ゆっくり大妖怪   作:茶蕎麦

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第十二話 開いて閉じて

 

 

 

「……くぁ」

「あぁ、起きたのね」

 

 私が体を包み込む違和感から目を覚ますと、頭の上からそんな、か細い声が聞こえた。

 目を開けてみれば、私に覆いかぶさるように影を重ねてくる顔があった。

 目と目が合って、尊い紫色が私を覗いてかき回す。くすぐったくて、私は思わず身じろぎしてしまった。

 

「その瞳……なるほど。妹様を怖がらせた相手というからどんなにグロテスクな生き物なのかと思ったら、貴女だったのね」

「分かる?」

「ええ。それと納得だわ。貴女がそんな不恰好にしていたら、気持ちが悪いに決まっているもの」

「そういえば服は……あれ、着てた」

「咲夜が着せておいたのでしょうね。私が拾ったときには、もうその恰好だったわ」

 

 見れば、着衣は貰った大切なものに替わっていた。

 アリスさんに作ってもらい、お気に入りにすると決めた私のひらひらツーピース。

 けれど、沢山のフリルも重力に潰れていてはひらめくことはない。だから私は無くなったはずの体を起き上げて、精一杯伸ばしてみる。

 

「……あれ?」

 

 そして、私の体はバベルの塔のように伸びて、崩れ落ちた。

 血肉が足りなくても創り出すことは出来る。でも、完調に至るには時間が足りていなかったから、表層以外の私が体を打ち崩して強制的に休ませていた。

 これでは、あと十分くらいはこのベッドで休んでいなければ、身動きをとることすら出来ないかもしれない。

 

「そういえば、このベッド、パチュリーさんの?」

「そう。……先に言っておくけれど、遠慮はいらないわよ。弟子の不始末は師匠の不始末。感情に任せて魔法を使った後のあの子じゃあ、ろくなフォローも出来ないだろうし」

「あはは、ありがとう。何気にメイドさんに生ゴミとして処理されるということが一番怖かったからね」

「咲夜だって、お客様を無下に扱ってしまうようなドジはしないわ。再生……貴女の場合は創生かしらね。身体が治るまで様子を見ても、触れていいか分からなかった様だったから、私が貴女を預かったのよ」

「へぇ、そこまで分かっちゃうんだ。すごいなあ」

「まあ、伊達に本に埋もれてはいないということよ。第一、この館では他の住民だとよく分からないものは全て私の管轄だから」

 

 体のことを突っ込まれるのは嫌だったので、私は体を包んだ弾力について話題を向けたのだけれど、それは失敗。

 突っ込んで調べられなくとも把握されていてしまえば、どうしようもない。

 ただ、どこまで理解されてしまったのかどうかが、少し気がかりだった。

 

「大丈夫よ」

「え?」

「観察するだけで分かってしまうほどに、貴女は開いていなくて明るくもないわ。……でも、そんなに理解されたくないのなら、もっと閉じて暗くしていればいいのに」

「それはもう出来ないよ。光明が差し込んだのなら、思わず手を伸ばしてしまうのが生き物だと思うから」

「そう。貴女、ようやく生まれたのね。おめでとう」

「あはは。どういたしまして」

 

 ある程度深い部分まで理解されてしまったのだと分かる、滞りのない会話は気楽に済んでしまう。

 けれどもそれは、雑談とするには少し、無駄が足りなくてつまらない。まあ、確認のために見向きする必要もなければ、会話に熱がこもらないのも仕方がないか。

 分かっているものに向ける言葉は、確認くらいのものだった。私でも分からない部分は、未だに誰も語れない。

 

「他に気になることは……特にないわね。変にメスを入れたら破裂しそうで怖いから、このくらいで探りを入れるのは止めるわ」

「だね。私も今は不調で、刺激を受けたら自分でもどうなるのか分からなかったから、丁度良かった」

「そう、公言できるくらいには体調は整ってきているのね。まあ、貴女もじきに動けるようになるのでしょうけど、休められる時に休んでおいた方が賢明よ」

「うん。起きたら起きたで、また難題が待っているかもしれないしね」

「そうね……そのくらい分かっていなければ、ここに乗り込んだりしないわよね」

 

 行動にリスクが伴うのは当たり前。動けばぶつかるかもしれないということと、大差はないけれど。

 吸血鬼の館に突入することのリスクを計れないほど、耄碌してはいない。何か、沙汰くらいはあるのだろう。

 でも、餓鬼である私は、赤信号に気付いていながらも、そのまま進むだけ。ゆっくりと、しかし私は止まれない。

 

 そんな私の心をどれだけ読めているのか、ちっとも【分からない】というのがパチュリーさんの成長を感じさせる。

 本を片手にふわりと浮かぶ知識人は様々なことに明るいのだろう。でも、その分だけ深まった彼女を量るのは難しくなっていく。

 ちらりと私に向けられる、紫色の瞳。その奥で光る知恵がなければ、溜まった知識は混沌となって、処理し切れない分は捨てられていくばかりになってしまうだろう。

 

 大量の知識を蓄えている、パチュリーさんの真意は分からない。そう、生まれる前の私を忘れずにいてくれた、彼女の心はまるで分からないのだ。

 分からないということは、なんて素敵なことなのだろう。

 

「さて、私はこれから奥で本を読むつもりだけど……まあ、何かあったら呼んでもいいわよ」

「分かった。でも、まあ当分はゆっくりするつもりだよ」

「なら一時間後に、ここに戻るわ。その頃には、用意が済んでいることだろうし」

「ん? 何が始まるというの?」

「ああ……そうね、言い忘れていたわ。何の酔狂か丑三つ時に始まるのは、レミィの勝手で決まった貴女の歓迎パーティよ。楽しみにしておきなさい」

「そっか……うん。楽しみにしておく」

 

 先に聞いたことを含めて考えると、きっと私は客として歓迎されるに違いない。

 私が吹き飛ぶほどの破壊の被害を考えれば、やりすぎてしまったかと思っていたけれど、結果は拙くなかったということだろうか。

 だとしたら、良いと思う。自分の仕事が良いものと評価されたのだと思うと、ちょっとだけ嬉しい。 

 

「私も、何か用意していたほうがいいのかな?」

「別に要らないんじゃないかしら。所詮は、はしゃげるだけの名目が付いた酒宴に過ぎないから、気楽にしておけばいいと思うわ。じゃあ、また後で」

「それは楽しみ。じゃあ、またね」

 

 

 もう一度会うために、私達はここで分かれる。

 何時までも過去に目を向けられる程に、私達は感傷的ではない。

 閉じた目を開いてみれば、想像の中にあった白と黒ではなくて、紅と本ばかりが私の目に入っていた。

 それがとても嬉しくて、もう一度私は開いて閉じる。

 

「そう――――また貴女に会うことは、私の楽しみだったんだよ?」

 

 ふわふわと揺れながら遠ざかっていく紫色の背中を眺めながら、私は心の変化に迎合する。

 本当の音色は揺れて、何処にも届くことなく消えていった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「パチュリーさんは、あまり眠らないタイプの魔法使いなのかな。うーん……それは違う、か。単に、どうでもいいだけかも」

 

 人形の館で味わったようなお日様の香りはここにない。あまり使い込まれていないような、新品さながらの誰の匂いもしないベッドに包まれながら、私はポツリと零す。

 眠る場所は何処でも構わないのだろうか。ひょっとしたら日用品ではなく所有物でしかないから、貸し与えるのに抵抗はなかったのかもしれない。

 

「それにしても、興味が寄っかかったものに対する執着は凄まじいものね。思わず畏まりたくなるくらいの、本の群れ」

 

 集まり過ぎれば、なんだって威容を成す。果てしない本、という光景は私にとってだって珍しい。

 暇な私はそっと、その表だけを読んでいき、周囲をぐるりと見回した。大体に、整えられた知識はとても美しいものである。為になるものもならないものも、相応にまとめられているのだろう。

 といっても、私にはその価値が理解できず、その流れをもって地べたや机の上に乱雑に置かれた大切そうなご本によくよく目を向けた。

 

「ん? くぁ……面白い本、見つけた」

 

 そして私が目を奪われたのは、装丁もないがしろに乱雑に積まれたシリーズ物。中でも破れてバラバラされた経験のある一冊を、私は気に入った。

 アリスさんが持っていた本と比べれば理解しやすいけれど、それでも鍵自体はは非常に豊富な手段で隠されている。

 また、気付けば熱中してしまうくらいだから、読もうとする人を意識して退屈させないようにも考慮されているのだと思う。

 それでいて、私にも内容が朧に見えてくるくらいだから、本の内容自体はそう難しいものではないのだろう。

 

「これは、教材か何かなのかな?」

 

 いくら目のお皿に乗っけても、それはとても豪華な代物であるとは思えなかった。でも、見るからに美味しそうで知識欲はそそられる。

 その内容は、私みたいなものに向いているのかもしれない。子供の興味を引かせるには、もってこいな教本なのだろう。

 私はお行儀よく勝手に手を伸ばすことなく、パチュリーさん力作の魔道書を読み解いていく。

 そうしてしばらく、時間を忘れていった。

 

 

 

 

「あれ……誰か来た。もしかして、そろそろパーティが始まるのかな? はい、どうぞ。入っていいよー」

「失礼します」

 

 飛べるのに歩くということの価値は、どれくらいなのだろう。存在を教えるために響かせているような二つの足音が聞こえた後にはノックに応答したら、出てきたのは意外なことに美鈴さんだった。

 似合わないこんなかび臭い場所に、わざわざ会いに来てくれたのだろうか。だとしたら、とってもありがたい。

 

「こんばんわ。妹様の相手をして寝込んでいると聞いたので様子を見に来たんですけど、その様子だと元気そうですね。良かった」

「こんばんわ。それとありがとう美鈴さん。見ての通り、私は全快だよ」

「あの、腰から上を吹き飛ばされたと聞いたんですけど……私の聞き間違いでしたか?」

「あはは。あのくらい、二時間もあれば治るものだよ」

「はぁ……よくその体で私なんかに負けられましたね」

 

 世の中相性がある、なんていうことは彼女だって分かっているに違いない。だから私はただ小さく嗤った。

 呆れたような振りをしていながらも、私の方に向けられた美鈴さんの顔は微笑んでいる。それは私と違って人好きのする笑顔だった。もちろん、いい意味で。

 勝者の笑みは、美しくって正解だ。そして、美鈴さんのものは朗らかでもあるのが、私は嬉しい。

 

「そういえば、どうして敬語なの? そういう悪戯なのかな」

「お客様に敬語を使うのは当たり前ですからねぇ。まあ、嫌なら止めますけど」

「うん。嫌」

「あはは、貴女って本当に、わがままね」

 

 嬉しそうに、迷惑を受け入れる美鈴さん。身動ぎしながら笑むことで、揺れる紅髪が音も立てずにふくらんでいた。

 どうしてそんなに楽しそうなのか私には分からないけれど、その喜色に歪んだ綺麗な顔は羨ましい。つるんとした自分の顔は面白くないから、私もついつい真似をしながら手を伸ばしていた。

 

「はい」

「ん? どうかしたの?」

 

 美鈴さんは、差し出された手のひらに気づいて疑問を抱く。

 こんな気まぐれ、分かってもらえなくても構わない。触れ合えば少しは貴女が分かるかも、って考えてしまうのは浮かれすぎなのだろう。

 

「わがままついでに、会場までのエスコートをお願いできないかな? 私は右も左も分からないから」

「そうね……よし。迷子の案内なんて初めてだけれど、私に任せておきなさい。ほら、お手手を繋いで?」

「はい、きゅっと。くぁ、暖かいね。あはは」

 

 その大きな手は、私の小さな手をそっと包み込む。痛くないように、という優しさは初めてのことで暖かかった。

 きっと、その心遣いは怯える子猫を撫でるのに丁度いいくらいなのだろう。遠慮無く、驚かすために掴みかかった私と違って。 

 

「あ、そういえば妹様もパーティに出席しているみたいよ。こんなことは初めて。もしかしたら貴女、気に入られたのかしらね」

「気に入らないから、目を離せないだけなのかもしれないよ?」

「それも、気に入るということよ。篭っているよりずっとまし。まず、ひと目で誰かを好きになる必要なんてないもの」

「有為転変?」

「もしくは、昨日に優る今日の花っていうところ。明日は明日の風が吹くわ。……まあ、こんな心構えだとお嬢様に笑われてしまうでしょうけれど」

「でも、美鈴さんがそんなだから私たちはこうして手をつないでいられるんでしょう? 運命論者ばかりだと、窮屈なだけだもの。わざわざ気を抜いてくれるような人は大切だわ」

「あはは、そうかしら。うん。外から見ても価値が伺えるというのは、従者にとって嬉しいことね」

 

 そう言う美鈴さんからは、仕事に対する誇りがうかがえる。何年務めてきたのか分からないけれども、紅魔館に愛着を持っているのは間違いないみたいだ。

 そして、その思いが器に対する愛でないことも、私は感知できていた。思えば深まる笑顔。父性なのか母性なのかよく分からないけれど、彼女はきっと保護者。

 

 もし居ても居なくても構わないと言われても、それでも彼女はいなくならないのだろう。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「うわ、妖精だらけ。くぁ。木と火と土と金と水の香りがキツイよう」

 

 会場についた私は、その混み様に驚いた。勝手気ままな五行の匂いが会場を充満している。そんな中で、私はぽつりと饗されもせずに歩いていた。

 寂しいけれども、美鈴さんはもう隣にいない。彼女は私の誘いを断って、門の前の定位置に帰っていったのだ。

 ちゃんとパーティは守ってあげる。シエスタは十分に済んでいるから大丈夫よ、というやや締まりのない言葉を残して。

 

「わいわい」

「がやがや」

「ざわざわ」

 

 その代わりに、会場を埋めているのは沢山の妖精メイドたち。

 何人かは、トップギアで疾走したレミリアさんに撥ね飛ばされて【一回休み】になっているそうだけれど、彼女等の暢気には陰りが見当たらない。

 

「立食かあ。パーティ自体初めてだけど、初体験としては理想的だね。……お、冷たい妖精がブラックコーヒー飲んじゃった。あはは、目飛び出そうなくらい驚いてる」

 

 後で美鈴さんがおこぼれに預かるのだろうご馳走には手をつけずに、ゆっくりと空のグラスを片手に歩いてまわる。

 ちょっと、喉が乾いているけれど、自分が欲しいものがちょっと分からないのだ。ワインにウィスキー、探せば芋焼酎だってあったし、美味しそうなただの水もたっぷり置いていあるのだけれど、イマイチ手が伸びていかない。

 まあ、致命的ではないことだし、子供じみた妖精たちの中で餓鬼っぽく振舞っていようかと思う。ランランと、スキップでもしながら。

 

「でも、可愛いライオンさんに見つめられているのが、ちょっと気にはなるかなあ……」

 

 牙の鋭すぎるライオンさんは、妖精の中に隠れていた。

 でも、その獅子が持っているのは子猫の目。狙いを定めているのではなく、窺っているというのが精々というところ。

 そんな、好奇心よりも怯えが強く出ている視線の元が、どこにあるかは分かっている。

 沢山の妖精達に溢れたこの部屋に【誰もいなくなった場所】があれば、それはとても目立つものだ。

 魔法がどれだけ見事でも、冷静になって使わなければ活用しきれないのは仕方のないところ。彼女は経験が浅いのだ。

 

「んーと。よし、そこだねっ!」

「あ。わわっ!」

「フランドールちゃん、みっけ」

「うー、だれもいないよ!」

 

 色々な部分を使って見つけてばっと振りかえってみれば、そこにはテーブルの奥からひょっこりと顔を出しているフランドールの姿があった。面白がって、私は近くに寄って指をさす。

 私に見られたことに気付いた彼女は、驚きに羽を持ち上げて、直ぐ様隠れてしまった。

 でも、コツを掴んでしまった私にはその姿が丸見えで、隠しきれていない七色の宝石がちらちらと目に入ってくるのが中々楽しい。

 

 しかし、どうやら力いっぱいに飛びついていくこと以外の接し方を学んでくれたみたいだ。好奇心にびくついている、今の様態の方がとっても好ましい。

 求めるあまりに大好きなものを食いちぎってしまうのは、とても悲しいことなのだから。彼女が私みたいになって欲しいとは、思わない。

 

「こら。私の大切な妹を虐めちゃ駄目よ」

「レミリアさん、こんばんは。今夜はこんな楽しい会を開いてくれてありがとう」

「どういたしまして。……ああもう、フランが逃げちゃったじゃない。フランは繊細なんだから、あんまり雑に扱っちゃだめなのよ」

「あはは。私、嫌われ方しか知らないの。傷つけちゃったらごめんなさいで、お終い」

「はぁ……お子様ね。全く」

 

 そうこうしている内に、家主が近くに寄っていた。薄い胸の張りっぷりが見事なレミリアさんだ。

 もっとも、彼女の来訪ために怖がり屋の子猫さんは逃げ出してしまったけれど、それは私のせいにされた。

 分かっているくせして人のせいにする辺りレミリアさんは小悪魔的だけれど、それに乗ってあげる私は餓鬼らしく振る舞えているだろうか。少し不安だ。

 

「手を、出しなさい」

「また?」

「何かあったの?」

「ううん。こっちのことだよ。はい、どうぞ」

「それならいいわね。はい、握手」

「え、くぁああ?」

 

 そうして、大人なレミリアさんが求めてきたのはシェイクハンド。

 そのあまりの力強さに私の頭は縦に揺れた。唐突に、くらくらと気持よく。

 

「これで、フランの代わりに仲直り完了ね。貴女、これからもあの子と仲良くしてやってちょうだい」

「くぁ…………うん!」

 

 ああ、とっても妹思いなお姉ちゃんがここに居た。私は許されている。それを理解するのに、少し時間がかかった。

 

「あはは」

 

 どこまでがポーズなのか分からないけれども、それでも二人に通った絆が私には眩しく思えて、自ずと目尻は下がって口の端は上がっていた。

 少し卑屈な笑みは、誰を嗤ったものだったか、相変わらず自分でもよく分からなかった。

 

「あら、そういえば杯が乾いたままじゃない。ワインでも注ぎなさいよ」

「うーん……お神酒には米酒が一番と思ってしまうのは、わがままかな?」

「わがままね。妖怪ごときが、私にそんな勝手を言うのは駄目に決まっているじゃない」

「吸血鬼なら構わないの?」

「勝手が許されるのは私だからよ。そこら辺の有象無象に負ける程度の誇りなんて持っていないわ。第一、私が神なんかに屈するはずがない」

「あはは。確かに折れるべきは私だね。きっと濁酒の方が口に丁度合うのだろう私だけれど、まあ呑んでみたかったし、洋酒も一口くらいならいいかな」

 

 そして、グラスの中に洋酒がなみなみと注がれていく。正直なところ、妹様と戯れる前よりも、私は内心困っていた。

 下戸の私にとって、遠慮ないこの量はとんでもない難題なのだ。しかし、ゲストが歓杯を断るわけにもいかないだろう。意地悪く、口元だけで笑むレミリアさんが憎らしい。

 

「それじゃあ、乾杯。末永くよろしく」

「はい……乾杯!」

 

 杯はキンっという高い音を立てた。今にも溢れそうな中身を押さえるように、私は顔を傾けグラスに口を付ける。

 でも、一口をあわてずに、ゆっくりとしか進めない。紅色のワインは、想像していたよりも渋い味がした。

 私は十分に紅色を嚥下してから、一つレミリアさんに質問をする。

 

「末永く、か。それが運命なの?」

「ええ。貴女も随分と長生きをするはずよ」

「そっか……」

 

 運命とは、確かなものではないだろう。でも、居場所を得た私を幻視するレミリアさんの言葉を、無視することはできない。

 それは甘い甘い、悪魔の言葉。まるで砂糖で煮詰めたクランベリーのように、甘酸っぱい罠。

 

 どこかに私の席があるのなら、無理に戦う必要は、もうないのかもしれない。

 私も、もっと遊んでもいいのだろうか。でも、居心地良くないまま私は座っていられない。

 もう少し、ゆっくりとでも私は動いていたいと思う。

 

「くぁ……目が回る」

 

 ワインに入っているアルコールも大した量ではないだろうに、安定していない私は小さい口が一杯になるだけ呑んだくらいで、酔いが回って不明になる。

 杯に残ったもう一口を無理に体に流し込むことで私は酩酊して、喉の奥から突き上げてくる言葉と思いを濁した。

 

 

 

「…………ふっ、頼りないヤツ」

 

 最後に映っていたのは、酷く優しげな誰かの笑顔。その目を開いて閉じて、もう一度開ければ私は夢の中にあった。

 

 終始境界はぼやけたままで。

 ひょっとしたら私は、フランドールと手を繋ぐ夢も、見ていたのかもしれない。

 

 

 

 

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