友を訪ねに行きましょう。   作:HIGU.V

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プロローグ終わり。


起-2

「あ、モモンガさんこの前はありがとうございました」

 

「いえいえ、くけこさしすさんのドヴェルグルは装備枠が特殊ですから」

 

「どこぞのカオスシェイプもかくやという外見ですからね」

 

「タブラさんもお世話になりました。でもあなたに言われたくないです」

 

 

 

場所は地下深く。毒沼に囲まれた巨大な霊廟の奥底で、骸骨と蛸の頭部をもつヒトガタと胴体らしきものに頭が1つと左右非対称に羽や手足が幾つも生えたバケモノの3柱が顔を合わせている。

世界を混沌に陥れるための秘密結社の会合かと思えるその姿は、実の所先日踏破したダンジョンでのお礼の話である。

 

ここはナザリック地下大墳墓。全10階層からなる広大な地下建造物は大墳墓という言葉を連想させない程に豪華かつ緻密なつくりをされている。ここはその中でも生活空間をモチーフとして作られた第8階層であり、41人いるギルドメンバーの拠点である。

 

これより上は後を絶たない侵入者を防ぐためのダンジョンであり、様々なギミックの罠と莫大な労力と手間をかけて制作されたNPCが守る領域であるが、ここは一流ホテルと見間違うような豪華絢爛という言葉が陳腐に感じるほどの場所だ。

 

 

「例の杖の素材集めという目標があるのに、私のわがままに突き合わせてしまう申し訳ありません」

 

「いえいえ、どうせあの日いたメンバーじゃ前衛が足りませんでしたし」

 

「この3人にペロロンチーノさんとぷにっと萌えさんと弐式炎雷でしたからね」

 

「弐式炎雷さんが走りまわるのを見学する我々とデスナイトの図は「しゅーる」でしたね」

 

 

そんな和気藹々と、ある程度の実力が付き、熟練者として自身の質を高める段階まで習熟したプレイヤーとともに、くけこさしすがいるのは、単に彼がこのギルド────アインズ・ウール・ゴウンのメンバーであるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このギルドに入って一番楽しかったこと。それはたぶん仲間との冒険に尽きるだろうと自分は思う。

 

あの日、異形種プレイヤーをPKする異形種狩りのいるであろう場所に向かった時に自分が見たのは『異形種に狩られる異形種狩り達』の姿だったのは今でも鮮明に覚えている。

 

銀色の聖騎士がピンク色の肉棒としか思えないスライムに取りつかれている人間を切り捨て、骸骨と蛸と悪魔が魔法を放ち、バードマンが弓で矢を降らせる。

まさに怪物たちによる人間の蹂躙劇。今までの自分の姑息で卑劣な戦い方とは一味も二味も違う、本物のファンタジーゲームの姿に非常に心を奪われたものだ。

 

そして、そんな高ぶる心を抑えきれずに、反射的に乱入してしまったのだ。もちろん異形種狩り達に今までの仕返しがてら、精神支配をかけて同士討ちを始めさせて煽った時は、先ほどの感動とは別のそれが駆け巡って来たものだ。

 

 

そして何よりも、それを今の仲間であり、その場にいたウルべルドさんとタブラさんに気に入られ、新進気鋭の異形種のみのPKギルド『アインズ・ウール・ゴウン』に入る事になったのだから。

 

絶対に忘れる事の出来ない大切な思い出だったと自分でも強く思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加入した時、まだたっち・みーさんはワールド・チャンピオンではなかったし、モモンガさんもただのエルダー・リッチだった。ナザリック地下大墳墓なんて、所有どころか攻略のめどなんて立っていない。だが異形種故のペナルティ上、一部町に入れない為にきちんとした拠点は存在していた。

 

MAPが広大であり、ランダムに転移するトラップなどで未だに新たなフィールドが発見されるこのゲームでは、初心者向けの低レベルのフィールド以外では、ダンジョンを攻略し所有することができるのだ。

 

ユグドラシルでは攻略されていないダンジョンが比喩表現ではなく星の数ほどある。それも夜空を見上げて星が見えた100年前基準での話だ。

 

そして先に述べた通り、まだ攻略されていないダンジョンの一部はプレイヤーが占拠することができる。維持費としてゲーム内通貨などを請求されるために、基本的には大規模なギルドで所持するという事が多いのだが、こじんまりとした洞窟や塔などを個人で持っているプレイヤーもいる。

 

やろうと思えばフィールドを所有し通行料などをせしめる事もできる。都市を丸々所有して運営している猛者もいるが、MAPが広いので迂回も余裕であるし、それどころか力で突破や攻略されるのが常であるので変わり者以外やっていないが。

 

 

まぁともかく、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は現在勢力拡大中という時期であり、異形種でPKに理解があり、プレイヤーマナーがお世辞にも良いとは言えない態度でのロールプレイをしていた私は、23人中21人の賛成を受けて目出度く所属ギルドを得たのである。

 

 

招待して来た友人が行方をくらまし、頼れる『師』『先達』がいなかった自分は多くの知識を得る事が出来た。なにせユグドラシルは情報に価値を持たせたゲームであり、wikiなんて作ろうとするプレイヤーはむしろ変わり者であった。良さげな情報は大体ガセであったり、玉石混交が基本なこのゲームは遊び方指南などがゲーム雑誌で組まれても、公式から明かされる情報がちょろっと出るくらいであった。

 

何が言いたいかと言うと、試行錯誤を楽しむゲームなのだ。その試行錯誤を楽しむための工夫は多くされており、その過程で生まれた歪みを修復する課金アイテムがあるというビジネスモデルであった。

 

 

そして仲間になったギルメンに自分のステータスを見てもらってまず言われたのが

 

────これはひどい、人への殺意以外見えない

 

────ランダム形成されたキャラですか?

 

────妖精炒めに妖精ライス大盛り、あと妖精汁と妖精の和え物もお願いね。って感じですね。

 

────人間属絶対許さない妖精

 

 

という散々なものであった。

 

社会人であり、金を使う趣味も当時はなかったために、課金に抵抗はなかったが、もうこのまま『対人メタ』を貫き通すと決めた。

 

もちろんギルメンには、ご迷惑をおかけしますが、そう言ったロールプレイで行きたいです。と了承を貰った後に決定した。その位のマナーはある。全員が侍やりたいっていうようなギルドじゃ成立しないのだ。傭兵ギルドか何かか? となってしまう。

 

決めた後はとりすぎてしまったレベルを少しばかり調整した程度で、結局最終的な種族はドヴェルグルのままであった。だが見た目が洗練されてより混沌と化した。

 

ついでにノリで擬態用の外装を購入して、無個性な汎用妖精(中身は人間絶対狂わせる)というロールもしたが、こっちは最後まで使う事はなかった。なにせ外装が導入されたのは、ヴァルキュリアの失墜のアプデ以降だったので、その頃には一人で外を出歩くことなどまれであり、ナザリック内部を汎用妖精が歩いてても、警戒を緩めてくれるような存在(しんにゅうしゃ)はいなかったからである。

 

ともかく、自分の方向性を変えないで受け入れてくれる仲間と共に行動をしていくユグドラシルは最高に楽しい時期であった。

 

自分から見れば熟練のギルメンでさえも、知らないことは多くあった。そんな未知との遭遇にギルメン達で年柄にも無くはしゃぎまわったし、逆に大打撃を受けて半壊に陥ったりもした。

 

 

私が100Lvで一先ず店売りの武器はもういらないなとなった時と大体同じころ、41人態勢になってナザリックを手に入れた。難攻不落と呼ばれたアンデットモンスターたちの巣窟も、バステに強い異形種が多いアインズ・ウール・ゴウンの力を集結させれば攻略する事ができたのだ。

人間や亞人だと周囲の地形などから恩恵も少ない故に、ナザリックは実入りが少ないとされていたが、我々からすれば最高の城になった。これで思う存分やりたいようなロールプレイができるとみんなで喜んだものだ。

 

 

50人にも満たない人数で、さらにガチビルドのプレイヤーも少ない。そんなアインズ・ウール・ゴウンが躍進できたのは、社会人故の金の暴力もあるが、メンバー全員が楽しんでいたことと、楽しむ努力を忘れなかったことがきっと大きかったと思う。

 

廊下に置く照明の位置1つを決めるのに1時間も会議して、それでもギスギスした雰囲気にならずに、どんどんわき道にそれていってギルドの内装が決まっていった事は笑い話だ。なにせ最初に決まったのは玉座の間の位置なんかではなく、大図書館に置く本のガワに書くネタタイトルだったのだから。

 

 

たっちさんとウルベルトさんはしょっちゅう喧嘩していたが、それは決して憎み合っていたからではなかった。ワールドチャンピオンになったたっちさんへ引き抜きの話が来た時にだって、ウルベルトさんはいつもと変わりなく喧嘩してたけれど、たっちさんが怒って引き抜きに同意したらどうするんだなんて誰も思わなかったくらいだ。まぁ、オフ会で幼馴染で美人な奥さんの写真を自慢して来たたっちさんへは、ウルベルトさん関係なくみんな本気で制裁を加えに行ったけれども。

 

ペロロンチーノさんは最初こちらのことを少し苦手としていたようだった。なんでも『カーストで言うと正反対』『くけこさんはたっちさん側』とのことだったが、誤解が解けてからは非常に仲良くなれたと思う。一緒にクエストをこなしたりして、サキュバスや吸血鬼などの自分の苦手な敵を倒してくれたりするいい人だった。時々何を言っているか分からなかったけれど。

 

タブラさんの神話や伝承などの話は非常に興味深かった。失礼だが曾祖父と趣味が近いですねと言ったら、むしろ喜ばれた。本当に対面でTRPGをやるのが普通だった世代の方と話が合うのならば光栄なことだと。ついでにその曾祖父の影響でアメリカで発祥したカードゲームを少しかじっていたことがある。と一言いった日には多次元世界の背景とやらについて2時間語られてしまった。

 

モモンガさんは真面目で素直な方だった。どうしても苦労してそうだなーとか幸が薄い人だなぁと思ってしまう局面が多かったけれど。ボーナスを溶かしてガチャを回していた時なんかは特に。それでも皆で和気藹々している空間で楽しそうに死を支配する魔法使いをしていたと思う。ただあのドッペルゲンガーの設定を見た時は、心の中でうわぁと思ってしまったことは墓まで持っていくつもりだ。

 

ぶくぶく茶釜さんはキャラの第一印象がピンクの肉棒であり、職業が成人向けのゲームで濡れ場がある様な作品に声を当てているなどで、個人的に少し距離を置いていたが、自分の人生に最も大きな影響を与えた人物だと今にしては思う。夢を叶える為に何をすべきかを一番理解していた人だったと個人的には思う。

 

ヘロヘロさんや、るし★ふぁーさん、ホワイトプリムさんもリアルで自分の夢を叶えている人達だった。それを表現する場の一つとしてユグドラシルを選んでいた。AIにゴーレムに衣服と方向性は違ってもクリエイターとして良く3人で熱く語っていて非常にうらやましく思ったものだ。

 

 

そんな個性的すぎるギルメンと、貴重資源の鉱山を占拠したり、喧嘩を売ってきたギルドを誘い受けでナザリックで迎撃した後こっちから一転攻勢して壊滅させたり、ワールドアイテムの取り合いしているところに横入りして強奪したりと、最高に愉快なプレイをしていた。輝かしい日々は今でも思い出す。

 

 

これはきっと自分だけではなく、他のギルメン全員が共有している思いであろう。

言葉に出さなくてもそんな雰囲気はあった。いやある。これだけは今でも変わりなくあるであろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ、有休をとったり、家庭環境を悪化させたりしながらでもみんなで遊んでいたのだ。1500人ものプレイヤーを迎撃したのだ。あの杖の為に0.1%ドロップの素材を集めたのだ。息をするように課金してガチャを回したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこそあの頃の、アインズ・ウール・ゴウンの転換期。全盛期を少し過ぎ情勢が落ち着いたころの祭りが終わってしまったかのような時期はセピア色の記憶だが鮮明に覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっかけは何だったのであろうか。人間関係が少しこじれてしまったことかもしれないし、大規模な侵入者が来なくなってしまったからかもしれない。

繰り返されるアプデに ついて行くことに疲れを感じたのかもしれない。戦力の増強のためにかかるコストとリターンの小ささを考えてしまったのかもしれない。

そんな事は全く関係のないリアルの事情かも知れない。

 

ともかく今となっては知る由もないが、少しずつ夜の一番ログインが重なる時間に見かける人が少なくなってきた。前までは5班にわけて維持費や素材を稼ぐローテーションが4班に成り、3班になっていった。

 

誰も言葉にはしなかったが少しずつ、空気が沈んでいったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

そして自分はちょうどその頃、魔がさした。

いや言い方が悪い、熱病にまた侵されたというのが正しいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? くけこさん仕事辞めたんですか?」

 

「ええ、まぁ。色々と思う所がありまして」

 

 

 

自分語りなどこれ以上は不要であろうから単刀直入に言うならば、自分は学生の頃大ばか者で、音楽で食べていくと本気で思っていた。

だが、この時代音楽に触れる機会は自ら望まないとそう多くない。大気汚染が深刻化し、地下や室内での移動が基本となり、人工心肺が無ければ外に出られなくなった現代においてストリートミュージシャンという言葉は深刻な土地不足から廃れて久しい。

 

ならばネットはと思っても受動的な消費者はすぐに新たな刺激を求めていき、一部のメジャーなアーティストを除いて、2月で消える一発屋程度しかいなかった。

ニッチ層に絞れば熱心なファンに支えられている者もいたが、自分のやりたいのは150年前で言う所のロックスターだ。メジャーで最新音楽の最先端で、自らムーブメントを起こしていく。そんな無謀な若者らしい夢を持った青年であった。

 

結局直ぐに現実に当たり、潔く就職してユグドラシルと出会ったが、当時の自分はひょんなことからチャンスが回ってきてしまったのだ。消し忘れた昔の自作の曲を聴いて、アポイントメントを取って来た事務所からデビューの誘いがあった。

 

 

逆説的な話になるが、音楽を諦めるのがもっと遅く、社会人になってしばらくずるずるとやっていたのならば、この年になってその話を受ける事はなかったであろう。

 

だが、一度すっぱりやめて、ユグドラシルに出会って、己のクリエーターとして作品を表現している人達と出会ってしまったことが、夢を追いかける素晴らしさを間近で見てしまったことが、背中を押したのだ。

 

ユグドラシルにも音楽の才能を表現する方法はある。吟遊詩人(バード)などの職業で少し特化させて、課金アイテムを使うとスキルの一部を自作の音源にできたりするのだ。もちろんR-18や公序良俗に反したり反社会的なものはアウトだが。

 

ギルメンに黙ってこっそりと、ナザリック内のBGMを自作の曲にすり替えたりもしたりしていたし(今思うとばれていたようだが)サウンドエフェクトのフレーズをいじったりもしていたが、それだけでは満足できなくなってしまった。

 

 

ギルメン大好きなモモンガさんには絶対に言えないが、渡りに船であったのだ。

 

 

そして丁度その年に会社との契約更新の年度だったことが最後の決め手だった。ユグドラシル以外に金の使い道はなく、貯金はそれなりに有ったし、結婚している兄と姉もいるので親の心配は存在しない。

神のお告げ、いやむしろ悪魔のささやきを受けているかのようなタイミングであった。

 

 

「実は自分、ミュージシャンになりたかったんです」

 

「ああ、くけこさんはサウンドエフェクトとか拘ってましたもんね」

 

「はい、今後はレッスン付けの生活になると思います」

 

「それじゃあインする時間も減ってしまいますね……残念です」

 

 

悲しいのスタンプを出してくるモモンガさん。

しかし、彼には悪いが自分はもう決めているのだ。先方の話だと今の時代にこそ旧時代のスター的存在が欲しいそうだ。自分はもう若くない為に最初からそこまでの冒険はさせないらしいが、この時代にあえてライブを主体にした音楽活動をしてもらうとのことだ。

しかも地方を中心に活動していき、将来的には作曲家として未来のスーパースターの一助となってほしいとのことだ。

あまりにも話が美味しすぎると疑ったが、それだけ惚れ込んでもらったらしく、1千人も部下がいる役職者が我が家まで訪ねてきたのだから嘘ではないのであろう。理由はわからないのだが。

 

だからこそこちらも本気で向き合おうと思ったのだ。

 

「いえ、本気で音楽活動をしていこうと思うので、申し訳ないのですが引退しようと思います」

 

「……そう、ですか……」

 

「虫の良い話で申し訳ありません」

 

「いえ……ですが、キャラの削除は許しませんよ。くけこさんは永久にアインズ・ウール・ゴウンの一員なのですから」

 

「ありが……Wenn es meines Gottes Wille!! 」

 

「ちょ、ちょっとくけこさん、最後位それは辞めてください!」

 

 

 

こんな人の好いギルマスを残していくのは非常に心残りであるのだが、それでも自分の決めた道であるがゆえに。

もしこのユグドラシルがリアルだったならば、この化け物のような外見でも歌を歌いながら旅をするのも良かったかもしれない。

 

だが、これはあくまでゲームであり、現実ではない。口は動かないし肉声で歌ってもデータ化されたものが相手に届いているだけだ。

 

 

だから自分はユグドラシルを捨てて、リアルを選んだのだ。

 

 

 

「いつか自分がスターになったならば、ギルメン全員を招待したシークレットライブでもやりますよ」

 

「楽しみにしてますよ……いつでも戻ってきてくださって構いませんから」

 

 

それが『混沌妖精ドヴェルグルのくけこさしす』と『死の支配者オーバーロードのモモンガ』の最後の会話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、長々と自分語りをしてしまったがこの後どうなったかも聞いてほしい。

 

仕事もユグドラシルも辞めた自分は気が狂ったかのように音楽に打ち込んだ。睡眠食事排泄。外に出るならば入浴もだが。それ以外の時間は全てを音楽に心血を注いだと言っても、一切の過言が無い生活だった。

 

そして努力は実を結んだ。しかし私の育てた努力の種は樹木ではなく草だった。茎が太くなり幹に成ることはなかった。

 

最高のバックアップがあった。努力もした。運にも恵まれた。しかしその結果、自分が手に入れたのはあれだけこうは成るまいと決めた、一発屋に過ぎなかったのだ。

 

 

それでも未だに食いしのげる程度に収入があるだけ自分は恵まれているのであろう。自分より後に彗星のように現れてそのまま消えていき、消息すら知らない後輩を何人も見ていると本当にそう思う。

 

現実ではレベリングも次のLVに必要な経験値もない。適正な狩場なんてないしリスポンできるホームもない。この位の戦力があれば努力と準備があればOKというマージンもない。

 

自分が生き残れたのは歌うだけではなく、曲を作ることができるのと、ダイブインターフェイスを用いた快適な音楽視聴に関して少しばかりの知識があったからに過ぎない。

 

不安定な仕事について何年もたち、かつての仲間たちや家族との連絡も取らなくなり、ふと自分が何のために生きているのかわからなくなってきた。こんな紛い物の様な命でも生き抜く必要があるからであろうか?

 

虚しさが胸に飛来する。無くした物が何だったかすらわからない故に取り戻すこともできないであろう。

 

 

「今度の曲はそんな感じのテーマにでもするかね」

 

 

冗談めかしながらインターフェイスを起動する。来ている仕事を確認するためだ。今日もまた生きていくために音楽を利用する自分に若干の嫌気が走るが、日に日に薄れていく感覚だ。気にすることはないであろう。

 

沈んだ気持ちでメッセージを確認すると懐かしい単語の件名があった。

 

 

 

「ユグドラシル……サービス終了するのか」

 

 

輝かしい思い出が、より虚しさを大きくしていく。メッセージの送信元はユグドラシルを運営するゲーム会社だった。キャラクターを登録している人に対してサービス終了のお知らせかと思い開封すれば、書かれていたのは予想を裏切り、終了記念お別れライブへの参加依頼であった。

 

昔ユグドラシルのテーマソングに勝手に歌詞をつけてアレンジまでして、個人で公開したことがある。それはファンの間で受けてしまい、匿名で出していたその曲は公式に捕捉されてしまったのだ。

悪ノリに定評のある運営は、公認してしまいサウンドトラックにプロの歌声と共にカバーされることになった。

 

 

自分がプロになってから、ぽろっと業界関係者にあれは自分だとこぼした話だが、まさか運営側に捕捉されているとは。

謎に包まれているユグドラシルが、実は未知の惑星を神である運営が開拓させているゲームなのではないか?

と実しやかにささやかれているが、そんな冗談を信じる程ガキではないのだ。

 

ワールドアイテムをつかってギルドごとまるまる潰してほしいと運営にお願いしたら、そのギルドの知人とリアルで連絡が取れなくなったなんて都市伝説におびえるミーハーでもないのだから。

 

 

ともかく、話としてはこちらでキャラクターを用意するので、作曲者としてホームタウンの特設会場で歌ってほしいとのことだ。報酬額を見るとかなり割の良い仕事だ。しかも音源は録音で良く、歌の前のインタビューと懐かしのユグドラシルを振り返るの映像を見てコメントする仕事がメインと言うくらいだ。一も二もなく了承の連絡を入れると詳しい日時が帰ってくる。

 

 

どうせ基本的に暇なので問題はないとスケジュールに書き込んでみると、これまた懐かしい名前からメッセージが届いた。

 

 

それはかつてのギルド長モモンガさんからだった。

 

 

「タイミングが悪いなぁ……」

 

 

内容は、最終日に皆さんでサービス終了まで語り明かしませんか? というものだ。人柄の良い彼らしい丁寧な文面であるが、今の自分に行く資格があるであろうか?

 

まだ一時的放置勢が増えた程度のタイミングで、一番最初に実質引退した自分こそが、伝説のギルドアインズ・ウール・ゴウンの終わりの始まりを招いたのではないかと思う時がある。

 

最もたった今入った予定故にどちらにしてもキャンセルになってしまうのだが。

 

前日やかなり早い段階で顔を見せるというのもありだが、どうにもためらってしまう。希望的観測だが、きっと暖かく迎え入れてくれる気はする。嫌味の一つくらいは言われるだろうが。

だが風のうわさであのあとひと騒動あったと聞くと、自分が引き金とは言わなくとも、ドミノの1枚目になってしまったような感覚が二の足を踏んでいるのだ。

 

 

今回は縁が無かった。そう自分に言い聞かせてメッセージを閉じて録音ソフトと音声編集ソフトを起動させるのが、今の自分の精一杯であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えたユグドラシル最後の日。

指定されたパスを使って何ら変哲の無い、人間の吟遊詩人Lv1のキャラクターでログインして、少しばかりの打ち合わせを行って、イベントに臨んだ。

 

つつがなくテーマソングのアレンジを歌(う振りをしておしま)い。コメントも適当に流し、随分仕様が変わったなぁと内心感心して。最後のプログラムであるカウントダウンに参加し、3、2、1、まで大声を張り上げる周囲を少し冷めた目で見つめて自動ログアウトに身を任せ画面が暗転したと思ったら。

 

 

 

 

自分が立っていたのは、月明かりに照らされた牧歌的な草原だったのだから。

 

 

 

 

 

 




頑張って作ったキャラではなく、クソ雑魚人間で異世界入りです。

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