えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第十話 師匠

 

 

 

「それで師匠、今日はどこに行くんですか。日帰りだから、県内ですか?」

「国外だな」

「……日帰りだから、県内ですか?」

「情報を得られるチャンスは、一度しか機会がない場合も多い。どのような些細な声でも耳を傾け、間違いのない様に内容を記憶することは、情報の整合性を得るために大切な――」

 

 いやいや、俺は何も間違ったことを言っていないよね? せめて国内だったらわからなくはないけど、どう考えても国外を日帰りはおかしいだろうっ! アジア圏ならいけるかもしれないけど、とんでもなく忙しない旅行になる。何よりも、俺はパスポートとか持っていないぞ。

 

 もうそれなりな歳だから、ちょっとボケているのか。それとも弟子をからかう冗談かと考えていると、説教をやめて溜息を吐かれた。納得のいっていない俺の表情を見て、「顔に出過ぎだ」と注意される。しまった、相手に感情を読み取らせないように気を付けるんだった。師匠は肩を竦めると、口元ににやりと笑みを作った。

 

「まったく、弟子よ。お前が今いる場所はどこだ」

「依頼所の近くにあるカフェです」

「違う、お前が足を突っ込もうとしている場所だ。表の常識にとらわれていたら、足を簡単に掬われるぞ?」

 

 表の常識? 師匠からの言葉に俺は眉根を寄せるが、まずは自分の頭で考えてみることにした。俺が足を突っ込もうとしている場所。話の流れから、おそらく裏の世界のことだろう。表の世界の常識にとらわれているというのは、『日帰りで国外にいくのは難しい』という考え方だろうか。だけど、どんなに頑張っても飛行機に乗っている間の時間や時差はある。普通日帰りで国外に行くなんて、早々ないだろう。

 

「……俺、パスポートなんて持っていませんよ」

「そんなものはいらん」

「いらんって。……まさか、密航ですか?」

「結果的には、そうなるかもしれんな」

「いやいやいや、それ犯ざ――」

 

 待て、そもそもこの俺の思考自体が表の常識にとらわれているってことか。俺は今まで、無断で夜中を出歩き、港の一部をぶっ壊し、他人の話を盗み聞きし、無断乗車しちゃったり、明らかに犯罪行為に触れていることをしている。それに今更、犯罪だからと警察に俺は向かうか? 答えは、否だ。わかった、こういう考え方を改めろってことね。

 

 密航という考えは、当たらずも遠からず。結果的にって師匠の言葉が、まずヒントだろう。飛行機、または船に隠れて乗り込んで国外へ、というのは絶対に不正解だと思う。つまり、表側の考え方じゃ決してたどり着けない、国外へ出る方法があるんじゃないだろうか?

 

 思い出せ、ここは人外魔境のインフレ世界。ドラゴンも神様も魔法も実在するんだぞ。だから、遠い場所に一瞬で移動してしまうような、それこそどこでもドア的な方法だってあるかもって、……あァッ!?

 

 

「まさか、転移魔法か?」

「……お前の知識は時々ちぐはぐだな。しょうもないことを知らない癖に、こちらの世界でも深いことを知っていたりもする」

「あっ、あはははは……」

「まさか答えられるとは思っていなかったが、正解だ。今日はお前に実地体験をさせたかったからな。長年仕事をしてきた、私の伝手の一つを教えてやろう」

「えっ、本当ですか」

 

 思わず呆然と口を開いてしまったが、表情に出過ぎたため、また注意されました。学習しろよ、俺。それにしても、まさか当てずっぽうで言った方法が正解だったとは。だけど、確かに転移魔法は、原作でも当たり前のようにみんな使っていた。俺が関わるのは、そんな超常現象が当然のように行われる世界なのだ。改めて、気を引きしめないとやばいということがわかった。

 

 俺が覚えている原作では、人外関係者はほぼ全員使えていたと思う。人間の魔法使いも、確か使えるやつがいた。悪魔の転移魔法は、それぞれの家で魔方陣が異なっていて、陣を見ただけでどこの家の悪魔が来るのかわかるらしい。魔方陣を見ただけでわかるとか、すごい記憶力だな。そういえば、兵藤一誠は悪魔社会で成り上がるためにこういうことも勉強していた気がする。こんな難しそうなものまで頑張って覚えるのか、ちょっと尊敬しそうになった。

 

「へぇー、そういえば転移魔法って、人間が簡単に使えるんですか?」

「短い距離や市内程度なら、使える者も多いだろう。だが、国を跨ぐほどの長距離は早々使えんよ。魔法使いでも、長距離転移魔法が使えるほどの腕前を持っている者はそう多くない」

「そうなんだ、つまり師匠にはそんな転移魔法が使えるだけの腕前の魔法使いの伝手があるんですね」

「さすがに日本にはいない」

 

 おい、それじゃあ国外に行けないじゃん。転移魔法を使うために国外に行かなくちゃならない、って前提条件が破綻してしまっている。俺への訓練とはわかっているが、わざと答えをくれないことに、頭を掻いてイラつきを紛らわせる。そんな俺の様子を、面白そうに見てくるおっさん。なんだろう、普通に悔しい。

 

「そうだな、ならさらにヒントだ。今から私たちが会いに行くのは、ある魔法使いだ。もちろんそいつ自身は、長距離転移魔法を使えない。しかし、対価を払えば転移魔法を可能にしてくれるのだ」

「対価を払う…」

 

 今、何かひっかかった。魔法使いと対価という二つの言葉に。そうだ、人に対価を求める存在を俺は知っている。ファンタジーな癖に、妙にビジネス的でギブアンドテイクな契約を欲する相手。まさか、これが答えなのか? どうやらまた表情に出ていたらしく、三回目なのでデコピンをいただいてしまった。しかし、どうやら俺の表情から師匠は俺の導き出した答えを察したらしい。

 

「そうだ。最初に言ったんだろう、実地体験だと。ショウ、お前は……本物の悪魔を見たことがあるか?」

 

 それが、答えだった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 まず、この『ハイスクールD×D』に出てくる悪魔とは何か。大雑把にいえば、人間から対価を得て願いを叶える存在だ。人間と同じような見た目を持ち、契約を重んじ、蝙蝠のような羽を持って夜闇を羽ばたく。この世界の悪魔は、ほんにゃくこんにゃく機能という大変便利な能力もある。魔法使いと契約することも仕事の一環としてあり、お話に出てくる「悪魔」という要素が強く出ていると思う。

 

 そんな悪魔たちをまとめ上げている四大魔王と呼ばれる者たちが、彼らの故郷である冥界を治めていた。堕天使領も冥界にあるらしいけど、詳しくはよくわからない。悪魔は悪の存在として討伐の対象になったり、神聖なものに弱いなどの弱点も多く、出生率も低い。昔の大戦で大きく数を減らし、さらに戦争を継続しようとする政府へのクーデターなどが起こったことで、一時期種の存続まで危ぶまれたのだ。今の四大魔王は、クーデターを成功させた新しい王たちということだ。

 

 それらの解決のために生み出されたものが、転生悪魔システム『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』である。悪魔以外の種族を悪魔に転生させるすごい技術で、なんと死んですぐなら死者まで蘇らせられる。死んでしまった主人公を悪魔に転生させることで、この物語は始まるのだ。チェスの駒に例えてそれぞれ能力もあり、レーティングゲームと呼ばれる悪魔の間で競う戦いもあり、質の良い眷属を集めていくのが悪魔たちのステータスにもなっていた。

 

 それだけならふーんだが、問題はこの転生システムが、全部合意の下で行われない可能性があることだ。俺が悪魔を避ける理由の大部分が、この『悪魔の駒』の存在の所為である。悪魔に転生することにメリットがあり、主との合意の下での転生ならいい。しかし中には、無理やり転生させて眷属悪魔にする上級悪魔もいる。特にレーティングゲームのために優秀な駒を欲する者は、優秀な人間――特に神器を宿している者を下僕にしたがるのだ。

 

 良識的な悪魔なら、話し合いや条件を提示してくれたり、諦めてくれる。だけど、そんな悪魔ははっきり言って少ない。だからこそ、テロリストたちにその負の感情を利用され、唆されてしまった者だって数多くいるのだ。やむなく、『はぐれ悪魔』になってしまう者だっている。『悪魔の駒』システムは、正直まだまだ問題がありすぎると思う。使い方次第で、人も悪魔もお互いが傷つくかもしれない代物になるのだから。

 

 

「悪魔の転移魔法による運び屋ですか……」

「変わっているだろう?」

「その、はい。そんな悪魔がいるんですね」

「その悪魔は、中級悪魔らしくてな。転移魔法ぐらいなら簡単に作れるんだ。対価を払うことで、色々なところへ飛ばしてくれるため、裏の人間なら長距離の交通手段として使用されている」

 

 魔法使いと悪魔は大都会から少し離れた場所に住んでいるため、二時間ほどかけて交通手段を用いながら、俺たちは向かっていた。その悪魔は、どうやら冥界ではなく人間界で暮らしている相当な変わり者らしい。契約している魔法使いとどうやら意気投合したようで、ほぼ対等の契約を結んで運び屋をしている。両名とも、変人として有名なのだそうだ。だが、能力は本物であるため、周りもそのあたりは割り切っているみたい。

 

 それにしても、わざわざ人間界に残って運び屋をする悪魔と、そんな悪魔と対等の契約を結んだ魔法使いって、いったいどういう背景があったんだろうな。原作では、自分たちで転移を使用できる悪魔側のストーリーであった。だから、人間の間では有名だったとしても、原作には出てこなくて当然なんだろう。

 

「それで、その変わり者の悪魔と魔法使いは何を対価に要求してくるんですか? 対価って、簡単なものじゃないことが多いですよね」

 

 悪魔じゃなかったけど、どっかの龍王様は、対価に金髪美少女のパンツを要求して、くんかくんかしていた。

 

「金だ。あとはもう一つ対価に払えるものがあるけどな」

「えっ、随分俗物的な…」

「もともとその悪魔と魔法使いが日本の大都市の近くに住んでいるのは、日本でしか手に入らないものがあるためだ。しかし、それを手に入れるには金銭がかかる。故に、それを買うための金銭稼ぎのために、運び屋を始めたのが背景らしい」

「つまり、もう一つの対価っていうのは、彼らが買っているという日本でしか手に入らないものってことですか」

 

 なんだ、それ? 日本文化が気に入っているということだろうか。日本と言えば、お寺とか神社だけど、それなら京都とかの近くに住むだろう。第一、寺なんて対価に渡せない。なら、日本料理か? 天ぷらとか寿司とか、確かに冥界では食べられないかもしれないけど、そこまでお金がかかるとは思えない。

 

 頭を捻りながら考えるが、結局答えは思い浮かばなかった。そんな風におしゃべりをしながら歩いていると、ついにその魔法使いの住んでいる家に辿り着いた。すでに先方には連絡を入れているらしいので、今師匠が背中に背負っている(対価)を渡せば問題はないようだ。

 

「師匠、随分大きな対価なんですね」

「対価の大きさは様々だがな。今回のこれを探すのには骨が折れた」

「情報屋の師匠が骨が折れるって、いったい何が入っているんですか?」

「……なんでも、その悪魔は冥界を治める四大魔王の一人の大ファンらしくてな。その魔王様を崇めていたら、なんと同じ趣味に目覚めてしまったそうだ。そこで同じ趣味だったらしい魔法使いと意気投合し、日本の文化を共に愛でようと契約を結んだらしいな。運び屋としての要求金額はそこそこ高いが、物品が対価ならそれほど金額はかからんのだ」

「えっ? 四大魔王の一人と同じ趣味で、……愛でる日本文化?」

 

 師匠からの説明に、ピシッ、と俺の動きは固まってしまった。だらだらと額から汗が流れ、今の師匠の言葉をもう一回頭の中で反芻する。ものすっごい警告音が、俺の中で止めどなく鳴っている気がした。

 

 一つだけ、心当たりが見つかった。見つかってしまった。確かにあれは、間違いなく日本文化だし、かの四大魔王の一人がめちゃくちゃ嵌まっていた。だけど、ちょっと待ってくれ。俺の想像が正しければ、……それでいいのか、悪魔と魔法使い!? 特に魔法使いっ! 原作では、その魔王様の趣味に怒り狂っていたテロリストだっていたんだよ!?

 

 冥界にいる四大魔王。シスコン魔王様こと、サーゼクス・ルシファー。レーティングゲームの基礎や悪魔の駒を作り出した技術者、アジュカ・ベルゼブブ。冥界の軍師、ファルビウム・アスモデウス。そして、冥界の外交を取り仕切る紅一点、セラフォルー・レヴィアタン。この四人の中で、日本文化を趣味にしている魔王様は、ただ一人しかいない。

 

 そして師匠は、深呼吸をした後、意を決したように扉をノックし、俺が止める間もなくあっさりと扉を開いてしまったのであった。そして、その瞬間。

 

 

 ――世界が、変わった。

 

 

「――――」

 

 ログハウスのような家の中にあったのは、所狭しと並べられた夥しいほどのファングッズの数々。棚の上には、様々な姿で杖を振る数百はいくだろう魔女っ娘フィギュアたち。壁には額縁で飾られた魔法少女のポスターが並び、床には『魔法少女ミルキー』とでかでかと描かれた絨毯が広がっていた。天井では、精巧な飾りの魔法少女の人形が、謎のキラキラエフェクト付きで空をくるくると回っている。

 

 ……異界だ。ここは異界だ。少なくとも、ここだけは人間界ではない。あまりの存在感に、俺は圧倒されるしかなかった。色々な意味で足が竦んで、どうしようもない。俺は別に人の趣味に偏見を持つつもりはない。好きなら好きでいいし、こんなにも自身の趣味を隠さずに晒せるのはすごいと思う。それでも、限度というものはあると思うんだ。俺、間違っているかな?

 

「うおぉぉォォォっ! 相変わらず、ミルキーのアニメは熱いィィィッーーーー!!」

「これは、神シナリオだな。東海林(しょうじ)先生の書く脚本は、やはり素晴らしいものだ」

 

 そんな異界の奥で、大の男が肩を並べて大画面でアニメを鑑賞していた。俺もアニメ自体は知っていたし、「おっ、これが例の魔法少女アニメかー」って意外に面白いと思ったことはある。第二期が始まったのも知っているので、それなりにキャラクターだってわかる。だけど、俺はやはりただの平凡な視聴者でしかなかったのだと、当然のごとく理解することができた。

 

 これが、本物のファンの姿なのか。この熱気や情熱が、童心のようにキラキラと輝く目を持つ悪魔と成人男性に、俺の心は打ちのめされていた。あっ、これには勝てない。もう次元が違うところで、俺はこの二人に勝てる未来が一切思い浮かばなかった。恐るべし、『魔法少女ミルキー』。このアニメに魅了された人は、次元を超えた存在になるジンクスでもあるのだろうか。

 

 

「運び屋よ、この前依頼をお願いした者だ。対価を持ってきたため、長距離転移魔法をお願いしたい」

 

 この超空間でも動じぬ、師匠の言葉と表情筋。これが、プロの姿。師匠がめちゃくちゃカッコよく見える。すごい、師匠は本当に尊敬に値するお方だったのだと改めて感動した。そして師匠はそのまま、背中に背負っていた対価を袋から取り出し、堂々と告げたのであった。

 

「対価だ、受け取れ。――『等身大魔法少女ミルキー人形、きらめく魔法でおしおきよ!(きらっ)』バージョンだァッ!!」

『さぁ、どこに転移したいんだい!? 往復も含めて、どこでも安全第一でお届けしようじゃないかッ!!』

 

 ……おかしいな、今回は裏の世界の実地体験だよな。裏の世界って、こんなのだったっけ? いや、そもそも思い出せ。ここは、あの『おっぱいドラゴン』の世界と同じなんだぞ。

 

 世界最強の夢幻のドラゴン、真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)――グレートレッドが『ずむずむいやーん』なんて言うような世界と同じ次元だ。伝説の二天龍が、乳と尻でカウンセリングを受けるような世界と同一なんだぞ。むしろこれが、この世界の本当の姿なんじゃないのか……?

 

 お、落ち付け、俺の価値観。負けるな、俺の常識。あと、お師匠様。最後の「きらっ」の効果音まで、無駄に力を入れないで下さい!

 

 先ほどまでアニメに釘づけだった二人がそろって依頼を受理し、俺たちは転移魔法を無事に使用できることとなった。何か大事なものを見失ったり、失った気がしたけど、もう気のせいだと思うことにする。こうして、俺はたぶん正統な悪魔と魔法使いとの、ファーストコンタクトに成功したのであった。

 

 


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