウトロー系の青年にその印象が変わったのだ。

 その変化に一時期は一部の女子生徒の間で噂になったほどだ。

 そしてそんな変化を遂げた模型部も、それまでの趣味を見せる、語る、造るのみに過ぎなかった内向的な活動が、少しずつ屋外へと進出し、今では“文化研究”と呼んでも恥ずかしくない程になった。

 ――――しかし元々スクールカーストの最底辺に居た模型部が、秋斗を筆頭にそんな“派手”な行動を見せる事を気に入らないと目の仇にする者も多くいた。

 特に思春期特有の自己中心的な排他的な思考と、芽吹きつつある世間の“女尊男卑”の空気に当てられた生徒には、そんな秋斗を初めとする模型部の存在が非常に鼻についたのだ。

 それは一年が終わって青峰が卒業し、秋斗達が二年生に進級する頃に一気に表面化した。

 

「――――あいつらなにか勘違いしてんじゃないの?」

「キモオタ集団の癖に」

「マジでキモい……」

 

 先輩後輩という関係が強く意識されはじめる中学という環境で、1年前は朴訥な小学生だった少年少女は、世間の眼と周囲との差を意識する様に成長していった。

 高い社交性を持ち、口にしても恥ずかしくない程度の世論と流行を意識した趣味や振る舞いが“普通”。

 そして世間の流行や大衆世論の“平均”に逆らい、己の趣味を堂々貫くマイノリティーなオタク集団は世間の異端。

 そんな考えが学年に蔓延するようになった。

 世間では女性の立場が強くなった。

 故に女性目線で理解不能なモノは全て“気持ち悪い”と評される。

 同中学の模型部が、そんな大衆世論に感化された一部の学生らの目の仇にされるのは、時間の問題であると言えた。

 今日までの間、同中学のオタク達の楽園――模型部を守り抜いたのは青峰の努力。そして秋斗の存在にあった。

 秋斗が学年一の秀才であった事。

 そしてお洒落を意識すれば、同中学で一番のモテ男である兄の一夏に匹敵する容姿を手に入れる事。また千冬の弟と言う出自。

 それらのステータスが、模型部をまだ(・・)決定的な“異端視”から遠ざけていたからだ。

 しかしその免罪符も、中学2年になり秋斗と共に模型部全体が中学で目立つ存在になると、次第に効力を失っていった。

 スクールカースト最底辺である模型部で、最も調子に乗っていると秋斗も一部の女子や男子に思われる様になったのである。

 

 秋斗が何時ものように教室の端で模型部のメンバーと屯していると、これ見よがしに聞こえるような声で女子達が『キモい』と影口を叩く。

 秋斗には千冬の弟という一種の免罪符があったが、それ以外の模型部生徒への評価は辛辣だった。特に“見た目”を少しずつ意識した後が顕著である。

 言葉を放つのは大抵が、気が強いカーストの上位集団だ。

 彼ら、彼女らは段々とその悪意と嫌悪のぶつけ方(・・・・)を露骨にした。

 

「―――――鬱陶しいな」

 

 ある日、わざと秋斗の耳に届くように、数名の女子が小声で話していた。

 出る杭は打たれるのが世の常。

 そう思えば大したことではない。

 が、しかし流石に“友人”を悪く言われる事には、流石の秋斗も段々と苛立ちを募らせていた。

 しかもストレスの原因はそれだけではない。日に日に迫った“第二回モンドグロッソ”。

 そこで生きるか死ぬか、一夏がどうなるかという不安が、雪の様に少しずつ秋斗の心に圧し掛かっていたからだ。

 

「……千冬様の弟なら、あんなキモイ集団との付き合いなんて止めればいのに」

「ホントよね。なんで態々、世間に引かれる様なキモい趣味してるのかしら……?」

 

 その声を当然、秋斗も含めた模型部のメンバーも聞いていた。

 

「……放っとき。秋斗君。関わるだけ無駄やで」

 

 数馬も若原も遠藤もその声を無視してゲームの話題を続けた。

 彼らは秋斗と違い小学生時代に似たような経験があったからだ。

 ――――しかし秋斗は違った。

 ついに声を荒げた。

 

「……俺が誰とツルもうが、俺の勝手だろ? なにか文句でも有るのか? あ゛!?」

「――っ!?」

 

 教室中がシンと静まり返った。

 それは剣道部の鍛錬上で一夏が発する声と同質の、想像以上に良く通る一種の“怒鳴り声”に近かった。

 秋斗の怒気を直接ぶつけられた件の女子2人は、青ざめた顔をした。

 

「そ、そうじゃないけど――――」

「じゃあ、なんだよ? 言えよ」

「っ!?」

「あかんて、秋斗君! ストップや!」

 

 机を殆ど蹴り飛ばすような勢いで一歩前進する秋斗を、慌てて数馬が手を引いて止める。

 2人の女子生徒は殆ど何も言えずに、混乱と驚きとで涙を目に浮かべ始めた。

 

「ちょっと、織斑君! そういう言い方はないんじゃないの!?」

「そうよ! この子達は親切で言ってあげてるのよ!? それを怒鳴る事ないじゃん!」

 

 そこへ気の強いクラスの女子集団が反論を上げた。

 庇うように件の女子2人を後ろに下げ、秋斗に真っ向から対立する。

 その様子に秋斗は数馬の静止を振り切って、更に一歩前に出た。

 

「うるせぇよ、喚くなブスが。ロッシーニみたいな顔しやがって、何が親切だ? 偉そうにほざくな、アホ! 他人(ヒト)のダチに文句つけるとか何様だ、コラ!?」

「――っ!? 最低っ!」

 

 秋斗のブス発言にクラス中の女子の怒気が膨れ上がった。

 が、秋斗はソレすらも意に返さず、更に続けた。

 

「最低? そりゃお前らの事だろうが? え? どうなんだ、言ってみろよ?」

「おい、織斑! もう良いから、その辺でやめとけって――――」

 

 ついにクラスの委員長である男子生徒が秋斗を止めに入る。

 当事者だけでは収拾が付かないと、まるで関係のない“傍観者”が無理やり介入する時点で、教室内の空気が如何ほどだったかは想像に容易い。

 秋斗の発した剣呑な空気と、女子生徒らの怒気に教室が静まり返っていた。

 数人の男子が止めに入ったところで、秋斗は大きく溜息を吐き、自分の席に戻る。

 クラス中の視線が秋斗を恐々と貫く。

 が、それらを一切無視して秋斗はスマホに繋いだイヤホンを耳に挿して、外界を遮断した。

 次の授業を受け持つ教師が来るまでの数分の間。女子達の半数は俯き、半数は敵意に近い感情を込めた視線を秋斗に向けていた。

 

 その日以来、クラス内での秋斗の評価は大きく落ち込んだ。

 女子のネットワークはその日中に部活動を介して拡散し、翌日には学校全土に広まり、秋斗は女子の間で『最低の方の織斑』という悪辣な謗りを受けた。

 

「――――なぁ、秋斗君大丈夫なん?」

「ぁん? なにが?」

 

 深夜。数馬はボイスチャットで恐る恐る尋ねた。

 学校での秋斗は良くも悪くも有名人だった。

 そして一度は女子全体でその評価が上がり、そして最低レベルに落ち込んだ。

 ――――そうなってくると今後はどうなるか? 

 それはオタクとして女子達の強い嫌悪感情を受けた経験のある数馬には、容易に想像が出来る事だった。

 都落ちと同じく、それまでの高い評価とはまるで逆の、凄まじい悪感情にさらされる。数馬はそんな風に、今後の秋斗を心配した。それは模型部の一同も同じであった。

 が、秋斗は言った。

 

「……知ったことじゃねぇ。有象無象の凡人(・・)なんざほっとけ」

「だけど――――」

「いいから。放っておけって」

「……わかった。せやけど、なんかあったら言うんやで?」

 

 秋斗は何時もの平静とした様子で、淡々と言葉を受け入れた。

 が、しかし数馬の懸念はまさしく的中し、その翌日から秋斗に対する小さな嫌がらせが始まった。

 

 

 

 

 水に塗らされた上履き。机の上に何故か置かれた雑巾。そして破り捨てられたノート。

 

「……やってくれる」

 

 一つ一つは些細なものである。そして『いじめ』だと断ずるには余りに攻撃力が低すぎる。

 しかし非常に鬱陶しい事は確かだ。

 人を不快にさせると言う意味では効果的で、寧ろもっと大々的に"闇討ち”とかを仕掛けろとさえ思ってしまうレベルである。

 そんな嫌がらせが三日程続いた頃に、秋斗は廊下で鈴とすれ違った。

 

「―――アンタ、大丈夫? 嫌がらせとかされてない?」

「ぁん?」

 

 秋斗は突然、鈴に袖を引かれて、人気の無い廊下の隅に呼び止められた。

 

「嫌がらせ? 何の話だよ」

「とぼけないでよ。この状況でそんな“来賓用のスリッパ”履いてるなんておかしいじゃない? なんかあったんでしょう?」

「……鋭いな」

 

 友人の中で、真っ先に気づいたのは鈴だった。

 聞けば、転校直後の小学生の頃に、鈴もクラスメイトから嫌がらせをされた経験があると言う。

 そして女子として、学校内の噂が耳に入るが故にであった。

 

「別に何も、大した事はねェよ。ただ、大した事が無さ過ぎて(・・・・・)逆にストレスが溜まってるかな? もっと本格的に闇討ちとか仕掛けてくれるなら、こっちも反撃をしやすいんだが――――」

「…………なら良いんだけど」

 

 女子からの秋斗の評価が異常なほど地に落ちていると知り、鈴は状況を尋ねたが、それに対する秋斗の返答は苦笑交じりの平静とした答えだった。

 鈴は少し不安そうな表情を浮かべる。

 その顔を見て、秋斗は思わず尋ねた。

 

「なんだ? 心配してくれんのか?」

「友達なんだから、当たり前じゃない」

 

 鈴は間髪いれずにはっきりと言った。

 秋斗は鈴のこの真っ直ぐな性格を、改めて好ましく思った。

 そして同時に思った。

 

「そんぐらいはっきりと一夏に気持ちを伝えたら話は早いのに? 何でいい加減、お前告らねぇの? 早くしろよ」

「っ!? それとこれとは話が違うでしょ! って、いうか今はアンタの話をしてるんだから、一夏は関係ないじゃない! 話を逸らすな!」

 

 鈴は顔を赤くして声を荒げた。

 そんな鈴の変わらぬ様子に秋斗は思わずカラカラと笑った。

 

「はいはい。分かってるさ。ま、そんなに気にする事じゃねェよ。本気で仕掛けてくる度胸も無い有象無象の凡人がやる事だ。ほっときゃ良い」

「……私が言うのも何だけど、女子のいじめって結構陰湿よ? 本当に大丈夫?」

「ご忠告どうも。ま、ほとぼりが冷めるまで、俺の近くにはいないほうが良いぜ? 一夏と弾にもそう伝えといてくれ。ま、一夏の奴は気づいてねぇだろうけどな」

「秋斗!?」

 

 此処で余計な茶々入れをされると鈴まで嫌がらせを受ける事になる。

 流石にそれは予想が出来たので、秋斗は短く忠告を返しつつ、後ろ手を振って踵を返した。

 

 

 

 

 嫌がらせに対して、秋斗はあえて相手を煽るリアクションをわざと繰り返した。

 上履きを濡らされて以来、堂々とした様子で来賓用の豪華なスリッパを使い捨てるように履き、雑巾が置かれていた時はそれをあえて(・・・)窓の外に投げ捨て続け、最終的にホームルームでクラス全体を『雑巾投棄事件』の容疑者に巻き込んだ。

 そして教科書やノートに落書きを施されようがテストでは問題なく満点を取り、学年一位の座を保持しつづけた。

 ――――素直に凹んでやる気など一切無い。

 そんな秋斗の煽るような姿勢に対し、嫌がらせは次第にエスカレートしていった。

 それから一週間。

 今度は引き出しの中に墨液が流された。

 そして外履きの靴に画鋲を仕込まれた。

 ついには秋斗の机と椅子のみが、なぜか廊下に放り出されていた。

 

「飽きもしねぇで、良くやるぜまったく」

 

 流石に机を外に出されては、素直に戻すしかない。

 秋斗は溜息を吐きながら机を元の位置に戻した。

 この時点でクラス全体が、秋斗に対する数々の嫌がらせの事を知っていた。しかし知った上でも、それを止める為に表立って動く者は居なかった。

 正義感を働かせることで、自分も秋斗と同じく嫌がらせの標的になる事を恐れたからだ。

 秋斗は心理をよく理解出来た。故にそんなクラスの様子に対しても、秋斗は特に何も言わずに平然と過ごした。

 寧ろ数馬を初めとする模型部の仲間達は、今も良くやってくれると思う。

 表だって嫌がらせを止める様には言えなくても、秋斗には親切を貫いていたからだ。

 寧ろ逆に秋斗は、大人しく(・・・・)して欲しいとさえ思う。

 

(……しかし此処まで苛められる可哀想な生徒がいても担任はマジで動く気がねぇのな? 税金払う気が失せるぜまったく)

 

 授業中。秋斗はこれらの事態をまるで知らないと言う態度で通し続ける担任の静観ぶりを見て、思わず苦笑をもらした。

 しかしコレには秋斗自身の態度にも原因があった。

 流石に担任も、秋斗の側から助けを求められれば対応をした。しかし秋斗の開き直りに近い堂々とした様子が、逆に教師が手助けに介入するタイミングを逸す原因になっていたからだ。

 内心では、担任も機会を伺っているところであった。

 己のクラスでいじめが横行している現状――しかも世界的に有名人である織斑千冬の弟がその当事者だ。

 故に事を大げさにしたくないと言う保身の感情は当然あったが、それと同じくらい何もせずに居ては不味いと言う危機感もあった。

 ――――そして時間だけが過ぎて行った。

 

 

 

 

「――――そろそろ誰が仕掛けてきたのか、大体判ってきたな」

 

 数々の嫌がらせに秋斗の心は精神的な辛さを感じるよりも、鬱憤をぶつける意味での“苛烈な報復”を求めていた。

 何時しかその心は、自然とそのタイミングを計り始めていた。

 秋斗が嫌がらせを受ける度に、その様子を常に見張っているような視線がある。

 視線を感じると言う技術は、ある意味では劉老人との連日の鍛錬の結果だ。

 そして秋斗はその視線の主がもっとも求める理想的なリアクションの一切をとらなかった。エスカレートする嫌がらせを飄々と受け流す内に、不愉快さを顕にする数名の生徒を発見した。

 3人の男子と5名の女子。学年は秋斗と同じ。だがそれぞれクラスが違う――――。

 共通しているのは、それぞれがスクールカーストの上位に位置する存在であるという事だ。

 そして例外なく、全員が粋がった中学生らしく“調子”に乗っている事。

 校則違反の化粧や整髪は当たり前。

 改造した制服と自分ではカッコいいと思っている微妙な着崩し。

 それは“不良”と言うには余りに貧弱で、校則違反を行なう程度の矮小な度量と声の大きさでクラスの発言力を得ているだけ(・・)の存在だった。

 そしてその中には秋斗も見知った顔がある。

 

「――――あの女か」

 

 切っ掛けとなった事件で、秋斗の言葉に真っ先に反論した女子生徒。彼女がそのグループを先導していたのだ。

 噂では家はそこそこに大きく、身内が市議会の議員であるという典型的な裕福な家庭の生まれ。

 何事も不自由せず、癇癪を起こせばそれなりに思い通りになってきた人生なのだろう。加えて女性に対して優遇するようになった今の世間の風潮から、女尊男卑の急進に近い考えを抱いている。

 そしてそんな女子生徒を囲む男子生徒達だが、よくよく考えると、その顔の何れもを秋斗はゲームセンターで見た覚えがあった。初心者狩りに近いプレイで態度が悪かったので、秋斗があえて“判らん殺し”と“ハメ技”で潰してきた連中である。

 また一夏程ではないが、割りと女子に人気が有る方の男子だ。

 

(……アレに比べたら弾の方がよっぽどイケメンだろうに。この年頃の女子ってのは、ホントに意味が分からんな)

 

 内心でそんな風に評価を下しつつ、犯人に目星をつけた秋斗は密かに反撃を決意した。

 多少のやんちゃは14歳の特権。

 そんな風に秋斗は一時的にあえて(・・・)自分の精神年齢を忘れて、独りの無謀で愚かで独善的な愚かしい“中学生”として振舞う事にした。

 無論意味が無いわけではない。

 これ以上に嫌がらせがエスカレートすると、一夏や鈴、弾や数馬、模型部の連中が巻き込まれかねないからだ。

 それに中学生生活も飽きてきた事も有る。

 無理に早起きするのも面倒な上に、鬱陶しい学生社会で粛々過ごすのもアホらしい。

 一度前世の学歴社会を経験し、その上で学歴が無くても何とかなる事を身をもって体験したのだ。

 惜しいといえば“模型部”にいけない事だが、これから先の巻き込まれる事を考えれば潮時である。

 ――――加えてこれから起こる原作の“一夏誘拐事件”の事を考えると、尚更だ。

 故に秋斗は、

 

「――――終わらせてやるか」

 

 と、静かにぼやいた。 

 

 

 翌日、秋斗はゴミ捨て場のように散らかされている自身の机周辺を見た。

 ――――今日はどうするんだ?

 そんな様子でニヤニヤとこちらを見ている件の集団に、秋斗はチラリと視線を移した。

 秋斗はとりあえず、溜息を一つ吐いて無言でゴミを片付ける。

 

「……手伝うよ」

 

 机が外に出された時もそうだが、そこでいつものように(・・・・・・・)数馬と若原と遠藤が手伝うと申し出た。

 が、秋斗はソレを制した。

 

「いや、必要ねェ」

「だけど――――」

「いいから……。無関係(・・・)って顔してろ」

「――――っ!?」

 

 その瞬間、御手洗数馬は息を呑んだ。

 なぜなら数馬に見せた秋斗の形相は、嘗てゲームセンターでカツアゲしたチンピラを追い詰める時の表情とまるで同じだったからだ。

 数馬は咄嗟に声が出せなかった。

 その空白の隙に、秋斗は数馬達を無視してゴミを片付け終える。そしてゴミ箱を持って、“件の連中”が屯する教室の隅へと向った。

 いやがらせの主犯達は秋斗の平然とした態度をゴミを片付ける様子を“面白く無い”と言う態度で見ていた。 

 すれ違い、秋斗がゴミ箱を床に卸す。

 すると秋斗が踵を返した瞬間、集団の男子が一人そこに近づき、秋斗の足元にゴミ箱を蹴り倒した。

 集めたゴミが教室の床に散らばった。

 ――――もう一回集めろよ?

 暗にそう言ってのけるにやけた表情の男女がそこには居た。

 ――――秋斗はこの瞬間を待っていた。

 

「…………調子に乗るなよ、糞ガキ」

 

 秋斗はポツリと呟き、徐に倒れたゴミ箱を右手に拾い上げる。

 そしてゴミ箱を蹴り倒した男子生徒の頭に向けて、そのブリキのゴミ箱を叩き付けた。

 

 ――――鮮血が舞った。

 

 1人目の男子をゴミ箱で叩きのめした後、秋斗は絶句する集団に向けてゴミ箱を投げ捨て、拳を固めて一番近くに居た女子の鼻先を殴りつけた。

 そして間髪入れずにその隣に居た男子の茶髪を鷲掴み、教室の扉に叩きつけた。

 まるで“嵐”のように拳と蹴り足を振るって動く秋斗の動きには、一切の躊躇いが無かった。 

 教室中が騒然となった。

 女子の悲鳴が響き、男子は絶句する。

 そしてその中でいち早く我を取り戻した生徒が叫んだ。

 

「――――誰か先生呼んで来い! 早く!」

「織斑、止めろ!」

「先生!」

 

 動揺はクラス中に広がり、瞬く間に廊下に響き、そして両隣の教室から次々と野次馬が顔をのぞかせる。

 その中心で秋斗は主犯全員を叩きのめした。

 そして同時に、止めに入った教員や男子も見境無く叩き伏せた。

 騒ぎに気づいて学年主任や担任などの多くの教員達が駆けつけた時には、同中学内で所謂“問題生徒”と言われた男女全員が、額や鼻や唇から流血し、蹲ったまま涙、鼻水、尿を流しての嗚咽をあげていた。

 その中央で両手の拳や上履きに返り血を纏った秋斗は静かに佇んでいた。


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