秋斗誘拐未遂事件から半年の時間が流れた。
その期間の間に、秋斗の持つISコア――通称
改良を行う事になった原因は、先の秋斗誘拐事件の反省と、件の一件で大きく自己進化したコア501―通称“レディ”自身からの要求である。
男を学習するという意味で、コア501は十分な結果を出したと言える。
かつて織斑千冬がその基準と成ったように、今後は秋斗が男性搭乗者の基準となる。適正ランクで表すならば、女性の中で最上位の千冬と同じく、秋斗はまだコア501限定だが、適正ランク“SSS”という評価になる。
今後、コア501に蓄積された経験をどのような形で発表していくかは未定であるが、そう遠くない将来。
何らかの形でISは別のステージに上がる事になるだろう。
「――――さて」
潜水艦のトレーニングルームで、秋斗は大きく息を吐く。
その首には、新しく生まれ変わった“懐中時計”が下げられている。
外観は殆ど変わっていないが、その中身は大幅に改良された。
以前と同じく“IS”としてフレームを持たない“異端のIS”としての側面はそのままに、以前までの“絶対防御”と“シールドバリア機能”の性能の向上に加え新たに“量子格納庫機能”と“PIC”と“ハイパーセンサー”を搭載する様に生まれ変わったのだ。
PIC――それは“慣性制御システム”と言い換えられるISならではの機能だ。
慣性という代物をざっくばらんに説明すると、早い話が“力の影響を受けた物質が動かされる力の方向”の事である。
例えばビリヤードなんかが、その慣性を利用した遊びで、白球をぶつけて⑨をポケットに落とす際、白球をぶつけられた方の⑨が受けた力の大きさと方向で“運動”する様。それが慣性だ。
PICとはそれを制御するシステムであり、それを搭載する事でISに何が起こるかと言うと、早い話が“空中に浮かぶ”事が出来る。
ISが空に浮かぶ際にPICがどのように仕事をしているかと言うと、大雑把に言えば“重力”という常に下方向に掛かる力を打ち消し、同時に跳躍等で上がろうとする力を相殺している。
つまり360度から干渉される、自然界のあらゆる“力”にカウンターを当てるように釣り合いを取って、一種の無重力状態を擬似的に作り出し、空間に浮かんでいるのだ。
この状態で推進翼のエネルギーを吐き出すことで、ISは既存の戦闘機やヘリを大きく上回る圧倒的な機動力を手に入れることが出来るのだ。
そしてこのPICを搭載した懐中時計を身につけた秋斗がどうなるか?
早い話が、重力の影響を無視した無類の機動力を生身で身につけるに等しい。しかも、自在に力の干渉を打ち消せるので、叩きつけられたり落下したりの衝撃にも強い耐性を持つ事が出来るようになったのだ。
それは束が持つ超人的な“身体能力”の一つの回答――マジックの種でもある。
そしてそれをこの時から、秋斗は身につける事を許されていた。
「――しかしあれだな。PICの応用で身体能力を上乗せしても、その性能に生身で互角で迫ってくるウチの姉貴――織斑千冬ってなんなんだよ? もうあれ、人間じゃねぇだろ。ゴリラだろ?」
トレーニングルームで秋斗は、PICを使った身体能力強化訓練に励んでいた。
幾らシステムの恩恵を受けると言っても秋斗は生身である。
故に肉体の頑強さを少しでも上げる為、そして今後、この『インフィニット・ストラトス』の世界で“生存”していく為に、秋斗は束に頼んで鍛錬用の部屋を用意してもらった。
その部屋は重力制御が可能で、設定によって現在は常に2Gという重さが掛かっている。
その中で秋斗は、劉老子から習ったジークンドーと、基礎体力向上。そして“射撃訓練”に勤しんでいた。
「――――あっくん様。失礼します」
「お? どうしたん?」
と、そこに重力制御装置を切って、クロエが部屋に入ってきた。
瞳を閉じて杖を突いて歩く様はまさに“座頭市”。
そんな軽口を以前秋斗が叩いた所為で、クロエの杖は実は“仕込み杖”に改良されているのだが、それについては割愛する。
クロエはトコトコと秋斗の下に歩いてくると、一つのジェラルミンケースを秋斗に差し出した。
「
「早いな……」
秋斗はクロエが差し出したケースを受け取り中を確認した。
そこには一丁の“リボルバー拳銃”が入っていた。
かつて映画“ダーティーハリー”の影響で『最強とはなんぞや?』という、一種のロマン論争を生んだ傑作拳銃である。
タウロス社製大口径リボルバー拳銃
レイジング・ブル
装弾数は5発。
454カスール弾使用の怪物拳銃。
潜水艦のシステムでタウロス社から設計図をハッキングし、それを自立型工作機械――通称《吾輩は猫である》を使って製作したのだ。
完成した拳銃を見て、秋斗は思わず笑みを浮かべた。
「……かっけぇ」
「個人的な意見を申し上げますと、デザートイーグルの方がよいのでは?」
「ぁん?」
感動する秋斗に、クロエは淡々と言った。
「いくら量子格納庫に弾薬を積んで、弾倉に直接“リロード”すると言っても、リボルバーですから廃莢の手間は必要になりますよ? その点、オートマチックならその手間は省けます。ですので威力的にほぼ同等ならば、オートマチックの“デザートイーグル”の方が良いのでは?」
「ん~クロエは分かっちゃねぇなぁ。“切り札”ってのはな。
「そうなのですか?」
秋斗は苦笑を浮かべながらクロエの頭を鷲掴んで撫でる。
クロエはコテン、と首をかしげて不思議そうな顔をした。
「まぁ、ようするに
秋斗は同時に用意された454カスール弾を一発づつ込める。
そしてリロードが終わると空間に溶かすようにして、懐中時計の量子格納庫に銃を仕舞った。
「
「なるほど、覚えておきます」
クロエは素直に一礼した。
☆
「――――で、一夏はその時なんて答えたんだよ?」
『ん? 何って、普通に“じゃあ、楽しみに待ってる”って答えたけど?』
「あぁ。そう」
秋斗は一週間ぶりに、兄の“一夏”と電話で話していた。
例の誘拐未遂事件以来。秋斗は一度だけドイツの地で千冬と一夏に安否と無事を伝える顔見せを終えてから、一度も家には戻っていない。そしてそれ以降は、ずっと束、クロエと一緒に潜水艦での逃亡生活を続けていた。あの事件でいろいろと“しがらみ”が増えた所為だ。
そしてまた同時に千冬の方も、一時は中止すら危ぶまれた第二回モンドグロッソで見事
故に、一夏は広い家に独りという寂しさと退屈さから、こうして一週間に一度位の頻度で、こまめに秋斗に電話を掛けてくる様になった。
世間では冬の始まり。
学年で言うと中二の終わり頃。
そんな時期に一夏が秋斗に齎した一報は、兄弟の友人――凰鈴音の中国への帰省と、同時に出立の間際に鈴が一夏に送ったという“告白”の言葉についてであった。
――――原作の通り鈴は転校の間際に一夏に向って、その胸の内を明かしたそうだ。
曰く、――――アンタに毎日酢豚を作ってあげる。との事。
秋斗は一夏から又聞きで鈴の告白の言葉を聞き、そして鈴には悪いが、本気で一瞬“意味が分からなかった”。
実際、原作知識が無ければ詰みである。
そしてそれを一夏に察しろというのは、実際無理があると思った。
「毎日酢豚、か……。“痛風”にならないように気をつけろよ? 痛風って死ぬほど痛いらしいからよ」
『だよなぁ。流石に好物って言っても毎日となると困るよなぁ』
「……ちなみに一夏よ。その言葉に他の解釈の仕方があるとしたどう考える?」
『他の解釈?』
電話越しに一夏は不思議の声を上げる。
『……他の解釈ったって、毎日酢豚を食わしてくれるんだろ? それ以外に有るかよ』
「……だよな」
月が綺麗ですね。
死んでも良いわ。
というシャレた言い回しの告白が世の中に無いわけでは無い。
しかし“酢豚”は流石に――――“華”が無い。
そして原作ではこの解釈を巡って、一夏と鈴の間に少々“争い”が起こるというの秋斗は知っていた。
が、知っていたがあえて秋斗は、鈴が言葉に秘めた真意を教えず一夏の将来的な己の判断に委ねた。
理由は“無粋”だからだ。
『――――それはそうと、秋斗は受験どうするんだよ? 来年もまさか束さんのところに居る気か?』
「ぁん?」
と、一夏は話題を変える様に尋ねた。
直に中学三年生。受験生といわれる年の始まりである。
世間的には秋斗もそれに倣うべきだが、少々事情が事情である。
その為、秋斗は今更、中学生生活に戻る気は余り無かった。
「まぁ、来年もこのまんまかな? 別に高校生にならなくても死にはしないし。必要なら適当な通信教育で“資格”だけとるさ」
『え~、なんだよそれ』
「なんだ? 俺に高校生やってほしいのか?」
一夏の不満な声に、秋斗は笑いながら返した。
『そりゃあ、そうだろ? 弾も数馬も同じ高校受けるし、何よりお前の将来がマジで不安なんだよ。兄貴として』
「そう心配しなさんなって。俺は何処でも何とか生きていけるよ。で、ちなみに一夏は何処の高校受けるんだ?」
『第一志望は“藍越”のスポーツ特待かな? 千冬姉が卒業した所』
「ふ~ん。いいんじゃね? 特待取るだけの実績あるし、成績も悪くないし」
一夏の目指す予定の私立藍越学園。
学費が安く、就職率が高い事で近隣でも有名な高校である。
但し“特待”を取るとなると中々に至難である。
だが今年の中体連で一夏は再び全国に出場したほどの実績がある。故にそれ程の無理難題だとは思えなかった。
「ま、がんばれ。一夏。俺は遠い“異国の地”から応援してるぜ」
『異国の地って、そういえばお前、
「あ~」
吐息交じりで尋ねる一夏に、秋斗は周囲をぐるりと見渡して短く言った。
「イタリアの“ベニス”――――を、模したアメリカのラスベガスの“カジノ”だな」
『はぁ!? ちょ、お前、本当になにやってんだよ!?』
「何って、ちょっとした“社会勉強”の最中? “調子に乗ったら痛い目をみる”って言う――――」
『はぁ?』
秋斗はディーラーの手から転がされる“玉”を観察し、素早く22、18、29の数字と赤の位置にチップを置く様に、後ろから“クロエ”の肩を叩いて指で指示を出した。
クロエがその合図に頷き、手早く賭けを終えると同時に賭け終了の合図が鳴り響く。
そして程なくして、玉は赤の18のポケットにするりと落ちた。
「――――良し!」
『良しじゃねぇ! お前なにやってんだよ、ホントに!? っていうか、お前そんなところ入って良いのかよ?』
「
『おい、秋斗――――』
叫ぶ一夏を捨て置き、秋斗はスマホをポケットに戻した。
「――――もう良いんですか?」
「あぁ。しっかし、コレでまた
「それはあっくん様が態々教えたからでは?」
「……教えないともっと、うるせぇぞ? まぁ、それは深く考えるな」
「わかりました」
クロエの隣に座り、秋斗は再びルーレットに挑む。
今度は0の一点賭けで、秋斗は勝ちを拾いに行った。
☆
束と共に暮す様になってから知り合ったクロエという少女とは、割りと良いコンビを組んでいる。
クロエは束の従者を自称し、その身の回りの世話を秋斗も含めて甲斐甲斐しく見てくれるが、どうにも料理が壊滅的。故に秋斗が料理を教えており、代わりにクロエは自らが持つ生体融合“IS黒鍵”の
故に、秋斗とクロエは揃う事で初めて力を発揮すると言ってもいい。
特にカジノ――ギャンブルの世界では、だ。
カジノという場所は、本来は未成年の立ち入りは禁止。
そしてゲームで遊ぶには最低でも20才を超えていなくてはならない。
しかしワールドパージの力を使えば、そんな世間の目など関係なく、秋斗もクロエも十分な大人として世間に
それはある意味で、束が世間から身を隠してのけた一端である能力だ。
故に、2人は堂々とした様子で、カジノで賭けを楽しむ事が出来た。
そして秋斗の方だが、こちらは性能も大幅に改良された“レディ”という相棒のお陰で――――特に“PIC”と“ハイパーセンサー”の応用で、弾道予測という“反則”に近い方法で、ルーレットで馬鹿勝ちをしていた。
印象は悪いかもしれないが、コレもちょっとしたISの“性能試験”と思えば良いと秋斗は開き直っている。
そして何より、このカジノに配慮する気が元より無い。
故に秋斗とクロエは堂々、ISという世界最高峰の技術を生かして、ギャンブルの本場ラスベガスでの
「……勝てるギャンブルって、何でこう面白いのかねぇ」
「それは勝てるからでは無いでしょうか?」
「そりゃそうだな」
秋斗は苦笑を浮かべながらクロエの突っ込みに返した。
既にテーブルの上にはチップが山のように積み重なっている。
またそんな2人から少し離れたカードゲームのテーブルでは、“束”がブラックジャックに興じていた。
こちらも持ち前の天災的な頭脳と記憶力で馬鹿勝ちを繰り返している為に、それなりの人だかりが出来ていた。
「……さて、そろそろかねぇ」
「来ますかね?」
「来るさ、確実に――――」
秋斗はウィスキーを煽りながら、チラリと視線を周囲に向けた。
すると数人の黒服を引き連れた白人の男性がこちらに向ってきた。
秋斗はその顔を見て、スッと席を立ち、一礼した。
「いやぁ、どうも。オーナー今夜もお世話になります」
「ははは、お楽しみいただけたようでなにより。見たところ、今晩も相当、
「まぁ、ビギナーズラックって奴ですよ。ルーレットの勝ち方が判り始めたのは
「ほぅ」
ブルネットの髪をキッチリとセットした白人の美丈夫。このホテルのオーナーの挨拶に、秋斗はそう答えた。
ここ3日程、秋斗達がカジノで馬鹿勝ちをしている故に、流石にオーナー自ら直接挨拶に出向いたらしい。
――――そして他ならぬ彼のオーナーの来訪こそが、今回の秋斗、束、クロエの目的であった。
秋斗、クロエ、束がカジノに来訪した理由は、“生活資金の確保”。――――というのもあるが、一番の理由はこのホテルとカジノのオーナーが“亡国機業”の幹部にその名を連ねる富豪であるが故。
そして組織の実質的な実働部隊であるPMC――モノクローム・アバターを自宅に送り込んでくれた礼に、組織最大の“資金源”の一つを潰してやろうと画策したが故にである。
「――――折角ですからVIP用のフロアで一勝負と参りませんか? なんでしたら、御連れの“彼女”もご一緒に?」
と、オーナーは視線をブラックジャックで大勝ちしている束に向けた。
この瞬間の会話を束も聞いている。
なので直ぐに、コアネットワークで“いいよ♪”という束からの返事が返ってきた。
ちなみにこの時の束だが、普段の不思議の国のアリス衣装とは一線を画す上品な大人の出で立ちであった。
箒ちゃんセンサーというウサギ耳も外し、普段とは大きく印象が異なる知的なメイク。そしてブルネットのウィッグと、背中の大きく開けられた紫のマーメイドドレスに身を包んでいた。
束はチラリと秋斗を確認し、そしてこちらの視線に
それを確認して、秋斗はほがらかに返した。
「――――えぇ、なら折角ですから、お付き合いいたしましょう」
「そうこなくては」
そしてオーナー自らの案内で、3人はカジノの最奥にあるVIP専用ルームに移った。
そこには見るからに品格のある客達が揃っていた。
カード、ルーレット、スロット――――。
カジノの三種の神器も、一般フロアに比べるとかなり質が高い事が見て取れる。
そして同時に、一度の勝負で動く“金額”も凄まじかった。
――――しかし秋斗達はそんなモノに興味など無かった。
目的は初めからただ一つで、あるが故に。
「では、なにで勝負なさいますか?」
「そうだねぇ。なら、クロエ?」
「はい」
秋斗はそこでクロエに指示を出した。
クロエは合図を受けて、その黒地に金星のような色を宿した特徴的な眼を見開き、そしてIS黒鍵の能力を発動させた。
「ワールドパージ!」
「っ!?」
部屋全体が、クロエの発動した能力に包まれた。
幻覚を操るワールドパージの能力で、その場に居た従業員と客の全員が区別無く“幻覚”を見せられた。
そして秋斗、束、クロエの三人以外の“体感する時間”が、一時的に停止した。
また同時にクロエと秋斗に掛かっていた偽装が解け、それぞれ少女と中学生の元の姿に戻った。
「さて、始めよう♪ 盛大にね!」
束は悪辣に笑うと10枚もの空間ウィンドウを同時に展開し、量子格納したラップトップを取り出して、カジノとホテル全体のハッキングを開始した。
この瞬間の為にあらかじめ行なった事前の下準備もあって、ホテル内部の監視カメラもその制御室も災害用のスプリンクラーも非常警報装置も全て束によって掌握された。
「あっくん!」
「任せな……」
秋斗はクロエの能力で
「あっくん様、残り15分です! 後武運を!」
「おう!」
秋斗の背中にクロエは呼びかける。
能力でオーナーを初めとする多くの人間の思考を停止できる限界を15分と聞いた秋斗は、後ろ手を振ってそれに答えた。
残り時間15分――――。
「“レディ”。起きろ、仕事だ!」
『了解。ハイパーセンサー。及びPIC起動――――
秋斗の目の前にコア501――レディが、そう空間ウインドウを開く。
秋斗は走りながら上着を脱ぎ捨て、同時に量子格納庫に仕舞っておいた目出し帽をかぶった。
そして発動したPIC――パッシブイナーシャルキャンセラーによって、秋斗は“重力”という枷から開放され、常人には決して到達できぬレベルの“反応速度”と“無類の機動力”を発揮し、金庫へと走った。
――――通路の最初に見える最初の関門。
三層構造の鉄格子に覆われた、厳重なパスロック前――――。
「博士!」
『OK、解除したよ!』
「よし!」
秋斗が到着すると同時にブザーが鳴り、格子の扉が連続で開いた。
その先にある赤外線センサーのレーザートラップに覆われた通路も、束のハッキング能力によって警報装置すら作動させずに突破。
そして最終関門である網膜と指紋による電子ロックは、“安全装置”を働かせる事で強制的に解除させる為、秋斗は量子格納庫から拳銃を抜いた。
「――――古今東西、“機械”を動かすにはこの方法が一番だぜ!」
秋斗は量子格納した
この時点で使った時間は大よそ5分程―――。
そしてこの時の銃声を聞いて、金庫の前に待機していた監視の2人組みが、秋斗の存在に気づいた。
――――が、しかし応援を呼ぶより早くに、秋斗の拳足が2人を襲った。
重力の縛りから解き放たれた凄まじい速度の“拳足”の打突によって、監視はそれぞれ一撃で昏倒した。
そして遂に、秋斗は巨大な金庫の門の前にたどり着いた。
「ご開帳、ってな……」
オーナーから拝借した鍵を使って、秋斗はその厳重な扉を開いた。
中には500億ドルという途方も無い額の紙幣と、金塊、美術品が納められていた。
「レディ、ありったけ回収しろ!」
『了解』
秋斗は美術品には目をくれず、紙幣と金塊のみに絞って可能な限りどんどん紙幣を量子格納した。
量子格納庫は仕舞うモノが複雑な構造であればあるほど、容量を使う。
しかし今回。回収するのは金塊と紙幣のみ。
加えて秋斗のIS“レディ”は、ISとしての装備もフレームを持たない為、他の多くのISに比べて、遥かにその容量が余っている。
故にそれを使って秋斗は莫大な亡国機業傘下のカジノの金庫から、資金を回収した。
――――その頃には、残り時間が5分を切っていた。
『あっくん様! 急いでください!』
「あぁ、今から外に出るぜ。ちょっと待ってろ!」
去り際。秋斗は持ち去れない残りの紙幣の山に向けて、ホテルで事前に手に入れたマッチを投げ込んだ。
燃え広がっていく紙幣を尻目に、秋斗は息を吐く暇無くその足でカジノ最寄りにあるトイレに篭り、目出し帽を抜いだ。
そしてトイレから出る振りをして、VIPルームから出てきた束、クロエと合流し、3人はそろってホテルを出た。
「作戦成功ってな。しっかし、疲れたぜ……」
PICを停止し、秋斗は大きく息を吐いた。
PICは生身で発動するには少々堪える機能なのだ。
しかし優秀なシステムであるのは確か。
そして束、クロエ、レディ、そして秋斗が存在しなければ、今回の作戦は成功しなかったと言える。
「束様、あっくん様、上手く行きましたね」
「くーちゃんもあっくんもお疲れ! いやぁ、ザマァミロだね♪」
大きく息を吐く秋斗の脇で、束とクロエが労うように言葉を駆ける。
そして3人は路上でコールガールのチラシを配る黒人達の脇を通り過ぎ、予め用意しておいたキャデラックに乗り込み、そのままラスベガスから一目散に遁走した。
――――そして程なくして、金庫が破られた事を知ったオーナーの怒号が響き渡った。
翌日の新聞にその事件の模様が大々的に報道された。
が、しかし遂に、織斑秋斗、クロエ・クロニクル、篠ノ之束がそれを行なったという真実は、誰にも悟られる事は無かった。
こうして粛々と亡国機業に対する報復活動を続けながら、秋斗の新しい日々は流れていった。