えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百七話 朱雀

 

 

 

 凛とした夕陽色の瞳を持つ、朱乃ちゃんとよく似た黒髪の少女、――姫島朱雀(ひめじますざく)。朱璃さんのお姉さんの娘さんで、生まれながらにして姫島家の次期当主としての才覚を示した才女。朱璃さんが最後に会った時はまだ幼子ぐらいの年齢だったみたいだけど、その時から火を己のものにしていたそうだ。姫島家の祭事で忙しい時、お姉さんが妹である朱璃さんに育児を頼むこともあったそうで、巫女さんをやっていた彼女の下へよく遊びに来ていたらしい。

 

 彼女が本当に「姫島朱雀」なのかの確証はないけど、ここまで朱璃さんと朱乃ちゃんにそっくりだと信憑性の方が高い。それにこんなにも実力のある小学生が、姫島家にごろごろしているとは精神的に思いたくない。何で俺が出会う裏の関係者って、毎回実力者ばっかりなの? 修行とかめっちゃ頑張って、少なくとも一年前よりは明らかに成長していると思うのに、余裕みたいなのが全く生まれない。

 

 アザゼル先生から自己評価が低い云々言われているけど、原作のインフレ展開を知っているとどうもな…。それに、俺の周りにいるのが実際に強いヒト達ばっかりだ。卑屈になる気はないけど、慢心できる環境でもない。実力者と真正面から戦闘するつもりは全くないけど、それでも隣でサポートできるぐらいには実力をつけて、置いてけぼりにならないように頑張らないといけないのが現状の俺だった。

 

 とりあえず、今はこちらの戦況の分析をするか。堕天使ラスボス講座で、相手の力量を量る大切さは教えてもらっている。先ほどの攻防でわかったけど、彼女は特化型のウィザードタイプでパワー寄りだ。接近戦もできるみたいだけど、炎を操ることの方が得意だろう。威力もさることながら、炎という不定形の異能であるため、攻撃や防御にと色々応用も効きやすい。普通に戦ったら、かなり攻めづらいタイプだ。シンプル故に、隙が少ない。

 

 ただ俺の場合、相手が『特化型の異能者』であることが、今の互角に持ち込める状況を作ってくれた。パワーがない俺が彼女に勝つのは難しいが、逆に彼女の炎を『書き換え(リライト)』で解析完了すれば俺が負けることはほぼない。当初の目的通り、時間稼ぎに徹することに問題はなさそうだろう。お互いに膠着状態なら、味方が増えた方が有利になるのは当然。今のところ、仙術もどきで引っかかる気配はない。

 

 それに、相手も先ほどの攻防から、攻撃すればするほど動きが良くなる俺に、迂闊に攻められないと思う。先ほどの炎の渦を、俺がどうやって突破したのかというからくりも見破っていない。そんな状態で様子見を続けるのは、俺が彼女の立場ならありえない。再び戦闘が始まったら、今度は本気で潰しに来る可能性があるか。俺が彼女なら、これ以上自分の情報を与えないためにもそうする。さすがに朱乃ちゃんとよく似た彼女と、気持ち的にこれ以上の戦闘はしたくない。

 

 出来れば、戦うのは避けたい。なら、彼女が会話に応じてくれるというのなら、それに応えることに否はない。

 

 

「それで、あなたは何者で、『雷光』のバラキエル殿とはどういう関係なのかしら?」

「……俺は、バラキエルさんのご家族の護衛だ。侵入者の気配がしたから、ここへ入り込んだ目的を探るためにここへ来た」

「そう。『雷光』の関係者なら姫島の人間を警戒するのは、仕方がないわね」

 

 俺のことを聞かれたが、さすがに本名も魔法使いとして使っている偽名も使わない方がいいだろう。彼女個人の問題ではなく、彼女の背後には五大宗家の一角である姫島家がある。俺はかなり特殊な立場だから、俺に関する情報を伝えるのは避けるべきだ。あちらも、名乗らない俺に対して小さく肩を竦めるだけだった。

 

 それにしても、近くで見れば見るほどそっくりだなぁ…。雰囲気は全然違うし、顔つきや口調は厳しいけど。朱璃さんがほんわかしていて、朱乃ちゃんが明るく元気で、姫島朱雀は冷静沈着な感じだ。行動力に関しては、全く冷静でも沈着でもない気がするけど。

 

「やっぱり君が、姫島朱雀か…」

「あら、私のことを知っていたのね」

「いや、たまたま知っていたというか…、聞いていたというか……」

 

 彼女の自己紹介を聞いて、朱璃さんの顔を思い浮かべてしまった。姫島朱雀とは初対面だし、情報源は朱璃さんの身の上話だけ。こうして面と向かって出会ってしまったこと自体、全く想定していなかった相手なのだ。俺の煮え切らない返事に、姫島朱雀は小さく吐息をつくと鉄扇を下ろし、警戒しながらも俺の方を真っ直ぐに見据えた。戦闘態勢を解いた彼女に倣って、俺も銃を下ろしておく。

 

「私のことを聞いていたというのは、堕天使から? それとも、朱璃おばさまから?」

「それは…」

「まさか朱璃おばさまは、私達姫島の情報を堕天使に売ったの?」

「――なッ、違うっ! 朱璃さんは、そんなことしていない! 朱璃さんの昔話を聞いた時に、偶然キミのことを聞いただけで――」

 

 そこまで言いかけて、夕陽色の瞳が笑ったのを見た。あっ、これ完全に誘導尋問だ。この子、自分の戦闘の情報を渡さない代わりに、会話で俺の情報をもらう方向にシフトしたらしい。落ち着け俺、クールだ。クールになるんだ。思っていることが顔に出るとまで言われている俺の表情筋よ、今はお休みしていなさい。会話で時間を稼ぎたいけど、会話したら情報を取られるかもしれない。何この八方塞がり。

 

 とにかく、彼女に会話の主導権を取られたら駄目だ。この土地は堕天使の管轄で、無断で侵入したのは彼女の方。姫島家のお姫さまであったことは想定外だったけど、雷光であるバラキエルさんに任されている俺の方が、一応立場は上だよな?

 

「罠を張っていたのは俺だけど、いきなりあそこまで攻撃しなくてもいいだろ」

「私ですら全く感知できなかった罠が発動されてすぐに、『銃』を持った『所属不明の人間』が突如現れたのよ。あなたの隠密の練度から見ても、堕天使を監視している別の勢力の可能性もあった。もしかしたら、私を姫島の次期当主と見て、狙った人間の組織の可能性もね。堕天使陣営かもわからない戦闘準備万全な人間相手に、さすがに話し合いから入るのは無理よ。でも、申し訳なかったわ。うっかり『勘違い』してしまって」

「……そういうことなら、理解した」

 

 ちょっともやもやするが、罠張って、銃持って、いきなり現れたのは俺だから『自衛のために』攻撃されたのは頷くしかない。俺が堕天使側の人間だったのなら、状況証拠から『勘違い』したと謝罪されたら、こちらも強く言えないだろう。言い含められている気はするけど、ここで口喧嘩をしても仕方がない。彼女の強かさや実力から見れば、相手が人間ならとりあえず無力化してから話を聞こうとしていたのかもしれない。

 

 ここは結界の入り口付近。一般人だって、稀に入り込んで迷子になる場所だ。俺はたまたま鳥居の結界の中にいて、仙術もどきで姫島朱雀の存在に早々に気づいただけで、もっと中程まで入り込まれなければ朱璃さん達も気づくのは難しい。まぁ、戦闘に入ってしまったのはもうこの際、納得する。お互いに無傷だし。それでも、彼女が侵入者であることは変わらない。

 

 

「でも、そっちだって、姫島の次期当主が堕天使の管轄にいきなり入ってくるなんて何を考えているんだよ。アポイントぐらい取ってから、正式に訪問してくればいいじゃないか。姫島に黙ってくるなんて、殴り込みと思われてもおかしくないぞ」

「……姫島には、何度もおばさまへの面会を望んだわ。でも、誰も受け入れてはくれなかった。堕天使への伝手もなくて、それでもなんとか隠れて聞き込み回ったことで、ようやく朱璃おばさまがいるこの山のことを知ったのよ。おばさまに会いに行くなんて姫島家に知られたら、家に閉じ込められてしまうから、姫島に列する神社へ訪問に行くと偽って、抜け出すしか方法もなかったわ」

「そこまでして…」

「そこまでしないと、おばさまに会えないとわかったからよ。母さまは、ずっと朱璃おばさまのことを心配して泣いている。私だって、ずっと会いたかった。来年には、私は霊獣『朱雀』継承の儀を行い、正式な跡取りとして認められるわ。でもそうなったら、私は家に縛られて、自由に動くことはできなくなる。今しか、チャンスがないと思ったの」

 

 彼女は次期当主の肩書はあれど、小学生の女の子だ。邪悪とされる堕天使に会わせる訳にはいかないと、一族に危険だからと遠ざけられてもおかしくはない。だから、姫島が許可を出さなかったら、普通に姫島朱雀も諦めるだろうと考えていたのだと思う。なので、まさかこうして姫島家を無断で跳びだし、堕天使の管轄に「叔母と従姉妹に会わせろ!」と突撃しているとは想像すまい。できたらすごい。

 

 この子、小学生とは思えない行動力の化身過ぎる。確かに、姫島家と交渉をしたい堕天使側の実情的に、彼女の存在が無碍にされる可能性は低い。姫島の姫に何かあったら、それこそ堕天使と姫島の関係の修復は完全に不可能になる。無謀ではあるが、彼女は自分自身を人質にして、堕天使に身内と会わせて欲しいって交渉に来た訳か。これは、堕天使側の証言を相当調べてここへ来たのだろうことが窺えた。

 

 そういった多少の打算はあったとしても、とんでもない度胸だ。怖いもの知らずというか、本当に無謀に近い。異形の領域に無断で足を踏み入れるというのは、それだけ危険な行為なのだ。普通の人間は、容易く自分の命を屠れる異形の下へ単身で来れない。自分とは違う未知の存在とは、それだけ隔たりがあるのだから。

 

 でさ、相棒。さっきから「お前が言うな」みたいな思念は、そろそろやめてくれる? 俺もだんだん居た堪れない気持ちになってくるから。確かに俺も小学生の時に「友達のために!」を理由に魔王の隠れ家へ無断で突撃したり、皇帝に無茶ぶりしたり、ミルキーで教会を襲撃したり、色々やったけどさ。メフィスト様に、毎回頭を抱えさせた常習犯なのは認める。……今思うと、俺が突撃した方々がみんな優しいヒト達でよかったよ。

 

 それに、もし俺が姫島朱雀の立場だったら、たぶん俺も似たような行動をとっていたかもしれないと思ってしまった。自分の大切な人が急にいなくなって、それが異形の勢力で暮らしているとわかったら、無事なのか心配になって当然だ。メフィスト様に止められても、なんとか確かめることはできないかと諦めずに行動してしまうと思う。それが例え、周りから無謀だと思われることでも。

 

 

「……その、キミの行動の訳はわかったし、危険を承知でここまで来たのはわかったよ。朱璃さんのことが心配だったのも理解できた。俺だけの判断でキミの処遇は決められないから、バラキエルさんが来るまでここで待っていてもらいたいんだけど、それは構わないかな?」

「朱雀でいいわ。『雷光』と交渉に来たのは私だから、繋いでくれるというのなら待ちます。それにしても、あなたは護衛でしょう。私に対して、それだけでいいの?」

「えっ、あぁ。今、……朱雀が言ったことが真実なら、理解はできるし」

 

 俺が首を傾げながら理解を示すと、彼女の方が困惑を浮かべてきた。彼女の目的が朱璃さんと朱乃ちゃんに実際に会って話がしたいだけなら、俺からは何も言うことがない。決めるのはバラキエルさんや朱璃さん達だ。姫島朱雀が二人に対して、敵意があれば俺も口を挿んだだろうけど、そういう感じには見えなかった。

 

 彼女の行動は確かに突拍子もないし、こちらを警戒してか表情や言葉使いもそれに準じて冷たい。だけど、朱雀の言葉は純粋で真っ直ぐなものだと感じたのだ。彼女の性格的に、気に入らないものがあったら自分の力でとことん変えていこうとする気概が見えた。裏で(はかりごと)をするよりも、真正面から叩きのめすのが似合う気がしたのだ。

 

 もちろん、彼女が朱璃さんと姫島の『罪』と称した朱乃ちゃんに対して、少しでも負の感情を向けたのなら俺は敵対することを迷わない。俺には悪意の有無を選別できる力がある。朱璃さんや朱乃ちゃんに危険が迫るのは、俺にとって認められない事態だ。

 

「こんな突拍子もない理由を信じることができるの?」

「嘘には感じなかったし、あと朱雀からは嫌な感じがしなかったから」

「本音を言えば、さすがに今回の訪問の仕方は、自分でも無茶なことをやっている自覚はあるわ。それでも?」

「えっと、でも、これ以外に方法がなかったんだろう? バラキエルさんなら、キミの話を聞いてくれると思う」

 

 姫島の姫としてだけでなく、ただでさえ朱雀は彼の愛する妻と娘によく似ているのだ。まず、侵入者だからって悪い扱いはされないと思う。それに朱璃さんのお姉さんの娘さんで、過去に朱璃さんがお世話していた子であることも聞いている。バラキエルさんが傍にいれば、まだまだ子どもである彼女を無力化することも難しくない。

 

 それに、もし彼女が朱乃ちゃんを受け入れてくれるのなら、姫島家に対する情報を教えてくれるかもしれないのだ。姫島の伝手が手に入るのは、俺にとって非常に重要である。あと、彼女の存在は原作でも存在したのかもしれないと思ったのだ。もし彼女のような存在がいたのなら、数年後の原作で堕天使と日本の組織の和解が多少でも成り立っていた理由になると考えた。俺の予想でしかないけど。

 

 俺からの返答に、今度こそ目を見開かれる。確かにずっと堕天使陣営に対して辛辣な態度を見せ続けていた姫島家の、それも次期当主の言葉をあっさり信じたら護衛として駄目なのかもしれない。それでも、俺は納得できてしまったのだ。こういうところが、アザゼル先生に能天気と言われる所以(ゆえん)なのかもしれないな。どっちにしても、バラキエルさんを待つことには変わりないんだし。

 

「正直、納得されるとは思っていなかったわ」

「そうか? 俺としては、身内に会いに来た、って理由ほどしっくりくるものはないけど」

「私が抱えているもの、おばさまが抱えているもの全てを考えれば、普通はそんなにあっさりと受け止められないもの」

 

 じっとこちらを観察していた赤い目が、少し和らいだような気がする。ちょっと残念なものを見る目のような気もしたけど、気のせいだと思いたい。

 

「でも、そうね。……信じてくれるのなら嬉しいわ。ありがとう」

「あ、あぁ」

 

 お互いに警戒は解いていない。だけど、彼女の口元に笑みが浮かび、柔らかな目尻になると、朱璃さんのような温かな雰囲気を自然と感じた。笑うと年相応の子どもらしい可愛らしさが見えて、少しタジタジになってしまう。あれだ、ギャップというやつなのかもしれない。さっきまで獲物を狙う鷹みたいな感じだったから。

 

「ねぇ、あなたから見て、朱璃おばさまは幸せそう?」

「……少なくとも、笑っているよ。料理がすごく上手で、よく下拵えの仕方を教えてもらっている。この前は拾ってきた銀杏を水に浸した後、実の崩し方や種子の剥き方を教わりながら一緒に作業したよ」

「まぁ、おばさまらしいわ。おばさまの料理、今でもおいしかったって覚えているもの」

 

 懐かし気に目を細める姫島朱雀の表情は、家族のことを話していた朱璃さんの寂しそうな横顔と重なって見えた。あぁ、本当に…。言葉では確かめるとか見極めるみたいなことを言っていたけど、彼女はただ家族に会いに来ただけなんだな、と素直にそう思えた。

 

「私の従姉妹、……朱乃って言うのよね」

「あぁ、すごく良い子だよ」

「そう、早く会ってみたいわ」

 

 それ以降、俺達の間に言葉はなかった。お互いに慣れ合うという感じではなかったし、それでも居心地は悪くなかったと思う。とりあえず、今の内に使い魔とのラインを繋げ、リンに連絡を入れておく。姫島朱雀のことを話すと、「カナみたい」とポツリと言われた。絶対に良い意味じゃないよな!

 

 朱雀の行動力に戦慄していたが、もしかして俺、周りからみたらこんな風にドン引きされるような行動をいつもしていたのか……? 彼女の行動に共感できてしまった時点で、何とも言えない気持ちになる。客観的に自分を見つめ直すのが、すごく怖くなってきたんだけど。

 

 

 そんな感じで遠い目で黄昏ながら、待ち続けて数分後。鳥が羽ばたくような小さな音が耳に入ると同時に、俺の気配察知に反応があった。上空へ視線を向ける俺に気づき、赤い瞳も同じように天空へ目を配る。短く切り揃えられた黒髪に顎鬚、強面な顔立ちの偉丈夫が大急ぎで飛んできたのだろう、額に汗を浮かべながらこちらへと飛んでくるのが見えた。

 

 堕天使の登場に少し身体を強張らせた少女へ、「あのヒトが、バラキエルさんだ」と伝え、目印になるように手を振っておく。リンからのテレビ電話通信で、姫島朱雀のことを聞いていたのだろう。俺から離れた場所に佇む彼女を一瞥すると僅かに目を見開いただけで、油断なく俺の傍へと降り立った。バラキエルさんは、難しい顔で彼女を見据えると、考え込むように俺へ声をかけた。

 

「……状況は?」

「教官が来るのを待っていました。最初、誤解から戦闘がありましたが、彼女にこちらとの交戦の意思はないようです。彼女は姫島家の次期当主である姫島朱雀。彼女の要求は、姫島朱璃さんと姫島朱乃との面会。ただ、姫島家には無断で交渉に来たようです。俺だけでは判断ができなかったため、また彼女も教官と話がしたいと考えていたため、バラキエルさんの到着まで待機していました」

 

 現在はバラキエルさんの部下として認識されているため、簡潔に情報を伝えておく。俺の報告に特に異論はないようで、朱雀も静かに頷いている。彼女は堕天使との伝手がないと言っていたし、姫島家で育てられていたのなら、きっと本物の堕天使を自分の目で初めて見たのだろう。先ほどまでの落ち着いた態度を崩さないようにしているが、緊張がこちらにも伝わってきた。

 

 それでも、最初に目が合った時と同じように、決して折れることのない強い眼差しを向けてくる。先ほど俺にしたようにバラキエルさんに一礼をし、自分の身分や目的を語る朱雀に、糸目の目をさらに細めるようにバラキエルさんは考え込んでいるようだった。親馬鹿であるバラキエルさんにとって、彼女の存在は信じていいのか不安だろうし、でも堕天使の幹部としては姫島家との懸け橋になれるかもしれない彼女の存在はありがたい。複雑だな。

 

 そんな教官の心情を想像していた俺に、ふとバラキエルさんから視線を感じた。それに不思議に思ったが、彼は難しそうな顔のまま、彼女に聞こえないように小声で訪ねてきた。

 

「倉本奏太は、どう思う?」

「どう思うって、俺に聞きますか? 俺は、会わせても大丈夫じゃないかな、とは思っていますけど」

「それは何故だ?」

「何故って、それはえっと、……勘です」

 

 彼女の言葉が真実だという証拠はどこにもない。そんな俺が彼女の言葉をすんなり受け入れられたのは、結局は「なんとなくそう思ったから」の一言に集約される。つまり、直感だ。色々そう考えるに至った理由は話せるけど、そう思った大部分がぶっちゃけ勘なのである。

 

 そんな俺からの率直な返答に、どこか呆れたような視線と一緒に溜息を吐かれた。残念ながら、俺は真面目に勘で生き抜いている人間だから、今更呆れられても直しようがない。そもそも俺の直感を鍛えまくったのは、堕天使の方々である。大変お世話になりました。

 

「そうか、そうだったな。お前の『勘』は、私やアザゼルが育てたものだ」

「まぁ、そうなるんですかね」

「なら、教官として己が鍛えた生徒の能力を信用しない訳にはいかないな」

「えっ…?」

 

 間抜けな声をあげてしまった俺に小さく笑うと、バラキエルさんは姫島朱雀へ了承の返事をすぐさま返した。それに、俺も朱雀も呆気に取られる。まさかあの親馬鹿一直線なバラキエルさんが、俺の直感を信じて二人に会わせることを選ぶとは思っていなかった。彼がどれだけ二人を大切にしているのか知っていたからこそ、余計に。

 

 

「本当に、おばさま達に会わせてくださるの…?」

「二言はない。朱璃も、姪であるキミに会いたがっていた。……ただし、武装などは解除してもらうことになる」

「当然です。なんでしたら、拘束していただいても構いません」

「いや、……さすがにそれは」

 

 一瞬感極まったように潤んだ瞳を慌てて律し、朱雀の潔い言葉にバラキエルさんが困ったようにしている。覚悟はできている、というように彼女は両手を差し出すが、ちょっとそれはさすがに待ってあげてほしい。大の大人が小学生を縛るのは、社会的に駄目だから。朱璃さんに見られたら、ドSが降臨するから。朱乃ちゃんにアブノーマルな世界はまだ早いから。拘束された従姉妹との初対面とか、俺でもちょっと…と思うよ。

 

 そりゃあ、彼女はこの年で次期当主と称される実力者だ。朱乃ちゃん達の安全を考えれば、拘束をしておくのは間違っていない。彼女の炎や体術はそれだけ脅威だし、能力を封じておくのは当然の処置だろう。彼女もそれをわかっているから、自分から誠意を見せるためにも言ったのだと思う。裏の人間の行動として、彼女の方が間違いなく正しい。表から見たら、ひどいことになるけど。バラキエルさんが脂汗を流すぐらい悩む姿を見て、めちゃくちゃ葛藤しているのがわかった。

 

 しかし、武装解除か…。悩むバラキエルさんを横目に、俺はポケットに入れていた罠に意識を向ける。これ、ある意味で武装解除になるのかな? 解除というより、装着という方が正しいけど、効果は似たようなものだ。俺がごそごそとポケットから小さなコンパクトを取り出すと、両者から不思議そうな視線をいただいた。

 

 自分でも本当にそれでいいのか、と冷静に訴えてくる思考はあれど、それでも朱乃ちゃん達の安全とバラキエルさんの社会的な地位を天秤にかければ、これを取り出さない訳にはいかない。朱雀に断られたら、別の手を考えたらいい。嫌がられる可能性の方が、圧倒的に高いけど。

 

「えーと、実はですね。バラキエルさんとの罠訓練で、ここら辺に仕掛けまくっていたアイテムなんですけど。このコンパクトに触れて、合言葉を言うとその人を『魔法少女』に変身させてしまう装置なんです」

「魔法、少女……?」

「なんてものを人の家の周りに埋めているんだ、お前は」

 

 朱雀のきょとんとした表情と、バラキエルさんの頭が痛そうな様子に、俺も乾いた笑みが浮かんでしまう。なお、姫島家のご令嬢としてニュースは見ても、アニメやバラエティーなどを見ることはなかったようで、一応簡単にだが魔法少女について説明をしておく。俺からの説明に困惑を浮かべていたものの、それなりに納得はしてくれたらしい。

 

「つまり、その魔法少女? というものに変身すると、フリフリの可愛い衣装に強制的に着替えさせられ、魔法少女魔法という特殊な術式でなければ、既存の術を発動させることが出来なくなるという訳ね。そして魔法少女とは悪と戦い、世界平和のために頑張る愛の戦士だと。そのような組織が日本にあったなんて、私もまだまだ勉強不足だったみたいね」

「いや、確かに日本に魔法少女が大量発生はしているけど、ちょっと解釈に違和感が……」

「わかったわ。貸しなさい」

 

 えっ? と今度は俺が困惑を浮かべたが、彼女は何も恐れることなく、俺の持っていたコンパクトを自分の手に乗せた。それに信じられない目を向けてしまったが、姫島朱雀は凛とした姿勢を崩すことなく、堂々と告げてきた。

 

「それで、合言葉は何かしら?」

「えっ、えっ? 正気?」

「説明を聞いた通りなら、魔法少女に関して知識のない私は、火之迦具土神(ヒノカグツチ)の異能を操ることが出来なくなるわ。そして、強制的に衣装を変えられるのなら慣れない衣服を纏うことで動きも阻害される。これなら、朱璃おばさまと朱乃を怯えさせることなく堂々と会えるでしょう」

 

 覚悟完了している少女に、俺は冷や汗がダラダラ流れる。彼女には、羞恥心がないのか。違う、叔母や従姉妹のためなら羞恥心すら越えてみせる覚悟を持っているのだ。フリフリな衣装を叔母や従姉妹に見られる恥ずかしさや黒歴史よりも、彼女は信頼されることを優先した。

 

 さすがは、姫島家の次期当主。霊獣『朱雀』に認められた才女。とんでもない精神力だ。あのバラキエルさんでさえ、ちょっと引いているぞ。

 

 

「ミルキーマジカル、スタンドアップ」

 

 そして合言葉を知った姫島朱雀は、棒読みであるがしっかりとした口調で迷うことなく言ってのけた。コンパクトからカラフルな光が溢れ、星やハートマークの乱舞が起こる。キラキラエフェクトに包まれて変身している最中、俺とバラキエルさんは、そっと目を逸らしていた。ちょっと目が死んでいたかもしれない。姫島のお姫様を成り行きで魔法少女にしちゃったよ、どうしよう。

 

 それから、つやつやの黒髪が二つに束ねられ、赤紫のレースやふわふわのリボンがついた白い魔法少女(ミルキー・ホワイト)に変身した朱雀に、俺は言葉を失う。彼女は、魔法少女の衣装を完璧に着こなしていた。恥ずかしがることなく、真っ直ぐに伸びた美しい姿勢のまま、凛とした清廉な空気が漂うぐらいに堂々とそこに立っていたのだ。

 

「さぁ、行きましょう」

 

 手で滑らかな黒髪を搔きあげ、ブーツで地面を蹴る音を甲高く響かせながら先に進む美少女。思わず、カッコいいと思ってしまった。それと同時に、「こいつには絶対に勝てねぇ」と俺は敗北を認めた。ラヴィニアに続く、絶対に俺が勝てないと認めた相手の名前に『姫島朱雀』の名前が記載されたのは、間違いなくこの瞬間だっただろう。

 

 

 ちなみに、魔法少女になって面会を果たした姫島朱雀を目の当たりにした朱璃さんは、感動の再会よりも先に可愛い姪っ子が魔法少女になっていることに頭を抱え、ニコニコと背後にドラゴンに勝るオーラを纏った状態で、俺とバラキエルさんを正座させて説教した。ごめんなさい、俺も迂闊でした。朱雀は全く気にしていないが、これを姫島というブランドを大切にしている本家に知られたら真面目に殺される。本人には首を傾げられたが、誠心誠意他言無用でお願いしました。

 

 なお、魔法少女で現れた朱雀に、「本物のミルキーだー!」で大喜びして大興奮したリンと朱乃ちゃんに、彼女もご満悦なようだった。朱乃ちゃんはリンと一緒にアニメを見ていたから、その影響だろう。目的の従姉妹だけでなく、さらに何でかいるドラゴンも合わせて、最初はドギマギしていた姫島朱雀だが、朱乃ちゃんの純粋な眼差しと邪気のない笑顔に、固かった少女の顔が自然と柔らかくなっていくのが見えた。

 

 野生の勘を持つリンも彼女を警戒していないから、問題ないって判断されたのだろう。俺が説教されている間に、朱乃ちゃんと朱雀はすっかり仲良くなってしまったようだ。ちょっと寂しい。朱乃ちゃんのお兄ちゃんは俺なのに。このままでは、兄の居場所を『姉』に取られてしまう。慌てて参戦した俺に、朱乃ちゃんは笑顔で迎えてくれた。癒しである。

 

 そんなわいわいする俺達の様子に、困ったように頬に手を当てながら、でもおかしそうに笑う朱璃さんが見えた。バラキエルさんと寄り添いながら、眩しそうに。同じようにその姿を目にしたのだろう朱雀が、「よかった、おばさま」と小さく呟く声が聞こえた。ちらっと視線を向けると、最初に出会った頃より、ずっと晴れ晴れとした表情をしている。これが、たぶん本来の彼女の姿なんだろう。

 

 しばらく子ども同士でおしゃべりを楽しみ、それから朱璃さんと朱雀が二人で積もる話があるだろうと縁側に座って楽し気に話をしていた。約八年分の想いをありったけ伝えあっている二人は、叔母と姪という関係であったとしても、確かに家族だったのだろうと思えた。

 

 バラキエルさんは仕事を慌てて抜けてきたみたいだったので、朱乃ちゃんをギュッと抱きしめた後、俺に後を任せてくれた。彼も彼女なら大丈夫だと思えたのだろう。また後日、改めて話し合いをしたいとバラキエルさんに言われ、朱雀も頷いていた。

 

 姫島のことや、今後のことについて、色々あるからな。姫島家と関わりを持つ俺にも関係があることだから、少しでも現状をよくできるようにしていきたい。朱乃ちゃんに本名を言わないように言うのを忘れていて、それを聞いて含みのある視線をもらいながら、俺は隣の魔法少女から目を逸らした。

 

 こうして、姫島家の日々に新たな出会いが齎されたのであった。

 

 


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