ゆっくり大妖怪   作:茶蕎麦

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第二十二話 黒と白の優しさ

 

 

 

「もぐもぐ」

 

 後にルーミアと名付けられる少女が誕生の最初に行ったことは、捕食だった。悲鳴こそが、その産まれを寿ぐための祝い。そして、そんな呪いのような生こそ、妖怪のものである。

 

「ふうん。この人、お母さんだったんだ……」

 

 生まれたての妖怪は、食べることで、知をその頭に頂くことになる。

 さて、人食い妖怪として想像されて、闇から生まれた少女は被害者、つまるところ母親を食むことで己が成り立ちを識って、どう思ったのだろう。

 

「ふふ」

 

 生まれたてに人のように泣き叫ぶようなことはなく、ただ口元は歪んだ。そう、彼女の内に湧いたそれはきっと喜びだったのだ。

 

「私を生んでくれてありがとう、人間。美味しかったよ」

 

 死と生は、あまりに甘美。魔なるものには特にそう。舌を口内に這わせながら、母を名残惜しむ。

 往々にして母の味とは、彼女の血肉。それが乳であるか鮮血であるかどうかが、人と妖怪の違いなのだろう。

 そして、少女はあの時あの日の味に近いものを求め続ける。

 

 自らの生を、知るために。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 世界は、もとより闇である。神が点けず、炎も亡ければこの世はずっと、暗闇の中にあっただろう。

 その場合には生命が生まれる余地などなく、魑魅魍魎すら凍えてあり得なくなるくらいの寒さが全てを覆っていたに違いない。

 ゼロの闇に原初、そして終わりを想うのは当然。

 なればこそ、そんな全てに対する死の予感を感じさせる暗黒を操る者こそ、恐怖である。

 

「いくよー」

 

 幻想が、平な現に爪を立てる。柔らかな子供の声色に応じて、闇が世界を覆っていく。

 光一切通ることの出来ない、漆黒。そんな中、果たして熱の侵入を許して中の者の生存を容れていることこそ不思議だった。

 

「くぁっ!」

 

 その他一切合切を否定することはなくとも、ただ光だけは求めることがない。生き物が持つにしては奇々怪々なその能力を受けながら、水仙庵の少女は辺りの暗がりにやたらめったら弾幕を打ち込む。

 しかし、その全てが暗闇に消えていく。撃ったのは美しき光弾だった。だが、幾ら輝くそれらであってもルーミアの力の前では一様に昏い。

 水仙庵が無力さに怖気だったその時、何処かから声が聞こえた。

 

「痛っ、やったなー」

「そこっ!」

 

 ルーミアの操る闇は、視界と光を奪いはしても、動作に力、生を否定しない。そのため四方八方に飛翔した水仙庵の鱗弾は確かに届いて、同じく闇に盲いていた闇の主に届いたのである。

 声を聞き、その方角に一様に弾幕を向かわせる水仙庵。しかし、闇には漣一つ起きることはない。ただ、無音に自分の攻撃が外れたことを知る。

 

「昏い……いやだなあ」

 

 一帯の如法暗夜は完全に真昼を消し去った。盲人同然の感に、水仙庵は怯える。

 ああ、これは足りずに、受け容れがたい。乗り越えられるのはきっと素晴らしい者なのだろうが、自分なぞには無理であることは自明である。そう、未だ子供の大妖怪は思う。

 美醜全てを無意味に帰して、それこそ弾幕ごっこの粋を失くしてしまう、ルーミアの闇。

 なるほど一面ボスの筈である。もっとスケールが増していたら、シューティングを否定する可能性すらあっただろう。そう、メタなことまで想って、少女は首を振る。

 

「そんな、昔の考察なんて、どうでもいい。私はこの世に生きているのだから」

 

 過去の自分の悪癖投げ捨てて、今一度水仙庵は前を向く。そうして今ここに居るルーミアの行動を考える。

 力を感じて避けた。ならば、その攻撃が来た先を、闇に慣れた者ならある程度は判る。聞こえてくるのは舌なめずりの幻聴。

 今は弾幕ごっこの最中。怖がっている暇などなく、動かねば。それこそ打ち込んだ光弾の如くに綺麗に回避していかなければならないだろう。

 

「ああ、逃げては駄目よね。私はそもそも、対するものだった」

 

 だが、敢えてその場に留まって、少女は創造する。

 原初は深淵たる闇と混沌だとして、それだけでは物語は始まらないのだ。暗中模索なんて、危険で仕方ない。今は動くに足りないのだ。ならば、どうするべきか。照らすべきだ。

 だが、ただの光なんて、呑み込まれる。すると、明るくするには何処まで昇華しなければならないのだろう。

 

「ふふ。そんなの、天上に光るくらいに決っているわね」

 

 そう、目指すは陽光。それに、足らずとも美しいものを直接目にした覚えに感じ、少女は素直に笑う。

 魔女が丹精込めて創り上げた星屑の輝きは真似され、天照らす光へと昇華する。

 掌大の力を次第に輝かせ、そして元カミサマは、号令を取った。

 

「――――光、あれ!」

「わあっ!」

 

 ルーミアの周りにて開放された力任せに夥しいほど大量に用意されていた妖弾すらもかき消える。それは、闇に馴染んだ少女に対する目眩まし。神綺たる光は、一重に闇を払っていった。

 世界は再び綺麗になった。目を瞑ったルーミアはそれを知れないが。

 

「今ねっ」

 

 だがその神々しい輝きを知っていた発生者たる水仙庵の、行動は早い。次は、博麗の弾幕を真似て、組み合わせたその両手の隙間から発していく。

 それは封印の色を塗られた弾。当たる度に、術式が恐ろしいリボンの欠けを補填していく。

 そしてルーミアは次第に、水仙庵の一部を食む前、元の大人しげに戻っていった。それにホッとしたものを感じながら、真昼を思い出した妖怪少女は慌てる宵闇妖怪少女のその様子に疑問を持つ。

 

「わー」

「どうして、私に向かって手を広げているの?」

「何も持っていないから安心してね、のポーズに見える?」

「……私を愛して欲しい、っていう風に見える」

「そうなのかー」

 

 それは、想いが吐いて出た言葉。それは誰にだって理解できた。

 眼の前にまで近寄った、暗がりの彼女にとっては尚更に。伏せられた瞳に、つまらなそうにすぼめられた唇。彼女は彼女を可愛いと、思う。

 

「なら、愛してあげる」

「あ……」

 

 ルーミアは、そのまま少女を襲うように、抱きしめた。

 水仙庵は、震える。

 

 そして、光と闇は一つになった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 水仙庵は、カミサマだった。それは外の世界には存在しないものだ。

 だがここ幻想郷においては、神の存在は目の前にあるからこそ、明白である。しかし、それがどんなに近くにあろうとも、その位置に届かないこともまた間違いないのだろう。

 人と神には奇跡的なまでの力の違いが存在した。

 神は奇跡を起こす。奇跡が軌跡となって、そこに想像の余地が生まれる。そう、人が受け止めて見られるのは奇跡くらいなのである。

 分り易い神などいない。奇跡を起こす神童ですら、生きている限り人の範囲から抜け出すことはないくらいなのだから。

 

 そんなこんなをあり得ないと思索を止めればたちまち彼女らが見えなくなってしまうのは、人間の観測の限界から外れているがため。感覚質の共有が現段階では不可能である今、神秘体験の全てはオカルトでありその【程度】のものでしかない。

 魑魅魍魎にいと高き柱ですら実存から離れた形而上学的存在であり、だからこそ信仰や恐れを失えば彼らは亡骸すら無く消え得るのである。

 

 メメント・モリ。必ず訪れる死を想え。人に倣って上手い人生を望んでばかりの外の人間と、死が身近で先を知らない今を楽しむ幻想郷の人間はやはり大きく違っている。

 

「でも、私はそんな人達だって受け容れ難いもの」

 

 そして、そんな幻想に生きてすら居ないただの人が、もし何の先触れもなく想像することすら不自由な、それほど異なる神に触れてしまえたとするならば、どうなるか。それは少女の狂気的な捕食が示している。

 想像するだけの能力を持った彼は異界を思索したばかりに、食まれた。そう、触れてしまえば、人間にとってはカミサマだってバケモノと変わらなかったのだ。

 今や穢によって、全を知り、全ての能力を大きなその身に納める筈であった、そんなカミサマはただの妖怪少女に落ち込んでいる。

 

「あああ」

 

 零落したこのカミサマが何を考え感じているのか、もしくは感じ取れていないのか、そんなことはきっと蓋を開けてもわからないことだ。

 人が一様に同じ色を見ているのかどうかすら、頭蓋から脳を切り出して比較しても分からないような、そのくらいの学の堆積でこの世は測られている。

 脳に頼り生きるものは、あり得ないを思えずに。だから、少女を理解し得たのはそんなものなど必要としない幻想郷の彼女達ばかりなのだろう。食べた熱量で生を知る、そんな原始的な存在は、抱擁にて伝熱を試みた。

 

「水仙庵は、寂しいんだね」

「……うん」

 

 また、震える。

 哲学的ゾンビどころか、彼女は実体を持たないまま一千年前頃にどうしてだか意識を持ってしまい、そのために存在しないものが出来ることなどないというのに、否応なく外界を感じ取れることに苦しみ抜いて狂っていった。

 そうして、今回あり得ないはずなのに実在として触れえた特殊な人間を媒体としてしまったことで、少女は生まれたばかりである。

 

 

 だから、少女は温もりを欲していたのだ。

 

 

「私の温もり、美味しかった?」

「……うん」

 

 そうして、少女と少女は熱を交換し、擦り合わせる。額を合わせて、対照的なお互いを認めあった。

 微笑みが、風のようにそよぐ。ルーミアの喉が僅かに上下するのを、水仙庵は感じたが、黙っていた。

 

「これから、どうする?」

「食べ、ようかな」

「ふふ。そうなのかー」

 

 食べるものと、食べないもの。その違いはあまりに大きいものだったのかもしれない。つまるところそれは、生きようとするもの、死のうとするもの。

 だがそれでも、未だに生きているのであれば、通じ合える。生きることは、醜くても素晴らしい。曲がりに曲がって、それは伝わった。

 そう、結局水仙庵は、生の温かさに耐えきれなかったのだ。

 

 光溢れる空の下、妖怪は溢れられない。おどろおどろしさを好むルーミアは、輝きを背にする水仙庵から手を離した。

 

「ん」

 

 そして、光湛えた彼女の瞳に安心を覚えながらも、未だ震える少女のために、啄んで口元の幼さを奪う。

 赤子を安心させるための口吸いは、どうにも互いの幼さから、耽美な様子にはならない。口元を拭ってから、ルーミアは言う。

 

「それじゃあ、お別れだね」

「うん、別れてくるね」

 

 そして、二人は背を向け合う。

 離別には、互いに意外にも後ろ髪を引かれることはなかった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 水仙庵はそこを目指すためにと再び浮かぶ。空は青く澄み渡るのが綺麗ではなくとも、それでも晴天の美しさといったらない。

 眩くて目を細めた彼女に、妖精が周囲を舞う。

 穢れ、醸し出す溢れんばかりの生死が執着弱まり薄れた今、お仲間かと小さな彼女らは勘違いして集ってきたのだ。

 舞い起きるは五色の妖力。漂うだけで美しいそれらは、楽しげに遊んだ。思わず、新たな美しさに水仙庵は微笑む。

 

「これを、私は台無しにした……睨まれる訳だったね」

「顧みている良き様子。なるほど貴女も噂ほど、邪悪ではないようですね」

 

 そこに、頷きながら、非番の閻魔が現れる。途端に錯誤した辺りの多色は散って、白黒ばかりがそこに残った。突然の邪魔に、水仙庵は睨む。

 しかし、返ってくるのは涼し気満足気な表情ばかり。これには毒そのものだった彼女も、毒気を抜かれた。

 文句が出るのまでは、止められなかったが。

 

「何? 以前判っていながら私に一度も【眼を合わせてくれなかった】奴が今更どうしたというの?」

「天網恢恢疎にして漏らさず。しかし、未だ生まれ得ぬものに罪はなく、ならば裁き(私)なんて必要ありませんでした」

「それは……でも、私は今ここに居るよ」

「生まれることさえなければ、穢れることも死ぬこともなかったのですよ? 貴女ならそれも分かっているでしょう」

「でも、生きなければ欲しいものが手に入らないでしょ? そのくらいは言われなくても分かっているわ」

 

 我欲を知るばかりのカミサマから、今は欲するただの妖怪。その変遷を目の前で見つめて、四季映姫・ヤマザナドゥは嘆きを表す。

 そして、その大げささに、水仙庵は怒りを覚えるのだ。

 

「ああ。それは、誰の手も届かない高みにあって、全てを見下ろす曖昧模糊。貴女が擬人化されてしまったのは、とても残念でなりません」

「ふん。私だって、思ってもみなかったよ。知恵の実を頂いちゃったモノを食べて、追放された物の怪の楽園に生まれるなんてね」

「それを非とする心があるようで、安心しました」

「……ああ、所詮元は静物だね。だから、全てに情状酌量の余地があることに気付けないんだ。混じり合えない堅物さんは、コレだから」

「確かに人でなしの私が人の気持ちを理解するのは無理なのでしょうが……しかし閻魔といっても私はただ結果を述べるだけの役割を渡されているだけに過ぎません。定められた審判を口にするだけなら、何も出来なかったものにも出来るものです」

 

 とつとつと、映姫は事実を口にする。そこには暖かな情感の世界はない。唯一つ、人を良くするための機能があった。

 閻魔少女の隣で、風に吹かれた赤と白が揺れる。

 

「或いは……閻魔というものは、業は己によって量られるものであると、それを生前に知らせるための象徴として意識に在り続けることこそが重要なのかもしれません。だから人心分からぬ木石であった私が代行しても構わないのでしょうね」

「ならば、貴女の口が今も動いているのはどうして?」

「それは、それでもこの世が白黒分けられるものだと語るためでしょう」

 

 白黒つけられてはたまらない。良いモノになんて、別になりたくもないのだ。映姫の言葉が説教として他人に半分も通らないのも当たり前のこと。悪心含めて心だろうに。水仙庵はそう、思う。

 そして、映姫が浄玻璃の鏡を見たのは何時だろう、私は良くも悪くも変わっているのだと、少女は考えたかった。

 

「私の行いを余すことなく知れるからといって、貴女は私の良心じゃない。所詮は、私の悪心を愛せない他人。全く、地獄行きの切符だって、私のものだというのに」

「はぁ、ただの甘えを悪心と呼ぶのは止めなさい。貴女が大事にしてしまっているのは、叩かれて成長する余地です。いくら目先の痛みが嫌でも地獄の痛みを知るまで放置するようなものではないと、私は思いますが」

 

 彼女はまるで、縦真っ二つにするだけの裁断機。白いだけ黒いだけにされてはたまらないだろう。逃げたくなってしまう人の気持ちが、水仙庵には判る。

 青空で、映姫の紺碧の瞳には曇り一つも見当たらなかった。

 

「なんで貴女はこうも、疎ましがられるために喋ってくるの?」

「私は確かに他人ですが、しかし勝手に知っておいて示すのを止める先人になんてなりたくはないのですよ。非番とはいえ、道具を手放して一言で助けることが出来るものを救えなくなってしまうのは気持ちの悪いことですから」

「真面目、なんだね」

 

 そして、ずっと裁断しようとする。白と黒とに、分けて。そんなの、子供にはごめんなのだった。

 水仙庵は妖怪なのに、黒を嫌う。黒く己が分けられる、そんな事態を嫌って、久しぶりに嗤った。自嘲し、己を歪める。

 

「でも、私に貴女の能力は意味を成すことは出来ないよ。――――白黒二色で表す混沌もあるのだから」

 

 それは、水仙庵の少女が持つ本当の力。その手に起こるは、陰陽玉。その図案こそ、世界に等しい。そして、彼女とも同じ。

 苛立ち、怒った彼女の力の発し様、表情の強張りに、映姫は圧される。

 だが、別段現れたのは、闘うためではないのだろうと自分を正してから、溜息を吐いた。

 

「はぁ……確かに、私は少し硬すぎる。仕事の延長で説教をするより前に、私は貴女に言いたいと思ったことがあったのに」

「なあに?」

「幾らなるべきカタチを捨ててしまったことに納得いかなくても……それでも、貴女が元気なようで、良かったです」

 

 それは、空の母体を見ていて思っていたこと。変遷し、幾ら間違ったとしても、誕生を祝福してあげたいという純粋な気持ち。

 閻魔としては正しくはなくても、ただ一人の少女として、映姫は水仙庵にそれを伝えた。

 

「生まれてきて、良かったですね」

「ありがとう」

 

 真っ直ぐに、思いは届く。

 ぽろりぽろりと、滴が二粒落ちて空に消える。感傷は、雨にはならずとも、それでも心に綺麗な虹を掛けた。

 

 この世に対する険は少し、失くなる。そして、涙を拭って前を向き。

 

 少女はまた一つ、綺麗になった。

 

 

 

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