友を訪ねに行きましょう。   作:HIGU.V

4 / 11
承-2

酒場。きっと人間が文明を構築する際に、能動的に作ろうとしては出なく、自然発生のようにできてしまうであろう場だと個人的には思っている。

アルコールというよりワインを神の血になぞらえる宗教だってあるのだから、そして集団で酒を飲むことは、どのような文化でも楽しい事だとされている。過ぎるといけないから禁止されてしまう事もあるが、持論ではそうだ。

 

 

自分はまさにファンタジー世界というような……とまではないが、草原が牧歌的な風景に代わり畑をさらに突き進んだ先に有った、石畳すら引いていない小さな村にたどり着いた。

そして、そこの決して大きなとはいえないが、賑やかな酒場で酒を飲んでいる。

 

これが異世界体験の一環として楽しげなきっかけでならよかったのだが、残念ながら違う。これは自棄酒である。

 

 

 

 

 

お世辞にも美味しいとは言えない温い麦酒を飲みながら振り返るとはここまでの経緯だ。どうでもいいことなのだが、ホップとかあるのであろうか? この世界に?

 

 

 

 

 

 

 

まず川をさかのぼっていくこと5時間。もちろん時計はステータス画面に表示された時刻を参考にした。途中何度も休み、結局川の水を我慢できずに飲んでしまったが、その副目的で少しでも気休めに上流に上っていったのだ。その分傾斜が上がっていくきつい道程になることを失念していたわけではない。決してだ。

 

ともかく5時間歩くことで人によって踏みしめられたのか、草があまり生えない土が見える道と川が重なった場所に着いたのだ。そこからしばし────といっても1時間は歩いたが────進むと畑が広がる風景に出会い、町が見えてきたのである。

 

この時点で自分のテンションは最悪と言ってよいものであった。なにせ、疲労感が信じられない程なのだ。靴は履いているが、どうにもサイズがあっていないのか、靴づれでひどく痛い。ユグドラシルの初期装備ならば足にぴったりと言うか、基本的に適正装備ならば、体ぴったりフィットしたので、このギャップはひどかった。

そして疲労感そのものも、自分がどうにも元々の自分よりも体力はあるが、精神的には何ら変わっていないことに気づかされた。単純に今の外見が20歳ほどの青年という理由だけが、現実の自分の体より体力がある原因なのならば、まさに一般的な人間の身体能力なのであろう。

 

 

 

町に入ると人々の会話が聞こえてくる。この時初めて、異世界だということを自覚した。なにせどう見ても日本人には縁もゆかりもないという外見の連中が、平気で日本語に聞こえる言葉を話しているのだ。口の動きと言っている事がバラバラなので、翻訳されているのであろう。都合のよい事だが、有難い。

 

町は後から知ったことだが、この国基準だと比較的規模が大きいものらしい。名前に村ではなく街でもなく、町とつくのがその理由だそうだ。3000人以上の人が暮らすこの町は第一次産業以外の施設も存在している事と、交通の丁度良い中間地点であるために、冒険者や商人などが通過し一晩を過ごすこともあるということで発展したとかなんとやら。

 

 

ともかくへとへとになった自分はまず、この世界の情報を探ろうと、旅をしてきたという体で暇総括人のよさそうな若者に話を聞いたのだ。町の中心の通りで靴磨きを副業でしている青年は快くこちらの質問に答えてくれた。全く客が来なくて暇をしていたそうだ。

 

分かったことは少なくともここはユグドラシルではないこと、魔法は存在する事、そしてユグドラシルのスタート地点の街近郊から初心者向けのダンジョン程度のモンスター程度しか周辺に存在しないという事だ。

亜種ではない純粋なゴブリンすら脅威になるというのは、ユグドラシルの設定的にあり得ない程の弱さなのだ。もちろん勘違いや誤解などが入り込んでいる可能性はあるが、青年の客層である冒険者は駆け出しを過ぎたあたりが多いが、それでもユグダラシル基準だと10Lv程度の敵を狩っているようなのだ。

 

しかし、同時に自分が本当に弱いただの人間であることを自覚してしまった。それは彼にようやっと客が現れその場を離れようとしたときに気づいたのだ。冒険者と言われる戦闘を生業としているその人間は、少なくとも自分より強そうであり、青年へのお礼にと冒険者の荷物を持とうとしたら、持ち上げるのに精いっぱいだったのだ。なんでも冒険者はポーターを兼任している戦士とのことで────荷物もちの役割があるという意味らしい────これをもって場合によっては走り戦闘しなければいけないらしい。

そして、これでまだ駆け出しよりはまし程度の鉄クラスの冒険者だそうなのだ。入っている物を聞くとユグドラシル的にLv10前後のプレイヤーが狩る敵の素材的なものが多く、自分はその程度の冒険者よりも弱いと結論付けたのだ。

 

肉体どころか精神も疲弊してきた中、何とか別れを告げて、誤魔化しきれなくなった空腹と戦うためにいい匂いを先ほどから発していた、何かの肉を焼いている屋台へと近づいた自分はふと疑問がわき上がって来た。

────通貨は同じなのであろうか?

持っている硬貨は俗にいう新金貨の絵柄の物が3枚。プレイヤーがスタートするとともに持っている額と同じだ。

 

見せびらかして問題があった場合は悔やんでも悔やみきれないと、空腹を無理矢理押さえつけて雑貨屋と思わしき場所と質屋と思わしき場所を回り手持ちの金貨の価値を訪ねてみた。

雑貨屋では、「これは何処の国の硬貨ですか? うちでは使えません」と冷たく言われてしまった。質屋では「交金貨の倍ほどの重さですね、装飾も細かいですが、美術品は専門外ですので同じ重さの金としての取引に成ります」といわれた。

宝石商や美術商は流石にこの町には存在しないとのことであり、背に腹は代えられず1枚をこの世界の主流である銀貨に変えてもらう事にした。手数料も取られたが、手に入った額でこの町の宿なら1月は優に泊まれる額らしいことを何とか知りえる事が出来た。

 

逆に言うとこのままなら、食事なども考えると2月程で町から出る必要が出てきて、そのうち飢え死ぬのである。これを安心と言える人を自分は相当な大物だと思う。仕事を失った状態で気が付いたら言語だけは通じる海外にいて、帰国の手段すらしならない状況で2か月分の生活費しかないのだ。

 

結局屋台に戻って肉を買おうとする気力に成れず、近くにあった賑やかな飲食店────というなの酒場に入って、文字が読めないことにショックを受けつつ隣のテーブルと同じものをと頼んで、ひたすら酒を飲んでいるのだ。

 

 

 

「たっく。なんなんだよーここはよー」

 

口から出るのは不満ばかり、体も心も疲れて限界が近いが、夕方で仕事終わりの人が多い外に出て宿を探す気力が湧き出る事を期待もできない。

自分が別段強い訳ではなく、良くある王道ヒロイックストーリーのようになり上がっていくことも現状では難しいであろう。むしろユグドラシル時代の知識に引っ張られてしまい、思わぬ落とし穴があるかもしれない。かなりユグドラシルと近いこの世界の背景的なものだが、致命的なところで間違いがあった場合待っているのは、己の命で支払う対価だけなのだ。

 

もし自分に仲間がいたならば、こんな気持ちも変わっていたであろう。

もじ自分と共に旅をして、ともに悩む存在がいたならば、きっと楽しく過ごせたであろう。

ユグドラシルというゲームを年年間も本気で楽しむことができたのは。それは最高の仲間たちがいて、最高の馬鹿ができて、最高のゲームだったからだ。

いまこのリアルは最低限の自分のみで、最低な馬鹿は死を招いて、難易度設定すら怪しい最低のゲーム(リアル)だ。まぁ、ユグドラシルもガバガババランスだったところはあったが。

 

 

「でも自分が捨てたし、此処には誰もいないし」

 

 

人間さみしくなって酒を飲んでいる時が一番素直な自分自身が出てくるものだと思う。自分は夢を捨てて、燻っている中打ち込めるものを見つけて、そこで改めて昔の夢と向き合う心を取り戻して、打ち込めるものをすてて、夢破れて捨てたものに最後にすがろうとした身勝手な人間だ。だからこそ、思うのは自分の仲間の事だ。

 

 

「あー。だめだ、死にたくなってきた。ギルドの皆には本当悪いことしたもんな。なんで辞めなきゃいけないなんてあの時は思ったんだろう」

 

 

ゲームをやりながら夢を追いかけるという道もあったはずだ、だけど、あの空白期の様な、全盛期を越えてしまって後は滑空ないし、落ちていくだけだと肌で感じてしまった結果、いい機会だと判断してしまったのは事実であり。

それが直接的な原因ではないであろうが、きっかけの一つとして、モモンガさん以外のギルドのメンバーが引退することになったのは事実だ。

 

 

そう考えているとどんどん悲しくなってきた。自己嫌悪のスパイラルには良く陥るのだが、それを振り切る為の方法を自分は知っている。気分転換をすることだが、この場には気分を紛らわせそうなものはない。賑やかな酒場だが既にかなり長居しているためにこっそり人間観察にも飽きてしまった。食事もすでに満腹で喉を通らない。

やけくそになってさらに酒に逃げようと思ったが、ふと自分がリュートを持っている事を思い出す。背嚢のなかにどうやって入っているのか知らないが、初心者から持てるアイテムBOXは現存している。まぁ何もない所に手を突っ込んで取るよりはずっとましかと取り出す。

傷一つついていないし、自分の愛用している魂すらこもっていると言える相棒達ほどでもない。しかし演奏するだけならば全然問題なくできる。チューニングとかそんなものは一切必要ないのはユグドラシル仕様なのか、このアイテムの特別仕様なのか。

 

軽い力を入れて弦をはじく。帰って来る音色を確かめながら少しずつ旋律を紡ぐ。自分が作った沢山の曲の中、まだ歌詞を載せてもいない未公開のそれをこのリュートにのせる。

口ずさむ詩など、意識せずとも出てくる。むしろありすぎて困る程だ。だが最初に紡ぐべきは独りぼっちの醜い妖精が素晴らしい友達と出会い冒険に出かける。そんなリアルじゃ絶対に受け入れられないような歌。でも自分がきっと歌いたかった詞。

 

ここが公共の場であることも、自分がただの酔っ払いであることも、そんな事も考えずに、自宅で曲を作っている時のように自然体で紡いでいく歌が響き渡った。

 

 

そして、陶酔して目を閉じていたことに演奏を終えると同時に気づいて、手を止めて目を開けると、万雷の拍手と銅貨が降ってきて、初めてここが異世界なんだと納得し腑に落ちていくような感覚となった。

 

気分の上下の激しい異世界2日目はこうして終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナザリックにおいて、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンにおいて、至上の命令は至高の41人と呼ばれる創造主たちの言葉だ。

命令だけではない。まだこのギルドが大きくにぎわっていたころ、無知な自身には理解できないであろう、高度で素晴らしい話をされていたことも、それを聞く栄誉を賜ったモノは一字一句違わず覚えているのだ。

 

此処は玉座の間。偉大なる絶対者。最後まで残って下さった最も慈悲深き、我々を支配してくださる至高の存在。モモンガ様。今は名を改められてこのギルドそのものであり、究極の固有名詞たる『アインズ・ウール・ゴウン』と名のられている無上のお方。

慈悲深くもアインズと略して呼ぶことを許されたお方が立ち去り、このナザリック有数の頭脳を持つ守護者デミウルゴスから、アインズ様の隠れたる野望、いや些細な望みであろう世界征服を共有し、より一層高みの忠誠を誓うと魂と体に刻み付けた後。急ぎの仕事があるもの達が消えて、守護者たちとその同格の存在であるセバスのみが詳細を埋めて意思を統一しようと話あっていた。

 

最も、最初にアインズ様の言葉は絶対であるという前提が存在するために、あくまで儀式として、自分がどういった立場に置いてアインズ様の振るわれる偉大にして愚かな道具の1つに成るかと言う決意表明に近く、自然と話は雑談に近い至高の御方の思い出話にそれていってしまう。

 

やれ外部拠点を作るのならば、ベルリバー様の意匠を尊重するべきか、ウルベルト・アレイン・オードル様のテーマを重視すべきだなどだ。

 

そんな中でふと話にあがった至高の御方の名前がある。

 

 

「時にこのナザリックのギミックの音楽や起動音の殆どを、くけこさしす様がお造りになられたのを君たちは知っているかい?」

 

「いまさら何をいっているのでありんすか? デミウルゴス。そんなものナザリックに属するものならば、自動で召喚されるもの以外周知の事実でありんしてよ」

 

 

突然の問いかけをするデミウルゴスに、若干怪しい廓言葉で返すシャルティア。何を当然なことをと、周囲も同意しつつ顔に出さなくても少しばかり雰囲気は暗くなってしまう。

 

「モモンガ様が最も慈悲深いお方であり、このギルドに存在するもの、至高の御方が作られたもの全てに愛情をもって接してくださる御方だとするのならば……」

 

「くけこさしす様は我々守護者に特に慈悲を与えてくださった方だったわ」

 

 

セバスとアルベドの思いは同じだ。41人もいる至高の御方。その中でも各々が全員に忠誠を誓いつつ、口には出さないが多くが自分を創造してくださった御方が最も優れているとひそかに思っている。

 

「モモンガ様はもっと怖いと思っていたけど、やっぱりお優しい御方だったよ」

 

「そうね、マーレ。でもくけこさしす様は至高の方々の装備が傷つくような激しい冒険や戦いの後でも、よくあたし達たちに演奏を聞かせてくださった」

 

成長ではなく、そうデザインされた強さを持つ彼等に走る由もなかったが、それは吟遊詩人の能力として、スキルではない通常の演奏を行うことで、最初から最後まで聞いてくれた人数とそのレベルにおいて経験値が若干入るためだ。

経験値を消費するようなアイテム、スキルを使用した後は、レベルの高い守護者を相手に演奏をして効率こそ悪いが一人で少しばかりの経験値を補填していただけである。

それが、部下を慰労する上司の鑑に見えている事と、自分の拙いと本人は感じている演奏をきっちりと記憶されている事は彼にとって予想外であったが。

 

 

「ダカラコソくけこさしす様ガ一番最初ニ御隠レニナッタ際ノ衝撃ハ凄マジイモノデアッタ」

 

「そうだ、コキュートス。だが、そのことを嘆く間もなく、至高の御方は次々に御隠れになってしまった。非常に悲しい事だ」

 

 

 

デミウルゴスは半場解っていたが、此処にいる者が共通の認識を持っていると再確認したうえで、再び口を開く。

 

「アインズ様は世界を征服するのとおっしゃった際に色々と呟いてらした。その際に恐らく他の御方がこの世界に来ている事を懸念されていた」

 

「それは本当ですか!?」

 

 

普段はどうにも馬の合わないセバスですら、デミウルゴスの言葉に食いつくほどの衝撃が有った。しかし、彼等にとってそれは歓喜という言葉すら生ぬるい様なものなのだ。

デミウルゴスがギルメンという言葉を、おぼろげながらくけこさしすの独り言から意味を察していたから、ここでこの情報を出すことができたのである。

 

 

「まさか! でも……それなら、あれは……」

 

「君も気が付いていたかい? アルベド」

 

「やっぱり、そういうことねデミウルゴス。だからくけこさしす様が」

 

「どういう事でありんすか?」

 

「ねえちょっと! アルベド、デミウルゴス。あたしたちにもわかるように説明してくれない?」

 

「ソウダ、勿体ブラズニ教エテクレナイカ?」

 

 

突然理解しだしたアルベドに、それ以外の面々は全くついて行けなかった。しかしこれは仕方がないことだ。アルベド、デミウルゴス、そしてもう一人。その3体こそがナザリックの頭脳を担っていると言ってもいいほどに飛びぬけて優秀な思考を有しているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アインズ様が異常事態と宣言されてから、それぞれくけこさしす様のお作りになった歌が流れている場所でその歌を聞いたかい?」

 

「あっ!?」

 

「そうだ!?」

 

「音楽が消えている!」

 

 

くけこさしすは、このナザリックにおいてこっそりと自分が作ったと言わないで、音源を拾ったとバレバレの嘘でいくつかの場所にBGMを設定していた。しかし守護者はその曲を何万回と聞いているので、そこに音楽が流れているのは当然で、つい今まで気づかなかったのである。

いつの間にか奏でられている音楽が消えている事に。

 

 

「ナザリックにおいて、そういったことを管理できるのは玉座の間の玉座に座った者のみ、そうされているが、このナザリックの誰よりも慈悲を持っているアインズ様がわざわざ音楽を消したと考えるのは少々不自然だ。だからこそ誰がそれを行ったのか、このナザリックが一切関知できないような上位者が存在するとは考え難い」

 

「だからこそ、異常事態とほぼ同時にくけこさしす様がお近くか、少なくとも至高の御方が御隠れになっている場所から『こちら側』まで来て、音を止めたということよ」

 

ナザリック最高峰の頭脳2つが導き出した結論は、この場にいた守護者を色めきださせるには十分なものであり、まるで見当違いであり、そして神がかり的に正解を掠めているものだった……

 

 

 

 

 

 




VRMMORPGにBGMがずっとあるかは知りませんが
ON、OFF機能くらいはあるでしょう。
メインテーマもある位ですから BGMもきっとあるでしょうし。
足音のONOFFもあったきがします。朧げですが

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。