IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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交錯する人々 胎動編

 “天災”篠ノ之束がIS学園に特別講師として赴任。

 その情報は津波のような速度で世界中に拡散し、否応無く関係各位の視線がIS学園に集中する事になった。

 織斑一夏に続き、第二の男性IS操縦者織斑秋斗の登場、そして今回の篠ノ之束の一件。

 IS学園に在籍する現場教職員の一人――特に天災と幼少の頃からの付き合いがある織斑千冬は、天災のIS学園赴任問題に関して最後まで徹底的に断固とした抗議活動を続けた存在であった。しかし彼女の抵抗が空しくも受け入れられなかったのは、偏に篠ノ之束が持つ天才性とそのブランド力、技術力にある。

 結果的に束の提案は受け入れられ、それに差し当たり国連、国際IS委員会、IS学園等で度重なる協議が遂に終了し、本日、遂にかの天災の行う初の講義の日となった。

 

「一夏……」

「落ち着けよ、箒。大丈夫だって! 千冬姉も講義を見守ってるし」

「それはそうだが、どうにも嫌な予感がしてな……」

 

 ある日の月曜日。その日はクラス対抗戦というイベントが終わってから一週間がたった日である。

 IS学園の特別大教室に集められたIS学園の一年生一同は、緊張した面持ちで本日の特別講師である束の登場を今かと待ち構えていた。世界に名を轟かせたISの生みの親による特別講義はIS学園でも初の試みである為、補佐としてこの場に待機する一学年の教職員らも同様の緊張を顔に貼り付けている。

 そうした雰囲気の中で箒はとりわけ不安そうな面持ちで吐息を吐いた。

 無理も無い――

 そんな風に一夏も箒の様子を見て、内心で溜息を吐いた。

 一夏も幼少の頃から篠ノ之束という人物を割りと近い位置で見てきた一人である。故に、とりわけ大教室の中でも特に不安な表情を浮かべる実姉千冬と、束の妹である箒の心情を手にとるように理解出来た。

 

「――それにしても、何で束さんはわざわざ今になって学園に戻ってきたんだ?」

「私が知るか! 秋斗かラウラにでも聞けばいいだろう?」

 

 ぼやく様な独り言が口から漏れ、その言葉聞いた箒はフンと気炎を吐く。

 箒の言うようにラウラか秋斗ならば確実に事情の一端を知っているはずだと一夏は思ったが、しかし今回の一件はラウラにとっても驚愕する出来事であり、また秋斗については連絡が通じないという状況で、故に、一夏の疑問は氷解する事無く未だ心に残り続けている。

 

「ね、ねぇ。友達の家族にこういう聞き方をするのはなんだけど、篠ノ之博士ってそんなにヤバイ人なの?」

 

 と、一夏を挟み、逆隣の席に座る鈴が小声で箒と一夏に尋ねた。

 鈴は二組に属す生徒だが、今回の授業では講師の束の要望もあってか学年単位で行うらしく、この場には一夏を含める一年一組から四組までの一年生の生徒全員が揃っていた。つまり席順も通常の元のとは違い、それぞれの自由で決めることが出来たのだ。

 

「姉がどういう人間か、か――」

「ヤバイって聞き方をされるとそうだな――」

 

 箒と一夏は鈴の方を向き、少し考えた末に揃ってその人物像を端的に揶揄した。

 

「秋斗より頭がキレる自由奔放な人だな」

「秋斗の親友で“師匠”……かな?」

 

 2人を答えを聞いて鈴は察したように短く「あぁ」と頷いた。そして同時に秋斗の名が出されると少し複雑そうな顔をした。

 

「――大丈夫だって。中学時代のアレは鈴の所為じゃねぇよ」

「だといいけど――」

 

 一夏は鈴の様子を察して言った。

 

「ねぇ、秋斗の師匠で親友って事なら私ってさ、その博士に……恨まれてるとかない?」

「――大丈夫だと思うけど、もし何か言われたら千冬姉の所まで逃げろ」

「……覚えとくわ」

「お二人とも私語は慎んだほうが宜しくてよ。そろそろ時間ですわ」

 

 階段状になっている大教室で、丁度一夏の前の座席に座るセシリア・オルコットが小声で注意を送る。心なしかその顔には他の生徒と同様に若干の期待と緊張の色が見えた。

 時計を確認すると間もなく開始の時刻であった。

 皆何処と無く浮ついた気配と緊張の色を表情に浮かべている。それは無理も無い話で、この場に揃った人間は一夏と箒を除いて多かれ少なかれ過酷な入試競争を突破した優等生。つまり皆エリート意識が強いのだ。加えて今回の講師はISの生みの親。将来的にISに関わる事を目指す若者にとってその存在は一種の信仰の対象でもある。

 ――そして始業のベルがなると同時に、教室の自動扉が音を立てて開かれた。

 

「おはよう!」

 

 その声は何故か、全員が意識を向けた教室の扉の反対側――即ち窓の方から聞えてきた。そこには特徴的な空色のエプロンドレスを纏った天災がいた。

 篠ノ之束は扉からでは無く、窓を開けて外から大教室に入ってきたのだ。

 その行動に一同は思わず「そこから!?」とツッコミを入れそうになった。――――が、しかし相手が相手である所為か、生徒達はまともにその天災の行動にツッコミを入れる事ができなかった。

 そうした唖然とする生徒一同の視線の一切を無視するように束は教卓に向うと、バンと教卓を強く叩いて宣言した。

 

「これから皆に殺し合いをしてもらう!」

「真面目にやらんか! 馬鹿兎!」

 

 その直後、千冬の投げつけた出席簿が天災の顔面を強打した。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 憂いを込めた深い溜息を吐くのはIS学園の二学年に属し、同学園で生徒会長の職を勤める更識楯無である。彼女にとってここ数年がひどい“厄年”の様に思えた。

 日本国の有する対暗部用の暗部として連綿と続いてきた一家の、その当主の座を引き継いだのが今よりおよそ一年ほど前。そのきっかけとなった“ある事件”で楯無は、長年の憂いであった妹との和解を果し、同時に歴代最年少で家督を譲られる事が決まった。――――しかし思えば、その一件こそがそもそものケチの付き始めであった。

 

「――もう死にそう」

「ほらお嬢様。もう少しですから頑張ってください」

「うぅ……もう生徒会長なんて辞めたいよぅ。当主なんて辞めたい――」

「何を言ってるんですか、お嬢様……」

 

 篠ノ之束が教師として着任する数時間前。つまり日曜の深夜にして月曜の午前に差し掛かった頃。

 日本の暦に習いIS学園もこの日は休日であったが、そんな世間の休日など欠片も関係が無いと、楯無は生徒会長室の机に顔を伏せ、仕事に溺れながら泣いていた。泣いたところで仕事が減るわけでは無い事など百も承知の上だが、それでも楯無は泣いた。泣きたかったのだ。

 しかしそんな楯無に対して優しく声をかける専属従者にして同学園の3年生布仏虚は、容赦なく新たな仕事を楯無の下に運んだ。――――ご丁寧に書類の脇に栄養ドリンクを添えて。

 

「辛いのはお嬢様だけではありません。今は一家全員が忙しいのです。ですから耐える他ありませんよ」

「知ってるわよ! ちくしょう、ちくしょう! 天災め! 織斑秋斗め!」

 

 楯無はその美貌に強い疲労の色を貼り付け、充血と隈の刻まれた両眼を見開き虚を睨むと、全ての元凶である天災と、それに確実に関与したであろう男の名を慟哭してさめざめと泣いた。

 織斑。かの存在こそが、今日(こんにち)の楯無に降りかかる災厄の元凶である。姓は同じ織斑でもその最年長である織斑千冬に対しては楯無も尊崇に近い念を抱いているし、そのもう一人の弟である一夏の方は大きな厄介事を持ち込んだとはいえ()()対応の最中に娯楽を見出せるだけ可愛いと思える。

 ――――しかしその姉弟の末弟である織斑秋斗に関しては、流石に看過出来ない。奴こそがまさしくここ数年の更識楯無に降りかかる大いなる災厄の権化にして、現更識家当主更識刀奈――つまりIS学園の生徒会長である更識楯無が対応せざるを得ない“ほぼ”全ての案件に関わる悪魔であった。

 日本政府最大の失態とされるテロ事件。それ以前の世間では織斑千冬と織斑一夏が有名であり、織斑秋斗の名前と存在はまだ所謂“凡夫”だとされていた。しかしその当時の評価がどれほどに楽観的であったかと、楯無は今更になって行き場の無い憤りを感じた。近代国内史の中でも1,2を争う大きな事件の渦中にあり、同時に荒唐無稽な規模の爪痕を残すだけ残して、天災と共に霞のように失踪した男。そしてその火消しともみ消し工作に奔走した全ての暗部に多大な迷惑を振りかけた悪魔。そして最近になってダイオウイカ発見という荒唐無稽な偉業を成し遂げ、同時に天災との深い交流が確実となった第二の男性IS操縦者であるその異端児は、今代の楯無にとって最大最悪の疫病神である。

 故に今回の一件にも、織斑秋斗が何らかの形で関与するか、もしくはしてくるであろう、もしくはしでかした後なのだろうと、楯無は思っていた。

 

「――――空が白んで来たわね」

 

 それから黙々と仕事を続けた楯無は不意に窓の外を見てぼやいた。すると気づけば東の空が白み、朝焼けの色が夜空に浮かんでいた。直に夜明けであった。

 

「少し、仮眠なさいますか?」

「寧ろガチで寝たいわ」

「後、2時間ほどで始業ですが?」

「あっそ……」

 

 楯無は虚の問いにノータイムでそう返事を返したが、すぐに「承服しかねます」と言う旨のこもった返事がノータイムで返ってきた。

 楯無は無言で積み上がった書類の山を見た。

 仕事はまだまだ終りそうになかった。

 

 楯無の手元にある仕事は、その殆どが生徒会長として処理するには余りに越権しているモノが多く、本来ならば教職員か、それ以上の権限を持つ職員が対応する者ばかりである。しかし楯無はIS学園の裏表に密接に関わる更識の当主としての体面もある為、歴代のIS学園生徒会長と比べると極度に多忙な存在と化した。

 織斑秋斗が第二の男性IS操縦者として名乗りを挙げた事。深海探査とダイオウイカの発見でISでの深海探査という新たな概念が誕生した事。そして表に出た事で浮き彫りになる第二回モンドグロッソの真実に対する調整。加えて現在の事実上の織斑秋斗の保護者である篠ノ之束が、先のクラス代表戦に乱入し明日――否、本日からIS学園に赴任する事。そしてその際に語った授業の一環で、IS学園に篠ノ之束による新型のISシミュレーターが導入される一件。

 同時に今後3年以内を目処に男性にも対応可能にする為のISコアのアップデートと、その調整等の案件が楯無を追い込んでいく。

 

「――――織斑秋斗め」

「織斑秋斗は余り関係ないのでは?」

「いいえ、全てあの男が悪いわ。近くにいるならせめてもう少し良識ある行動を心がけさせるべきよ!」

 

 とにかく全て、織斑秋斗が悪い。少なくとも篠ノ之束に関する件については、もっとも近くにいた秋斗がその手綱を握って最低限の良識ある対応を心がけさせるべきだったと楯無は思った。

 楯無は写真資料で見た織斑秋斗の顔を思い出し、そのニヒルで悪辣な笑みを心の中でクリアパッション(焼き払う事)にする。

 

 

 ――――その更に前日である土曜の深夜。日曜の午前。日本の某所。

 本州近海の海温は海水浴としゃれ込むにはまだ少々冷たい今日この頃。楯無がその名を呪詛と共に慟哭したかの少年は、その時既に日本に向けての航路である領海の、その深部を泳いでいた。小型潜水船(SDV)を駆使して。

 秋斗が黒いポリ・サーマルのスーツで身を包み、足ひれ、ゴーグル、酸素ボンベを初めとするスキューバダイビングの装備に身を包み、母艦である人参を模したタバネサブマリンの、その魚雷発射口から海に飛び出しておよそ30分。

 ようやく秋斗は己が目的とする湾の入り口に辿り着いた。

 秋斗の駆るSDVの性能水準は間違いなく世界最高峰で。その隠密性能も静音性も推進性能も恐らくは各国の海軍に実戦配備されたモノを大きく上回る程だ。

 現にその動きは近海にある海上自衛隊の有する哨戒艇等のソナーさえも欺いていた。

 

(さて――)

 

 自動操縦で目的地に近づいた事で自然と推力を落とし始めたSDVを量子格納した秋斗は、自力で足ひれを動かし一度海面に浮上した。そして目視で陸地を確認した。

 埠頭にある微かな明かりから角度を確かめた秋斗は、そのまま真っ直ぐに陸地までの400mの距離を泳ぐ。

 

「ぷはぁ! あぁ、しんど――」

 

 ざぶざぶと海を掻き分けて砂浜に上がると、秋斗はそこで大きく息を吐いてゴーグルを外した。そして海から完全に上がると、全身を覆う海水ごとダイビング装備を量子格納して、黒を基調にした余所行きの私服を身に纏った。

 黒いワークパンツ、ブーツ、グレーのシャツ、濃紺の長袖ジャケット、サングラス、薄いニット――

 ISを駆使した量子格納技術による早着替えを終えた秋斗は、慣れた手つきで同様の手法で空中からソフトボックスとライターを取り出し、左手で火を点した。

 

「久しぶりの日本だぜ……それほど味噌臭くは無い、かな?」

 

 長期出張等で海外から帰国する多くの人間の共通の意見をふと思い出し、久しぶりの祖国の香りを堪能した後、秋斗は手の中に収めた懐中時計――IS“レディ”を見た。

 時刻は朝の5時を回った頃である。

 まだ周囲は薄暗く、街道にも人気は無い。

 ――しかしそれはそれで秋斗にとっては非常に都合が良い状況である。IS学園に天災篠ノ之束が赴任した一件で世界中の視線のほとんどが秋斗から逸れているとはいえ、それでもそれなり以上の有名人だという自覚があるからだ。 

 

「さて――」

 

 秋斗は砂浜を歩いてやや風化した路上に踏み込んだ後、周囲を二、三度チラリと確認してから量子格納していた“ママチャリ”を虚空から取りだした。そして同時にスマホを取り出し、音声通話ソフトで事前に約束した人物に連絡を送る。と、同時にイヤホンを挿して耳に装着する。

 

「――こちら秋斗。“部長”、一先ず現地に到着した。合流地点の指示を、と」

 

 スマホに繋いだミュージックファイルから伝説の傭兵のBGMを流して雰囲気を作りながら、秋斗は約束の人物に連絡を送った。

 程なくしてチャットという形で返信が返ってきた。

 

『レゾナンス最寄りのゲーセン 3F 艦コレ 右から3台目』

「――了解っと」

 

 サドルに跨った秋斗は咥えタバコでキコキコとペダルを漕ぎ、人気の無い街道を北上してゆっくりと駅を目指した。

 

 




ちょっとした連作な感じになるかもです。次は未定。

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