戦乱の幻想郷/Battle for Gensokyo   作:アシャヤ

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紅魔館編最終話です。


血の運命

孤独な戦いだった。

 

美鈴が妖精とゴブリンを率いて撤退してから数分後。

最早レミリアの周りにいるのは数百体の怪物だけだった。

 

しかし、レミリアにはそれがありがたいことのように感じた。

 

理由の一つは、仲間を逃がせたこと。

 

もう一つは、いくら暴れても二次被害が起こらないことである。

 

 

「部下は撤退させたけど、私だって負ける気は更々無い。勝負はこれからよ!」

 

 

レミリアは迫り狂う触手に対し剥き出しにした爪と牙と腕力でもって答えた。

 

顔の無い頭を砕き、捻れた肉を引き裂き、より大きな怪物の死肉で小さな怪物達を圧殺した。

 

その姿は日頃レミリアが讃える『優雅さ』にはほど遠く、土を舐めるような汚さと燃えたぎるような怒り、そして残忍さがあった。

仮に人間同士の戦いならば、その姿は味方には勇猛果敢な英雄に、敵には大胆不敵な鬼神へと見えただろう。

 

 

だが、敵は人間ではない。

その様を目の当たりにしてもなお、怪物達はレミリアへ臆することなく触手を振るう。

 

 

かつて存在したワラキア公国の君主、ヴラド・ツェペシュは侵略者たる敵国の兵士の大量の死体を串刺しにして並べ、それを見た残りの侵略者達は恐れをなして逃げ出したという。

レミリアはそれを意識していたが、その戦法は此度の敵には無力に等しかった。

 

通用する戦法は殺すこと、ただそれ以外に無かった。

 

 

「ならば私が一匹残らず殺し尽くしてやる!!新たな吸血鬼伝説をその身に刻め!!!」

 

レミリアはあらゆる方法で反攻を仕掛けた。

襲いかかる怪物達から攻撃を受けながらもそれ以上の力で返した。

 

前へ、前へと突き進み、通り過ぎた跡には死体が残った。

 

レミリアも無傷という訳にはいかない。

触手が掠めた傷痕から血と力が流れ出し、霧散していくのを感じた。

 

戦いの最中、レミリアの意識は段々と混濁していき、途中から腕を伝うものが自分の血なのか、敵の血なのかさえわからなくなっていた。

 

気がつけば、レミリアは血と肉片で埋め尽くされた斑模様の白い大地に座り込んでいた。

周りを取り囲むのは怪物の中でも一層に巨大なもの達。

ぼうっとしている間に群れの中央まで到達してしまったようだ。

前方にいた群れで最も大きな個体がレミリアへと手を伸ばす。

その掌だけで、レミリアの身体を包み込めるような大きさだった。

 

 

レミリアは思い出す。

父と母のことを。

 

レミリアは思い出す。

親友の魔法使いとその使い魔を。

 

レミリアは思い出す。

銀色の従者と紅色の門番を。

 

レミリアは思い出す。

 

妹を。

 

 

 

レミリアが次に想像したのは過去ではなく、未来だった。

不調を来していた『運命を操る程度の能力』が一時的に回復し、断片的な未来予知を実現させていた。

見えたのは、世界を覆い全てから生命力を吸い上げる、巨大な、巨大な化け物。

そして、荒廃した幻想郷。

 

レミリアは理解した。

 

そうか。

こいつらは、紅魔館を狙っていたんじゃない。

真の狙いは幻想郷そのものだ。

紅魔館が襲撃されたのは、たまたまそこに『あった』。それだけだったのだ。

 

 

レミリアはうっすらと目を開けた。

怪物の掌が眼前にあり、今にも閉じられようとしていた。

 

『あれ』を見なくて済むのなら。

今死ぬのも、悪くないかしら。

レミリアは、悟ったように目を閉じた。

 

 

そして、掌が閉じられ、肉が爆ぜた。

 

 

 

 

レミリアは直後に身体が生暖かいものに包まれるのを感じた。

死んだ直後も皮膚の感触はあるのか、と思った。

そしてすぐ、口の中で血の味がした。

今までに飲んだことがないような芳香の血で、舌で口の中を舐め回すと身体の神経へと力が漲るようだった。

 

この味は私の血ではない。

 

瞼を開ける。月と星の光が瞳を照らした。

 

生きている。

 

視線を下げると、身体は赤紫色の液体で染まっていた。

頬に手を当てるとぬめっており、全身がそうなのだと思われた。

 

周りには細々としたゼラチン質の塊が散らばっていた。

 

目の前には怪物が鎮座しており、砕けたような右腕から赤紫色の血が噴き出していた。

 

怪物もまたかろうじて生きているようで、背中から突き出した無数の触手をレミリアへと放った。

 

 

「きゅっとして、ドカーン」

 

 

その攻撃がレミリアへと届く前に、ソプラノの声と共に怪物の上半身はバン、と軽快な音を立てて弾けた。

声の方向には七色の翼をした少女がおり、手を掲げ拳を握りしめていた。

 

「っ……フラン……?どう、してここ、に……?」

 

レミリアは上手く言葉が出せなかったが、全てを言う前にフランに抱えられその場から飛び去っていた。

 

レミリアを抱く腕は強く優しく、まるで子どもが大切な玩具を扱うようだった。

 

フランに抱き締められながら、レミリアは眼下に広がる光景を見ていた。

自らが戦っていたときの倍以上の死体の山と血の海で地面が満たされ、それを餌に共食いを始める怪物までいた。

元はこの奇妙な群れの主だったであろうものの巨大な肉片が其処ら中に吹き飛ばされ、小型の怪物には押し潰されてもがいているものさえいた。

これだけ混乱が起きている戦場だ、フランが私を抱えていても十分に逃げられる。

 

本物は見損ねたが、これを正に地獄絵図というのだろう。

 

この状況を引き起こした少女にレミリアは意識を移した。

 

『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』。

 

それは防御不能の攻撃力を意味する。

フランがこの能力を完全に制御したとき、彼女はこの世界の頂点に立つことも可能だろう。

 

しかし、それでもなお、垣間見た運命に存在した『あれ』には遠く及ばない。

 

「……ごめんなさい。勝手に地下室から出て」

 

レミリアの思考を遮るように、フランが沈黙を破った。

 

「今度から危ない場所へ行くときは、必ず私と相談するのよ」

 

レミリアはおぼつかない腕を上げ、沈んだ表情のフランの頭を撫でる。

 

「うん。帰ったら、地下室に戻るから」

 

そう言ったフランへ、レミリアは何と答えるか逡巡した。

紅魔館は、捨てなければならないだろう。

これ以上フランの心を掻き乱すことは良策ではない。

 

「フラン、私は……私達は、幻想郷の、別の場所へこれから引っ越すわ」

 

 

フランは愚かではないが、その答えに対して疑問を投げ掛けるほど精神的な余力が残ってはいなかった。

 

「新しい友達ができるかもしれないわ。そこでまた、皆で暮らしましょう」

 

レミリアは嘘をついた。

どこへ逃げればいいというのだろう?

 

幻想郷のどこへ行っても無駄だと運命が告げていた。

 

 

数時間前の、魔法使いの親友への冗談を思い出す。

 

もう見るべき未来はほとんど残っていないのかもしれない、か。

 

そのとおりなのだろう。

 

その時は、私の未来について言及したつもりだった。

 

 

しかし―――

 

 

本当に危ぶまれているのは、幻想郷そのものの未来だったのだ。

 

運命は、なんと皮肉屋で、なんと残酷だろう。

 




次回から人里へと舞台を移動する予定です。
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