IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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06 切っ掛けと変化

 季節は春を迎えた。

 秋斗と一夏は進級して二年生になり、そして約1ヶ月が経過した頃だ。

 『白騎士事件』から数えておよそ半年程が経過し、世間の様相もその日から大きく変わった。

 その間に起こった大まかな出来事の中で最大のものと言えば、やはりISについてだ。

 先ずISを開発した篠ノ之束は超法規的措置という形で、世界各国から『白騎士事件』に関する一切を許された。

 事の発端は先の『白騎士事件』で、日本人である束の作ったISによって、自国の監視衛星を撃墜された各国が、強く日本を非難した事に遡る。

 

 『白騎士事件』の直後。

 日本政府は多額の賠償金を世界各国から請求されたが、そこへ束が珍しく自ら登場した。

 そして、「白騎士で撃墜した各国の監視衛星なら、束さんが再設計建造してあげてもいいよ? なんだったら白騎士の二号機、三号機の実験ついでに、それを衛星軌道上に設置してあげても良いけどどうする?」という旨を発表した。

 日本政府は束の話に直ぐに飛びつき、その対価として束の身柄と研究。そして家族の保護を自ら請け負い、同時に束の後ろ盾となった。

 束の立案した衛星打ち上げ計画は着々と進み、新しい人工衛星はそれぞれ、元通りに宇宙に上げられた。

 またその際に計画で運用されたISが、“女性のみにしか反応しない”と言うある種の弱点を発露したが、これに関しては現在、束が自らが陣頭に立ってその解析に向かっている。

 そして日本はISによる衛星の打ち上げと、衛星本体の賠償を対価に負債の完済を宣言したが、世界各国は当然、それを素直に是と出来なかったのは言うまでも無い。

 確かに衛星は元通りだが、この一件で各国の軍はISにそのプライドを大きく傷つけられた。更に言うと衛星の再設置云々の件は、ただ日本の高い工業技術力を見せつけられただけに等しいからだ。加えて文字通り世界中の軍事力を鼻で笑う性能を見せ付けたISを、“日本だけが保有する”という状況に、各国は密かに強い危機感を抱いていた。

 目敏い政治屋の各位は、今後始まるISの開発研究に、自国も食い込めないかという下心を抱き、軍部は世界のパワーバランスの崩壊に強い懸念を示す。それら多くの国々、人々の思惑から、各国は国連を通して日本に対し、“ある条約締結”を迫った。

 

 ・ISの軍事利用目的での使用と研究の禁止。

 ・ISの情報開示。

 ・IS研究の為の超国家機関の設立。

 

 後の“アラスカ条約”である。

 世界各国は束の開発した『宇宙に行くための翼』を、短慮にも“超兵器”という視点でしか見る事が出来ず、故に日本だけがその戦力を独占する事を良しと出来なかった。故に世界は日本がISを絶対に戦争利用出来ないようにと連携して先手を打ち、更に日本にその条約を結ばせる為に、現国連の主要7カ国を通じて日本の島国特有のアキレス腱を突いた。

 日本に対する貿易の輸出制限。

 日本が条約を結ぶ事を良しとしなければ、各国はそんな経済制裁を開始する用意がある。世界は日本にそう迫ったのだ。

 国連を通して行われた日本に対するある種の恫喝は、ある意味で二度の世界大戦の切っ掛けを髣髴とさせるものであった。しかし過去二度に渡り行われた世界大戦とは違い、今回の日本にはたった3機とはいえ超兵器――インフィニット・ストラトスが存在する。故に“軍事力”としてそれらを表に出せば、容易く日本は要求を突っぱねる事が可能であった。しかしISを軍事力として表に出し、その力で世界に威を振りまけば、それは日本の国是である「平和』を自ら破るに等しい行為だ。日本がソレを破る可能性は薄かったが、同時に日本が第二次大戦で世界から孤立した際の過去を振り返れば、決して楽観できる話でもない。

 故に国連側も、日本に対するこれら対応には“賭け”に等しい気持ちを抱いた。

 一歩間違えれば、第三次大戦の勃発――――。

 だが、そんな危ない橋を渡ってでも、一国だけの独占保有を許されないのがその時点でのISに対する世界の認識であった。その価値は比喩ではなく、核にも迫る脅威に等しかった。

 そして日本が最初の返答を出すまでに掛かった一週間の間、世界は冷戦当時さながらの、強い緊張感に包まれた。

 一週間の後、国連を通して通達された提案に対して日本は、『世界平和を自ら破壊する事は望まず――――』という前置きを踏まえてから、条約文の中身に幾つかの添削を行なった上で各国に情報開示と条約締結に向けた前向きな姿勢を示して見せた。

 そして先月の半ば。数ヶ月に渡って重ねられた慎重な議論の末、日本を中心とした諸外国の間で遂に、IS運用協定、通称――アラスカ条約が結ばれる事になった。

 

「――――なぁ、秋斗。もう11時だぜ? いい加減寝ろよ……」

「あぁ、悪い。起したか?」

 

 秋斗はネットニュースのまとめサイトで、この半年の間に起きたISを巡る世界情勢を改めて調べていた。

 夜も遅く、そろそろ千冬が帰ってくる頃である。

 

「……カチカチうるせーよ。あと、あんまりパソコンばっかり弄ってると、いつか千冬姉に取り上げられるぜ? そうなっても俺は知らないからな?」

「すまん。そろそろ寝るわ」

「……おう」

 

 秋斗は目を覚ました一夏の文句に素直に謝った。

 織斑家の家は2LDの安アパート。故に兄弟の寝る部屋は一つしかない。

 寝ている人間の横で明かりを使うのは流石に無思慮だったと反省しつつ、秋斗はPCの電源を落とした。

 

 世界は未だに大きな動揺と混乱を抱えていた。その最たる原因はISにあるのはいうまでも無いが、次点では篠ノ之束本人の動向そのものにある。

 アラスカ条約の締結と同じ頃、国連とは別に“国際IS委員会”という組織が新たに設置された。

 そして委員会はその直轄に、ISの研究機関を新設し、まるで篠ノ之束に媚を売るようにIS研究に対する強力なバックアップ体制を作った。

 そんな風に強力な支援体制を作ることで束の協力を得ようと画策した各国であるが、その発足と同時に彼らは辛酸を舐めさせられた。

 理由は束から発せられた“ある文句”にある。

 

『――――はぁ? 英語で説明しろ? 国際標準? 知らないよそんなの。何で束さんがキミ達の基準に合わせなきゃいけないのさ? それにISの事は私の書いた論文に全部書いてあるよねぇ? まさかそれも読まずに集まったの? まさか冗談だよね? もしそうなら馬鹿じゃないの? ねぇ。もう一回言ってあげるよ。馬鹿じゃないの? ――――日本語喋れない奴を相手にする程こっちは暇じゃないんだよ。帰れよ』

 

 曰く、委員会が発足した当時に、真っ先に束から送られた言葉がそれだ。

 余りにも横暴で余りにも傲慢な物言いだが、誰もがその言葉に対して首を縦に振らざるを得なかった。

 当然、横暴だという文句も多数噴出したが、束がそんな意見を聞き入れるような人格者でない事は、既に周知の事実となっている。

 故に各国が束と彼女が生み出したISの技術を得る為に先ず、新たな公用語となる“日本語”の習得を迫られる事になっていた。

 

(……まぁ、俺としちゃ嬉しいがねェ)

 

 今後ISに携わりたい国では日本語教育が必修科目となる予定だ。

 その流れに世界中が大迷惑を被っているが、純粋な日本人にとっては非常にありがたい話である。

 海外に出かけても話を向こうから合わせてくれるからだ。

 秋斗は明日に備えて眠りについた。

 明日は日曜。織斑兄弟にとってある意味で“特別な日”である。

 翌朝の7時に目を覚ました秋斗は起床と同時に再びPCを起動させた。

 そして同じ頃に目を覚ました一夏と協力して、未だ深く眠る千冬を起さぬようにと注意しながら朝食を作り始めた。

 完成した朝餉を部屋に持ち込み、秋斗はPCを操作して毎週お世話になっているネットチャンネルに繋げ、兄弟は仲良く揃って朝食と習慣となっている番組の視聴を開始した。

 

 

 

 

 8:19

 

『――――止めるんだノビヒコ! 俺はお前とは戦いたくない! もう止めてくれ!』

『俺とお前は戦う事でしか分かり合えない! 剣を取れ! B・Bサニー!』

『止めろ! 止めるんだ! これ以上は――――』

『煩い! 戦え……俺と戦えッ!』

 兄弟同然に育った2人の少年が悪の組織に拉致された。救出された片方は人の心を取り戻したが、もう片方の心は悪に染まったまま――そして憎悪の手先となり、嘗ての友に剣を振るう。

 人の心を取り戻した戦士(ブラック)(ブレイド)サニーは、必死に嘗ての友に呼びかける。しかしその声を無視して宿敵シャドウジョーカーは襲い掛かった。B・Bサニーはその仮面の奥で涙を流した。だが涙は顔を覆う仮面に阻まれ、その悲哀をシャドウ・ジョーカーに伝える事が出来ない。シャドウジョーカーの言うとおり、B・Bサニーは戦う事でしか応えてやる事が出来ないのだ。

『うぁあああああああ』

 B・Bサニーは慟哭し、拳を振り上げた。叫びを上げたその声は余りに悲痛だった。

 振り上げた拳がシャドウジョーカーの仮面に叩きつけられる。

『そうだ、それでいい……それでいいんだ……』

 とその時、シャドウジョーカーが微かに呟いた。

 その言葉の意味を推し量る事が出来るのは、シャドウジョーカーのみ。そして戦いの模様を見守るB・Bサニーの仲間達は、嘗ての友が殺し合う様を沈痛な面持ちで見届ける事しか出来なかった。

 

 

「――――っ、B・Bサニー!」

「………………」

 

 戦いの模様を見守るのはB・Bサニーの仲間だけではない。日本中にいる多くのちびっ子と、夢を忘れずに生きる大きな御友達がそうだ。

 そして織斑家の一夏と秋斗もその内に含まれていた。

 テレビの中で戦うヒーローの、これまでに見せた事の無い壮絶な様子を見て、一夏は戦いに含まれる身を引き裂くような悲哀に拳を握り締めた。対する秋斗は微かに目を細め、無言でその模様を見守っている。

 戦いの最中に何時も流れる挿入歌が、今回だけは違っていた。主題歌のリズムをオルゴールの音で刻んだBGMだ。

 そんな優しくも悲しいメロディーの中で戦う親友同士の壮絶な決闘に、一夏は思わず呟いた。

 

「何で判らないんだよ……一番悪い奴がそこにいるじゃないか! なんで親友と戦ってんだよ、サニー!」

 

 B・Bサニーに戦いを仕掛けるシャドウジョーカーと、ソレを見てうっすら笑う全ての元凶。「もし俺がその場に居て、一緒で戦うことが出来たなら」と言いたげな表情で、一夏は拳を握って戦いを見守った。

 

「倒して欲しいんだろうなぁ。多分」

 

 そんな一夏の感想を脇で聞いた秋斗は淡々と言った。

 

「どういう事だよ?」

「戦う事でしか分かり合えないって言うのは言葉の通りだろ? “もう自分にはそれしか出来ない”って気づいてるからだ。シャドウジョーカーにまだ『心』があったとしても、改造された身体の所為で戦う事を自分で止められないんだろうよ。んで、それに気づいたからB・Bサニーは親友を楽にしてやる為に拳を握った。……要するそう言う事じゃね?」

「………………」

「元凶を倒すよりも友達を助ける方が何倍も大事な事だろ? それに周りの仲間を見てみろよ。皆、B・Bサニーの戦いを邪魔しないし、同時に敵の良いようにもさせてない。……仲間として、B・Bサニーの固めた覚悟を邪魔しないって、連中も腹を決めてんだ」

 

 

 B・Bサニーは啼きながらその拳を振りぬき、シャドウジョーカーの力の源であるベルトのバックルを貫いた。B・Bサニーの腕に血が滴ると同時に、壮絶に戦った宿敵同志にして親友同士は、再会を確かめ合うように抱き合い、その動きを止める。

 崩れ落ちるシャドウジョーカーを支えるようにして、B・Bサニーは腕の中にその身体を引き寄せた。

『……すまない』

 シャドウジョーカーはB・Bサニーの謝罪に対して、小さく首を横に振る。

『……ゴウタロー……ありが……とう』

 シャドウジョーカー最期の言葉にB・Bサニーは泣いた。

 無表情な仮面に隠されたその下で全力で泣いた。そして硬く拳を握り『必ずその仇を取る』と誓う。

 B・Bサニーは、親友を二度と敵に利用されぬようにと、その亡骸を己の能力で光に変えた。

 

 

 余りにも壮絶な話に見入っていた秋斗は、視聴しながら食べようと思った朝食に殆ど手をつけられなかった。

 一夏も同様であった。

 

「なぁ、あの場合は友達として倒してやるのが正しいのか? もっと他に何か方法無いのかよ?」

 

 番組の視聴を終えた後、食事を再開した秋斗に一夏は尋ねた。

 一夏の質問に、秋斗は視線を宙に移す。

 

「あ~、どうだろうな。もしかしたら、あったのかもだが――――」

「だったら――――」

「だけど仮にそれがあったとして、そんな“余裕”なんてなかっただろ? 助けるなんて余裕がある奴にしか出来ねぇよ。それに放っておけばシャドウジョーカーは敵に操られたまま。どんどん他の人間を拉致して改造してくるし、“助けられるかもしれない”なんて気持ちで問題を先送りにしたら犠牲者が出る。だから、B・Bサニーが自分の手で親友を倒した。その答えを俺は間違ってるとは思えないな」

「間違ってるだろ。助けられるならそっちを選ぶべきだ! 俺ならぜってーそうする」

「ふ~ん」

 

 正しい日本人男子の教育として秋斗は毎週日曜朝の『超英雄時間』に一夏を同伴させた。

 半分は秋斗の趣味であるが、これが意外に功を奏した。

 一夏は今日も立派に、ヒーロー達からその生き様や考え方を学ばされた。

 先ほど視聴した『マスクドライダーBB』はそのビジュアルも含めてシリーズの中でも既に傑作として名高い。

 視聴後、一夏は秋斗の解釈を聞いて不満そうな吐息を吐く。

 

「納得できねぇよ」

「ほぅ、じゃあ一夏がB・Bサニーだったらどうするよ? 例えば千冬の姉貴が改造されて、お前の前に立ちはだかったらどうする?」

「絶対助ける。助けるに決まってる。あたりまえだろ?」

「それはどうやって? 姉貴は一夏の言葉に耳を貸さずに『戦え』と言うだけで、一夏がそれに応じなかったらクラスメイトを殺すとしたらどうする?」

「それは――――」

 

 意地悪な質問を送ると一夏は言いよどんだ。

 秋斗はコーヒー牛乳を飲みながら、ゆったりとその答えを待つ。答えの内容よりも考える事自体に価値があると考えるからだ。

 故に秋斗は、静かに一夏の答えを待った。

 

「……わかんねぇよ」

 

 しばらくの沈黙の後。

 一夏は答えを見つけられずに降参の溜息を吐いた。

 

「まぁ、そうだろな」

 

 秋斗は一夏の性格を察していたが故に、その答えを聞いて思わず苦笑を漏らした。

 

「……秋斗ならどうするんだよ?」

 

 一夏は唇を尖らせ、逆に秋斗に問題を振った。

 

「俺か? 俺なら状況にもよるが、もし俺がB・Bサニーなら迷わず姉貴にB・Bキックを叩き込んで潰しに行くぜ?」

「はぁっ!?」

 

 間髪いれずに答えて見せた秋斗に、一夏は驚きを見せた。

 

「なんで! 千冬姉だぞ? お前そんな、家族をそんなあっさり――――」

「家族で、姉貴だからだろ? 敵の手に利用されて悪事を重ねてるんだろ? 俺にB・Bサニーと同じ力があって、戦うか迷ってる間に誰かが泣くなら、身内としてその行動を止めに行く。最悪、倒す以外に方法が無くてもな。それが姉貴の誇りを護る事にもなると思わないか?」

 

 秋斗は前世で好きだったヒーローの台詞と、原作一夏が放った台詞のそれぞれを混ぜ合わせて言った。

 

「家族を倒す事の何処が護るって言うんだよ。護れてないじゃないか?」

「そりゃ皆が納得できる上手い方法があるなら、迷わずそっちを選ぶさ。だけど思い通りにならない事の方が世の中多い。だから皆“選ぶ”って段階になると意見が割れる。一夏と俺の意見が相容れなくても、そいつは当たり前だ。……とりあえずここまでは良いか?」

「……あぁ」

 

 秋斗は一夏の理解が追いつくように言葉を一度きり、そして言い聞かせるように言葉を続ける。

 

「俺が思うに『護る』とか『助ける』っていう言葉の解釈は一つじゃない。例えば家族を養う為に毎日働く事や、料理作って家族の腹を満たしてやるって事も、十分に護る、助けるって意味になると思ってる。敵を倒して命を救う事じゃなくて、誰かの為を思って躊躇わずに行動出来る事、“その全て”が、俺は助けるや護るって言葉に含まれると思ってる」

「………………そうなのか?」

 

 一夏は理解出来る様で理解出来ない様な、キョトンとした表情を見せる。

 秋斗はそんな一夏に対し、前世の記憶によって精神的に加齢した年長者としての言葉を送った。

 

「勘違いしねぇ様に言っておくが、誰かを“想って行動する”ってのは、あんまり格好いい事ばかりじゃないぜ? テレビのヒーローは“あえて”それを格好良く演出して見せてるけどな」

「そうなのか?」

「そうともさ。実際現実で、ヒーローみたいな事をやりたがる奴が居るけど、そういう奴を傍から見ると意外に滑稽だしウザイだろ? クラスに一人ぐらい居るんじゃないか、妙に正義感ぶってる可哀想な感じの奴? 勝手な基準で良し悪しを判断して、他人の都合に文句つける様な感じの? それと一緒だよ。本人的には護りたい助けたいと思って行動してるのかもしれないが、理解されなかったらただのウザイ独りよがりの馬鹿にしか見えない。それに自分の基準で良し悪しを判断するから、結果的に騙されて悪に手を貸していたってことも十分ありえる。んでもって、選んだ結果に後悔する日も来る。もちろん行動や判断を家族や友達から非難される事だってある」

 

 それだけの言葉を一気にまくし立てると、一夏は押し黙った。 

 

「――――でもまぁ、それでも諦めずに誰かの為を想って行動して、もしそれが誰かに“理解”されたら、そいつはヒーローになるかもな。ま、俺にとっては千冬の姉貴やお前がそれに当たるが――――」

「俺や、千冬姉が?」

 

 付け加えるような一言に、一夏は顔を上げた。

 

「あぁ。俺が熱出した時、嫌な顔一つせずにお前俺の事、風呂入れて頭洗ってくれただろ? ついでに三食、毎回味を変えてお粥を作ってくれたし、姉貴は言わずもがなだ。今もクタクタになって寝てる通り、毎日毎日俺達の為に凄まじく働いてる。……俺は一夏や姉貴が俺を想って行動出来る人間だと知ってるから、俺にとってはヒーローと呼べる」

「いや、それは……って、いうかソレを言うなら秋斗だろ? 秋斗が懸賞はがきを出すって言ってなかったら、食えなかったもんたくさんあるし。それに冷蔵庫やテレビとか手に入れたのは秋斗じゃないか? お前の方こそ、ヒーローだよ」

「そうか? そいつはありがとよ。んじゃ、ソレを踏まえて聞くが、俺が今から見知らぬ誰かを無差別に殴ろうとしたらお前はどうするよ?」

「いきなりなんだよ、そんなもん止めるにきまってるだろ」

「どうやって?」

「そりゃ……ぶん殴っても――――」

「じゃあ、何で止めるんだ?」

「そんなの……家族だからだよ、それにそんな行動を起こした理由も知りたいし、何より許せないからだ」

「なぜ、許せない?」

「なぜって、そんなの当たり前だろ! いきなり誰かを傷つけるなんて」

「じゃあ、その『当たり前』って言葉で濁さずにどんな“気持ち”が湧いたのか言葉にしてみなよ」

「それは――――」

 

 一夏は一瞬、言いよどむ。

 そして少し間を置いてから、不安そうに言った。

 

「……見たくないからだよ。誰かを傷つけてる家族の姿なんてさ」

「じゃあ、ちゃんと理解出来てる(・・・・・・・・・・)じゃねェか?」

「………………へ?」

 

 一夏はキツネに抓まれたような顔をした。

 そんな一夏に苦笑を送りながら秋斗は言った。

 

「身内が誰かを傷つけようとした。それを放って置けば誰かが犠牲になる。そんな家族の姿を見たくない。だから家族として止める。――――今、一夏の言った言葉は、さっきのB・Bサニーの例えで出した俺の答えと一緒だよ。……んでもって、B・Bサニーがシャドウジョーカーを倒すと決めた理由の一つがそれだ」

「あ!」

 

 一夏は最後のピースが嵌ったような顔をした。

 

「親友の過去を知ってるだけに、その変わり果てた姿を見たくない。でも放っておけば周りに犠牲が出続ける。だから友殺しの罪を背負ってでも親友を倒す覚悟をした。これ以上罪を重ねて欲しくないから。加えて敵に操られてるなら尚更だ」

「……そっか。そう言う事か!」

 

 ついに納得した一夏は、大きく溜息を吐いた。

 

「“護る”ってすげぇ大変な事なんだな。っていうか、ヒーローって凄いな!」

 

 感嘆とした様子で深く息を吐きながら、一夏は言った。

 

「今更、気づいたのかよ。でも多かれ少なかれ、誰しも意外に当たり前にやってる事だぜ? 無論、一夏や姉貴もな。まぁ、重要なのは今の自分に何が出来るかを知る事だ。『強くなるなら己を知れ』って柳韻先生もよく言ってるだろ?」

「おぉ、確かに! じゃあ、俺もB・Bサニー見たいに皆を護れるようになれるかな?」

「さぁ、な。とりあえず眼に映る全部を護りたいなら、最低でもB・Bサニーより強くなる必要があると思うぜ?」

「――――っ、それはちょっと厳しいな」

「でも挑み甲斐があるだろ? 道場でこの間、姉貴を超えるかもしれないって褒められたんだし。ま、諦めなければ可能性はゼロじゃねェさ」

 

 一夏は番組が終った直後の歯がゆさから一変して、強い決意に満ちた笑みを浮かべた。そして搔き込むようにして食べ掛けの朝食を一気に平らげると、徐に竹刀袋を持って立ち上がった。

 

「っべぇな。よっしゃ! なんか無性に稽古したい気分になってきたぜ! ちょっと素振りしてくるけど、秋斗も来るか!?」

「行かねェよ。剣で強くなるのは一夏に任せる。ま、頑張って来いや」

「そうか。んじゃ、行って来るぜ!」

「おう、いってら」

 

 一夏は食べ終わった食器を片付けると、そのまま駆け足で家を出発した。

 時刻は朝の9時。道場はまだ開いていないので、恐らく公園にでも行ったのだと秋斗は予想する。 

 

「……一夏はヒーローになるだろうなぁ。多分、姉貴も」

 

 秋斗はぼんやりと、独りになった部屋で笑みを浮かべた。

 決して主人公として生み出されずとも、人はヒーローになる事が出来る。

 その条件とは目立ち、大衆に“理解される事”であると、秋斗は様々なヒーロー作品を見た結果、そう結論を出した。

 目立つだけではまだ不足。重要なのは存在を理解される事だ。

 身内として贔屓目に見ても、一夏には十分にその素養があるように見えた。そして千冬も同じ。

 秋斗は思わず苦笑を漏らす。

 

「流石、“織斑”ってことかな? さて、俺はどうなるかねぇ……」

 

 上から目線で説教がましく一夏に言った台詞を思い出す。

 とてもじゃないが秋斗は家族2人と違い、自身にヒーロー的な素養が一切ない事を自嘲した。

 

「――――に、しても今週のB・Bサニーやべぇな。まだ中盤も始まったばっかりの癖に、こんな最終決戦前みたいな内容で大丈夫かよ?」

 

 秋斗はPCを操作し、ネットチャンネルの履歴からもう一度今週の『マスクドライダーBB』を視聴する。

 そして愛用するオークションサイトのページを開き、1000円で落札した『可動フィギュアのジャンク詰め合わせ』の配送指示と、懸賞の当たりである不要な家電の入札状況を確認した。


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