えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

106 / 225
第百六話 罠 

 

 

 

「うーん。この辺りにも一個埋めとくか…」

 

 太陽が輝く、秋晴れが美しい休日の朝。俺はいつものように姫島家へ寄る前に、昨日の内に用意していた罠を持ってきて、せっせと鳥居の周辺へ埋めていく。昨日は協会へ行って必要な魔道具を大量購入し、その後に駒王町でカイザーさんが作ってくれた大量のアイテムを譲ってもらった。命の危険も怪我もしない罠だから気休め程度かもしれないけど、多少は効果が出てくれたら嬉しいな。

 

「リーン、そっちは埋められたかぁー?」

「ちゃんと埋めたよー」

「じゃあ、次はこっちの方を掘ってもらってもいいか? ここ、鳥居の結界陣の傍だから、もし侵入者が来たら近づいてくる可能性が高いし」

 

 俺が声をかけると、ひょこっと草むらから赤いドラゴンが顔を出す。リンのドラゴンパワーなら、穴掘りも楽々だ。俺が指をさすと、こくりと頷いて前足を器用に使って楽しそうに穴を掘り始める。俺も相棒を取り出すと、リンの隣でザクザクとスコップのように掘っていった。

 

 同時に相棒の何とも言えない思念を感じるけど、「スコップ代わりにしてもいい?」と最初に聞いたら「もう好きにして」的な思念が届いたので、ザクザク使わせてもらっている。その様子に半眼のリンから、「カナの神器って……」とボソッと呟かれたけど、感謝はちゃんと伝えているし、後でしっかりお風呂で洗うからたぶん大丈夫だと思いたい。

 

「侵入者ねー。朱璃と朱乃が危ない立場だって聞いてはいるけど、本当にそんな危ないヒト達が来るかもしれないの?」

「……来ないのが一番だけどな。でももし来たら、嫌だろ?」

「うん。カナのそういう時の直感は外れないから」

 

 もしものための罠。必要になるかもわからない事態のための準備。傍から見た俺達がやっていることは、そこまでするのか、と思われるような行動だろう。心配のしすぎ、って言われてもおかしくない。それでも、そんな曖昧な動機に付き合ってくれる俺の使い魔へ、感謝を伝える様に紅い頭を撫でる。ゲームとお菓子で契約した俺達は、ぶっちゃけ主と使い魔の関係としては変だろうけど、何だかんだで上手くいっていると思う。

 

 普段のリンはドラゴンらしく自由でマイペースだし、言いたい事はズバッと言うし、食への拘りが優先的に強いけど、俺が困っていると当たり前のように助けてくれる。今も俺の行動を不思議に思いながらも、俺がやりたいと思ったことに手を貸してくれるのだ。成り行きの主従関係ではあったけど、リンと契約できてよかったと改めて感じる。口に出すのはちょっと恥ずかしいので、今日はお菓子をたくさん買ってあげよう。

 

 

「でも、朱璃のお家の周りに勝手に罠を埋めちゃって大丈夫なの?」

「朱璃さんから許可はもらっているから、問題なし。朱乃ちゃんには、事前に教えておくよ。バラキエルさんには、罠設置の訓練の一環としてお願いしておいた。ほら、この山に登ってくるヒトなんて、俺かバラキエルさん、時々アザゼル先生ぐらいしかいないだろ。ディハウザーさん達に罠の講義を受けたから、教官として評価してほしい、って家に帰ってくる教官に仕掛けることになったんだ」

「カナって、やると決めたらとことんアグレッシブになるよね」

 

 さすがに侵入者や襲撃者対策なんて言えなかったので、テレビの時と同じように色々理由をつけてやらせてもらった。実際、神器で偵察や潜伏もできる俺の能力的に、トラップとは相性が良い。敵の陣地に潜入しやすいし、罠を仕掛けるなら消滅の力でバレにくいし、痕跡も消せる。自然の山に囲まれたこの場所は、罠を仕掛けるのに最適な場所だ。

 

 歴戦の猛者であるバラキエルさんを引っかけるつもりで、俺なりに本気の罠を張る。そして、家に帰ってきたバラキエルさんが、俺が罠を設置した場所を実際に歩きながら採点をする。周りからコツを教えてもらったけど、罠を設置する経験は全くない俺だ。いきなり本番で罠を仕掛けて、成功するとはちょっと思えない。それなら、未来への布石と俺の成長を含めて、罠関連は姫島家を巻き込むことに決めたのだ。

 

 バラキエルさんには、もしかしたら俺の心配を気づかれたかもしれないけど、「倉本奏太には、世話になっているからな」と彼は笑って受け入れてくれた。万が一、一般人が入り込んでくる可能性もあるため、殺傷力のある罠は仕掛けないと約束もしている。朱乃ちゃんや朱璃さんもいるから、危険な罠はさすがに正規通路に仕掛けられない。

 

「俺一人で全部できないからな。危なくない範囲で巻き込めるなら、巻き込むことに遠慮はしないようにしてる。ちなみにこの場所は、朱乃ちゃんのおすすめポイントの一つ」

「父親を嵌める罠を娘に聞くとか」

「完全にバラキエルさん向けの罠なら、ここに『朱乃ちゃんがお父さんのために考案した罠です。罠の感想求む』って看板を立てておいたら、自分から引っかかりに行ってくれそうだよな」

「目に浮かぶよう…」

 

 このバラキエルさんの娘さん関連に対する信頼の厚さよ。

 

「うーん、けど本当は侵入者対策が目的なんでしょ。危なくない罠を張っても、意味がないんじゃない?」

「えっ? 危なくないけど、思わず引き返したくなるような罠にすればいいじゃん」

「カナって、時々さらっと悪魔になるよね」

 

 いや、俺はずっと人間ですが…。

 

「このコンパクトみたいなのとおもちゃを一緒に埋めるだけなのに、引き返してくれるの?」

「俺が思いつく低コストでお手軽な簡易罠。このコンパクトを埋めた所を踏むとな、魔導具と連結しているこのミルキー人形が『ミルキーマジカル・スタンドアップ!』って音声を発するんだ。それに反応して魔導具と繋がっているコンパクトが、自分を踏んでいる相手をミルキーにする感じ。上手くいけば、地雷みたいになるかなーって」

「それ、ヒトによっては核地雷だよ」

 

 魔法少女変身コンパクトは、『MMC448(ミルキーマジカルフォーフォーエイト)☆』の結成によって魔法少女が大量増殖した関係で、元々開発者としての実力を発揮していたカイザーさんが、ミルキー魔法使いさんと悪魔さんと共同で大量生産を確立させたものだ。俺は出資者なので、試作品や余っているコンパクトがあったら欲しい、と通信をしたらたくさん送ってくれた。こんなに大量にいらない。でも、善意でくれたものを送り返すのもアレなので、有効的に使おうと思う。

 

 俺が持っていても困るので、とりあえず全部姫島家の敷地に埋めておこうと結論。大丈夫、ここに来るのは俺とバラキエルさんとアザゼル先生と襲撃者(未来)だけだ。朱乃ちゃんが万が一踏んでも、幼少期の無邪気な思い出として保管されるだろう。俺は神器の能力で無効化できるから問題なし。アザゼル先生とバラキエルさんはラスボスクラスだから、引っかからないと信じよう。大丈夫、ラスボスだし。

 

 あと、この魔法少女の変身衣装。実はとんでもない仕様が一つある。原作でセラフォルー様がリアスさんとソーナさんにノリで魔法少女をやらせていたが、かなりヤバい効果があるのだ。それは、一度でもこの衣装を着てしまうと『魔法少女の呪文以外で術が使えなくなる』という性能である。これ普通にヤバい。ミルキーを知らない敵なら、衣装を着せたらほぼ完封だ。罠が発動されたら最後、魔法少女のまま頑張って物理で戦うか、全裸になるしか逃れる術はない。

 

 何故『MMC448(ミルキーマジカルフォーフォーエイト)☆』と戦うと、敵が魔法少女になるのか。この鬼畜性能が強すぎるからである。俺はミルたん達が悪党と戦う時、無事でいて欲しいとずっと思っている。彼らの危険を少しでも減らせないかとセラフォルー様に通信で相談したら、「まっかせてー☆」とVサインと一緒に、カイザーさんに特別衣装の作り方を伝授してくれたのだ。

 

 それと一緒に、強制魔法少女(遠隔操作)ができる方法もみんなに相談したら、「さすがは、渦の中心であるボス…」と何故か『渦の団』のみんなに感動された。現在は特殊な周波を出すおもちゃの人形を介してでしか発動は出来ないが、彼らのやる気的にどんどん改善されていくことだろう。敵を魔法少女にできたら、みんなの危険が減るんだ。遠慮はしないし、金も惜しまないさ!

 

「カナ、実はちょっと自棄になっていない?」

「……少し」

 

 だって、通信する度にあっちのカオス度がどんどん上がっていくんだよ。ミルキー関係は深く考えたら、もうドツボに嵌まる予感しかしない。最初はミルたん(友だち)の夢を応援しよう! ぐらいの軽い気持ちで始めたはずなのに、どうしてこうなったんだろう。俺なりに最善の選択を選んできたつもりなのに、見事に化学変化というか、相乗効果でエライことになったとしか言えなかった。

 

「友だちの夢を応援して、そのための支援だってして、仲間を受け入れて紹介して、悪いやつらを懲らしめてくれる正義の味方が増えた。普通に考えても、ハッピーエンドのはずなのに…」

「ハッピーエンドって、難しいね」

 

 この世の不可思議について遠い目をしながら呟く、主と使い魔であった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「よし、この鳥居の周りで最後になるかな」

「埋めるのはおもちゃだけでいいの?」

「あとは、拘束系の魔法の罠ぐらいか…。リリカルにあったバインドみたいな魔法があればいいんだけどなぁ」

 

 俺はラヴィニアから教えてもらった魔法の中から、特定空間に進入した対象を捕縛する魔法を地面へ試しにかけてみる。しかし、魔法力の残滓がやはり残ってしまうようで、注意していれば魔方陣が設置してあると俺でもわかる。それなりの実力者なら、魔法力の気配や魔方陣で気づかれることだろう。

 

 相手を一瞬でも拘束できれば、俺もだいぶ動きやすくなる。しかし、真正面から魔法を放っても当たらないだろうし、罠を張っても俺の実力では隠しきれる自信がない。相手の動きを一瞬止める程度の初心者用の罠なら俺でも簡単に出来るんだけど、その分格上にはすぐに気づかれる。前世のアニメで見たリリカル魔法並みの隠密性の高さが欲しいな。

 

「あれ、ちょっと待てよ。俺の光力銃は、俺のオーラを媒介に光力を書き換えて、俺の神器の能力を上乗せすることができる武器だよな。なら、魔法力を媒介にすれば、魔法でも同じことが出来るんじゃないか?」

「どういうこと?」

「実験。リン、ちょっと後ろを向いて待っていてくれる? おやつ奮発するから」

「まっかせろー!」

 

 実験の内容を詳しく聞くことすらなく、おやつ増量の一言で草むらへすごい勢いで突っ込む俺の使い魔。このドラゴン、いつかおやつで誘拐されたりしないだろうか…。すごく不安になってくる。もしかしてクレーリアさんが、おやつを作ってくれる度に走り寄る俺に、なんとも言えない顔をする心境と同じなんだろうか。同じでないと思いたい。

 

 さて、とりあえず実験してみよう。俺は地面に杖を向け、設置型の簡易魔方陣を仕掛ける。これだけなら、リンも普通に気づくだろう。そんな難しい魔法でもないし。でも俺は魔法力を使うと同時に、神器のオーラも一緒に紛れ込ませてみた。俺自身の魔法力に神器の力を含ませ、書き換えによって同化させていく。光力の魔法力バージョンだな。魔法力も神器も俺自身の力なんだ。相手の魔法を書き換えるより、よっぽど簡単だ。

 

姿の消去(デリート)気配の消去(デリート)

 

 魔法力に含ませた俺の神器の力を使って、魔方陣に向けて能力を行使してみる。すると、目の前に展開していた魔方陣から普段俺が使っている隠密と同じ効果が表れた。緑に輝いていた魔方陣がスッと消え失せ、仙術もどきを発動させても何も感じられない。少し離れて見てみても、本当にそこに魔方陣があるのかまるでわからない。これは、成功だろうか?

 

「リン、こっちに来てもらってもいいかー」

「もういいの? それで何の実験だった訳?」

「……準備は出来たから、今から試す。こっちに来てもらってもいいかな?」

 

 俺は軽く手招きをして、普通にリンを呼んでみる。さて、リンは俺との間に設置した罠に気づくのか。さすがに俺の雰囲気に胡乱気な気持ちが見えたけど、きょろきょろと注意しながらリンは進みだす。大丈夫、何にもないよー。俺は出来る限り罠に注意がいかないように視線を外しながら、ドキドキした心持ちでその時を待った。

 

 そして、俺が設置しただろう場所にリンが足を踏み入れた途端、緑色の鎖のようなものが突如現れ、リンに絡みつくように迫ってきた。それにギョッと目を見開いたリンだが、さすがは上位ドラゴンだからか、足に絡みついた鎖を瞬時に噛みちぎる。そして、迫ってくる鎖を爪で一薙ぎして、瞬時に後退して罠から抜け出てしまった。

 

 

「あぁぁーー!! そんなにあっさりと対処しちゃうのっ!?」

「だって、カナの態度があからさまだったから、絶対に何かあるとわかっていたし…」

「敗因、俺かっ!」

「でも、ビックリしたぁー。カナの態度がなかったら、気づかなかったかも」

「容赦なく抉ってくる!?」

 

 でも、そっか。俺が顔に出さなかったら、バレなかったのか。そういえば、一年前にアザゼル先生が俺の気配遮断の効果を測ってくれた時、上級が近距離まで近づけば気づくレベルだって言っていたはず。なら、今だったら上級でも誤魔化せるぐらいには、きっとレベルアップしているはずだよな。今度、アザゼル先生に確認してみよう。

 

 俺は、ラヴィニアのような魔法の才能がない。魔法少女魔法のような特殊な構成の魔法か、一般的に使える魔法ぐらいしか適性がないのだ。そう考えると、魔法少女魔法のような決められた手順によって発動する儀式魔法とは相性がいいのかもな。とにかく、真剣に一つの魔法に打ち込めば使い物になるだろうけど、神器や光力銃を使った方が俺には効率がいい。魔法使いとしての実力だけなら、下級と言われても仕方がないのが俺なのだ。本当に神器がなかったら、死んでたな俺。

 

 俺が使える程度の魔法なら、誰でも使えるぐらいにメジャーだと思ってもいいだろう。そんなメジャー魔法にやられるような実力者はいない。俺にとって魔法は、とても攻撃手段に使えるようなものじゃなかった。だから、精々結界魔法で防御したり、補助に使うのが俺のやり方だったのだ。しかし、ここで新しい方法が生まれた。現在の俺が使えるのは初級魔法ばかりだが、それに神器の能力を含ませられるのなら、不意打ちの一撃として手札に加えることができるかもしれない。

 

 姿や気配の消える魔法。『分離(セパレーション)』のような効果を、分離槍の代わりに魔法に付与した感じだな。だから、槍に比べて複雑な能力設定はできないし、持続時間は永くないし、基点である俺から離れれば離れるほど神器の効果は薄くなるから、俺が傍にいる時しか使えないだろうけど。それでも、初級魔法でも色々工夫のし甲斐がありそうだ。

 

 見えない魔法で奇襲や補助をし、光力銃で援護し、槍で攻撃に回る。うんうん、俺の戦闘スタイルが、だいぶ出来上がってきた気がするぞ。能力の使用回数制限と立ち回り方が難しそうだけど、そこはコツコツと頑張って覚えていくしかないだろう。

 

「さっきの罠。抜け出すのはそんなに難しくないけど、一瞬でも動きを止められるのは嫌かなー」

「まぁ、今回の罠には使えないけどな。俺が傍にいないと使えないし」

「あと、初見殺しなところはあるかも。空を自由に飛べる相手なら、地面に設置された罠を回避しやすいから」

「うっ…。そういえば空を飛べるのが標準装備の敵の方が、多い世界だったか。そうなると、この罠は対人間用になるのか? いや、リリカル魔法みたいに空の上にも設置できる方法があるかもしれないし、ラヴィニアに聞いてみるか」

 

 杖の先っぽで先ほどの魔方陣を弄りながら、石畳の汚れが少ないところへ座って色々試してみる。そんな俺の隣に腰かけたリンは、自分が感じた感想をのんびりと教えてくれた。原作では、地上戦も多かったけど、空中戦も同等に多かっただろう。原作で設置型の罠の登場がほとんどなかったのは、空中が戦場になることが多かったからかも。地面の上で戦うのとは違って、空中で狙った場所へ相手を誘導するのは至難の業だ。罠って、結構頭を使うんだな…。

 

 

「空中戦を想定するなら、やっぱり空間把握能力みたいなものが必要なのかな。アレって、どうやって鍛えるんだろう」

「パパからは、子竜の内はよく追いかけっこをして遊ぶように教えてもらったよ。獲物との距離感や最短ルートの把握、障害物への対処や獲物の逃走ルートを予想する力が身に付くからって言ってた」

「上位ドラゴンの教育が、本格的すぎてヤベェ…。なるほど、タンニーンさんとの修行でよく鬼ごっこをさせられていたのは、そういう理由だったのか」

 

 走り回って体力をつけるのも理由の一つだっただろうけど、鬼ごっこって奥が深い遊びだったんだな。赤龍さんの家に行ったら、大抵子竜と追いかけっこをやらされていたけど、確かに森の中を駆けまわる時に瞬時に逃走ルートを判断して、障害物に当たらないように逃げるスピードは上がっていたかもしれない。

 

「あと、パパがゲームをやるのを許してくれたのも、パズルゲームが空間や図形認識能力の向上に使えるからって言ってた。格闘ゲームも、相手の手札を読む先見性を養えるって。ゲームをやり過ぎたら、怒られるけど」

「リンのお父さんが、意外にも教育パパだったことにビックリだよ」

 

 リンと契約した時に話したけど、真面目で大らかな性格そうなドラゴンさんだった気がする。そういえば、リンって俺より少し年下だし、まだまだ子どもなんだよな。子どもらしい一面はよく見るけど、時々現実的でシビアな目線を見せることがある。あれは、お父さんによる教育の賜物だったのかもな。族長の娘として、リンも頑張っているのだろう。

 

 鬼ごっこといえば、俺は神器の能力で浮くことが出来るので、夏休みに子竜達と遊ぶときに空中戦をよくやっていたと思い出す。最近は朱乃ちゃんとの空中アクロバティック鬼ごっこでも真価を発揮している。堕天使の翼を広げて楽し気に遊ぶ朱乃ちゃんの様子に、朱璃さんからお礼を言われたな。仕事が忙しいバラキエルさんは、時々しかこの家に帰って来れない。だから人間である朱璃さんでは、ハーフ堕天使である朱乃ちゃんに人間としての部分でしか接することができなかった。

 

 堕天使としての視点、人間としての視点の両方から関わることが出来る俺は、自分で言うのもアレだが、姫島家の役に立てているとは思っている。ドラゴンだけど女の子であるリンがいてくれたおかげで、男の俺では気づけなかった部分を色々フォローもしてくれただろう。よし、それじゃあ今日は空間把握能力の向上のためにも、みんなで鬼ごっこでもするかな。

 

 

 

「――ん?」

 

 そんなことをのんびり考えながら、先ほどまでと同じように罠を設置していた俺の足が、不意に止まる。何かが今、引っかかったような気がする。俺の視線は、鳥居が並ぶ参道の入口へ向けられた。侵入者対策のために空間が歪んでいるここは、一般人の目にはただの寂れた山にしか見えないはずだ。田舎で人気もほとんどない場所。認識を阻害する術がかけられているため、明確な意思がなければ見つけることすらもできないだろう道。

 

 それなのに、違和感がまた膨れ上がった。何かが、この空間に干渉している? 俺は咄嗟に相棒を取り出すと目を瞑って、仙術もどきの気配察知を神器へ通して広げていく。調べるために必要のない情報を消し、術によって歪んだ空間の認識を消し、クリアな情報のみが俺に入ってくる。そこからわかったこととして、閉ざされた姫島家の領域の入口に、俺が知らない誰かがいることがわかった。

 

 数はおそらく一人。そして、一般人ではない。そうじゃなきゃ、ここまで明確な意思を持って、山の結界に干渉できるはずがない。距離が離れているため、それ以上の情報はわからなかったが、冷や汗が背中を駆け巡る。何者かが、姫島家の施した結界に干渉しているのは間違いない。そして、この結界の抜け方を教わっていないことから、招かれざる客であるということだ。

 

 ここは、堕天使が管理する領域。一般の裏の関係者なら、まず近づくことはない。もし足を踏み入れたなら、堕天使達の不興を買い、殺されてもおかしくないからだ。何より、この場所の重要性について知っているのは、本当にごく一部だと教えられていた。先生やバラキエルさん、幹部のみんなや少数の部下、そして姫島家の者達。朱璃さんを完全に隠すことができない現状、交渉のために彼女の居場所だけは姫島家にやんわり伝えられているのだ。

 

 仙術の気配察知によって、俺は相手のオーラを感じ取ることが出来る。そこから判明した結果、入り口の前にいる人物はおそらく、――人間だ。堕天使陣営で、朱璃さん達のことを知る人間はいない。それはつまり、消去法で考えても相手が姫島家の関係者である可能性が高かった。

 

「リン、……侵入者だ」

 

 俺の一言で、ブワッとリンの纏うオーラが変わる。警戒心から鋭い牙が見え、入り口の方を睨みつけた。リンにとって、朱璃さんや朱乃ちゃんはすでに大事な人に分類されている。冥界修行で獲物を探すのは俺の仕事で、獲物を狩るのはリンの仕事だった。狩人になった時のリンの頼もしさは、俺もよくわかっている。しかし、ここをドラゴンであるリンに任せる訳にはいかないだろう。

 

「リン、お前は今すぐ朱璃さん達のところへ行って、バラキエルさんに連絡を入れてもらってくれ。それと万が一に備えて、リンは二人の護衛をしていてほしい」

 

 俺からの指示に、一瞬反論を出したそうな顔をリンは浮かべたが、すぐに冷静になったようで、不満そうな声が返ってくる。

 

「……何で?」

「ここは人間界だ。ドラゴンであるリンがいるのは、不自然だろ。堕天使にドラゴンがいるなんて広まったら、また姫島家との関係が抉れる可能性がある。それにまだ相手が誰なのかもわからないし、敵かも不明だ。それを調べるためにも、俺一人の方が偵察しやすい」

 

 ドラゴンは、生物の中で頂点に君臨する種族だ。そのオーラ量は、子竜であるリンでも膨大の一言。この山に住む動物たちがその存在感だけで怯え、姿を隠すほどのものである。冥界での依頼で教えてもらったが、ドラゴンは捜索や偵察の仕事に向かない。まだ敵だと決まっていない相手に、嗾ける訳にもいかないだろう。

 

 もちろん、ここは堕天使の領域だ。朱璃さん達という護るべき人たちだっている。相手が何者だろうと、ここに侵入した方が悪い。こちらに攻撃されても自業自得と処理される可能性は高いだろう。しかし、相手は一人のようなのだ。もし姫島家の人間だった場合、交渉に来た可能性だってある。姫島の使者だったら、下手に怪我をさせてしまうと大変なことになるだろう。俺一人では、とても判断できない。

 

 それなら、俺がやるべきことは相手の目的を確かめ、バラキエルさんが来るまでの時間稼ぎだ。仙術もどきから相手のオーラ量を感じてみたけど、ラスボスクラスではないと思う。それなら、俺でも対処は可能だ。伊達に雷光の攻撃を避けまくってきていない。俺の設定は、堕天使組織である『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』から、雷光の家族の護衛を任されていた人間としておく。これなら、俺の姿を見られても誤魔化せるだろう。

 

「……カナが言っていた嫌な予感って、この侵入者のことだったの?」

「わからない。俺としては、もっと大人数で来るだろうと思っていたし、『まだ』来ないと思っていた。正直に言えば、めっちゃ動揺している。でも、放っておくわけにもいかない」

「わかった。カナの逃げ足の速さは、一番知っている。だから、危ないと思ったらすぐに逃げてよ」

「当然」

「終わったら、朱乃とバケツアイスパーティーね」

「アザゼル先生に注文しておく」

 

 高性能テレビも、高級アイスクリームもアザゼル先生なら、すぐに用意してくれるだろう。だって、相棒と同じぐらいお願いしたら、何だかんだで準備してくれるのが先生だ。心の中で秘かに『アザえもん』と呼ばせてもらっている。あと相棒、アザゼル先生に対抗意識は出さなくていいから。相棒の凄さとアザゼル先生の凄さは、方向性が違うからね。

 

 俺もリンも軽口を言い合い、お互いに緊張を解していく。俺一人だったら、もっとパニックになっていただろう。最悪侵入者が一人なら、俺を突破されても巨大化したリンが朱乃ちゃんたちを連れて、空へ逃がすこともできる。だから、俺は相手の目的を探りながら、生き残ることを優先すれば問題ない。それをリンも理解したから、姫島家の方へ向かうことを了承してくれたのだろう。

 

 そうしてリンと反対方向に別れ、俺は入り口の方へ向かって駆け出した。朱璃さんからもらった鳥居の結界を一時的に抜けることができる札を握りしめ、万が一戦闘になった場合を考慮して、今まで調べてきたところから戦いやすい場所を選別する。そして、入り口からほど近い三の鳥居付近に目を配り、申し分ない広さにここで迎え撃つことを決めた。

 

 相手の気配は、徐々に近づいてくる。一介の術者では、到底たどり着けないと言われた結界を進む侵入者。それなりに手練れだろうことは、間違いない。俺は先ほど編み出した魔法の罠をいくつか仕掛け、全体を見渡せるように木の上に跳び移り、神器の能力で姿や気配を消し去る。手に槍をセットした光力銃を構え、小さくした神器を忍ばせておく。まずは相手が何者かを確認するのが、先決だ。見た目だけでも、どこの所属の人間なのか判断材料にはなるだろう。

 

 

「だけど、本当に誰なんだ? この時期に一人で侵入しに来るなんて、そんなの原作では語られていなかったし。姫島が雇った術者なら、複数人だったはずだ。もしかして、下見か何かなのか…? それでも、堕天使の領域に一人で向かってくるなんて、命知らずすぎるだろ」

 

 ようやく人心地ついたので、リンに言った通り動揺して混乱している頭の中を整理するために、ゆっくりと思考を巡らせていく。原作でバラキエルさんが撃退した姫島家が雇った術者かと一瞬思ったが、それはまずなさそうだろう。世間一般的に堕天使は恐れられている。強さもそうだが、邪悪な怪物だと、黒い翼の天使だと忌避されているのだ。しかも、ここは雷光と称される堕天使の幹部の居住である。

 

 悪魔や教会関係者だって、絶対に近づかない。腕に覚えがある人間が、迷い込んだか、腕試しにやって来たにしては、その足取りに迷いが見られない。つまり、明確な目的をもって、侵入者は進んでいることになる。俺と使い魔契約をしているリンは、念じれば互いに通信を行うことが出来た。マジでヤバいやつだったら、すぐに朱璃さん達をつれて逃げてもらおう。

 

 そして、気配を潜ませて隠れて数分後。ついに気配が間近に感じられる距離まで来た。俺は遠視の魔法を使い、侵入者を見定めに入る。相棒を強く握りしめ、緊張からか心臓の鼓動がドクドクと感じられた。ジッと息を潜め、その正体を観察していた俺の目は、侵入者を認識すると同時に、大きく目を見開くことになった。

 

「……はっ?」

 

 自分でも、間抜けな声が漏れたと思う。だけど、俺の心境を一言で表すなら、それ以外ない。本当に疑問しか思い浮かばなかった。「何で?」や「どういうこと?」と思わず呆然としてしまうほど、その侵入者の姿に信じられない思いがいっぱいだった。

 

「大きな朱乃ちゃん……?」

 

 自分でも何を言っているんだ、と思ったが、本当にこの侵入者を端的に表すならこれほど適切な表現はなかった。侵入者は、俺とそう年が変わらなさそうな、整った顔立ちをした十代初めぐらいの美少女だったのだ。

 

 彼女は、つやつやの黒髪をポニーテールにしていて、白と朱色の動きやすそうな着物を着た、意志の強そうな『夕陽』のような瞳を持っている女の子だった。朱乃ちゃんの『夕闇』の瞳を思い出し、実はタイムスリップしてきた未来の朱乃ちゃんではないかとアホな事を考えていた脳内を、なんとか落ち着かせた。

 

 先ほどまでの緊張が吹き飛び、俺はまじまじと彼女を見つめてしまう。朱乃ちゃんが大きくなったら、朱璃さんを幼くしたら、まさに彼女のようになるだろう、と断言できるほど彼女達は似過ぎていた。それこそ、姉妹だと言われても納得出来るほどに。少なくとも、朱璃さんと朱乃ちゃんと無関係ではないだろうことはわかった。

 

 まさか、朱璃さんの隠し子とか……? えっ、別の意味での姫島家崩壊の危機発覚? バラキエルさんがショックで大変なことになる。雷光が討ち取られちゃう。どうしよう、姫島家にとんでもない伏兵が現れてしまったぞっ!

 

「お、落ち着け、俺…。あれだ、きっと朱璃さんの親戚の子だ。うん、きっとそうだ。つまり、姫島家の子? ってことでいいんだよな」

 

 それも、血筋的にかなり近しい人物じゃないだろうか。朱璃さんに、姫島家の家系について簡単に教えてもらったことがある。確か姫島朱璃さんが、現宗主である姫島朱凰(ひめじますおう)さんの姪にあたるらしい。原作で朱乃ちゃんを消し去ろうとしていた『大叔父』というのが、たぶんこの人物だと思う。姫島の一族の中でも、朱璃さんに最も目をかけていたとされる人物だ。

 

 そして、朱璃さんにはお姉さんがいて、バラキエルさんを助ける前に何度かお姉さんの娘さんと会った事があるらしい。最後にその子と会った時は、二、三歳ぐらいの可愛らしい女の子だったと話してくれたと思う。他に近親者で朱乃ちゃんと近しい年齢の子は知らないと言っていた。改めて女の子を見てみれば、朱璃さんの姪っ子さんと年齢は一致するかもしれない。

 

 家族のことを話す朱璃さんは、寂しげだったけど、懐かしそうに目を細めていた。これらは傍にいた朱乃ちゃんが、お母さんの血縁関係に興味を持って、色々質問してくれたのでわかった情報だ。朱乃ちゃんにとっては、自分と従姉妹にあたる女の子がいることに驚き、嬉しそうに笑っていただろう。

 

 

「えっと、確か…。その子の名前は……」

 

 思い出そうと首を捻っていた俺は、うっかり反応に遅れる。そう、その朱乃ちゃんの従姉妹(仮)が慎重に歩いている先に、先ほど俺が仕掛けた魔法の罠があることに気づいたからだ。朱璃さんの話通りなら、俺より年下の小学生の女の子である。そんな子の目の前に、鎖で拘束しちゃう系の罠が仕掛けられていた。事案発生である。

 

「ちょッ……!?」

 

 さすがに、小学生の女の子を縛っちゃ駄目でしょ! もし連絡を受けたバラキエルさんに現場を見られたら、朱乃ちゃんとよく似た女の子に手を出していると思われてしまう。朱乃ちゃんのお兄ちゃんとしての威厳と一緒に、雷光で焦がされる! 彼女が隠されていた魔法の罠に足を踏み入れたと同時に、なんとか魔法を解除しようと俺は纏っていた神器の気配を消し、木から勢いよく跳び降りた。

 

 もう一度言うが、俺はうっかりしていた。大きな朱乃ちゃんにビックリして、彼女が侵入者であったことを一瞬でも忘れていた。朱乃ちゃんとよく似た彼女に、敵愾心が霧散してしまっていたのだ。一介の術者ではたどり着けないほどの難解な術が施された空間を、真っ直ぐに進むことが出来る実力者である少女が、初級魔法程度でどうにかなる訳がなかったということに。

 

「炎よ」

 

 地面から飛び出した緑色の鎖を視認したと同時に、少女の口から発せられた言霊。彼女の足に絡みつこうとした鎖は、夕陽色の瞳をした少女に触れる前に覆われた炎のオーラによって溶かされていった。一瞬にして魔法を消し去ってしまった少女に、解除しようと地面に降り立った俺は唖然とするしかない。

 

 そして、――目が合った。彼女の真っ直ぐなまでの意思が宿っているような赤い瞳と交差した瞬間、俺は神器から発せられる危機察知の思念に従って、咄嗟に身体を捻ってその場から離れる。少女が腕を振り上げたと同時に、先ほどまで俺が立っていた地面が爆ぜた。オーラの残滓から、彼女の手から炎の塊みたいなものが剛速球で飛んできたらしいことがわかる。

 

 しかし、それをゆっくり確認する暇はない。黒髪の少女は俺との間合いを瞬時に詰めると、銃を持っている右手を狙って蹴りを入れてくる。それも事前に察知していた俺は、足を止めることなく回避に専念し、先ほどの炎を全身に纏う技を警戒して、出来る限り距離を取って避け続けた。

 

 止まったら、やられる。幼さが残る少女が発しているとは思えない速度で繰り出される、耳に入る風切り音。思い切りが良すぎるぐらいの容赦のない連続攻撃に、何度目かわからない冷や汗が流れた。右手に持つ銃や、俺の一挙一動に警戒する彼女の目は、戦いなれた戦士そのものだ。

 

「待っ……!」

「先に仕掛けてきたのはそっち」

 

 ごもっとも! 結果的にはそうなっちゃいましたね! せっかくの奇襲できたはずのアドバンテージをうっかりでなくしてしまった自分に、涙が出そうだよ。この子、めっちゃ強い。この世界では、相手が子どもだからって油断してはならない。才能がある子どもは、下手な大人よりも恐ろしいと教えてもらっている。ラヴィニアという強者が近くにいるのに、油断した俺が全面的に悪い。

 

 だけど、なんとかついていけている。真正面からの戦闘になってしまったのは俺の落ち度だが、それでも負けるとは思わない。勝つのは難しそうだけど。バラキエルさんとの戦闘訓練様様だろう。

 

「舞いなさい」

 

 あんまりにも避けまくる俺に眉根を顰めた少女は、新たな言霊を紡ぐ。彼女の手から生まれる炎が躍るように増えていき、変則的な軌道を描きながらこちらに迫ってきた。その光景に、俺は目を見開く。あっ、これバラキエルゼミでやったところだ! 炎の雨に雷光のトラウマを刺激されながら、俺は全神経を相棒へ向けた。

 

「地獄も回数をこなせば、慣れるんだよっ!」

 

 俺が何回雷光に焼かれてきたと思っていやがるッ! 俺がちょっと涙目で訴えると、「えっ、この人何を言っているの?」という表情を浮かべられたが、辛いから見なかったことにして集中力を研ぎ澄ませていく。紅のオーラが全身を覆い、神器と同調することで余計な感情や思考が消し去られていった。

 

 ――いける。俺の身体は相棒の発する信号に従い、躊躇することなく炎の雨の中へと身体を滑り込ませた。驚愕を浮かべる少女を横目に、駆けだす足が止まることはない。時に結界の魔法で炎の軌道を逸らし、余裕があれば彼女の炎を解析するために、忍ばせていた相棒を炎に当てていく。俺程度の魔法で軌道が逸らせるなら、彼女は俺を問答無用で殺すつもりはないらしい。

 

 ありがたい。本気じゃないなら、いくらでも手が打てる。相手が様子見をしている内に、気づかれる前に俺の準備を済ませてしまえばいいのだから。俺の神器の理不尽さは、初見であればあるほど効果が高まる。彼女の能力や戦闘データを知れば知るほど、相棒からの思念は徐々に正確さを増していく。俺の動きがみるみる良くなってきたのを、彼女も悟ったのだろう。僅かだが瞳に焦燥が浮かんだ。

 

 

火之迦具土神(ヒノカグツチ)よ!」

 

 次に彼女が取ったのは、一面を覆い尽くすような炎の渦。彼女から感じられる熱気に肌が粟立つが、相棒のおかげで恐怖心も畏れも全て呑み込み、冷静なまでのクリアな思考が俺を動かしていく。俺と彼女の間に巻き起こった炎は確かにすごい能力だが、面を重視した攻撃のおかげで彼女の視界から俺が消えた。

 

 待っていた。一瞬でも彼女の強い眼差しが、俺を見失うのを。

 

空気抵抗の消去(デリート)

 

 神器の能力で人間ではありえない速度で、炎の渦が完成する前にそこへ跳び込む。今なら、神器の能力は見られない。俺は『分解(アナライズ)』で忍ばせていた槍を左手に呼び出し、解析した彼女の炎に向けてオーラを纏わせて突き刺した。

 

流動の書き換え(リライト)

 

 さすがにこの短時間で『書き換え(リライト)』をして彼女の炎を奪うまではできなかったけど、炎の流れに干渉して人一人が入り込むぐらいの『穴』を空けるぐらいならできる。勢いを殺すことなく作り出した穴に跳び込んだ先に見えたのは、自分の何倍もある巨大な炎を操ろうと制御していた少女の息を呑む顔。

 

意識の消去(デリート)

 

 小声で右手に持つ光力銃に能力を付与させ、俺は黒髪の少女へ向け撃ち放った。バラキエルさん以外で初めて他人に向けて銃を撃ったが、それを気にしている余裕がない。彼女は強い。躊躇をしていたら、負けるのは俺だ。相棒の能力のおかげで、無理やりにでも冷静さを保てるのは、甘い俺には必要な処置だろう。

 

 先ほどの魔法の罠を対処した方法を見て、彼女が全身を炎で纏う防御壁を展開できることはわかっていた。下手に攻撃をしても、それで防がれては意味がない。それなら、彼女がこちらの攻撃を防ぐことができない状況を作り出すしかないだろう。

 

 その策の一つとして、大技を制御している最中という無防備な状態を狙った。ラヴィニアも、『氷姫人形(ディマイズ・ギアドール)』を制御している時は、満足に自衛ができなかったからだ。これで決まれば、万々歳だったんだけど……。

 

 

「はぁぁッーー!!」

 

 ――一閃。彼女の持つ鈍い輝きを見せる朱色の鉄扇が、俺が放った光力を真っ二つに斬り割いた。攻撃力も反射神経もヤバいな。あの鉄扇、相当な業物だろう。さすがに出力最低状態の光力の弾では、勝てないのは仕方がない。俺は溜息を一つ溢し、仕切り直すためにも彼女との間合いを測り、無難に距離を開けておく。俺の勝利条件には、バラキエルさんが来るまでの時間稼ぎもあるのだ。焦る必要はない。

 

 それに、今の攻防で収穫もあった。あの防御型の炎は、自動機能ではない。彼女の意思によって、発動していると確信が持てた。それなら、次は彼女の『認識外』からの攻撃を試してみればいい。炎の解析も進んでいるから、たとえ彼女が本気になっても、攻撃を躱し続けるぐらいならできるだろう。

 

 ここでもし、彼女が炎以外の攻撃手段に出られたら非常に困るのだが、彼女の一族の特性を考えれば、その可能性は低い。彼女は、――姫島家は、火之迦具土神(ヒノカグツチ)と、その系統に属する神々を信仰する、由緒正しき火の加護を得ている一族だ。姫島家はそれこそ、火の加護を得なかった者には追放を強いるぐらいの潔癖さもあった。

 

 故に、火の力を信仰する一族の出身である彼女が、それ以外の系統に触れることは『許されない』。

 

 

「……正直、侮っていたわ。その銃、堕天使の光力……それも雷光が籠められているのね。なら、あなたは『雷光』のバラキエル殿の部下かしら」

「教官ではありますよ。それで、姫島家のご令嬢が単身で乗り込んできたのは、どういう訳ですか?」

 

 お互いに油断なく構えるが、ようやく会話が成立したことに心の中でガッツポーズをする。俺が先にやらかしちゃったのが原因ではあったけど、問答無用に襲ってこられるのは勘弁してほしい。

 

「決まっているでしょう。姫島の次期当主として、朱璃おばさまに会いに来たのよ」

「……一人で?」

「あら、姫島家からは黒い天使がおばさまを無理やり攫ったと伺ったわ。でも、堕天使の組織の言い分では、おばさま自身の意思で雷光と情を交わしたと伝えられている。そちらの言い分が正しいのなら、私が直接この目で確かめに来ることに否はないでしょう?」

「えっと、なるほど。ちなみに、姫島家の皆さんはご存じで?」

「いいえ。姫島の現当主様からは絶対に関わるな、と言明されていましたが、居ても立ってもいられなかったんですもの」

 

 堂々と胸を張って告げる小学生女子。まさかこの子、姫島家に無断でここへ突撃しにきたのか!? 『行動力:アザゼル』並みのステータスに頬が引くつく。見た目や言葉使いはクールそうに見えて、内側は相当な破天荒娘だとわかってしまった。もし姫島家の言い分が正しかったら、命だって危なかったかもしれないのに。それでも、彼女は朱璃さんに会って直接確かめるために、単身でここまで乗り込んできたのだ。

 

 罠かと一瞬思ったが、たとえ罠でも彼女を姫島家が危険にさらす訳がない。姫島朱璃さんのお姉さんの娘さん。そして、生まれながらにして火之迦具土神の加護を受け、姫島家が司る霊獣『朱雀(すざく)』と同調し、その名すら真名であることを許された一族きっての才女であり、将来の当主を約束された少女。

 

「改めて、ご挨拶させてもらうわ。私は、姫島朱雀(ひめじますざく)。朱璃おばさまの姪であり、一族に忌み嫌われている従姉妹が、本当に姫島にとって『罪』なのかを確かめに参りました」

 

 洗練された動作で一礼をする、凛とした黒髪の少女。彼女の表情はどこまでも真剣で、見た当初から感じていた強い意志を宿す赤い瞳は、全く揺らぐことがない。心の中で納得を浮かべながら、彼女の容姿と名前に唇を引き結ぶ。少なくとも、俺だけの判断で彼女の証言全てを信じる訳にはいかない。現に、お互いに鉄扇と銃は構えたままなのだから。

 

 姫島の姫君との邂逅。俺の持つ原作知識には、登場することのなかった夕陽色の瞳を持つ少女。本来の歴史なら重なるはずがなかった俺と姫島朱雀の道は、こうして交わったのであった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。