「ゆ!」
「ああ、そうだね……ここだ」
翌日のこと。早々にゆっくり霊夢と共にそろりと出歩いて、そして少女はそこにたどり着いた。
それは外の世界と幻想郷の境界すら揺らいでいる不安。そして、水仙庵という花が根付くべき場所だった。
白色い水仙が一輪、そこで揺れている。
自己愛に浸る花が、私の元へ帰ってきてと誰かを想う。それは酷く矛盾したことである。
しかし、その【誰か】が【私】であったとするならば、その花はそこに存在することが出来るだろう。
白い花は少女の足元(幻想)で揺れている。なら、失った私を想う黄色い花は向こう側(現)に在るに違いない。
つまり、そこには全てがあったのだ。二重であればあり得ないだって受け容れられる。混沌の少女は一人、落ちつく不安定へとたどり着く。
「そっか、私の家はここなのかあ。あはは……じゃあ、私の記憶を基に、形を作り上げないとね」
少女の居場所はここにあるべきだった。そして、土壌が整っているのなら、花は根を下ろすことも簡単である。
水仙庵は元より無理ある形だった。ならば、はっきりと形ある世界を歪めて狂わせなければ、新たに創生することは出来ない。
毒も美しさもある少女の全ては混沌であり、また混沌は全ての始まりでもあった。
材料だけは揃っている。そして、その形は少女の中に記録されていた。
境界の向こうへとあったその庵は、きっと今はもう朽ち果てていることだろう。
しかし、端から少女に同じものは創り出せないのだから、どうあろうと関係はない。
端っこから造り続ければ、掌大の創造であっても大きな形になる。それを少女は実践した。
やがて出来たのが、一つの庵である。一人の妖怪と、一つの饅頭であれば十分に暮らせるだろう、彼の家の似姿だった。
「よし、出来た」
「ゆっ!」
ひと仕事を終えてから、胸元のゆっくり霊夢をぽとり。
お饅頭さんは、眼前大いに存在感をひけらかす新築に目を輝かせる。
しかし、お行儀よく、彼女は玄関前で尻込みをしていた。そこに、水仙庵の少女は声をかけた。
「あはは、お利口さん。でも、もうちょっと我がままでもいいんだよ? 一番に入ること、許してあげる」
「ゆ~!」
ゆっくり霊夢は脱兎のごとくに、跳ねて綺麗な家へと入っていく。玄関扉をどう開けたのか、手も足も出ない筈なのに、それは不思議だ。
しかし、そんなあり得ないに悩む不可思議なんて、存在しない。
もっと有り得てはいけないだろう、妖怪に堕ちたカミサマは、空に向けて微笑んだ。
綺麗に、愛らしく。そこにもう、拒絶の意は存在しない。
「よし、と。うん、もう貴女も這入って来ていいよ」
「それでは、少しお邪魔しますわ」
やがて空は区切られ否定される。そして切れ目に見事なラッピング施されて。
隙間から当たり前のように、八雲紫が這入ってきた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
美くしき大妖が現れたところで、驚きなどこの場にはない。だからこそ、悲鳴ではなく沈黙が、辺りに広がる。
周囲の小動物の騒々をすら聞き取りながらも、落ち着いて一輪の花を遊ばせながら、水仙庵は口を開いた。
「ねえ、口調がころころ変わる人って、ここには多いの?」
「人には立場というものがありますもの。餓鬼を叱るのも、客をもてなすのも、母の役目であるように」
「なるほど。お母さん面をしに来たんだね」
頷き、少女は紫の微笑みを見上げる。
それは、何時もの勿体ぶったものではない。慈愛を秘めた、まるきり母親同然の代物。
判られてしまったことを、彼女は察した。
少女は、思わず振り返り、自分が創った庵を見回す。新築したばかりの建物は不自然と旧びている。庭はいつの間にか苔むしていて、知らず白と黄色の花弁が増えていた。
そんな全てが、経年によってこの世界に容れられたようで、すこし彼女は嬉しかった。しかし、こうも思うのだ。
――――ここは、誰が為の箱庭か。彼のためには、ならなかった。
それが、水仙庵という妖怪少女には、少し悲しい。
「今度こそ、調べ終わったの?」
「ええ。つい先ほどに、調査は終わりました。ほら――――これが貴女の忘れ物でしょう?」
「あ……」
音もなく、一つの人形が紫の手の平の中から現れた。
以前少女のポケットの中にあったものよりも精緻に仕上がっているそれは、元を知っている者を見入らせてしまうほどには、よく出来た代物である。
「それとも、もう人形遊びは卒業したのかしら?」
そこにあったは、少年の似姿。そう、少女の内に秘めた世界も境界の妖怪にとっては仕切られていないと同じようなもの。
水仙庵の少女の心象風景は切り開かれて、隠れていた傷が顕になった。
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原初にあったのは混沌ではなく、隙間である。そして、何もかもがあったその間隙が生まれるためにもがいた様が、混沌だった。
だから、混沌の少女が彼女に容れられてしまうのも、当然至極のことだったのかもしれない。
八雲紫は要らなくなった人の形を消し、当たり前のように、水仙庵の心に開いた隙間に向けて、語りかける。
「殺人なんて、人外の非常識では当たり前のこと。糧に同情すれば、食べづらくて仕方ありませんものね。人を食いものにするのは、我々(恐怖)の特権であり制約。――――しかしそれを禁忌する常識を、貴女は強く持ちすぎている」
金の瞳が、二色を見定めていく。結局、少女の体は名どころか心の底すら表していたのだろう。そう、幾ら憎たらしくしようがどうしようが彼女は華だった。
二色の水仙こそ、少女の結論だったのだ。
白水仙と黄水仙。それぞれの花言葉は「神秘」と「私の元へ帰って」。
「……本当は貴女は恐怖ではなく、畏れられるものでもなく、ただ愛されたかっただけの子供だったのでしょうね」
「そう、私は水仙庵創撚(すいせんあんつくりよ)。こんなカタチが欲しくて座を捨てた子供……いや赤ん坊かな」
「ならば、あやすのも、年長の嗜みね」
「くぁ」
しかし一つも哀などなく、ただ愛だけをもって、紫は言う。そして、紫ははじめて、水仙庵に触れる。
彼女は、穢すら枯れきった萎れ花の少女を愛おしそうに、撫でてあげた。
「貴女は殊更悲観していますが……もっとも、神や妖怪、そして人間と獣。全ての境界は誰が弄らなくとも薄いものです。だから、変わらないでいるということは、ありえない」
「そうだね……」
「故に、私が認めます。貴女はここに、あっていい」
「くぁ……嬉しいな」
にんまりと、少女は微笑む。そこに、もともと大層なものであった痕跡はどこにもない。
ただの女の子が、愛を喜び笑っているのだ。そのことに微笑んで、紫はその自然の前に当たり前を告げる。
「まあ、でも私が貴方を認めること、それは必然だったのかもしれませんわね」
「うん。隙間だけだと何もないし、混沌のままだと形にならない。だから、全てを定める境界が必要なんだね」
「その通り。……それで、ここ幻想郷にて定まったことを、貴女はどう考えているのかしら?」
「ここは、最前線のゴミ捨て場。敬愛すべき功労者の集い。そこに混じれた浪漫を、私はきっと忘れない」
小さな胸元に手を置いて、少女は呟く。
老いはただ要らないと捨てられるべきものか。クシャクシャになった古紙の価値を見出す数寄者が居ないとは言わせない。
そして、少女は全てに価値を見出すべきカミサマ(第三者)だったのだから、それは当然のことだったのだろう。
創撚(余計なもの)は、幻想郷を愛する。そのことに満足をしてから、ふと口から吐いて出たようにして、紫は更に言葉を操った。
「ああ、そういえば。カミなのにヒトを模造した貴女。そして、楽園の巫女を模造して創られたあの子。不格好ですけど、しかしこの二者は揃わなければならなかったということは分かっていますよね?」
「あの子は遊びで偶然出来たんだよ?」
「いいえ、あれは運命に似た必然でした。酩酊によって顕れた無意識は、自分の役割を忘れてなどいなかった。――――だから、ゆっくりのカタチは霊夢でなければならなかったのでしょう?」
「……くぁ。やっぱり、バレてたのかー」
阿呆のフリをしていたばかりの子供は、しかし大人に見透かされる。
創撚とゆっくり霊夢。その二つの関係性はカミは巫女に寿がれるという、その当たり前が自ずと形になったものだと、そういうことを。
そして、境界の少女はその先までを告げる。
「やがて、貴女の巫女は、貴女のための世界で幣を振るのでしょうね」
「そうだね。不出来な私が生み出したあの子は未熟だけれど、いずれは私が創り出す世界の要になるのだろうね。それはどうしようもないこと。私が望むものは小さくても、元であれカミたる私の運命は世界を生むという一点に集約されるものだから」
「そう――――貴女の【混沌から創造する程度の能力】では、生み出すことは出来ても死んだものを再現することは、とても出来ませんものね」
「そこまで、バレてたんだ」
創撚は空を見た。嫌に、晴れた空だった。
そこに、自分の胸元の空虚を覚える。しかし、それは自愛によって直ぐに塞がった。
それはそうだろう、何せこの身は好きを食んで生きだした身体。もう、無闇に傷つかせることはないのだと、彼女は知っているのだから。
「生まれた私は直ぐに、死ぬべきだと思っていたのだけれどね……」
「昔話で言うならそれはシレノスが送った知恵とやら、でしょうか。なるほど外の世界の毒は神を犯すほどに、強かったみたいですわね」
「ああ、この考えにそんな大層な名前がついてたんだ。まあ当たり前だよね、少し考えれば誰でも考えつくことだし」
「いいえ、当たり前ではありません。寓話の言葉遊びを素直に受け取れるのは子供だけ。そして自殺志願者の子供など、この幻想郷では妖怪の餌にしか成りえないでしょう。そして貴女は創りだすもの。だから【それ】は所詮、一時の迷いに過なかったのです」
「そうだね、私は彼のことが好きな私を殺せなかった…………でも、紫さんはもう一度過ったら、私を止めてくれるの?」
「いいえ、私は貴女のその気のなさを楽しみに来ただけですわ。勝手に止まるものにかける言葉なんて一つきり。まあ――――これからも大いに、悩みなさい」
「……うん!」
水仙庵の声は高く響く。
心が通じたことがむず痒くってはにかんで。やがて少女達は、笑った。
――――――――――――――――――――――――――――――――
風一つ。その合間目を瞑っただけで、また私は一人になった。
途端に広がるのは静寂。きっと、ゆっくり霊夢は庵の中で、遊び疲れて眠っている。
だから、呟くのも私ただ一人。懺悔を行うのも訊くのも、私ただ一人の筈だった。
「彼はいい人、だったのだろうね」
私が食べた彼は、好かれる性分。分け隔てない人物として、知られていたのだ。
特にいうと古きものを振り返る才に長けた人物だった。妖怪という言葉に飛びついてしまうくらいに、彼は信じられていないものを認めて喜ぶ性分があったのだ。
だからこそ、私を認めてしまったのは、残念なことだったのだろう。
「声が小さすぎて聞こえないの。消費しすぎちゃった、みたい。投影するための欠片も、残ってない」
もう、一体全体過去は不明。あのひとの姿なんて、思い出せない。
それでも、それでも好きだったから。
「ごめんなさい」
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。生まれてしまってごめんなさい。
でも、私は生きたかったのです。恋も、愛も知りませんでした。貴方を失ってから、気づいたのです。
生きていなかった私に食欲なんてものはなく、ただ愛欲ばかりで貴方を食べてしまいました。ごめんなさい、ごめんなさい。
貴方を食べるために生まれた私は、欲に全てを忘れた無知でした。ただ取り込むための混沌では、奪った命に対して、ゆっくり消化するくらいしか出来ることはないというのに。
しかし、私は貴方を取り戻せないなんて、認めたくありませんでした。だから投影して、創造して、でも貴方は隣にいません。そんな、取り返しの付かないことをしてしまった私を私は許せない。
せめて償いになるくらいに、死を辛くしたかった。そのために、何もなかった私は好き勝手に縁を求めて彷徨い、そうして何かを得ました。
でも、それが思ったよりも重かった。愛おしかったのです。
ごめんなさい。この言葉も、これで最後にします。貴方がくれた幸せが嬉しくって、もう謝ることなんて出来なくなってしまったのです。もう、後悔なんて、ありえませんでした。
たとえゆっくりであっても、私は生きていたいのですから。
「ありがとう……」
欠片に向かって、私は感謝する。付け足す言葉を、最後に残して。
お腹に残っていたから今まで言わなくていいかと思っていたけれど、今言わなければきっとけじめはつかないだろう。
もう、どこにも彼は居ないのだ。私が――――消化し尽くしてしまったのだから。
だから、言わないと。辛いけど、最期には言わないと。
「……ごちそうさまでした」
ぽろりと、一滴が足元の花を打つ。しかし、それだけ。
私はそれ以上振り向くことを許されなかった。
「ゆっ!」
最愛の、ゆっくり霊夢の声で。
「くぁ……どうしたの?」
私は充分に過去を見て、だから前を向くのだった。
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泣く子は育つ。そして今、少女は涙を流して成長していた。
奪い失うことで、少女は生まれた。奪ってしまったのだから、水仙の少女は生きなければならない。
そう、自己愛だけは、一途に途切れることははないのだから。
残酷なまでに、末永くゆっくりと少女は生きたそうな。
――――その花はずっと、幻想の地にて咲いている。そしてその傍らには、祈るものがいた。
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Arcadiaさんでの投稿のはじまりから十年かかってしまいましたが、完結しましたー!
最後まで読んでくださった方々、どうもありがとうございます!