IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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05 所謂、調子に乗った結果

 新年を迎えてから半月程経った頃。

 連日のように世界中のニュースを騒がせているのは、先日世界を揺るがした『白騎士』についてである。

 先の一件は原作と同じく、『白騎士事件』と言う風に世間にその名が浸透した。

 その搭乗者が一体誰なのか?

 それについての情報は一切無く、未だ謎に包まれたままだ。

 しかし『白騎士』と名付けられた“インフィニット・ストラトス”という存在を作り上げた人物は、直ぐに判明した。

 

『――――それで篠ノ之博士は日本の危機を察して、独自開発した例のIS――白騎士を緊急出撃させたという事でしょうか?』

『危機は別に感じてないけどね。まぁ、概ねはその通りだよ。以前、学会でISを発表した時に老害共に夢物語だって散々馬鹿にされたからね~。だから実際にISを作って、それで一人で月まで行って証明してやろうと思ってね。開発の経緯はそんな感じかな?』

 

 お昼のワイドショーを電波ジャックし、司会者と衛星通信で対談する人物。

 彼女こそ、この一件の“黒幕”だ。

 白騎士を開発した科学者――篠ノ之束。今までは一部の学者界隈でしか知られていなかったその天才の名は、今回の『白騎士事件』で、恐らくアインシュタインを凌ぐ勢いで世界に広まっていた。

 

『今回のミサイルが降ってきた件についてだけど、まぁ『暗礁宙域での小惑星迎撃能力』と『超音速機動』のデータ採取に丁度良かったかな?』

『か、稼動実験って……いやいや、そんな理由でミサイルは疎か各国の軍をあしらった上で衛星も撃墜したと――――』

『だって警告しないと、どうせお前らの事だからISの性能を見て絶対に掌を返すじゃん? それにあの時、私の造ったISを無断で確保しようって型落ちの戦闘機で群がってきたじゃないか? なんならあの時群がってきたハエ共の、各国の機体の識別コードを順番に晒してやろうか?』

『止めてください! 国際問題になりますので!』

『国際問題? そんなのは束さんの知ったことじゃないね。まぁ、要するに、だ。こっちはお前らの考えそうな事は全部御見通しなんだよ。そういうわけだから、衛星を落としたのはある種の警告と受け取ってくれたまえ。――――調子に乗るとこうなるぞ♪ っていう感じにね』

『警告、とは……それは一体誰に対しての警告なんですか?』

『世界中の有象無象――まとめて全部に決まってるじゃん? 例えば私が学会でISを発表した時は散々馬鹿にしておきながら、その時発表した『高速リンク通信』とか『神経の知覚予測挙動』とかの技術は都合よくパクって勝手に発表したクソ共とかね。しかも粗悪な劣化コピーで完成とかのたまったゴミくずとか? まぁ、ちなみにそれがどこの企業のなんて奴かは一応言わないでおくけど』

『あ、あの博士……すみません。もう少しその……発言に配慮してもらっても良いでしょうか? 一応テレビ放送ですので――――』

『あ~あ~聞えませ~ん。まぁ、そういうわけで、今日は皆に、ISを『宇宙に行ける新しい翼』としてまずは覚えて欲しいって事を言いに来たんだ。で、今回の事件でよく分かったと思うけど、時速20000キロで飛翔するスペースデブリや暗礁を破壊して、安全に宇宙を観測するだけの性能がある事は十分に理解してもらえたと思う。さて、そろそろ時間も迫ってきたしこの辺でお暇させてもらうよ。またね♪』

『ちょっと篠ノ之博士! 博士――――』

 

 束は言いたい事を言い切ると勝手に通信を切って番組を混乱させた。そもそもテレビ放送をジャックして突然持ちかけられた対談なので、始まりからしても唐突だった。

 そんな風にして、束は不定期に各国のメディアをジャックし、世界中にISについての説明を繰り返している。

 その様はまるで突如発生する台風に等しく、ネット上では既に“天災”という渾名がつけられ、束の事が知れ渡っていた。

 そんな一幕を自宅のテレビで見ていた織斑家一同もまた、世界中の多くと同じく、束のフリーダム具合を見て唖然とした。

 

「……なぁ、千冬姉? なんて言うか、あのスッゲー自由な人が、柳韻先生のもう一人の娘さん?」

「あぁ。残念ながらな。まったくどうしてあんな馬鹿が柳韻先生の家に生まれたのか、甚だ疑問だが――――」

 

 苦笑いを浮かべながら一夏は千冬に尋ねる。千冬はそんな一夏の疑問に渋い表情で肯定の返事を返した。

 

「それにしてもあの馬鹿が。公共の電波に言葉を乗せるなら、もっと言い回しを考えろ」

 

 千冬は友人として恥ずかしいと言った様子で、気炎を吐いた。

 

「でも博士だから仕方ねェんじゃねェか? 俺と会った時もあんな感じだったしさ」

 

 そんな一夏と千冬の直ぐ近くに座る秋斗は、むしろ2人と逆で、どこか好意的な苦笑いを浮かべていた。

 

「それにあそこまで突き抜けて自分を通すと逆に清々しいよ。ネット上だと流石天才って意見がチラホラあるし」

 

 束からプレゼントされたPCを使い、秋斗はネットの海に潜り、多くのSNSやニュースサイトのコメント欄にある、束を肯定する意見のいくつかを2人に伝えた。

 案の定、その意見に千冬は酷く不快な表情を浮かべていた。

  

「そう言えば秋斗の貰ったパソコンって、さっきの束博士が作った奴なんだっけか?」

「あぁ。市場だと5年先のスペックを積んだバカ性能のな。たぶん買おうと思ったら100万払っても足りないと思うぜ?」

「マジかよ!」

 

 モニターを覗き込むようにして一夏が問う。

 秋斗が冗談めかしてその価値を日本円で換算すると、一夏は心底驚いたと言う表情を浮かべた。

 貧乏な家庭なので、お金については一夏も結構敏感だった。

 

「まぁ、時間が経てば似たような性能の奴が市場で売られるって言ってたけどな。大げさに自慢すると面倒くさい事になるから、しばらくは秘密にしといてくれよ」

「……わ、判ったぜ」

「そんなにビビら無くても、ちょっとやそっとの事じゃ壊れないから安心しろよ」

「いや、そうは言ってもさ、100万だろ? 秋斗、お前良くそんな高価なもん普通に触れるよな?」

「いや、まぁ高価っちゃ高価だけどもPCだぞ? 壷とか触ってるんじゃねェんだからよ……」

 

 恐々とした視線をPCに向ける一夏に、秋斗は思わず苦笑いを浮かべた。

 PCを入手したその日の夜は一夏も、普通に興味深そうな顔で「俺にも触らせてくれ」と言ってきたのが、まるで嘘のようだ。

 PCに対する一変したその様子に、秋斗は(一夏)を、馬鹿だなぁ~と思いつつ、同時に微笑ましいと感じだ。

 

「それはそうと、だ。秋斗、結局お前はPCを使って何がやりたかったんだ? わざわざネットの口座まで作らせて?」

 

 と、脇から千冬が口を挟んだ。

 千冬は割りとアナログな人間で、現代の生きる若者としては少々心もとないレベルでデジタルに疎い。

 故に秋斗がPCを使って初めようとした事について、まるで理解していない様子だった。

 

「まぁ、現時点では“ブログ”かな? 後はまぁ、いろいろ?」

「……何で疑問系で言うんだ?」

「いや、だって出来る事を全部説明しようと思ったら日が暮れちまうんだもん。だから“色々とある”、としか言い様がねェ」

 

 呆れた様子の千冬に、秋斗は笑いながらそう返した。

 

 千冬に頼んでネットバンクに個人用の口座を開いた秋斗は、入手したPCを使って真っ先にブログを開設した。

 秋斗が前世で培った技術を使い、テキストファイルで作成したHPに埋め込まれたブログ――通称『オリムラ日記』は、現時点では一夏の料理や、織斑家3人についての日々が淡々と書かれる毎日更新しているだけの実に平凡なサイトだ。

 バナー広告を設置してあるので、アクセスが増えれば収入源ともなりうるが、現時点での収入はあってないようなもの。

 しかしこのサイトを作った秋斗の思惑は、中長期を見据えた形の、将来的な不労所得の資金源とする為であった。

 収入と言う結果が出るのは恐らく、後の第一回モンド・グロッソで千冬がブリュンヒルデ(世界最強)となるその時。全ては後の『織斑千冬公式ファンサイト』の下地として使用する為の“土地”のようなもので、要するに原作で身内が有名になるのを知っているが故に出来る先行投資の一種だ。

 将来的に千冬が有名になった際、確実に誰かが千冬のファンサイトを開設するだろうと見越した秋斗は、簡単などんぶり勘定でその利益を換算した。

 そしてその結果、予想される莫大な利益を黙って他人に譲ってやるのが心底惜しいと思い、将来確実にその既得権益を織斑家で独占する為に、今から行動を開始した。

 流石にブログを開設した思惑全てを千冬本人に明かすわけにはいかず、未来が原作に近づかなければまるで意味がない計画だが、失敗したところで損失が無い故に、秋斗は躊躇無く実行に移す事にした。

 ブログ自体は目下の、『織斑家の厄年』を乗り切る為の打開策ではない為、資金策を行なったとは言い難い。

 しかし人生は厄年を越えた後も続き、それ以降の期間の方が長い。

 将来家を出るまで貧乏であり続ける等ゴメン被りたいし、既に家族となった以上、織斑家の2人には、出来れば原作よりもマシな生き方をしてもらいたいと秋斗は思う。

 故に、ファンサイトと化す予定のブログで得られる収入は、ある意味で双子の兄の一夏の将来に対する積み立てでもあった。

 この世界の一夏が原作どおりにIS学園に行くのかは、一夏が中学3年の受験期まで判らない。

 それに受験会場を間違えなければ、一夏は普通に予定通りの進学先に通う事になる。

 しかし予定通りの進学にせよ、原作一夏の進路の選び方は秋斗も思うところがあった。

 原作一夏は家計の為に中卒で働きに出ようとし、それを叱責された結果仕方なく高校を選んでいる。

 家族を助けたいと思う心意気は立派だが、秋斗が思うに中卒で仕事が見つかるほど社会は甘くない。加えて仮に就職出来た所で過酷な仕事で薄給な業種しか選べない。一時的に確かに金は手に入るがそれだけで、より大きな稼ぎを得る為の転職も難しくなる。少なくとも、学歴の無さは確実に転職やその後の信用の問題で、確実に一夏の足を引っ張ると思った。

 秋斗も別に学歴至上主義な人間ではないが、最低限世間で必要とされるものは手に入れておくほうが良いと考える側だ。更に言うと、そんな急ごしらえな応急手当を繰り返すより、根治を目指して『より確実に稼げる技術と人脈と資格』を手に入れるまで、歯を食いしばっても大人を頼るべきだと考える。

 原作一夏の最大の欠点である『視野の狭さ』と『想像力の欠如』。そして妙なところで意地を張り、短絡的な行動を直ぐに選ぶ暗愚な性格は、今の余裕の無い生い立ちが生み出した弊害だと秋斗は考えた。

 そしてそんな弊害を受けたまま、『世界で唯一の男』として、ISという身の丈に余る強大な力を得てしまったのが原作の一夏。

 故に秋斗は、一夏が中学に通う頃には織斑家の財政を完全に立て直す事を目標にした。その上で一夏に、安心して健全な青春時代を送ってもらい、精神的なゆとりと視野の広さを学んで成長して貰いたいと考えた。

 家族である以上、一夏との関係は、どう足掻いても秋斗の一生について回る問題だ。故に一夏が立派になってくれるのは、秋斗にとっても将来の助けになる。

 剣道でもなんでも好きな事に打ちこめる精神的な余裕を持ち健やかに青春時代を暮せば、一夏がIFと原作のどちらのルートに行っても決して損にはならない筈。それに一夏の剣は千冬譲りで、恐らく全力で励めば全国でも通用する。そしてその実績は、確実に将来の一夏の助けになるだろう。

 例え未来に『IS学園』が誕生せず、一夏が唯一無二とならない未来が訪れたとしても、織斑家が健やかに生きられる道を用意したい。

 故に秋斗はブログを開設した。

 

 ――――と、言葉で説明するとこの様に長々語るハメになる為、秋斗はその心の内を千冬と一夏に一切明かさなかった。

 ガラじゃない上に、実際にはそれ程殊勝に深刻に考えた結果なわけでも無いからだ。

 単純に将来、千冬の人気で他人が金を稼ぎだす事を考えたら、ムカついた。それが動機の七割なのだ。

 

「――――っと、写真はこれでよし。なぁ、一夏。なんか面白い話してくれ」

「急に振るなよ。面白い話って言っても、いきなり出来るかよ。もうちょっと具体的に言ってくれ」

「しかたねぇなぁ」

 

 秋斗はブログの更新作業を一夏にも手伝わせた。

 作業自体は非常に簡単だが、ちょっとしたデジタルの手解きには丁度いい教材だと思ったからだ。

 

「なら一夏の料理写真で日記を書くから、詳しい内容をくれ。作り方とかコツとか頑張った点とかそういうのならどうだ?」

「まぁ、そのくらいだったら簡単だけど――――」

「なら、折角だ。教えたんだから今日のところは一夏が書いてくれ」

「ちょっと待て! 俺が打つのか!?」

 

 秋斗は場所を空けて、一夏の前にノートPCを置いた。

 一夏は預けられたPCを秋斗に押し返そうとした。

 

「そんな高価なモン触れねぇよ! 秋斗が使えばいいだろ! 俺が触ってもし壊れたら――――」

「あのなぁ……」

 

 100万と聞かされた事が未だに尾を引いているらしく、そんな兄の様子に秋斗は溜息混じりに言った。

 

「多少荒っぽく使っても壊れねぇよ。高価な道具ってのは、それ相応に頑丈に出来てるんだ。百均の包丁と、一万円の包丁で例えれば判るか?」

「……まぁ、そうだけど」

「だったら判るだろ? だから安心して使えよ一夏」

「判ったよ」

 

 一夏は渋々納得し、不慣れな知識でキーボードを叩き始めた。

 

「秋斗は本当に物知りだな。つくづく感心させられる。PCにしてもいつの間に覚えたんだ? 学校か?」

 

 そんな兄弟のやり取りを脇で見ていた千冬は、穏やかな表情で秋斗に問うた。

 

「……まぁ、そんなところかな? モニター越しにネット世界を散々見たから、余計な事は一杯知ってるぜ?」

「頼むからあの馬鹿(篠ノ之束)みたいにはなってくれるなよ? それが姉としての唯一の頼みだ。将来、酒を飲もうがタバコを吸おうが許せるが、束みたいな奴(・・・・・・)になるのだけは勘弁してくれ。それだけは許せそうにない」

 

 秋斗の冗談交じりの返事に、千冬は深い吐息を混ぜてそう言った。

 秋斗は思わず肩を竦める。

 

「何度も言うけど俺みたいな凡人がどんだけ望んでも博士みたいにはなれやしねぇっての。だからいい加減、安心してくれよ」

「……信じてるぞ、秋斗。アイツみたいなのが身内に増えるとか、本っ当に嫌だからな?」

「はいはい」

 

 織斑家にPCが登場して以来、千冬は秋斗に『頼むから束みたいにはなるな』と、たびたび釘を刺してくる。

 秋斗は溜息混じりに返事を返し、ふと、丁度“篠ノ之束”の話題が出たので千冬に“ある事”を尋ねた。

 

「――――なぁ、姉貴? そういえば博士って一人で“白騎士”作るぐらいなんだから、その手の機材とか工場とかも持ってるんだろ?」

「ん? まぁ、そうだが……お前は本当に唐突だな? 今度は一体何を思いついたんだ?」

 

 千冬は少し眼光を鋭くした。その表情に微かに動揺の色があった。

 白騎士の正体が千冬である事を知るのは、原作知識で知っている秋斗を除けば、千冬と束のみ。

 秋斗に原作知識が存在する事を千冬も束も知らない為、現状では当事者以外知る者は居ないというのが千冬達の認識だ。

 故に秋斗は白騎士についてはあえて知らない振りをした上で、言葉を選び千冬に尋ねた。

 

「思いついたって言うか、ちょいと模型作りたくてさ。もし博士が、その手の工作道具とか塗装する機材とかを持ってるなら、少し貸して貰えないかと思って」

「模型? プラモデルとか、か? まぁ、奴ならその類の道具は確実に持っていると思うが――――」

「千冬姉! プラモ作るなら俺も作りたい!」

 

 人差し指で突く様にブログを書く一夏は、振り返ってそう口を挟んだ。

 秋斗が発した提案は、千冬が想像していたよりもずっと子供らしい願いだったらしく、千冬はそれに安堵したかのように、小さく溜息を吐いた。

 

「わかった。なら一度尋ねてみよう。だが知っての通り、奴は“ああいう”性格だからな? あまり期待はしてくれるなよ」

「ダメな時は、自分で買うさ」

 

 秋斗も一夏も織斑家の後見人である柳韻からいくらかお年玉を貰っているので、仮に束に断られても資金の当てはある。

 

「――無駄遣いは避けろよ?」

 

 そんな秋斗の内心を見透かした千冬は、吐息混じりにそう釘を刺した。

 

 

 

 冬休みが終わり学校が再開する。

 再会した学友達の繰り出す話題はどれも、冬休み中に起きた『白騎士事件』についての事だ。

 篠ノ之束が基礎理論を発表したマルチフォームスーツ。その一つの完成系である『白騎士』の姿が、小学生男子の心を強く掴んで放さない程に強い魅力に溢れていたからだ。

 両肩に設置された二門のレーザー砲。両腕のプラズマブレード。そして白の全身装甲――――。

 それらはまさにロボットアニメの主人公機と呼ぶに相応しい形状で、度々電波をジャックしてテレビに登場する篠ノ之束博士がISを宇宙に行く為の翼だと説明した為、男子の多くが自然と宇宙に対する夢を抱いていた。

 それは冬休みの宿題の一つである作文を発表する際に、顕になった。

 『私の夢』

 ソレを作文に書く事を求められた多くの少年達は、皆等しく、将来は絶対にISに乗りたいと語った。

 

(――――可哀想だけど、実際女しか乗れねぇんだよなぁ。ISって)

 

 そんな男子が多数発生する中で、秋斗はそんな級友達の台詞に苦笑を漏らした。

 秋斗は課題のテーマを聞いた際、実に小学校らしい課題だと微笑ましく思っており、そんな課題を出した担任に感心した。

 どんな荒唐無稽な夢を描いても笑って許される世代だからこそのテーマ。

 そして一度人生を生きた記憶を持つからこそ、秋斗は夢を口にする事がどれ程大切且つ、願いを実現させる為の最善の方法かを良く知っている。

 故に密かにだが、秋斗は今生の子供達が心にどんな夢を描くのかを少し楽しみにしていた。

 ――――しかし蓋を開けてみれば、男子の多くがIS乗りになりたいと語った。

 結果、秋斗は、なんとも言えない苦い表情を浮かべる事しか出来なかった。

 少年達の抱いた“夢”の結末を、秋斗だけは原作知識という形で知っている。つまり秋斗だけが、ISが女性にしか反応しない事を知っている。

 後々数多くの男子が、今回抱いた夢に敗れる事を思うと、秋斗は彼らに内心で励ましの言葉を、乾いた拍手を送る事しか出来なかった。

 

「――――じゃあ次は、織斑秋斗君。よろしくお願いします」

「はい」

 

 そして秋斗の番が来た。

 秋斗は担任に指された後、起立して一度教室全体を見渡した。

 

 課題を配った担任の思惑が実際どうなのかはさて置き、秋斗は密かに、授業や課題の裏側にある教師側の“思惑”を想像するのを、最近の趣味にしていた。

 大人な精神で受ける小学生の授業は退屈だが、意外に道徳や文系の課題は面白い。なぜなら感性に訴えかける課題は、教育者側が自分達にどのような形に成長して欲しいかを想像する余地があるからだ。

 教育を施す側の意図を想像する。

 そんな風にして見つけた授業中の暇潰しは、ある意味で中学生が“授業中の教室をテロリストが占拠する”類の妄想に似ていた。

 

「私の夢。1年3組、織斑秋斗。僕の夢は――――」

 

 ――――そして今回。

 そうした“遊び”の一環で秋斗は、『担任の涙腺を破壊する感動の作文を作ろう』という悪戯を思いついた。

 決して授業に迷惑をかけず、結果として評価しかされない。且つ、傍から見て面白い結末を――――。

 そうしたルールを自らに設けた秋斗は今回、何時に無く真面目に課題に取り組んだ。

 一拍置いてから、秋斗は手がけた作品を読み上げた。 

 

 

 『私の夢』 1年3組 織斑秋斗

 僕の夢は家族揃ってハッピーエンドを迎える事です。

 僕の家には両親がおらず、家族は僕と、9歳年上の姉と、双子の兄の3人のみ。そして後見人の柳韻先生の手助けのお陰で、何とか成り立っている家庭です。

 姉は高校生ですが、毎日僕ら兄弟を養う為に、朝早くから新聞配達のバイトに行き、学校から戻って、夕方から夜遅くまでのバイトに出ています。加えて今の社会は高卒の資格が必要なので、姉は僕らを養うと同時に、学費の免除の為に常に高い成績をキープして特待生として学業にも励んでいます。

 これがどれほどの大変な事かは、まだ働いた事の無い僕でも想像は出来ます。

 しかし姉は僕と兄に心配を掛けないようにと、常に「大丈夫だ」という強い表情を見せて、早朝の新聞配達の仕事はつい最近、バレるまでずっと秘密にしていました。

 僕は、いつか姉が倒れるのではないかといつも心配に思っています。そして出来る事なら今すぐに働きに出て、姉を助けたいと思っています。

 でも僕と兄はそんな家の中で率先して家事をやる事しか出来ません。

 だから僕はせめて家事だけでもと、何時も家の仕事に全力で取り組みました。

 しかし僕よりも兄の方が料理が上手なので、僕はいつもその点だけは兄に任せきりになってしまいます。そして今年一度、僕は熱を出して兄と姉の両方に物凄い迷惑を掛けました。

 2人とも、「大丈夫だから安静にしてろ」と優しく言ってくれました。

 しかし僕はそれをとても嬉しいと思うと同時に、とても悔しく感じました。

 二度と倒れてなるものか!

 僕はその時にそう強く決意しました。

 僕はまだ自分が将来、どんな仕事に就くかを決めていません。ですがどんな仕事に就くとしても、それが家族の助けとなる仕事に就きたいです。

 姉や兄が体調を崩したらその時は医者に、もしも事件に巻き込まれたならその時は警察官や検事を目指すと思います。

 なので今は将来自分が何を目指す事になっても大丈夫な様に、いろんな事を学んでいきたいと考えています。

 まだ小学生なので働きたくても働けず、家族の助けになれない事が何よりも辛いですが、それでも僕は家族を助けられる男になり、その上で家族揃って幸せになる事を夢に思っています。

 家族である姉弟3人で『ハッピーエンド』を迎える事が、僕の夢です。

 

 

「――――以上です。ありがとうございました」

 

 我ながら感動の作文だと内心で自画自賛しつつ、秋斗は手ごたえを確認するようにこっそりと教室全体を見渡した。

 教室はシーンと静まり返っていた。

 秋斗が終わりを伝えても、他の生徒の発表と違い、拍手は直ぐに飛んでこなかった。

 秋斗は一瞬首を傾げたが、直後に凄まじい量の拍手が送られた。

 

「織斑君!!」

 

 担任の林が一際大きな拍手を送り、泣きながら秋斗に駆け寄った。

 

「織斑グンの、家族に対ずる優じい、気持ちが大変よく伝わっできました……グズッ。先生も力になりますから、辛い事があったらクラスの皆や、先生に素直に頼ってくださいね!」

「……アッハイ」

 

 半ばシャレも混じっているが嘘は書いていない。

 秋斗は自分で仕掛けておいた悪戯に対し、想像以上の反応を見せた担任の言葉に戸惑った。

 実のところ、織斑家の事情を主観的な視点で少々大げさに書いた秋斗の作文は、秋斗の想像以上の破壊力を秘めていた。

 秋斗は担任の目から涙が一滴程溢れ、教室が少ししんみりしてくれれば御の字と言う軽い感覚で悪戯を仕掛けた。

 しかし蓋を開けてみれば、担任が泣き止むまで“授業が停止する”という事態が発生した。加えて担任と同じ様に涙腺を破壊された多くのクラスメイトが、秋斗の肩を「頑張れ!」と励ますように叩いてくる始末。

 

「――――おい、秋斗。お前一体、何やったんだ!」

「いや、悪い。……ちょっと大げさに作文書いた」

「はぁ?」

 

 給食を挟んでの昼休みに、秋斗は一夏に呼び出された。

 秋斗の書いた作文は職員室で話題になり、秋斗の在籍する3組生徒の話も相まって、1年生の間では『織斑兄弟は大変な状況で生きている可哀想な奴ら』という強い同情に溢れていた。

 

「突然皆から頑張れとか、何か困った事があったら相談に乗るとか、スゲー言われまくったぞ? 一体、お前……何をやったんだよ?」

「マジかよ……」

 

 巻き込まれてしまった双子の兄の追求に、秋斗は苦笑いを浮かべながら正直に言った。

 

「冬休みの作文でちょっとな。姉貴が朝晩働いてるから、いつ倒れるか心配だっていう内容の話を書いたんだよ。別に嘘は書いてないぜ? と、言うより寧ろ、真実しか書いてない。…………それでこの結果だ」

「………………本当だろうな?」

 

 一夏は疑うように眉を顰める。

 

「家族の事で嘘書いたってお前には判るだろうが? だから本当の事しか書いてねェよ。まぁでも、先生が泣いたらおもしれぇかなと思って、悪戯心でちょっと調子に乗ったってのは、ある。ま、気になるなら現物を職員室行って見せてもらってこい。多分一夏も少なからず思ってる事だと思うぜ?」

「よく分からないけど、嘘だったら承知しないからな?」

 

 去っていく一夏の背中を見送り、秋斗は改めて起した騒ぎの大きさを実感して、少し反省した。

 

「――っ?」

 

 秋斗は不意に、一夏の在籍する2組から強い視線を感じた。

 振り返ると、一人の女子がジッと秋斗と一夏の居た辺りを窺っていた。どうやら先の一夏と秋斗のやり取りに聞き耳を立てていたらしい。

 秋斗が顔を確認しようと視線を向けた瞬間には、少女は既に明後日の方を向いていた。――――しかし後姿でも、彼女が“篠ノ之箒”である事は直ぐに判った。

 

(……来てたのか)

 

 秋斗は箒が学校に来ている事を知って意外に思った。

 『白騎士事件』の後、束から話を聞こうとする多くのマスコミが篠ノ之神社に押しかけ、近所ではちょっとした騒ぎになったからだ。

 初めこそ神社の管理人や篠ノ之の両親が相手をしていたが、終には束が量子化した白騎士を取り出し、マスコミらを恫喝。そんな騒動で道場の門がしばらく閉じた。

 それから少し経って神社周辺に不気味な程の静寂が満ちる様になった為、近所では『大きな力』が動いたと噂され、秋斗も国家クラスの権力が介入したのだと推測していた。

 結果的に神社周辺と束本人からの取材が封じられた事で、マスコミや国民の多くが白騎士とISについての情報に飢える。

 そして束はそんな世間を余所に気まぐれに衛星を介した電波ジャックでテレビ放送に乱入、思いついた様に時々ISについてのコメントをする様になった。

 束の作ったISと、その気まぐれの影響で日本は疎か世界中が“篠ノ之”という存在について詳しく話を聞きたいと思っている。

 束の妹である箒が学校に来れば、それだけ彼女は注目を受けてしまう。

 それが今の篠ノ之箒の立場だ。

 

(普通なら学校休んでも文句言われねェだろうに―――。何て言うか、スゲェな。アイツ)

 

 冬休みが明けて普通に登校してきた箒に対し、秋斗は感心した。

 

 

 

 

 ――――その後、秋斗の書いた作文は担任の手で市の作文コンクールに送られる事になり、結果見事“最優秀賞”を取るまでに至った。

 地元新聞にも内容が取り上げられ、結果的に秋斗の作文は姉の千冬にも読まれる事になった。

 内容に感動した千冬に泣かれ、そこに誤解を解いた一夏が加わり、秋斗は家族2人から盛大に作文を褒められるという最大の辱めを受ける事になった。

 その後贈られた賞状を額縁に入れると千冬が言い出し、一夏は使い方を覚えたラップトップを使い、秋斗の与り知らぬ間に独自に『オリムラ日記』を更新。『自慢の弟』と言うタイトルで、秋斗の作文についての記事をネットの海に放流した。

 秋斗がそれらに気づいた時には既に遅く、家には立派な額縁に入った賞状と、己の書いた作文を題材にした記事がネット世界に存在していた。

 

「……誰か俺を殺してくれ」

 

 秋斗はこの時、二度と真面目に作文を書くまいと心に誓った。




「ちーちゃん最近、嬉しそうだね?」
「そう見えるか?」
「うん、それと、最近持ち歩いてるその紙、何?」
「これか? これはだな。秋斗の書いた作文だ。束、ちょっと聞きたいんだが、この作文を永久保存する方法を知らないか?」
「データ化じゃないならラミネート加工かな?」
「できるか!?」
「うん♪ 余裕だよ。束さんの技術なら100万年経っても大丈夫♪」

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