えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
第百五話 姫島
『ねぇ、母さま。朱乃にも友達が出来るかな?』
『えぇ、きっとできるわ。朱乃は友達ができたら、どういう風に遊びたいのかしら?』
『えーとね、……色んなところを見て回ったり、学校に行って一緒に『クラブ』に入りたいな』
『……朱乃、学校に行きたい?』
友達が欲しい。学校に行ってみたい。それは子どもなら、当たり前のように思うもの。母から教わった日本の知識から、『友達』や『学校』を知った少女の好奇心や興味が沸き上がったのは事実だ。それでも、母の優しい瞳の中に哀しみを見つけた少女は、笑顔で首を横に振った。
『いいの。朱乃は母さまと父さまがいれば、大丈夫だもの』
それは本心であり、大好きな両親を哀しませたくないと思った少女の精一杯の我慢だった。朱乃の年齢は八歳で、本来なら小学校に通っている年齢だ。普通の子どもと同じように暮らせない理由が、父が堕天使であるからだと教えてもらっていた。それに申し訳なさそうな父親へ、気にしていないと笑いかけたことも彼女の記憶に新しいだろう。
姫島朱乃の日常は、いつも同じだった。母から料理を教わり、お手玉や毬つき、除霊術などを教わる。勉強も母親に見てもらい、優しい手つきで頭を撫でてくれることが嬉しかった。姫島の血筋からか、鬼に好かれやすい体質のようで、山に住む小鬼とよく遊んだだろう。庭で追いかけっこやいたずらをして、『寂しい』という感情を一時でも忘れることが出来た。
仕事で忙しい父親とは、なかなか会えなかった。それでも、帰ってきた時はたくさん甘えさせてくれる。一緒にお風呂に入って父の黒い翼を頑張って洗ったり、空を飛んで綺麗な山々を見晴らしたりもした。時々父親と一緒に山を下り、バスに乗って街まで買い物をしたこともある。父に会えない寂しさはあっても、それを口にしないように我慢する。父が困ってしまうのが、わかっていたからだ。
そうして、少女は我慢することが当たり前になっていく。この感情を両親に伝えてしまったら、困らせてしまうから。悲しませてしまうから。嫌われてしまうかもしれないから。姫島朱乃の世界には、両親しかいない。二人に嫌われてしまったら、朱乃は立っていられなくなる。それが、怖かった。
そんな娘の我慢を、両親も理解していた。だが、理解していてもどうすることもできない現状に悩み続けていた。そんな姫島家に、一つの光明が訪れる。夏の終わりに始まった、一人の少年との交流。朱乃にとって、両親以外で初めて知り合った『兄』という存在。今までの当たり前が、たった一人によって変わってしまった。
『兄』は、よく姫島家へ遊びに来てくれた。最初、テレビがないことに愕然とした『兄』は、両親にめっちゃ直談判していたのを、朱乃はよく覚えている。「三種の神器ぐらい、今のご時世必要です! 冷蔵庫や水道はあるし、電気は一応通っているんです。どこかの教会の信徒達のように、このままだと朱乃ちゃんもホームベーカリーを見て、祈りを捧げだすかもしれませんよっ!」とかなり力説していた。何気に姫島家には、髭のおじさんが発電機や水道を家の裏に作ってくれていたため、最低限の電化製品は使っていたのだ。
しかし、機械に疎い両親が、困惑と心配を顔に出すのは当然だろう。だが、『兄』は諦めなかった。「朱乃ちゃんは賢い子だから、ちゃんと姫島家でルールを作ればいいんです。いずれ、外の世界に朱乃ちゃんが出るつもりなら、視覚から情報を知ることは大切ですよ」と説得する。それでも健康や悪影響などで渋る父親に、現代っ子代表は吼えた。
『心配なら、アザゼル先生に高性能テレビを作ってもらいましょう。目に優しく、しかも子どもにとって悪影響のありそうなチャンネルは映さないように改造してもらった夢のテレビです。なんだったら、遠く離れた場所からでもテレビ電話ができちゃう機能もつければ、お父さんと離れていても寂しさが紛れます。ここは、ファンタジーな世界なんですよ。堕天使の高い技術力を、ここで生かさなくてどうするんですかッ!?』
さらっと堕天使陣営を盛大に巻き込みながら、バラキエルを唸らせる。実際、異界を越えた通信だってできるファンタジーな世界なのだ。不可能ではない。妻と娘の顔を毎日見て、しかも話せるかもしれない、という誘惑に家族大好きな父親が陥落しない訳がなかった。ちなみにその後、父親との高性能テレビ回線と朝の子ども劇場は、毎日欠かさず母と見るのが娘の日課になった。
『兄』は、父や母でさえ知らない遊びをたくさん教えてくれた。漫画やアニメやゲームを持ってきた時は、また父親と激しい教育論議が繰り広げられる。母は最近は色々体験するのも大切かもね、と中立の立場になり、二人の喧嘩に「あらあら」と楽しそうに笑うことが増えた。最終的に朱乃がやりたいか、に決定権がいくため、朱乃自身が選ぶことになるのだ。
朱乃は今まで、『選ぶ』ということをしたことがなかった。両親から与えられるものを受け取るだけの日々。両親を困らせないように二人が望む答えを告げる日々。最初は戸惑いの方が強かったが、気づけば笑いながら選ぶことを覚えた。なお、勝率は『兄』の方が高い。単純に興味があったのもあるが、一番は父親のリアクションが好きだからだ。さすがは姫島である。
「奏太兄さま、大変です。修羅場になってしまいました」
「すげぇ、初期ルートで普通にやって修羅場コースへ行くとは、これが才能か…」
「……な、何をやっているんだ、朱乃。修羅場? 戦闘か何かか?」
『学園恋愛ゲーム』
「朱乃にはまだ早いッ!! というより、娘を取り合うなんて不届き者は消し炭にしてくれるわッ!?」
「あら、まだまだね朱乃。お母さんなんて初めてで、大修羅場コースへ行ったわ」
「朱璃ィィッーー!?」
『兄』曰く、学校をちょっと体験してもらおう、と思って持ってきたゲームらしい。ファンタジー抜きで、日本の普通の学校をモチーフにしているゲームは、恋愛シミュレーションゲームぐらいしかなかったと、『兄』は怒った父へ必死に弁解していた。あんなに大きな声を出して、怒った顔をする父親を見たのは初めてだろう。肩を震わせて、笑いを堪える母親を見たのも。両親の新しい表情を、たった一ヶ月でたくさん知ることが出来た。
いつの間にか、騒がしくなった家。この世界の
姫島朱乃にとって『兄』――
――――――
姫島家と交流を持つことになって、一ヶ月ぐらいは経っただろう。季節は秋になり、自然の山々に囲まれている姫島家は、紅葉が美しく輝いている。朱乃ちゃんと紅葉狩りに出動したり、お土産で買ってきたサツマイモを落ち葉で焼いて食べたり、ドングリや松ぼっくりで人形を作ったり、とたくさん遊んだだろう。現代の遊びもちょっと教えたけど、何もそれだけな訳がない。ちゃんと子どもらしく、全力で身体も動かしたさ。
初日のお泊りの後、姫島家から倉本家へ帰宅した俺は、すぐに原作のメモを取り出した。この世界が『ハイスクールD×D』と知った時から、覚えている限りの知識を書き出したものだ。俺の記憶力じゃ、さすがに何年も前の知識を覚えておくことはできないし、危険ではあるけど必要なものである。もちろん扱いには、最大限注意している。
一応これらは、アジュカ様からもらった俺のオーラ以外、開封できない仕組みの箱に全部しまっていた。俺以外が開けようとすると警報が届き、無理にこじ開けようとすると中身ごと消滅する。前にもらったディハウザーさんの手紙みたいな防犯機能のある箱が欲しい、とアジュカ様にお願いしたら、生温かい笑みを浮かべながら作ってくれた。別に疚しいものは入れませんよ。万が一紛失したら痛手だが、未来の知識なんてものが表に出るよりはマシだと割り切った。
それはさておき、俺が調べたのは当然『姫島家の襲撃事件』の詳細だ。確か、バラキエルさんが初登場した時の回想や、全読者を唖然とさせただろう乳神降臨の回想、そしてリアス・グレモリーと初めて出会った時の回想が主な情報だろう。そこから襲撃者の目星や時期を、ある程度付けておく必要がある。原作通りになるのかはまだ確定ではないが、それでも何もしないという選択肢はないと思う。
姫島朱乃がリアス・グレモリーと邂逅したのは、彼女が十歳の時。その前に彼女は、一年と半年ほど放浪していたと描写されていた。つまり朱乃ちゃんの誕生日は七月二十一日だから、八歳の一月下旬以降から九歳の一月上旬ぐらいの間に起こる可能性が高い訳だ。そこから、バラキエルさんが姫島家が雇った高名な術者達を退け、それに恨みを持った術者が堕天使と敵対している組織に『独断で』彼女達の居場所を密告し、姫島家は問答無用で襲われたって背景だったはずだろう。
姫島家は、少なくとも姫島朱璃さんを殺す気はなかった。堕天使と子を成したにも関わらず、彼女を追放扱いしていないのがその証拠だろう。原作でも、堕天使に娘が洗脳されて手籠めにされたと思っていたみたいだし。バラキエルさんや先生が、姫島親子を日本の地に残していたのは、その誤解を解きたかったのもあるのかもな。冥界や海外に連れて行ってしまったら、誤解を解くことは本当に不可能になる。二人が愛し合って子を成したのだと、一族を説得したかった。朱璃さんや朱乃ちゃん、堕天使の組織のためにも。
堕天使側も、日本の組織に目の敵にされる現状に困っていた。姫島朱璃への誤解を解き、せめて日本の組織と交渉できる場は欲しかったはずだ。下手に朱璃さん達を隠してしまったら、その場を作ることは永遠にできなくなる。そう考えると、俺が日本から引越しをしよう! なんて言っても、あんまり効果はなさそうだ。堕天使の組織としての体裁も必要なのだから。
そんな風に色々考えてみたけど、結局結論としては襲撃を防ぐしかないと思い至るしかない。バラキエルさんが姫島家からの襲撃者を見逃す訳がないし、殲滅してなんてそれこそ言えるはずがない。その術者達が、独断で依頼することを止めることも難しいと思う。そうなると、襲撃に来た堕天使の敵対者達を、『姫島家にたどり着く前に』返り討ちにするしかないだろう。朱璃さんと朱乃ちゃんを危険な目にあわせてたまるもんか。
もちろん、俺一人で組織となんか戦える訳がない。確かに俺は強くなっていると思う。でも俺が今まで磨いてきたのは、敵を倒す方法ではなく、自分が生き残る方法だ。そこを履き違えたら、絶対にダメだろう。故に勝利条件をしっかりと考え、己の手札を見極め、それを成し遂げるための準備期間を最大限に利用する。
最も成功しやすい勝利条件は、味方が来るまで持ち堪えることだ。バラキエルさんが帰ってくるまで、凌ぎ続けたっていいのだから。姫島家にバラキエルさんへの直通の通信設備は整えたので、何かあったらすぐに知らせられる。これで、少なくとも原作以上にロスすることはまずない。通信設備の力説はかなり強引だったけど、バラキエルさんを説得出来て本当によかった。他にも『姫島家強化計画』をコツコツと進めないとな。
「という訳で、今日はこの山の中を色々散策したいと思います!」
「奏太兄さまって、唐突に何か始めることがあるよね」
「オニニ…」
「カナだしねぇー。仕方がないから、朱璃のご飯の時間までだよ」
「もうちょっとテンションを上げてよ、子ども達!」
正規の入り口以外にも、他に侵入ルートがあるのかを知る必要がある。という理由もあり、この山について詳しい朱乃ちゃんと小鬼を伴い、探検に出かけることになった。今までは庭までしか遊べなかった朱乃ちゃんだが、俺と一緒の時は山の中まではバラキエルさんから許可をもらえたのだ。それに、俺のことを信頼してくれている嬉しさがあった。
あと、もう一匹頼もしい護衛がいることも理由の一つだ。ここは人里離れた場所だから、一般人に目撃されることはまずない。それなら、せっかくならとリンを召喚することにしたのだ。リンは倉本奏太の使い魔であり、一般的には俺の力の一部と見なされている。そのため、対外的な理由はなんとかなる。朱璃さんとバラキエルさんに許可をもらい、紅いドラゴンも遊び相手に加わったのだ。
ドラゴンであるリンは、アザゼル先生のことを知っているし、堕天使に偏見もない。自然の溢れる場所を探るなら、自然界に詳しいリンの知識は重宝する。それに、朱璃さんのご飯の美味しさにあっさり陥落した。自由に大きさを変えられるリンは、今はオオトカゲぐらいの大きさになり、朱乃ちゃんと小鬼を背中に乗せている。大家族で暮らしているからか意外と面倒見がよく、何だかんだでちゃんとお姉さんをしていた。
ちなみに、リンの召喚に関してはメフィスト様からの指導もあり、何とか数時間なら自力で召喚できるようになった。というのも、人間界に帰ってきてからの「早く召喚しろー、お菓子ー!」的なコールがすごかったからだ。人間界に行くのが、すごく待ち遠しかったらしい。使い魔のお菓子コールのために、必死に勉強する主。メフィスト様の生温かい目は、もう気にしないことにした。
なお、姫島家のことについては、メフィスト様からなんとも言えない顔をされたけど、俺が決めたことならと受け入れてくれた。ラヴィニアには簡単に説明はしたけど、朱乃ちゃんと会えるのかはまだ保留のようだ。俺が加わったことによる変化に慣れてから、さらに関わりを増やすのかを考えたい、とバラキエルさんに言われている。心配性だとは思うけど、お父さんなんだから当然でもあるだろう。
「それにしても、その小鬼は随分懐いちゃったよな。ドラゴンって、自然界の生き物からかなり恐れられているのに。森の動物たちが静かなのは、リンがいるからだろ?」
「リンちゃん、キィくんのことよく面倒見てるからじゃないかな? ゲームの指導とかよくしているもの」
「今は緊急回避のテクニックの特訓中ー」
「大乱闘で攻撃がなかなか当たらなくなったと思ったら、そんな秘密の特訓を…」
姫島家で四人対戦をする時は、だいたい俺と朱乃ちゃんとリンと小鬼だったりする。ドラゴンがゲームできるのだから、鬼もできる理論でコントローラーをリンが小鬼に渡して、難しいことを考えずにレッツトライ。初めてそれを目撃した朱璃さんが、めっちゃビックリしていました。
「えーと、鳥居が並び立っている道が正規の入口で、朱璃さんとバラキエルさんで施した術がある場所か。朱璃さんから術を一時的に無効化する札はもらったけど、なかなか複雑なつくりなんだよね…。改めて散策すると、この辺って横道もないし、裏側は山ばっかりなんだな」
「うん、お家の裏側はお山しかないって、前に父さまが言っていたよ。あと、すっごく痛い罠がたくさんあるから、そっちの山には絶対に近づいちゃ駄目って教わったかも」
「……なるほど、こんな山奥から入り込もうなんて考えるのが、一般人や迷子な訳がないもんな」
つまり、こっちの険しい山からわざわざ入ろうとする者なんて、敵対者ぐらいしかいないという訳か。この辺一帯の山は堕天使の私有地扱いになっているから、一般人や普通の感性をした裏関係者は近づくことがない。それに、大型の動物が山奥から出てくる場合もある。それらを追い払うことも考えると、裏山はトラップ群になっている可能性が高いな。
そうなると、こちら側から侵入するのは難しいか。まだ正面の入り口を強引に突破する方があり得る。姫島家が雇った術者達は、この場所についての情報を敵対勢力に渡していたはずだし、当然表側の入口に殺傷力のある罠がない事も伝えていたはずだろう。念入りに準備をしていたのなら、危険がある裏側よりも表側を選びそうだ。それでも、万が一があったらいけない。
「……裏山をもっと罠だらけにしておくか? 元々姫島家は誰も近づかないし、別にいくつか罠を仕掛けていても誰も怒らないよな」
「カナ、ぶつぶつ言ってどうかしたの?」
「いや、ちょっとな」
リンに首を傾げられたが、俺は笑って誤魔化しておいた。それから、二人と二匹でしばらく山の中を探索し、朱乃ちゃんに教えてもらった山菜や銀杏を拾っていく。朱璃さんの手にかかれば、途端に美味しい料理に早変わりするからな。俺も時々、朱乃ちゃんと一緒に処理の仕方を教わっている。
みんなで喋って歩きながら、俺は気になるポイントにチェックをつけていく。アジュカ様とかディハウザーさん、……それとリュディガーさんなら、効率的且つ性質の悪い罠とかを色々教えてくれそうかな。レーティングゲームには、数日がかりのサバイバル形式のゲームもあって、前に試合映像で見せてもらったようなえげつないトラップの仕掛け方とかもわかるかもしれない。この三人、結構お土産感覚で俺が欲しいって言ったら、「それぐらいならお安い御用だ」でポンポンくれることが多いんだよな。信頼してくれて嬉しいような、重いような……。
あと、リュディガーさんに聞くのはちょっと悩ましいけど、人間界にあるリュディガーさんの屋敷に、また顔を見せようと思っているし、そのついでに質問できる雰囲気なら聞いてみようかな。教会と堕天使側の技術提供のおかげで、リーベくんの容体は安定しているらしい。『
『残念ながら、魂にまで悪影響を受けてしまっている場合は、今の技術では延命すら難しい現状さ』
冥界でアザゼル先生から聞いた、神器の抵抗力の低さによる悪影響。どうしてリュディガーさんの子どもが、ってあんなに我が子を待ち望んでいた家族に対する運命。絶句する俺に向け、堕天使の連絡先をリュディガーさんに告げ、共犯者にすることをメフィスト様から教わった。それに関しては、俺も迷わず頷く。先生は神器研究の第一人者だ。決して無駄にはならないだろう。
『あの、メフィスト様…』
『カナくん、キミの神器の力をリュディガーくんに見せるのは許可できない。それは、『
『えっ、でも』
『辛いのはわかる。罪悪感が湧くだろうこともね。でもね、キミはその子の面倒を一生見る覚悟があるのかい? カナくんの能力を知れば、リュディガーくんは間違いなくキミに頼み込んでくるだろう。発作の苦しみを消したり、薬に対する抗体を消したり、それが出来るだろうカナくんの能力の有用性は僕も認めるよ』
俺を諭す様に優し気に告げる赤と青の瞳は、それでも強い光を宿していた。
『カナくん、キミは医者じゃない。研究者じゃない。リュディガーくんや教会やグリゴリのように、必要に迫られた訳でもない。たまたま希少な能力を持ってしまっただけの、人間の子どもなんだよ。そんなキミが、他者の命を全部背負う責任なんてないんだ』
『…………』
『厳しいことを言うけど、キミの優しさは時にキミの心を蝕む。アザゼルも言っていただろう。カナくんが気に病む必要はないし、罪悪感を覚える必要もない。これは、もうどうしようもないことなんだよ』
この世界で不治の病と称される病気。救う手立てすら見つかっていない現実。それと向き合い続けることの重さと辛さ。俺の能力は、結局は気休めでしかない。死という運命を覆す力なんて、俺にはないのだ。今俺の中にある罪悪感のまま行動すれば、いずれそれとは比べ物にならないぐらいの虚無感と絶望を味わうかもしれない。メフィスト様は、何も意地悪で言っているんじゃない。俺のために、忠告をしてくれているのだろう。
それでも、俺はメフィスト様の言葉に了承の返事を返すことができなかった。リュディガーさんは確かに他人だけど、それでも俺にとっては近所の兄ちゃんみたいな身近なヒトだ。それに、死の運命からは逃れられないから諦めろ、という言葉は、俺にとって簡単に認めちゃいけないものだった。だってそれを認めてしまったら、クレーリアさんや正臣さんやベリアル眷属のみんなはどうなる。姫島家のみんなはどうなるんだ。
メフィスト様は、困ったように笑みを浮かべながら、答えられない俺を責めたりしなかった。一度踏み込めば、もう後戻りはできなくなる。だから、後悔しない選択を見つけるまでは、安易な行動はしない。それだけは、約束することになった。今はリーベくんの容体は落ち着いているし、姫島家の問題を抱えた二足の
「本当に、ままならないものだよなぁ…」
この世界、本当に鬼畜すぎない? 裏世界二年目だからって、何も二本立ての問題を叩きこまなくてもいいじゃん。いや、魔王少女様監修の『
衣装開発や魔法の研究などは、もうおまかせにした。必要経費はとにかくぶっ込んだ。みんなの魔法少女なんだ、それぞれが目指す
とりあえず、聖書陣営や他の組織に迷惑をかけなければ、ある程度は目を瞑ってくれる慈善団体になったという訳だ。もしかしたら、人間界への依頼とかはあるかもしれない、とは聞いているけど。そのあたりは、組織経営の経験があるカイザーさんに
ちなみに、魔王であるセラフォルー様が監修ではあるけど、そこはメフィスト様みたいに表にはあまり出ないつもりらしいので、聖書陣営とは中立の立場になる。せっかく芽が出たばかりの若葉たちの活躍の場を、年長者である自分が奪ってはいけない、と慈愛の目線で語っていた。いつの日かライバルとして競い合いたいわね、とボソッと言っていたのは聞かなかったことにしたいです。
そんな怒涛の一ヶ月間を思い返し、俺は遠い目で青い空を見上げる。魔法少女に関しては、深く考えるのはやめておこう。姫島家や神器症という命が懸かった深刻な問題が、俺の目の前にはあるのだ。あっちは多少放置していても、きっとみんな元気にやっていくはずだ。最終兵器、魔王少女様もいる。それに悪いやつが
「さて、結構山菜が取れたし、下拵えの時間を考えるとそろそろ戻っておくか」
「さんせーい! 今日のご飯は何かなぁー?」
「うん、楽しみだね!」
「オニッ!」
だいぶ時間が経ったので、子ども達をこれ以上付き合わせるのはマズいだろう。俺の提案に、元気に歩き回っていた子ども達も同様に思ったらしい。山に住む小鬼がリンの頭の上に乗り、しっかり道案内をしてくれるので迷うことなく道を進むことが出来る。この山に来て初めて妖怪を見たけど、意外に愛嬌があって可愛い。五大宗家は、日本の異形たる妖怪と縁が深い者が時々生まれるようで、朱璃さんや朱乃ちゃんは鬼に好かれやすいと聞いたな。
「奏太兄さま。お夕食ができるまで、何をするの?」
「そうだなー。それじゃあ、銃の練習でもさせてもらおうかな。朱乃ちゃん、お手伝いしてもらってもいい?」
「うん、わかった。父さまに光力を上手に籠める方法を教えてもらったから、任せてね」
光力を使った銃の練習は、最近では姫島家で行うようになっている。悪魔側に光力を使った武器なんて見せられないし、協会で練習してもすぐに燃料切れになってしまう。堕天使トップ陣に毎回籠めてもらうのも大変だったんだけど、そこは朱乃ちゃんの存在が解決してくれた。
彼女の持つ雷光の力。俺の光力銃の補充は、今では朱乃ちゃんの仕事になっている。バラキエルさんから光力を扱う練習になると勧められ、彼女も父親から教えてもらうことが嬉しいようで、メキメキと上達しているのだ。リンと小鬼には小枝や石などの的を投げてもらい、それを当てる練習の真っ最中である。朱乃ちゃんも雷光をバチバチやって、一緒にシューティングゲームをするのも最近の姫島家の日課の一つになっていた。
「えへへ、奏太兄さまが一緒だとバチバチできるから、いっぱい練習できるね」
「あぁー、確か危ないからって、バラキエルさんが一緒の時じゃないと使っちゃ駄目だったんだっけ?」
「うん。でも、奏太兄さまとならたくさん練習できるから、すっごく上手になって父さまをびっくりさせるの!」
初対面の時のもじもじしていた頃と違い、朱乃ちゃんはかなり溌剌としているというか、結構やんちゃな女の子なんだとここ最近思う。俺が姫島家に来ると、毎回全力ダイブしてくるしな。十年後の彼女は、大和撫子のようにお淑やかでありながら、妖艶な雰囲気が漂う美少女だった。でも、そういえば素の時の朱乃さんは年頃の女の子らしい感じだったか、と記憶を掘り起こす。
俺に守れるのだろうか、この子の笑顔を。俺がやれることは全部やるつもりだけど、具体的な解決策はまだ考え中の状態だ。せめて姫島家の動向がわかれば、先生やバラキエルさんに注意を促すことができるだろうに。五大宗家関連は本当にヤバいから、メフィスト様からも無暗に近づいてはならないと忠告をもらっている。姫島家の事情とか、もうちょっと情報があると助かるんだけどなぁ…。
原作で姫島姓を名乗っていたのは、朱乃ちゃんと朱璃さん、あと大叔父様とか呼ばれていた三人だけのはず。情報源が少なすぎる件。朱璃さんから姫島家について、早い内に情報を聞いておいた方がいいかも。せめて本家筋の血縁関係ぐらいは、頭の中に入れておいて損はないだろう。姫島の特性も改めて勉強しておこう。
そんな風に、俺はじっくりと対策を練ろうと考えを巡らせる日々を送った。しかし、この数日後。俺が知らなかったもう一人の『姫島』との出会いが、新たな道を示すことになるのであった。