えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百八話 買い物

 

 

 

「ふーん。じゃあ、そっちはもうちょっと時間がかかる感じなんだ」

『はいなのです。すみません、協会に帰るのは遅くなってしまいそうで。カナくんの魔法のお勉強もできないままですし…』

「ちゃんと自習をしておくから、気にしなくていいよ。久しぶりの里帰りなんだろう? ゆっくりしてきたらいいさ」

 

 むしろ俺が『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』に所属してから一年間、ほぼ毎日魔法の勉強をラヴィニアに見てもらっていたことの方が申し訳なかったぐらいだ。一般人として生活をしている俺と違って、魔法使いとして正式に仕事をしているラヴィニアとでは、自由に使える時間の大切さが違う。俺なんて休日や時間があいている時に協会へ行く以外は、基本姫島家へ行ったり、協会の内職を家でしたり、のんびりゲームをしたり、小説や漫画を読んだり、ミルキーに遠い目をしたりで、かなり自分の好きなように時間を使うことが出来た。

 

 これでいいのか? と俺でも思ったけど、メフィスト様からは「カナくんは『灰色の魔術師』の所属だけど、まだまだ見習いみたいなものだからねぇ。最低でも義務教育の間ぐらいは、親御さんの下にいるべきさ」とニコニコと告げられた。表側の生活を大切にしなさい、と頭を撫でられたのはもう随分前のことだ。将来は外国へ行き、裏の世界で生きていくことが決定しているのだから、表の世界でのんびり過ごせる時間は今しかない。そういった俺の事情を考慮に入れてくれたのだと思う。

 

「ラヴィニアの魔法講座はすごく助かっているけど、無理はしないでほしい」

『無理じゃないのですよ。私が好きでやっていることですから』

「……わかった。でも、ラヴィニアの都合だって大切なんだから、それを優先することは何も悪くないんだ。だから、俺に謝るのはなしな。帰ってきたら、またよろしく頼む」

『はいなのです!』

 

 相変わらず頑固で優しいパートナーに、心配と一緒に小さな笑みが浮かぶ。手に持っている水色の魔法陣が描かれたカードに映る、金色の髪に白い魔法使いのローブを身に着けた少女の投影。申し訳なさそうに碧眼を伏せる姿に、俺は笑顔で返事を返した。夏休みからグリンダさんの家へラヴィニアが帰郷してしばらく時間があいたため、約一ヶ月と半月ぶりの通信となる。こうしてラヴィニアと会話をするのは久しぶりな気分だ。

 

 なんでも、グリンダさんが住んでいる領域は少々特殊な場所らしく、深い森の中であまり外界との関わりもないらしい。魔法使いの領域は特殊な結界で外界との繋がりを歪めていることが多く、グリンダさんのいる森も例外ではない。こうしてラヴィニアが通信をするのにも、いったん森の外に出なければならない都合上、どうしても連絡を取るのは手間になってしまうのだ。

 

 なので、ラヴィニアはゆっくりしてきたらいいよ、と帰郷前に告げ、お互いにしばらくは連絡をしないようにしていた。俺から通信を繋げても結界で阻まれる可能性が高いので、ラヴィニアの方から時間が取れるときに連絡を取り合おうと決め、ようやく都合がついたのが今日の朝だった訳だ。

 

 

「グリンダさんのところで、魔法の修行を頑張っているんだっけ?」

『はい、私が正式に『灰色の魔術師』に所属することを決めたと聞いて、それなら魔女として旅立つ弟子に自分が教えられる魔法を餞別として渡したいって』

「へぇー、良い師匠じゃん」

 

 俺が感心したように呟くと、ラヴィニアも嬉しそうに頷いていた。グリンダさんがラヴィニアを『灰色の魔術師』に預けていたのは、この世界の魔法使いとして生きるのならば外の世界を知り、交流を深め、多方面の魔法に触れることで研鑽を積ませるためだったらしい。だから、ラヴィニアは協会の所属にはなっていたけど、正式にはメフィスト様がグリンダさんから預かっていたかたちみたい。

 

 確かに神滅具持ちの幼い女の子を適当な組織に預けられないし、他組織に狙われる危険性もある。だから、最大規模の魔法使いの組織であるネームバリューを、上手く利用したってことか。さすがに神滅具の存在を知っても、大悪魔であるメフィスト・フェレスが保護しているとわかれば二の足を踏む。グリンダさんはあまり表に出るような魔女ではなかったらしいので、『氷姫』の師匠だとは伏せられていた。改めて聞いても、色々謎が多い人だと思う。

 

 そんなグリンダさんは、ラヴィニアの進む道を快く祝福してくれたようだ。自分の弟子が自分の跡を継がずに別の組織へ正式に所属するなんて、普通ならなかなか認められないことだろうに。しかも彼女は、神滅具を持ち、才能もある魔法少女だ。それを全部理解しながら、グリンダさんはラヴィニアの選択を尊重したのだ。それだけでも、このグリンダさんという人がどれだけラヴィニアを大切に思ってくれているのかが分かるというものだ。

 

「パートナーにいつも助けられています、って挨拶とかお礼がしたいけど、俺は会えないんだよなぁ…」

『申し訳ありません。グリンダは悪くないのですが、彼女の所属する組織は『運営の方針』的にカナくんのことを伝えるのは危険かもしれないのです。メフィスト会長の許可がないといけません』

「運営方針の違いか…。詳しくはわからないけど、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』と『グリンダさんの所属する組織』は元々一つの組織として存在していたけど、大昔に分断されて今の二つの勢力に分かれたんだよな。ラヴィニアが預けられたのも、その伝手からだって聞いたけど」

 

 簡単にだが、メフィスト様から教えてもらった事情を話すと、ラヴィニアはその通りだと肯定を示す。残念ながら、その『運営方針』に関して俺は知らない。どうして二つに分けられてしまったのかも。まだまだ見習い魔法使いの実力では、組織の裏事情を話すのは(はばか)られるからなのかもしれない。それにモヤっとはするけど、知らされないのには知らされないだけの理由があるのが、この裏の世界なのだ。

 

 『王』の駒のように、その存在を知っているだけで危険ということだってある。ラヴィニアはクレーリアさん達の救出に協力してくれたけど、彼女は『王』の駒などの悪魔社会にとって禁忌とされる内容は一切知らされていない。それでも、ラヴィニアは何も聞かずに友達を助けるために手を貸してくれたのだ。だから俺に出来ることがあるとすれば、もしもの時にその裏の事情を知っても、しっかり対応できるようになることだろう。メフィスト様から一人前の魔法使いとして認められるように、これからも頑張るしかない。

 

 

『あっ、そうなのです。カナくん、もしよろしければ転送して欲しいものがあるのです。グリンダがすごく興味深い、って言っていましたから』

「ん? 俺に用意できるものなら構わないぞ。グリンダさんが欲しいものだっていうのなら、お礼も兼ねてプレゼントしたいぐらいだ」

『私では入手が難しいので、助かります』

 

 ラヴィニアからのお願いに、俺は快く承諾する。お世話になっているパートナーのお師匠さんなのだ。金銭でなんとかなるものなら、だいたいのものは揃えられる。俺に出来ることがあるのなら、喜んで協力ぐらいするさ。

 

「それで、何が欲しいんだ?」

『はい、ダンガムの設定資料集全般が欲しいそうなのです』

 

 ちょっとサブカルチャーさん、自重しろよ。駒王町は魔法少女でヤバいのに、魔法使いの組織にロボを台頭させてくんな。もう処理しきれねぇよ。

 

「……『不屈なる騎士たちの遊戯(ドール・アーマー・ガーディアン)』か?」

『そうなのです。グリンダに騎士さん達を見せたら、すごくビックリされたのですよ。何が起こったのかって』

 

 グリンダさんの反応が正しい。大切に育ててきた正統派魔法少女が、突然ロボを大量召喚し出したら、どうしてこうなったのかと頭を痛めるよ。俺もちょっと悩んだから。

 

『グリンダはダンガムを知らなかったので、神秘の国ジャパンにいる魔法少女に次ぐ愛と正義と希望のヒーローだと教えたのです。最初はなかなか信じてくれませんでしたが、夏休みの時に駒王町で撮った日本の魔法少女達の写真を見せたら、「私が知らない間に、ジャパンは随分変わったのね…」と認めてくれたのです』

「それ、認めたというより、現実逃避じゃ……」

 

 見せちゃったのか、正統派魔女だろうグリンダさんに、魔法少女(カタストロフィー)の存在を。もうお詫びの品も送らなくちゃ。原作のテロ組織である『魔女の夜(ヘクセン・ナハト)』みたいな考え方の人だったら、たぶん怒り狂っていたかもしれない。本当にグリンダさんが、懐の深い方でよかったよ。きっと頭が痛かっただろうと思うので、頭痛薬を一緒に送っておこうと心に決めた。

 

『グリンダは神器の研究も行っていましたから、私の神滅具の変化に大変驚いていたのです。その変化の一端でもあるダンガムについて興味が湧いたそうで…。人形とプラモデルの違いに関する、人間の心の変化について研究も兼ねて調べてみたいと言っていました』

「うん、グリンダさんも真面目だけど、どこかズレている方だってことはわかったよ」

 

 さすがはラヴィニアの師匠である。アザゼル先生も言っていたけど、ラヴィニアの人形嫌いは相当だったみたいだし、彼女の心の傷を抉らないようにグリンダさんも気を付けていたはずだ。それを人形ではなくプラモデルだと思えばいいじゃん理論で、今までの慎重に行っていた研究をいきなりぶっ飛ばされたら、混乱ぐらいすると思う。重ね重ね、申し訳ない気分になる。胃薬も一緒に送っておこう。

 

 グリンダさんはアザゼル先生同様、研究者としての一面もある人だ。たぶんロボについて色々ツッコミたい部分はあったんだろうけど、実際に成果として見せられてしまったから納得するしかなかったのだろう。神器の研究に関して停滞気味だったラヴィニアの『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』の可能性が広げられるのなら、魔法使いとしての自分のポリシーさえも曲げてみせる。すごい研究意欲だ。ダンガムなのに。

 

 

「えっと、それじゃあ設定資料集や漫画やDVD、プラモデルセットとかも送っておくよ。ダンガム関係はネットで一括注文した方がよさそうかな…。そういえば、そっちにDVDデッキというか、テレビというか、そもそも電化製品を扱う設備はあるのか?」

『あっ、そういえば電気自体がなかったのです。魔道具や魔法でなんとか出来ていましたから』

「森の中って聞いていたから、だろうと思ったよ。じゃあ、アザゼル先生に自家発電機を頼んで、電化製品もいくつか一緒に送っておくな」

『カナくん、さらっと堕天使の総督さんを使いますね…』

 

 バラキエルさんのご家庭について、先生達の都合で俺を巻き込んだ責任があるからって、「何か困ったことがあったら、いつでも言え」って言われたからね。だから、遠慮なく困ったら頼ることにした。「こいつ、社交辞令が通じねぇ…」とかぼそっと言われたが、使える物なら何でも使うようにしている俺に、そんなことを言った先生が悪い。一応、先生ならそこまで手間のかからないことをお願いしているから大丈夫だろう。アイスとかテレビとか。

 

 それにしても、裏の世界のヒト達って、表の便利機器に関してかなり疎いのはどうにかならないのだろうか。魔道具や魔法のような力があるから、電気がなくても生活はできるんだろうけど、それでも現代っ子の俺にしてみれば信じられない思いだ。本当に便利だよ、一回使ってみたらわかるから。そのあたり、悪魔はかなり柔軟なんだよな。表の人間と契約するために、表の生活を知る必要があるから、最新機器についてもちゃんと知っている。

 

 とにかく、ダンガムはシリーズが恐ろしく枝分かれして分岐しているから、全部となるとかなりの量になる。派生作品も多いし、まずは王道から入ってもらって、次はロボ関係の作品を順次送っていく方が混乱しなくていいだろう。うーん、ダンガム初心者に対する心得とかがあればいいのに…。メフィスト様経由で知った、噂に聞くダンガムファンらしいアガレス大公様の意見も聞いてみたいけど、さすがに難しいか。

 

「アジュカ様やセラフォルー様経由なら、アガレス大公様にダンガムについて連絡とかとれないかなぁー?」

『カナくん、それ魔王さんなのです。ダンガム一つで、組織の最高権力者を複数使われるのは、さすがに申し訳ないのですよ』

 

 そういえば、先生も魔王様も超雲の上の方々でしたね。あんまりにも気軽に連絡を取り合えるから、時々素で忘れそうになる。先生とアジュカ様なんて、普通に通信ゲームで時々遊ぶぞ。セラフォルー様なんて、向こうから通信で『MMC448(ミルキーマジカルフォーフォーエイト)☆』の状況を嬉しそうに俺へ報告してくる。これ、俺の考え方もアレだけど、その最高権力者の方々のプライベート時の解放感も原因の一つじゃないだろうか。とりあえず、今回のダンガムについては自分で色々考えてみるかな。

 

 

「そうだ。これから買い物へ行く予定だったから、ついでに使いやすそうな電化製品も見ておくな。グリンダさんへのお土産も買っておきたいし。子どもだから、さすがに高額な商品は協会経由のネット注文になるだろうけど」

『急ぎではないので、いつでもいいのですよ。この後、お出かけだったのですか?』

「時間はあるから大丈夫。ちょっと、朱雀の用事に付き合うことになってな。あいつ、俺がフリーで動けるとわかったら、遠慮なく使ってきやがって……」

 

 朱乃ちゃんへの可愛がりぶりと違って、俺に対する遠慮のなさはなんとかならないのだろうか。最初のファーストコンタクトが戦闘からだったこともあり、お互いに呼び捨てでタメ口のまま、かなり明け透けな感じの対応になったと思う。朱雀のさばさばした性格とS気質は、女の子を相手にしているというより、もう異性とか関係ない友だちと一緒にいる気分だ。

 

『……朱雀なのです?』

「あぁー、ほら、姫島家と朱乃ちゃんのことは話しただろう。その子の従姉妹でさ、なかなか難しい立場なんだ。それで、堕天使の組織と繋がりのある俺が仲介に入ることで、よく情報交換をするようになった感じ」

 

 バラキエルさんの個人的な事情もあるため、ラヴィニアにはあまり詳しく話せていないけど、朱乃ちゃんと朱雀の複雑な立場は理解してくれた。五大宗家のめんどくささは、魔法使いの中でも共通の認識らしい。堕天使の領域に姫島朱雀が突撃したことも含めて話すと、「カナくんみたいな子なのです」とぼそっと言われた。周りから見た俺の評価にそろそろ泣くよ?

 

「俺はかなり特殊な立場だからさ。裏の組織に所属しているけど、無名なおかげで表の一般人としての顔を持つことができている。だから、朱雀としても頼みごとがしやすいみたい」

『姫島家に目をつけられませんか。危なくないのです?』

「俺は神器の力でオーラや異能を消せるから、一般人にしか見えないように擬態ができる。それに、友だちとおしゃべりしたり、遊んだりしているだけだしな」

 

 五大宗家の子ども達だって、表の住人との交流が全くない訳ではない。学校にだって普通に通っている。事情を知った朱雀のお母さんがこちらに協力的なおかげで、友だちと遊んでくるという小学生らしい理由が通じやすいのだ。妹である朱璃さんの無事を知れて、彼女のお母さんもようやく安心することができたらしい。朱雀は次期当主としての修行もあるから、なかなか時間は取れないみたいだけど、それでも子どもらしく過ごす時間は確保されている。

 

 さすがにその時間で、朱璃さん達の暮らす山にまで行くのは、小学生の彼女ではそう何度も足を運べない。通信や転移陣を使うにしても、姫島宗家で暮らす彼女がそんなものを持っていることが周囲にバレたら、大変なことになる。なので、朱雀は姫島家の神社を巡ることにして抜け出すしか方法はなく、本来なら数ヶ月に一度ぐらいしかチャンスはなかったようだ。

 

 だけど、ここに俺という仲介地点を設けたことで、事情は変わってくる。どこからどう見ても一般人な俺と堕天使の組織を繋げるのは不可能で、『灰色の魔術師』の繋がりも隠されている。詳しく調べられたら魔法使いの繋がりはバレるかもだけど、俺がメフィスト様に保護されている『変革者(イノベーター)』であることまではわからないだろう。だから、朱雀との関係はそこまで堂々としないけど、何が何でも隠さないといけないほどではないのだ。やり過ぎると、逆に疑われてしまう。

 

 『灰色の魔術師』はその組織の規模の大きさから、一般人でも魔法を契約で教えることがあるため、それ関係じゃないかと思われやすい。最大規模の魔術組織になった背景には、その加入のしやすさや手軽さもあるからだ。その分、トラブルも色々あるみたいで、正臣さんが協会の使い走りとしてよく仕事をしていたと思う。俺は異能者の特徴は隠しているし、朱雀ともそういう関係で知り合ったとか色々理由にも使えるだろう。

 

 今のところ、朱雀は上手いこと抜け出しているようで、週に一回ぐらいは俺と会っている。俺も仙術もどきで周囲を確認しているから、安全も毎回ちゃんと確認している。俺がいつも使っているバラキエルさんの家へ行くための固定転移陣を使って、朱雀と一緒に山の中へ移動し、朱乃ちゃんや朱璃さんとの時間を過ごし、俺と一緒にまた帰宅するを繰り返す日々だった。

 

「まぁ、俺も朱雀も注意しているし、みんなの迷惑にならないように気を付けるよ」

『……わかったのです。でも、私が心配している気持ちは変わらないですからね?』

「もちろん、ありがとう」

『あと私が協会へ帰ったら、私もカナくんと一緒にお買い物へ行ってみたいのです。付き合ってくれますか?』

「そうだな。また甘いもの巡りでも一緒にしてみるか」

『はい、楽しみにしているのです!』

 

 ラヴィニアに心配をかけるようなことをしているのはいつも俺なのに、それを温かく受け止めてくれるパートナーの懐の深さに感謝でいっぱいだ。買い物ぐらい当然付き合うし、荷物持ちだってどんとこいだ。こんな風にラヴィニアが、自分から俺にやりたいことをお願いするのは珍しい。冥界で彼女の過去を聞いて以降、少しずつ自分の想いを伝えてくれるようになったことが嬉しく思う。いつも遠慮気味なラヴィニアの頼みなら、俺の出来る限りで叶えてやりたい。

 

 俺からの了承の返事に、嬉しそうに胸の前で手を叩くラヴィニアに癒されながら、こうして午前の予定は過ぎていったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「おぉー、朱雀の私服姿って初めて見たかも」

「母さまが街へ買い物に行くのなら着ていきなさい、って用意してくれたのよ」

 

 あれから、約束していた朱雀との待ち合わせ場所へ向かうために、一時間ほど電車に揺られ、大きな都市部の街までやってきた。俺や朱雀が住んでいる近くだと、誰の目があるかもわからないので、気兼ねなく買い物をするためにはこれぐらい離れた場所の方がいい。俺も初めて来る場所なので、観光案内所で近隣のパンフレットや地図をもらい、予習も兼ねてじっくりと見ておいた。

 

 そうして数十分ぐらい待っていると、こちらに向けて声をかけられたので朱雀かと思って顔をあげたが、一瞬誰なのかわからなかった。思わず目を瞬かせる俺に、胡乱気な夕陽色の瞳を向ける目の前の女の子に気づき、間抜けな顔を見せたと思う。あの姫島朱雀なら、普通に大都市であろうと着物で練り歩く根性を見せるだろうと勝手に想像していたので、まさか女の子らしい私服で来るとは思っていなかったのだ。朱雀のお母さん、ちゃんとわかっている人で良かった。俺は着物を着た女子と都会の街中を歩くことになるのか、と心の中で遠い目をしていたから助かります。

 

 朱雀は普段のポニーテールをおろし、ニットのワンピースの上に淡い花の模様が散っているカーディガンを着こんでいた。どこからどう見ても、普通の女の子でびっくりだ。普段の綺麗に束ねられた黒髪や整った顔立ちに少し伏し目がちなクールっぽい雰囲気が、子どもながら大人っぽく見える感じだったんだけど、今日は年相応の小学生の女の子に見える。俺でもこんな感想を抱くのだから、きっと普段の朱雀を知っている人が見れば、天変地異でも起きたのかと驚かれることだろう。

 

「――いってッ!」

「その顔は、何か失礼なことを考えていたでしょ。私だって、いつも着物を着ている訳じゃないわ」

 

 ちゃんと学校指定のブレザーだって着るもの、と凛々しく胸を張る姫島朱雀。お前、それもどうかと…、とツッコみたくなったが、余計にややこしい事態になりそうだったから口を噤んでおく。正直こいつと口喧嘩をしても、勝てる気がしないのだ。常識人っぽく見えるけど、微妙にどこかズレているから。姫島の次期当主としての教育は問題ないのだろうけど、朱雀のお母さん、女子としての教育を頑張ってください。一男子として、応援しています。

 

 呆れた表情でチョップを喰らった俺は頭を掻きながら、とりあえず場所を移動するために進むことにした。朱雀もプライベートで大都市に来るのは初めてだったみたいで、俺の案内に文句はないようだ。こうして女の子と買い物をするのはラヴィニア以外だと初めてだから、もうちょっと緊張するかと思ったが、意外にしないもんだな。相手が朱雀だからだろうか。こいつに遠慮とかしていたら、確実に振り回されること確定だからな。

 

 今日の買い物の目的は決まっているが、せっかく都市部に来たんだし、少しぐらい色々見て回ってもいいだろう。こういう場所の方が、コミックスやアニメの専門店が充実しているものだ。朱雀も今日は時間にゆとりがあるそうで、夜ご飯までには姫島家へ帰宅出来れば問題ないらしい。朱雀は同世代の、それも異性とこんな風に買い物をするのは初めてみたいだが、全く緊張した様子がない。ラヴィニアとの初めての買い物の時、俺なんて緊張でタジタジだったのにさすがである。

 

 

「おっ、あのぬいぐるみとか朱乃ちゃん喜びそう」

「そうかしら。それより、こっちのぬいぐるみの方が朱乃は喜ぶと思うわ」

「……いいや、朱乃ちゃんなら俺が選んだやつを喜んでくれる」

「……わかっていないわね。女の子の好みは日々変わっていくのよ」

 

 目的地に向かうまでの間に気になるお店があったら覗き、お互いにお土産を吟味していく。あれがいい、これがいい、とそれぞれ言い合い、決まらなかったらいくつかリストアップして帰りにもう一度寄ることにした。兄と姉として、朱乃ちゃん()へ向けたお土産は何がいいのかについて熱く語り合う子ども二人。俺も人のことは言えないかもしれないけど、朱雀のやつもうこれ完全にシスコンだろう。シスコンの実力者が多いな、この世界。

 

 さすがに朱乃ちゃんへいくつもプレゼントを贈るのは、彼女の情緒教育的にもよろしくないし、姫島家のご迷惑にもなるかもしれないから、これぞというものを選ぶ必要がある。うっかり熱弁していると、周りから生温かい目を向けられていることに気づいて、お互いにすごすごと妥協をし合うのが俺達のお馴染みの流れにもなっていた。

 

 同年代で言いたいことを言いあえる気安さがあるからか、二人して遠慮という二文字が抜ける時がたまにある。主に朱乃ちゃん関係。こう言ったらなんだけど、朱雀とのやり取りは立場なんて関係ない子ども同士の気楽さがあるのだ。相手に言いたいことをぶつけても、特に問題なく受け止めてくれるだろう的な雰囲気。対応が完全に男友達に向けたものになっているんだけど、これはいいのだろうか? 一応この女子、名家のお嬢様だぞ。

 

 ただ、朱乃ちゃんと遊ぶ俺と朱雀の様子を見ていた朱璃さんから、出来たら今のまま接してあげて欲しい、と告げられたことを思い出す。『姫島家の次期当主』として、生まれた時からその将来を約束された姫島朱雀は、ずっとそういう目を向けられて育てられてきた。同年代の子どもも、大人でさえも。それこそ、家族や朱璃さんぐらいしか、彼女を普通の子どものように扱うことがなかったそうだ。

 

 当時はまだまだ幼かった朱雀が、朱璃さんにあれだけ懐いていたのは、そういう理由もあったんだろう。そんな重い期待を常に受け続ける環境では、ずっと肩肘張って過ごすしかなかったと思う。いずれ上に立つ者として、周りから揚げ足を取られないように、言動一つひとつにも神経を使って。だから、こんな風に子どもらしく言い合いをする俺達に、朱璃さんの方が嬉しそうに、微笑ましそうにしていたのが、俺の中で印象に残っていた。

 

「あら」

「どうした? おっ、トンボ玉のアクセサリーか。図工の授業でやったことがあるけど、空気を入れないように作るのが難しいんだよなぁ…。それにこれ、花の模様になっているんだ」

「えぇ、これはアサガオかしら。花言葉は、『淡い恋』。朱乃の誕生花よ」

「へぇー、よく知っているな」

 

 こういうちょっとした会話からも、朱雀の博識さがよくわかる。朱雀と一緒にいると、今まで知らなかったことを知れる機会が結構あって、すごく為になるのだ。俺は朱雀が見ていたトンボ玉コーナーを横から眺めていると、大きめのトンボ玉に色とりどりのアサガオの花が描かれているヘアゴムを見つける。手に取ってみると、シンプルなデザインだけど、薄紫のガラスに散らばる花々が綺麗に映えていた。

 

「これ、朱乃ちゃんにいいんじゃないか?」

「……えぇ、悪くないと思う」

「ついでだし、朱雀の誕生花のヘアゴムも探してみようぜ。みんなお揃いの方が、もっと喜んでくれそうだろ」

「あら、たまには気が利くじゃない」

「たまにって何だよ…」

 

 一言多いんだよ、という目を朱雀に向けると、口元に手を当ててくすくすと肩を揺らしていた。それから二人でそれっぽい花の飾りを探し、朱璃さんとバラキエルさんにはお揃いの食器を見つけ、俺の分はキーホルダーにしておいた。あとラヴィニアと、お揃いでグリンダさんの分。ついでに、協会組や姉ちゃんの分もお土産に買っておいておこう。知恵袋である朱雀のおかげで、問題なくお土産を選ぶことが出来た。

 

 初めて朱雀と会った数週間前は、こうして一緒に買い物をするようになるとは思っていなかったな。俺と朱雀だけなら、ここまで関わりを持つことはなかっただろう。なんせお互いに、立場も背負っているものも何もかも違うのだから。そんな俺達が、こんな風に肩を並べることができているのは、満面の笑顔で慕ってくれる小さな女の子がいたからだ。俺は包装紙に包んでくれたお土産をバッグにしまいながら、これまでのことを静かに反芻した。

 

「じゃあ、そろそろ行くか」

「わかったわ」

 

 姫島朱雀。姫島の次期当主にして、朱璃さんや朱乃ちゃん達のことを受け入れてくれた女の子。彼女は、俺の目的に力を貸してくれるのだろうか。姫島家に逆らうことになるかもしれない、苦しい思いだってするかもしれない、そんな道だとわかっても踏み込んでくれるのだろうか。自分よりも年下の少女を、将来を約束された輝かしい未来を、茨の道に巻き込んでしまって本当にいいのか。その踏ん切りだけが、どうしてもつかなかった。

 

 いずれ、そのことも含めて話をしないといけない。朱乃ちゃんへのプレゼントに頬を緩めて眺める朱雀を横目で見ながら、俺達の休日は続くのであった。

 

 


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