IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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交錯する人々 千冬編

 ISが有するハイパーセンサーとPIC制御から産み出す無類の機動力は、時に銃弾の回避すらも可能にする。

 そして国家代表という一部の修羅達は、基本的にそれを可能とする領域の手練である。

 故にISに対して『銃器』という人類史の生んだ必殺の武装は、武装足りえない――と、言うのが昨今のIS関係者に共通する認識であり、それ故にモンドグロッソにおける上位入賞者はほぼ全員と言っていい程格闘戦に精通する猛者ばかりであった。

 その様な猛者達がひしめき合う世界の頂点に君臨した究極系こそが、現代の世界最強(ブリュンヒルデ)と呼ばれる織斑千冬である。

 彼女が修練の果てに生み出した一撃必殺剣――零落白夜。その零落白夜はこのIS時代におけるIS唯一の天敵と称され、千冬はその零落白夜の力で世界の頂点を捕った。

 ――――そしてそうした結果が残ると聡い者は考えるようになる。第三世代機の特殊兵装として、標準装備と化した零落白夜。兵器としての量産化である。

 この時代において最も警戒されるテロとは、ISを用いてのそれである。故に国防を担う次世代のISとして、対IS能力に特化した無類の武装を標準とし、それを任意に制御できる量産機が求められるのは、ある種の必然であったと言える。

 そしてそれが当初の、日本が考える第三世代機の設計構想(コンセプト)であった。

 そして結果的に開発された試作機が、一夏の乗る『白式』という機体であった。

 

「ままならないものだねぇ~♪」

 

 一日の授業も終わり、消灯時間も少し過ぎた頃。IS学園の郊外の敷地にいつの間にか建てられた独特な景観の建物を根城にする天災――束は、記録された白式の戦闘映像を見て密かに笑みを浮かべた。

 そしてそんな幼馴染の相変わらずな様子をコーヒー片手に見守る千冬もまた、同意するとばかりに小さく溜息を吐いた。

 

「一夏もしっかり秋斗の兄だったという事だろうさ。良くも悪くも他人の気も知らずに期待を裏切ってくれる――」

「そこが面白いじゃん♪」

「傍観者気取りのお前に公務員の苦悩がわかってたまるか」

「ところがどっこい、束さんは先生なんですよ。これが?」

「ほざけ。貴様の様な教師がいるか、馬鹿たれ」

「痛っ!」

 

 千冬は束の頭をパコリと叩いた。

 束が学園で教鞭をとるようになった事で、必然的にそのお目付け役と護衛のポジションに千冬が立つ事になった。

 腐れ縁故に――という、ある種暗黙の了解のように、そんなリードのポジションについてしまった千冬は、せめてもの抗議として学園の敷地の郊外に勝手に作られた束の自宅兼研究ラボにて、よく暇をつぶすようになった。

 

「しかしカッコいい台詞だね~」

「その直後に自滅してくれたんだ。所詮は道化の台詞だ」

「手厳しいね?」

「私にしたって恥ずかしいんだ」

 

 千冬と束が二人して見ているのは、IS学園に入学した一夏の行った最初の戦闘映像であった。

 内容はイギリスの代表候補生――セシリア・オルコットとの、クラス代表を賭けた一戦である。

 詳細は割愛するが、その勝負の一夏は素人でありながらも倉持技研から送られた試作第三世代機白式を見事に乗りこなした。しかしその結果は一夏の敗北に終り、その途中で一夏の行った悪い意味での見世物により、千冬はその映像を直視しようとはしなかった。

 

「ねぇ、ちーちゃん」

「なんだ?」

「もしもこの勝負でさ。いっくんがまともに白式を動かせなかったらどうするつもりだったの?」

「その時は訓練機を使わせる予定だったさ。その為にわざわざ一夏の専用としてISを一機貸与するように調整がなされていた」

「へぇ、そうなんだ。でも――無駄に終ったね」

「言うな……」

 

 千冬は束の質問に答えながら、若干疲れた様子で目頭を揉んだ。

 

 映像の情報は一部の関係者を多いに苦悩させ、千冬と束をして、今後はどうするんだろう? と、白式を一夏に与えた日本政府と、その機体を預かる倉持技研への疑問を顕にする。

 その意味では、一夏の行った最初の戦闘模様は、非常に興味深い内容であった。

 と、いうのも白式に搭載されたISコアの根幹には織斑千冬の使用した戦闘データのコピーが存在するからだ。そしてそれが零落白夜を発動させる為に必要最低限の要素だったのは間違いなく、同時にそれこそが、白式が一時日の目を見なかった最大の要因であったからだ。

 そもそもが専用の搭乗者による膨大な戦闘記録の蓄積によって、独自に最適化、進化して生み出されたワンオフアビリティーを、まったく別の搭乗者が使おうとしたところで、そこにエラーが発生するのは当たり前のことである。故にそのエラーの原因を突き止め、ワンオフアビリティーを特殊兵装としての形にデチューンする事が、第三世代機開発の大きな焦点となるのだ。

 しかしその作業の難しさは語るまでも無く、他多くの例に漏れず、白式という機体もまた開発陣に望まれた結果を出せる事無く計画が凍結され、結局は倉持技研の倉庫で埃をかぶる結末を迎えた。

 その後零落白夜の量産化に頓挫した日本は、織斑千冬が零落白夜を発動させた改秋桜――通称『暮桜』の、その高い格闘戦能力を見直し、更に完成度を高めた後期型の二世代機として『打鉄』の開発に着手するという逸話があるのだが、どちらにせよ白式と言う機体は、本来ならば一度も日の目を見ること無く、ひっそりと闇に消えていく宿命だった機体なのだ。

 ――――しかしそこへ織斑一夏という織斑千冬に限りなく遺伝情報の近い男性IS操縦者が現れた事で、話が変わった。

 そしてその運命的な出会いにより白式は時代に台頭した。

 そこにはある種のロマンがあったと白式の秘話を知る者達はこぞって興奮した。

 しかし同時にその結果を歯がゆく思う者達も居た。その内の一人が、他ならぬ織斑千冬であった。

 

「一夏は一次移行の段階からワンオフアビリティーを発現させた。その結果を見て白式と第三世代機の開発に光明が見えたと倉持の関係各位はたいそう驚いてくれたが、お前に言わせればこの結果は想定内のことなんだろう?」

 

 千冬はズズッとコーヒーを啜りながら、モニターに映る記録映像に視線を落とした。

 場面は一夏が瞬時加速から零落白夜を発動させた瞬間である。

 束は退屈そうに口を開いた。

 

「まぁ、それは間違いないね。予め予定されていた性能を白式が発揮しただけに過ぎないっていう、倉持技研の所長の――誰だっけ? アイツの見解は正しいと思うよ?」

「篝火ヒカルノだ。名前ぐらいは覚えておいて損は無い」

「そうそう。それそれ」

 

 束は飽きたと言わんばかりに戦闘映像から眼を逸らした。

 

「あっくんもそうだけど、ちーちゃんといっくんも遺伝情報がそれなりに近いからね。ワンオフを発現させる可能性は十分あった。でも白式から派生する第三世代機云々の問題と、男性IS操縦者のデータ取得は別問題だよね? 二兎追う者は――って、まさにその通りの結果に終るんじゃないかなぁ?」

「言ってやるな。その問題については頼まずとも、連日のように上の連中が議論してくれている。政治も絡んでくるデリケートな問題なんだ。まぁ、介入してやりたいというのなら話は別だがな」

「まさか。死んでもゴメンのすけだぜ♪」

 

 皮肉るような千冬の言葉に束はぐっと背筋を伸ばすと、虚空から千冬とおそろいのマグカップとココアの入った電気ケトルを取り出した。

 

「一夏の成長幅とその方向性に、大きな枷が嵌められてしまったのはある種の皮肉だな」

 

 一夏は初のISの搭乗で、白式が本来求められた要素と性能を限りなく最高の形で発揮してしまった。そしてその結果こそが、一夏にとっての幸運であり不運であると思った。

 千冬は小さく息を吐いた。

 今後一夏はISと関わって生きる事を余儀なくされた。

 しかしその現実を悲観に思う段階は疾うに過ぎ、そうであるならばと千冬はISの先達として一夏を鍛える腹積もりであった。

 しかし白式という余りにも尖った機体が一夏の専用機として与えられた事で、大きく予定が狂ってしまった。

 

「男性IS操縦者としてのデータを取りたいなら、多少型落ちしていてももう少し汎用的な機体を回すべきだったろうにな」

「そうだねぇ~」

 

 ISに関わる人間としても教職員としても、千冬は間違いなくそのように考えていた。なぜならどんな分野でも、さしあたり基礎を疎かにするわけにはいかないからだ。

 しかしそこに待ったをかけたのが倉持の一部の技術者と政治屋である。彼らは白式を半ば強引な形で一夏に渡し、そして最終的に一夏に白式を託した。

 恐らくだが倉持としても、当初は“動けば幸運”という位の実験のつもりだったのだろう。しかし一夏はその主人公力とでも言うべき幸運でなまじそれを求められる最高の形で動かせてしまった。それが故に一度断たれた国産の第三世代機開発という夢を再び開花させてしまったのだ。

 それは確かに国益にとっては素晴らしい事なのだろう。しかしそれは結果的に希少希少と騒ぎ立てた男性IS操縦者の将来の可能性の一部を大きく潰した事にも繋がり、それが故に一夏を中心とした政治的な対立の火種が出来てしまった。

 その点が千冬を大きく苛立たせていた。

 

「知らぬは本人(一夏)ばかりだ。どいつもコイツも他人の弟を好き勝手に――」

 

 最強――織斑千冬のあり方とまるで同じタイプの操縦者。それはある意味で一種のロマンさえも感じる要素である。

 その点は倉持の多くの研究者や、国家としての単位で一夏を含むIS業界に密接に関わる政治家にとっても共通する見解だった。しかし成長の余地がある初心者を強烈な個性のある機体に押し込めてしまった事は、結果的に他の分野で開花したであろう可能性を潰すに等しいものだ。そして多くが誤解する点として、千冬はISに必要な多くの要素において、ほぼ全ての分野での一流。そして知られてはいないが、実は平均以上の射撃の腕前もある。

 たまたま近接戦闘の技術が超一流だった事と、モンド・グロッソの上位ランカーとの鎬を削る要素に近接戦闘の技巧が必要になっただけで、それらの結果が世間的には近接戦闘分野のスペシャリストとして浸透しただけである。

 千冬の実態はISのほぼ全ての分野を修めるゼネラリストだった。少なくともそうでなければ技術指導教官という名目での教職員の地位などありえないし、何よりISの分野に進むと決めた時から、そうした生き方を自ら望んできた。

 しかし一夏は違う。一夏は初心者である。しかも基礎の鍛錬もまだ行っていない段階の素人。血縁と来歴の共通点だけを結べば、確かに一夏と千冬には共通する項目があるが、しかしそれがそもそもの間違いである。

 そしてそれに気づかず国が、世界が、好き勝手に一夏に掛ける多く期待が、余りにも度が過ぎていると千冬は思っていた。

 

「――ままならんものだな」

 

 千冬はコーヒーを啜りながら思わずぼやいた。

 確かに一夏と千冬はタイプが似ていた。

 戦闘競技者としての個性は共に剣を使った近接戦闘であるという点がそれだ。しかし言ってみればそれだけである。

 織斑の三姉弟の長女として千冬は、自分達姉弟がそれぞれ違った形の個性を持っている事をよく理解していた。

 千冬は清廉で生真面目な性格だが、面倒になると考えることを放棄して大雑把に物事を片付ける癖がある。

 一夏は単純で一途。しかし穏やかな気性に反し、意外に頑固で融通が利かない部分が多く、そして寂しがり屋。

 秋斗は時に千冬でも頼りにする程の非凡だが、頼りになると同時にひどく勝手気ままな気分屋の快楽主義者だ。

 

「どうしてこうなったんだろうな」

「なにが?」

 

 ふと零した千冬の疑問に、束は首をかしげた。

 千冬は一夏の巻き込まれた運命を悲観する姉としての気持ちを吐露しかけたが、気恥ずかしさからそれを飲み込み、冷静な第三者としての仮面を纏った。

 

「――白式と言うある種の特殊機体に搭乗させるという事自体がそもそも、連中の言う貴重な男性操縦者の無駄使いではないかと思ってな」

「あーまぁ、そうだね」

 

 千冬は上の連中が連日のように議論する内容を半ば他人事のように揶揄した。

 それに対して束も同じ様に呆れの笑みを浮かべた。

 

「いっくんがもう一人居たらいいのに……って、有象無象が思うのも無理も無いね~」

「秋斗の事か?」

 

 束の言わんとする事を察して、千冬は疲れたように溜息を吐いた。

 現状、束が保護している第二のIS操縦者である織斑秋斗。その身の振り方については各国が議論していた。特に日本政府としては、織斑一夏と同様に秋斗にはIS学園に入学して欲しいという強い要望があった。

 一夏を白式の専属。秋斗の方を汎用的なデータ取得の専属。そうすれば少なくとも大方の問題について片がつくからだ。

 故にIS学園には織斑秋斗の学園入学がいつなのかを問い合わせる電話やメールが数多く送られていた。

 ――――ちなみにその熱烈なラブコールに対して最前線で問い合わせに対応しているのが学園生徒会長の某少女である。

 

「――あの馬鹿(秋斗)は居ても居なくても面倒ばかり掛けてくれる」

 

 千冬は怒気を押し殺したような声でポツリと言った。

 その瞬間。千冬の手の中にあるマグカップが、ミシリッ……という音を立てた。

 

 千冬が秋斗に最後に会ったのは2年前のドイツが最後である。テロリストの襲撃を辛くも単独で逃げ切り、運よく束に保護されてしばらく経った頃だ。その際に千冬は、弟の無事な姿を見て素直に涙した。

 そして事の顛末を聞き、亡国機業という組織から身柄を守る為にしばらく束の所で身を隠すという親友と弟の判断を、姉として泣く泣く受け入れた。

 ――――そして帰宅して靴跡に汚れた自宅のフローリングの掃除と、そこらじゅうに張り巡らされたトラップによって怪我をした警察官らに対する謝罪等に奔走した。近況も含め、家中を汚してその後始末を完全に放り投げてくれた弟に対して幾ばくか話したいことも多々ある。

 そんな気持ちをふと抱いた千冬は、現在の保護者である束に尋ねた。

 

「秋斗で思い出したがアイツは今どうしてるんだ?」

「ん~?」

 

 束は両手に持ったマグカップからココアを飲みつつ、考える様に唸った。

 

「元気にしてるんじゃないかぁ。先週ぐらいから友達のところに遊びに行ってるみたいだけど」

「……アイツも一夏と同様に自分の立場を理解していない愚か者か」

「理解はしてると思うけど、その上で前進する子なのは間違いないね♪ まぁ、何か起きたらこっちにある『あっくんセンサー』が反応するから大丈夫だと思うよ? それに今のあっくんを如何にかしようと思ったら、それこそ本気でISを持ち出さないとどうにも出来ないよん♪」

 

 疲れた表情を浮かべる千冬を励ますつもりか、束は笑みを浮かべて言った。

 しかしその笑みは千冬にとってはより深く辛い心労へと誘う悪魔の笑みの様に思えた。

 

「まぁ、無事ならそれで――」

 

 その瞬間、千冬の脳裏にはISを使って止めねば止まらぬほどに天災化(・・・)した最愛の問題児の悪辣な笑みが過ぎったが、まともに考えたくないと思考を放棄した。

 

「あぁ、そう言えば出発前に面白い事、言ってたね」

「――――なんだ?」

 

 と、その瞬間。思い出した様に束は口を開いた。

 

「実はシミュレーターを学園に導入するって話をした時に――――」

 

 千冬はそうして放たれた束の言葉に壮絶に嫌な予感を覚えた。

 




独自解釈が多分に混ざってます――という注意書きは今更ですかね。白式は白騎士よりも暮桜の後継機の扱いのほうがしっくりする気がしまする。

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