IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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交錯する人々 飛翔編

 篠ノ之箒にとってIS学園への入学は決して本意なモノでは無かった。故に世間の関心が最も高いISに触れられる環境に身を置いても、そこに大した感慨を抱くことさえも余り無かった。

 状況が、環境が己の自由を許さぬから。この先に起こりうる多くの危険から身を守る為の力が無いから。そうした外部の人間の判断によっての判断により半ば強制的に入学を強いられたのが、篠ノ之箒という少女のIS学園に入学した来歴である。

 その胸の内に秘める学園生活に対する熱意は他の多くの生徒に比べると余りにも薄く、それはISに搭乗する初の訓練でも同じで、他の多くが眼を輝かせる中で箒は何処と無く冷めた目でISを見ていた。

 しかしその際に視線を上にあげると、そこには白式を纏って空を飛ぶ一夏の姿があった。

 一夏は初めて纏うISに対し、戸惑いと同時に喜色を顔に浮かべていた。

 ISは女性のモノという風潮が世間にはあるものの、男性が空を駆けるソレに対して興味を抱かないという話は余り聞かない。そして一夏もその類の人間の一人であった。

 一夏も箒と同じく強制的にIS学園への入学を強いられた生徒であるが、その理由はある意味で自業自得だという風に断じる事も出来た。しかしそれでも置かれてしまった状況に対する同情の念は抱けるものだった。

 だが箒は、それが不謹慎だという自覚を持ちつつも、一夏が学園に置かれたというその状況そのものを実は素直に嬉しいと思っていた。

 話相手が存在するという事。

 理由はそれだけに過ぎないが、他の生徒のようにISに対する強い熱意を抱けなかった箒にとって非常に救いになる話であった。加えてそこにはもう一人、理由は違えど学園に入学させられたラウラという生徒が居た。ラウラである。一夏とラウラという2人の存在が無ければ、今の箒のIS学園での生活は、何よりも耐え難い苦痛でしかなかっただろう。箒にはそんな確信があった。

 

 姉がISを生み出さなければ――

 

 箒がそんな風に束に対し思った事は幾度もあった。

 しかし話を聞けばラウラに関しては箒の姉の束に強い縁のある人間であり、そんなラウラの話を聞いて居たが故に箒は、束と再会した時に恨むよりも先に嬉しいと思う気持ちを抱くことが出来た。

 束という存在は昔から天才だった。妹だからそう断じる事が出来た。そして常に箒の考えの及ばない領域で物事を考え、悩む人物であった。

 その前提があり、その上でラウラから聞かされた束の話を聞いて箒は、“あの”天才をしてままならない事が世の中には有るのだと改めて知った様な気がした。

 

「――――っ」

 

 そんな姉と再会して早々に箒は、束から『紅椿』というISを直接託される事になった。

 それは世界で唯一の第四世代機であり、同時に他の誰でも無い唯一、箒を守る為に製作された束の手製であった。

 束が用意できる最高峰の護りがISであった事。

 それは箒にしてみれば非常に“らしい”と思う出来事で、相変わらずだと苦笑を浮かべるにたる出来事であった。

 しかし同時に、非常に煩わしいほどの厄介事を持ち込んでくれたと昔のように溜息を吐きたくなった。

 IS学園の生徒としてはあまりにやる気が薄い方だと自覚する箒にとって紅椿というISは、まさに扱い悩む程に強大すぎる代物であった。

 

「――――っ」

「箒さん大丈夫?」

「えぇ、なんとか――――」

「無理はしないでね?」

「えぇ。大丈夫です……まだいけます」

 

 箒は先導するISの背をゆっくりと追うように紅椿を操作した。それと並行して呼びかける声に対して無事を伝えるが、お世辞にもそのバイザー越しにある表情は良いとは言えなかった。

 適正ランクC。

 箒は自身に宿るその平均よりもやや低いそのIS適正ランクを少しばかり呪った。

 

「一旦降りましょう。流石にその表情で大丈夫だと言われても、ね?」

「すいません……」

「いいのよ。まずはゆっくりでもいいから慣れる事を重視しましょう」

「はい」

 

 束から託された紅椿を乗りこなす為の訓練に際し、ひたすらにアリーナで試行錯誤する箒の傍らには常に学園の生徒会長である更識楯無の姿があった。“天災”篠ノ之束が作り出した世界で唯一の第四世代機の専用機持ちの護衛と、その訓練教官役として白羽の矢が立てられたからだ。

 楯無と共に箒は紅椿を託されてからの放課後は常にIS操縦訓練に時間を割いていた。

 

「ふぅ――――」

 

 アリーナに降りた箒は紅椿の展開を解き、事前に用意しておいたアイスマスクで瞼と額を冷やした。

 紅椿の高すぎる性能とは対照的に、露見する自分の凡庸さと適正ランクCという現実を痛感して、箒はたった一日で白式の性能を引き出してみせた一夏の類稀なる“才能”に溜息を吐く。

 しかし一夏の持つ非凡さについては幼少の頃から良く知っている為、そこに今更嫉妬の感情等浮かんではこなかった。

 

「――やっぱり打鉄とは違う?」

「えぇ、まるで違います。一夏はよくもまぁあんなに簡単に乗りこなしたと、今更ながら不思議に思いますよ」

「まぁ、白式は少し特殊な機体だし、良くも悪くも使う側に要求する内容もそう多くは無いからね。近づいて、斬る。極端な話、白式に要求される要素はこの二つだし」

「……羨ましい限りです」

 

 楯無の言葉に対し、箒は思わず深々とした溜息を吐いた。

 箒の駆る紅椿は究極の汎用機である。つまり単独の性能で、何処までも状況に対して対応できる機体である。第四世代機とは束曰く、『機体本体の性能だけで完結する究極』がコンセプト。故に発揮できる性能は搭乗者が求めるその全てという優れものだ。その証拠にマニュアルで微細に調整できる項目が数百項にも及び、PICやハイパーセンサーに類するISならではの機能もまた一般的な量産機を遥かに凌駕する代物。―――そしてそれ故に搭乗者に求められる最低水準が非常に高いというじゃじゃ馬な機体。

 

「こんな事言っては何ですが、紅椿も打鉄ぐらいに単純な機体でよかったのに……」

「まぁ、うん。その気持ちはわかるかも」

 

 訓練で初めて使った打鉄を思い出し箒は実に贅沢な願いを思わず吐露した。

 打鉄は良くも悪くも使いやすい機体であった。その操作性はオートで簡略化されたイメージインターフェースで、操作性は殆ど操縦者が直感で動かせるほど素直だ。そして性能が持ち合わせる得意不得意がハッキリしている点が、非常に初心者向けであった。

 対して紅椿は余りにも上級者向けの機体であった。その性能はISが非常に高度な“精密機械”であることを如実に教えてくれる程で、故に自他共に初心者だと認める箒はどうにも紅椿の性能を持て余していた。

 

「それにしても、ハイパーセンサーというのは非常に酔うものなんですね」

「学園にある打鉄のハイパーセンサーは文字通り誰でも乗れるように調整がしてあるからね。だけど2、3年生は訓練機でも使う際には独自の設定を入力して使うのがあたりまえになってくるわよ? それに専用機を自分なりに調整するとなったら、その苦しみは誰でも必ず通る道。適正ランクAと言っても最初からISを乗りこなせるわけではないし、センサー類の感覚の類だけはオートで設定できないもの」

「先輩も似たような経験があるんですか?」

「もちろんよ。自分にとって一番いい設定の数値を見つけることが専用機持ちの第一歩ね」

 

 楯無は専用機を持つ先達としてアドバイスを送る。

 

「ふと思ったんですが、そう言えば一夏の白式は――」

「あ~彼の場合はこれまた少し特殊ね。織斑先生が予めいくらか調整した数値が上手い具合にはまったみたいなのよ」

「なんと言うか、そういうところは実に一夏らしいですね」 

「でもその所為で『センスじゃどうにもならない部分を指導できる時間が増えたな』って織斑先生凄く悪辣に笑ってたから、どっちがいいのかは判断しかねるわね」

「………………」

 

 楯無のそんな注釈を受け、箒は不意に抱いた一夏に対する羨ましいという気持ちをかき消した。

 

 

 

 

 アリーナ使用時間の終わりが差し迫り楯無は箒に、実機による訓練はコレで最後しようと提案し、本日教えた事柄を一人でやってみせるように指示を出した。

 空を舞う真紅のIS。その動きを地上から見守る傍ら、楯無は紅椿の“テストパイロット”を引き受け、その機体の完成に多大な貢献をしたという人物――織斑秋斗の持つであろう“操縦技術”の高さに対してふと興味を抱いた。

 追加装備に頼らず、本体が持つその性能のみで全ての状況に対応する汎用機の究極系。そんな紅椿の開発過程には、かのダイオウイカ捕獲という偉業が存在した。そしてその際に対応したのが織斑秋斗であった。

 織斑秋斗は深海という特殊な状況で試作ISを乗りこなし、作戦という一種の縛りの中で必要とされた対応を見事にやってのけた。それはダイオウイカの捕獲という記録の中では、添え物のように存在する周知の事実であったが、故に当初は見落とされていた。

 それは楯無にしても同じであった。

 そして気づいて(・・・・)しまうとその事実がどれほどの事かは想像に容易いものであった。恐らくその荒唐無稽な逸話の中に秘められた織斑秋斗の非凡さを、この時点で気に留めた者はそう多くはないと楯無は感じだ。そして同時に、出来ればそのまま一生、気づかれるなと思った。

 織斑秋斗に関する情報の開示要求とその身柄をIS学園の中で匿う事を求める声は連日のように各所から楯無の下に届いているが、その代理保護者である篠ノ之束は疎か、その実姉である織斑千冬にしても織斑秋斗に関しては所謂“放任”というスタンスをとっており、楯無はIS学園とカウンター暗部の両面で組織の長として君臨する為、日夜、世界中の関係者からネチネチ、クドクドと鬱陶しい程の突き上げを食らっていた。

 そこへISの操縦技術が実は非常に高いという話が加われば、どれほどのモノになるか?

 もはや考えたくも無い。

 

「――――まぁ、気にしたって仕方がないわね。もう彼の事は」

 

 楯無は無理やり思考を切り替えた。

 

 真面目な話、今後織斑秋斗はどうするのだろうか?

 楯無はふと疑問に思った。

 このまま社会に関わらず、どこかで生きていくのだろうか? しかし“あの”篠ノ之束にしても、数年の時を経て社会に復帰したのだから、どこかのタイミングで織斑秋斗も表に出てくるのではないかと、楯無の常識的な部分の思考が思わせた。

 

 

「まぁ、私には関係の無い話であって欲しいわね」

 

 アリーナの使用終了の時間が訪れると、楯無は箒を伴い今度は仮想訓練室へと足を運んだ。

 

 

 

 

 束が導入したシミュレーターは、放課後の訓練における生徒の訓練機待ちというのっぴきならない状況を見事に改善してのけた。

 一時期は仮想訓練室に生徒が押し寄せ、その順番調整に楯無自ら立ち回ったこともあったが、差し迫ったタッグマッチトーナメントの影響もあってか1年生は実機による訓練、2年生、3年生はシミュレーターという訓練の住み分けが行われるようになった。

 現在のIS学園における充実した訓練の体制は、学園のOGが来年から学園に再入学したいという声を上げ、2、3年生が本気で留年を検討する程である。

 その点は楯無も同意であった。

 

「――さて、準備はいいかしら?」

「えぇ。いつでも」

 

 仮想訓練室を総括する束の従者――クロエ・クロニクルから仮想訓練室の使用の許可を得た箒と楯無は、専用のベッドに横たわり、専用のヘッドギアを装着して待機状態のISを接続した。

 楯無にはロシアの国家代表という側面も有り、仮想空間で愛機を使うことには幾ばくかの難題も存在した。仮想空間に登録する際に機体スペックを晒す事を要求されるからだ。しかし間近で天災の研究に触れられる希少価値と、あわよくば天災と御近づきになれれば最良という政府関係者の思惑もあり、その問題は瞬く間に解決した。

 仮想空間の中で愛用機を展開する傍ら、楯無はどこの専用機持ちの代表候補生も似たり寄ったりの状態だという事を察した。隣のベッドには3年生の専用機持ちが横たわっていたからだ。

 考える事は国を隔てても同じかという笑みを零しながら、楯無は仮想空間にダイブした。

 

 実機で訓練した時と同様に、今度は模擬戦闘と言う形をとり、楯無は箒の駆る紅椿に相対する。

 楯無の駆るISは天衣無縫という言葉が良く似合った。それ程にミステリアス・レイディというISはトリッキーな機体である。その性能は世界最小の兵装とも揶揄されるナノマシンを制御する事に特化し、それを散布する事で“水分”を武器や鎧に変幻させる性能を持つ。

 ――――そしてそれ故に海風の吹きすさぶ人工島に立地する“IS学園”という環境においては、文字通りの最強を誇る機体であった。

 

 フィールドの設定はデフォルトの市街地。オブジェクトとして高層ビルが乱立する首都を模した場所を選択した。その上で箒を気遣い、訓練を見世物にしない為に外部から新たにログインする者が居ないようパスワードで仮想空間にロックを施した。

 そうした調整が終わり慣らし走行にも似た相対速度をあわせての軽い打ち合いを続ける事、数分――――

 堅実に一歩ずつ紅椿の性能に追従してゆく箒の成長を微笑ましい気持ちで見守る楯無の下に、それ(・・)は姿を現した。

 

「――――なんですか、あれは?」

 

 

 それは“黒い怪鳥”――もしくは“黒い怪魚”と形容する以外に無い程、不気味なISであった。

 箒は新たに出現したISを見て困惑した声を漏らす。

 仮想訓練を行う際の注意点として、乱入と言う形で敵性のCPUが時々戦闘を仕掛けてくることがある。大抵はゴーレムⅡで、時々レアキャラとしてゴーレムⅢという名称を持った多腕多脚のアッシュグレイの機体が現れる。

 しかしこの瞬間、楯無と箒の下に飛来したそれは、少なくとも今までIS学園の生徒が相対した仮想訓練の敵性CPUとは一線を画す剣呑な雰囲気が備わっていた。

 ――――そしてそれ以前に“CPU”ですらもなかった。

 

「―――識別信号は学園の生徒のモノ? だけど“Unknown”って何?」

 

 解析情報からそれはIS学園の生徒のモノであると言う情報が入ってきた。

 その情報に思わず困惑する箒と楯無だったが、しかしそんな2人を余所にその黒いISはアクションを起こした。

 

「っ!? ロックオン警報! 散開して!」

 

 咄嗟に声を荒げた楯無の指示で箒は急速に高度を上げた。

 その刹那、非実弾兵装(レーザー)に匹敵する速度の射撃が放たれた。

 

 カァオ――――

 

 空気を切り裂くような独特の甲高い発砲音は、レーザー兵装のそれとは一線を画していた。

 また同時に着弾後の破壊痕の規模も尋常では無かった。

 乱立する建物オブジェクトが一部崩れ落ちる様を見て、楯無はすぐにその正体を看破する。

 

「――――レールキャノン?」

 

 それはドイツが作った試製の第三世代機が、実験的に搭載したというレールガンに他ならない代物であった。

 楯無も独自のルートで仕入れた資料でしかお目にかかったことが無い特殊な兵装で、それを直接目にした事は一度も無かったが、それ以外に形容できる性能ではないと判断した。

 混乱の中で思考が戦闘態勢に移行した。

 同時に、楯無は箒を背に庇いながら黒いISに相対した。

 

「先輩!」

「ここで引き下がるのも癪だし、少し様子を見ましょう。箒ちゃんは下がって――――」

「いえ、私も戦います!」

「そう……無理はしないでね? 撃墜されるとそれなりに痛いらしいから」

「嫌というほど知ってます!」

 

 箒は紅椿主兵装の刀“空割”を正眼に構えた。

 

「それにしても無駄に大きいわね」

「アレもISでしょうか?」

「――――みたいね」

 

 通常のISの平均体高がおよそ3m弱というところを、件の黒いISは全長およそ12mに近いほどの巨躯を持っていた。加えてその形状も異質で、形を抽象的に表現するならば横倒しの円錐の底部に枝を四方に広げ、更に葉を生やしたような形だ。

 固定型の巨大なウィングバインダーが四機、本体から後方に大きく伸びた細い尾を一本棚引かせる異形。そして機体の底――所謂魚の腹部にあてはまる部分には、まるで猛禽の脚のような形状のレールキャノンを二門備え、機体上部の背びれに似た部分には、脚部のレールキャノンとは別種の兵装であろう砲身のような突起が一基備わっている。

 

「ミステリアス・レイディ!」

 

 楯無は主兵装である槍――ナノマシン制御用のコントロールユニットを兼ねるそれを天高く掲げて、空気中の水分を急速に集めた。そして周囲に瀑布のような巨大な水の壁を展開して、障壁を作った。

 楯無は発生させた水塊を一纏めにして竜巻のような奔流を作り出し、それを一直線に敵ISに叩きつける。

 ――――が、その直後に黒いISはまるで音速戦闘機がアフターバーナーを吹かせたような尋常でない加速力で以って、その場から急速に離脱した。そして大きく迂回しながら2人に接近してその脚部の砲門を向けた。

 

「っ!?」

 

 その巨躯に似合わぬ機動力は、楯無が操る水の勢いを速力だけで振り切る程であった。

 

「速い!」

「援護します! 先輩はそのまま攻撃を!」

「了解!」

 

 箒は黒いISから放たれる砲撃の一部を切り払う事で楯無を援護した。

 水の檻に一度でも捕らわれてしまえば脱出は不可。それぞれの機体の性能と特徴を鑑みて、一瞬で各々の役目を決めた楯無と箒は、2人掛かりで黒いISに立ち向う。

 攻撃は楯無が、守備は箒が――――

 それぞれが得意の位置で応戦するが、しかしそんな2人の連携をあざ笑うかのように黒いISはまるで海中を泳ぎ回る巨大な鮫のように空を縦横を飛び回った。

 

「くっ!」

「箒ちゃん!」

「大丈夫です! まだいけます!」

 

 黒いISの主兵装は猛禽の脚部にも似た機体下部のレールキャノン。

 彼我の距離と機体本体とのサイズから相対的にアサルトライフル程度の口径にも見えるが、それは実は平均的なISが使用するスナイパーキャノンよりも大口径な代物であった。

 性能的に敵の砲撃を切り払う事を可能にする紅椿であっても、その防御を容易く貫通してくるレールキャノンの攻撃力は決して侮れるものではない。

 苦悶の声を上げる箒を見て楯無は状況が非常に不利である事を察した。

 

「なんて非常識な――――」

 

 音速戦闘機にも似た航空力学に忠実な形状を持つが故に、そのマニューバの軌道のセオリーを先読みして攻撃を仕掛けた瞬間だった。黒いISは攻撃ヘリのような横軸方向のスライド移動で、楯無の攻撃を回避した。付け加えるとその動きの最中には急停止からの急加速というIS特有のPIC制御を前提とする変則機動のおまけをつけてだ。

 

「もう! なんなのよコイツ――」

 

 水の防壁程度では殺しきれない威力の高さの砲撃を連射しまくる攻撃スタイル。

 遠距離を得意とするミステリアス・レイディよりも更にアウトレンジからの砲撃を得意とするような性能。

 音速を超えた領域の中でも平然と精密なPIC制御をやってのける手腕。

 的の大きな七面鳥という認識は早々に消え、楯無をしてその黒いISは文字通りの怪物的な存在だという認識に変わった。

 

「先輩!」

「っ!?」

 

 箒がカバーしきれない程の砲撃が連射された。

 楯無は咄嗟に攻勢に移していた水の防壁を一端解除し、それを防御に回した。

 ――――が、それでもレールキャノンの砲撃は展開した水の障壁を貫通した。

 咄嗟の機体制御で何とか直撃を避けるも、それは回避をしたと呼ぶには余りにも重い傷跡を残した。

 装甲を削りながらの回避だったが、その掠めた一発の砲撃でも絶対防御が発動したのだ。

 直撃ならばまだしも掠めただけ――

 たったそれだけで削りとられたシールドエネルギー量は、楯無の背筋は凍りつかせるには十分だった。

 

「箒ちゃん、下がって――――」

「しかし!」

「邪魔だって言ってるのよ! 巻き込まれたくなかったら下がりなさい!」

「っ!? 了解!」

 

 仮想空間での撃墜はそのまま強制ログアウトである。そして箒は既に、紅椿でこれ以上の戦闘を続けるのが難しいほどのダメージを負っていた。

 強い口調で放たれた楯無の指示に唇を噛みながら下がった箒だったが、それでもすぐにカバーに入れるぎりぎりの位置に陣取り、楯無の戦いを見守った。

 

「……あまり生徒会長(学園最強)を舐めない事ね!」

 

 楯無は槍を構え、遊泳するように空を泳ぎまわる敵ISを見据えた。

 ロシアの国家代表である楯無をして、現実にISを用いてこの様な“戦い方”をした経験はなかった。

 敵は“機動砲台”と呼ぶに相応しい戦い方を得意とし、モンドグロッソの闘技用アリーナという狭い領域の中にはそぐわない性能を持っている。故にその黒いISは、今まで出会ったどの国のISよりも異質で特異な存在だった。

 しかしそれはそれ――

 そんな事を理由に負けてやれる程、楯無の背負ったモノは軽くは無い。常々自らを“最強”と口にするのは、背負ったその重さを忘れぬ為なのだ。

 楯無は箒が下がったのをチラリと横目で確認して、縦横に飛びまわる黒いISを包囲するように水を操りながら、槍の先端に格納した4連装ガトリングキャノンを放った。

 攻撃の片手間に展開する水のベール程度では敵の砲撃を防ぐには心もとなく、かといって守勢に回れば敵の包囲攻撃を許す事になる。

 故にこの非常識なISを倒すには切り札を使うしかない。

 

(――チャンスは一瞬ね)

 

 楯無は仮想空間にあるまじき“緊張の汗”が頬を滑り落ちるような感覚を覚えた。

 これから放つ技は本来はモンドグロッソの無差別級と呼ばれる領域で戦い、且つ勝利する為に調整して作り上げた専用の技だ。その発動には幾ばくかの隙がある為、本来ならその隙を消す為に“挑発”と言った類の精神攻撃で敵の油断や虚を誘うのが常。

 しかしこの状況において敵に楯無の思惑は通じず、また設定上の環境が『開かれた空間』である為に決して有利とは言えない。

 しかしそれでも――――

 それでも――――

 

「――――来いっ!」

 

 楯無が人工的に作りだした水の領域。

 その稚拙さをあざ笑うかのように自由に大空を泳ぐ黒い怪魚は、まるで獲物を見据えた鮫のようにその機首をミステリアス・レイディに向けた。 

 その黒い背びれを模した一際大きな砲門に光が収束する――――

 常識的に考えた場合、その光は荷電粒子砲かレーザー兵装の類だろう。しかし彼我との距離が詰まっても放たれる気配が無く、同時に楯無の戦闘者としての直感が強かに警鐘を鳴らしていた。

 

「どうせそれ(・・)も、マトモな武装じゃないんでしょ!」

 

 背びれに収束した光の正体を見極める為に楯無は眼を見開く。

 この黒いISに限って常識を当てはめるな。ただひたすらにそれ(・・)を見極める事に精神を研ぎ澄ませた楯無は、針の穴を通すような集中力で、唯一最大威力で反撃可能なその糸口を全力で手繰りとった。

 

「――――っ!」

 

 黒いISはレールキャノンを牽制に放つと同時、“瞬時加速”と呼ぶ以外に他ならない速度で楯無に迫った。

 そして黒い背びれに似た部分から青いレーザーを薙ぎ払うように発射した。

 ――――しかし交錯する一瞬とも呼べる刹那の時間を制したのは楯無だった。

 紙一重で楯無は回避に成功。対して黒いISの放った横薙ぎのレーザーは空振りに終った。

 閃光が走り、地表に乱立する無数のオブジェクトが切り裂れた。

 レーザーブレード。それが黒いISの背鰭から放たれた武装の正体であった。

 

「これで――――」

 

 ハイパーセンサーを駆使して知覚した一瞬という短い時間の中で、楯無は黒いISの巨躯の異形を遂に間近で目の当たりにした。

 それは余りにも大きく――――

 余りにも強大で――――

 そして余りにも非常識だった―――。

 その時の楯無の心に湧き上がった感情は、久しく感じていなかった恐怖と呼ばれる類のものであった。

 ISを手にしてから手に入れた名声、賞賛、信頼、自負――――それは一人の少女が安寧のために積み上げたあらゆるモノを焼き尽くし、等しく灰に変えるであろう脅威が現実と化した姿。黒いISは楯無にそんな怪物を連想させた。

 

「――消えろ、イレギュラー!」

 

 楯無は心の底から叫んだ。

 それは恐怖であり、怒りであり、積み上げた安寧の世界を守る為の威嚇でもあった。

 楯無は水を操ると同時に領域内に広く散布させたナノマシンを急速に振動させた。

 周囲の水分を一気に沸騰させる。それにより微細な水分は気化し、その体積を一気に膨張させる。

 

 ――――そして仮想世界が白に包まれる。

 

 ミステリアス・レイディの誇る最大、最強の必殺武装『クリアパッション』。何もかもを吹き飛ばす大規模な水蒸気爆発に黒いISは文字通り飲み込まれた。

 そして楯無自身の意識もそれから程なくして仮想空間から切り離された。

 

 

 

 

「――――幽霊(ゴースト)IS? えっと、なんですかソレ?」

 

 ある日の昼下がり。

 織斑一夏は学園の食堂にふらりと訪れた同学園の二年生――新聞部員“黛薫子”から眉唾な噂を聞かされた。

 

「一年生で遭遇したって話は聞かないから、あんまりピンとこないかなぁ。二年生とか三年生では割りと盛り上がってる噂なんだけどね」

「へぇ」

 

 夏も近くと言えば確かに近い頃。しかし怪談話をするには聊か早いような気がした。

 しかし別の観点から、一夏は少しだけその噂に興味を抱いた。地元中学や近隣のそれにもあった眉唾な噂話。所謂“学園7不思議”に相当する代物が、このIS学園にも存在していたという事実に、素直な興味を抱いたのだ。

 一夏は黛の話を掘り下げて聞く事にした。

 

 幽霊IS。

 曰くそれは、シミュレーターが導入されてから程なくして発生した噂である。

 訓練中に突如乱入してくる謎の敵性のISだが、その識別コードはCPUのモノでは無くIS学園の生徒のモノ。

 だが正体は決して判らず、通信やコアネットワークでの呼びかけには一切応答することはない。

 しかし時折、回線から不気味な鼻唄を垂れ流す事があり、遭遇すると例外なくその隔絶した戦闘力で、容赦の無い攻撃を無差別に浴びせてくるという。

  

「――それは誰かの悪戯なのでは?」

 

 黛から話を聞かされたのは一夏と同じテーブルに座って昼食に箸をつけていた者達も同様であった。

 セシリア、鈴、ラウラ。

 中でも黛の話に特にに胡散臭そうな表情を浮かべたセシリアは、黛に対して真っ先にそんな感想を返した。

 

「同感。それって幽霊って言うより、ゲーセンとかに居るマナーの悪い荒しじゃない?」

 

 そしてセシリアに続けて鈴が言った。だがセシリアの意見と同意の様で、その実、態度だけは対照的に興味ありという風だ。

 

「――ですが仮にも学園に入学した生徒でしょう? そんな程度の低い悪戯に腐心する者など本当にいるのでしょうか?」 

「だな。しかし仮にそういった者がいたとして、教官や博士の眼を欺ききれるものだろうか?」

 

 すると今度はラウラが眼を伏せ腕を組んで断じた。

 

「まぁ。無理だわな」

「無理ね」

「無理でしょうね」

「無理だよねぇ」

 

 織斑千冬と篠ノ之束。この両名の監視の眼を潜り抜けて悪戯を成功させる事が果たして可能か?

 それを問うラウラの意見には、黛も含めたその場の一同の意見が一致した。

 

「――――だけどそれが可能なんだから“幽霊”って呼ばれてるんだよね?」

「シャルか?」

「ごめん、遅くなった」

 

 ふと、そこに第三者の声が掛けられた。

 一同に話しかけたのは昼食のパスタの乗ったトレイを持って佇む3組のクラス代表――シャルロット・デュノア。その後ろには篠ノ之箒と、4組のクラス代表の更識簪の姿があった。

 

「どうも」

「おじゃまします……」

 

 箒は素っ気無く、簪はおずおずと黛に会釈する。

 すると黛は「――――おやおや気づけば一年生の専用機持ちが全員揃ってるよ」と、この場に集った錚々たる面子を見て笑みを浮かべた。そして息を吸うような自然な動作で、その手をポケットの中のデジカメに伸ばしていた。

 

「題して『織斑ハーレム☆正妻問答』って所かな?」

「すいません先輩! マジで止めてください、先輩! いや、本当にマジでお願いします!」

 

 悪戯っぽく笑いながらファインダーを覗き込む黛を見て、一夏は直ぐ様土下座の勢いで頭を下げた。

 そんな一夏の姿に対し、セシリアはたおやかに、鈴は悪戯っぽい顔で苦笑し、ラウラはあきれた様子で素っ気無く視線を逸らす。箒と簪とシャルロットも半ばあきれの顔を浮かべた。

 

 束の合同授業や、仮想訓練室での訓練も含めて必然的にクラスの垣根を越えた交流の機会が増え、その結果“専用機”という共通した部分が彼女らの友好を結ぶ遠縁となった。

 今日の集まりはそうして出来た物だと一夏は黛に説明したが、そんな真相等ゴシップを好む者からすればゴミクズ同然である。

 

「――――まぁ、これ以上苛めてもアレだし、今日のところはこの辺で勘弁しておきますかね」

「出来れば、二度とゴメンですよ……」

 

 一通り茶化したところで、黛はデジカメをポケットに戻した。そして気疲れから溜息交じりの声を出す一夏に対し、しめしめと笑う。

 

「それより先輩。幽霊ISの話をしてたんじゃないんですか?」

「あぁ。そうだったわね。ゴメンね」

 

 一夏に助け舟を出すようにして、シャルロットはこれ見よがしに昼食を載せたトレイを見せつつ、話を元の路線に戻した。

 そこで一同の箸を止めていたと察した黛は、手早く用件を告げた。

 

「幽霊ISに関して目撃情報が増えてるのよ。それでもし一年生で遭遇したって話を聞いたら、教えて欲しいって話よ」

「はぁ、まぁそれくらいなら別に――――でもなんだって俺達に?」

「遭遇した子は何れもパイロット志望で、ISの技量にはそれなりに自信を持ってる子ばかりなのよ。だから多分、もし一年生が幽霊ISの洗礼を受ける事になるなら、必ず貴方達専用機持ちが最初になるかなと思ってね」

「なるほど」

 

 新聞部としては事件の謎を解き明すというより、一種の流行としてこの話題を取り上げた記事を書くという。

 そうした話を一同に聞かせた後、黛は去っていった。

 

「幽霊IS、ね――――」

 

 テーブルにシャルロットと簪と箒を加えた後、一同の食事は再開した。

 

「まぁ、多分。束さんあたりの悪戯だろうな。度が過ぎたら千冬姉が黙っちゃいないだろうし、そう心配する事でも無いな」

 

 一夏は鯖の味噌煮定食に舌鼓を打ちつつ、楽観した意見を漏らした。

 

「そう言えばさ。一夏って幽霊が苦手なタイプだっけ?」

「どうだろう? そりゃあゾッとする話とかはあんまり得意じゃないけど――――」

 

 鈴の問いに一夏はふと視線を宙に向けた。

 すると不意に一夏の脳裏には、中学時代に起こった嫌な思い出の一つが過ぎった。

 

「そういえば中3の頃にさ、丁度俺が家に一人でいる時に秋斗の奴が電話で『シャイニング』って映画を薦めてきたんだよ。面白いからって。それで秋斗の部屋にあったソフトを借りて見た後にアイツ――――」

「何かあったの?」

 

 鈴の質問を皮切りに、一同の囲むテーブルでの話題はオカルトな方向へと突き進んだ。

 

「――――個人的に『ミスト』という映画は中々くるものがあったな」

「え? ラウラはあの映画、そうなの?」

「うむ。視界不良の中に潜む得体の知れない何かは想像の余地があり過ぎてな。それが実害を振りまくならば尚更だ」

「……そうなんだ」

「シャルロットはどうなんだ?」

「僕? 僕はホラーはあんまり見ないかなぁ。でも幽霊が出てくる映画なら『キャスパー』が割りと好きかも」

「ホラーと呼ぶには難しいジャンルかもしれませんが、わたくしは『シックス・センス』が好きですわね」

「ブギーマンとフレディーはホラーに含まれるのかな……」

「スプラッター系はホラーとは違うんじゃないの? 箒はどう思う?」

「………………」

「箒?」

 

 和気藹々とオカルトやホラーな題材を扱う映画の話が進む中、箒だけが黙々と食事に集中していた。

 鈴の呼びかける声を受けて箒はようやく顔を上げる。

 

「ん? あぁ、すまない。なんだ?」

「……あんたどうしたの? もしかしてこの手の話題、苦手な感じ?」

「いや、そういうわけではないんだ。ただその――――すまん、なんでもない。忘れてくれ」

「……?」

 

 首をかしげる鈴に向けて、箒はなんでも無いという平静を装った。

 

 箒の脳裏には先日のシミュレーターで起こった戦いの事がこびりついていた。

 突然襲ってきた謎の黒い異形のIS。それを決死の覚悟で打ち倒そうとした楯無の姿を箒は今尚鮮明に思い出せる。あの瞬間、楯無は必殺の水蒸気爆発で自分もろとも敵を討ち払うと覚悟を決め、そして文字通りに黒いISを相打ちに巻き込んで見せた。

 だがその直後に箒が目の当たりにしたのは今尚信じ難い光景だった。

 爆発の直後に箒が見た光景――――

 それは爆発によって溶けた黒い装甲を吹き飛ばし、巨躯の中から蛹を脱ぎ捨てるように離脱した細身の人型のISの姿だった。

 驚く事にその形状は他でも無い箒の駆る『紅椿』に酷似していた。

 鳥や魚に酷似した巨大な装甲を廃して空中に飛び出した黒い人型は、アンロックユニットの無い全身装甲の黒い『紅椿』と呼ぶに相応しい形状で、それは自らの爆発で瀕死になったミステリアス・レイディを一撃で屠りさり、直後に退避していた箒に襲い掛かった。

 楯無が撃墜によって仮想空間から弾き出されてから2分も経たない間に起こった出来事。

 それが事の顛末であり、決着の光景だった。

 その光景を思い出し、箒は思わず割り箸ごと拳を握りこんだ。

 

(文字通り、手も足も出なかった――――)

 

 幼少の頃より剣を嗜み、普通の高校生に比べて白兵戦にはそれなり以上の自信があった。

 そして己には紅椿という稀代の天災が作り上げた現状世界最強のISがあった。

 ――――しかしそれでも勝てなかった。

 敗因はただ一つ。

 剣だけでは到達出来ぬ“IS”という分野そのものに対する理解の深さと経験が足りなかった事だ。

 

(――奴が現れる条件はなんだ?)

 

 学園で噂になりつつある幽霊IS。その正体が一体どこの誰の仕業であるかは想像がついた。そして同じ結論を楯無も抱いている様子だった。しかしそれを明かすとなると楯無も箒も自らの敗北を衆目に晒す事になる為、両者は暗黙の内に出来事を胸の内に秘める事にした。

 臥薪嘗胆の念を抱き我関せずという態度を周囲に貫く箒だったが、その胸中には先日までには無かった強い炎が揺らめいていた。

 それはIS学園に属し、競技者として高みを目指す他多くの生徒と同じ“強くなりたい”という強い憤りであった。

 

(――次は負けんぞ!)

 

 箒は憤る心をかみ殺すように白米を噛み締めつつ、黒い幽霊ISへのリベンジを誓った。 




遂に原作ヒロインが全部出ました。

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