戦乱の幻想郷/Battle for Gensokyo 作:アシャヤ
皆でワイワイ出来て非常に面白い。
咲夜は焦っていた。
主より承った使命である『彼女』の護衛。
その護るべき対象が地下室から抜け出していたためだ。
フランドール・スカーレット。
紅魔館の主、レミリア・スカーレットの妹であり、その強大な能力を制御できず地下室に囚われている。
それが周りから強制されているものか、自発的に閉じ籠っているものなのかは咲夜にはわからない。
ただ1つ確かなことは、紅魔館の住人は彼女のことを大切に思っている、それだけだ。
止まらない冷や汗を拭いつつ、『時を止める程度の能力』を全力で使いながら屋敷内を咲夜は高速で探し回っていた。
咲夜が能力を研鑽していると言えど、無制限で時を止められる訳ではない。
人間が無限に潜水することが不可能なように、能力を一定時間使用した後は僅かな間が必要だった。
長い渡り廊下の途中でその『息継ぎ』に入り時間が動き出した瞬間、激しい揺れと共に斜め前の壁がはじけた。
飛び散る瓦礫から反射的に腕で顔を覆って守りながら後ろに転がり、すぐさま体勢を立て直しつつ前を見据える。
そこには咲夜の身長より二回り程大きな、白い骨のような外骨格に包まれた化け物がいた。
骨の下のおぞましい肉は呼吸をしているかのように上下を繰り返している。
―――悪魔虫。
咲夜は先日人里で買い物をしている際に耳にした噂を思い出した。
生物と思えないような奇怪な形状をした化け物が幻想郷に突如現れたと。
「申し訳ないけど、あなたと遊んでいる時間は無いわ」
両腕両足に大した怪我が無いことを確認しながら咲夜はナイフを5本、悪魔虫の剥き出しになっている肉の部分に向けて的確かつ素早く投擲する。
――しかし、悪魔虫はそれを防いだ。
咲夜が驚愕に目を見開くのと同時にタックルしてきた悪魔虫に弾き飛ばされる。
「ぐっ……!」
後ろに身を転がしながら、身体の骨が軋む音と激痛を咲夜は感じていた。
違う。
狙いが外れたんじゃない。
硬化した殻で防いだんじゃない。
ヤツは、悪魔虫は、ナイフに向かって突進したんだ。
もしも物怖じしてその場に留まっていたならば、回転したナイフは悪魔虫の肉に垂直に突き刺さっただろう。
突進したことにより微妙な角度で悪魔虫に当たったナイフはほとんどが弾き飛ばされ、かろうじて1本が前足に3センチ程刺さり、数秒してから重力に負けて力なく床に落ちた。
咲夜は弾幕勝負が得意であると自負している。
紅白の巫女と白黒の魔法使いと競い合うことが可能なくらいには。
それを証明するかのように、様々な異変に関わっては弾幕勝負で勝利を得、経験を積み重ね、いろんな敵と戦った。
ある時は、弾幕を物量で押し流す幽霊と。
ある時は、弾幕を耐え続ける不死身の人間と。
ある時は、弾幕を高速で避ける天狗と。
ある時は、弾幕を能力で翻弄させた天邪鬼と。
しかし、自ら弾に当たりにいく者は今までにいなかった。
その虚を突かれたのだろう。
咲夜は顔を上げる。
悪魔虫に頭は有ったが、顔は無かった。
その粗野なつくりからは感情というものがまるで読めない。
ナイフが飛んで来るときにそれに当たりに行こうと考える思考はどんなものだったのだろう。
勇気か?
反射的にか?
それとも―――
「時よ、止まれ」
咲夜は時間を止める。
額。喉。胸。両脇。足。
悪魔虫の皮膚が露出している場所全てに大量のナイフを凄まじい手際で投げ、深々と突き刺さるのを確認した後、能力を解除する。
ぐちぃ、という音が廊下に響いた後、怪物はその機能を停止し、物言わぬ死体と化した。
咲夜はそれを一瞥した後、一歩を踏み出そうとする。
「あれっ……」
しかし、足は言うことを聞かずに、バタリと無様に床に倒れこんでしまった。
戦いが終わってアドレナリンが途切れてしまったのだろうか、節々から激痛が走る。
妹様を見つけなければ。
使命を全うするために這ってでも進もうとするが、身体は鉛のように重く、動こうとはしなかった。
◆
図書館にはじっとりとした空気が焦燥と共に渦巻いていた。
様々な書物や羊皮紙、フラスコに入った怪しげな薬品の数々が其処ら中に散らばっている。
その中央で、パチュリーは4つ程増えた侵略者の死体に魔法や処置を施し反応を見ていた。
その顔は暗く、人形のようだった。
「……何かわかりましたか?」
後ろに縮こまっている小悪魔がパチュリーに尋ねる。
結果が良くないのは主人の顔を見れば明らかであったが、会話を続けないと不安に押し潰されるくらいには小悪魔の心は脆弱であった。
「少し、甘く見ていたのかもしれないわね」
パチュリーは小さな声で呟いた。
小悪魔にも、もしかすると言葉を発した本人にも聞こえていないかもしれなかった。
「この生物は……どこにもいないの」
小悪魔はあからさまに動揺した。
どこにもいない?
ここにいるのに?
その様子を見たパチュリーは説明を始める。
「東洋の魔術にはね、陰陽五行説というものがあるの。幾つかの力の性質……“気”と呼ばれることもある、その元素の組み合わせで万物は成り立っているという考えよ」
パチュリーが手を掲げると、様々な色をした魔力の球が周りに浮かぶ。
「私はその考えを元に、自分で研究を繰り返して精霊魔法や錬金術に応用してきたわ」
赤い球体はそのまま燃え上がり、青い球体は水の塊へと変化した。
「この知識と技術さえあれば、何処から来たのか、何で構成されているのかを突き止めることは比較的容易よ」
でもね、とパチュリーは言葉を続けると共に、掲げた手を下ろした。
魔力球は跡形無く消え去り、静寂が図書館を一瞬占拠した。
「この生物は、どんな“気質”にも当て嵌まらない。何でもない。これを動かしているのは、もっと純粋で、もっと複雑な力。何処から来たのかと問うならば、この世界ではない何処か」
深呼吸をした後、パチュリーは言う。
「幻想郷でも天界でも、魔界でも地獄でも、月でも博霊大結界の外からでもない。もっと遠い場所から……遥か彼方より、彼らはやって来た」
「異世界……別宇宙から来たと?あり得るんですかそんなこと」
小悪魔が訝しげに言う。
「昔から異世界へ行ったと主張する書物はいくらでもあるわ。そのほとんどが外国を異世界と勘違いしたり、ただの創作によるものだったりするのでしょうけど。不可能と断じることはできないわ」
パチュリーは呻くように続ける。
「しかし、何故……?何故数あるであろう異世界の中からコイツらは幻想郷を、この世界を選んだの……?」
偶然によるものなのだろうか。
何かがパチュリーの頭の中で引っ掛かっていたが、悠長に考えている時間もまた無いことを、探知魔法が告げていた。
「小悪魔、物体転移魔法の準備をするわ。生きている者をここに集めるよう妖精達から紅魔館全域に伝達を」
小悪魔は狼狽えながら聞く。
「そ、それってまるで……」
パチュリーはそうよ、と乾いた声で応答する。
「この戦い、私達の負けよ」
青ざめていた小悪魔の顔はそれを通り越して土のような色へと化していた。
「ま、まさかぁ。冗談を、パチュリー様」
「探知によると、紅魔館周辺の怪物の数は依然として増え続けているわ。レミィや美鈴、館中に散らばらせた魔導書が殺している数よりも、奴らが増える数のほうが上回っているのよ」
それを聞くや否や、小悪魔は「すぐ知らせます!」とだけ叫んでこの場を離れた。
転移先は人里でいいだろう。
あそこは人妖に関わらず実力者が多数いる。
パチュリーは淡々とチョークで床に転移のための魔方陣を、時折咳をしながら描き出す。
その姿は小さく静かなものであったが、パチュリーの内心は激情が荒れ狂っていた。
そう、今回は私達紅魔館の負けよ。
今回は、ね。
チョークを持つ手に力が入る。
1画1画に確かな魔力を込めながら、パチュリーは前線で戦っている仲間のことを想った。
◆
戦況は一方的なものだった。
もはや戦線は崩壊しており、突き進むために戦うのではなく逃げるために戦う者ばかりだった。
集団からはぐれた妖精、愚かにも敵の群れへ斬りかかることを止めないゴブリンは真っ先に餌食となった。
レミリアは他者が逃げることを叱責せず、彼らの無防備な背後を守ることに、怪物達から離れる時間を増やすために戦っていた。
その周りではごく僅かな妖精とゴブリン、そして美鈴がレミリアと同様の行為をしている。
レミリアが敵を打ち倒した数が三桁にも届きそうとなったとき、隣にいた妖精の身体と共に右手が触手で貫かれた。
妖精は悲鳴をあげ、まるで最初からいなかったかのように空へ溶けた。
目の前で部下を再三再四失ったこと、もしかしたら防げたかもしれない自分へと内心で大きく舌打ちをしながら、攻撃を仕掛けてきた敵の頭をカウンター気味に砕く。
そして――
「まただっ……!」
貫かれた右手。
そしてこの戦いで負った全ての傷が変調を訴えていた。
吸血鬼最大の武器とも言える不死性。
条件さえ整えば身体の半分以上を吹き飛ばされても即座に再生するであろう治癒力。
それらが機能していないに等しかった。
血の溢れが止まらず、傷を負うごとに体力を吸いとられているかのようだった。
太陽や銀の武器でも似たような効果は見込めるが、現在は真夜中、敵は不気味な触手と腕以外を振るうことは無かった。
このままでは、そう遠くない内に限界が来る。
その前に、やるべきことがある。
「美鈴!」
怪物達を薙ぎ払いながら、長い付き合いの部下を呼ぶ。
呼ばれた彼女は目の前の敵にとどめを刺し、レミリアへと向き直る。
「はい!お嬢様。御用は?」
美鈴は泥だらけで、頬や拳から血を滲ませていた。
美鈴から見たレミリアも大差ないほどに血や土で汚れているのだろう。
「妖精とゴブリンを統率して、館に戻りなさい。後はパチェが何とかしてくれるわ」
美鈴は半ばその言葉をわかっていたような顔をした。
「お嬢様は、どうなさるんですか」
「まだ暴れたりないの、満足したら私も戻るわ」
嘘だ、と美鈴は思った。
仲間想いのくせに、それを表へ出すことを滅多にしないのが自分の主である。
一人で守るつもりなのだろう。
この奇怪な化け物達から、自分を犠牲にして。
「嫌です。私も残ります」
レミリアは鋭い声で言う。
「これは命令よ、美鈴」
即座に美鈴も応える。
「嫌です」
覆い被さるようにのしかかってきた敵を投げ飛ばしながら、ため息をつくようにレミリアは言う。
「あなたはそこまで頑固者だったかしら」
ええ、きっと身近な誰かさんに影響されたんでしょう、と美鈴は思った。
「ともかく、これ以上犠牲を増やしたくないの。誰かが館へ正しく彼らを導かないと。下手にこいつらに周り込まれたら全滅よ」
「ですが……」
さらに食い下がろうとした美鈴が何かを言う前に、レミリアは矢継ぎ早に捲し立てる。
「美鈴、頼んだわよ。心配しなくても簡単に私は死なないわ。それとも、信頼してくれないのかしら?」
美鈴は一瞬だけ躊躇った後、一言だけ呟いた。
「約束ですよ」
レミリアは優しい笑顔で「ええ」とだけ返した。
この選択を後悔しませんように、そう美鈴は祈りながら踵を返し、妖精達を連れて走り出した。
「いきなさい、美鈴」
ふと背中越しに聞こえたお嬢様の言葉は「行きなさい」だったのか、「生きなさい」だったのかは自分にはわからなかった。
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