IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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タバネサブマリン♪ ラウラ・レポート 後篇

 その日。平穏に潜航するタバネサブマリンの船体が大きく揺れた。

 揺れを感じた乗組員の一同は、直ぐに潜水艦の中枢であるブリッジに集まり、そして中央スクリーンで船外探査ビットのカメラ映像を確認した。

 探査ビットが撮影したのは、船体に齧りつく一匹のダイオウイカだった。しかもその全長が推定22メートルを超えるであろう大物――世界最大とされる超巨大なダイオウイカであった。

 ダイオウイカ――それは開眼目ダイオウイカ科に分類される巨大生物で、ヨーロッパにおける伝説の怪物「クラーケン」のモデルになったとも推測される海洋生物だ。直径約30センチにも及ぶ巨大な眼を持ち、文字通り世界最大級の無脊椎動物。

 

「――――でけぇな」

 

 その異形を見た秋斗は思わずぼやいた。

 その顔に笑みがあったのは、その光景のあまりにあまりなシュールさ故に、である。

 タバネサブマリンの外観は人参を模しており、その所為で『人参に貪りつく巨大なイカ』という構図がそこにはあったのだ。

 それはまさに世紀の珍景と呼ぶにふさわしい絵である。

 またそんな光景を笑う秋斗の隣では、束が興奮の色を隠せずに飛び跳ねていた。

 普段の天真爛漫という様子に、更に拍車をかけた笑みを浮かべた束は、喜色の混じった声で大きく叫んだ。

 

「ヤバイよ! スーパーゲソだよ! アルティメット割きイカだ!」

 

 日本人にとって海洋生物の多くが食材である。

 認識の程度に多少の差はあれ、ほぼ全てがそうだと言えるだろう。

 タコも、海草も、鯨も、イルカも、サメも――

 その調理法次第では食べられるという意識を持つのが日本人であり、その人種的思考の為か、秋斗と束の反応はダイオウイカに対する驚きこそあれ、邂逅自体を非常に喜んで受け取った。

 ――しかし対照的にラウラとクロエの反応は違った。

 彼女らはタコを悪魔と呼んでのけるヨーロッパの生まれだったからだ。

 クロエ・クロニクル。そしてラウラ・ボーデヴィッヒ改めラウラ・クロニクル。

 その姉妹にとってまさにその日の出会いとは未知との遭遇であり、決して好意的に受け止められる発見ではなかった。

 

「もうだめです、お仕舞いです……!」

 

 クロエは先日見た『巨大イカの大逆襲』という映画を思い出して震えた。イカの嘴の凶悪さ。劇中で描かれた容易に人間を噛み潰すその威力を思い出したからだ。

 またその隣に立つラウラも、クロエほどではないが表情を青ざめさせていた。

 ダイオウイカのおぞましい姿を見た瞬間。ラウラの心には非常に原始的な恐怖が芽生えたからだ。

 その所為かラウラは、自然とクロエの服の裾を幼子のように掴んでいた。

 ラウラは卒倒しそうな気持ちを引き締めつつ、何とか悪魔(ダイオウイカ)を倒す算段を考えた。

 もしもこの場にラウラの愛用したISシュヴァルツェア・レーゲンがあれば、彼女は例え何と言われようが、その肩部のレールキャノンをダイオウイカに対し、問答無用でぶっ放していただろう。

 

 ――――しかしそうした強い恐怖を抱くクロニクル姉妹の脇で、どこまでもマイペースな日本人コンビによる緊張感の無い会話が続けられていた。

 

「――なぁ、博士。こいつって喰えるんかな?」

「ん~たぶん美味しくない、かな? 軟骨魚類のデカイ奴って大抵アンモニアで浮いてるし――」

「へぇ、そりゃあ残念だ。折角、噛りがいのあるでっかいゲソなのに――」

「お、あっくんはゲソが好きなのかい?」

「ゲソって言うか、寿司ネタなら俺はイカが一番好きだな。後、イクラとサーモンと貝と海老とか――あ、なんか久しぶりに寿司食いたくなってきたわ」

「奇遇だねぇ。束さんも丁度そう思ったところだよ。今度、寿司食べに行く?」

「いいね。そいつは悪くない提案だ。是非ご相伴するぜ」

「決まりだね♪」

「――――おい、ちょっと待て日本人共」

 

 そんな会話を脇で聞いていたラウラは、思わず日本人コンビの正気を疑った。

 悪魔(ダイオウイカ)に拠点を襲撃されている状況にも関わらず、そこで冷静に食事の算段を――しかも悪魔(ダイオウイカ)が食えるかどうかを議論している。その度胸にはある意味で驚嘆するが、確実に何かが致命的に間違っていると強く感じた。

 

「ぁん? どうしたよ、ラウラ?」

「あぁ、そう言えばらっちゃんとくーちゃんは海外生まれだっけ?」

「なるほど。外人特有の“生魚は食えない”って奴か――」

「そうそう、そう言う事――」

「違う、そうじゃない!」

「――――違う? じゃあらっちゃんはお刺身食べられるんだね。偉い♪」

「だから、そうじゃないと言っている!」

 

 ラウラは秋斗と束の明後日の方を向いた会話に頭を振りながら、有事の際に即対応出来るようにと訓練された元ドイツ軍人として直ぐに状況に対応するべきだと強く進言した。

 

「船体に致命的なダメージを負う前に悪魔の撃退。もしくはこの海域から急速に離脱するべきです!」

「そ、そうですよ束様! あっくん様も、のんびり寿司とか言ってる場合じゃないです! このままでは皆、死にます! 喰われます!」

 

 ラウラに引き続いてクロエも必死に声を荒げた。

 ――が、束はそんな義理娘2人に困惑した表情を浮かべた。

 

「そんなに焦らなくても大丈夫だよ。寧ろもっと冷静になって深く観察しようぜ♪ すごいと思わない? あれこそ人類が長年探した海のロマンそのものなんだよ?」

「何を言ってるんですか!? 博士!」

「何を言ってるんですか、束様?」

 

 束はまるでカブトムシに憧れる小学生男子のような笑みを浮かべた。

 その笑みを見たクロエとラウラの思考が思わず停止した。

 確かに束が自ら設計したタバネサブマリンは、そん所そこらの先進国が開発した原子力潜水艦を遥かに凌ぐ破格の性能を保持している。

 しかし根源的な恐怖ともいうべき原始的な恐れ――つまり外洋に潜む巨大生物に遭遇したラウラとクロエには、そんな束の言葉があまりにも悠長なモノとしか思えなかった。

 すぐに逃げるべきだ――

 特にそこそこの数のモンスターパニック映画を見てきたクロエには強く思えた。

 

「束様もご覧になったでしょう!? この状況はどう見ても『ザ・グリード』で『ビースト巨大イカの大逆襲』です! 早く逃げましょう!」

「え~でもこんな機会もう二度と無いかも知れないよ? 逃がしたら絶対に勿体無いと思うけど本当にいいの? 離脱して?」

「いいんです!」

 

 クロエの剣幕に束は不満げな顔を見せた。

 ――するとそこに秋斗が口を挟んだ。

 

「大丈夫だ、クロエ。その手のモンスターパニックで死ぬ奴は大抵決まってる。少なくともこの状況で俺達は死なねぇよ」

「あっくん様――」

 

 クロエの頭を握るように撫でる秋斗は茶化すように言った。

 

「なぜ、そう言い切れる?」

 

 ラウラが胡散臭そうに尋ねた。

 秋斗は、「なぜってそりゃあ性格的に外道な奴は居ないし、お約束的な意味で言うと女の子なポジションは大抵助かるだろ? それに全員が処女で童貞だ。これだけ生き残る要素があって死亡する話はあまり聞いた事がねぇ――」と返した。

 

「――そう、なのか?」

 

 その堂々とした口ぶりに、ラウラは思わず首をかしげた。

 すると秋斗は苦笑を浮かべて「映画に限れば、な」と続けた。

 

「――クロエの言う様にこの状況が映画だとしたら多分大丈夫だ。ちなみにだが怪物を相手に軍人らしさをひけらかす奴はかなりヤバイぞ? かなりの確率で死ぬ上に、生き残るとしてもかなりの大怪我をするのが常だ。どこぞの元州知事も宇宙人相手には死に掛けてたしな――」

「では、ラウラは属性的にやばいのでは?」

 

 と、ラウラの脇で話を聞いたクロエは、ハッと気づいたようにその閉じた眼を見開いた。

 

「束様! 直ぐに離脱しましょう! ラウラは軍人属性です。ヤバイです! 死にます!」

「大丈夫だよ、くーちゃん。落ち着きなって。映画の見すぎだよ――」

「でも――」

「大丈夫だから落ち着くの! ね♪」

「――っ!?」

 

 束は言い聞かせるようにして、不安がるクロエをその胸に抱きしめた。

 その様子を見て秋斗は思わず、「――そうしてるとマジで親子みたいだな?」と感想を口にした。

 

「――みたいじゃなくて、束さんはくーちゃんとらっちゃんのママだよ!」

「へぇ、あぁそう」

 

 束の照れくさそうな言葉に、秋斗は小さく苦笑した。

 結局その後、クロエがあまりにダイオウイカを恐怖した為、その個体の捕獲も観察も全て断念する事が決まった。

 ――――表向きには。

 

「――――なぁ、博士」

「どうしたの、あっくん?」

「マルチフォームスーツって言う位だから、ISって深海でも使えるのか? だったらちょっと試したいことがあるんだけど――」

「なにするの?」

「実は――」

 

 海の恐怖に疲弊するクロエとラウラを別室に移した後。

 秋斗はこっそりとそう耳打ちするような口調で、束にある提案をした。

 

 

 

 

「――おい、ちょっと待て。なんだその不穏な最後の会話は?」

「いい話かと思ったら最後のは何だ? 秋斗の奴は一体何をやらかしたんだ?」

「――それは私にも判らない」

「「え?」」

 

 所変わってIS学園。

 ラウラから話の続きを聞いた一夏と箒は、その最後の最後で不穏な言葉を残したという秋斗の台詞に、薄ら寒いものを感じた。

 周囲で話を盗み聞く面々も同じように、一体何があったんだろう――、とひそひそと言葉を交わし合う。

 そんな騒ぎの渦中にあるラウラは、そこで小さく溜息を吐いてから首を横に振って言った。

 

「この一件については私自身もその後の顛末をよく知らないんだ。だから期待されても困る」

「なんで!?」

「ダイオウイカの一件をクロエがひどく怖がってしまってな。この話題は私達の間で一種のタブーになったんだ。だから詳しい事は、秋斗と束博士から聞いてくれ。と、いうかお前達の方がこの話を聞かされやすい立場にあると思うのだが、何も知らないのか?」

 

 ふと、一夏と箒に対してラウラは逆に尋ね返した。

 すると一夏と箒は顔を見合わせた後、同時に首を横に振った。

 

「姉さんからは特には聞いていないな。と、いうか会話の殆どは姉さんが一方的に始めて、そのまま終わる事が多い」

「俺のほうも同じ。だけどこっちは何やってるか聞いても、アイツ(秋斗)は大抵、その()()の事しか言わないし――」

「そうなのか?」

「あぁ。いつだったかな? 電話で秋斗に今、何やってるのかを聞いたらさ。アイツ『ラスベガスのカジノに居る』とか、『フランスでモナリザ見てた』とか、『ちょっとサンフランシスコのカフェで、コーヒーとサンドイッチ食ってる』とかって答えるんだぜ?」

「――流石にそれは冗談が過ぎるだろう?」

「普通そう思うだろ? だけど違うんだよ箒。アイツの言う事で意外に冗談って少ないんだ。だから多分、全部本当の事だと思う。――だから他の話題を振ろうにも、その瞬間の事が気になり過ぎて逆に話題が振れねぇんだよなぁ」

「それは――」

 

 一夏の呆れと溜息の混ざった言葉に、箒は思わず苦笑いを浮かべた。

 

「昔からどことなく姉さんに似ているとは思っていたが、とうとうそこまで――――」

「――ふと、今思ったのだが双子とは見た目ほど似ていないモノだな」

「いや、たぶん俺ん家が特殊なんだと思う――」

 

 ラウラの素朴な疑問に一夏は苦笑で返した。

 

「――と、そろそろ昼休みも終わりだな」

 

 時計を確認し、ラウラは空となった食品トレイを持って席を立った。

 それにつられて一夏と箒が立ち、周囲の面々も釣られるように食堂を後にする。

 ――――と、そこで食堂にある大型のテレビモニターから()()緊急速報が流れた。

 

『――緊急速報です! アメリカマサチューセッツの海洋生物研究所に全長約23メートルを超す世界最大級のダイオウイカを記録した映像と、その“触腕”の一部が送り届けられました。この撮影に成功したのはISの生みの親であり現在失踪中の“篠ノ之束”博士と、世界初の男性IS搭乗者“織斑一夏”君の双子の実弟で同様に失踪中の“織斑秋斗”君によるものとされ、また映像は織斑秋斗君が搭乗したISを用いて撮影されたと、同研究所から正式に発表が成されました。尚、今回の発見により正式に第2の男性IS搭乗者が“確定”したものと思われます!』

 

 それはふと、何気なく見つめたニュースであった。

 しかし聞き流すには余りにも大きく身近なニュースであり、程なくして内容を理解した一夏は、顎が外れんばかりの驚愕を顔に貼り付けた。

 ――またそれは、箒も同様である

 

「なにやってんだ、あの馬鹿(秋斗)!」

 

 

 

 

「――なぁ、博士。レポートってこんな感じで良いか?」

「うん、いいんじゃないかな? どうせ正式に博士号は取れないんだし」

「まぁ、それもそうだな」

 

 深海を行くタバネサブマリンの一室で、秋斗は『深海生物の生態記録調査』というレポートを書いていた。

 とはいえそれはクオリティとしては低く、おおよそのアカデミックな教育を受けた者達に比べると、いささかに稚拙であった。

 ――――しかしそれを補って余りある真新しい発見が、いくつも封入された代物であった。

 それは後に、アメリカ、オーストラリア、日本を初めとする海洋大学に送られる予定であり、また同時に秋斗の有するブログ『オリムラ日記』にも更新される予定である。

 その発表は贔屓目に見ても、中学時代の最後に残した汚点を洗い流して有り余る波紋となるだろう。少なくとも千冬と一夏に対する汚点とはならないはず――と、秋斗は思っていた。

 

 全長23メートル級のダイオウイカを発見した日。

 秋斗はクロエとラウラに内密で、束協力の元で箒専用機として開発中の試製第4世代IS――紅椿のテストパイロットとして、ISによる深海探査という試験運用を行った。

 展開装甲という環境に合わせて独自にISスーツ本体が形状変化する第4世代機の試験運用としてもIS研究としても、その深海調査は非常に有意義なものであった。

 そして調査の際に秋斗が見つけた新種の深海生物は100種類にも及んだ。

 ISの有する『ハイパーセンサー』は、その精度を高めれば海中を泳ぐ無数のプランクトンさえ認識する事が出来る。

 そして見つけた総数90種を超える深海生物の“稚魚”とも呼べるそれらを、秋斗はレポートとしてまとめた。

 

「――なぁ、博士。宇宙行く前に地球の方をもっと調べてみないか?」

「それは私も思った。海ってすごいよね。海底20000マイルとか本当に行けるか試してみる?」

「面白そうだな。あと、深海って言葉で不意に思ったんだけどさ――」

「なに?」

「宇宙戦艦ヤマトってあるだろ? 第二次大戦で海中に腐るほど漂ってる船舶の残骸探して、それを母体にIS専用母艦みたいな感じで宇宙用に改造したら面白いかなと。まぁ、墓荒しっぽいけど――」

「おぉ!? IS母艦か! なんかいいねそれ! 死人にくちなしって言うし、束さん的には全然問題ないよ! 寧ろ捨てっぱなしで誰も拾わないから、見つけた束さんの自由だもん! いいかも、それ!」

 

 未知への探索――

 

 それこそが、ISとしてもっとも純粋に求められる性能である。

 ある意味でそれを率先して証明してのける今回の深海調査は、秋斗と束の心にまた別の夢とロマンを与えた。




番外編らしく投げっぱなしオチにしました。
ISの荒唐無稽な性能をより発揮するには深海だろう――と。
実際は宇宙に行くより、深海に潜る方が大変だそうです。

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