IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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タイトルどおり、特に山も落ちもないッス……


ある日の兄弟

「――例えばそうだな。試しにそこで“ジャンプ”してみろ」

『――は?』

「いいから。ジャンプしろ、ジャンプ」

『わ、わかった。そう急くなって――』

 

 日本時間の午後8時。

 秋斗はその日も兄の一夏から電話を受けとった。

 しかしその日は何時もの“IS学園に来い”という類の説得とは少々違う内容であった。

 曰く、クラス代表の座を賭け一週間後にISでの試合を行う事になったという。

 そして対戦相手はラウラとイギリスの代表候補生で、このままでは確実に一夏一人が恥をかく事になるのは明白。故にせめて試合までに少しでもISの知識が欲しい――と尋ねてきたのだ。

 電話を受け取った秋斗はふと『ISの事を聞く人選がなぜ俺なのか?』、『なぜ真っ先に教員である姉千冬に聞かないのか?』と一夏に対して疑問を抱いたが、続く一言により、その点についてはあまり言及しないでおく事にした。

 ――なぜか?

 唯一の男でオリムラという姓を持ち、女の花園であるIS学園に属すという状況であまり目立つ真似をしたくない。更に言うと学校と教室に常に身内が教師として在籍する『毎日が授業参観』に近い状況で、積極的に家族に顔を合わせたいか? と逆に問われたからだ。

 流石にそうまで言われては秋斗も察しが悪い方では無いので、仕方なくその想いを汲み一夏の提案に付き合う事にしたのだ。

 

『――で、コレに何の意味があるんだ?』

 

 電話の向こうでトンッという音がした。

 秋斗の指示を実行した音であった。

 それを確認した秋斗はそこでようやく口を開く――

 

「――今、一夏はジャンプしたわけだが何で身体が地面に向かって落ちたか判るか?」

『下に落ちた理由? そんなの重力があるからに決まってるだろ?』

「そう。つまり重力だ。この地球上の物体は全て重力の影響を受けている。そして重力ってのは下に向かって引っ張る力の事で、もしもその下に引っ張る力を意図的に制御できるとしたらどうなると思う? 例えば下に引っ張る力を限りなく相殺するようにカウンターの力を働かせる事が出来るとしたら?」

『え~っと――』

 

 秋斗の問いに一夏は電話越しで少し唸った。

 

『――下に引っ張られないって事だから、飛び上がったまま?』

「ま、ある意味ではそれで正解だ。もっと掘り下げて言えば、何かにぶつかるまで一夏の身体は飛び上がり続けるだろうな。まぁ、それはいい――で、そこまで言えば判ると思うが、重力の影響を打ち消すと必然的に無重力状態に近い事が身に起こる。PICの仕事はそうした擬似的な形で無重力状態を作り、それを自分に対してのみ作用させる機能だと解釈しておけばいいさ」

『へぇ――』

 

 と秋斗はそこで一度言葉を切った。

 そして冷蔵庫から取り出した缶コーヒーのプルタブを片手で開けながら、「ちなみに慣性ってのは力の加わった後に影響を受ける方向とそれ自体の大きさの事。PICって言葉は確か、“受動式慣性除去”っていう意味だったと思う――」と説明を付け加えた。

 

『――とりあえずISって凄いんだな。なんか、それだけは良く判ったぜ……』

 

 一夏は電話越しで冷や汗をかくように言葉を返した。

 小学生並みの感想と言ってしまえばそこまでだが、しかし秋斗はこの瞬間にふと思った。

 

「一夏がどのくらい凄いと思ったかは知らないけど、多分ISは俺が思うに、一夏が感じたその数百万倍は凄いと思うぞ? 実際の所、お前まだいまいちよく判ってねぇだろ?」

『――へ?』

「あのな? 360度のあらゆる方向から作用する慣性を全て制御するっていう複雑な演算を、一瞬で、連続で、並行して、しかもリアルタイムで行うんだぞ? 更にイメージだけでより高度に制御できるんだ。ついでに言うとこれだけ凄まじいPICも実際はISを構成する要素の一つでしかない。ISには他にも絶対防御やらハイパーセンサーやら自動修復やらISコアやら量子格納やらっていう、その一つだけでもノーベル化学賞が取れるレベルの技術が搭載されてるんだ。それが全部が詰まってようやく一つのISなんだ。それがどれだけ凄くておっかない事か判るか?」

『――なんかもう、それだけで色々と挫けそうなんだけど』

「ところがどっこい。お前さんはこの先、否応無しにISに関わって生きていく事になる。ご愁傷様だ」

『はぁ!? なんで――』

 

 一夏は声を荒げた。

 そんな反応に秋斗は溜息で返し、呆れを込めた口調で言った。

 

「失踪中の俺とは違って、現状で世界唯一の男性IS操縦者だからだよ。それ以外にないだろう? ――っていうか、今の説明でどれだけISが凄いのか理解出来たか? 出来たなら気づくだろ? それを世界で唯一操れる男の価値に?」

『…………マジか』

 

 この時になって一夏はようやく己のやらかした事態の深刻さを思い知った様子であった。

 初めは――それこそISに触れた際は、まさに秋斗の指摘する通り『珍しい』や『幸運』という軽い気持ちがそこにあったのだろう。

 しかし、好奇心は猫を殺す――という言葉の通り、一夏は問答無用でIS学園に放り込まれる程の処置を施さねば、今後死にかねない立場の人間になってしまった。その実感がこの瞬間まで薄かったのだ。

 秋斗の指摘は、端的にそこを突いていた。

 

「――やらかした事の大きさを少しでも理解できたか?」

『いや。だけどさ――』

「俺が思うに、一夏は道端で拾ったキノコが正しく食用か毒かも判らずに、とりあえずその場で喰ったみたいに近い事をやらかしてる――いやそれより危険で馬鹿な事をやったと思うぜ? まぁ幸いにしてISと言うキノコを食っても五体満足で無事だったから良かったけど――でも少しでも運が悪かったら、その身に何が起こってたか想像できるか? 最初に一夏を見つけたのが良識のある人間で、偶然試験会場がIS学園で貸しきった場所で、もしも姉貴が学園に所属していなかったら。――それどころかISに関して超ド素人だったら?」

『――――っ』

 

 秋斗の淡々と吐き出す言葉に、一夏は言いかけた言葉を止めて絶句した。

 

「――その反応を見るにようやく怖くなったって所か。それとも姉貴やラウラに警告された言葉に実感でも湧いたか?」

『………………俺は』

 

 秋斗の茶化すような問いに一夏は、電話越しで絶句した。

 IS学園に入学して直ぐに、一夏は千冬やラウラから今後の危険を聞かされた。その全てがまるで与太話ではないという風に今になって気づいたのだ。

 特に現在。一夏の脳裏を掠めるのはIS学園で知り合ったラウラの言葉である。

 ラウラはその出自から、研究者にモルモット扱いされるという意味についてよく知っていた。しかも被験者として主観的に説明できる経験者だ。

 そして知り合った当初に、一夏はラウラからその話の幾つかを聞かされていた。

 ――裏で束と秋斗がそうするように頼んでいたからだ。

 

 その話をラウラから聞かされた一夏は当時。ラウラの話にまるで現実味を感じていなかった。

 同情は出来ても、どこか違う世界の物語に聞えた所為だ。

 しかしこの瞬間からは別で、少し間違えば一夏自身も容易くそれに近い事になっていたと察したのだ。

 故に一夏は言葉を失ったのだ。

 そして、絶句という一夏()の反応を見た秋斗は、その反応があまりにも遅いと小さく苦笑を零していた。

 しかし同時に、少なくとも理解したのであればマシだと状況を前向きに考えてもいた。

 少なくとも一夏は原作よりも強い危機意識を持った。それだけで十分、ある種の未来(原作)を知る身の上としても家族としても安心できるからだ。

 

「――まぁ、アレだな。何も知らない一夏の為に姉貴がわざわざ即フォローが出来る副担任の位置に就いたんだ。それにこっちからもラウラを派遣した。意外に今回のクラス代表を決闘で決めるっていう話も、そう悲観する必要は無いんじゃねーの? 逆に考えると一足先にISが学べるって事だし――」

 

 秋斗は絶句する一夏をフォローする様にやや明るく口を開いた。

 

『――それはどういう意味だよ?』

「姉貴も今、俺が説明したみたいにISの恐ろしいまでの凄さって奴を実地で教えたかったんじゃねーの? 照れくさがって絶対に言いやしないけど、そのくらい贔屓はしてのけるさ」

『だから何で――』

「だって“ちーちゃん”は“いっくん”の事が大好きだからな。それ以外にねーだろ?」

『っ!?』

 

 電話の奥で一夏が赤面するのを察した秋斗は言葉を続けた。

 

「ま、そんな姉貴だから一夏に優先してISを学ばせるくらいの事は考えるさ。それに仮にも二度も世界を取ったIS競技者。身内以前に専門家としても判断したんだろう。素人に手っ取り早く危険を教えるっていう意味ではある種、理に適ってるとは思うぜ。ま、あえて痛みを伴うやり方でってのは聊か原始的だと思うが――」

 

 押し黙る一夏に秋斗は諭すように言った。

 

「まァ要するにだ。折角だから盛大に恥をかいて来たらどう? やらかした悪戯の罰だと思ってさ。あ、ちなみに勝つ為の努力を放棄しろって意味じゃないからな? その辺間違えるなよ?」

『判った。……なんかごめんな、秋斗』

「――なにが?」

 

 突然の謝罪に秋斗は思わず首をかしげた。

 

『いや、その上手く言えないけど、なんて言うか――――』

「よく判ってないのに謝られても困るぜ。それより、明日にでも学校の訓練機借りてそれに乗ってこいよ。IS勉強したいならそれが一番早いぜ? コレ経験談な?」

 

 秋斗が空気を換えるように言うと、一夏も電話の奥で笑った。

 

『――そういえば秋斗もISに乗れたんだっけ? ニュースで見たぜ。って言うか、なんだよダイオウイカって? 何やってんだよ、お前――』

「いやぁ、すげぇ発見だろ? 俺もアレに遭遇した時、マジでビビッた。いや本当にマジでデカイんだよ。――ちなみに触腕の一本でも採取して御土産に一夏に贈ってやろうとか考えたんだけどさ。博士が言うにはアンモニア臭くて食材としては使えないだろうってさ。ニュース見て期待してたのなら、すまん!」

『馬鹿! 食うか、そんなモン! 見つけても絶対に持って帰ってくるんじゃねぇ!』

「――それはフリか?」

『んな、訳あるか!』

「はいはい冗談だ。――で、少しは元気でたか?」

『っ!? お前(秋斗)――』

 

 カラカラと笑う秋斗とは対照的に一夏は声を荒げる。

 普段通りのやり取りがそこにはあり、そこで遂に一夏の調子は戻った。

 

「まぁ、それは兎も角。さっさとIS乗って感覚を知ってこい。一夏の質問は自転車の乗り方を口で説明してくれって言ってるようなもんだ。小難しい理屈を聞く前に、とりあえず乗って“怪我”してこいよ。寧ろその方がお前の性に合ってるんじゃねーの?」

『いや訓練機の貸し出し許可ってさ。直ぐに降りないんだって。今から申請しても最短で一週間後らしい――』

「――じゃあ諦めて教科書読んで頑張れよ。間違えて捨ててないならな」

 

 と、秋斗は原作一夏がやらかした最初の失敗を思い出した。

 原作一夏は確か、古い電話帳かなにかと間違えて参考書を捨てたのだ。

 今生の織斑一夏がどうだったのかを確かめるように秋斗がそう示唆すると、一夏は電話口で苦笑混じりに言った。

 

『流石に教科書なんて捨てるかよ』

「――本当に?」

『あ~実は中学時代の教科書仕分けする時に、危うく一度やりかけた。けど流石に直前で気づいたから、ちゃんと手元にあるぞ』

「そうかい、なら良かった。もし捨ててたら姉貴の事だ。一週間で覚えろとか無茶苦茶言うだろうよ」

『確かに――。あぁ、それはそうとさ。秋斗?』

「ぁん?」

 

 一夏は佇まいを治すように口調を真面目なモノに変えた。

 それに対して秋斗はふと首をかしげたが――

 

『頼む、コレを機にお前もIS学園に――』

 

 と一夏が言いかけた所で秋斗は徐に通話を切った。

 

「――すまんな、一夏。手が滑った」

 

 案の定。この日も挨拶のように繰り出された一夏の『IS学園に来てくれ』の定型文に、秋斗は苦笑を漏らした。

 


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