えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百話 絆

 

 

 

『魔法少女ミルキー☆カタストロフィー』 ~ スペシャル! ~ 【絆は広がるどこまでも…】

 

 

 

 駒王町という街は、ほどほどに都市開発がされている地方都市であり、緑豊かな自然が残されている場所もいくつかある。駒王町の住民達は、駅の近くにある大型のショッピングモールで暮らしを整え、商店街で店員との素朴な会話を楽しみ、近隣の都市部へと繋がる立地は通勤のしやすさから居を構えるのに適していた。いくつか点在する公園では、子ども達が笑い声をあげ、思い思いに遊ぶ姿が見られるだろう。

 

 そんな好意的な意見は多数あるが、中には少し頭を捻ってしまうようなことも時々ある。例えば、駅前でティッシュじゃなくて魔法陣みたいなものを配る謎のアルバイトがいたり、駒王学園には何故か外国人の留学生が多かったり、教会の牧師やシスターが布教していたり、ちょっと変わった性格や姿の人や生き物を見かけたり、時々摩訶不思議なことが起こったりすることもあった。

 

 それらが合わないと感じた者は静かに街を離れるため、結果的に駒王町に残るのは「まぁ、いっか」とのほほんと考え、利便性の高さ以外は特に目立った街ではないことから、あんまり気にしない者ばかりになる。少なくとも、地域住民はそれが普通だと思っている。大らかになるはずだ。

 

 駒王町は日本の組織と悪魔と教会が契約を交わしたことで、日本に暮らす異能者や異形達の願いを受けて作られた人工的な都市である。閉鎖的な日本の組織としても、現在の世界情勢的に日本とは関係のない全ての異能者や異形を排斥することは不可能だと悟ったのだ。それなら、悪魔や教会側と契約を交わし、日本の組織に干渉させないことを条件に管理を任せよう、と日本の土地のいくつかを一任した過去があった。

 

 その中でも駒王町は街一つという大きな土地故に、悪魔の中でもトップであるバアル家とグレモリー家が共同で管理を請け負い、実績を積んだエクソシスト達が常駐することで均衡を保つことになる。そして、それから長い年月が経ち、この街は異能者や異形達が平和で住みやすい街になるように、様々な手が加えられたのだ。

 

 一般人の前にはなかなか見せられない、出られないような面々が伸び伸びと過ごせるように、一部開けた土地が駒王町には存在している。認識阻害ができる結界が施されているため、そこでなら魔法や陰陽術や異能を使ったり、魔獣を走り回らせたり、妖怪たちが宴会をしたり、異形たちが体育祭をしたりもできた。

 

 さて今回、四十年の歴史を誇りし悪の組織『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』と、悪の組織から魑魅魍魎と称されるような正義の味方『魔法少女と駒王町の愉快な仲間たち』の大決戦は、そんな土地の一つを使って行われている。平和だった土地は、現在世紀末になっていた。

 

 

「ふっ、まさか裏社会の伝説の超能力戦士とされるNINJAと、こうして戦うことになるとは思いませんでしたよ」

「私は確かに、伊賀流忍術の本筋の流れを汲む一族の出ではありますが、何で外国の方のイメージってこう極端なのでしょう…」

「昔、私は陰陽道を知り、日本の古き術に感銘を受けたことで長年修練を積み重ねてきた身。さぁ、NINJAよっ! ONMYOUJIとNINJA、どちらが日本の裏社会を牛耳る者として相応しいのか、決着をつけようではないですかッ!?」

「いや、忍者が日本を裏で牛耳ったことなんてないよ…。あと、日本のことを勉強したのなら、忍者のこともついでに勉強していてくれたら、嬉しかったなぁ…」

 

 褐色の肌に陰陽師の衣装、そして顔面に五芒星を持つ男――ペンタグラム伯爵。名前と見た目通り、純異国民である。彼は日本にある寺や神社に訪れては悪さをし、尽く出禁を喰らった悪の組織の幹部であった。そして、そんな男と対峙するのは忍び装束に身を包む男性――百地丹紋(ももちたんもん)。ものすごく困惑顔だ。そんな陰陽師と忍者という、因縁(?)の対決が始まりを迎えだし。

 

「俺が住むこの平和な街で――、悪さをするとは不逞な輩。俺の皿が怒りに乾く――、わっぱの笑顔を守りし時――、お前の尻子玉に別れを告げな」

「にゃっにゃっにゃっ! 自分が例のラップ河童かいな。関西出身として、芸人は尊敬すべき相手やが……戦場では容赦せぇへんで?」

「フッ、心配は無用。俺の名は、サラマンダー・富田。実家はキュウリ栽培、それを継ぐのに反発して、家を出て孤独なラッパーとなった不良河童さ。ラップを極めるために進んだ修羅の道、甘く見ると痛い目見るぜ」

「なるほど、おめぇも一芸を極めし猛者やったか…。ならワイも、敬意を持って全力で相手をせないかへんな!」

 

 緑色の肌、頭部の皿、鳥のような嘴、亀のような甲羅を背負った男、その正体は正真正銘の河童である。両サイドが尖ったサングラスが特徴的で、駒王町の商店街に流れる『尻子玉マジカルバラード』の作詞兼、作曲家だった。そんな彼と相対するは、大阪タイガースのユニフォームを着たトラの獣人――タイガー監督。彼は悪の組織の幹部として、一人の芸人を愛する関西人として、油断なく拳を構えた。

 

「行くでぇ、サラマンダー・富田っ! 道頓堀クロォォォッー!」

「魅せよう、俺の魂を…。ラッパー殺法、参るッ!」

 

 広がる戦場。猛る闘争。吼える信念。それぞれが胸に宿す思いを籠めて。男たちの熱き戦いが、次々と火花を散らす。人間、異能者、異形、妖怪、同じ街に住んでいながらも、今までバラバラだった者たちの心が一つになる。そしてその波は、閉鎖的だった駒王町で暮らす一族達にも徐々に波及していった。

 

 駒王町に古くから暮らす由緒正しき異能の一族である、安倍家。魔獣使いの家系であり、多くの魔獣を使役することができる一族。また駒王町で除霊を行い、日々一般市民を救っている陰陽師の一族である、加茂(かも)家。最近そこの長女が「あの魔法少女こそ、私のライバルに相応しいわ!」と目をキラキラさせて突撃し、紆余曲折あって幼女軍団の仲間入りをしたらしい。未だにツッコミは増えないようである。

 

 それら有名な一族だけでなく、他にも駒王町四天王の一族や、それなりに名前のある一族なども参戦を表明し、力を合わせだす。それは傍から見れば、奇跡のような光景だろう。そこに血筋や種族の垣根などなく、あるのは街を守りたいという願い。まさに死力を尽くすような全面決戦であった。

 

 男たちの筋肉は膨れ上がり、魔法少女や白いゴリラ(雪女)たちの咆哮が響き渡り、忍者やデュラハンが駆け回り、河童が歌い、それぞれの握った拳がうねりを上げる。駒王町の最前線は、魔物や獣人、悪の組織らしく改造手術を受けて怪人となった戦闘員たちと、野生解放された正義の味方&駒王町の一般人によって、熾烈を極めていたのであった。

 

 

「うぬ、敵もなかなかにあっぱれよ」

「当主様、いかがなさいましょうか」

「今しばらくは待つぞ、高橋よ。まだ膠着状態は続くだろうが、きゃつらが本腰を入れれば、すぐに風は傾く。その時こそ、わし自らが出よう」

 

 角のついた兜を被り、上質なマントを羽織った鋭い眼光を持つ巨躯の男。その男を悠々と乗せて、嘶く黒馬は戦場の空気に興奮気味に鼻を鳴らす。そのいで立ちと雰囲気は、まるで暴力が支配する国の猛者にしか見えない。高橋、と呼ばれた鳥人は、戦場に渦巻く空気に息を呑むが、当主の威風堂々とした姿に頷きを返す。まさに一人世紀末を背負った武人こそ、現安倍家の当主であり、幼女軍団の栗毛部隊総隊長である安倍清芽(あべきよめ)の父だった。

 

 現在、彼の使役する雪女であるステファニーが、雪女の特殊技『雪分身』を使って数を増やしたことで、無数のゴリラがフィールドを支配しているところだ。またステファニーとクリスティの母親であるジョセフィーヌも参戦しており、そちらは冷凍ブレスと冷凍バナナで攻撃を加えている。

 

 二匹のゴリラの活躍で、少しずつこちらは戦場の風向きが変わり出す。駒王町の愉快な仲間たちは勢いをつけ、悪の組織は「なんで街の中にゴリラがいるんだよ!?」と叫びながら応戦する。遠くで「ゴリラの怪人も作っておくべきだったか…」と、首領は駒王町の改造ゴリラ(勘違い)に感心した。しかし、そんな傾き出した戦線を黙って見過ごすつもりはなく、悪の組織もそのベールを脱いだ。

 

 

「ぶっひっひっひっ! 何で街にゴリラが放し飼いされているのかはわからんですが、我が操りしは熱き血潮ぞっ! 喰らえ、筋肉霊長類! 必殺の湯切りスペシャル、『終末の豚流星群(ラスト・ブタメテオ)』!」

 

 白いゴリラが溢れる戦場に、ラーメン屋の恰好をしたブタが現れた。『渦の団』の『四覇将』の一人であるブタの怪人――豚丸骨(げんこつ)大将。彼は目を細めると、自身の身体を高速で回転させ、両手に持つ湯切りざるを手に戦場へ舞い降りる。彼の持つ湯切りざるから高熱の熱湯が弾丸のように降り注ぎ、ステファニーの雪分身達に当たり、次々と消滅させていった。

 

 それに気づき、助太刀しようとジョセフィーヌが向かってきたが、豚丸骨大将はニヤリと笑みを浮かべる。ゴリラVSブタの戦いの火ぶたが、切って落とされる。冷凍ブレスが雪女の口から発射されたと同時に、彼もどこからか一杯のラーメンを取り出した。

 

「ラーメンに大切なのは、燃えるような熱き魂っ! 寒さにこそ、ラーメンの温かさと美味しさが、最も効果を発揮しましょうぞォッ!!」

「ウホッ!?」

 

 彼はラーメンを食べた。ひたすらラーメンを食べた。冷凍ブレスが襲い来る中で、すごい勢いで一心不乱にラーメンを食べ続ける。凍るような冷たさの中、彼の手は一切止まることはなく、むしろその身体から湯気を(ほとばし)らせる。徐々にその湯気は氷や雪を溶かしていき、一匹の豚がラーメンを食べながら冷凍ブレスの中を歩み出した。

 

 敵の行動にジョセフィーヌは驚愕の表情を浮かべ、自分に一歩ずつ近づいてくる敵をなんとか遠ざけようと、さらに勢いよくブレスを向ける。しかし、その歩みを止めることは叶わなかった。

 

「足りぬ。足りぬぞォォッ! この程度の寒さで、我がラーメンの守りを突破できると思うなかれェッ!!」

「ウホ! ウホホッ!?」

 

 そして、ついにその距離は縮まる。雪女は目の前にまで近づかれた豚に向かって、咄嗟に冷凍バナナを振り上げる。ゴリラの腕力と合わせれば、普通に凶器だろう。だが、豚丸骨大将は右手に新たな熱々のラーメンを召喚し、それよりも前に冷凍バナナをスープの中へと突っ込んだ。

 

 ジョセフィーヌは大好物の冷凍バナナをラーメンの熱気で溶かされ、さらに攻撃力の落ちたスープに染みたバナナのなれの果てに、彼女の精神はクリティカルダメージを受ける。強靭な精神力で冷凍バナナを武器に使えた熟練の戦士であったジョセフィーヌでも、そのバナナを失うことに対する喪失感は消すことが出来なかったのだ。

 

「お客様。当店は、一度でもラーメンにバナナ()をつけたら、完食してもらうルールがありましてな」

 

 豚丸骨大将は、染みたバナナ入りのラーメンを振りかぶると、ジョセフィーヌの口の中へ熱々のスープを注ぎ込もうと勢いをつけた。彼女は未だにバナナショックから抜けず呆然自失であり、娘のステファニーは母を助けようと、悲痛な雄たけびをあげる。雪女である彼女たちに、熱々のラーメン(バナナ入り)を食べるさせるという非道な行い。これこそが、悪の組織の幹部の実力であった。

 

 

「やらせないみにょ」

 

 しかしそこに、一陣の風が戦場を駆けた。助けを求める声があるならば、母を救ってと涙を流す娘の笑顔を守るためならば、正義の味方は駆けつける。振りかぶられたラーメンはゴリラの口の中へ入る前に、両手で器をしっかりと受け止めた存在が、自らの口の中へと誘導した。それに、大将の目が驚愕に見開く。

 

「まさか、食べたのかっ……! バナナ入りのラーメンをッ!?」

「……食べ物のお残しはいけないみにょ」

「――!? ぶっひっひっ! さすがは魔法少女! それでこそ、正義の味方ですなぁっ!?」

 

 ショックから動けなくなっていたゴリラの前に立ちはだかったのは、一人の魔法少女であった。急いで走ってきたステファニーは母を抱き上げると、ぺこりと救世主へ頭を下げ、前線をすみやかに退く。

 

 戦場は瞬時に入れ替わる。遠くで戦いの音が響く中、二人の周りだけは静寂に包まれた。トップクラスの実力者が、こうして相まみえたのだから。

 

「改めて名乗ろうぞ、魔法少女よ。我は豚丸骨(げんこつ)大将! 『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』が誇りし、『四覇将(よんはしょう)』の一人ですぞっ!」

「この街の平和を守るため、みんなの笑顔を救うため、助けを呼ぶ声あれば、魔法少女はどこからでも駆けつけるみにょ。まばゆい魔法で凶悪魔人を撲殺しちゃう癒し系! 『ミルキー・イエロー』参上みにょ☆」

 

 豚の怪人はラーメンと湯切りざるを手にポーズを決め、ミルキー・イエローも魔法のステッキを片手に星のエフェクトをキラキラさせながらポーズを決めた。二人の間に突風が起こり、前掛けと黄色のフリルスカートが風に揺れる。ミルキー・イエローは頬についていたスープの汁を指で拭い、マジカルステッキを静かに構えた。

 

 そこへ突如、魔法少女の上空から、巨大な怪鳥が舞い降りてきた。そこには、馬に乗ったまま怪鳥にライドオンした安倍家当主が現れる。彼の馬好きがよくわかる。ちなみに鳥人高橋は、名古屋コーチンで飛べないため置いてきた。

 

「感謝するぞ、魔法少女よ」

「雪女さんたちは、大丈夫みにょ?」

「あぁ、先ほど新しい冷凍バナナを与えておいた。しばらく休ませてやるつもりだ」

 

 今回は相性が悪かった。雪女である彼女たちの特性が通用しないラーメンを操る敵であり、最大の武器にして諸刃の剣でもある冷凍バナナを溶かしてしまうという恐ろしい天敵。バナナとラーメンという、食べ物を力にする両者だからこそ、今回は相性の差が大きく出てしまったのだ。イッセーがいたら、「まずは食べ物で戦うなよ」とツッコんでいたことだろう。

 

「ミルキー・イエロー。こやつの相手はわしに任せてはもらえんか。世界を飛び回る魔物使いとして、ただ引き下がるわけにはいかんでなぁ…」

「当主さん…」

「ぶひっ、ぶっひっひっ。なるほどですな…。それはそれで、こちらも好都合というやつですわっ!」

 

 大将の咆哮と同時に、突如横合いからミルキー・イエローに向かって高エネルギーの波動が撃ち出される。ミルキー・イエローは瞬時に拳に魔法力を纏わせ、己に向かってくるエネルギーに向けて、握りしめた拳を突き出した。

 

「ミルキィィィ・サンダァァァァ・クラッシャャァァァッッーー!!」

 

 雷を纏ったハート模様のラブリーパンチと、全てを飲み込むかのような黒い光線。激しい衝撃が戦場を揺らし、バチバチと力がぶつかり合う。衝突し合った力はお互いに譲らず、魔法少女はそのパワーにじりじりと後退しながらも、暫く拮抗状態が続いた。しかし、ミルキー・イエローが気合いの雄たけびをあげ、魔法力を纏ったマジカルステッキを光線の下から一気に突き上げ、黒いエネルギーを上空へと打ち上げた。

 

 打ち合った拳から白い煙があがり、先ほどの光線によって味方から離されてしまった。孤立したことを瞬時に悟ったミルキー・イエローは、冷静に拳を構え、先ほどの技を放っただろう己の敵を見定める。安倍家当主の姿が遠くに見えるが、あちらも幹部との戦いが始まったようで、ここは一人で切り抜けるしかないと判断する。

 

 そこへ、パチパチパチッ、とこちらに称賛を送るような高らかな拍手が響き渡った。

 

「見事だ、魔法少女よ。さすがは、我が『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』が認めた正義の味方である」

「……悪いヒト達の親玉さんみにょ?」

「いかにも。私が『渦の団』の首領――カイザー・ヴォルテックスだ」

 

 ドラゴンを思わせるデザインの兜を被り、渦のデザインが施されたマントが吹き荒れるオーラに強くはためく。首領の隣には、真っ黒の子犬サイズのシーサーが付き従い、互いの存在を確かめるように見つめ合った。ついに邂逅を果たした、魔法少女と悪の組織の首領。

 

 どちらともなく、ミルキー・イエローは拳を、カイザー・ヴォルテックスは杖を、無言で構え合う。ようやく出会った宿敵との間に、まだ言葉はない。まずはお互いの存在を確かめ合うように、その身に宿るオーラが高まり、プレッシャーが辺りを包みだす。

 

 そして、正義と悪は激突した。

 

 

 

――――――

 

 

 

 カイザー・ヴォルテックスの実力は、組織の幹部である『四覇将』とは比べることができないほど高みにある。ミルキー・イエローは、先ほど受けた一撃の重さからいつも以上に慎重な立ち回りを余儀なくされていた。悪の組織としてネジが色々ぶっ飛んではいるが、カイザーは何気にリゼヴィムをぶっ飛ばした後のイッセーが、「結構な強敵だった」と評価し、鎧を纏って戦ったほどの相手だったりする。伊達に悪の組織の親玉として、多くの部下に慕われてはいなかった。

 

 さすがの魔法少女も、カイザーが四十年かけて高めてきた実力に舌を巻くしかない。彼の放つ黒き波動は地を抉り、杖を巧みに操る杖術は敵を近づけさせず、堅実に相手を追いつめていく。ミルキー・イエローが衝撃波を起こすほどの拳を突き出しても、軽やかに避けられてしまい、それどころか反撃の一撃をもらう危険性もあるため、迂闊に打ち込む訳にもいかなかった。

 

 雷を籠めた蹴りを、炎を纏った拳を、風を操って打ち出した土塊を。魔法と組み合わせ、あらゆる体術で決めようとするが、決定打は一向に訪れない。おそらく、一撃でも当たれば倒すことが出来るだろう威力は既にある。しかし、その一撃までがあまりにも遠い。

 

 ミルキー・イエローは、徐々に己の魔法力がすり減っていることを頭の隅で冷静に感じ取り、カイザー・ヴォルテックスにはまだ余裕があることを理解する。体力ならまだまだ問題ないが、どうしても魔法力が心許ない。ミルキー・イエローは、魔法に触れ始めてまだ一年と経っていない半人前の魔法少女である。今まではその拳の一撃で敵を沈めることが出来ていたが、今回の相手はそう簡単にはいかない。このまま持久戦に持ち込まれれば、こちらが不利だと瞬時に悟った。

 

「みにょォォォッ……!!」

 

 ならば、と。ミルキー・イエローはマジカルステッキを構え、友だちであるミルキー・ブルーから教わった魔法を発動する。ステッキから魔法力が溢れ出し、己の身を包み込んでいく。すると、背中についている大きなオレンジのリボンがまるで意思があるかのように動き出し、プロペラのように回転をしだした。ガガガガガッ、と高速で回り出したリボンの先が、地面に擦れてあり得ない音を立てだす。

 

 『魔法少女ミルキー』のアニメのファーストでは、魔法少女達は地面の上で戦っていた。しかし、セカンドから舞台は空へと移り変わり、最近では宇宙空間まで旅立とうとしている。そんな憧れである魔法少女に少しでも近づけるように、ミルキー・イエローは修行を重ねることを決意した。そして、まずは空を目指すことにしたのだ。

 

 ミルキー・イエローが足を踏み込むと同時に、後ろについているプロペラがタイミングを合わせ、地に向かって回転による風圧の衝撃波を放つ。それにより、魔法少女の巨体が一気に空へと打ち上げられ、先手必勝の構えで拳を構えた。ミルキー・イエローがヒントにしたのは、ミルキー・レッドが使っていたジャンプ技術。これは仲間たちからヒントを得て、ミルキー・イエローが作り上げた友情の魔法であった。

 

「珍妙なっ…。――しかしッ!」

 

 カイザー・ヴォルテックスは、いきなり敵のリボンが回転して、筋肉の塊が空を跳びだしたことに驚愕を浮かべはしたが、すぐにその焦りを沈め、相手を返り討ちにしようとオーラを高める。突如、高速で空から向かってくる魔法少女に虚はつかれたが、今まで培ってきた経験が彼の強さを後押しする。空では回避できまい、と先に焦って大技を出した相手に嘲笑を浮かべ、カイザーは収束した黒い光線をミルキー・イエローへ向けた。

 

「残念だが、これで終わりだァァァッーー!!」

 

 杖の先から発射された黒い波動は、空から迫り来る魔法少女へ寸分の狂いもなく突き進む。空中では上手く逃げることもできないだろう、とカイザーは己の勝利を確信し、笑みを浮かべた。

 

 

「ミルキー・レッドが言っていたみにょ…」

 

 だが、魔法少女の目に諦めは浮かんでいなかった。

 

「諦めない心は奇跡を生むんだみにょっ! 予想を越えた先にこそ、本当の答えがあるんだみにょォッーー!!」

 

 光線が魔法少女を貫く直前、オレンジのリボンの先端が突如伸び、その下にある地面を叩き付けた。その反動によって、黄色の巨体がさらに浮き上がる。空中での二段ジャンプ。それにより、魔法少女へ向かっていた光線は目的を外し、空へと消えていった。

 

 苦し紛れの特攻と思わせ、空中という不自由な場所だからこそ、敵の油断を誘いやすくできる。ここで魔法少女を仕留めるつもりなら、必ず相手も大技を放つ。カイザー・ヴォルテックスは、まんまと相手の策に嵌まってしまったことに驚愕を表す。さすがの彼とて、攻撃後にすぐ体制を整えることはできず、数秒の硬直時間はあった。ミルキー・イエローが、その隙こそを狙っていたのだと理解したのだ。

 

 ミルキー・イエローの衣装を作ったのは、例の悪魔と魔法使いのコンビである。魔法少女のように自由に空を飛び回りたいと、修練を積み重ねる同士を応援するために、彼らは高度な術式を盛大に盛り込んでいた。さすがにミルキー・イエローが空を飛び回るには、まだまだ魔法使いとしての実力が足りないため難しいが、それを補助できるように必死に考えて作られたのが、この衣装だった。

 

 ミルキー・イエローは、一人で戦っているのではない。駒王町で共に戦うことを誓った仲間達、傍にいなくても背中を押してくれる同士達、ミルキー・イエローをここまで導いてくれたレッドとブルーの存在。そして、魔法少女の勝利を信じてくれている子どもたちのためにも。負けるわけにはいかないのだ。

 

 この一撃で、決める。この戦いに終止符を打つために、空を駆けた魔法少女の拳が、未だにその場から動けないカイザー・ヴォルテックスへ向けて放たれたのであった。

 

 

 

「……惜しかったな」

「――!?」

 

 ミルキー・イエローの拳は、届かなかった。カイザー・ヴォルテックスの手前三十センチほど前で、突如障壁のようなものに阻まれてしまったのだ。首領は反応できていなかった。タイミングとしては、間違いなく完璧だった。しかし――。

 

「惜しかった。本当に惜しかった、魔法少女よ。だが、お主が仲間の力でここまで戦えたように、わしにも素晴らしい仲間達がいた。ただ、それだけのこと」

 

 カイザー・ヴォルテックスの足元にいたのは、黒い子犬サイズのシーサー。自分のボスを守るために、彼はミルキー・イエローの一撃を受けきったのだ。『渦の団』の最後の幹部の一角であり、守護(まも)ることに特化した魔除けの象徴とされる存在――彷徨大元帥(ほうこうだいげんすい)ファイナル・デスシーサー。その防御結界は、例え幹部全員が攻撃をしても崩すことが出来ず、さらに退魔の力を纏っていたことにより、魔法少女の一撃を完璧に防いでしまったのだ。

 

「お主は強い。間違いなくわしが戦ってきた敵の中で、一番の強敵だろう。故に、もう油断はせぬ。悪の組織らしく、二対一で確実な勝利を手に入れさせてもらおう」

 

 一撃を弾き返されてしまったミルキー・イエローは、すぐにカイザーから距離を空けたが、先ほどとは比べ物にならないほどその間合いは広くなったように感じた。カイザー・ヴォルテックスは足元にいたファイナル・デスシーサーを自分の肩に乗せ、杖の先を鋭く構える。

 

「第二ラウンドだ」

 

 そして、初めてカイザー・ヴォルテックス自ら、魔法少女へ攻撃を仕掛けた。それにミルキー・イエローはすぐさま反応するが、首領へ向けて放った拳が抗魔の結界に阻まれ、さらに残り少ない魔法力まで散らされてしまう。咄嗟に魔法力は使わず、打撃だけで崩せないかと試みるも、そうはさせないと熾烈な攻撃がカイザーの手によって加えられる。

 

 破壊と守護。地を抉るような一撃を秘めた破壊力は、確実にミルキー・イエローの身を削り、あらゆる攻撃を防ぐ防御力は、魔法少女を徐々に追いつめていった。この二つが組み合わさった攻防一体の戦闘こそが、『渦の団』の首領であるカイザーの本領だった。長年連れ添ってきた相棒と共に、以心伝心の如く容赦のない攻撃が与えられていく。

 

 ミルキー・イエローは、防戦一方となってしまった。決して諦めず、何度も機会をうかがうが、その拳は届かない。駒王町の面々もなんとか参戦しようとするが、幹部や戦闘員たちに食い止められる。今まで駒王町で小競り合いを繰り広げていたのは、駒王町にいる実力者をあぶり出すため。そのデータを集めたことで、この最終決戦で魔法少女を確実につぶせるように包囲網を敷いていたのだ。

 

 駒王町での戦いで少しでも目立った人物にはマークが付けられ、首領の戦いの邪魔をさせないように、数多くの戦闘員たちがその道を阻む。そのため、ミルキー・イエローの下に駆けつけることが誰もできないでいた。実力が足りない者がこの戦闘に割り込めば、逆に足手纏いになってしまうため、震える拳を握りしめることしかできない。

 

「ふははははっ! どうだ、魔法少女よ。正義の味方よっ! これが我らの真の力。わしらが作った悪の組織の実力だ! お主らの絆の力も、ここまでのようだなァッ!!」

 

 ついにカイザー・ヴォルテックスの放った光線が足に掠り、体勢を崩されてしまう。ミルキー・イエローは膝をつき、すぐに立ち上がれないことに目を見開く。腕や足に何度も力を籠めるが、極限の戦闘による疲労がついに身体に現れてしまったのだ。

 

 動けッ! とどれだけ念じても、震えるばかりの身体は言うことを聞いてくれない。ここで終われる訳がない。まだまだ自分は戦える。諦めたくない、諦めたくなんて、ないのに……。溢れ出す悔しさが、決して自分達の絆が負けている訳じゃないと叫びたい思いが、ミルキー・イエローの魂を震わせる。魔法少女は、無言で拳を握りしめるしかなかった。

 

 そして、ミルキー・イエローの限界を理解したカイザー・ヴォルテックスは、好敵手へ敬意を表しながら、最後のとどめの一撃を杖へ籠める。一切の油断などなく、自分が持つ最高の力の本流を持って。魔法少女へ向けてゆっくりと振り下ろされた杖から、黒い光線が無慈悲に解き放たれた。誰かの叫び声が、悲痛な呼び声が、戦場にこだまする。

 

 そして、その黒き光は全ての希望を消し去るかのように、ミルキー・イエローの姿を飲み込んだのであった。

 

 

 

「……まったく、いつから駒王町は特撮映画か何かの会場になったんだい」

 

 土煙が巻き起こり、静寂が包み込んでいた世界に、突如一つの声が上がった。どこか疲れたような雰囲気を漂わせる、壮年の男性の言葉。しかし、それが何故か先ほど魔法少女を飲み込んだはずの空間から響いてくる。驚愕に誰もが目を見開く中、その正体を明かす様に突風が吹き荒れた。

 

 ミルキー・イエローは、無傷だった。最後の一撃がその身に降りかかる前に立ちはだかった者が、カイザー・ヴォルテックスの黒き波動を防いだのだ。本来なら、真正面から首領の攻撃を受け止めることが出来るほどの実力者が、ここに現れるはずがなかった。少なくとも、今まで駒王町で確認できていた実力者は、全て動けないでいる。だが、そこに現れた男は、『渦の団』の誰も知らない人物だった。

 

 その男の存在は、別に隠されていた訳ではない。むしろ、魔法少女も駒王町にいる者達も、彼がここに現れるとは思っていなかった。たまたま今日この時、このタイミングで、駒王町に帰国したことにより、この騒動を偶然知っただけの人物。しかし、この街の抑止力として守護者を任されていた男は、真面目に仕事をすることにしたのだ。せっかく治してきたはずの胃のあたりを押さえながら。

 

 明るい栗色の髪と紫の瞳、そして黒い牧師服を纏うその姿は、半年前に療養のために駒王町を去ったあの時を思い起こす。ミルキー・イエローはうるうるとし出した目から、嬉しさに大量の涙が流れた。駒王町に暮らす面々も、ようやく帰ってきた男に歓声を上げた。

 

「……何者だ」

「いや、それは私が聞きたいというか、何で半年ほど街を離れただけで、こんな魔境になっているのか聞きたいぐらいなんだけど…。まぁ、今は疑問より、やるべきことをやろう」

 

 男はカイザー・ヴォルテックスへ向け、迷いなく剣を構える。詳しい理由を先に聞いたら、自分が体調を崩しそうだと思い、今はこの場をなんとかすることに決めたのだ。

 

「正直訳が分からないのが本音だけど、……そこにいる魔法少女には返しきれないほどの恩があってね。その恩に少しでも報いるためにも、今は彼を護る守護者となろう」

 

 動くことが出来なかったミルキー・イエローの身体に、不思議と力が湧いてくる。彼が共に戦ってくれるというのに、ここで座り続けるなどあり得ない。そんなのは勿体ない。ゆっくりと力を籠めて立ち上がれば、己の気力が満ちてくるのが分かる。動く、まだまだ動ける。己はまだ、戦うことが出来る!

 

 魔法少女は、再び戦場に立った。

 

「……動けるのかい?」

「もう大丈夫だみにょ。次は、必ず決めるみにょ」

「わかった。なら、私がその道を作ろう」

 

 カイザー・ヴォルテックスとミルキー・イエローが破壊の矛なら、ファイナル・デスシーサーと新たに現れた男こそが守護の盾。互いの条件は揃った。先ほどまでの疲れなど吹き飛んだかのように、魔法少女の目に活力が湧き出す。戦場の空気も、全てが変わった。

 

「……駒王町の管轄を任された教会の戦士として、この騒ぎの根源を討たせてもらおう」

 

 混沌が渦巻くように、うねりを上げる戦乱。最後の戦いを共に戦い抜くは、以前敵対した者同士。しかしそこにあるのは、互いに真正面からぶつかり合ったからこそ分かち合えた強い絆。駒王町で起こった正義の味方VS悪の組織の決戦は、最終章を迎える。

 

 ――紫藤トウジ、参戦。

 

 

 

――――――

 

 

 

「嘗めるなァァッーー!!」

 

 四十年という経験を持つカイザー・ヴォルテックスには、今まで『渦の団』が巻き起こしていた流れが、渦が、少しずつ逆流してきていることに気づいていた。ここで嵐を巻き起こすほどの一撃を叩き込まなければ、せっかく掴んでいたはずの流れを手放すと悟る。カイザーは杖に黒きオーラを籠め、弾丸のように波動を撃ち出した。

 

「飛び道具が、そちらだけの専売特許だと思われては困るよ」

 

 しかし、紫藤トウジ(守護者)は揺るがない。娘の手紙に時々吐血しながらも、海外の療養施設で胃を頑張って治してきた現在の彼の体調は、すこぶる良いのだ。たぶん、しばらくしたらまた痛くなるだろうけど、と頭の隅で思ってはいるが。とりあえず、今は問題を先送り(現実逃避)しているおかげで、紫藤トウジは十全に力を発揮することができた。

 

 彼は右手に持つ剣に白き光の波動を纏わせ、左手に白光りする銃身を構える。暴走によりボロボロとなり、さらに正臣によって真っ二つにされてしまった聖剣は未だ修理中であるため、今は長年使ってきた剣と銃だけがある。しかし、臆することはない。聖剣を手に戦ってきた年数よりも、愛用の剣達と切り抜けてきた修羅場の方が多いのだから。

 

 彼は、迷いなく全身を躍らせる。自分に向かってくる黒き弾丸を冷静に見極め、一気に駆け抜けた。白き波動が黒を塗りつぶし、剣閃が容赦なく悪を斬り割き、銀の弾丸が闇を晴れさせる。目にも止まらぬ速さで振り抜かれる連撃は、高速戦闘を主体とするエクソシストにとっては当たり前。特に悪魔や吸血鬼はウィザードタイプが多いため、遠距離からの攻撃の対処には慣れているのだ。

 

 異形や人外と戦い続けてきた彼が、生き残るために長年磨き続けてきた技術。半年ほどのブランクはあったが、戦場の空気が徐々に自分の感覚を研ぎ澄ませてくれているのがわかる。直感から顔を向けることなく、後ろ手に銃を構え、背後から遠隔操作で迫ってきていた光線を正確に撃ち抜く。さらにミルキー・イエローへ向かっていた一撃を、光の波動を撃ち出すことで同時に落とす。両者を同時に狙うことで崩せないかと仕組んだ攻撃すら、彼の剣舞に一切の乱れを起こさなかった。

 

「……何故、お主ほどの男が魔法少女に加勢をする。お主の剣は、常に命のやり取りを信条とする修羅のものだろう。魔法少女の掲げる理想とは程遠い、狂信の剣。お主にとって、正義の味方(そこ)は生温いのではないか」

「そうかもしれないね。私の剣が、命を斬るために磨いてきた剣であることは認めるよ。だけど――」

 

 紫藤トウジは最後の一撃を、剣の一閃によって消し去る。敵の放った全ての矛を防いだ盾は、不敵な笑みを浮かべながら、剣の切っ先をカイザーへと向けた。

 

「最近は、そんな甘さ(生ぬるさ)も悪くないんじゃないか、と思えるようになってね。それで救えるものもあるんだと、教えてもらったのさ」

「なるほど、お主の剣は魔法少女によって変わったのか」

「…………うん、そうなっちゃうのかなぁ」

 

 実際は正臣達の友人である少年の言葉だと言いたかったが、その少年も何故か魔法少女だったことを思い出し、カイザーの言葉に否定を返せなかった。大変不本意ではあるが、魔法少女に人生観を変えられたことは事実。目が遠くなる。お腹もちょっと痛かった。

 

 

「牧師さん、首領さんの肩の上にいるワンちゃんが、結界を張ってくるんだみにょ」

「そうか。というより、あれシーサーだよね。写真以外で本物は、初めて見たけど…。そうか、日本のシーサーは動くのか」

 

 紫藤トウジは感心したように、生シーサーを眺める。家に帰ったら、娘にシーサーは動くのだと教えてあげよう、と心の中で思う。駒王町以前は世界を飛び回っていたため、日本の常識的な知識を彼は中途半端に勘違いしている部分が少々あった。さすがは、紫藤イリナの父である。

 

「ふむ、魔に対する抵抗力が強いみたいだね。それに硬度もあるとなると、キミには辛いかい」

「やってみせるみにょ。でも、力を溜めないと難しいみにょ。だから……」

「なるほど、ならどちらの盾が優れているのかの勝負となる訳か」

 

 ミルキー・イエローが力を溜めれば、当然カイザー・ヴォルテックスは邪魔をしに来るだろう。なら、紫藤トウジの役目は、魔法少女が一撃を放てるように護り、導くこと。ここは命を奪う剣ではなく、笑顔を護る拳こそが必要なのだと理解する。二人の目は討つべき相手を見据え、正々堂々正面突破することを選んだ。

 

「わしの破壊の力と、ファイナル・デスシーサーの守護の盾を、真正面から乗り越えてこようとするか。……面白いッ!」

守護(まも)りの象徴である我を越えるという大胆不敵な宣言、受けてたちましょうッ!」

 

 そして、カイザー・ヴォルテックスとファイナル・デスシーサーもまた、魔法少女達を真っ直ぐに見据え返した。ここで勝負から逃げてしまえば、渦の流れを取り戻すことはもうできないだろう。ならば、正面から叩き潰すのみ。この衝突で、この決戦の全てに決着がつく。故に、彼らも覚悟を決めた。

 

 渦の中心が、定まった。

 

 

渦巻きし黒龍の咆哮(ヴォルテックス・ドラゴニック・ロアー)ッーー!!』

 

 カイザー・ヴォルテックスは、己の持つ杖を地面へと突き刺し、己に残る全てのオーラを集中させた。彼が呪文を唱えると同時に、地面から黒い水流がカイザーを中心に巻き起こり、それが意思を持ったように細い首を形作っていく。首の先に現れたのは、水で出来た黒い龍。首領を渦の中心に、複数の龍が魔法少女達を睨みつけた。

 

 これこそが、カイザー・ヴォルテックスが創り上げた最終奥義。『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』の渦の理念と、首領として先頭に立つことを誓って、自らも身に纏った邪悪なるドラゴンの象徴。カイザーの感情に合わせて、ドラゴン達の目に闘争が宿り、巨大な口を開いて魔法少女達を飲み込まんと迫った。

 

「まったく、ドラゴンスレイヤーが欲しくなるような場面だね…」

 

 それと同時に、ミルキー・イエローと紫藤トウジも駆けだす。エクソシストはすばやく先頭に躍り出ると、魔法少女の行く手を阻もうとするドラゴン達へ切っ先を向けた。一匹の龍が紫藤トウジに向け、大きく首を捻らして、横から叩き付けるようにその巨体を打ち付ける。しかし、守護者は駆ける勢いのまま剣に波動を籠め、相手のオーラ密度が最も小さい場所を勘で見極め、その首を一気に斬り捨てた。

 

 だが、斬ってもまた新たな水の龍が生まれ、怒りを目に宿しながらこちらへ襲い掛かってくる。大規模な術であるため、術者であるカイザーはその場所から動くことはできないようだが、渦の中心に近づけば近づくだけ龍の勢いは増すだろう。複数の龍相手に、しかも魔法少女を守りながら、それを一人で打ち払わなければならないのだ。

 

「師として、弟子の成長は嬉しいけど、負けっぱなしは嫌でねっ!」

 

 半年前、夢幻の聖剣(エクスカリバー・ナイトメア)の暴走の力によって複数の幻影を纏った紫藤トウジは、八重垣正臣と相対した。本来なら実力でも、技でも、経験でも、全てが勝っていた師が負けるはずはなかった。だが、弟子はその幻想を乗り越え、己の目指す夢のために紫藤トウジの剣を折ってみせたのだ。この程度乗り越えられないなど、彼の師として情けないではないか。

 

 相手が複数いるなど関係ない。護るべき者へは、指一本触れさせない。紫藤トウジの身体が高速によりブレだし、迫り来る龍の首を次々と落としていく。その彼の後ろに続くミルキー・イエローは、ただ前だけを見て、拳にありったけのオーラと魔法力を籠めていた。周りにいる龍になど一切目をくれず、真っ直ぐにファイナル・デスシーサーの張る結界だけを目標に走る。己を護る盾を信じ、矛は己が越えるべきものだけを目指した。

 

 

 正義の味方と悪の組織の最後の攻防に、周りで戦っていた者たちは戦いを止め、静かに決着を見守る。次第に、どちらもが声を張り上げだし、勝利を願って声援を送り、一団となって渦の中心に向かって魂を籠めた想いを乗せた。荒れ狂う龍の激流、何ものも斬り伏せる剣舞、それらは時間にしては数十秒足らずの攻防だっただろうが、誰もがその時を永く感じることになっただろう。

 

 そしてついに、決着は訪れる。迫り来る魔法少女に、八匹の龍が同時に迫った。一匹でも生き残り、その(あぎと)を届かせるために。その身を四方八方からくねらせる。紫藤トウジはその行動に目を細め、さすがに八つ全ての首を『同時に』対処するのは不可能だと判断する。

 

「まっ、ただの剣士相手ならそうだっただろうね」

 

 だが、残念ながら紫藤トウジは剣士ではなく、教会の戦士だ。故に勝利のためなら、あらゆる手を使う。敵を欺くために自分が使える手札をあえて隠し、そして最後の切り札として使うからこそ、最大限の効果を発揮するのだから。

 

「光よっ! その神秘の力によって、邪悪なる力を退ける盾となれッ!!」

 

 紫藤トウジは懐から十字架を取り出すと、それを天へ向かって放り投げる。彼の聖句と同時に、光の力が十字架に走り、瞬時に二人を包み込む結界が張られた。そして準備を終えた教会の戦士は、まずは目の前から来る四匹のドラゴンと相対し、一刀の下に容赦なく斬り捨てた。

 

 後ろから襲い掛かっていた龍達は、まさか術を使って時間を稼がれるとは予想しておらず、結界に阻まれたことによって敵に猶予を与えてしまう。その戸惑いが、彼らの最後となった。脅威の半分を処理し終えた紫藤トウジは、そのまま返す剣で地を蹴り、残った全てのドラゴンを斬り伏せたのであった。

 

 正義の守護者は、悪の矛を打ち破った。

 

 

 

「ミルキィィィィィィィ、スパイラルゥゥゥゥゥゥゥゥ」

 

 正義の矛は、悪の守護者の前へ辿り着く。拳に籠めるは、愛と勇気と希望をのせた絆の力。『渦の団』との最初の戦いは、自分一人だけが始めたものだった。しかし、駒王町に暮らす仲間達がいたおかげで組織の力に負けなかった。レッドやブルー、同士の二人がいたからこそ、ミルキー・イエローはここまで強くなることが出来た。そして、第一印象が大切(ありのままの自分を見せたらいい)という教えを授けてくれた牧師が道を作ってくれたから、ここまでたどり着くことが出来たのだ。

 

 恐れも、不安もない。あるのは、この争いの渦を消滅させる決意のみ。守護者であるファイナル・デスシーサーは、空間が歪むほどの高エネルギーのオーラが籠められたミルキー・イエローの拳に、本能から危機感が警鐘を鳴らす。カイザー・ヴォルテックスも、その拳が語る力の輝きに思わず目を奪われた。

 

 魔法少女が放つだろうその一撃の煌めきに、渦は回ることさえ忘れてしまった。

 

「ディストラクショォォォォォォォッーーン!!」

 

 その拳は、守護の結界を粉々に打ち砕き、ミルキー・イエローの一撃は、カイザー・ヴォルテックスへと届く。眩い光が、駒王町の空を染め上げた。

 

 こうして、駒王町で起こった『魔法少女と駒王町の愉快な仲間達』と『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』の長き戦いに決着がついたのであった。

 

 


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