IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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38 コラテラルダメージ 前篇

《――――よぅ、クソガキ? 久しぶりだな?》

「お前は……」

 

 見覚えのある美女が目の前に立っていた。

 

「“オータム”死んだんじゃ――――」

《残念だったな。トリックだよ》

 

 オータムは不敵に笑い、銃口を向けた。

 

「――――っ?!」

 

 撃たれると思った瞬間。

 秋斗は思わず眼を覚ました。

 飛び起きて周囲を見ると、そこは見覚えの無い窓一つ無い薄暗い部屋の中だった。

 秋斗は肌触りのいい高級感漂うベッドの感触と同時に、突然身体に走った激痛に顔を思わずしかめた。

 

「痛っ!?」

「あぁ、まだ起きてはダメです!」

「……ぁん?」

 

 と、そこに一人の少女が現れた。

 長い銀髪を揺らす神秘的な見た目と同時に、秋斗は彼女が盲人の様に眼を閉じている事を確認する。

 秋斗はその銀髪の少女にベッドに押し戻された。

 

「おはようございます。あっくん様。今、束様を呼んできますから、少しお待ちください」

「あっくん……様?」

「はい。束様の一番弟子で、私の兄弟子ですから。あ、そう言えば申し遅れました。私、クロエ・クロニクルと申します」

「……クロエ?」

「はい。“クロエ”とでも“くーちゃん”とでも好きにお呼びください」

 

 銀髪の少女――クロエ・クロニクルはそう名乗ると、秋斗に微笑みかけた。

 そしてクロエが一端部屋を去ると、ドタドタという騒々しい足を音を立てて“篠ノ之束”が部屋に飛び込んできた。

 束は最後に会った時とまるで変わらぬ様子と出で立ちで、秋斗のベッドに飛び込んできた。

 

「あっくぅぅううん!」

「痛゛ぇ゛!」

 

 束の豊満な胸に抱きしめられた秋斗の身体に電流のような痛みが走った。

 久しぶりの抱擁は精神的には嬉しいが、肉体的な痛みによってプラマイゼロに変わる。

 

「――――っぁ」

 

 秋斗は思わず絶句し、脂汗をかきながら身体の痛みに耐えた。

 

「あ、ゴ、ゴメン!」

 

 そんな秋斗を見て、束は慌てた様子でころころと表情を変えながら思わず謝罪を口にした。

 そして束の後ろからトコトコと部屋にクロエが戻ってくる。

 

「束様お待ちを――――って、言うのが遅かったですね」

 

 クロエは痛みに呻く秋斗の様子を確認すると、そんな風に小さく吐息を吐いた。

 

 

 

 秋斗が眼を覚ましたその場所は、束の秘密用基地である潜水艦の中であった。

 その潜水艦の概観はなぜか“人参”を模しているが、それが束なりのセンス(・・・)なのだろう。

 世界からその身を隠して暮したいのか、それとも奇人として目立ちたいのか否か――――。

 何れにせよ、束は最後に秋斗と会って話をした時と変わらぬ様子である。

 そして唯一、久しぶりに会った束に変わった事があるとすれば、それはその傍らに“クロエ・クロニクル”と名乗る従者の存在がある事だ。

 彼女――クロエ・クロニクルは、束曰く、“義娘”であるという。しかしクロエ自身は束の弟子2号兼従者として、何処と無くクールな出で立ちでその傍らに立つ。

 そんな凸凹コンビに救出された秋斗は、医療用のベッドの中で丸1日ほど過ごして目覚めた。

 そしてようやく身を起せるようになってから初めて、秋斗は今日までの“世界”の顛末を束から聞いた。

 

「――――さて、いい加減色々話を聞きたいんだけど、そろそろ良いっすか?」

「うん、いいよ。だけどその前に……ごめんね。私の所為で――――」

「別に良いさ。終わった事だからな」

「だけど――――」

「なら、お詫びと言っちゃなんだが、この数年間何やってたのか教えてくれないか?」

「……うん」

 

 束と秋斗が数年ぶりに交わした久しぶりの会話は、まず束からの悲痛な懺悔から始まった。

 束も今回の一件について、決して無関係では無かったからだ。

 秋斗は原作知識で身の危険が迫る事を半ば予想して居た為に、その言葉を適当に流したが、束の方はそうでもない。

 故に、秋斗は、この数年間束が身を隠していた真意を問うた。

 

「――――きっかけは“ある研究”を見つけたからさ。ISをより高度な形で軍事利用する為っていう計画。それを潰したり邪魔したりしてたのさ」

 

 と、そこで束はクロエに視線を向けた。

 束曰く、クロエが、その研究の妨害の過程で見つけた、一人の被害者であると説明した。

 

 潜水艦の中にある居住スペース。一見すると普通の民家のリビングのような畳の一室で、秋斗は束とクロエと共に“ちゃぶ台”を囲んだ。

 その一角はとてもハイテクな潜水艦の一室とは思えない程に、質素で“古風”な調度で纏められている。

 秋斗は玉露を手に、束が今日まで行方を晦ませ、単身で戦ったという秘密結社――“亡国機業”についての話を聞いた。

 

 それは秋斗を襲ったテロリスト集団《PMCモノクローム・アバター》のスポンサーにして、世界中あらゆる企業や政府の中枢に根を張る秘密結社。

 その興りは第二次世界大戦期に遡る。戦勝国となった連合国を中心とする有数な資産家、政治家、軍人達は、二度目の大戦の終結後の冷戦対立構造を見て、後の“第三次大戦”を防ぐために、世界の平和的均衡を維持するという崇高な志で、戦争規模、戦力、開戦から終戦に至るまでの状況管理と運営を、自ら行なう為のメガロコングロマリットを形成した。

 それらは何れも、現在における高名な企業グループばかりで、中には秋斗も株式を保有する会社もいくつか存在する。

 そしてそれら企業の上層部に属し、影で経済や戦争を動かす事の出来る権力者集団の集まり――それが“亡国機業”であると束は言った。

 それは所謂、一種の“賢人会議”である。

 しかしそんな亡国機業だが、実は永きにわたり世界の裏側で暗躍した実績と、表向きの権力者と言う顔の二面性が、世代を重ねるごとに組織の評議会メンバー達の心の闇を浮き彫りにしていき、彼らは傲慢にも自らが世界の支配者であるという思想を極めていったそうだ。

 そしてそんな彼らにとって“IS”の登場はまさしく火種であり、故にその性能を管理する事を、亡国機業は自らの“正義”と考えた。

 ISは使い方によっては既存の現代兵器を容易く駆逐する。

 故に、開発者の篠ノ之束を含めたISの管理を自らが行なうべきと彼らは考え、しかしそんな思惑を察した束はこの数年間自ら世間から姿を隠して、逆に彼らの思惑を打ち砕く為に動いた。

 最近では、亡国機業のドイツ人幹部が指揮し、クロエが生み出された原因となる“プロジェクトアドヴァンスド”及び“ヴォーダンオージェ”。また“ヴァルキリートレースシステム”と言う莫大な資金投資で行なわれた計画の一切を破壊して回ったという。

 そして束のそうした動きの結果が、今回の秋斗の誘拐事件に繋がったと、束は言った。

 日本政府と日本の対暗部用“更識”によって、束の家族は厳重な警備が施されている。また唯一の親友である織斑千冬は世界的に有名なIS操縦者。

 故に、その弟にして、まだ世間的には弱い立場である秋斗と一夏が、一種の“見せしめ”として狙われたのだと、束は説明した。

 

「――――私が直接接触を仕掛けるのはリスクが高いと思ってね。それでしばらく、あっくんからの交信を受け取れなかったの。あっくんの傍にどんな間者が潜んでいるか判んなかったし」

「……なるほどね」

 

 話を聞いて、秋斗は小さく吐息を吐いた。

 束は口の動きや、スピーカーから漏れる些細な音でも、迂闊に己と話した痕跡を周囲に残すわけには行かないと思ったそうだ。

 それ程に、束は秋斗の身を案じていた。

 秋斗の言葉だけを掻い摘んでも、“篠ノ之束と話した”という情報を外に――亡国機業の間者に与えるわけには行かない。

 故に束は、コレまでの間、秋斗との直接は疎か通話による接触すらも避けていたのだ。

 それほど想ってもらえた事に、秋斗の中に怒りなど湧いてこない。

 寧ろ嬉しいと思った。

 しかし思った。

 

「……しかしそんだけ徹底してて、よくこっちの危険が判ったな? 今更思うけど、あの時博士が白騎士寄越してくれなかったらやばかったとヒヤヒヤしてる」

「それについては501ちゃん――今はレディちゃんだっけ? あの子が教えてくれたのと、ちーちゃんからの電話があったからだよ」

「姉貴が?」

「そう、あっくんがテロリストに襲われてるから助けてくれ! っていう風に頼まれてね」

「なるほど。……つまり、一夏の奴が上手くやってくれたってわけか」

 

 秋斗は一夏に内心で礼を言った。

 

「に、しても“あっくん”さ。滅茶苦茶やったよね? なにアレ? 『我々は亡国機業だ~』って奴。あっくんも知ってたの?」

 

 束は不思議そうに尋ねた。

 秋斗は視線を逸らし、吐息を混ぜるような声で言った。

 

「さて、な。実は“クラッシュした所為”で、あの辺りの事はあんまりよく覚えてないんだよ。もしかすれば捕まえた連中から聞いたのかも判らんね」

「ふ~ん」

 

 束は訝しげな視線を秋斗に向けた。

 この時、秋斗はふと思った。

 原作や前世の知識云々について501(レディ)は知っている。

 が、しかしそれらを一切、束には説明していないと。

 故に、秋斗は“相棒”らしく余計な事は言わないでくれた501(レディ)の気使いに、思わず小さな笑みを浮かべた。

 

「まぁ、いいか。でもさ。すっごい派手にやったよね? レディちゃんから聞いたけど、まんま“ホームアローン”じゃん? 後でちーちゃんに怒られるんじゃない? あんなに家の中、改造(・・)したら?」

「あ~」

 

 秋斗は今更になって思い出した。

 何とかテロリストを捕獲して脱出しようと色々とトラップを考えたのだ。

 それを幸いにして一番殺傷力の高い罠に相手が掛かってくれたので、それは唯一解除されているが、他にもいくつか仕掛けた罠が存在する。

 実に、今更な話だが、内部を調査した警察が“怪我”をした可能性も無きにしも非ず。加えて千冬、一夏が出発した後、ずっと“土足”で生活していた為、家の中の汚れ具合も酷い。

 再会したら確実に千冬から拳骨が飛んでくるのは間違いないと、秋斗は思った。

 

「まぁ、あれだよ。一種のコラテラルダメージ(必要経費)って奴。そう解釈してもらうしかない。――――だからできれば博士。……あの、ほとぼりが冷めるまでの間、ちょっとココに置いてくれません?」

 

 秋斗は思わず頭を下げた。

 そんな秋斗に、束はにんまりと笑みを浮かべながら言った。

 

「あっくんってアレだよね? 焦ると敬語になるよね?」

「まぁ、はい」

「ん~、どうしよっかな~」

 

 束は嗜虐的な笑みを浮かべて天真爛漫な笑みを浮かべる。

 と、その脇からずっと静かに様子を窺っていたクロエが口を挟んだ。

 

「別に断る必要等無いのでは? それに束様、以前からずっと“あっくん様と暮らしたい”って仰ってましたよね? なら今更変な意地悪をする意味なんてありませんよ? それに――――」

「く、くーちゃん!」

 

 束は慌ててクロエの口を塞いだ。

 クロエはモガモガとふさがれたまま何かを秋斗に伝えようとする。

 そんな目の前で繰り広げられる2人の様子を見て、秋斗は思わず悪辣に笑った。

 

「なに? そんなに好いてくれてんの? なら何も心配する事は無さそうだな。博士! お世話になります! ちゃんと生活費も入れるんで!」

「え!? あ、ちょっと待って!」

 

 顔を赤くして焦る束に、秋斗は正面から堂々、頭を下げた。

 


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