ゆっくり大妖怪   作:茶蕎麦

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第十話 不明な心

 

 

 

 紅魔館の地下にある、とある一室。

 薄く明かりの灯ったその部屋に、退屈そうに自らの金髪を摘んでいじりながら、ソファの上に寝転んで魔導書を読む女の子の姿があった。

 館の主にどこか似通った容姿のその子の名前はフランドール・スカーレット。一目見ただけで想像出来るように、彼女はレミリア・スカーレットを姉に持つ吸血鬼だった。

 

「うーん、相変わらずパチュリーの本の鍵は見つかり難いわ。叩いても引っ張っても出てこないし、後は壊してから探すくらいしかないじゃない」

 

 フランドールは読めない本を、読むことを諦める。

 幼い見た目に違わず移り気な彼女は、解くことの出来なかった魔導書を机の上に放り投げてから、繕われても繕われても綿が出てくるお気に入りの枕に顔を埋める。

 しばらく経って、包み込んでくれるその柔らかさに飽きてから、今度はフランドールは役目を失った手足の欠けた大きなクマのぬいぐるみをソファの上から弾き出した。

 そして、次に何をしたいのか自分でも分からなくなったフランドールは、頭の中に流れる音に合わせて背中に生えた二本の美しいものを広げて揺らし始める。

 彼女の脳裏に流れる音は、黒板を引っかいた際に出る不快な音によく似ている。それは甲高い、狂気の音色だった。

 

「まあ悪くない音だけど、乗りきるには波が小さ過ぎるかもしれないなぁ」

 

 不満を口には出してもフランドールは背中のものを揺らすことを止められず、それからは一対のリズムを合わせて羽ばたかせ始めた。

 そう、フランドールの背から生えているように見えるものは、吸血鬼である彼女の持つ羽なのだ。

 姉のレミリア・スカーレットの持つ蝙蝠の翼手に酷似した翼とは違い、その翼はまるで背中から伸びた枝が七色の宝石を実らせているかのような奇妙な形をしている。

 風をはらむことなく揺れて色を変えるその翼と同じものを背負う者など、そうは居ないだろう。綺麗に過ぎるその様は、とても自然に見られるものとは思えない。

 強いて似ているものを挙げるとするなら、それはこの館に居候している魔女が作り出す賢者の石の名を冠した代物ぐらいだろうか。

 もっとも、外見が似ているというだけでは互いに因果関係があるのどうかも分かりはしない。中身が似ているかどうかなど、触れてみなければ分からないことだろう。

 だから、真相は闇の中。そんな出所不明な美しい翼を、彼女は暗い地下でただ羽ばたかせていた。

 

 フランドールの羽から生み出される風は、飛膜がないために多くは生まれずに彼女の頬を撫でるだけに留まる。

 何時の間にか掃除がなされているために綺麗ではあるが、閉ざされた地下に流れこむものは少ないために、地下の空気は澱んで溜まっていた。

 そう、循環の緩い驚くほどに停まった世界に、フランドールは生きていたのだ。棺桶もない地下に埋もれているフランドールは、外の世界をあまり知らない。

 闇の帝王、吸血鬼であるフランドールに昼の世界を知る必要はないのかもしれないが、それだけでなく彼女は夜の世界すら遠くに望む以外になかったのだ。

 何せ普段その血を食している人の形ですら、495年目にようやく知ったほどである。それだけでも彼女がどれだけ不明で停滞しているのかうかがい知れるというものだ。

 

「むぅ、何だか口が寂しくなってきたわ。あっ、そういえばキャンディがあったじゃない」

 

 キャンディを口に入れても、まるで停まるのを恐れるかのように動くフランドールはそれが溶けるのを待てずに、犬歯で砕いて臼歯でひいて、あっという間に食べ終えてしまう。

 早くその甘味と血の味を楽しみたい彼女は、瓶を逆さにして口に詰めるように頬張り、色とりどりの飴を消化していった。

 最後にガラスで出来た瓶を割り捨て、そうして中に何もないことを改めて彼女は確認する。

 

「ん……なくなっちゃった。もうお菓子はないみたいね、つまんないの。……あーあ、早くあいつでも来ないかな?」

 

 話しかけられるものは、周りに居ない。だから、独語に浸る以外にはなかった。

 それは、四肢をもがれた人形達は呻き以外に声を発すことの出来る筈がないと考えているフランドールの非常識が、彼女自身を縛っているからでもある。

 ここで彼女が魔法で消えてしまったら、誰も居なくなってしまうのだろう。それを思うと、今がとてもつまらないものだとフランドールは感じられていた。

 

 

 ちなみに、フランドールの言うあいつとは、姉のレミリア・スカーレットのことである。

 彼女の来訪で一日の経過を知るフランドールにとってレミリアは、欠かすことの出来ないものであり、そして時折うざったくなるものでもあった。

 まあ、純粋なフランドールに言わせれば、姉妹なのだから愛しているのは当たり前といったところなのだろう。だから、ふざけて呼称を変えたりもする。

 もっとも、恐れて避けていながらも、自分から離れていくことのない楽観的な紅魔館の妖精メイドたちだって、彼女は大好きだった。

 でも、皆が大好きでいながら壊したいと思ってしまう自分のことはあまり、好きではない。

 気がつけば、彼女達のことを嫌いになっている自分が直ぐ近くにいたりもすれば、それも尚更のことだった。

 

 そんな自分や大嫌いな日の光を見たくなくて、今日もフランドールは地下に篭る。

 篭って濁ることも感情の変化の激しい彼女にとっては楽しいことでもあるのだから、それはまるで悪いことではないのだ。

 そう、悪くないというだけの生活を彼女は繰り返していく。

 

 それが幸せなことではないことを知りながら、暇潰しを繰り返していくことが一番だと、この時のフランドールは信じていた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 スカーレット家の運命が狂い始めたのは、とある吸血鬼の夫婦に、めでたくも二人目の子供が生まれてからだった。

 当時五歳で上等な布に包まれた赤ん坊に目を輝かせている長女の名前はレミリア・スカーレット。そして、次女としてこの世に生を成して母親に抱かれているのが、フランドール・スカーレットだった。

 たとえ人の子を見ても食べ物としか思えなくとも、自分の子供であれば愛らしく思えるものである。普段は尊大で嘲笑以外をもらさない夫婦も、この時ばかりは素直な笑顔を赤ん坊に向ける。

 そして、その直後に二人は、我が子の幸せを願って地下へ閉じ込めたのだった。

 

 明くる日から、吸血鬼らしく人間の血を必要とする赤子のためにも、両親は前より忙しく狩りを行うようになった。

 適当な妖怪に妹の世話を任せるしかなかった幼いレミリアは、時折様子を覗いてはいたが、それ以外の時間は両親に授かった知識を深めるために書物によって物事を学ぶことに力を入れる。

 それは、五百年生きた後にもレミリアの記憶に微かに残っている平和な時。しかしそれが、スカーレット一家がボタンを掛け違えた最初の時期だったのだろう。

 

 

 常識で考えれば拙いことに思えるが、実際幼子を地下へ閉じ込めた両親の選択は、そう間違ったものではない。

 何しろ、それは弱点の多い吸血鬼の子供のことなのだ。生まれてから力を持つまでの当分の間、日の光に当たる可能性の最も低い地下に隔離するのは彼らにとって当然のことだったのだろう。

 即断したのは、事前に同様のことを行っていたレミリアがすくすく成長していて、その潜在能力を顕にし始めていたことも理由の一つだった。

 良き前例が目の前にあったのだ。ならば体が育つまで部下任せにしていても大丈夫だろうと、両親が楽観するのも仕方のないことである。

 

 まあ、つまるところ、フランドールがこの上なく特殊な存在であったことに気付かなかったことだけが、彼らの最大の失敗だったのだ。

 思い描いていた未来がその子供のために壊れてしまうことになるとは、中々想像出来ることではなかったのだろうが。

 

 

 はじめは轟音と、震動。それも館が巨大な何かに引き裂かれているかのような揺れをもって、ある日屋敷は倒壊した。

 不幸中の幸いだったのは、それが真昼の出来事であったのに、レミリアが割れた地面に吸い込まれるようにして落下したために日を浴びることなく無事だったことだろう。

 父母は僅かの間日に晒されたが、直ぐ影に避難したために耐性もあって大事には至らず、これもまた難を逃れていた。

 

 ただ【館を壊した赤ん坊】は、無事ではいられなかった。破壊の中心に居たフランドールは、天辺に空いた小さな穴から漏れる光によって、体を焼かれる。

 地下に落ちたレミリアが大きな泣き声に導かれた先に見たのは、自分の妹が背に光を浴びて翼から煙を上げるその様子。

 両手が焼け爛れることもいとわずにレミリアはフランドールを拾い上げ、抱きとめた。

 

 赤ん坊が起こした過ちの動機なんて分かるものではない。それでも、自分に痛いほど強くしがみ付いてくるフランドールの様子から、レミリアにはおおよそ想像がついた。

 きっと寂しさから、その手で何かを掴もうとしたのだろう。ひょっとしたら、両親の来ない地下を檻のようなものだと考えて疎ましく思ってしまったのかもしれない。

 だから、その手で何かを掴んで、壊してしまったのではないだろうか。そう、きっとフランドールはもう【掴んで】しまっているのだ。

 壊れてしまった運命を、レミリアはここで初めて知覚した。そして、今の自分ではどうしようも出来ないという事実に歯噛みする。

 レミリアの両腕の中に収まったフランドールは、最早背の痛みを気にすることもなく、まるで壊れてしまったかのように笑い続けていた。

 

 

 それから、何時まで経ってもフランドールは地下から出ようとはしなかった。それも、一時期は辺り構わず【掴んだもの】を振るってまでして抵抗していたほどだった。

 遊び相手をも壊してしまう彼女の周りには、眷属の悪魔達ですら寄り付かない。そのあまりに強い力に父母ですら手をこまねく中で、レミリアだけが、フランドールのことを直視していた。

 狂気によるものとしか思えないその言動は、能力の影響を受けたのか、それとも【壊したら私を見てくれる】という考えから至ってしまったのか。

 その判別がつかないからこそ、レミリアの決意は深まった。自分の力では理解するために手を出すことも出来ないのなら、ずっと守っていようと決めたのだ。

 

 まずは、自ら閉じ篭ったのではなく、私が閉じ込めたのだと公言して、レミリアはフランドールの名誉を守った。

 そして、彼女は父母と揃って、紅魔館が壊れてしまわないように奔走する。

 

 猫が入った黒塗りの箱を外から見ても、中に居る猫が幸せでいるかは分からない。

 しかし、幸せであるという可能性もその箱の中には閉じ込めてあるのだ。ならば、と猫を愛する皆でその幸せを守ろうとするのは、彼らには自然な流れに思われた。

 自ら閉じこもった子猫の幸せを祈って、箱を守る者たちの手により、その外装は血で紅く染まっていく。

 やがて時が経って、最後に箱の元に残ったのは、戦いに明け暮れるあまり血を満足に吸うことすら出来ずに、自ずと小食になった吸血鬼一人だけだった。

 

 その後も幼い吸血鬼は、成長する暇すらないくらいに懸命に、自分達を悪しき幻想として排斥しようとする世界と争った。

 途中で獲得した能力も【運命を操る程度】でしかなければ、散り散りになってしまった最も望ましい運命をさかのぼって元の形に戻すことまでは出来ない。

 だから、レミリアも変わっていく他にはなかった。そう、どうやっても一人になってしまう妹の運命を変えるには、数奇に思えてしまうくらいに無理矢理に、他人の運命に干渉する必要があったのだ。

 

 とある魔女がフランドールの背中を飾り、レミリアの心を支えていなければ、きっと猫は一匹だけになり、そして首を吊るはめになっていただろう。

 また、頼もしい門番が外敵を門前払いしていなければ、姉妹揃って箱ごと焼かれて、日光を浴びるまでもなく灰になっていたかもしれない。

 そして、拾った人間が心を尽くして支えてくれているおかげで、レミリアは立派に主として立つことが出来て、フランドールも不自由をしなくなっていったのだ。

 

 引き寄せて、引き寄せて、結び付いた縁は何時しか家族に近い形になる。その後に、壊れても自ずと治る妖精たちを雇って、館内は充実した。

 そうすれば、失ったものを悲しむ余裕も出てくるものだ。乾いた目が前を向く頃には、新天地で名を上げるために打って出るような無謀も可能になっていた。

 そして、敗北して契約で縛られることにより、スカーレット家は幻想郷で存在を認められるようになる。

 気付けば、狂った運命はレミリアの手により随分と変わっていた。

 

 そうやって、数奇な紆余曲折を経る間ずっと、レミリアはその狂気ごとフランドールを守っていた。

 その方針が変わったのは、スペルカードルールというものを知った数年前のことである。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ノック? 誰かしら、入ってきていいわよ」

 

 フランドールがつまらない考えに寄りがちな意識をぼうっと拡散させている時に、それを邪魔するかのように軽く扉を叩く音が鳴った。

 少し前に姉が来ることを期待していた彼女だったが、それでも今は流石に早すぎるのではないかと思い、脳裏に疑問符を浮かべる。

 不明、つまりはアンノウン。予想も出来ない誰かがそこに居るのだろう。

 そんな誰だか分からないものに対する期待が大きくて、フランドールは一足飛びで、無防備なまま扉へと迎えに行った。

 

「失礼するわよ、フラン」

「あら? 今日は随分と早いのね、お姉様」

 

 しかし、期待に反してそこにいたのは愛すべきお姉さんだった。

 少しの失望と嫉妬、そして多くの喜びをもって、フランドールはレミリアを笑顔で迎える。

 

「今日は貴女のために、なるだけ頑丈な玩具を用意してあげたのよ。生ものだから、早い方がいいかと思ってね」

「お姉様は私と遊んでくれないの?」

「そうね……遊び終えた後に、貴女にその気が残っていたら、別に構わないわよ」

「ふーん、それは楽しみ。その玩具、直ぐに遊び尽くして壊してあげるわ」

「壊すのは玩具だけにしておきなさいね」

 

 ひいきによるものか、レミリアは先ほど会った相手の心配をしない。フランドールと遊んで壊されてしまったものが今まで多すぎたことも、理由の一つだろうか。

 それに、何だかんだで自分勝手に遊べるようになったのが最近であるために、レミリアも加減は不得手だ。固くしていた自分を崩すことだって、最近覚えたばかりである。

 まあ、やり過ぎても構いはしない。名前も知らない妖怪のために、線香を一つあげるくらいはやってもいいかとまで彼女は考えた。

 しかし、そうならないのが運命であることを知っているからこそ、こうして余計に落ち着いているというのも否定は出来ないことだったのだが。

 

「能力はなるべく使わないこと。後、そいつは格闘ありの弾幕ごっこを望んでいるわ。スペルカードは用意していないそうだから、貴女のスペルカードが全て破られるか、その間に貴女が相手を倒せばそれでお終いね」

「不慮の事故死は有りでしょう?」

「そうね。でも、無理に突っ込んだ貴女が事故を起こしては堪らないわよ」

「大丈夫よ、私って弾幕ごっこは得意だもの。きゅっとしてドカーンよ」

「大事故発生、ね」

 

 心の中で、溜息を一つ。人見知りしなさ過ぎるフランドールを、レミリアは少し呆れた面持ちで見ていた。

 紅霧異変のことを話した後に、外の世界へ興味を持ってくれたことは良かったのだが、見ていないところで騒がれたことには、レミリアも困っていたのだ。

 前からパチュリーに昼には外に出さないよう頼んでいたのが功を奏した形だったが、彼女が弟子の異変に気付いていなければどうなっていたかは分からない。

 フランドールの、時にトラウマすら軽々と越えてしまうその好奇心は、見ていて非常に危ういと感じられるものだ。

 

 だからこそ、あの異様に得体の知れない妖怪は、丁度良い脅威に成り得るのではないかとレミリアは考えている。

 あんなに気持ちの悪い生き物が他にも居ると思えば、無暗に行動するのは止めるだろう。

 何年か前に種は蒔いている。後は、根底を覆してしまうくらいのインパクトが欲しかったのだ。

 

 彼女達は今のままでも幸せである。それでも、物足りないのは確かだった。

 そして、もっと幸せになるために、少女は使われる。ただ、それだけのことだった。

 

 

 

 

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